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2026年4月8日水曜日

イスラエルだけを非難し、米国を免責させるようなことを許してはならない(ブライアン・バーレティック )

 

昨日の投稿「トランプの狂気ではなく、アメリカのシステムの狂気」でブライアン・バーレティックを引用しつつ、さらにジェフリー・サックス、ミアシャイマー、マイケル・ハドソンを引用して記したことと基本的には同じだが、ブライアンの直近のツイートをAlzhacker氏が訳してくれているので貼り付けておこう。



Alzhacker@Alzhacker 2026/04/08


米国が明らかに実現も維持もするつもりなどない「偽りの平和」に対して、イスラエルが「妨害役」を演じるというのは、文字通りワシントン自身の計画の一つである。 


こちらを参照:

https://

brookings.edu/wp-content/upl

oads/2016/06/06_iran_strategy.pdf


論文『ペルシャへの道はどれか?:イランに対する新たなアメリカ戦略の選択肢』ブルッキングス研究所(米国シンクタンク) 2009


5章:ビビに任せる:イスラエルによる軍事攻撃の容認または奨励


「米国は、国際的な批判やイランの報復が米国からイスラエルへと向けられることを期待して、イスラエルが自ら攻撃を行うことを奨励し、場合によっては支援さえするだろう。」


米国はすでに、2025年の前回の戦争を引き起こす際にも、そして今回の最新の戦争を通じて繰り返し、この手段を用いている。イスラエルが米国の作戦支援なしには攻撃できなかったはずのイランの標的に対する攻撃を、「イスラエル」のせいにしているのだ。 


米国が「平和」を望んでいるかのように装い、米国が「関与を否定できる余地」を確保するために、イスラエルにイランに対するあらゆる行動――核兵器の使用さえ含む可能性もある――を行わせることは、十分にあり得る。


イスラエルは米国の地政学的・軍事力の延長線上にあり、米国の支援がなければ存在し得ない。ウクライナと同じだ。 


イスラエルだけを非難し、米国を免責させるようなことを許してはならない。両者とも有罪であり、両者ともその実態を暴かれ、阻止され、責任を問われなければならない。


Brian Berletic@BrianJBerletic 2026/04/08

Israel playing "spoiler" to fake peace the US obviously has no intention of ever making or keeping is literally one of Washington's own plans. 


See here: 

https://

brookings.edu/wp-content/upl

oads/2016/06/06_iran_strategy.pdf


Chapter 5: Leave it to Bibi: Allowing or encouraging an Israeli Military Strike


"The US would encourage -- and perhaps even assist -- the Israelis in conducting the strikes themselves, in the expectation that both international criticism and Iranian retaliation would be deflected away from the United States and onto Israel."


The US has already repeatedly used this option both to provoke the previous war in 2025 and again throughout this most recent war - blaming "Israel" for strikes on Iranian targets Israel could only have hit with US mission support. 


It is very possible the US will pose as wanting "peace" and have Israel do everything up to and possibly including the use of nuclear weapons against Iran to afford the US plausible deniability. 


Israel is an extension of US geopolitical and military power - would not exist without US support - just like Ukraine. 


Don't let people get away with blaming only Israel and granting the US impunity. Both are guilty and both must be exposed, stopped, and held accountable.




ま、いずれにせよ、戦争は長引くんだよ。


人ははおおむね、戦争は短期で終わるという願望思考を抱いてしまうものだがね


危機と言われる。この言葉ほど風化しやすいものはない。人は危機感を日常に長くは保っていられないものらしい。それでは生きられない。しかし危機そのものは日常につねにつきまとう。(古井由吉『楽天の日々』2017年)


実際、危機感を常に抱き続けるのは困難だからな。だから人は幻想に逃避するんだよ。

想像力を欠くすべての人は現実へと逃避する[Tous ceux qui manquent d'imagination se réfugient dans la réalité](ゴダール, Adieu au Langage, 2014)

現実はない。現実は幻想によって構成されている[il n'y a pas de réalité.La réalité n'est constituée que par le fantasme](Lacan, S25, 20 Décembre 1977)


ーーここでのラカンの「幻想」は、一年後の「人はみな妄想する」tout le monde est fou, c’est-à-dire délirant (Jacques Lacan, « Journal d’Ornicar ? », 1978)観点[参照]からは「妄想」である、《我々は言う、幻想的と。しかし幻想的とは妄想的のことである[fantasmatique peut-on-dire - mais, justement, fantasmatique veut dire délirant.]》(ジャック=アラン・ミレール J.-A. Miller, Retour sur la psychose ordinaire;  2009


