◼️岩井克人さんが語る米国の自壊 「基軸国」を失う世界で日本の使命は 聞き手・石川智也2025年5月21日 |
「ドルが基軸通貨でなくなれば、世界中のドルが還流し、米国はあっという間にハイパーインフレとなります。また従来の安全保障体制を解体すれば、同盟国への輸出に支えられた武器産業は傾き、軍事技術の民生転用で優位性を保っていた先端技術も低迷するでしょう。ソフトパワーも落ち、世界はハリウッド映画をだんだん見なくなる……。基軸国でなくなるということは、実体以上に持っていた影響力が消え、特権的地位がもたらしてきた様々な利益を失うということ。実際に米国債が売られ長期金利が上昇し始めたことでウォール街が慌て、米政権内部もようやく自分たちの立場に気付いた節があります。関税政策をめぐる最近の迷走は、それを物語っているように見えます」 |
この基軸通貨崩壊による米国のハイパーインフレのメカニズム詳述版は、25年前の岩井克人の論文から、昨日「帝国は滅びなければならない」にて引用したばかりだが。
グローバル市場経済にとっての真の危機とは、金融危機でもなければ、それにつづく恐慌でもない。ハイパー・インフレーションである。そして、グローバル市場経済におけるハイパー・インフレーションとは、もちろん、基軸通貨ドルの価値が暴落してしまう「ドル危機」のことである。それは、基軸通貨としてのドルを支えているあの「予想の無限の連鎖」の崩壊過程にほかならないのである。 |
さて、このドル危機がグローバル市場経済のなかでおこるとしたら、それは何らかの理由で、世界中のひとびとが基軸通貨として保有しているドルを過剰に感じることから出発するはずである。世界各地の外国為替市場でドルがほかのすべての通貨にたいして売られ、ドル価値の下落がはじまるのである。もちろん、このようなドル価値の下落が一時的でしかないという予想が支配しているかぎり、ドル危機にはいたらない。だが、もしどこかの時点で、ドル価値がさらに下落するという予想のほうが支配的になってしまうと、事態は後戻りできなくなる。ほかのひとびとがもはや将来ドルを基軸通貨として受け入れてはくれないのではないかという恐れが広がり、 その恐れによって、実際にひとびとはドルを基軸通貨として受け入れることを拒否するようになるのである。恐れが自己実現し、世界中のひとびとはドルから遁走しはじめる。それは、たんにドルが世界各地の外国為替市場で売り浴びせられるというだけではない。それまで基軸通貨として、タイからロシア、ロシアから韓国、韓国からブラジルへとアメリカの国外を回遊しつづけていた膨大な量のドルが、アメリカ国内に大挙して押し寄せ、アメリカ製品との交換を要求することになるはずである。ドル紙幣をたんなる紙くずにしてしまうよりは、なんでもよいからモノのかたちにしておいたほうがはるかにましだからである。アメリカ国内もたちまちハイパー・インフレーションに突入してしまうだろう。(その結果、ドルがほんとうにたんなる紙くずになってしまうかもしれない。)ドルを基軸通貨として支えていたあの「予想の無限の連鎖」が崩壊し、ドルはほかの通貨と同様の、たんなるアメリカの通貨、しかも大幅に価値を失った一国通貨になり下がってしまうのである。 |
もしこのような「ドル危機」が実際におこることになれば、そのとき、基軸通貨ドルの媒介によって可能となっていた貿易取り引きも金融取り引きも、その大部分が不可能となってしまうはずである。世界は細かく国ごとに分断されるか、いくつかのブロックに分割され、貿易も金融も各国同士のバーター取り引きかブロック内の取り引きに制限されてしまうことになる。ドル危機の行き着く先は、グローバル市場経済そのものの解体にほかならないのである。(岩井克人『二十一世紀の資本主義論』2000年) |
ところで岩井克人のインタビュー記事には次のような発言もある。 |
――他の国が基軸通貨を肩代わりできず、ドルの信用も揺らぎかねない。そんな状況に世界はどう対応すればよいのでしょうか? 「かのケインズは、44カ国が参加した1944年のブレトンウッズ会議で、中立的で非国家的な基軸通貨『バンコール(bancor)』と、世界中央銀行の役割を担う国際機関『国際清算連合(International Clearing Union)』の設立を提唱しました。世界大恐慌とポンド基軸体制の崩壊を踏まえ、特定の通貨や国に依存しない戦後の世界通貨体制を作ろうとしたのです。しかしこの案は、名実ともに超大国となりドルを基軸通貨に据えたい米国の反対で実現しませんでした。採用された米国案に基づき成立したのがブレトンウッズ体制です」 「今回の米国の暴走と基軸体制の動揺にあえて一つ光明を見いだすとすれば、ケインズの構想が再評価される機会になり得ること。ただ実現には大きな壁がある。歴史意識と識見と指導力のある政治リーダーが世界で何人も生まれなければ不可能です。一方で、規模も権限も小さいながらEUの欧州中央銀行(ECB)というひな型が既にあることは、希望と言えると思います」 |
ケインズのバンコールに触れているが、これはマイケル・ハドソンの次の発言を参照。
◾️マイケル・ハドソン「BRICS+銀行:実際どのように機能するのか?」 A BRICS+ Bank: How would it really function? By Michael Hudson, October 7, 2023 |
ジョン・メイナード・ケインズは、ドル保有の代替案、反ブレトンウッズのようなものを提案した。彼の目的は、不換紙幣であるバンコール bancor を創設することで、米国の金融支配を回避することだった。これは国際通貨の一形態ではなかったが、「紙のゴールド」資産としての特別な目的があり、1970年代の東南アジア戦争中に対外軍事費が国際収支を大幅に赤字に陥らせ、米国政府自身が救済を必要としたことに対応して、後にIMFが特別引出権(SDR)として導入したものに似ている。国際収支赤字国に支払いを行うために、バンコールまたはSDRが発行される可能性がある。 |
「BRICS通貨」と「BRICSバンコール」の違い これが、BRICS+ と南半球諸国が現在解決しようとしている問題である。一般の報道機関は「BRICS通貨」に言及することで事態を混乱させている。これはユーロやルーブル、人民元のような通貨ではない。食料品店で誰もが使える通貨でも、家賃の支払いにも使える通貨でもない。一般に理解されている「マネー」でもない。外国為替市場で取引できる通貨ではなく、投機家が購入することももちろんできない (ただし、馬や騎手がいない競馬に賭けるなど、何と交換できるかを賭けることはできる)。 ドルやユーロのような国内通貨は、結局のところ、税金の支払いや公共部門とのその他の取引において、各国政府に受け入れられることでその価値を得ている。 そのため、そのような貨幣は代替しやすい。 その意味で、貨幣は公共事業と考えることができる。 しかし、そのような通貨を多くの国に提供するには、共通の政府、財政当局、法制度が必要である。 通貨がユーロのように複数の国によって発行されるのであれば、誰がどれだけの通貨を手にするのかを配分する権限を持つ政治連合が必要となる。 BRICSにはそのような政治的基盤はまだ存在しない。 プーチン大統領の言葉を借りれば、各国は「異なる発展段階にある」のだ。 さらに言えば、相互の貿易と投資のバランスは、今のところ取れていない。 この不均衡は、1944~45年当時と同様、解決すべき大きな問題である。 これは国際収支の問題であり、国内政府の予算や支出を賄う問題ではない。 |
