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たとえば中井久夫はこう言っている。 |
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精神分析学では、成人言語が通用する世界はエディプス期以後の世界とされる。 この境界が精神分析学において重要視されるのはそれ以前の世界に退行した患者が難問だからである。今、エディプス期以後の精神分析学には誤謬はあっても秘密はない。(中井久夫「詩を訳すまで」初出1996年『アリアドネからの糸』所収) |
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幼児型記憶と成人型記憶との間には、幼児型言語と成人型言語との差と並行した深い溝がある。それは、幼虫(ラルヴァ)と成虫(イマーゴ)との差に比することができる。エディプス期はサナギの時期に比することができる。 私たちは成人文法性成立以前の記憶には直接触れることができない。本人にとっても、成人文法性以前の自己史はその後の伝聞や状況証拠によって再構成されたものである。それは個人の「考古学」によって探索される「個人的先史時代」である。縄文時代の人間の生活や感情と同じく、あて推量するしかない。これに対して成人文法性成立以後は個人の「歴史時代」である。過去の自己像に私たちは感情移入することができる。(中井久夫「外傷性記憶とその治療ーーひとつの方針」2003年『徴候・記憶・外傷』所収) |
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ここでのエディプス期以後の世界、成人文法性成立以後の世界とは欲望の世界だ、《欲望は自然のものではない。欲望は言語に結びついている。それは文化で作られている[le désir ne relève pas de la nature : il tient au langage. C'est un fait de culture]》(J.-A. MILLER "Le Point : Lacan, professeur de désir" 06/06/2013) で、エディプス期以前への退行、あるいは個人的先史時代への退行とは欲動の世界だ。《このような内部興奮の最大の根源は、いわゆる有機体の欲動[Triebe des Organismus]であり、身体内部 [Körperinnern]から派生し、心的装置に伝達されたあらゆる力作用の代表であり、心理学的研究のもっとも重要な、またもっとも暗黒の要素 [dunkelste Element] でもある。》(フロイト『快原理の彼岸』第5章、1920年) ま、簡潔に言えば、エディプス期以後の「言語の世界」と前エディプス期へと退行した「身体の世界」と言ってもいいがね。 |
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より厳密に言えば、前エディプス期への退行とは、フロイト用語なら固着への退行だ。 |
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固着と退行は互いに独立していないと考えるのが妥当である。発達の過程での固着が強ければ強いほど、固着への退行がある[Es liegt uns nahe anzunehmen, daß Fixierung und Regression nicht unabhängig voneinander sind. Je stärker die Fixierungen auf dem Entwicklungsweg, …Regression bis zu jenen Fixierungen ](フロイト『精神分析入門」第22講、1917年) |
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前エディプス期の固着への退行はとても頻繁に起こる[Regressionen zu den Fixierungen jener präödipalen Phasen ereignen sich sehr häufig; ](フロイト『続精神分析入門』第33講、1933年) |
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固着とは欲動の固着である、《幼児期に固着された欲動[der Kindheit fixierten Trieben]》( フロイト『性理論三篇』1905年) |
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固着は次のように説明できる。ある欲動または欲動的要素が、予想された正常な発達経路をたどることができず、その発達が制止された結果、より幼児期の段階に置き残される。問題のリビドーの流れは、その後の心的構造との関係で、無意識体系に属するもの、抑圧されたもののように振舞う。この欲動の固着は、以後に継起する病いの基盤を構成する。 Die Tatsache der Fixierung kann dahin ausgesprochen werden, daß ein Trieb oder Triebanteil die als normal vorhergesehene Entwicklung nicht mitmacht und infolge dieser Entwicklungshemmung in einem infantileren Stadium verbleibt. Die betreffende libidinöse Strömung verhält sich zu den späteren psychischen Bildungen wie eine dem System des Unbewußten angehörige, wie eine verdrängte.Fixierungen der Triebe die Disposition für die spätere Erkrankung liege (フロイト『自伝的に記述されたパラノイアの一症例に関する精神分析的考察』「症例シュレーバー」第3章、1911年) |
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さらに具体的に言えば、中井久夫は《成人文法性成立以後は個人の「歴史時代」である。過去の自己像に私たちは感情移入することができる》ともしているが、これは自我の前意識の領域にあり、他方、前エディプス期への退行とは本来の無意識の領域である。 |
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前意識体系にはさらに、表象内容が、たがいに影響しあうことができるように、相互の交流を行なうこと、それを時間的に秩序づけること、 一つまたはいくつかの検閲の実施、現実吟味と現実原理、これらのことがその役割である。 意識する記憶もまた、すべて「前意識」にかかわるものと思われるが、それは固着された無意識の出来事の記憶痕跡とはきびしく区別される。 Dem System Vbw fallen ferner zu die Herstellung einer Verkehrsfähigkeit unter den Vorstellungsinhalten, so daß sie einander beeinflussen können, die zeitliche Anordnung derselben, die Einführung der einen Zensur oder mehrerer Zensuren, die Realitätsprüfung und das Realitätsprinzip. Auch das bewußte Gedächtnis scheint ganz am Vbw zu hängen, es ist scharf von den Erinnerungsspuren zu scheiden, in denen sich die Erlebnisse des Ubw fixieren (フロイト『無意識について』第5章、1915年) |
