2016年8月1日月曜日

日常の底に潜む恐怖

何かが途轍もなく間違っている(ジジェク 2016→ ミレール)」にて、

①《現実界とは象徴化あるいは形式化の袋小路である ( “Le reel est un impasse de formalization,” )》(ラカン、セミネール20)

②《法のない現実界(le Réel sans loi)》、あるいは《本当の現実界は、法の欠如を意味する。現実界は、秩序がない[Le vrai Réel implique l'absence de loi. Le Réel n'a pas d'ordre]》(セミネール23)

この(一見した)対立のどちらの立場をとるかで、①ジジェク、②ミレールの対決を記したのだけれど、②とは、ラカンがーー老境に入ってーー、合理論から経験論への移行した、という捉え方が(ひょっとしたら)できるかもしれない。

 セミネール23で法のない現実界といったのは、1976年のことで、ラカンはすでに75歳である。

死というのは一点ではない、生まれた時から少しずつ死んでいくかぎりで線としての死があり、また生とはそれに抵抗しつづける作用である。

ーービシャ(フーコー『臨床医学の誕生』より)
死とは、私達に背を向けた、私たちの光のささない生の側面である。

ーーリルケ「ドウイノの悲歌」より



安永と、生涯を通じてのファントム空間の「発達」を語り合ったことがある。簡単にいえば、自極と対象極とを両端とするファントム空間軸は、次第に分化して、成年に達してもっとも離れ、老年になってまた接近するということになる。(中井久夫「発達的記憶論」『徴候・記憶・外傷』所収)

死とは、《象徴化あるいは形式化の袋小路である》と解釈できるものだろうか、それとも 《法のない現実界》だろうか。あるいはそれとも……

もう小説という形では書きにくい。かなり随想風の作品になるでしょう。この年齢になると死が近づいて、日常のあちこちから自然と恐怖が噴き出します。それをできるだけ平静な筆致で書きたいと思っています。(古井由吉、「日常の底に潜む恐怖毎日新聞2016年5月14日

いずれにせよ、《人生は、自己流儀の死への廻り道である。大抵の場合、急いで目標に到達する必要はない》(ラカン、セミネール17)であるに相違ない。

…時がたつにつれて、ぼくはファルスの突然の怒りがよくわかるようになった…彼の真っ赤になった、失語症の爆発が……時には全員を外に追い出す彼のやり方……自分の患者をひっぱたき…小円卓に足げりを加えて、昔からいる家政婦を震え上がらせるやり方…あるいは反対に、打ちのめされ、呆然とした彼の沈黙が…彼は極から極へと揺れ動いていた…大枚をはたいたのに、自分がそこで身動きできず、死霊の儀式のためにそこに閉じ込められたと感じたり、彼のひじ掛け椅子に座って、人間の廃棄というずる賢い重圧すべてをかけられて、そこで一杯食わされたと感じる者に激怒して…彼は講義によってなんとか切り抜けていた…自分のミサによって、抑圧された宗教的なものすべてが、そこに生じたのだ…「ファルスが? ご冗談を、偉大な合理主義者だよ」、彼の側近の弟子たちはそう言っていた、彼らにとって父とは、大して学識のあるものではない。「高位の秘儀伝授者、《シャーマン》さ」、他の連中はそう囁いていた、ピタゴラス学派のようにわけ知り顔で…だが、結局のところ、何なのか? ひとりの哀れな男だ。夢遊病的反復に打ちひしがれ、いつも同じ要求、動揺、愚劣さ、横滑り、偽りの啓示、解釈、思い違いをむりやり聞かされる、どこにでもいるような男だ…そう、いったい彼らは何を退屈したりできるだろう、みんな、ヴェルトもルツも、意見を変えないでいるために、いったい彼らはどんな振りができるだろう、認めることだ! 認めるって、何を? まさに彼らが辿り着いていたところ、他の連中があれほど欲しがった場所には、何もなかったのだということを…見るべきものなど何もない、理解すべきものなど何もないのだ…(ソレルス『女たち』鈴木創士訳)

なにはともあれ、最後まで合理論を貫き通す人物というのは、稀有だろう。

戦前・戦中の日本が情緒に引きずられたことへの反省から、加藤周一はとことん論理的であろうとした。老境の文化人がややもすれば心情的なエッセーに傾斜する日本で、彼だけは最後まで明確なロジックと鮮やかなレトリックを貫いた。(浅田彰「憂国呆談」

…………

いつのまにかいなくなった人たち スラマット・アブドゥル・シュークルは80歳になっても元気で作曲していた ある日転んで ほどなく亡くなった 今年2015年3月26日スラバヤだった もう一人の友人ジャック・ボディの70歳を祝う本のために歌曲を送った すると 治療できないガンだとわかったという知らせがあり その後本人から昔ニュージーランドで会った年をたずねるメールが届いた その時は 思い残すこともなく安らかにすごしているということだった 今年5月10日にウェリントンのホスピスで亡くなった 杉本秀太郎は しばらく会っていないと思いだしたとき 白血病で 治療を一切せずに亡くなっていた 今年5月27日

たよりがなくなり 消息が絶え 人はいつかいなくなっている さまざまなしごと 作曲家だったり エッセイストで 作品を知っていたとしても 思い出すのは そういうことではない 会って交わしたことばでもない その人もそこにいた空間の いつどこともわからない空気に通うそよ風のような感触 行き交い すぎてゆく 人びとの影(高橋悠治「糸ほどの」2015.7