このブログを検索

2025年3月4日火曜日

人はなぜ馬鹿になるのか

 

だれもがひとりひとりみるとかなり賢くものわかりがよい。だが一緒になるとたちまち馬鹿になってしまう。Jeder, sieht man ihn einzeln, ist leidlich klug und verständig; Sind sie in corpore, gleich wird euch ein Dummkopf daraus.(シラー『クセーニエン』ーーゲーテとの共著[Goethe und Schiller Xenien]1796年)


このシラーはフロイトが『集団心理学と自我の分析』で引用しているものだが、ここでの問いは、集団になると人はなぜ馬鹿になるのかである。今までラカン派の注釈を援用して何度か示してはきたが、ここでは一般には馴染みにくいだろうラカニアン用語を外して純粋にフロイト用語のみで問うてみることにする。


まずフロイトは集団になると批判力の欠如が起こり、情動興奮と思考制止(思考停止)が起こるとした。



集団は異常に影響をうけやすく、また容易に信じやすく、批判力を欠いている。Die Masse ist außerordentlich beeinflußbar und leichtgläubig, sie ist kritiklos, (フロイト『集団心理学と自我の分析』第2章)

集団にはたらきかけようと思う者は、自分の論拠を論理的に組みたてる必要は毛頭ない。きわめて強烈なイメージをつかって描写し、誇張し、そしていつも同じことを繰り返せばよい。Wer auf sie wirken will, bedarf keiner logischen Abmessung seiner Argumente, er muß in den kräftigsten Bildern malen, übertreiben und immer das gleiche wiederholen.(フロイト『集団心理学と自我の分析』第2章)

集団内部の個人は、その集団の影響によって彼の精神活動にしばしば深刻な変化をこうむる。彼の情動[Affektivität」は異常にたかまり、彼の知的活動[intellektuelle Leistung] はいちじるしく制限される。そして情動と知的活動は両方とも、集団の他の個人に明らかに似通ったものになっていく。そしてこれは、個人に固有な欲動制止が解除され、個人的傾向の独自な発展を断念することによってのみ達せられる結果である。この、のぞましくない結果は、集団の高度の「組織」によって、少なくとも部分的にはふせがれるといわれたが、集団心理の根本事実である原集団における情動興奮と思考の制止 [der Affektsteigerung und der Denkhemmung]という二つの法則は否定されはしない。(フロイト『集団心理学と自我の分析』第4章、1921年)



そして集団の馬鹿化図式は次のものである。





この図式の説明は次のようにある。


原初的集団は、同一の対象を自我理想の場に置き、その結果おたがいの自我において同一化する集団である[Eine solche primäre Masse ist eine Anzahl von Individuen, die ein und dasselbe Objekt an die Stelle ihres Ichideals gesetzt und sich infolgedessen in ihrem Ich miteinander identifiziert haben.](フロイト『集団心理学と自我の分析』第8章、1921年)

第一に、同一化は対象への最も原初的感情結合である 。第二に、同一化は退行の道を辿り、自我に対象を取り入れることにより、リビドー的対象結合の代理物になる[daß erstens die Identifizierung die ursprünglichste Form der Gefühlsbindung an ein Objekt ist, zweitens, daß sie auf regressivem Wege zum Ersatz für eine libidinöse Objektbindung wird, gleichsam durch Introjektion des Objekts ins Ich,](フロイト『集団心理学と自我の分析』第7章、1921年)


外的対象を自我理想として自我に取り入れることによって各自我は互いに同一化し集団の感情結合が起こる。


そして自我理想とは集団の理想を意味する。

自我理想は指導者のなかに具現化された集団の理想と交換される[Ichideal…es gegen das im Führer verkörperte Massenideal vertauscht.](フロイト『集団心理学と自我の分析』第11章、1921年)


フロイトはこの《指導者のなかに具現化された集団の理想》の指導者の事例としてキリストと軍司令官を上げている。



教会ではーー便宜上、カトリック教会を見本にとってみようーー軍隊の場合とひとしくーー両者は、それ以外では大いに異なっているけれどもーー集団のすべての個人を一様に愛する首長がいる、というおなじ眩惑(イリュージョン)[Vorspiegelung (Illusion)]が通用している。その首長とは、カトリック教会ではキリストであり、軍隊では司令官である。万事は、このイリュージョンにかかっていて、これが消えるならば、外面的な強制がそれをゆるすかぎりは教会も軍隊も崩壊するであろう。

