約1ヶ月前の投稿「来るべき債権市場のパニック」でも絶賛したが、キミたちの大半が大嫌いだろう、いわゆる「財務省の犬」小幡績がまたまた見事な記事ーー「5つのうそ」をめぐるーーを書いている。財政的知のない者にとってはいささか難解な箇所があるかもしれないが、是非とも熟読玩味をおすすめする。核心のひとつは、「結局、通貨の価値は激減してしまう」の項にあるーーその前段にも説明されている「いわゆるハイパーインフレーションという通貨価値の暴落」ーー次の文である、《そもそも、通貨への信認がなくなり、政府への信頼も地に落ちれば、経済社会は壊滅する。輸入インフレはひどく、電気・ガス・ガソリン、小麦など食料、すべてが高騰。必需品が高騰し、所得が平均以下の人、年金生活者などがいちばん苦しい状態に置かれる》。
前回、「寄生はいつまで出来るんだろうね」という記事を投稿したところだが、ついに寄生が不可能な時が間近に近づいている。少なくともその警告記事であり、近未来に訪れる、特に《いちばん苦しい状態に置かれる》方々は、この記事をすこしでも参考にしてなんらかの「備え」をしていだたくことを切に祈願する。
もっとも「5つのうそ」に嵌りこんでしまっている「美しい」減税カルトの方々にはいくら言っても徒労なのを私は熟知していないではないが。
信念は牢獄である[Überzeugungen sind Gefängnisse]。それは十分遠くを見ることがない、それはおのれの足下を見おろすことがない。しかし価値と無価値に関して見解をのべうるためには、五百の信念をおのれの足下に見おろされなければならない、 ーーおのれの背後にだ・・・〔・・・〕 信念の人は信念のうちにおのれの脊椎をもっている。多くの事物を見ないということ、公平である点は一点もないということ、徹底的に党派的であるということ[Partei sein durch und durch]、すべての価値において融通がきかない光学[eine strenge und notwendige Optik in allen Werten] をしかもっていないということ。このことのみが、そうした種類の人間が総じて生きながらえていることの条件である。〔・・・〕 狂信家は絵のごとく美しい、人間どもは、根拠に耳をかたむけるより身振りを眺めることを喜ぶものである[die Menschheit sieht Gebärden lieber, als daß sie Gründe hört...](ニーチェ『反キリスト者』第54節、1888年) |
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さて、くだらない前置きはこのくらいにして、「5つのうそ」を暴く小幡績の見事な手腕を堪能していただくために全文を掲げる。
◼️日本の財政破綻危機で意図的に「大丈夫」「安心」「問題ない」と流されている、まことしやかな「5つのうそ」を暴く 小幡績 : 慶応義塾大学大学院教授 2025/06/28 |
財政に関して、意図的に流布されている「5つのうそ」を暴こう。意図的に財政破綻させようとしている論者もあるかもしれないが、哀れなことに、多くのうそは、ただ無責任に政治家や人々を喜ばせようとしてつくられているか、自分でその誤りに気付かずに主張しているか、どちらかである。 |
真実かうそか、「有力な見分け方」とは? |
こういう論者は、基本的に「寂しがり屋のかまってちゃん」だから、数多くの賛同を得るために、SNSを中心に、単純な暴論を展開している。だから、うそかどうかの見分け方の1つは、SNSでよく聞く議論かどうか、観察してみることである。 これまで、こういったうそに対しては、誠実な人々はまじめに取り合ってこなかったが、事ここに及んでは、今さらではあるが、まず、善良な市民が信じてしまわないように、はっきりうそだと論破することが必要である。さっそくとりかかろう。 |
【うそ1】 政府の借金は国の借金ではない。一方で、それは国民の資産であるから、何の心配もない。 |
負債は誰かの債権であるから、負債と資産はバランスして、同額となるはずである。それこそが、バランスシートである。国の借金というのは、対外債務という考え方もできるから、そういう意味では、国の借金ではない、ともいえる。 しかし、個々の企業が倒産することを考えると、この議論はまったく意味がないことがわかる。企業Aの借金は銀行Bの債権つまり、資産であるから、企業Aは倒産しない、と言ったら、誰もがおかしいことに気付くだろう。 企業Aが借金を返せないのでは? と思ったら、誰も、企業Aの借金の借り換えに応じないだろう。となれば、企業Aは倒産し、銀行Bは資本が毀損する。1990年代後半の日本経済である。銀行Bは窮地に陥る。同様に、満期が来た国債の借り換えに誰も応じなくなったら、国債を資産として保有している者は破綻するつまり、この【うそ1】の後半がいちばんの問題である。180度逆である。国民の資産であるからこそ、とてつもなく心配なのである。 |
