以下、MMTの資料の列挙に引き続き、ふたたび「平成財政の総括」(財務省、平成31年4月17日、pdf)のハイパーインフレの項より。
この、財務省においては珍しい参考資料提示は、おそらく一部の経済学者においてハイパーインフレ容認論があるゆえの財務省による反論の意味合いもあるのではないか。それはMMT批判の文脈のなかにもある。
この、財務省においては珍しい参考資料提示は、おそらく一部の経済学者においてハイパーインフレ容認論があるゆえの財務省による反論の意味合いもあるのではないか。それはMMT批判の文脈のなかにもある。
(参考)ハイパーインフレーション①(第1次世界大戦後のドイツ)
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○ これに対し、ハイパーインフレーションであれば、急激な物価上昇のインパクトで債務残高/GDP比を下げられる可能性はあるが、国民生活は塗炭の苦しみに見舞われる。
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○ ハイパーインフレは、中産階級を崩壊させ、国民生活に大変な痛みを強いる
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・ インフレの苦しみはたとえ長引いた場合でも、激しい痛みに似ている。痛みが続くあいだは、そのことに全神経が集中し、ほかのことにはいっさい注意が向かないが、ひとたび痛みが去ると、精神的、肉体的に傷が残っても、苦しみはすっかり忘れられるか、気にされなくなる。
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・ インフレのせいで、あらゆる悪が助長され、国の復興や個人の成功のチャンスがつぶされたことは、疑問の余地がない。・・・単純に貧しくなっただけなら、みんなで協力して問題を解決しようという気持ちが強まっただろう。インフレ下では、そうはならなかった。インフレには差別意識を駆り立てる性質があり、そのせいで誰もが自分の悪い部分を引き出され た。
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・ どの社会階級に属していても、資本や収入の絶え間ない目減りや将来の不確かさがもたらす悪影響に染まらないでいる人、あるいはそれを利用しないでいる人はいなかった。脱 税から、食料のため込み、通貨投機、違法な為替取引まで――個人にとっては多かれ少なかれ生き残りの手段となっていた。・・・中産階級と上流階級は、贈賄と収賄の両方に関 わる不正やごまかしを用いた。・・・少数の人たちが莫大な利益と愉快なぜいたくをこれ見よがしに享受している一方で、ほかの人々が無関心でいられるはずはなかった。
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・ 愛国心も社会的な義務も道徳も消え去ってしまった。・・・持っていたもの、あるいは取っておいたものを保持できないということはまさに根源的な絶望をもたらした。嫉妬や恐怖や 激怒という感情も、そこからかけ離れたものではなかった。
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・ 存在そのものが脅かされている人たちの自己保存本能が、あらゆる道徳律を踏み越えてしまう。
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・ ハイパーインフレの最中には、家族の銀器よりも1キロのじゃがいものほうが、グランドピアノより豚の脇腹肉のほうが一部の人にとっては価値があった。家族のなかに売春婦が いるほうが、赤ん坊のなきがらがあるよりもよかった。餓死するより盗むほうがましだった。名誉より暖房のほうが心地よく、民主主義より衣類のほうが不可欠で、自由より食べ物のほうが必要とされていたのだ。
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○ 賃金の引上げが急激な物価上昇に追いつかず、歳入が歳出に追いつかないため、国や自治体の行政も麻痺し、税制での対応も困難
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・ 労働者の賃金が初めて、眼に見えて物価の上昇に追いつかなくなってきた
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・ 週末に給料を引き上げても、翌週の火曜日には、給料が物価の上昇に見合ったものではなくなる。継続的な賃金の引き上げにもかかわらず、労働者階級や給与生活者は深刻な 打撃を受けている。
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・ ベルリンでは、資金不足のせいで路面電車が運行を停止した。あまりにも資金が足りなくなり、自治体がまったく維持できなくなることもあった。
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・ 8月の税収は、名目上は4月の98倍の金額だったが、実質的には半分の価値しかなかった。マルクが同時期に200倍下がったからだ。・・・たとえ理論的に税制が予算を満たせた としても、実際にはほとんど何も変わらなかった。予算の均衡は、絶え間なく暴力的にひっくり返されていた。人々の生活面では、信じがたい負債を処理するために無理な税金を課 されたせいで、ついには社会のあらゆるレベルで税に対する倫理観が損なわれてしまった。・・・国のためにこれ以上犠牲になろうとする人はほとんどいなかった。
