前回、米国の覇権をめぐって記したところだが、エマニュエル・トッドが直近のインタビューで、《米国は「米国覇権の崩壊」を受け入れられるか?》という問いを出している。当然受け入れられないから、第三次世界大戦を必然であるだろう。▶︎「米国覇権の死」を糊塗するための「第三次世界大戦」
◾️「ウクライナ和平交渉は“可能”でない上に、“必要”でもない」と歴史人口学者・トッドが断言するワケ |
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今後、難しくなる米国との付き合い方 ――敗北しつつある西洋、特に米国と日本はどう付き合っていくべきだと思われますか。 トッド 非常に難しい質問です。日本は非常に困難な状況に置かれているからです。中国は非常に重要な隣国ですが、大きな問題を抱え、朝鮮半島との関係でも問題を抱えています。日本にとって米国は「パートナー」や「同盟国」というより「主人」や「支配国」です。しかも、約束を守らないという意味で、もはや信頼できない相手です。 |
これらの点を踏まえて、直観的に日本への提言を述べてみます。「米国による世界覇権」において鍵を握っていたのは、欧州、中東、東アジアという3つの地域です。ここで米国は何をしているのか。緊張を高め、紛争や戦争を引き起こし、そこに「同盟国」というより「属国」と呼ぶにふさわしい国々を巻き込もうとしている。ここで私が日本に勧めたいのは、「何もしないこと」「できるだけ何もしないこと」です。今日、「日本は国際政治にもっと関与すべきだ」という声が聞かれますが、私はむしろ、ある種の「慎重さ」を勧めたい。可能なかぎり紛争を避け、事態をじっと見守るのです。 戦争や中国の経済的台頭の意味は、この「米国一極支配の世界」から我々が抜け出しつつあることを示しています。つまり、「多極化した世界」というロシアのビジョンに近づいている。日本への提言に付け加えるとすれば、先ほどの「慎重さ」を保ちつつ、こうした「多極化した世界」に自らを位置づけることです。もう一つは、「経済問題」以上に日本の真の問題である「人口問題」に集中して本気で取り組むことです。すなわち、適度な移民の受け入れを進めると同時に、出生率を上昇させることです。 |
ウクライナ戦争の和平交渉は「可能」でも「必要」でもない ――トッドさんは、このウクライナ戦争で、ロシアが確実に勝利すると断言されています。今後、この戦争はどう終わるのか、和平交渉はどう進むのか。その点をどう見ていますか。 トッド この戦争ではロシアが勝利します。ロシアの方が兵器の生産力が優っていて、ウクライナよりはるかに巨大な国であり、西洋諸国はこの戦争に真の意味で軍事的に介入できないからです。だからこそロシア軍は進軍を続けており、ウクライナ軍とキエフ(キーウ)政権の崩壊が近づいている、と私は見ています。 こうした状況において、「和平交渉」は、「可能」でなく「必要」でもないことを示そうと思います。 現在、西洋、とりわけ英米のメディアでは、「停戦のための和平交渉」が話題になっています。ウクライナが(正式ではなく)事実上のNATO加盟国であることをロシアが受け入れることと引き換えに、占領地域の最終的な領有をロシアに認める、と。 しかし、ロシアの政府文書、プーチンの演説、ラブロフ外相や多くのロシア人たちの発言を見ると、彼らが和平交渉にいかなる関心ももっていないことは明らかです。それにはいくつかの理由がありますが、一言で言えば、ロシアは戦争に勝利しつつあり、「軍事的な敵」が彼らの前からまもなく消え去るからです。 |
彼らが和平交渉に関心をもたないのは、(例えばミンスク合意で西側に裏切られたように)西洋諸国との「協定」や「合意」に彼らがいかなる信頼も置いていないからです。つまり、ロシアにとって自国の安全保障は、唯一、自らの軍事目標を達することでしか得られない、ということです。こうした軍事目標の定義は容易ですが、ロシアは公言はしていません。 私の予想では、ロシアはドニエプル川の東岸地域全体を制圧するまで侵攻を続けるでしょう。オデッサ州の掌握も目指すでしょう。オデッサからの攻撃からセバストポリの海軍基地を守るためです。友好的なキエフ(キーウ)政権、すなわち親露的なウクライナ政府の樹立も目指すでしょう。 「自分たちは見捨てられた」とウクライナ人の士気を低下させる、トランプによる和平交渉の提案に、彼らは興味をもつ振りはするかもしれない。しかし、ロシア人たちが唯一望んでいるのは、自らの軍事目標の到達だと私は確信しています。ですから交渉は「可能」ではない。 交渉は「必要」でもありません。軍事目標を達成した時点で、ロシア軍の侵攻は止まるからです。「ロシアはウクライナの後にはさらに西に向かって侵攻する」といった言説は、自国の利益に反して欧州諸国をウクライナ戦争に動員するための馬鹿げたプロパガンダで、ある意味、犯罪的な言説です。 「交渉なしの停戦」はあり得ます。しかし、それはロシアの軍事目標が達成された時点で実現する「停戦」なのです。 |