国債の多くが国内所有だからこそ「世界一深刻」 |
【うそ2】 日本国債は、日本国内でほとんどが所有されている。だから、ギリシャなどとはまったく異なり、何の心配もない。 |
これは【うそ1】の続きだ。ギリシャですら、財政破綻後も国がなくなったわけでない。アルゼンチンなどは何度もデフォルト(債務不履行)を繰り返しており、それでも国は動いている。 ましてや日本は、国内の借金だから、対外関係には何の問題も生じない、ということだが、これも180度逆だ。国内で所有されているからこそ、日本は世界一大変な財政危機なのである。なぜなら、「夜逃げ」ができないからである。 倒産して「ごめんなさい、心を入れ替えてやり直します」、とはいかないからである。政府の負債は国民の資産であり、負債が返済されないということは、国民の資産がまさに紙くずになる、ということである。 実際には、リスケジュールして、ゆっくり払われるだろうが、実質的に返済される額は減る。半分程度にはなるだろう。つまり、半分は返ってこないのである。 ギリシャの場合は、財政破綻は、どっかの遠い国の金持ちの投資家たちの損失にすぎないから、彼らからは当分借金できないかもしれないが、国民負担はないのである。一方、日本は、財政破綻してしまえば、ほぼ全額国民負担なのである。だから、日本の財政破綻は、歴史上世界一もっとも自国に損失を与える財政破綻となるのである。 |
もはや民間の金融機関は長期で金を貸してくれない |
【うそ3】 日銀を政府の子会社とする「統合政府」として捉えなくてはならない。統合政府のバランスシートで見れば、日銀が保有する分の国債は相殺されるので、国の借金は半分程度となる。 |
これに対する反論は、多くの有識者が行っているが(そして、その反論は正しい)、要は、日銀は、国債を民間金融機関から買うときに、彼らに対する支払いを行っており、それは民間金融機関の預金、日銀当座預金として残っているから、統合政府(というものがあるとすれば)は、民間金融機関に借金をしていることになり、これを考えれば、統合しても国の借金の額はまったく変わらない。 さらに問題なのは、日銀当座預金には付利を行っている。つまり、利息をつけている。これは、現在は、短期の政策金利の水準としている。つまり、政府が発行する長期国債を日銀が保有し、短期に振り替えて借金をしている、ということだ。 なぜこんなことが必要か? それは長期では民間金融機関投資家が金を貸してくれなくなったから(長期国債を買ってくれなくなったから)、短期の借り入れでしのいでいる、ということだ。政府が超長期国債の発行を減額し、短い満期の国債発行に振り替えているのと、同じ現象である。短期の借り入れのロールオーバーでしか政府は借金できなくっているということだ。 |
つまり、政府の借金が1000兆円あって、そのうち500兆円分の国債を日銀が保有しているということは、政府が日銀に頼らずに1000兆円長期国債を発行している状態よりも、はるかに悪い、ということである。500兆円は短期のカネでしか調達できなくなっている、ということだ。そして、インフレになった場合、インフレを抑えるために、短期金利を上げないといけないから、短期のカネを借りる金利がどんどん上がっていく、ということになる。 では、「前述の付利というものをなくして、日銀当座預金には、利子を払わなければいいのではないか?」という疑問がわくかもしれない。しかし、それこそ最悪だ。利子をつけなくなれば、民間金融機関は日銀当座預金を引き出すだろう。 つまり、紙幣にするわけだが、これも金利がつかないから、紙幣をすぐに別の資産に換えるだろう。誰も、日銀当座預金も現金紙幣も持ちたくない、ということになる。となると、国債をいったん民間金融機関が引き受けて日銀に売るという行為は成立しないので、誰も国債を買わなくなるだろう。紙幣も誰も受け取らなくなるだろう。政府は国債を発行できなくなり、日本銀行券は誰も受け取らない。つまり、政府と中央銀行が同時に破綻することになる。日本経済は終わるのである。 |
国債はやっぱり「後世へのツケ回し」である |
【うそ4】 国債は「後世へのツケ回し」ではない。なぜなら、国の財政では、将来の国債の償還金は将来世代の国民に戻ってくるからである。 |
