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2026年2月27日金曜日

孤立化を怖れず、あたりに妖しい光を発せよ

 

いやあ、これには久しぶりに感動した。1936年生まれ、つまり今年90歳の蓮實重彥、最近はその切れ味がいくらか鈍ったのはやむえないと感じていたが、この文はかつての蓮實節の回帰ーーつまり80年前後の「辛辣さ全盛期」の蓮實文体を彷彿させてくれる。



これなんか最高だな、ーー《いまのところは日本の首相である「高何とかさん」の淫らなまでの卑猥さが喚起している雰囲気としての人気がそうであるように、あたりに氾濫しているのは、性別、年齢、階級にかかわりなく、これという意識もないままひたすら孤立を避けて、ごく曖昧な集団に一体化しようとする同調意識の自堕落な共有でしかない。》


上に貼り付けたものは最初の2ページだけであり、後半は何が書かれているかは窺い知れないが、当面この箇所を文字起こししておくよ。



◼️蓮實重彥「些事にこだわり」30 『ちくま』20263月号

「コンテンツ産業の振興策とやらがあたりから消し去っている個の眩い輝きを、いかにして回復させることができるのか」

この退屈な令和日本に決定的に欠けているのが何であるかは、誰もがよく心得ている。 孤立して、というより正確にはあえて孤立化を怖れることなく周囲に妖しい光を発するという個体が、まったくといってよいほど見あたらないのである。実際、この社会ーーその名で呼ばれる事態なり概念なり誰もがしかと記憶しているとしての話だがーーでは、個人なり集団なりあるいは事象一般なりが、あたりの光景からあえて意図的に身を引き離すことで他との差異を際だたせるという主体に、まったくといってよいほどお目にかかる機会がない。いまのところは日本の首相である「高何とかさん」の淫らなまでの卑猥さが喚起している雰囲気としての人気がそうであるように、あたりに氾濫しているのは、性別、年齢、階級にかかわりなく、これという意識もないままひたすら孤立を避けて、ごく曖昧な集団に一体化しようとする同調意識の自堕落な共有でしかない。


それを「民主主義」なるものの醜い堕落形態だとまでは、あえていわずにおく。 ただ、SNSと略称されている Social Networking Service (System) なるものが、あからさまな語義矛盾に陥っていることだけは指摘しておかねばなるまい。 そもそも「システム」とは、それがいかなる形態におさまり、いかなる機能を演じるものであろうと、「排除」の原理なくしては成立しえないものである。 「システム」とは、特定の目的を達成するために形成された体系の一機能にすぎないからである。であるが故に、 どれだけ社会的な事態が分析や記述の対象となろうと、そこからは徹底して社会性が排除されるしかない。


そもそも、そこでの議論は、対立や矛盾の指摘こそがその本質だと漠然とながら意識されていようと、真の意味での対立や矛盾は機能的に排除され、しかるべき同調の風土だけが醸成されることになる。退屈な活字の配列やモニターを通した音声や映像を基盤とした「オールド・メディア」であれ、スマートフォンやパーソナルコンピュータのちっぽけな画面を彩る動画や文字や音声に支えられた「ニュー・メディア」であれ、事態はいっさい変わらない。「メディア」とは、所詮は個人と個人の中間に位置する media=媒体」 にほかならず、それ自体がしかるべき見解を表明することなどありえないからである。 であるが故に、「ニュー」であろうが「オールド」であろうが、「メディア」など間違っても信じてはならない。


では、いま述べたようなかたちで事態が推移しているとして、いつ、どんな時代に、どのような存在が、あえて孤立化を怖れず、あたりに妖しい光を発していたというのか。 例えば、一九六〇年六月十五日のいわゆる「安保闘争」のさなかに、国会に突入したとされる女子学生の一人が命を落とした。それは多くの怪我人が出た大規模なデモだったが、そこでのたった一人の死者が樺美智子という名前だったことはあとで知り、事態を粛然と受けとめるしかなかった。