John Maynard Keynes proposed an alternative to holding dollars – something like an anti-Bretton Woods. His aim was to avoid US financial dominance by creating a fiat currency, the bancor. That was not a form of international money, but had a special purpose as an asset of “paper gold,” akin to what the IMF later introduced as Special Drawing Rights (SDRs) in response to the US Government itself needing a bailout as its foreign military spending pushed its balance of payments deeply into deficit during the 1970s war in southeast Asia. Bancors or SDRs could be issued to countries running balance-of-payments deficits to pay payments-surplus countries. |
The distinction between a “BRICS currency” and a “BRICS bancor” This is the problem that the BRICS+ and Global South countries are trying to solve today. The popular press has confused matters by referring to a “BRICS currency.” It is not a currency like the euro or the ruble or renminbi. It is not a currency that anyone could spend at the grocery store or to pay rent. It is not “money” as generally understood. It is not a currency that can be traded on foreign-exchange markets, and certainly cannot be bought by speculators (although they could gamble on what it might exchange for, something like betting on a horse race without having a horse or jockey in the race). Domestic money, like the dollar or euro, ultimately derives its value from being accepted by national governments in payment of taxes or other transactions with the public sector. That makes such money fungible. Money in that sense can be thought of as a public utility. But providing such currency for a number of countries requires a common government, fiscal authority and legal system. If the currency is to be issued by a number of countries – like the euro – it therefore requires a political union empowered to allocate who gets how much of the currency. No such political foundation yet exists for the BRICS. In President Putin’s words, countries are “at different stages of development.” More to the point, their mutual trade and investment is nowhere near in balance at present. That imbalance is the major problem to be solved, just as it was in 1944-45. It is a balance-of-payments problem, not one of financing domestic government budgets and spending. |
◾️マイケル・ハドソン「EUの新たな経済的枠組みの切望」 The EU’s Desperate Need for a New Economic Framework By Michael Hudson, November 20, 2023 |
