2017年6月29日木曜日

むきたてのにおい

ネットで次の詩を拾った。

「におい」 飯島耕一

五月の雨の日
西荻窪の駅のホームのベンチに坐っていると
隣に一人の若い女が坐り
大学の紀要のようなものを
読みはじめる
アメリカ問題の論文で
筆者は女性の名だ
この若い女の名
かもしれない

雨のせいか
そのみしらぬ女の
実にあまい体臭が
こちらに ただよってくる
苦しいほどの 女の 肉体の
におい
衿にこまかい水玉のネッカチーフをまいている
レインコートを着ている
人間の女のにおい

ようやく下りの電車が入ってきた
顔はとうとう見ることができず
別の車輛に乗った
もう二度と会うこともないか

これが東京だ
人生のにおい
論文なんか 読むのはやめたら
という 一語
をささやいてやるべきだった。


ーーじつにクラクラする詩だ。胸キュンとなってしまう。
大都会の駅のホームに長いあいだ坐ることのない環境におかれているせいかもしれないが。

居酒屋でちょっと似た感じをおぼえた経験がある。
隣で小太りの少女が独りでやけ酒を飲んでいた。
目がうるんでいる。
どうしたんだ? 
三十路なかばのこれまた独酌の彼は彼女にたずねる
女はあいまいな顔をしたまま黙っている
しばらくすると、彼がもっとみにくかったらよかったのに、と呟く
そうしたらわたしだけのものになる

よいにおいのする女だった
顔はぶ―だったが

《ほら、四十にもなって若い娘の顔を見れば、むきたてに見えるでしょう。》(古井由吉『蜩の声』除夜)


「夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった」 谷川俊太郎

男と女ふたりの中学生が
地下鉄のベンチに座っていてね
チェシャイア猫の笑顔をはりつけて
桃色の歯ぐきで話しあってる

そこへゴワゴワオウヤと地下鉄がやってきて
ふたりは乗るかと思えば乗らないのさ
ゴワゴワオウオと地下鉄は出ていって
それはこの時代のこの行の文脈さ

何故やっちまわないんだ早いとこ
ぼくは自分にかまけてて
きみらがぼくの年令になるまで
見守ってやるわけにはいかないんだよ


ーーやっちまったよ早いとこ、
あんな可憐なこというんだから。

シツレイ! 自慢話めいて
でも下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってやつさ