2018年8月13日月曜日

黒洞々たる夜

外には、唯、黒洞々たる夜があるばかりである。(芥川龍之介『羅生門』)

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◆坂井直樹「波動プロジェクトの一環として、ミニマリズムとマルチメディアを組み合わせて、動的なアート作品を作成する」(2017.07.28)

ーーとってもすばらしい作品だな、ブラックホール愛好家のボクにとってはことさら。



ジイドを苦悶で満たして止まなかったものは、女性のある形態の光景、彼女のヴェールが落ちて、唯一ブラックホール un trou noir のみを見させる光景の顕現である。あるいは彼が触ると指のあいだから砂のように滑り落ちるものである。(ラカン, « Jeunesse de Gide ou la lettre et le désir »,Écrits, 1966ーー「男は女になんか興味ないよ」)




女は男の種を宿すといふが
それは神話だ
女の中に種があんべ
男なんざ光線とかいふもんだ
蜂か風みたいなものだ

ーー西脇順三郎「旅人かえらず」


もっともいささかの不満がないことはない。贅沢な願いには違いないが、坂井直樹氏に荒木経惟並のエロス度があればもっとよかったのに、と蚊居肢子は考える・・・





あの美しく血の滑らかな唇は、小さくつぼめた時も、そこに映る光をぬめぬめ動かしているようで、そのくせ唄につれて大きく開いても、また可憐にすぐ縮まるという風に、彼女の体の魅力そっくりであった。(川端康成『雪国』)

◆ここにも秀作がある。→The Trip Out Gallery



フロイトがその大著『夢判断』の冒頭を飾る夢として選んだ、イルマの注射の夢。この夢があらわしている「潜在思考」は、若い女性患者イルマの治療の失敗に対するフロイトの罪悪感と責任感である。夢の前半、すなわちフロイトとイルマが対面している場面の最後で、フロイトは彼女の喉を覗き込む。彼がそこに見たものは、原初的な肉、〈モノ〉としての波打つ生命物質、癌のような忌わしい腫瘍という形をとった〈現実界〉をあらわしている。(ジジェク『ラカンはこう読め!』)
フロイトのモノChose freudienne.、…それを私は現実界 le Réelと呼ぶ。(ラカン、S23, 13 Avril 1976)
(フロイトの)モノは漠然としたものではない La chose n'est pas ambiguë。それは、快原理の彼岸の水準 au niveau de l'Au-delà du principe du plaisirにあり、…喪われた対象objet perduである。(ラカン、S17, 14 Janvier 1970ーー「モノと対象a」)