2017年5月31日水曜日

おっかさんは、今は蛍になってゐる

われわれが、ある一定の条件のもとにある主体に呼びかけるとき、同一化という事実、一種の誤認現象 fausse reconnaissance は様々な報告、証言によると限りなくあるということは常に知られてきたことであるし、われわれも確認できることである。

問題なのはどうしてこれらのことが人間存在に起こるのかということである。私の犬とは違って人間存在は、ある動物が出てくるとき、自分の失った人、家族とか、首長あるいは部族のほかの重要人物とかの姿をそこに認めるのである。あの野牛、それは彼だ、というわけである。(ラカン、S9、29 Novembre 1961、向井雅明摘要試訳)

…………

「感想」という小林さんの小説風な文章がある。小説風といったが、小説でないとかあるということでなく、小林さんの語りの妙がうかがわれる名文だからこんなふうにいうのである。お母さんが亡くなられた数日後の夕暮れ、扇が谷のお宅の近くの川にそうた道を歩いておられて、一匹の蛍がとんでいるのを見とめ、「おっかさんは、今は蛍になってゐる、と私はふと思った」それから小林さんは蛍を見失い、ある家の前にきて、犬に吠えつかれる。「犬は私の着物に、鼻をつける様にして吠えながらついて来る。さうしてゐるうちに、突然、私の踝が、犬の口に這入った、はっと思ふうちに、ぬるぬるした生暖かい触覚があっただけで、口は離れた。犬はもう一度同じことをして、黙って了った」それから小林さんは、横須賀線の踏切近くまで来て、子供らが、「火の玉が飛んでいったんだ」とさわいでいるのを目撃される。

こんな話を「童話的体験」としてのべられたあとで、さらに、それから二カ月ほどしたのち、酔っていて、水道橋のプラットホームから半分呑みのこした一升瓶をかかえて、地面へ墜落する。そのとき一升瓶は粉みじんになったが。不思議にカスリ傷一つなかった。「私は、黒い石炭殻の上で、外燈で光ってゐる硝子を見てゐて、母親が助けてくれた事がはっきりした」と、お母さんのことを語られるのである。みな、お母さんが亡くなられてまもない出来事なのである。(水上勉「解説、「感想(ベルグソン論)」第一章)

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もうひとつの例をあげてみよう。ある農家の使用人の話しからきたケルト民話 légende celtique がある。そこの主人、領主が死んだとき、一匹のハツカネズミが現れ、彼はそれについていった。小さなハツカネズミは領地を一回りして戻って来、農具のある納屋に入り、鋤、鍬、シャベルなどの農具の上を動き回り、それから消えてしまった。ハツカネズミが何を意味するかもうわかっていた使用人はこの後、主人の亡霊の顕現 apparition du fantôme を見て確信を得るのであった。この亡霊は次のように告げる。「私はあの小さなハツカネズミだった。別れを告げるために領地を一周したのだ。農具を見なければならなかったのは、それが他の何にもまして愛着を感じていた大切なものだからだ。一回りしてやっと開放されることができた…」
……同一化の現象を自然なものと考えるために民話に参照することによって、たとえ民話という限界を取り去ってしまうにせよ、私が多少とも満足できると考えることは、私の期待にはそぐわないものである。なぜなら、このことを経験の根底にあるものとして認めたとしても、われわれはそれ以上のことはまったく分からないのである。というのも皆さんにとって、例外を除けば、このようなことは起こり得ないからである。もちろん今でも人里離れた田舎でこういうことが起こることはありえる。しかし、皆さんにはこのようなことは起こり得ないことは明らかである。それゆえこの問題はこれ以上追及できないのである。それが皆さんには起こり得ないという以上、何も理解できないわけであるが、何も理解できないからといって、この出来事に関して冒頭に、レヴィ・ブリュールに倣って「神秘的参入 participation mystique」とか「前論理的心性 mentalité prélogique」とかいう題目をつけるだけで十分だとは考えてはならない。

われわれにとって重要なのはこの同一化と呼ばれる可能性の関係を、言語においてそして言語によってのみ存在するもの、つまり真理がそこから出てくるという意味において把握することである。先ほどの農場の召使いにとってはわかっていない同一化がその真理の中にあるのだ。「AはAである A est A」の上に真理を置くわれわれにとってそれは同じことである。(ラカン、S9、29 Novembre 1961、向井雅明訳ーーただし一部変更)

