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2015年12月24日木曜日

不滅の差別言動の飼い馴らし

何度も引用しているが、差別は純粋に権力欲の問題であり、権力志向という「人間性」はいくら頑張っても変わらない。

差別は純粋に権力欲の問題である。より下位のものがいることを確認するのは自らが支配の梯子を登るよりも楽であり容易であり、また競争とちがって結果が裏目に出ることがまずない。差別された者、抑圧されている者がしばしば差別者になる機微の一つでもある。(中井久夫「いじめの政治学」)
われわれは、権力志向という「人間性」が変わることを前提とすべきでなく、また、個々人の諸能力の差異や多様性が無くなることを想定すべきではない。(柄谷行人『トランスクリティーク』)

この二つの見解からひき出せるのは、差別意識は「人間性」の(主要な)特徴であり、それがなくなることを前提とすべきではないということだ。ジャン=ピエール・デュピュイは、階級が無い社会では、差別がむしろいっそう渦巻くだろう、とさえ言っている(参照)。

ここで、エロス/タナトスを愛/闘争としたり、タナトス(死の欲動)をニーチェの権力への意志と同じものとして扱っているフロイトを持ち出してもよいが(あるいは、分離不安/融合不安などの最近のラカン派の議論)、議論が長々しくなるので参照文のひとつだけを提示しておこう→「「権力への意志Wille zur Macht」と「死の欲動Thanatos」」。

もし差別が攻撃欲動や死の欲動にかかわるのなら、それは根源的なものであり、なくなるはずはない。そしてわたくしはこの見解をとる(エロス/タナトスを、受動性/能動性ととる考え方もある。人はいつも受動性のままでいることはできない)。

すなわち、差別など昔からあったし、今後もなくならない。

ここでは、差別といじめのあいだの区別を曖昧なままで(参照Hate speech and bullying ‘two sides of the same coin')、ノーベル賞作家でありかつまたかつてのフェミニストのアイコンのひとりだったドリス・レッシングの自伝から、次の文を引用しておこう。

子どもたちは、常にいじめっ子だったし、今後もそれが続くだろう。問題は私たちの子どもが悪いということにあるのではそれほどない。問題は大人や教師たちが今ではもはやいじめを取り扱いえないことにある。(ドリス・レッシングーー「The Collapse of the Function of the Father and its Effect on Gender Roles」 Paul Verlweghe 2000より孫引き))

ーー子どもたちのいじめっ子ぶりは、たとえばフローベールの『ボヴァリー夫人』の冒頭を読めば、たちどころに分かる。

問題は、ドリス・レッシングのいうように、社会が差別をうまく処理できなくなったことだ。ネトウヨのたぐいの種族は実は昔からいる。だが彼らがおおっぴらに振舞うようになったのは、1989年において最後の権威が消滅してからだ(ほとんどそうである、といくらかの保留はしておこう。そしてもちろんインターネットの普及にもかかわる)。

「穏健」右翼と「極」右との違いは、前者が考えているだけであえて口には出さないことを、後者はずけずけ言ってのける、ということである。(ジジェク『斜めから見る』 )

ずけずけ平然と差別的振る舞いをするようになったのは、権威の機能が消滅して(参考)、先ずはその振舞いへの恥の感情が消滅もしくは希薄になったせいであるだろう。

かつまた次ぎの権力/権威の相違の理解もすこぶる肝腎なはずだ。

重要なことは、権力powerと権威authorityの相違を理解するように努めることである。ラカン派の観点からは、権力はつねに二者関係にかかわる。その意味は、私か他の者か、ということである(Lacan, 1936)。この建て前としては平等な関係は、苦汁にみちた競争に陥ってしまう。すなわち二人のうちの一人が、他の者に勝たなければいけない。他方、権威はつねに三角関係にかかわる。それは、第三者の介入を通しての私と他者との関係を意味する。

明らかなことは、第三者がうまくいかない何かがあり、われわれは純粋な権力のなすがままになっていることだ。(社会的絆と権威(Paul Verhaeghe)

出発点はこれらからなのであり、いくら人種差別にかかわるヘイトスピーチの連中を叩いても、モグラ叩きのように別の穴から頭を出すに決まっている。別の穴? たとえば、「障碍者差別」「老人差別」「浮浪者差別」等々いくらでもある。

