◼️Valery Afanassiev 1972
◼️Afanassiev 1972
(Queen Elisabeth International Competition, Recital of the 1st prize laureate)
◼️Afanassiev 1969-1971
◼️Afanassiev 2019
1番目の妻は詩人で童話作家の岸田衿子さんで、結婚期間は1954年から1955年のたったの1年間。
ちなみに、岸田衿子さんの妹は女優の岸田今日子さんです。
谷川俊太郎さんの近所に生まれ、幼なじみということで交際が始まり結婚されたようです。
ですが、谷川俊太郎さんが書いた「大きな栗の木」を文学座で大久保知子さんが演じたことで、急接近した谷川俊太郎さんは岸田衿子さんと別居します。その後離婚。
2番目の妻は新劇女優の大久保知子さん。結婚期間は1957年から1989年の32年間。
1960年には長男の賢作さんが生まれます。
(谷川賢作さんは現在作曲家でピアニストです)
1963年に長女の志野さんが生まれます。
(志野さんは現在アメリカ・ニューヨーク在住)
谷川俊太郎さんの母親の介護問題で夫婦に亀裂が入り、母親の死後に以前から知り合いだった岸田衿子さんと再会。2年後の1986年佐野洋子さんとギリシャへ旅行へ。
1989年に谷川俊太郎さんの父親の死後、大久保知子さんと離婚。
3番目の妻は作家で絵本作家の佐野洋子さん。結婚期間は1990年から1996年。
佐野洋子さんと言えば絵本の「100万回生きたねこ」が有名ですね。
正式な離婚理由は不明ですが6年の結婚生活を1996年に終えます。
佐野「見えてる通りの人なんじゃない?それでもお育ちもよろしいしお行儀もよろしいし、もみ手もちゃんとなさるし、お作品はあの通り素晴らしいし。
だけどこの人は、見えてる通りぐらいでお付き合いをしていれば、その見えてる通りがずっと通っていく人だと思うんですけれども、よく見ると実に変な人で、言ってみれば地球の上で生きていてはいけないようなとんでもない野郎じゃないか、っていうところはありますね。
たとえば私、この人にはモラルってものがないと思うんですね。「非常識」っていうのは「常識」があって「非」なんですよね、だけどこの人は「無常識」だと思います、私。」(佐野洋子『ほんとのこと言えば?』)
ここに収めた作のほとんどは、前集『世間知ラズ』(1993)と平行して書いたものである。(『モーツァルトを聴く人』「あとがき」)
旅先の殺風景な狭いホテルの一室で朝、イヤフォンでモーツアルトを聴いている。曲は選べないが、このAbacus.fmのMozart Pianoというサイトはここのところ、ずっと内田光子の演奏を流している。グレン・グールドのモーツアルトも好きだが、内田光子を聴いたらグールドが野暮ったく思えてきた。美には冷静で強い透明な意志が必要だと思わせる演奏だ。(俊) 谷川俊太郎.com
四十余年前、主に「僕」という一人称を使って私は詩を書き始めました。ふだんも私は僕と言っていて、友人同士のあいだではときに俺になることもあったにしろ、それはごく自然な選択だったと思います。作品における一人称と現実の私とのあいだに、ほとんど距離はなかったと見ていいでしょう。第二詩集である「六十二のソネット」では一人称は「私」に統一されています。どうして「僕」を「私」に変えたのか、はっきりした記憶はありませんが、もしかすると一種の背伸びだったのかもしれない。本来はなかったであろう「僕」のニュアンス、いささか子どもっぽい、ときにはカマトトともとられかねない感じが一九五〇年代にはもうあって、それを避けたかったのでしょう。
それ以後の作では「僕」「私」「俺」などが混在しています。作品の中に作者、すなわち私自身ではない主人公が登場し始めたということもありますが、その主人公が直接話法で語らない場合にも、詩を書いている私と、詩の中の私とのあいだに一篇一篇の作によって異なるにしろ微妙な距離がでてきたことがその理由でしょう。つまり詩を一種のフィクションとして書くことを、私は知らず知らずのうちに覚えたと言えます。しかしこのことはこういう単純な説明では解明できない、詩というものの本質にかかわっています。私はいまだに一貫した一人称を用いることが出来ず、一篇の作を書き始めるごとに、どんな一人称にしようか迷うことが多いのです。
近作「世間知ラズ」と「モーツァルトを聴く人」では「ぼく」が使われていて、それは当時の私の気分による、意識的な選択でした。「私」に比べると「ぼく」は一種の傷つきやすさがあり、その頼りなさが私には必要だった。その「ぼく」は「二十億光年の孤独」の中の「僕」とは違うと私は考えています。
一篇の詩とその作者である詩人との関係は、ふつう考えられているよりはるかに複雑微妙で流動的です。一篇の詩はたしかにその作者の現実生活なしでは生まれてこないものですが、その詩に述べられた考えや感情が、そのまま作者である詩人が現実に抱いたものであるかと言えば、そうは言えないことも多いのです。詩は思想を伝える道具ではないし、意見を述べる場でもない、またそれはいわゆる自己表現のための手段でもないのです。詩において言葉は「物」にならなければならないとはよく言われることですが、もしそうであるとすれば、たとえば一個の美しい細工の小箱を前にするときと同じような態度が、読者には必要とされるのではないでしょうか。そこでは言葉は木材のような材質としてとらえられ、それを削り、磨き、美しく組み合わせる技術が詩人に求められる倫理ともいうべきものであり、そこに確固として存在している事実こそが、詩の文体の強さであるはずです。作者である詩人は「形」の中にひそんでいる。何かを言いたいから書いたのだという視点からだけでは、詩の中の「私」はとらえられないと思いますし、詩に書かれている内容をもとにして、詩人の正邪を断罪するのも公平でないと思う。とは言うものの、詩が散文による書き物と違って、この世の道徳的判断からまったく免責されているというふうには私も考えていません。詩人はたぶん現実世界から見れば不道徳な存在とならざるをえない一面をもっていて、その自覚なしには彼ないし彼女はこの世に生きてはいけないのです。自らのいかがわしさを通して、詩人は世間にむすびつくと今の私は考えています。