「俺の放言放言と言うが、みんな俺の言った通りになるじゃないか」と彼は言う。言った通りになった時には、彼が以前放言した事なぞ世人は忘れている。「馬鹿馬鹿しい、俺は黙る」と彼は言う。黙る事は難しい、発見が彼を前の方に押すから。又、そんな時には狙いでも付けた様に、発見は少しもないが、理屈は巧妙に付いている様な事を言う所謂頭のいい人が現れる。林は益々頭の粗雑な男の様子をする始末になる。(小林秀雄『作家の顔』)
…………
あのね、1994年の時点で、こういうことがいえる人はすごいと思うわけよ
前回記したことは瑕瑾にすぎないよ
歴史は、中国において統一国家のもとにあった時期合計がそうでない時期よりも短いことを教えている。ローマ帝国の崩壊後の西欧および東欧がローマ帝国時代の統一に匹敵する安定に達したことはなかったといえるかもしれない。この二つの帝国は絶えず民族移動の波にさらされた。現在起こっていることは、歴史上何度も起こった民族移動であって、それにタガをかけて止めることはできるかどうか、ということは難しい。難民という形の移動はいっそうとどめがたいであろう。しかし、こういう時代が人類の常態であるかもしれない。歴史が進歩するという信念は、歴史において新しく、かつ珍しいものである。歴史は退化する、あるいは近く終末を迎えるという信念のほうが一般的であった(私はどちらにも決まっていないと思う)。
個人にとって、強大な帝国の支配下にあるのと、乱世といずれが幸福かは、にわかにいうことができない。さらにいえば、歴史は、四大河流域における文明の勃興をなお善であり、進歩とするが、しかし、生涯をピラミッドの建設や運河の掘削に費やす生活と森の狩猟採集民の生活とのいずれを選ぶかは答えに窮する問題である。「桃源郷」は前者が夢見た後者であろう。
人類の特権的位置もいささか怪しくなっている。進化論は、進歩の信念の強固な支柱であったが、進化が必然というよりは大幅の偶然に委ねられていること、生物の最盛期はすでに過ぎ去っているかもしれないことを示唆する説が有力となっているかに見える。これは時代精神の変化の反映であろうか。高等猿類と鯨類とに人類並みの権利を与える運動も、その一環であるのかもしれない。もっとも、人類が最高であるという人類の信念は、原始美術の研究家ギーディングによると比較的新しく、旧石器時代には周囲の動物たちに比べて劣っているという信念が一般的であったという。トーテミズムはその残映である。人間がもっとも堕落した存在だという信念も人類史上珍しいわけではない。
おそらく、過去に存在した二十幾つかの文明圏、数百数千を数えるであろう「原始」社会(「原始」の用語はなお文化人類学者の公式用語であるという)を同時代的であり同等であるとせよというトインビーの要請から再出発するのが一つの行き方であろう。人類は生物学的に謙虚になれという要請にも耳を傾ける必要があるだろう。
現代は、多くの思い込みを去って正気になれるという意味では良い時代であるのかもしれない。(中井久夫「治療文化論再考」初出1994 『家族の深淵』)
もっと決定的なのは1988年というバブル最盛期に書かれた「引き返せない道」だろうけど。
一般に成長期は無際限に持続しないものである。ゆるやかな衰退(急激でないことを望む)が取って代わるであろう。大国意識あるいは国際国家としての役割を買って出る程度が大きいほど繁栄の時期は短くなる。しかし、これはもう引き返せない道である。能力(とくに人的能力)以上のことを買って出ないことが必要だろう。平均寿命も予測よりも早く低下するだろう。伝染病の流入と福祉の低下と医療努力の低下と公害物質の蓄積とストレスの増加などがこれに寄与する。ほどほどに幸福な準定常社会を実現し維持しうるか否かという、見栄えのしない課題を持続する必要がある。国際的にも二大国対立は終焉に近づきつつある。その場合に日本の地理的位置からして相対的にアジアあるいはロシアとの接近さえもが重要になる。しかし容易にアメリカの没落を予言すれば誤るだろう。アメリカは穀物の供給源、科学技術供給源、人類文化の混合の場として独自の位置を占める。危機に際しての米国の強さを軽視してはならない(依然として緊急対応力の最大の国家であり続けるだろう)。(中井久夫、1988)