もちろん差別には種々の要因がある。中井久夫は1986年の段階だが、「いじめ≒差別」の要因を三つに分け、《第一に、ある発達段階において意地悪あるいはいじめの現象には、人間あるいはそれ以前の動物において広くみられる永遠の問題だという部分》、《第二の側面、すなわち時代の流れの中での問題》を掲げ、三番目に日本的要因をあげている。

第三の側面がほの見える。つまり、日本文化に内在するいじめのパターンがあるのではないか。戦時中のいじめーー新兵いじめをさらに遡れば、御殿女中いじめがある。現在でも新人いじめがあり、小役人の市民いじめがあり、孤立した個人にたいする庶民大衆のいじめがある。医師の社会にもあり、教師の社会にもあるだろう。ねちねちと意地悪く、しつこく、些細なことをとらえ、それを拡大して本質的に悪い(ダメな)者ときめつけ、徒党をくんでいっそうの孤立を図る。完全に無力化すれば、限度のないなぶり、いたぶりに至る。連合赤軍の物語で私を最もうんざりさせたのは、戦時中の新兵いじめ、疎開学童いじめと全く同じパターンだったことである。そういえば、シベリアの捕虜の間でも「暁に祈る」という、死に至らしめるいじめがあった。忠臣蔵という芝居が江戸時代を通じて上演記録の一、二を(佐倉宗五郎とともに)争い、今日もくり返しテレビに登場して高い視聴率を挙げているのは、いじめに対して反撃して挫折した者の感情がこめられているのではないか。幕府は冷酷だった。しかし(実際の被害者は通常もてないところの)家来たちがかたきをとってくれる。幻想の中の解放感である。

この第三の側面は、私には日本人のいちばんいやな面である。戦時中の日本兵の残虐行為も、このパターンであったろう。

こういうものは何によって生まれるのか。私には急に答えられないが、思い合わせるのは、実験神経症である。些細な差にたいする反応のいかんによって賞か罰かが決まるような状況におけば、無差別的な攻撃行為や自分を傷つける行為が起こる。新兵いじめでは些細な規律違反が問題になった。御殿女中では些細な行動が礼儀作法にかなっているかどうかが問題になった。連合赤軍では些細な服装や言葉づかいが、かくれた「ブルジョア性」のあらわれではないかと問題になった。いずれも、閉鎖社会であり、その掲げる目的を誰もほんとうには信じていない状況であった。

戦時中の教師はよく殴ったが、それで日本精神を注入して戦争に勝てるとはほんとうに思っていなかったにちがいない。人間は、自分が信じていないということを自覚しないで、信じているぞと自他に示そうとするとかなり危険な動物になる。

もちろん、信じていないことをしなければならないことはしばしば起こる。誰もが英雄ではないし、英雄には英雄の問題がある。最低、必要なのは、自分の影をみつめることのできるユーモア精神だと私は思う。(中井久夫「精神科医からみた子どもの問題」1986年初出『記憶の肖像』所収)

ーーこれはまずは閉ざされた社会の村八分習性とでもいえるものだが、それだけではないのは、上に黒字や下線で強調した通り。

流行という要因もあるだろう。流行だけなら、たとえば「ヘイトスピーチ〔差別)なんてダサイ」と周知徹底すれば、しだいになくなる可能性はある。だが根となる差別者の鬱憤は消えることはない。別の対象にその攻撃性は向かうことになるに違いない。

誰にも攻撃性はある。自分の攻撃性を自覚しない時、特に、自分は攻撃性の毒をもっていないと錯覚して、自分の行為は大義名分によるものだと自分に言い聞かせる時が危ない。医師や教師のような、人間をちょっと人間より高いところから扱うような職業には特にその危険がある。(中井久夫「精神科医からみた子どもの問題」)

実際、被差別者(参照:「被害者意識」(蓮池透氏))や反差別運動をしている人びとでさえ、この攻撃性の毒からまぬがれることはないし、教師や医師などの「聖職」もしかり(むしろ、いっそう危ないとさえ言える)。

一般に「正義われにあり」とか「自分こそ」という気がするときは、一歩下がって考えなお してみてからでも遅くない。そういうときは視野の幅が狭くなっていることが多い。 このようなことが問題になるのは、風邪のように、あまりこちらのこころが巻き込まれずにす む病気が精神科には少ないからである。精神科治療者の先祖は、手軽な治療師ではな い。シャーマンなど、重い病気にいのちがけで立ち向かった古代の治療者である。 しかし私たちは、一部の民間治療者のように、自分だけの特別の治療的才能を誇る者ではない。 私たちを内面的にも外面的にも守ってくれるのは、無名性である。 本当の名医は名医と思っていないで、日々の糧のために働いていると思っているはずで ある。 しかし、ベテランでもライバル意識や権力欲が頭をもたげると、とんでもない道に迷い込む ことがある。これらは隠れていた劣等感のあらわれである。特別の治療の才を誇る者がも っともやっかみの強い人であるのは、民間治療者だけではない。 (中井久夫『看護のための精神医学』 )


