モハマド・マランディがフランチャスカ・アルバネーゼにひどく怒っているな、ボクも怒ったよ、この期に及んで、《イラン政権は非リベラルで残忍だ[Iran’s regime is illiberal and brutal]》とはなんだ、と。
いままでの頑張りが台無しじゃないか。彼女は権威主義的政権をひどく嫌うのは言葉の端々から感じていたが当面目を瞑ってきた。とはいえアルバネーゼはかなりナイーブなところがあるんじゃないか。《私たちは自由民主主義と狂気の専制主義の対立から脱却しなければならない[ Il faut sortir de l'opposition démocratie libérale contre autocratie cinglée. ]》(エマニュエル・トッド『西洋の敗北』2024年)。
この今、集団的西側と中露イラン(あるいはBRICs)との対決とは、トッド曰くの《リベラル寡頭制[oligarchies libérales]と 権威主義的民主制[démocratie autoritaire]》の闘いの相があることに不感症だ。
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当面彼女は、1979年のイタリアの新聞のインタビューでのミシェル・フーコーを読んでみたらどうだろうな、 |
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この革命的出来事[ホメイニのイラン革命]を特徴づけるものとして、それが、まったく集団的な一個の意志を出現させたということがあります――そのような機会にめぐりあった民族は歴史を見ても稀です。集団的意志というのは、法学者や哲学者が制度などを分析したり正当化したりしようとするときに用いる政治的な神話であって、つまりは理論的な道具です。「集団的意志」には実際にお目にかかったことはないし、私は個人的には、集団的意志というのは神や魂と同じで、出会ったりするものでは決してないと考えていました。同意してくださるかどうかわかりませんが、私たちはテヘランで、イラン全土で、一個の民衆の集団的意志に出会ったのです。……この集団的意志に、人々はある対象を、ある一つきりの標的を与えた。つまりシャーの出国です。(フーコー「精神のない世界の精神」高桑和巳訳) |
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