この平等の愛は、キリストによって明言されている。すなわち、「汝ら予のもっとも賤しき同胞の一人になせしこと、そは汝ら予になせるなり」と。キリストは信心ぶかい集団の個人個人にたいして、よき兄の関係に立っている。彼は彼らにとっては父の代理[Vaterersatz]である。個人にむけられるあらゆる要求は、キリストのこの愛から生まれる。民主的な様相が教会をつらぬいているのは、キリストの前では万人が平等であり、万人はひとしく愛をうけているからこそである。キリスト教団と家族との類似が強調されたり、信者たちがキリストにおける兄弟、つまり、キリストのめぐむ愛による兄弟とよび合うのには深い根拠がある。個人のキリストへの結びつきが、彼ら相互の結びつきの原因でもあることは疑うべくもない[Es ist nicht zu bezweifeln, daß die Bindung jedes Einzelnen an Christus auch die Ursache ihrer Bindung untereinander ist.]

同様のことが軍隊にもいえる。司令官は彼の兵士をとくに愛する父親であり、それゆえに兵士はたがいに戦友である。軍隊が構造のうえで教会と区別されるのは、軍隊が集団の階層構成から成り立っている点である。中隊長は彼の中隊の、いわば司令官であるし、父親であり、各下士官は彼の分隊の司令官であり、父親である。もちろんおなじ階層制度は、教会でもつくり上げられてはいるものの、それは軍隊とおなじような実質的な役割を演じない。というのは人間である司令官よりもキリストの方が、個人の事情に通じ、それを配慮することを要求されるからである。(フロイト『集団心理学と自我の分析』第5章、1921年)


そしてこの後、信者の共同体の指摘がある。


信者の共同体[Glaubensgemeinschaft]…そこにときに見られるのは他人に対する容赦ない敵意の衝動[rücksichtslose und feindselige Impulse gegen andere Personen]である。…宗教は、たとえそれが愛の宗教[Religion der Liebe ]と呼ばれようと、所属外の人たちには過酷で無情なものである。


もともとどんな宗教でも、根本においては、それに所属するすべての人びとにとっては愛の宗教であるが、それに所属していない人たちには残酷で不寛容になりがちである[Im Grunde ist ja jede Religion eine solche Religion der Liebe für alle, die sie umfaßt, und jeder liegt Grausamkeit und Intoleranz gegen die Nichtdazugehörigen nahe.](フロイト『集団心理学と自我の分析』第5章、1921年)


つまりフロイトの馬鹿化図式は信者の共同体図式でもあるのである、ーー《人間の宗教は集団妄想[Massenwahn]の一種と見做すべきである。言うまでもなく、妄想に囚われている人間はそれが妄想であることを認めない[Als solchen Massenwahn müssen wir auch die Religionen der Menschheit kennzeichnen. Den Wahn erkennt natürlich niemals, wer ihn selbst noch teilt. ]》(フロイト『文化の中の居心地の悪さ』第2章, 1930年)



そして指導者や理念のネガとしての憎悪もこの集団的結合をもたらす、とある。


指導者や指導的理念が、いわゆるネガティヴの場合もあるだろう。特定の個人や制度にたいする憎悪は、それらにたいする積極的依存と同様に、多くの人々を一体化させるように作用するだろうし、類似した感情的結合を呼び起こしうる。Der Führer oder die führende Idee könnten auch sozusagen negativ werden; der Haß gegen eine bestimmte Person oder Institution könnte ebenso einigend wirken und ähnliche Gefühlsbindungen hervorrufen wie die positive Anhänglichkeit. (フロイト『集団心理学と自我の分析』第6章、1921年)



さて、ここで馬鹿化図式を簡略化して示そう。





ーー外的対象を自我理想として取り入れ、それを通して感情結合が起こる、という図である。結合とは結束とも言い換えることができ、ファシズムの原義「束になる」である。したがってこの馬鹿化図式はファシズム図式でもある。