ところで、現在の差別主義者の鬱憤の根はどこにあるのだろう。以下は、上にも引用したが、ベルギーのラカン派精神分析医ポール・ヴェルハーゲの見解である。 一般公衆向けの記事であり、ラカン用語を使わずに簡明な言葉で記されている(これとほどんど同じ主張でありながら、フロイト・ラカン用語を使用してのやや詳細な論の断片はここにいくらかある→ 「新自由主義社会のなかの居心地の悪さ」)。



◆「新自由主義はわれわれに最悪のものを齎したNeoliberalism has brought out the worst in us"」Guardian(2014.09.29

我々は、自らのアイデンティティが安定したもので、外的な影響力からおおむね独立したものだと見なしがちだ。しかし、数十年を越えた研究と治療実践をへて、私が確信するようになったのは、経済的変化が我々の価値観のみならず、我々のパーソナリティにも深刻な影響をもたらすということだ。三十年のあいだの新自由主義、市場経済と民営化が大きな打撃を生んだ。というのは、目的を達成しようとする容赦ない圧迫が標準的になったためだ。もしあなたがこのことに懐疑的なら、あなたに次の単純な申し立てを提示しよう。すなわち、能力主義的新自由主義は、あるパーソナリティの特徴を好み、別の個性を罰する

今日、キャリアを築くには、ある特定の理想的個性が必要とされる。第一に、自分の考えを明確に表現すること、可能な限り多くの人びとに勝ち抜く目標志向性。他人との触れ合いは皮相的でありうる。とはいえ、現在これはほとんどの人のあいだの交流に当てはまるので、実際のところ気づかれていない。

重要なのは、自分の能力を可能な限りずばずばと語ることができることだ。ーーあなたはたくさんの人を知っている。多くの経験を積んでいる。最近大きなプロジェクトを成し遂げた。後に、人びとはほとんど大風呂敷だったことを見出すだろう。しかし、彼らが最初はかつがれたという事実は、別のパーソナリティの特徴を教えてくれる。すなわち、あなたは確信をもって嘘がつけ、わずかな罪悪感しか抱かない。これが、あなたが自身の振舞いに決して責任をもたない理由だ。(……)

いじめは、かつては学校に限られた。今では、どの仕事場にもある特徴だ。これは、欲求不満を弱者にぶちまける典型的な無力感の症状だ。心理学では、いじめは「置き換えられた攻撃性」として知られている。そこには覆い隠された恐怖感がある。パフォーマンス不安から、より広く脅威をあたえる他者という社会不安まで。

仕事上での絶えまない査定は、自主性の衰退を引きおこし、外部の、しばしば移り変わる規範への増えつづける依存をもたらす。これは、社会学者リチャード・セネットがぴったりと言い表したように「働き手の幼児化」を生む。大人たちは、幼児的な癇癪の暴発を示し、些細なことで嫉妬する(「彼女のは新しい事務椅子になったのに、私のは古いままなんて!」)、白々しい嘘をついたり、ペテンに訴える。他人の失墜に大喜びしたり、つまらない恨みを心に抱く。これは、人びとが独自に考えることを妨げ、従業員を大人として扱いえないシステムの帰結である。

とはいえ、もっと重要なことは、人びとの自尊心の深刻なダメージである。自尊心は、ヘーゲルからラカンまでの思想家が示してくれたように、他者から受け取る承認に大きく依存する。セネットは同様な結論に達している。それは、彼が最近の従業員にとっての主要な問い、「誰が私を必要としているのか?」を観察したときであり、答えは「誰も必要としていない」だった。

我々の社会は、絶えまなく言い張っている、誰もがただ懸命に努力すればうまくいくと。その特典を促進しつつ、張り詰め疲弊した市民たちへの増えつづける圧迫を与えつつ、である。 ますます数多くの人びとがうまくいかなくなり、屈辱感を覚える。罪悪感や恥辱感を抱く。我々は延々と告げられている、我々の生の選択はかつてなく自由だと。しかし、成功物語の外部での選択の自由は限られている。さらに、うまくいかない者たちは、「負け犬」あるいは、社会保障制度に乗じる「居候」と見なされる。

