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2018年10月6日土曜日

集団否認症の蔓延

たとえ知識があろうとも、それだけでは誰にも行動を促すことはできない。…(なぜなら)私たちは自分の知識が導く当然の帰結を、自分で思い描けないから。(ジャン=ピエール・デュピュイ『ツナミの小形而上学』)

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間近な財政破綻、現行の社会保障制度の崩壊は、ある程度の教養がある人なら、別に経済学者でなくても、実は皆が知っている。ただ否認されているだけ。

倒錯において自我は、現実の重要な部分 bedeutsames Stück der Realität を否認するverleugnet。(フロイト『フェティシズム』1927年、摘要)

この倒錯の機制であるVerleugnung(否認)とは、事態の内容は能動的形式で認められているのだけれど、その承認は、Isolierung(分離・隔離)という条件の下。つまり日常生活への影響(象徴的影響)は宙吊りになったままで、主体の象徴的世界のなかへは本当には統合されていない。

これは、ラカンの弟子(友人)オクターヴ・マノーニ Octave Mannoni の名高い「よく知っているが、それでも…( je sais bien, mais quand-même)」という論理だ。フロイトの『フェティシズム』論の叙述に依拠して言い換えれば、「母さんにペニスがないことは知っている、しかしそれでも…[母さんにはペニスがあると信じている]」となる。

ここでの話に言い換えれば、財政危機はきわめて深刻であり、日本のインテリ大半は自分たちの生存そのものがかかっているのだということを、「よく知っているが、それでも je sais bien, mais quand-même……」、心からそれを信じているわけではない。それは彼らの象徴的宇宙に組み込む心構えはできていない。だから彼らは、危機が日常生活に影響を及ぼさないかのように振舞い続けている、となる。

ま、しょうがないさ。柄谷行人や浅田彰が昔から言ってるけど、日本は倒錯の国だからな。

そもそも財政破綻しても日本自体が崩壊するわけじゃないしな、すくなくとも都市は残るよ。もっとも公共サービスも年金給付も生活保護も止まるだろうから、餓死者はでるだろうし高齢者の天国行きも急増するだろうけどさ。

健康と家族(親しい仲間)だけはキープしといたほうがいいよ、もうすぐなんだから。戦後のハイパーインフレ時期に闇市でボロ儲けした連中のように、体力と仲間さえいれば起死回生として機能するわけで。

中井久夫なんかはとっくの昔から確信してる筈だよ、いつ日本がボロボロになるかだけの話で。

今、家族の結合力は弱いように見える。しかし、困難な時代に頼れるのは家族が一番である。いざとなれば、それは増大するだろう。石器時代も、中世もそうだった。家族は親密性をもとにするが、それは狭い意味の性ではなくて、広い意味のエロスでよい。同性でも、母子でも、他人でもよい。過去にけっこうあったことで、試験済である。「言うことなし」の親密性と家計の共通性と安全性とがあればよい。家族が経済単位なのを心理学的家族論は忘れがちである。二一世紀の家族のあり方は、何よりもまず二一世紀がどれだけどのように困難な時代かによる。それは、どの国、どの階級に属するかによって違うが、ある程度以上混乱した社会では、個人の家あるいは小地区を要塞にしてプライヴェート・ポリスを雇って自己責任で防衛しなければならない。それは、すでにアメリカにもイタリアにもある。

困難な時代には家族の老若男女は協力する。そうでなければ生き残れない。では、家族だけ残って広い社会は消滅するか。そういうことはなかろう。社会と家族の依存と摩擦は、過去と変わらないだろう。ただ、困難な時代には、こいつは信用できるかどうかという人間の鑑別能力が鋭くないと生きてゆけないだろう。これも、すでに方々では実現していることである。

現在のロシアでは、広い大地の家庭菜園と人脈と友情とが家計を支えている。そして、すでにソ連時代に始まることだが、平均寿命はあっという間に一〇歳以上低下した。高齢社会はそういう形で消滅するかもしれない。(中井久夫「親密性と安全性と家計の共有性と」2000年初出『時のしずく』所収)

この《平均寿命はあっという間に一〇歳以上低下した》とはいくらか誇張だけど、次の通り。



欧米先進国の平均寿命(出生時の平均余命)は80歳前後であるのに対して、ロシアの平均寿命は65歳と10数歳も少なくなっている。
2011年の平均寿命は、男は63歳、女は75歳である。男の平均寿命が60歳代前半、すなわち定年年齢以下である点はやはり目を引く。ロシアでは年金問題は生じないとも言われる位である。このように男性の平均寿命が短い点とともに男女差が世界一大きい点もロシアの特徴である。
「1992年から2001年の間までの死者数は、例年より250万人から300万人多かったと推定される。戦争や飢餓、あるいは伝染病がないのに、これほどの規模の人命が失われたことは近年の歴史ではなかったことである」(国連開発計画「人間開発報告書2005」ーー「ロシアの平均寿命推移」)

財政破綻による最も重要な変革は、年金問題が減ることだな。

「財政破綻後の日本経済の姿」に関する研究会』というのがあって2014年までは公開されていたのだけれど、財政破綻は必然だからそんな悠長な分析はもうやめて、破綻後の日本を考えようという東京大学金融研究センター主催による経済学者たちの研究会。

そこには財政破綻によるハイパーインフレーションをめぐって、次のようなメモがある(福井義高メモ、pdf)。

・意外に悪影響の少ない劇薬?
・長期的視点でみれば、単なる一時的落ち込み
・ 政治的影響も小さい
・(ハイパー)インフレのメリット – 最終局面を除き、低失業率の実現
・国民の広い範囲にインフレ利得者が存在
・日本への教訓 – ハイパーインフレ恐るるに足らず?
・むしろ究極の財政再建策として検討すべき?

そしてこの「冷徹な」メンバーの方々は中井久夫と同様、ロシアの財政崩壊も研究している。

いささか不謹慎な話題かもしれませんが・・・。――旧ソ連が崩壊し、ロシアでは、それまで全国民に医療サービスを政府が提供する体制が実質的に崩壊しました。また、ソ連崩壊後の時期に死亡率が急上昇しました。……[送り状(2)]

さあてっと、「借金大国日本の「生産性」集中の避けがたさ」、そして「ま、諦めたほうがいいよ」に引き続いて三回目だけど、もうやめるよ、この話は。

そもそもボクも人のことはまったく言えないので、日本に住んでたらまちがいなく「集団否認症」の仲間だっただろうからな。