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2026年7月27日月曜日

もっぱら奥歯の小さな洞のなかに逗留しているエゴイストたち

 

ガザジェノサイド以来、次のシモーヌ・ヴェイユとフロイトの文をセットで何度か掲げてきたがね。


一般にエゴイズムといわれるものは自己愛ではなく、遠近法の効果である。人は、自分がいるところから見える物の配置が変わることを悪と呼び、その地点から少し離れたものは見えなくなってしまう。中国で十万人の大虐殺が起こっても、自分が知覚している世界の秩序は何の変化もこうむらない。だが一方、隣で仕事をしている人の給料がほんの少し上がり、自分の給料が変わらなかったら、 世界の秩序は一変してしまうであろう。それを自己愛とは言わない。人間は有限である。だから、正しい秩序の観念を、自分の心情に近いところにしか用いられないのである。

Ce qu'on nomme généralement égoïsme n'est pas amour de soi, c'est un effet de perspective. Les gens nomment un mal l'altération d'un certain arrangement des choses qu'ils voient du point où ils sont ; de ce point, les choses un peu lointaines sont invisibles. Le massacre de cent mille Chinois altère à peine l'ordre du monde tel qu'ils le per-çoivent, au lieu que si un voisin de travail a eu une légère augmenta-tion de salaire et non pas eux, cet ordre est bouleversé. Ce n'est pas amour de soi, c'est que les hommes étant des êtres finis n'appliquent la notion d'ordre légitime qu'aux environs immédiats de leur coeur.

(シモーヌ・ヴェイユ 「前キリスト教的直観」Intuitions pré-chrétiennes1941-1942


器質的な痛苦や不快に苦しめられている者が外界の事物に対して、それらが自分の苦痛と無関係なものであるかぎりは関心を失うというのは周知の事実であるし、また自明のことであるように思われる。これをさらに詳しく観察してみると、病気に苦しめられているかぎりは、彼はリピドー的関心[libidinöse Interesse を自分の愛の対象[Liebesobjekten から引きあげ、愛することをやめているのがわかる。


このような事実が月並みだからといって、これをリビドー理論[ Libidotheorie の用語に翻訳することをはばかる必要はない。したがってわれわれは言うことができる、病人は彼のリビドー備給を彼の自我の上に引き戻し、全快後にふたたび送り出すのだと[Der Kranke zieht seine Libidobesetzungen auf sein Ich zurück, um sie nach der Genesung wieder auszusenden.

W・ブッシュは歯痛に悩む詩人のことを、「もっぱら奥歯の小さな洞のなかに逗留している[Einzig in der engen Höhle」と述べている。リビドーと自我の関心[Libido und Ichinteresse]とがこの場合は同じ運命をもち、またしても互いに分かちがたいものになっている。周知の病人のエゴイズムDer bekannte Egoismus der Kranken]はこの両者をうちにふくんでいる。われわれが病人のエゴイズムを分かりきったものと考えているが、それは病気になればわれわれもまた同じように振舞うことを確信しているからである。激しく燃えあがっている恋心[intensiver Liebesbereitschaft]が、肉体上の障害のために追いはらわれ、突然、完全な無関心[völlige Gleichgültigkeit]にとってかわる有様は、喜劇にふさわしい好題目である。(フロイト『ナルシシズム入門』第2章、1914年)



いやあ、ガザジェノサイドに引き続き「世界戦争」が勃発しているにもかかわらず、実に最近のみなさんは、マネーの病いかどうかとはいざ知らず、「奥歯の小さな洞のなかに逗留しているエゴイスト」に見えるな。一般大衆は本来的にそういうものかもしれないが、エリートのつもりでいるらしい学者のみなさんも似たようなもんだからな。


やっぱり彼らも「内なるプロレタリアート」が極まりつつあるんだろうよ。


今あまり人気のない歴史家トインビーであるが、彼が指摘するとおり、文化の「リエゾン・オフィサー」(連絡将校)としてのインテリゲンチアへの社会的評価と報酬とは近代化の進行とともに次第に低下し、その欲求不満がついにはその文化への所属感を持たない「内なるプロレタリアート」にならしめると私は思う。  (中井久夫「学園紛争は何であったのか」1995年『家族の深淵』所収)


だから渡辺一夫みたいなこと言ってもしょうがないんだろうけど、やっぱり言っとくよ。


知識人の弱さ、あるいは卑劣さは致命的であった。日本人に真の知識人は存在しないと思わせる。知識人は、考える自由と、思想の完全性を守るために、強く、かつ勇敢でなければならない。(渡辺一夫『敗戦日記』1945 年 3 月 15 日)


………………


ボクにとっては次のようなこと言ってる内田樹や山崎雅弘だって、いったいどうなってんだろ?と思うからな。




ま、この2人が次のように正確に言ったかどうかはいざ知らずーーもはやハナからバカにしてるから見もしないよーー印象としてはこういうほかないよ。





ウヨ、サヨ問わず、ウクライナ紛争の判断が知の鍵だったかもな、

ウクライナ:アメリカによるロシアへの長期にわたる代理戦争(ジェフリー・サックス)




ま、あの2人はもっと前からバカにしてたがね。


もう7年前になるが「内田樹とその愉快な仲間たち」が次のようにツイートしていてほとんど絶句体験しちまったからな。

内田樹@levinassien 2019年9月12日

昨日の『赤旗』のインタビューの最後に「共産党に望むことは?」と訊かれたので「山本太郎を真ん中にして、左右にウィングを拡げて挙国一致で救国戦線を結成してください」とお願いしました。よい流れだと思います。

想田和弘@KazuhiroSoda 2019年09月15日

言いたいのは、僕が山本太郎さんを応援しているのは、彼が政治家として素晴らしいビジョンを示していて、しかもその道筋を提案されているからです。人並外れた努力もされています。リーダーシップもあります。単に「いい人」だから応援しているのではありません

山崎雅弘@mas__yamazaki 2019年07月23日

「SNSでいくら盛り上がっても、得票には繋がらないのでは?」という話もよく見たが、候補者断トツの99万2000票という数字は、そんな認識を吹き飛ばした。


もちろん票の源泉は、山本太郎議員らの街頭演説が持つ説得力で、それがSNSで拡散されて大量の票と寄付金に繋がった。選挙戦の新しい形を作った。


要するに《一方は完全ロバと、もう一方は自分の墓掘人どもの才気ある同盟者》(クンデラ『不滅』)だったな。

山本太郎の「出まかせ感と煽り感

タロウは終わってるんだろうか? いや起死回生策がある。