まったく知らない土地なんだが、ひどく美しいところだ。私はもともと石畳をひどく好むタチなのでいっそうそうなのかもしれないが。
◾️美保関散策 : Walking Around Mihonoseki Port Town(Shimane, Japan)
00:00 タイトル(Title)
00:09 美保関散策(Walking Around Mihonoseki Port Town)
00:21 美保神社(Miho Shrine)
03:00 青石畳通り(Blue Stone-Paved Street)
04:50 佛谷寺(Bukkokuji Temple)
06:03 美保関散策(Walking Around Mihonoseki Port Town)
07:32 美保関灯台(Mihonoseki Lighthouse)
08:42 松江城(Matsue Castle)
10:19 興雲閣(Kounkaku)
11:23 社家通り(A residential area where Shinto priests live)
13:19 出雲大社(Izumo Taisha Shrine)
しかしいささか寂れつつあるという印象は避けがたい。
調べてみるとこうある。
◾️〈美保関漁港〉(松江市美保関町) 島根県サイト |
美保関漁港は、中世に入り地理的・自然的な好条件に因り、一躍山陰海域の中心的な港湾に成長する。そして江戸中期北前船の西回り航路の集散積載地として発展してきた。
青石畳は、全国各地から送られる物産や物資の積み下ろし作業の効率化を図るため、地元の海石を切り出して江戸時代後期に敷設したもので、いわば当時の舗装道路である。畳を敷くように敷詰められたこの海石が、雨に濡れると青く見えることから「青石畳通り」と呼ばれている。
近年、沈下・破損など路面状態の悪化が見受けられ、修復・復元整備がなされた。そして、この修復をきっかけに、かつて栄えた通りの賑わい再生を図ることを目的に、地元商工会・観光協会が中心となり、資料館、文化館、体験工房などが整備された。更に、通路門の設置などが行われ、美保神社鳥居前から仏谷寺に至る約200mの散策の中で、賑わいを取り戻しつつ過去の面影を所々に垣間見ることが出来る通りとなっている。 |
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◾️美保関のまちなみ保存の取り組みについて 松江市:2025年01月09日 |
美保関町美保関地区の概要 松江市美保関町は島根半島の最東端に位置しています。 美保関漁港周辺の、美保神社や青石畳通りを中心とした美保関地区の町並みは、寛政12年(1800)の大火以後に形成されたものが基礎となっています。 古くから海上交通の要衝として発展し、美保神社を中心とした信仰の町としても栄えてきました。また、漁業を中心とした集落であると同時に、船乗りが滞在した港町、また門前町としての性格も持ち合わせています。 美保関地区では、現在も美保神社の氏子により当屋制が維持され、人々の暮らしの中に祭礼が組み込まれています。なかでも、『古事記』『日本書紀』にみえる「国譲り神話」にちなんだ「青柴垣神事」と「諸手船神事」は、大山を望む港町を舞台に、色鮮やかな装束をまとった神職や衣装を着けた氏子が執り行う船神事であり、町並み全体が神事の舞台となっています。 |
地区の課題と対策 昨今、人口減少や空き家の増加などにより、歴史ある町並みの維持が難しくなっています。さらに、高齢化や人口流失による担い手不足によって、祭礼行事の維持も難しくなってきています。 そこで「重要伝統的建造物群保存地区制度(通称:重伝建)」(周囲の環境と一体をなして歴史的なまちなみを形成している伝統的な建造物群で価値の高いものを文化財として国が選定する制度)の導入を検討します。 この制度を使い、歴史的な集落や町並みの保存と活用整備を行います。合わせて、住環境の改善、防災施設整備、拠点施設の整備などを実施し、歴史文化遺産の継承と地区の賑わいの創出につながるよう取り組みを進めます。 |
どうするんだろうね、人口減少や空き家の増加というのはこの美保関町にはまったく限らないが。当面、保存制度で維持するにしろ根本的解決策とはほど遠い。
こんなとこにあって、交通の便がバスしかなく松江市から1時間15分というのも痛いんだろうがね。
男は誰に恋に陥るのか? 彼を拒絶する女・つれないふりをする女・決してすべてを与えることをしない女に恋に陥る。(ポール・バーハウ Paul Verhaeghe、Love in a Time of Loneliness THREE ESSAYS ON DRIVE AND DESIRE、1998) |
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話を戻せば、「データで見る未来」によれば、・・・だってよ。
すごいねえ、とくに「私の最も関心のある」若い女性がいなくなるんだからな
ふつうは生きていけないよ、若い男だけでなく年取った男だって。そんなの美人とかブーとか関係ない。コチコチだけは勘弁してほしいが、それも許容せざるを得ない時代がやってくるんだ。
隣のテーブルにいる女の匂[l'odeur de la femme qui était à la table voisine]…それらの顔は、私にとって、節操のかたいこちこちの女だとわかっているような女の顔よりもばるかに好ましいのであって、後者に見るような、平板で深みのない、うすっぺらな一枚張のようなしろものとは比較にならないように思われた。〔・・・〕それらの顔は、ひらかれない扉であった[ces visages restaient fermés]。しかし、それらの顔が、ある価値をもったものに見えてくるためには、それらの扉がやがてひらかれるであろうことを知るだけで十分なのである・・・ (プルースト「花咲く乙女たちのかげに」) |
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におい 飯島耕一 五月の雨の日 西荻窪の駅のホームのベンチに坐っていると 隣に一人の若い女が坐り 大学の紀要のようなものを 読みはじめる アメリカ問題の論文で 筆者は女性の名だ この若い女の名 かもしれない |
雨のせいか そのみしらぬ女の 実にあまい体臭が こちらに ただよってくる 苦しいほどの 女の 肉体の におい 衿にこまかい水玉のネッカチーフをまいている レインコートを着ている 人間の女のにおい |
ようやく下りの電車が入ってきた 顔はとうとう見ることができず 別の車輛に乗った もう二度と会うこともないか これが東京だ 人生のにおい 論文なんか 読むのはやめたら という 一語 をささやいてやるべきだった。 |