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2020年9月8日火曜日

道徳なき経済の悪党/経済なき道徳の道化


何度か示しているが、ラカンのセミネール7には「左翼インテリと右翼インテリは、道化と悪党だ (l'intellectuel de gauche et de l'intellectuel de droite.[…] foolerie et knaverie)]」という話がある。長々と語っているので、ジジェクを引こう。

『精神分析の倫理』のセミナールにおいてラカンは、「悪党 knaverie」と「道化 foolerie」という二つの知的姿勢を対比させている。右翼知識人は悪党で、既存の秩序はただそれが存在しているがゆえに優れていると考える体制順応者である。…Q左翼知識人は道化であり、既存秩序の虚偽を人前で暴くが、自分のことばのパフォーマティヴな有効性は宙ぶらりんにしておく「宮廷道化師 court jester」である。(ジジェク「場を保つ 」『偶発性・ヘゲモニー・普遍性』所収、2000年)


このヴァリエーションとして、何人かの経済学者がかつてよく示した二宮尊徳の言葉ーー実際は要約だがーーがある。

道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である。(二宮尊徳)


ここでは日本政治史の経済的アスペクトのみに限って言うが、少なくともこの30年あまりのあいだこれが実態ではないか。すなわち「道徳なき経済の悪党/経済なき道徳の道化」。
例えばーー私はとても印象に残っているのだがーー、大蔵大臣、通産大臣、外務大臣、副総理などを歴任した「ミッチー」こと渡辺美智雄は、1986年に小泉純一郎の大蔵委員会にもとで、こう言った。

「二十一世紀は灰色の世界、なぜならば、働かない老人がいっぱいいつまでも生きておって、稼ぐことのできない人が、税金を使う話をする資格がないの、最初から」、こう言ったわけであります。渡辺通産大臣は、それ以外にも、八三年の十一月二十四日には、「乳牛は乳が出なくなったら屠殺場へ送る。豚は八カ月たったら殺す。人間も、働けなくなったら死んでいただくと大蔵省は大変助かる。経済的に言えば一番効率がいい」、こう言っておられます。(第104回国会 大蔵委員会 第7号 昭和六十一年三月六日(木曜日) 委員長 小泉純一郎君……)

これは明らかに右翼としての「悪党の道徳なき経済の悪党」の言葉でありつつ、現在から見れば、消費税導入の布石としての言葉でもある。これに対して左翼としての「経済なき道徳の道化」は消費税導入に反対し続け、それによって大衆の票を獲得する戦術をとってきた。


消費税の「導入」と「増税」の歴史
首相
年月

大平正芳
1979年1月
財政再建のため「一般消費税」導入を閣議決定。同年10月、総選挙中に導入断念を表明したが、大幅に議席を減らす。
中曽根康弘
1987年2月
「売上税」法案を国会に提出。国民的な反対に遭い、同年5月に廃案となる。
竹下 登
1988年12月
消費税法成立。
1989年4月
消費税法を施行。税率は3%。その直後、リクルート事件などの影響もあり、竹下首相は退陣表明、同年6月に辞任。
細川護煕
1994年2月
消費税を廃止し、税率7%の国民福祉税の構想を発表。しかし、連立政権内の足並みの乱れなどから、発表翌日に撤回。
村山富市
1994年11月
消費税率を3%から4%に引き上げ、さらに地方消費税1%を加える税制改革関連法が成立。
橋本龍太郎
1997年4月
消費税率を5%に引き上げ。
鳩山由紀夫
2009年9月
「消費税率は4年間上げない」とするマニフェストで民主党が総選挙で勝利、政権交代を実現。
菅直人
2010年6月
参院選直前に「消費税10%」を打ち出し、選挙に惨敗。
野田佳彦
2012年6月
消費税率を2014年に8%、15年に10%に引き上げる法案を提出。8月10日、参院本会議で可決成立。
安倍晋三
2014年4月
消費税率を8%に引き上げ。
2014年11月
2015年10月の税率10%への引き上げを2017年4月に1年半延期。
2016年6月
2017年4月の税率引き上げを2019年10月に2年半延期。
2018年10月
2019年10月に税率10%に引き上げる方針を表明。
2019年10月
消費税率を10%に引き上げ。軽減税率を導入し、食品(外食・酒類を除く)と宅配の新聞の定期購読料は現行の8%の税率を維持する。



私が「インテリという名の「知的障害者たち」」等で、リベラル左翼を強く批判するのは、きみたち、いくらなんでも「経済なき道徳の道化」はもうやめろ!と言いたいためである。きみたちの「おかげ」もあって、こんなになってしまったのだから。



(日本の財政関係資料財務省 令和元年10月」PDF )

以前にも示したが「大戦末期と平成末期の債務残高の「同じGDP比率」」どころか、現在はそれをはるかに上回ってしまっている。これを見て見ぬふりして消費税反対を叫び続けている彼らは、戦前の「知識人」と似たようなものである。

知識人の弱さ、あるいは卑劣さは致命的であった。日本人に真の知識人は存在しないと思わせる。知識人は、考える自由と、思想の完全性を守るために、強く、かつ勇敢でなければならない。(渡辺一夫『敗戦日記』1945 年 3 月 15 日)

10年に1度の財務次官と呼ばれた武藤敏郎はこう言っている。

最後に申し上げたいのは、日本の場合、低福祉・低負担や高福祉・高負担という選択肢はなく、中福祉・高負担しかありえないことです。それに異論があるなら、 公的保険を小さくして自己負担を増やしていくか、産業化するといった全く違う発想が必要になるでしょう。 (基調講演財政と社会保障 武藤敏郎氏 株式会社大和総研理事長ーー日本シンクタンク協議会 2016年度冬季セミナー抄録、pdf



この世界一の少子高齢化社会の現実ーー全体としてみれば「負担増福祉減」のやむなき近未来ーーを受け入れた上で初めて、リベラル左翼諸君は「道徳なき経済の悪党」を「道化なしで」叩きうる。