大機小機のコラムニスト魔笛さんは実にすぐれた文章家だな、《英国民が大反対したトラス首相の政策を、英国よりもはるかに財政状況の悪い日本で国民がのうのうと受け入れている》なんて。最近の日経には、ツイッターで引用されて流通している記事を眺める範囲でだが、とってもおバカな記事も多いが、魔笛さんは注目すべき人材だね。 |
有料記事だが掲げさせてもらう。 |
◼️日本の危機は英国より深刻 大機小機 2022年10月26日 |
英国では首相就任からわずか1カ月半で、リズ・トラス氏が退任表明に追い込まれた。財政保証のない大型減税「ミニバジェット」を掲げて首相に就任したが、国家財政の破綻を心配した国民の反発を招いたからだ。 その内容は法人税の引き上げ凍結、所得税の最高税率の45%から40%への引き下げなどだ。これらの政策は、まず富裕層に恩恵を与え、やがて中間層や低所得者層にも行き渡るという考えに立つ。いわゆるトリクルダウンだ。さらにエネルギー価格高騰で困っている庶民にも配慮し、一般家庭での光熱費の上限保証もする。これらは5年で総額25兆円にもなるという。 財源の見えない広範なばらまき政策は政府財政に対する深刻な懸念を抱かせ、ポンド売り、英国資産売りを招いて、大幅なポンド安と英国国債の金利上昇を生んだ。 ひるがえって我が国を見てみよう。効果も薄いのに長年放漫財政を続け、政府債務は歴史的高水準に達しているのに、与野党を含め多くの議員が減税やばらまきを主張し、多くの国民も歓迎する。 |
安倍晋三政権は法人税減税など税制改正や規制緩和を行い、富裕層が豊かになれば一般庶民にも波及するという見方を示した。新型コロナウイルス禍ではすべての国民に一律10万円をばらまいた。 菅義偉政権も外出規制を維持しながら「Go Toトラベル」や「Go Toイート」などのばらまき政策を実施した。岸田文雄首相はそれを引き継ぐとともに、エネルギー価格の高騰に伴い、2022年1月からのガソリン補助金制度で1日100億円をばらまき、電気・都市ガス負担軽減策も実施する。そのために、22年度第2次補正予算だけで総額20兆円を投入し、ほぼすべてを赤字国債で賄う。 |
つまり、英国民が大反対したトラス首相の政策を、英国よりもはるかに財政状況の悪い日本で国民がのうのうと受け入れている。その結果、円安も進み、1990年以来32年ぶりに1ドル=150円の節目を突破し、ポンドに対してすら安くなっている。それでも平静でいられるのか。 我々日本人も国家財政が直近か将来かにせよ、税負担として自らに返ってくることを認識し、目先の金ではない長期的な視野を持って政府に働きかけないと、取り返しがつかないことになる。 (魔笛) |
魔笛さんは2021年2月のコラムでは、《失敗が深刻なほど今を逃れることしか考えなくなるのは人間の性であり、権力者も同様だ》と言っており、とっても感心したんだが、例えばこれは、現在のウクライナ紛争での殆どすべての西側指導者にも当てはまる名言だよ。 |
◼️金融政策、果断に出口戦略を 日本経済新聞「大機小機」2021年2月25日 |
政府の債務残高は2020年末時点で、対国内総生産(GDP)比238%と世界最悪である。貨幣量も異次元緩和で618兆円にまで膨らんだ。異常な金融緩和でカネがだぶつき、株価はバブル崩壊後30年ぶりの高値で、新型コロナウイルス禍以前よりもはるかに高い。米国株価も同様で史上最高値を更新した。 危機的状況なのは明らかなのに、日銀も政府も出口戦略のシナリオをまったく示さない。政府は成長戦略に必要と言い、日銀はインフレ期待に働きかけると言い続け、効果がないのは緩和がまだ足りないからだという。 |
こういうときには、都合の良い理論も登場する。巨額の財政赤字には現代貨幣理論、異次元緩和にはインフレ・ターゲット理論だ。コロナ禍が重なり、先の見えない拡張政策はますます正当化される。 株高についても同様だ。投資会社はワクチン登場をその理由に挙げるが、効果も副作用も不確実な点があるのに、株価がコロナ禍以前の値を回復し、さらに超えるはずがない。同じことは米株価でも言える。いずれも異常な財政拡大と金融緩和が引き起こしたバブルと考えるのが自然だ。30年前を思い起こせば、今後の行方が恐ろしい。 |
政府も日銀も投資会社もなぜ危機を直視せず、これほど大胆で無謀になれるのか。理由は失うものが大き過ぎるからであろう。人は小さな間違いなら簡単に直せるが、間違いが深刻で責任が大きいほど、それを認めまいと言い訳を探し、固執する。 経済学には時間選好という概念がある。人々が将来と比べて今をどのくらい重視するかという指標だ。最近の行動経済学の研究では、時間選好は豊かな者ほど低く、貧しい者ほど高い。つまり、現状で余裕がある人ほど先を考え、追い詰められている人ほど考えない、ということだ。 実際、失敗が深刻なほど今を逃れることしか考えなくなるのは人間の性であり、権力者も同様だ。個人なら失敗が顕在化しても被害は個人にとどまるが、権力者なら被害を受けるのは一般庶民だ。人間の性だとのんびり構えてはいられない。 すぐ対処してもらうために過度な責任追及を控え、心機一転して出口戦略を練ってもらう必要があろう。それが無理なら、新たな人に交代してもらうしかない。 (魔笛) |
私はこの魔笛さんの記述を「ツナミの小形而上学』で名高い、ジャン=ピエール・デュピュイの「極端な出来事を前にしての合理的選択」PDFにおける記述とともに読んだことがある[参照]。
例えば《終わりに最も近づいている瞬間にこそ、終わりから最も遠く離れていると信じ込んでしまう》、あるいは、《私たちには、甚大なカタストロフィーが起ころうとしていることが分かっていますが、それがいつなのかは分かりません。おそらくはそのために、私たちはそうしたカタストロフィーを意識の外へと追いやってしまうのです》などとともに。