ここで.ジジェクの2007年の論文、Tolerance as an Ideological Category を並べておこう。私訳だが、どうやらジジェクの『暴力』にほぼ同じ文章が掲載されているようだ。
どうしてだろう、 現在、とても多くの問題が「不寛容」の問題として受けとめられるのは? 不平等や搾取、不正議の問題としてではなく、「不寛容」なのは? どうしてだろう、提案される治療法は「寛容」であって、束縛からの解放や政治的闘争、さらには武力闘争ではないのは? すぐさま返ってくる答は、リベラル多文化主義者たちの基本的イデオロギー操作だ。すなわち「政治の文化化 culturalization」ーー政治的差異、政治的不平等や経済的搾取などに条件づけられた差異ーーは「文化的」差異や異なった「生活様式」へと順応させられ/脱色化される。それらは、与件としての何か、克服されえず、たんに「寛容」に扱われなければ何かということになる。
(……)この「文化化 culturalization」の原因は、直接の政治的解決(福祉国家、社会主義的プロジェクト等々)からの退却、失敗のせいだ。「寛容」は、それらのポスト政治的模造品である。(……)
現代のリベラリズムは、イデオロギー、制度化した実践、非制度的実践の複合的ネットワークを形成している。しかしながら、この多様性の底に横たわっているのは、全てのリベラルの展望が依拠している次の対立だ。一方に、文化によって支配されている人びと、つまり彼らが生まれた生活世界に全的に決定づけられている人びとがいる。他方に、たんに彼らの文化を「楽しんでいる」人びと、つまり彼らの文化を自由に選んで、文化からいっそう高く昇り上がった人びとがいる。この二種類の人びとのあいだの対立である。
これは我々に次のパラドックスをもたらす。すなわち、野蛮主義の究極的な源泉は、文化自体だ、と。特殊な文化への同一化は、他の文化への不寛容を生む。とすれば、基本的対立は、集団と個人とのあいだの対立である。文化は定義上、集合的かつ特殊・地域的であり、他の文化に対して排他的だ。他方ーー別のパラドックスだーー、個人は普遍的であり、普遍性の場である。もっとも、彼(彼女)が個別の文化から解放され、その個別の文化からいっそう高く昇り上がった人である限りで、である。
しかしながら、どの個人も、いかんせん「個別化されている」。彼らは個別の生活世界に居住しなければならない。したがって、この袋小路を解決する唯一の方法は、個人を普遍と個別へと分割するしかない。公的(普遍的)と私的(個別的)とに分割するしかない(ここでの「私的」とは、家族の「安息の地」と、市民社会(経済)の非国家的な「公的」領域を二つとも含む)。リベラリズムにおいて、文化は生き残る。が、私有化 privatized されたものとして、だ。ここでの「私有化」とは、生活様式としてであり、規範と規則の公的ネットワークではなく、信念と実践の組み合わせとしてである。このようにして、文化は、文字通り、全質変化 (transubstantiated:神学用語、葡萄酒とパンが血と肉に変わること)される。すなわち、信念と実践の同じ組み合わせが、集団を結合する力から、個人的かつ私的な特異性へと変わる。
文化自体が野蛮と不寛容の源泉である限り、避けがたい結論はこうだ。すなわち、不寛容と暴力に打ち勝つ唯一の方法は、主体の存在の核、その普遍的エッセンスを、文化から解放することである。その核において、主体は、根無し草(文化のゼロ度 kulturlos)にならなければならない(これは、偶然にも、ヨーゼフ・ゲッペルスの悪評高い文言への新しいヒネリを提供している。「文化という語を聞くと、私は銃に手を伸ばすことになる」……)。
で、きみたちはひょっとしてゲッペルス待望論かい?