で、この今の妄想の代表的なものは「戦争は短期で終わる」というものだ。


人は勝負のつかぬ長期戦を予言する勇気もなければ、予言するだけの想像力もなかった。


「長期にまたがるだろうか?」と私はサン = ルーにたずねた。「いや、ぼくは非常に短期の戦争だと思うんだ」と彼は私に答えた。しかしこんども、いつもと同様に、彼の論拠は、文書からえたものだった。 「モルトケの予言を考慮に入れながら、読みかえしてみたまえ」と彼は、あたかも私がすでにそれを読んでいたかのように、私にいった、「大編成部隊の行動に関する一九一三年十月二十八日の政令を。そうすれば、きみにわかるだろう、平時予備軍の補充が計画されてもいなければ、予測さえされていないことを。そういう編成は、戦争が長びくはずなら、欠かすことができないんだからね。」私には、問題の政令を、戦争が短期のものであろうという証拠として解釈されるべきではなくて、戦争が短期のものであるという見通し、戦争が今後どうなるかという見通しを、欠くものとして解釈されるべきであり、その政令を起草した当事者たちの側には、戦争が謬着状態に陥るとき、全面にわたり物資のおそるべき消耗をきたすであろうことや、作戦のさまざまな舞台の連帯が必要になってくるであろうことの、憶測というものがなかったのだ、という気がするのであった。(プルースト「見出された時」)


で、戦争は短期で終わるという楽観論者の甘言に愛人の言葉に耳を傾けるように》耳を傾けるんだよ。


人は、まるで恋をしているときのように、目かくしをして、新聞を読んでいるのだ。事実を理解しようとはつとめない。愛人の言葉に耳を傾けるように、主筆の甘言に耳を傾けている。on lit les journaux comme on aime, un bandeau sur les yeux. On ne cherche pas à comprendre les faits. On écoute les douces paroles du rédacteur en chef, comme on écoute les paroles de sa maîtresse. (プルースト「見出された時」)



ま、これが人間のサガだな、ヤムエナイね。もっとも「妄想」といっても僥倖的に当たることもあるがね、だから人はほとんど常に妄想に期待するもんさ。


例えばあの女とヤリたいな、と3年間ほども妄想してたら、ヤラしてくれた女がいたからな。もっともそこから色々厄介なことが起こったんだが。ーー《男は、間違ってひとりの女に出会い、その女とともにあらゆることが起こる。つまり通常、「性交の成功が構成する失敗 」が起きる[L'homme, à se tromper, rencontre une femme, avec laquelle tout arrive : soit d'ordinaire ce ratage en quoi consiste la réussite de l'acte sexuel. ]》(ラカンテレヴィジョン, AE538, Noël 1973


やあ、しかし美しい女だったな

扉があいて、先の女が夏の光を負って立った。縁の広い白い帽子を目深にかぶっているのが、気の振れたしるしと見えた。(古井由吉『山躁賦』杉を訪ねて)


一人の女は精神病においてしか男というものに出会わない[ une femme ne rencontre L'homme que dans la psychose. (ラカン、TELEVISION, AE540, Noël 1973)

すべての女は狂っている[ toutes les femmes sont folles (Lacan,TELEVISION, AE540, Noël 1973)


色は君子の惡むところにして、佛も五戒のはじめに置くといへども、流石に捨てがたき情のあやにくに哀なるかた〴〵も多かるべし。人しれぬくらぶの山の梅の下ぶしに思ひの外の匂ひにしみて、忍ぶの岡の人目の關ももる人なくばいかなる過ちをか仕出でてん。あまの子の浪の枕に袖しほれて、家を賣り、身を失ふためしも多かれど、老の身の行末をむさぶり米錢の中に魂を苦しめて物の情をわきまへざるには遙かにまして罪ゆるしぬべし。(芭蕉『閉關の説』)

美女美景なればとて不斷見るにはかならずあく事。(井原西鶴『好色一代女』)


人が何かを愛するのは、その何かのなかに近よれないものを人が追求しているときでしかない、人が愛するのは人が占有していないものだけである。Il ne naît, il ne subsiste que si une partie reste à conquérir. On n'aime que ce qu'on ne possède pas tout entier.(プルースト「囚われの女」)


・・・というわけで、後半は付加的に記すつもりだったが、この投稿の核心は実は後半かもしれないよ。


ま、いずれにせよ、女に徹底的に惚れたことのないヤツは真理の探究には向かないことは確かだね


真理の探求者とは、恋人の表情に、嘘のシーニュを読み取る、嫉妬する者であるそれは、印象の暴力に出会う限りにおいての、感覚的な人間である。それは、天才がほかの天才に呼びかけるように、芸術作品が、おそらくは創造を強制するシーニュを発する限りにおいて、読者であり、聴き手である。恋する者の沈黙した解釈の前では、おしゃべりの友人同士のコミュニケーションはなきに等しい。

Le chercheur de vérité, c'est le jaloux qui surprend un signe mensonger sur le visage de l'aimé. C'est l'homme sensible, en tant qu'il rencontre la violence d'une impression. C'est le lecteur, c'est l'auditeur, en tant que l'œuvre d'art émet des signes qui le forcera peut.être à créer, comme l'appel du génie à d'autres génies. Les communications de l'amitié bavarde ne sont rien, face aux interprétations silencieuses d'un amant. 

(ドゥルーズ『プルーストとシーニュ』「思考のイマージュ」第2版、1970年)


冒頭のブライアン・バーレティックは女に徹底的に苦しんだ男だろうよ、たぶんね。こう言っとこうか、「恋敵だけを非難し、恋の対象を免責させるようなことを許してはならない」と。


あるいは、《女の一種の原罪、われわれに女たちを愛させるという罪 une espèce de péché originel de la femme, un péché qui nous les fait aimer]》 (プルースト「囚われの女」)