これは、あまりにひどいうそである。将来時点で国債の償還金を受け取る人々は、その国債が空から降ってくるわけではない。その国債は、働いて得た収入の一部を貯蓄に回し、そのお金で国債を買っただけのことである。 だから、国債が償還を迎えたときに、持っている国債が現金に替わったとしても、この国債保有者にとっては、何も増えていないのである。 一方、その時点で国債償還のために税金を課して現金を確保したとすると、税金をかけられた人は、その分、税負担をしただけで、得るものは何もないのである。だから、この税負担をした人に、ツケは回されたわけである。将来において、課税された人の現金が国債を保有していた人の現金になるだけで、現金の額は変わらないが、負担と便益からすると、負担だけが生じるのである。 |
【うそ5】自国通貨建ての国債がデフォルトする可能性はない。それは財務省自身が言っている。 |
「自国通貨建ての借金なら大丈夫」というのは、「通貨危機が原因でデフォルトとはならない」というだけのことである。 つまり、いわゆる先進国ではなく、国内に資本が足りず、国外から資本を調達している場合、例えば、米ドル建ての国債を欧米やそのほかの国の投資家に売って、財源としている場合、自国通貨がドルに対して暴落した場合、このドル建ての国債の返済資金を得るために、自国の中央銀行から政府が自国通貨を調達した場合、その自国通貨は、いわゆるハイパーインフレーションという通貨価値の暴落を引き起こすことになり、さらにドルに対して暴落する。 返済するドルを入手するためには不十分となり、さらに自国通貨を中央銀行から調達すると、さらなる通貨暴落となり、いくら自国通貨を中央銀行から入手しても、ドル換算すると資金が永遠に増えないことになる。したがって、即デフォルトとなる。 |
結局、通貨の価値は激減してしまう |
しかし、自国通貨建ての国債であれば、通貨が暴落しても関係ない。むしろドルベースの価値は激減するから、ドルが入手可能であれば何とでもなる。 例えば、民間経済は順調で、トヨタ自動車と任天堂がドルで利益を上げていれば、政府が日本円建ての国債の支払いに行き詰まり、円も暴落していた場合、トヨタと任天堂のドルを何らかの手段で奪うことができれば、ドル円は大暴騰しているから、すぐに円建ての借金など返済できてしまう。これが、ギリシャのように政府が財政破綻するだけでなく、経済全体が行き詰っていたときとの違いである。 しかし、デフォルトはしないかもしれないが、これは日本にとって、いい状態だろうか? 今後、日本政府が借金をしようとしても、その国債がドル建てであろうが円建てであろうが、誰も応じないだろう。 そもそも、通貨への信認がなくなり、政府への信頼も地に落ちれば、経済社会は壊滅する。輸入インフレはひどく、電気・ガス・ガソリン、小麦など食料、すべてが高騰。必需品が高騰し、所得が平均以下の人、年金生活者などがいちばん苦しい状態に置かれる。 |
「デフォルトはしないが、貧しくなる社会」が進行中 |
稼ぐ意欲のある日本企業は、日本市場を見捨て、安い労働力を使って、輸出に励み、海外で稼ぎ、ドルの稼ぎを円に換算すれば、史上最高益となる。格差が広がり、かつ日本全体は世界から見れば、貧しくなっていく。国内サービスもインバウンド富裕層、海外から来た投資家や外資系企業の富裕層に絞ったサービスになり、庶民は、もう京都のホテルにも福岡のホテルにも泊まれなくなるし、東京の寿司屋にも行けなくなる。国内サービスも富裕層価格になり、安いニッポンでもなくなり、普通の日本人は居場所がなくなっていく。 デフォルトはしないが、これでいいのだろうか? その予行演習をアベノミクスは意図的に行ったのであるが、依然、現在進行形である。 ちなみに、財務省が自国通貨建ての国債がデフォルトしない、と正式に言ったというのは、2002(平成14)年4月30日の以下の書面のことである。やや長くなるが引用しよう。 |
平成14年4月30日 財務省 外国格付け会社宛意見書要旨について 別紙資料は、黒田財務官より格付け会社3社(Moody’s、S&P、Fitch)に発出した書簡の要旨です。格付け会社のこれまでの説明は、主として定性的なものであり、客観的な基準に欠けるため、これらの点についての説明を求めています。 なお、文中にもありますように、政府として財政再建を含めた構造改革には、最重要の課題として取り組んでおり、今回の書簡は、格付け会社の判断の透明性の向上の観点から客観的説明を求めたものです。 別紙 外国格付け会社宛意見書要旨(和訳) 1.貴社による日本国債の格付けについては、当方としては日本経済の強固なファンダメンタルズを考えると既に低過ぎ、更なる格下げは根拠を欠くと考えている。貴社の格付け判定は、従来より定性的な説明が大宗である一方、客観的な基準を欠き、これは、格付けの信頼性にも関わる大きな問題と考えている。 従って、以下の諸点に関し、貴社の考え方を具体的・定量的に明らかにされたい。 (1)日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。デフォルトとして如何なる事態を想定しているのか。(以下省略) |
まだまだ言うべきことはあるが、それは次回に。 |