この「同一化」セミネール9 の 29 Novembre 1961の冒頭は、《Un en tant que trait unique》の話から始まっている。すなわち核心は「一の徴 der einzige Zug」である。

フロイトが「一の徴 der einzige Zug」と呼んだもの(ラカンの Ie trait unaire)、この「一の徴」をめぐって、後にラカンは彼の全理論を展開した。(『ジジェク自身によるジジェク』2004、私訳)
ここで、私はフロイトのテキストから「一の徴 trait unaire」の機能を借り受けよう。すなわち 「徴の最も単純な形式 forme la plus simple de marque」、「シニフィアンの起源 l'origine du signifiant」である。我々精神分析家を関心づける全ては、「一の徴」に起源がある。 (ラカン、セミネール17、14 Janvier 1970)

フロイトの『集団心理学と自我の分析』からいくらか抜き出そう。

自我が同一化のさいに、ときには好ましくない人物を、また、ときには愛する人物を模写す ることは注目に値する。両方の場合はいずれもこの同一化は部分的で、極度に制限されたものであり、対象人物 Objektperson の一つの特色 einzigen Zug (一の徴)だけを借りていることも、われわれの注意をひくにちがいない。 …(フロイト『集団心理学と自我の分析』1921年)

《同情は、同一化によって生まれる das Mitgefühl entsteht erst aus der Identifizierung》ともある。注意しなければならないのは、同情するから同一化するのではないことだ。逆に同一化するから同情するのである。これは「同一化するから対象を愛する」とパラフレーズすることもできる。

われわれは、…次のように要約することができよう。第一 に、同一化は対象にたいする感情結合の根源的な形式であり、第二に、退行の道をたどっ て、同一化は、いわば対象を自我に取り入れる Introjektion ことによって、リビドー的対象結合 libidinöse Objektbindung の代用物になり、第三に、同一化は性的衝動の対象ではない他人との、あらたにみつけた共通点のあるたびごとに、生じることである。この共通性が、重大なものであればあるほど、この部分的な同一化 partielle Identifizieruitg は、ますます効果のあるものになるにちがいなく、また、それは新しい結合の端緒にふさわしいものになるにちがいない。(フロイト『集団心理学と自我の分析』1921年)


ロラン・バルトの「温室の写真」をめぐる叙述も、「einzigen Zug (一の徴)」との同一化の観点から捉えうるかもしれない。

かくして私は、母を失ったばかりのアパルトマンで、ただ一人、灯火のもとで、母の写真を一枚一枚眺めながら、母とともに少しずつ時間を遡り、私が愛してきた母の写真の真実を探し求め続けた。そしてついに発見した。(……)

それはプルーストが経験した感情と同じものである。彼はある日、靴を脱ごうとして身をかがめたとき、とつぜん記憶のなかに祖母の本当の顔を認め、《完璧な無意志的記憶によって、初めて、祖母の生き生きした実在を見出した dont pour la première fois je retrouvais dans un souvenir involontaire et complet la réalité vivante 》のである。(ロラン・バルト『明るい部屋』第28章)

無意志的記憶、その無意志的レミニサンスとは、《魂の状態のなかに書き込まれる inscrits dans un état d'âme 》(ドゥルーズ=プルースト)。強度として「魂の調子 Stimmung」のなかに書き込まれる(クロソウスキー=ニーチェ)。

ある種の写真に私がいだく愛着について(……)自問したときから、私は文化的な関心の場(ストゥディウム le studium)と、ときおりその場を横切り traverser ce champ やって来るあの思いがけない縞模様 zébrure とを、区別することができると考え、この後者をプンクトゥム le punctum と呼んできた。さて、いまや私は、《細部》とはまた別のプンクトゥム(別の《傷痕 stigmate》)が存在することを知った。もはや形式ではなく、強度 intensité という範疇に属するこの新しいプンクトゥムとは、「時間 le Temps」である。「写真」のノエマ(《それは = かつて = あった ça-a-été》)の悲痛な強調であり、その純粋表象 représentation pure である。(『明るい部屋』第32章)
「温室の写真」は、私にとって、その日、少女だった母から、その髪から、肌から、衣服から、まなざしから、発せられていた光線の宝庫なのである。(第34章)
「温室」の奥のほうに引っ込んでいる母の顔は、ぼやけ、色あせている。それを見るなり、私はとっさにこう叫んだ。《これこそ母だ! 確かに母だ! ついに母を見つけた!》と。いまや私は、それがなぜ、いかにして母であるのかを知りたいーーそしてそれを完全に言い表せるようにしたいーーと思う。(第41章)
似ているということだけでは私は満足できず、いわば懐疑的になってしまう(私が母のありきたりの写真を見て感ずるのは、まさにそうした嘆かわしい失望であるーーこれに対して、真実に目のくらむ思いがしたあの唯一の写真は、まさしく母に似ていない、遠い昔の、失われた写真、私の知らない一人の少女の写真であった)。(第42章)