……もっと一般的に言えば、すべての政治は、あるレベルの享楽の経済に頼っているし、さらにそれを巧みに操ることにある。私にとって、享楽の最もはっきりした例は、1943年のゲッペルスの演説である。――すなわちいわゆる総力戦Totalkrieg演説だ。スターリングラードでの敗北後、ゲッペルスは総力戦を求める演説をベルリンでやった。すなわち、通常の生活の残り物をすべて捨て去ろう!、全動員を導入しよう!、というものだ。そして、あなたはこの有名なシーンを知っているだろう、ゲッペルスは二万人のドイツ人群衆にレトリカルな問いかけをするあのシーンだ。彼は聴衆に問う、あなたがたはさらにもっと働きたいか、もし必要なら一日16時間から18時間?そして人びとは叫ぶ、「Ja!」。彼はあなたがたはすべての劇場と高級レストランを閉じたいか、と問う。人々は再び叫ぶ、「Ja!」
そして同様の問いーーそれらはすべて、快楽を放棄し、よりいっそうの困苦に耐えることをめぐっているーーが連続してなされたあと、彼は最後に殆どカント的な問いかけをする、カント的、すなわち表象不可能の崇高さを喚起するという意味だ。ゲッペルスは問う、「あなたがたは総力戦を欲するか? その戦争はあまりにも全体的なので、あなたがたは今、どのような戦争になるかと想像さえできないだろう、そんな戦争を?」 そして狂信的なエクスタシーの叫びが群衆から湧き起こる、「Ja!、 Ja!、 Ja!」ここには、政治的カテゴリーとしての純粋な享楽があると私は思う。完全にはっきりしている。まぎれもなく、人びとの顔に浮かんだ劇的な表情、それは、人びとにすべての通常の快楽を放棄することを要求するこの命令は、それ自体が享楽を提供しているのだ。これが享楽というものである。(ジジェク)
まあ、いいさ、肝腎なのは、この今のことをゴタゴタ言ってばかりいないで、中井久夫のように二十年後、あるいは三十年後、 世界はどうなっているのか、をたまには考えてみることさ
次ぎの文には、ヘーゲル主義者による通念としてのヘーゲル「ミネルバの梟が夕暮れに飛ぶ」の驚くべき反転がある。
過去と未来の閉じた回路である時間―未来はわれわれの過去の行為から偶然に生み出されるが、 その一方で、 われわれの行為のありかたは、未来への期待とその期待への反応によって決まるのである。
『大惨事は運命として未来に組みこまれている。それは確かなことだ。だが同時に、偶発的な事故でもある。つまり、たとえ前未来においては必然に見えていて も、起こるはずはなかった、ということだ。……たとえば、大災害のように突出した出来事がもし起これば、それは起こるはずがなかったのに起こったのだ。にもかかわらず、起こらないうちは、その出来事は不可避なことではない。したがって、出来事が現実になること――それが起こったという事実こそが、遡及的にその必然性を生みだしているのだ(Jean=Pierre Dupuy, Petit métaphysique des tsunami, Paris, Seuil 2005, p. 19.)。』
もしも―偶然に―ある出来事が起こると、 そのことが不可避であったように見せる、 それに先立つ出来事の連鎖が生み出される。 物事の根底にひそむ必然性が、 様相の偶然の戯れによって現われる、 というような陳腐なことではなく、これこそ偶然と必然のヘーゲル的弁証法なのである。 この意味で、人間は運命に決定づけられていながらも、 おのれの運命を自由に選べるのだ。
環境危機に対しても、このようにアプローチすべきだと、デュピュイはいう。 大惨事の起こる可能性を 「現実的」に見積もるのではなく、 厳密にヘーゲル的な意味で<大文字の運命>として受け容れるべきである―もしも大惨事が起こったら、 実際に起こるより前にそのことは決まっていたのだと言えるように。 このように<運命>と ( 「もし」 を阻む)自由な行為とは密接に関係している。自由とは、もっと根源的な次元において、自らの<運命>を変える自由なのだ。
つまりこれがデュピュイの提唱する破局への対処法である。 まずそれが運命であると、 不可避のこととして受けとめ、そしてそこへ身を置いて、 その観点から (未来から見た) 過去へ遡って、 今日のわれわれの行動についての事実と反する可能性(「これこれをしておいたら、いま陥っている破局は起こらなかっただろうに!」)を挿入することだ。(ジジェク『ポストモダンの共産主義』)
※参照:カサブランカとプロパガンダ