BRICS通貨という言葉は誤解されている。共通通貨を持つためには、政府が通貨を発行する必要があるが、それはつまり、単一の政府が必要であることを意味する。明らかに、これらすべての異なる国を統括する単一の政府は存在しない。BRICS通貨はドルやユーロのようなものでは決してない。BRICS通貨は存在しない。存在するのはBRICS中央銀行であり、中央銀行は政府間の国際収支、信用、債務を調整することになる。 基本的に、それはジョン・メイナード・ケインズが1944年に最初のブレトンウッズ会議で推進しようとしたものになる。BRICS銀行は独自の不換紙幣を発行できる。最初の入り口は通貨スワップによって資金が調達される。参加するすべての国は、自国通貨の一部を銀行に提供し、銀行は、その時点で自国の輸入代金を支払うことができない赤字国にこれらの通貨を再貸し出すだけでなく、独自の不換通貨を発行する権限を持つことになる。この不換通貨は、食料品店で使用したり、アパートの購入に使用したりできる種類の通貨ではない。外国の政府間の信用と債務を表す通貨である。 |
The word BRICS currency has been misunderstood. In order to have a common currency you’d have to have money created by a government, and that means you’d have to have one single government. There’s obviously not going to be one single government of all these different countries. The BRICS currency is not going to be anything like the dollar, anything like the euro. There’s not going to be a BRICS currency. What there will be, will be a BRICS central bank, in the central bank will be coordinating balance of payments, credit and debt among governments. Essentially it will be what John Maynard Keynes tried to promote in 1944 at the original Bretton Woods conference. The BRICS bank can create its own fiat currency. It will be funded in the first entrance by currency swaps. Every country that joins it will provide part of its own currency to the bank and the bank will have the power not only to relend these currencies to deficit countries that are not able to pay for their own imports at the time, but it can create their own fiat currency. This fiat currency isn’t the kind of currency that you can spend at the grocery store or spend on buying an apartment. It’s a currency to denominate foreign intergovernmental credit and debt. |
より詳しくは、プーチンの発言なども含めて、➤「BRICS通貨の誤解ーー実際はケインズのバンコール bancor」
岩井克人は《今回の米国の暴走と基軸体制の動揺にあえて一つ光明を見いだすとすれば、ケインズの構想が再評価される機会になり得ること。ただ実現には大きな壁がある。歴史意識と識見と指導力のある政治リーダーが世界で何人も生まれなければ不可能です》と言っているが、まずはプーチンと習近平に期待するしかないんじゃないか(岩井克人自身はこの2人の権威主義を好んでいないのだが)。
もっとも不幸なことに、インドと中国のあいだに亀裂が現在が生まれ(主に印パ紛争の余燼で)、BRICSの地位自体が揺れ動いているという事態があるのだが。
米国当局の抵抗により、今後も上下動の紆余曲折はあるだろうが、もはや奈落の底への道は引き返せないんじゃないか。
◾️プーチン、タッカー・カールソンインタビューより |
Vladimir Putin answered questions from Tucker Carlson, a journalist and founder of Tucker Carlson Network. February 9, 2024 The Kremlin, Moscow |
ウラジーミル・プーチン:ドルを外交闘争の道具として使うことは、米国の政治指導部が犯した最大の戦略的過ちの一つだ。 ドルはアメリカの権力の要だ。 ドルをいくら刷っても、すぐに世界中にばらまかれることは誰もがよく理解していると思う。 アメリカのインフレはごくわずかです。 インフレ率は3%か3.4%で、アメリカにとってはまったく許容範囲だと思う。 しかし、彼らは印刷を止めようとしない。 33兆ドルの負債は何を物語っているのでしょうか? それは排出量だ。 とはいえ、ドルは米国が世界中で権力を維持するための主要な武器だ。 政治指導者が米ドルを政治闘争の道具として使うことを決めたとたん、このアメリカの力に打撃が与えられた。 強い言葉は使いたくないが、これは愚かな行為であり、重大な過ちである。 |
Vladimir Putin: You know, to use the dollar as a tool of foreign policy struggle is one of the biggest strategic mistakes made by the US political leadership. The dollar is the cornerstone of the United States' power. I think everyone understands very well that, no matter how many dollars are printed, they are quickly dispersed all over the world. Inflation in the United States is minimal. It is about 3 or 3.4 percent, which is, I think, totally acceptable for the US. But they won't stop printing. What does the debt of 33 trillion dollars tell us about? It is about the emission. Nevertheless, it is the main weapon used by the United States to preserve its power across the world. As soon as the political leadership decided to use the US dollar as a tool of political struggle, a blow was dealt to this American power. I would not like to use any strong language, but it is a stupid thing to do, and a grave mistake. |