新自由主義的な能力主義は、我々に信じこませようとする、成功は個人の努力と才能しだいだと。その意味は、すべてが個人の責任にかかっており、当局は、この目的を獲得するために、人びとに可能なかぎりの自由を与えるべきだというものだ。拘束なしの自由というおとぎばなしを信じている連中にとっては、自己統治と自己管理が卓越した政治的メッセージである。なかんずく、それらが自由を約束するものとして現れるなら。完璧になりうる個人という考え方とともに、我々が自ら「西側」にはあると見なしている自由とは、今の時代の最大の虚偽である。

社会学者ジクムント・バウマンは、我々の時代のパラドックスを手際よく要約している。すなわち「かつてなく自由で、かつてなく無力を感じる」時代と。我々は以前よりも自由だ。宗教を批判できたり、セックスへの新しい自由気ままな態度の効用をえたり、どんな政治運動をも好きなように支持できるという意味で。とはいえ他方、我々の生活は、カフカの足を竦ませた官僚主義との絶えまない闘争である。なにもかもに規制がある。パンの塩の量から都市部の養鶏にまで。

我々が思い込んでいる自由とは、ひとつの中心の条件に縛りつけられている。すなわち、我々は成功しなければならない。つまり、我々自身の何かを「作らなければならない」。あなたはその例を遠くまで探しにいく必要はない。高度に熟練した個人が、育児を自らのキャリアより優先したら、批判に曝される。よい仕事をもった人が、他の事に時間を注ぎこむために方向転換したら、クレイジーと見なされる、もしその他の事が成功を約束するのでなかったら。小学校の先生になりたい若い女性は両親に告げられる、あなたは経済の博士課程を経て始めるべきだよ、小学校の先生だって? いったい何を考えているんだい?

絶えまない嘆きがある、いわゆる我々の文化における規範と価値観の喪失について。しかしながら、我々の規範と価値観は、我々のアイデンティティにとって不可欠な本質的な部分である。だから喪われえない。ただ変化するだけだ。そしてこれがまさに起こっていることだ。変化をこうむった経済は、変化をこうむった倫理を映し出す。そして変化をこうむったアイデンティティをもたらす。現在の経済システムは、我々に最悪のものをもたらしている

ーーこのあたりの見解は、通常の「知識人」からは出てきにくい。というのは、彼らは、この新自由主義の能力主義システムのなかをそれなりにたくみに泳ぎつつ、みずからの「知識人」としての位置を獲得したか、しつつある者たちであるだろうから。ヴェルハーゲの言葉を抜き出せば、《能力主義的新自由主義は、あるパーソナリティの特徴を好み、別の個性を罰する》のであり、あれらの「言論人」の多くは、前者のパーソナリティの要素をもっていることが多いだろうから。

さて、上のヴェルハーゲの文からは、現在の差別者は、新自由主義システムの被害者でありうると読むことができる。そして《いじめは「置き換えられた攻撃性」》であるとか、《「働き手の幼児化」》という表現が出てくる。すなわち、いささか幼児的になった新自由主義の囚人たちが、その苛酷なシステムから来る目にみえない暴力に脅える。

資本主義社会では、主観的暴力((犯罪、テロ、市民による暴動、国家観の紛争、など)以外にも、主観的な暴力の零度である「正常」状態を支える「客観的暴力」(システム的暴力)がある。(……)暴力と闘い、寛容をうながすわれわれの努力自体が、暴力によって支えられている。(ジジェク『暴力』)

そのシステムの暴力への反動として手頃な弱者を探し出し攻撃する。《差別された者、抑圧されている者がしばしば差別者になる機微》が働く。彼らは子どもではないにしろ、ヴェルハーゲの指摘する通りいささか幼児的になっており、そのメカニズムとしては次ぎのごとくだろう。

子どもの社会は権力社会であるという側面を持つ。子どもは家族や社会の中で権力を持てないだけ、いっそう権力に飢えている。子どもが家族の中で権力を制限され、権力を振るわれていることが大きければ大きいほど、子どもの飢えは増大する。

いじめる側の子どもにかんする研究は少ない。彼らが研究に登場するのは、家族の中で暴力を振るわれている場合である。あるいは発言したくても発言権がなくて、無力感にさいなまれている場合である。たとえば、どれだけ多くの子どもが家庭にあって、父母あるいは嫁姑の確執に対して一言いいたくて、しかしいえなくて身悶えする思いでいることか。(中井久夫「いじめの政治学」初出1997年『アリアドネからの糸』所収)