そして、繰り返せば、外的対象は憎悪の対象でもよい。現在ヨーロッパで起こっているファシズムは、ロシア憎悪あるいはロシアフォビアとしてのネガ自我理想の取り入れを通したファシズムの様相があるのは紛いようもない。



◾️プーチンによる「ナチズムの回帰」スターリングラード戦役80周年記念スピーチ 202322

今、残念ながら、 ナチズムのイデオロギーが、その現代的な装いの中で、再び、 我が国の安全に対する直接的な脅威を作り出していることがわかります。我々は、 何度も何度も、集団的西側の侵略を撃退することを余儀なくされているのです。信じられない、信じられないが、 事実です。彼らは、 十字架が描かれたドイツのレオパルト戦車で再び我々を脅している。

Now, regrettably, we see that the ideology of Nazism, in its modern guise, in its modern manifestation, once again poses direct threats to the security of our country. Again and again we have to repel the aggression of the collective West. It’s incredible, but it’s a fact: we are again being threatened with German Leopard tanks with crosses on them. 

- Putin, the 80th anniversary of the victory in the Battle of Stalingrad, February 2, 2023

"Сейчас, к сожалению, мы видим, что идеология нацизма уже в своем современном обличье, современном проявлении вновь создает прямые угрозы безопасности нашей страны. Мы вновь, вновь и вновь вынуждены давать отпор агрессии коллективного Запада. Невероятно, но факт - нам снова угрожают немецкими танками Leopard, на борту которых кресты", 


- Путин, 80-летие Победы в Сталинградской битве, 2 февраля 2023



◼️ラブロフによる「歴史の反復」、モスクワMGIMO大学の学生および教職員との会合における発言と質疑応答、2024年9月2日

Foreign Minister Sergey Lavrov’s remarks and answers to questions at a meeting with students and faculty of MGIMO University, Moscow, September 2, 2024

西側の対ロシア政策の本質は常に、わが国はあまりにも強力で独立性が高く、これを変えるためには何かをしなければならない、できれば引きずり下ろすことが必要だ、という想定に基づいている。 歴史は反復する。 今日、これら50カ国は、ゼレンスキー政権の本質や、いわゆるウクライナ軍の紋章や旗さえも考慮して、ロシアに対するナチスの旗の下に再び結集した。

The essence of Western policy towards Russia has always been based on the assumption that our country is too strong and independent and that something must be done to change this, preferably by pulling it down. History repeats itself. Today, these 50 countries have again been rallied under Nazi banners against Russia, considering the essence of Zelensky’s regime or even the chevrons and flags of the so-called Ukrainian army.

Суть политики Запада по отношению к нашей стране всегда заключалась в том, что мы слишком сильны и самостоятельны и надо «что-то» с этим делать, желательно «развалить». История повторяется. Сегодня эти 50 стран вновь собраны против России под нацистскими знаменами, учитывая суть режима В.А.Зеленского и даже шевроны и знамена бойцов так называемой украинской армии.





ここでポジの自我理想に戻って日本の事例を掲げるなら、戦前の天皇制イデオロギーは、天皇を擬似一神教としての自我理想に祭り上げた天皇制ファシズムであるだろう。



というわけで、この馬鹿化図式はポジとネガの両面を視野に入れれば、種々の現象に使える。X、つまり旧ツイッターでもおバカなクラスタに遭遇すれば、ほとんどすべてこの図式の形態に当てはまることができる。


例えば、ゼレンスキー演説をウィンストン・チャーチルのそれに例えて結束した国際政治学者クラスタ。






私の「偏った」脳髄では、池内恵、篠田英朗、細谷雄一の三人の直近のツイッター上での発言は、互いの傷を舐め合っているようにさえ見えるのだ。






ほかにも直近の、その帰結に思考停止のままひたすら消費税廃止を叫ぶ財務省解体クラスタ。先に擬似一神教としての天皇制ファシズムの例を出したので、誤解のないように付け加えておけば天皇制憎悪集団もときに同じ馬鹿化の構造を持っているのだ。





冒頭のシラーに戻って言えば、人は馬鹿になりたくなかったら、最低限ひとりになりましょう。ひとりになっても馬鹿は馬鹿かもしれないが、徒党を組んで互いに湿った瞳を交わし合い頷き合い始めたら、よりいっそう馬鹿化の蛸壺に嵌まり込んでしまう・・・