その時期、文科系の大学院に入ったばかりだったわたくしは、すでに学部時代から、少なからぬ数の政治活動家が授業直前の教室に姿を見せ、 教授が登壇される直前まで、何やら政治的な挑発めいた言辞を弄していることに馴れ切っていた。ああ、またかと思いはしたものの、そのアジテーションに耳を傾けることなどまずなかったといってよい。


ところが、そうした活動家の一人に楚々とした風情の女子学生が混じっており、その言葉の孤立したひたむきさには、どこかしら心惹かれるものがあった。彼女も活動家だから、その背後にはしかるべき政治組織が存在しており、 そこではたえず「連帯」が求められていたはずである。 にもかかわらず、この女子学生の言葉にはなぜか「連帯」とは無縁の孤立したひたむきさが息づいていた。 その内容にはまったく同調しえないものの、どこかしらふと惹かれるものがあった。ああ、この人は、組織の内部にいながら、そこでの孤立を怖れぬひたむきな自分を堅持している。


ここから先はすでにどこかで書いたことだが、午後いっぱい国会議事堂の周囲に仲間たちと滞在していたわたくしは、午後遅くにその場を離れ、中野にあった家庭教師のアルバイト先までくたびれた足を運んだ。すると、玄関先に待ちかまえていた女主人が、大変、 女子学生が一人亡くなりましたよというので、それは間違いなく「彼女」だと確信したわたく・・・



実はつい最近ーー今見たら4日前だーー、蓮實重彥の名を出しつつ、しかも上にも出現する「SNS」や「民主主義」などの語彙を織り交ぜつつ、さらには「個の眩い輝き」を煌めかせたフローベールやニーチェなども掲げつつ、日本言論界の風潮をバカにしたところなのだが、なんだか90歳の蓮實重彥がかつての文体で書き直してくれた気分がするよ。

蓮實は上の文で我々を挑発している、《孤立化を怖れず、あたりに妖しい光を発》せよ、と。あるいは樺美智子のように《組織の内部にいながら、そこでの孤立を怖れぬひたむきな自分を堅持》せよ、と。

フーコーのようでもいいよ。


語りながら、フーコーは何度か聡明なる猿のような乾いた笑いを笑った。聡明なる猿、という言葉を、あの『偉大なる文法学者の猿』(オクタビオ・パス)の猿に似たものと理解していただきたい。しかし、人間が太刀打ちできない聡明なる猿という印象を、はたして讃辞として使いうるかどうか。かなり慎重にならざるをえないところをあえて使ってしまうのは、やはりそれが感嘆の念以外の何ものでもないからだ。反応の素早さ、不意の沈黙、それも数秒と続いたわけでもないのに息がつまるような沈黙。聡明なる戦略的兵士でありまた考古学者でもある猿は、たえず人間を挑発し、その挑発に照れてみせる。カセットに定着した私自身の妙に湿った声が、何か人間たることの限界をみせつけるようで、つらい。(蓮實重彦「聡明なる猿の挑発」フーコーへのインタヴュー 「海」 初出1977.12号)





フーコー当人からして、すでに正確な意味で人称とはいえないような人物だったわけですからね。とるにたりない状況でも、すでにそうだった。たとえばフーコーが部屋に入ってくるとします。そのときのフーコーは、人間というよりも、むしろ大気の状態の変化とか、一種の出来事、あるいは電界か磁場など、さまざまなものに見えたものです。かといって優しさや充足感がなかったわけでもありません。しかし、それは人称の序列に属するものではなかったのです。

Foucault lui-même, on ne le saisissait pas exactement comme une personne. Même dans des occasions insignifiantes, quand il entrait dans une pièce, c’était plutôt comme un changement d’atmosphère, une sorte d’événement, un champ électrique ou magnétique, ce que voudrez. Cela n’excluait pas du tout la douceur ou le bien être, mais ce n’était pas de l’ordre de la personne. (ドゥルーズ『記号と事件』Gilles Deleuze Pourparlers 1972 - 1990



仮に《人間たることの限界》を自覚してつらい気分に陥ったって、最低限これくらいは試みないとな、▶︎ 《記号でも作品でもいい。文章でもかまわない、それを、ものとして、物質として、それが語られているその場で、みずから輝かせることが批評ではないか。》(蓮實重彦『闘争のエチカ』1988年)