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2025年12月29日月曜日

19歳の少女が双子を産んだが違った父親だった

 

そうか、19歳の少女が双子を産んだが違った父親か。なんだがとってもエロくて好みの話だね。



数時間の間隔で2人の友人とやったんだってよ。ま、それ自体はヨクアルハナシではあるが・・・。そもそも「一盗、二婢、三妾、四妓、五妻」というくらいで他人が所有している女、あるいは友人の女が一番エロいからな。

人が何かを愛するのは、その何かのなかに近よれないものを人が追求しているときでしかない、人が愛するのは人が占有していないものだけである[on n'aime que ce en quoi on poursuit quelque chose d'inaccessible, on n'aime que ce qu'on ne possède pas (プルースト「囚われの女」)

恋愛においては、われわれの幸福なライヴァル、つまり恋仇は、われわれの恩人である[En amour, notre rival heureux, autant dire notre ennemi, est notre bienfaiteur]。恋仇は、われわれのなかにつまらぬ肉欲[insignifiant désir physique ]しかそそらなかった女にも、たちまち途方もない、異様な価値[une valeur immense, étrangère]をつけくわえる。女には無関係な価値だが、われわれはその価値を女と混同する。われわれがライヴァルをもたないならば、肉欲の快楽は愛に転換されないだろう[Si nous n'avions pas de rivaux le plaisir ne se transformerait pas en amour]。われわれがライヴァルをもたないならば、いやライヴァルをもっていると思わないならば。というのも、ライヴァルはいつも実際にいるとはかぎらないから。しかし、存在もしないライヴァルにたいして、われわれが疑惑や嫉妬から、幻影の生活を仮託するだけでも、われわれには効果十分なのだ。(プルースト「見出された時」)



でもそれとは別に古代ローマの至言、《母は確かであり、父は常に不確かである mater certissima, pater semper incertus》を思い起こしちゃったよ。


あるいはーー、


女は男の種を宿すといふが

それは神話だ

男なんざ光線とかいふもんだ

蜂か風みたいなものだ


ーー西脇順三郎「旅人かへらず」