現実の民主主義社会では、政治家は選挙があるため、減税はできても増税は困難。民主主義の下で財政を均衡させ、政府の肥大化を防ぐには、憲法で財政均衡を義務付けるしかない。(ブキャナン&ワグナー著『赤字の民主主義 ケインズが遺したもの』) |
|
結局、減税ポピュリズムとは、このブキャナン&ワグナーの言う《政治家は選挙があるため、減税はできても増税は困難》に収斂する(ブキャナンはノーベル経済学賞者である)。
Spicaさんは実に巧いことを言っているが、一般庶民はこう言ったものであるだろう。
《消費税36年史の中デモ最悪のタイミング》というのは、インフレ時に消費税減税をすればいっそうインフレになるからである。
…………………
主流経済学者のあいだではもはや古典的となっている深尾光洋の「日本の財政赤字の維持可能性」の解説で、深尾氏は一般にも分かりやすいように《今後、デフレから脱却して物価が上がり始める局面がやってきます。そのとき金融政策は緩和気味に維持して、すかさず増税を実施して景気の過熱を防ぐ》。これがインフレ時の最も基本的な施策なのに、現在、ポピュリスト政治家からは逆の主張がなされている。まさに減税ポピュリズムーー減税衆愚主義である。ーー《民主とは「根拠の乏しい臆説にほかならぬオピニオンをまとめたものによって右往左往させられるオクロス(衆愚)の政治」のことだととっくに判明している。》(西部邁「公共的実践の本源的課題」実践政策学・創刊号(第 1 巻 1 号)2015年、PDF)
以下、深尾光洋の解説をいくらか長く抜き出しておこう。
◼️深尾光洋「日本の財政赤字の維持可能性」解説より、2012年 |
――どうすれば財政破たんを回避できるのでしょうか。 今後、デフレから脱却して物価が上がり始める局面がやってきます。そのとき金融政策は緩和気味に維持して、すかさず増税を実施して景気の過熱を防ぐ。この増税によって財政赤字の拡大を防ぎ、財政再建につなげていくことが可能となります。これは非常に難しい作業になると思われます。飛行機にたとえると日本経済はいま失速しかけているわけですが、高度を落としながら一層スピードをつけて、機体を持ち上げていくという難度の高い操縦が必要となります。 |
ではどのようにしてインフレ局面になるか、もちろんすぐにではないのですが、国民が政府に対する信用をなくす時点がポイントとなります。現在日本の家計部門の純金融資産(金融資産マイナス負債)の多くは高齢者が保有しています。70歳以上が全体の4割、60歳台、50歳台がおなじく各3割を保有していると推計されています。これらの人々が直接的ないし間接的に巨額の国債を含む大部分の円資産を保有しているわけですが、政府の信用に疑念が生ずると、徐々に預金や国債から株式、不動産、または外貨に資産を移していくでしょう。バブル的な株高や不動産高による景気回復が見られるかもしれません。同時に高齢化の進展もあって経常収支は赤字になっていく。ですから円安となって輸出も増加します。このときにインフレ率が上昇し始めます。ここが増税のチャンスとなります。 |
ただしそのときに政府債務が巨額になっていると利払い負担増大のために赤字解消に必要な増税の幅が大きくなり、政治の安定が保てるか否かが問題となります。増税において負担を求められるのはやはり現役世代が中心となります。もちろん消費税は高齢者にも負担は発生しますが、彼らは社会保障でそれを取り戻すことが可能な年代です。そうなると高齢者が保有する金融資産の価値を維持するために、現役世代に重い税を課すのは公正かという議論も起きかねません。その時点で仮に政府が増税に踏み出せないとなると、破たんシナリオに突き進むことになります。つまりインフレが進み始めた時点でゼロ金利局面は終わりを告げる。これに伴って政府の利払いが急激に膨らみ、国債価格は暴落します。論文の冒頭で日本政府が戦中から戦後にかけて、ハイパーインフレを通じて財政再建を実現した経緯について考察をしていますが、インフレによって国債の実質価値を大幅に低下させることで「財政を健全化する」ことは確かに可能です。これはデフォルト(債務不履行)ではありませんが、実質的には財政破たんと同じことになります。 |
さらに論文そのものからも「財政破綻のシナリオ」箇所を抜粋しておく。まさにこの10年間の政治家たちがやってきた《選挙民を恐れる政治家が増税を先延ばし続けて政府の累積赤字が拡大する。この結果、金利上昇による利払い負担増加のリスクが蓄積されていく》で始まる箇所である。
◼️日本の財政破綻のシナリオーー深尾光洋「日本の財政赤字の維持可能性」PDF |