…………

小林秀雄の「おっかさん=蛍」の話とロラン・バルトの「温室の写真」の叙述を並べたが、即断的に同じメカニズムがある、というつもりはない。だが類似しているところはあるに違いない。

小林秀雄自身の文章を最後に掲げる。

終戦の翌年、母が死んだ。母の死は、非常に私の心にこたえた。それに比べると、戦争という大事件は、言わば、私の肉体を右往左往させただけで、私の精神を少しも動かさなかった様に思う。(……)

母が死んだ数日後の或る日、妙な体験をした。仏に上げる蝋燭を切らしたのに気付き、買いに出かけた。私の家は、扇ヶ谷の奥にあって、家の前の道に添うて小川が流れていた。もう夕暮であった。門を出ると、行手に蛍が一匹飛んでいるのを見た。この辺りには、毎年蛍をよく見掛けるのだが、その年は初めて見る蛍だった。今まで見た事もないような大ぶりのもので、見事に光っていた。おっかさんは、今は蛍になっている、と私はふと思った。蛍の飛ぶ後を歩きながら、私は、もうその考えから逃れる事が出来なかった。

ところで、無論、読者は、私の感傷を一笑に付する事が出来るのだが、そんな事なら、私自身にも出来る事なのである。だが、困った事がある。実を言えば、私は事実を少しも正確には書いていないのである。私は、その時、これは今年初めて見る蛍だとか、普通とは異って実によく光るとか、そんな事を少しも考えはしなかった。私は、後になって、幾度か反省してみたが、その時の私には、反省的な心の動きは少しもなかった。おっかさんが蛍になったとさえ考えはしなかった。何も彼も当り前であった。従って、当り前だった事を当り前に正直に書けば、門を出ると、おっかさんという蛍が飛んでいた、と書く事になる。つまり、童話を書く事になる。

以上が私の童話だが、この童話は、ありのままの事実に基いていて、曲筆はないのである。妙な気持になったのは後の事だ。妙な気持は、事実の徒らな反省によって生じたのであって、事実の直接か経験から発したのではない。では、今、この出来事をどう解釈しているかと聞かれれば、てんで解釈なぞしていないと答えるより仕方がない。という事は、一応の応答を、私は用意しているという事になるかも知れない。寝ぼけないでよく観察してみ給え。童話が日常の実生活に直結しているのは、人生の常態ではないか。何も彼もが、よくよく考えれば不思議なのに、何かを特別に不思議がる理由はないであろう。(小林秀雄「感想」)

いずれにせよラカンが言うように、こういった話を「神秘的参入 participation mystique」とか「前論理的心性 mentalité prélogique」とかの言葉で片づけてはならない。

《寝ぼけないでよく観察してみ給え。童話が日常の実生活に直結しているのは、人生の常態ではないか。》

ところで「眼差しとしてのプンクトゥム」等でみた「対象a」と「一の徴」とはどう異なるのか? まったく同じというわけではなさそうだが、わたくしにはいまだ不明である。

ラカンは「一の徴 trait unaire」を熟慮した後、S1(主人のシニフィアン)というマテームを発明した。S1 は「一の徴」よりも一般的なマテームである。しかし疑いなく、S1 の価値のひとつは「一の徴」である。

私は信じている、「一の徴」というシニフィアンの卓越した機能、そして幻想のなかの対象a 、この両者への主体の連携のあいだには関係性がある、と。(…)

しかしこの両方の定式を比較すると、多くの問題が湧き起こってくる。……(Jacques-Alain Miller、The Axiom of the Fantasm