米国は「米国覇権の崩壊」を受け入れられるか? ただし現時点で、一つのリスクが残されています。最後のリスクとは、自らの「敗北」に直面した米国や一部の欧州諸国のリアクションです。今回の「敗北」は、米国がこれまで経験したことがないような「敗北」です。イラク、アフガニスタン、ベトナムで米国は敗北を経験しましたが、これによって「世界経済における米国覇権」を失ったわけでなく、劇的な事態にはなりませんでした。しかし、「ウクライナ戦争での敗北」は、単に「ウクライナ軍の敗北」を意味するのではありません。もっと核心的な部分での敗北、これまで経験したことのない「世界経済における敗北」、すなわち「経済制裁や金融支配によって世界に君臨してきた米国の覇権力が敗北すること」を意味するのです。 「米国覇権の崩壊」というリスクが現実にあるわけですが、これは米国にとっては非常に受け入れ難い。米国が敗北を受け入れられないことで、米国が戦争をさらにエスカレートさせ、より危険な事態に至るというリスクが生じています。いまロシア領内にミサイルが発射され、ロシアを挑発しています。欧州、中東、東アジアで緊張を高めて戦線を拡大する動きは、米国が敗北を受け入れないことによって生じているわけです。だからこそ、「何もしないこと」こそが喫緊の課題なのです。 |
鍵を握るドイツ これは日本だけでなくドイツにも当てはまります。今後、とくにドイツがこの戦争にこれ以上、巻き込まれないことが重要になってきます。しかし、ここにもリスクがあります。ドイツには、合理的な考えの持ち主もそうでない人もいるからです。 いま私はドイツからのさまざまな情報をフォローしていて、次の総選挙の結果を不安を抱きながら待っています。ドイツ諸政党の動きを注視していますが、好戦主義的な意見もまだ根強くある。 この戦争が再び激化するかどうか、それによって核戦争のリスクが高まるかどうかに関して、鍵を握っているのはドイツなのです。 |
英訳されないことは「人生最大の知的成功」の一つ ――『西洋の敗北』は、日本も含めて21カ国で翻訳が決まっているのに、なぜか英語版は決まっていないようですね。このことを受け止めておられますか。 トッド 非常に興味深く思っています。通常、非英語圏の著者にとって、「英語に訳されること」は「成功の証」です。これよって「世界に存在する」ことになるからです。実際、私の最近の著作は、難解な本も含めてほぼすべて英訳されています。アメリカ・システムの衰退を指摘した『帝国以後』も英訳されていて、コロンビア大学出版局という由緒ある出版社から刊行されています。 これに対して今回の本は、誰もが興味をもつはずなのに、英訳されていません。私はこのことを「人生最大の知的成功」の一つだと考えています。英米の「アングロ・アメリカ世界」にとって、とても受け入れられない「真実」、広く知られてはならない「不都合な真実」をこの本が描いている、という意味においてです。もはや寛容さを失った「帝国」によって禁書扱いにされたわけです。英訳されないということが、むしろ本書の内容が非常に合理的で正確であることを証明している。ですから、この本の販売促進のためには、「帝国から発禁された書」といった帯を巻いたらよいと思います(笑)。(訳・文藝春秋編集部) |
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以前、『西洋の敗北』Emmanuel Todd, La Défaite de l'Occident(2024)の序論だけだがPDFで落ちていたのでそこからいくつかのパラグラフを訳出したが、ここに再掲しておこう。 |
1960年代以来、WASP文化ーー白人、アングロサクソン、プロテスタントーーが段階的に崩壊し、中心もプロジェクトもない帝国が誕生し、(人類学的意味で)文化を持たず、権力と暴力だけが基本的な価値観である集団が率いる本質的に軍事的な組織が生み出された。このグループは一般に「ネオコン」と呼ばれている。かなり狭いグループだが、原子化されたアノミックな上流階級の中で動いており、地政学的・歴史的な害をもたらす大きな力を持っている。 