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2018年12月7日金曜日

俺の中のうその真珠




ここで、咳 Husten や嗄れ声 Heiserkeit の発作に対して見出したさまざまな決定因を総括してみたい。最下層には「器官的な誘引としてのリアルな咳の条件 realer, organisch bedingter Hustenreiz」 があることが推定され、それは「真珠貝がその周囲に真珠を造りだす砂粒 Sandkorn also, um welches das Muscheltier die Perle bildet 」のようなものである。

この刺激は固着しうる Reiz ist fixierbar が、それはその刺激がある身体領域と関係するからであり、ドラの場合、その身体領域 Körperregionが性感帯 erogenen Zone としての意味をもっているからなのである。したがってこの領域は興奮したリビドー erregten Libidoを表現するのに適しており、(このカタル Katarrhs)はおそらく、最初の心的変装 psychische Umkleidungである。(フロイト『あるヒステリー患者の分析の断片 Bruchstück einer Hysterie-Analyse(症例ドラ)』1905年)



現勢神経症は(…)精神神経症に、必要不可欠な「身体側からの反応 somatische Entgegenkommen」を提供する。現勢神経症は刺激性の(興奮を与える)素材を提供する。そしてその素材は「心的に選択され、心的外被 psychisch ausgewählt und umkleidet」を与えられる。従って一般的に言えば、精神神経症の症状の核ーー真珠の核にある砂粒 das Sandkorn im Zentrum der Perleーーは身体-性的な発露から成り立っている。(フロイト『自慰論』Zur Onanie-Diskussion、1912年)



現勢神経症 Aktualneurosenの三つの純粋な形式 drei reine Formenは、神経衰弱Neurasthenie,、不安神経症 Angstneurose、心気症 Hypochondrie である。…

現勢神経症 Aktualneurose の症状は、しばしば、精神神経症 psychoneurose の症状の核Kernであり、先駆け Vorstufe である。この種の関係は、神経衰弱 neurasthenia と「転換ヒステリー Konversionshysterie」として知られる転移神経症 Übertragungsneurose、不安神経症 Angstneurose と不安ヒステリー Angsthysterie とのあいだで最も明瞭に観察される。しかしまた、心気症 Hypochondrie とパラフレニア Paraphrenie (早期性痴呆 dementia praecox と パラノイア paranoia) の名の下の障害形式のあいだにもある。

ヒステリー 的頭痛あるいは腰痛を例にとろう。分析が示すのは、これは、圧縮Verdichtungと置換 Verschiebung を通しての、一連の全リビドー 的幻想 libidinösen Phantasien あるいは記憶 Erinnerungen にとっての代理満足 Befriedigungsersatz だということである。

しかしこの苦痛はかつてはリアルなものだった Schmerz war auch einmal real。当時、この苦痛は直接の性的中毒症状 sexualtoxisches Symptom だった。すべてのヒステリー症状は、このような核 Kern をもっていると主張するどんな手段もわれわれは持たないが、これはきわめてしばしば起こっており、リビドー 興奮 libidinöse Erregung による身体の上への影響 Beeinflussungen des Körpers の全標準的あるいは病因的なものは、ヒステリー症状形成 Symptombildung der Hysterie の殆どの支柱である。

したがってリビドー興奮は、「母なる真珠の実体 Perlmuttersubstanz の層もった真珠貝を包む砂粒 Sandkorns, welches das Muscheltier mit den Schichten von Perlmuttersubstanz 」の役割を果たす。同様に、性行為 Geschlechtsakt をともなう性的興奮 sexuellen Erregung の一時的徴 vorübergehenden Zeichenは、精神神経症によって、症状形成にとっての最も便利で適当な素材としてつかわれる。(フロイト『精神分析入門』第24章、1917年)



われわれが治療の仕事で扱う多くの抑圧Verdrängungenは、後期抑圧 Nachdrängen の場合である。それは早期に起こった原抑圧 Urverdrängungen を前提とするものであり、これが新しい状況にたいして引力 anziehenden Einfluß をあたえる。……

原抑圧 Verdrängungen (=リビドーの固着)は現勢神経症 Aktualneurose の原因として現れ、抑圧Verdrängungenは精神神経症 Psychoneurose に特徴的である。(……)

現勢神経症 Aktualneurosen の基礎のうえに、精神神経症 Psychoneurosen が発達する。(……)

外傷性戦争神経症 traumatischen Kriegsneurosenという名称はいろいろな障害をふくんでいるが、それを分析してみれば、おそらくその一部分は現勢神経症 Aktualneurosen の性質をわけもっているだろう。(フロイト『制止、症状、不安』第8章、1926年)



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※付記

フロイトのよく知られた隠喩、《真珠貝がその周囲に真珠を造りだす砂粒 Sandkorn also, um welches das Muscheltier die Perle bildet》。この砂粒とは現実界の審級にあり、砂粒に対して防衛されなければならない。真珠は砂粒への防衛反応であり、封筒あるいは容器、すなわち症状の可視的な外部である。内側には、元来のリアルな出発点が「異物」として影響をもったまま置き残されている。