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○ このような局面で中央銀行が通貨の供給で事態を解決することは困難
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・ ライヒスバンクは、無制限の紙幣発行計画を発表し、実行に移していた。・・・紙幣の発行量を制限するのは、印刷所の能力と印刷工の体力だけになった。・・・歴史上、ライヒスバ ンクほどの速さで、自分のしっぽを追い回した犬はいない。自国の紙幣に対するドイツ人の不信は、紙幣の流通量より速いペースで増大している。結果が原因より大きくなっている 状況だ。しっぽが犬を追い越してしまっている。
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・ 昼も夜も、30か所の製紙工場と、150カ所の印刷会社、2000台の印刷機があくせくと働いて、絶え間なく紙幣の猛吹雪に拍車をかけ、その下では国の経済がすでに壊滅していた。
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・ 総裁は、・・・自分の義務は、全力を尽くして通貨を供給することだと考えていた。・・・扱えるだけの量の紙幣を繰り返し印刷して配布する際の純粋な物流管理が、総裁の最も大きな心配事だったらしい。
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・ どれだけ大量に印刷しようと、対ポンドの価値を高めることはできなかった。その一方で、予算の穴はますます大きくなっていた。
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・ 無知と誤った理論が導きえた極端なまでの愚かさが、あれほど無邪気にさらけ出されるとは、誰にも予期できなかっただろう。
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(出典)『ハイパーインフレの悪夢』(アダム・ファーガソン著 2011年新潮社)
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(参考)ハイパーインフレーション②(第2次世界大戦後の日本)
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○ 第2次世界大戦時の巨額の軍事費調達のために多額の国債が発行された結果、終戦直前には債務残高対GNP比が200%程度に まで増大。この巨額の国債発行は日銀引受けによって行われたことから、マネーサプライの増加等を通じて、終戦直後にハイパーインフレーションが発生。
○ 政府は、ハイパーインフレーションに対応し、債務を削減する観点から、「預金封鎖」・「新円切替」を柱とする金融危機対策を講じると ともに、「財産税」・「戦時特別補償税」を柱とする財政再建計画を立案・公表。ハイパーインフレーションやこれらの施策により、債務残 高対GNP比は大幅に低下したが、同時に国民の資産(特に保有国債)も犠牲になった。
○ こうした教訓に基づき、財政法上、「非募債主義(4条)」や「国債の日銀引受け禁止(5条)」が定められた。
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<預金封鎖・新円切替>
● 全金融機関の預貯金を封鎖し、引出しを原則的に禁止。生活費や事業資金につ いて一定額のみ引出しを承認。
● 日銀券を「旧券」として強制通用力を喪失させ、流通中の旧券を預貯金等に受け入 れ、既存の預金とともに封鎖。「新券」を発行し、新円による預金引出しを認める。
<財政再建計画>
● 「財産税」:通常生活に必要な家具等を除く個人資産(預貯金、株式等の金融資産 及び宅地、家屋等の不動産)に対して、一回限りの特別課税。
● 「戦時補償特別税」:戦争遂行のために調達した物品等の軍や政府に対する戦時 補償請求権に対して100%課税を行うことで、戦時補償の支払いを打ち切り。
(参考)財産税及び戦時補償特別税による収入は5年間累計で約487億円(昭和21年時点: 一般会計税収約264億円、個人及び法人企業の金融資産は約3,806億円)。
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<ハイパーインフレーションの影響>
● 「預金封鎖が父を変えてしまった」。漁師の父親は酒もたばこもやらず、こつこつ貯 金し続け、「戦争が終わったら、家を建てて暮らそう」と言っていた。だが、預金封鎖 で財産のほぼすべてを失った。やけを起こした父は海に出なくなり、酒浸りに。家 族に暴力も振るった。イネ(娘)は栄養失調で左目の視力を失い、二人の弟は餓死した。
● 愛知県の松坂屋名古屋店は商品も少なく、物々交換所に様変わりした。インフレで 物価は高く、必要な物を交換で入手できる場として重宝された。着物を持ってきて 食料を欲しがる人もいれば、鍋釜を探す人もあった。同店従業員が交換を仲介し 手数料を得た。
(出典)『人びとの戦後経済秘史』(東京新聞・中日新聞経済部 編 2016年)
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※付記
◼️参考
なお太平洋戦争後においては、預金封鎖して新円発行しても、すぐに物価が安定するということはなかったようだ。
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