《被告の男は、裁判官が中学時代の友人だと分かると泣き出した》だってよ。裁判官の女性の表情もとってもいい(動画)。
《たとえ明日世界が滅びることを知ったとしても、 私は今日りんごの木を植える(Wenn ich wüsste, dass morgen die Welt unterginge, würde ich heute noch ein Apfelbäumchen pflanzen)》は、マルティン・ルターが言ったとされていたが、実際はルターの言葉ではなく、第二次世界大戦後の絶望と希望の間の揺れ動きのなかでの誰とも知れず湧き起こった言葉らしいが、なんとか林檎の木を植えないとな。
そのために重要なのは先ずはエロスだよ。
ファウスト(娘と踊りつゝ。) いつか己ゃ見た、好い夢を。 一本林檎の木があった。 むっちり光った実が二つ。 ほしさに登って行って見た。 | Faust mit der jungen tanzend.
Zwey schöne Aepfel glänzten dran, Sie reizten mich, ich stieg hinan. |
美人 そりゃ天国の昔からこなさん方の好な物。 女子に生れて来た甲斐に わたしの庭にもなっている。 | Die Schöne.
Daß auch mein Garten solche trägt. |
メフィストフェレス(老婆と。) いつだかこわい夢を見た。 そこには割れた木があった。 その木に□□□□□□があった。 □□□□けれども気に入った。 | MEPHISTOPHELES (mit der Alten): Einst hatt ich einen wüsten Traum Da sah ich einen gespaltnen Baum, Der hatt ein ungeheures Loch; So groß es war, gefiel mir's doch. |
老婆 足に蹄のある方と 踊るは冥加になりまする。 □□がおいやでないならば □□の用意をなさりませ。 | DIE ALTE: Ich biete meinen besten Gruß Dem Ritter mit dem Pferdefuß! Halt Er einen rechten Pfropf bereit, Wenn Er das große Loch nicht scheut. |
ーーゲーテ「ファウスト」 森鴎外訳 |
Goethe: Faust - Der Tragödie erster Teil |
ーー《老婆に膝枕をして寝ていた。膝のまるみに覚えがあった。姿は見えなかった。ここと交わって、ここから産まれたか、と軒のあたりから声が降りた。若い頃なら、忿怒だろうな、と覚めて思った。》(古井由吉『辻』「白い軒」2006年)
六月 茨木のり子
どこかに美しい村はないか
一日の仕事の終りには一杯の黒麦酒
鍬を立てかけ 籠を置き
男も女も大きなジョッキをかたむける
どこかに美しい街はないか
食べられる実をつけた街路樹が
どこまでも続き すみれいろした夕暮は
若者のやさしいさざめきで満ち満ちる
どこかに美しい人と人との力はないか
同じ時代をともに生きる
したしさとおかしさとそうして怒りが
鋭い力となって たちあらわれる
エロスの力は取り戻さなければまずいんです。社会の存亡にかかわるんです。少なくとも、 エロスがなくなれば小説はなくなり、文学がなくなる。(古井由吉『人生の色気』2009年) |
人間は、ぎりぎりの極限状態に置かれるとかえって生命力が亢進します。昨日を失い、明日はない。今の今しかない。時間の流れが止まった時こそ、人は永遠のものを求める。その時、人間同士の結びつきで一番確かなものは、ひょっとして性行為ではないのか。赤剝けになった心と心を重ね合わせるような、そんな欲求が生まれたんじゃないか。 一般的に、エロスとは性欲や快楽を指す言葉かもしれません。が、僕の追求するエロスは、そんな甘いものじゃない。人間が生きながらえるための根源的な欲求のことです。(古井由吉「サライ」2011年3月号) |