世界で起こっていることを見てみよう。 米国の同盟国でさえ、ドル準備金を縮小している。 それを見て、誰もが自分たちを守る方法を探し始める。 しかし、米国が特定の国に対して、取引制限や資産凍結などの制限的な措置を取ることは、重大な懸念を引き起こし、全世界にシグナルを送ることになる。 何があったのか? 2022年まで、ロシアの対外貿易取引の約80%は米ドルとユーロで行われていた。 米ドルは第三国との取引の約50%を占めていたが、現在は13%に減少している。 米ドルの使用を禁止したのは我々ではない。 米ドルでの取引を制限したのはアメリカの決定だ。 米国自身とその納税者の利益の観点から、これは完全に愚かなことだと思う。米国経済への打撃となり、世界における米国の力を弱めることになる。 |
Look at what is going on in the world. Even the United States' allies are now downsizing their dollar reserves. Seeing this, everyone starts looking for ways to protect themselves. But the fact that the United States applies restrictive measures to certain countries, such as placing restrictions on transactions, freezing assets, etc., causes grave concern and sends a signal to the whole world. What did we have here? Until 2022, about 80 percent of Russia's foreign trade transactions were made in US dollars and euros. US dollars accounted for approximately 50 percent of our transactions with third countries, while currently it is down to 13 percent. It was not us who banned the use of the US dollar, we had no such intention. It was the decision of the United States to restrict our transactions in US dollars. I think it is complete foolishness from the point of view of the interests of the United States itself and its taxpayers, as it damages the US economy, undermines the power of the United States across the world. |
ちなみに、人民元での取引は約3パーセントだった。 現在、私たちの取引の34パーセントはルーブルで行われており、人民元での取引も34パーセント強とほぼ同じである。 なぜアメリカはこのようなことをしたのか? 私の推測では、自信過剰でしかない。 おそらくロシアは完全な崩壊につながると考えたのだろうが、何も崩壊しなかった。 しかも、産油国を含む他の国々は、人民元での石油代金の支払いを考え、すでに受け入れている。 何が起こっているのか、気づいているのか、いないのか。 米国でこのことに気づいている人はいるのだろうか? あなた方はいったい何をしているのか? 自らを切り捨てているのだ。専門家は皆そう言っている。 米国の知的で思慮深い人々に、米国にとってドルが何を意味するか尋ねてみてほしい。 あなた方は自分の手でドルを殺しているのだ。 |
By the way, our transactions in yuan accounted for about 3 percent. Today, 34 percent of our transactions are made in Rubles, and about as much, a little over 34 percent, in Yuan. Why did the United States do this? My only guess is self-assurance. They probably thought it would lead to a full collapse, but nothing collapsed. Moreover, other countries, including oil producers, are thinking of and already accepting payments for oil in yuan. Do you even realize what is going on or not? Does anyone in the United States realize this? What are you doing? You are cutting yourself off… all experts say this. Ask any intelligent and thinking person in the United States what the dollar means for the US? You are killing it with your own hands. |