フロイトはヒステリーの事例にて、「身体からの反応 Somatisches Entgegenkommen)」ーー身体の何ものかが、いずれの症状の核のなかにも現前しているという事実ーーについて語っている。フロイト理論のより一般的用語では、この「Somatisches Entgegenkommen」とは、いわゆる「欲動の根 Triebwurzel」、あるいは「固着 Fixierung」点である。ラカンに従って、我々はこの固着点のなかに、対象a を位置づけることができる。(ポール・バーハウPaul Verhaeghe, On Being Normal and Other Disorders: A Manual for Clinical Psychodiagnostics,、2004)

この直後、「症状の線形展開図」にて示した次の図があらわれる。



ーーこの図にて境界表象S1とあるのが、欲動の固着のことだ。


そしてもう一文、ラカンのサントームに特化した論文から。

フロイトによる無意識の発見以来、病理過程は「防衛」を基礎に説明されている。そこでは「抑圧(追放・放逐)」が際立った場を占めている。フロイト以後、多かれ少なかれ、忘れられてしまっているのは、病理力動性内部における抑圧自体は既に二次的なものであるということである。実際は、抑圧とは欲動に対する防衛過程の加工 elaboration に過ぎない。

フロイトはその理論の最初から、症状には二重の構造があることを識別していた。一方には「欲動」、他方には「プシュケ(心的なもの)」である。ラカン用語なら、現実界と象徴界である。

これはフロイトの最初の事例研究「症例ドラ」に明瞭に現れている。この事例において、フロイトは防衛理論については何も言い添えていない。防衛の「精神神経症」については、既に先行する二論文(1894, 1896)にて詳述されている。逆に「症例ドラ」の核心は、症状の二重構造だと言い得る。フロイトが焦点を当てるのは、現実界、すなわち欲動に関する要素である。彼はその要素を「身体側からの対応 Somatisches Entgegenkommen」という用語で示している。この語は、後の論文『性欲論三篇』にて、「欲動の固着 Fixierung der Libido、fixierten Trieben」と呼ばれるようになったものである。

この観点からは、ドラの転換症状は、二つの視野から研究することができる。一つは、象徴的なもの、すなわちシニフィアンあるいは抑圧された心因性の代理表象(咳や嗄れ声等)。もう一つは、現実界的なもの、すなわち欲動に関するもの、ドラの事例では口唇欲動である。

フロイトは後の全ての事例研究でも、この症状の異種混合を立証している。少年ハンスの恐怖症は、口唇欲動・肛門欲動・覗見欲動の「上に/対して」構築されている。鼠男の強迫症は、覗見欲動・肛門欲動の上の構築物。狼男の恐怖症と転換症状も、同様に覗見欲動・肛門欲動の上のそれである。

この二重構造の光の下では、どの症状も二様の方法で研究されなければならない。ラカンにとって、恐怖症と転換症状は《症状の形式的封筒 l'enveloppe formelle du symptôme 》(ラカン、E66)に帰着する。つまり欲動の現実界へ象徴的形式を与えるものである。したがって症状とは、享楽の現実界的核のまわりに設置された構築物である。フロイトの表現なら、《真珠貝がその周囲に真珠を造りだす砂粒 Sandkorn also, um welches das Muscheltier die Perle bildet 》(『あるヒステリー患者の分析の断片(症例ドラ)』1905)。享楽の現実界は症状の地階あるいは根なのであり、象徴界は上部構造なのである。(Lacan’s goal of analysis: Le Sinthome or the feminine way by Paul Verhaeghe and Frédéric Declercq、2002)




※「異物 Fremdkörper 」についての詳細は、「内界にある自我の異郷 ichfremde」を参照。


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母へのエロス的固着の残余は、しばしば母への過剰な依存形式として居残る。そしてこれは女への従属として存続する。Als Rest der erotischen Fixierung an die Mutter stellt sich oft eine übergrosse Abhängigkeit von ihr her, die sich später als Hörigkeit gegen das Weib fortsetzen wird. (フロイト『精神分析概説』草稿、死後出版1940年)


裏返せ裏返してくれ俺を
俺の中のうその真珠はくれてやるから
裏返してくれ裏返してくれ俺を
俺の沈黙だけそっとしといて
行かせてくれ俺を
俺の外へ
あの樹陰へ
あの女の上へ
あの砂の中へ

ーー谷川俊太郎「頼み」より(『あなたに』1960)


幼児期に「現在は忘却されている過剰な母との結びつき übermäßiger, heute vergessener Mutterbindung 」を送った男は、生涯を通じて、彼を依存 abhängig させてくれ、世話をし支えてくれる nähren und erhalten 妻を求め続ける。(フロイト『モーセと一神教』「3.1.3 Die Analogie」1939年)