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分析は無意識をさらに区別し、前意識と本来の無意識に分離するようになった[ die Psychoanalyse dazu gekommen ist, das von ihr anerkannte Unbewußte noch zu gliedern, es in ein Vorbewußtes und in ein eigentlich Unbewußtes zu zerlegen. ](フロイト『自己を語る』第3章、1925年) |
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ーー前意識が時間的秩序の領域にあるのに対して、本来の無意識は無時間的[zeitlos]ともフロイトはしているがね。 繰り返せば、この前意識が欲望の領域だ、《無意識の欲望は前意識に占拠されている[le désir inconscient envahit le pré-conscient]》(Solal Rabinovitch, La connexion freudienne du désir à la pensée, 2017) そして本来の無意識の別名はエスの無意識である。 |
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私は、知覚体系Wに由来する本質ーーそれはまず前意識的であるーーを自我と名づけ、精神の他の部分ーーそれは無意識的であるようにふるまうーーをエスと名づけるように提案する。Ich schlage vor, ihr Rechnung zu tragen, indem wir das vom System W ausgehende Wesen, das zunächst vbw ist, das Ich heißen, das andere Psychische aber, in welches es sich fortsetzt und das sich wie ubw verhält, …das Es. (フロイト『自我とエス』第2章、1923年) …………………… |
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自我はエスから発達している。エスの内容の一部分は、自我に取り入れられ、前意識状態に格上げされる。エスの他の部分は、この翻訳に影響されず、本来の無意識としてエスのなかに置き残されたままである[das Ich aus dem Es entwickelt. Dann wird ein Teil der Inhalte des Es vom Ich aufgenommen und auf den vorbewußten Zustand gehoben, ein anderer Teil wird von dieser Übersetzung nicht betroffen und bleibt als das eigentliche Unbewußte im Es zurück. ](フロイト『モーセと一神教』3.1.5 Schwierigkeiten, 1939年) |
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エスの無意識とは勿論エスの欲動である、《エスの欲動蠢動は、自我組織の外部に存在し、自我の治外法権である。[Triebregung des Es … ist Existenz außerhalb der Ichorganisation …der Exterritorialität,]》(フロイト『制止、症状、不安』第3章、1926年、摘要)
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で、私はこの数年、折に触れて繰り返し強調してきたが、戦争は人を欲動の世界へ退行させるんだよ、第一次世界大戦勃発を分析したフロイト観点ではね。 |
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特殊な退行作用がある。〔・・・〕戦争の影響は、このような退行を生み出す力のうちのひとつであることは疑いない。[besondere Fähigkeit zur Rückbildung – Regression – (…) Ohne Zweifel gehören die Einflüsse des Krieges zu den Mächten, welche solche Rückbildung erzeugen können](フロイト『戦争と死に関する時評』Zeitgemasses über Krieg und Tod, 1915年) |
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人間のもっとも深い本質はもろもろの欲動活動にあり、この欲動活動は原始的性格をそなえていて、すべてのひとびとにおいて同質であり、ある種の根源的な欲求の充足をめざすものである[daß das tiefste Wesen des Menschen in Triebregungen besteht, die elementarer Natur, bei allen Menschen gleichartig sind und auf die Befriedigung gewisser ursprünglicher Bedürfnisse zielen. ]〔・・・〕 戦争は、より後期に形成された文化的層をはぎ取り、われわれのなかにある原人間を再び出現させる[Krieg …Er streift uns die späteren Kulturauflagerungen ab und läßt den Urmenschen in uns wieder zum Vorschein kommen. ](フロイト『戦争と死に関する時評』Zeitgemasses über Krieg und Tod, 1915年) |
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ここでの原人間[Urmenschen]が、冒頭の中井久夫曰くの「個人的先史時代」へと退行した人間だね。 現在の欧米のリーダーたちは原人間に見えないかい? ボクにはそうとしか思えないがね。 |
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あれらの連中をエディプス以後の世界ーー文化的世界ーーに復旧させるのは、もはや魔女に厄介になるほかないよ。 |
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欲動要求の永続的解決 [dauernde Erledigung eines Triebanspruchs]とは、欲動の飼い馴らし[die »Bändigung«des Triebes]とでも名づけるべきものである。それは、欲動が完全に自我の調和のなかに受容され、自我の持つそれ以外の志向からのあらゆる影響を受けやすくなり、もはや満足に向けて自らの道を行くことはない、という意味である。 しかし、いかなる方法、いかなる手段によってそれはなされるかと問われると、返答に窮する。われわれは、「するとやはり魔女の厄介になるのですな [So muß denn doch die Hexe dran]」(ゲーテ『ファウスト』)と呟かざるをえない。つまり魔女のメタサイコロジー[Die Hexe Metapsychologie」である。(フロイト『終りある分析と終わりなき分析』第3章、1937年) |