L'implosion, par étapes, de la culture WASP – blanche, anglo-saxonne et protestante – depuis les années 1960 a créé un empire privé de centre et de projet, un organisme essentiellement militaire dirigé par un groupe sans culture (au sens anthropologique) qui n'a plus comme valeurs fondamentales que la puissance et la violence. Ce groupe est généralement désigné par l'expression « néocons ». Il est assez étroit mais se meut dans une classe supérieure atomisée, anomique, et il a une grande capacité de nuisance géopolitique et historique.(エマニュエル・トッド『西洋の敗北』Emmanuel Todd, La Défaite de l'Occident, 2024) |
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米国は国民国家ではなく、帝国的国家と見るべきか?多くの人がそう考えている。ロシア人自身、それを超えているわけではない。ロシアが「集団的西側」と呼ぶものは、一種の多元主義的帝国システムであり、ヨーロッパは単なる属国にすぎないということだ。しかし、帝国という概念を使うには、支配する中心と支配される周辺という一定の基準を使用する必要がある。中心部にはエリートたちの共通の文化があり、理性的な知的生活が営まれているはずである。後述するように、アメリカではもはやそうではない。 Faut-il voir dans les États-Unis, plutôt qu'un État-nation, un État impérial ? Beaucoup l'ont fait. Les Russes eux-mêmes ne s'en privent pas. Ce qu'ils appellent « Occident collectif », au sein duquel les Européens ne sont que des vassaux, est un genre de système impérial pluraliste. Mais utiliser le concept d'empire exige l'observance de certains critères : un centre dominant et une périphérie dominée. Ce centre est censé posséder une culture commune des élites ainsi qu'une vie intellectuelle raisonnable. Ce n'est plus le cas, on le verra, aux États-Unis.(エマニュエル・トッド『西洋の敗北』Emmanuel Todd, La Défaite de l'Occident, 2024) |
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国際関係論の理論家であるミアシャイマーは、西欧ではもはや国民国家は存在しないという、非常に単純な真理を見ようとしない。Mearsheimer, théoricien des rapports internationaux, refuse carrément de voir est une vérité toute simple : à l'Ouest, l'État-nation n'existe plus. 〔・・・〕 国民国家の概念は、民主主義的、寡頭政治的、権威主義的、全体主義的には関わらず、所定の政治体制のもとで、ある地域のさまざまな階層が共通の文化に属していることを前提としている。また、この概念が適用されるためには、当該地域が最低限の経済的自治を享受していることも必要である。Le concept d'État-nation présuppose l'appartenance des diverses strates de la population d'un territoire à une culture commune, au sein d'un système politique qui peut être indifféremment démocratique, oligarchique, autoritaire, totalitaire. Pour être applicable, il exige aussi que le territoire en question jouisse d'un degré minimal d'autonomie économique (エマニュエル・トッド『西洋の敗北』Emmanuel Todd, La Défaite de l'Occident, 2024) |