さてここまでで、新自由主義、あるいは世界資本主義が1990年以降の差別猖獗の原因(大きな原因のひとつ)だということが憶測できる(もっとも中井久夫が指摘する日本的な差別に注目すれば、日本は差別先進国だともいえる。これについては、日本はもともと権威=超自我の機能が弱かったという議論があり、それに思いを馳せないでもないが(参照:「いつのまにかそう成る「会社主義corporatism」」)、いまは触れ得ない)。

とはいえ、現在の新自由主義システムは容易に変わらないとしたらどうしたらいいのだろう? 当面、人びとの攻撃性を飼い馴らす仕方として、次のような例を参照することはできないだろうか。

教育の前段階において若者をあつめて何らかの集団をつくるようにしている部族は多いはずである。ブッシュマンの社会においては、親族関係によって冗談を言ってよい相手――ジョーキング・パートナー ――と言ってはいけない相手がきまっているというが、これは攻撃性を放電する一つの回路としての冗談(からかい)の制度化という、すぐれた解決法である。

冗談、からかい、地口、皮肉――これらの中には攻撃性が薄められてはいっている。しかし、薄められた攻撃性は遊びに接続しており、むきだしの攻撃性にたいする一種の免疫効果がある。冗談と言葉遊びと遊戯との三者の間に密接な関係があるのは、遊戯の多くが冗談的な言葉遊びを伴奏として行なわれること一つを考えてみてもわかる。これれは、先の三Cを教えるものである。他者との妥協は自分(の欲望など)との妥協でもある。それなしには他者と交わることができないのを遊びは教える。(中井久夫「精神科医からみた子どもの問題」1986年初出『記憶の肖像』所収)

われわれの攻撃性を飼い馴らす遊戯としての「冗談」までを糾弾してしまうとどうなるのか(たとえばそれは、ツイッター社交界での「正義派」がしばしばしている現象としてよい)。それでは攻撃性の行き場が(ネットしか鬱憤晴らしの場がない者たちにとってはことさら)なくなってしまうのではないか。するとその攻撃性はむしろ悪い方向に向かうのではないか。

ここでも基本であり出発点の考え方のひとつは、次ぎの中井久夫の次の文であるとわたくしは思う。

日常生活は安定した定常状態だろうか。大きい逸脱ではないが、あるゆらぎがあってはじめて、ほぼ健康な日常生活といえるのではないだろうか。あまりに「判でついたような」生活は、どうも健康といえないようである。聖職といわれる仕事に従事している人が、時に、使い込みや痴漢行為など、全く引き合わない犯罪を起こすのは、無理がかかっているからではないだろうか。言語研究家の外山滋比古氏は、ある女性教師が退職後、道端の蜜柑をちぎって食べてスカッとしたというのは理解できると随筆に書いておられる。外に見えない場合、家庭や職場でわずらわしい正義の人になり、DVや硬直的な子ども教育や部下いじめなどで、周囲に被害を及ぼしているおそれがある。

四季や祭りや家庭の祝いや供養などが、自然なゆらぎをもたらしていたのかもしれない。家族の位置がはっきりしていて、その役を演じているというのも重要だったのかもしれない。踏み越えは、通過儀礼という形で、社会的に導かれて与えられるということがあった。そういうものの比重が下がってきたということもあるだろう。もっとも、過去をすべて美化するつもりはない。

一般に健康を初め、生命的なものはなくなって初めてありがたみがわかるものだ。ありがたみがわかっても、取り戻せるとは限らない。また、長びくと、それ以前の「ふつう」の生活がどういうものか、わからなくなってくる。

私たちの中には破壊性がある。自己破壊性と他者破壊性とは時に紙一重である、それは、天秤の左右の皿かもしれない。先の引き合わない犯罪者のなかにもそれが働いているが、できすぎた模範患者が回復の最終段階で自殺する時、ひょっとしたら、と思う。再発の直前、本当に治った気がするのも、これかもしれない。私たちは、自分たちの中の破壊性を何とか手なずけなければならない。かつては、そのために多くの社会的捌け口があった。今、その相当部分はインターネットの書き込みに集中しているのではないだろうか。(中井久夫「「踏み越え」について」2003年初出『徴候・記憶・外傷』所収)