(1)選挙民を恐れる政治家が増税を先延ばし続けて政府の累積赤字が拡大する。この結果、金利上昇による利払い負担増加のリスクが蓄積されていく。 (2) 日本の金融資産の大部分を保有する 50 歳以上の高齢者層も、 政府に対する信頼を徐々になくし、円から不動産、株式、外貨、金等に資金を移動し始める。 (3)長期国債価格が下落し、長期金利が上昇を始める。 (4)新規発行や借り換え国債の利払い負担増加に直面した政府が、発行国債の満期構成を短縮し、主に短期国債で赤字をファイナンスするようになる。日銀がゼロ金利政策を続けている間は、 政府の利払い負担は増加せず、 財政破綻を先延ばしできる。 しかし同時に、国債の満期構成の短期化は、将来の短期金利の上昇で、政府の利払いが急増するリスクを増大させる。 |
(5)政府の財政悪化に伴い、上記(2)の資金シフトが加速する。特に高齢化に伴う貯蓄率の低下や財政赤字の拡大によって経常収支が赤字化すると、大幅な円安になるリスクが高まる。実際に円安、株高が発生すれば、景気にはプラスとなりバブル的な景気回復を達成する可能性もある。そうなればインフレ率も上昇し始める。景気回復は税収を増大させ、財政赤字を減少させる。この時点で大幅な増税と赤字の削減が出来れば、財政破綻は避けられる可能性がある。 =>この場合、政府はタイミングの良い増税で健全化を達成できる。 しかし政府が増税に躊躇すると、以下のシナリオに突入する。 |
(6)日銀はインフレ率の上昇に対して金利引き上げによる金融引き締めを行うが、これで政府の利払いが爆発的に増大し、政府の信用が急激に低下する。 (7)政府が日銀の金融政策に介入して、低金利を強制したり、国債の買い取りを強制したりすれば、インフレがさらに加速し、国債価格は暴落する。 (8)金利の急激な上昇で長期国債を大量に保有する銀行が、巨額の損失を被り、政府に資金援助を要請する。 |
(9)政府が日銀に国債の低利引き受けを強制する場合には、政府は利払い増加による政府債務の急増を避けることが出来る。この場合は、敗戦直後のインフレ期と同様に、政府債務を大幅に引き下げることが可能で、政府は財政バランスの回復に成功する。しかし、所得分配の上では、預金や国債、生命保険、個人年金などの金融資産を保有する人々が、その実質価値の喪失で巨額の損失を被る。 =>この場合、政府はインフレタックスにより財政を健全化できる。しかし金融資産の実質価値の大幅低下により、生活資金に困る多数の人々を生み出す。 |
《政府が増税に躊躇すると、以下のシナリオに突入する》とあるが、この(6)以降のシナリオが現在まさに起こりつつあることである。
ところで深尾光洋はこの論文で、《消費税を毎年 1 月に 2 ポイントずつ引き上げ、23 年の 1 月以降 25%にするケース》のシミュレーションをしている。 |
政府債務 GDP 比率の上昇が止まり低下を始めるためには、遥かに大幅なプライマリーバランスの改善が必要である。一例として図表15は消費税を 2014 年から 2023 年までの 10年間、毎年 1 月に 2 ポイントずつ引き上げ、23 年の 1 月以降 25%にするケースを示してある。このケースであれば、政府の純債務 GDP 比率は消費税率が 19%に達する 2020 年にピークの 180%に達した後、徐々に低下を始める。 プライマリーバランスは、2024 年以降 3.4%の黒字となるが、この時点でも利払い負担が GDP 比 2.6%あるため利払い負担を調整した黒字幅は小さく、政府債務 GDP 比率は非常にゆっくりとしか低下しない。実際に財政赤字を削減するためには、消費税だけの増税を行う必要は無く、所得税、法人税、社会保険料、税外収入、固定資産税など、どんな税目で増税を行ってもよいし歳出削減を行っても良い。 消費税を 25%まで引き上げても、金利が少し上昇すれば、政府債務は増加を続けてしまう。例えば政府の平均借入金利が 2016 年の 1.5%から 21 年に 2.5%まで毎年 0.2 ポイント上昇を続けるケースを見たのが図表16である。この場合には、プライマリーバランスの3.4%の黒字では、利払い負担の GDP 比 4.6%をカバーしきれず、負債 GPP 比率は上昇を続ける。このように、政府債務が巨額になると、小幅の金利上昇でも政府債務は安定化できなくなってしまう。 |
このシュミレーションのより具体版が、何度も掲げてきた武藤敏郎の超改革シナリオである[参照]。 |
2010年代前半にはこういう話がしばしばなされてきた。すこし前掲げた池尾和人氏もそのひとりである。だが経済学者たちはもはや諦めているのではないか、減税ポピュリズムに抵抗するのはムリだと。そのほんのわずかな例外が前回掲げた清滝信宏プリンストン大教授である。とはいえ、もはや遅すぎる、というのが現在の「心ある」経済学者の趨勢であるだろう。
例えば、一橋大学名誉教授《齊藤誠[2023]は、ハイパーインフレ(激性インフレ)により敗戦国と同じ方法で国債費の重圧を大幅に軽減しようという処方箋を提案している 》[参照]が、「心ある」経済学者たちはこの見解に傾きつつあるように見える。