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2014年12月10日水曜日

聞きたいことは信じやすいーー消費税増反対論者の話

《多くの人は見たいと欲する現実しか見ていない》(ユリウス・カエサル)

聞きたいことは信じやすいのです。はっきり言われていなくても、自分が聞きたいと思っていたことを誰かが言えばそれを聞こうとするし、しかも、それを信じやすいのです。聞きたくないと思っている話はなるべく避けて聞こうとしません。あるいは、耳に入ってきてもそれを信じないという形で反応します。(加藤周一)

…………

消費税増反対論者の三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済・社会政策部主任研究員の片岡剛士氏インタビュー(2014.12.06)が比較的よく読まれているようだ。

ひと月ほどまえ、ネット上にある主要なエコノミストの財政にかかわる主張をいくらかまとめて読んだのだが、片岡氏による文献はほとんど読んでいない。というのは、以前パネル・ディスカッション「財政健全化の方向性」(小黒一正・片岡剛士・鈴木準)において、小黒一正氏に圧倒されている印象を受けたこともあるし、--たまたま準備不足だったのかもしれないがーー、そもそも彼の著作はいざ知らずネットではデータを提示することが少ないからということがある。

ただし、人びとは消費税反対論者の論なら、よく読むようで、片岡氏にはデータの裏づけつつ論じることが少なくーー繰り返せばネット上では、であるーーまた長期的視点がいささか欠けているように思えるにしろ、闇雲にアベノミクスを批判するのは間違っているという意味に捉えうる主張それ自体は、公衆啓蒙の言葉として敬すべきであるし、リフレ派の若手論客として捉えてよいのだろう。

さて、わたくしはにわか勉強をしただけなので、あまり口幅ったいことは言わず、ここでは彼のインタヴューからひとつだけ取り出してみよう。

「日本は消費税負担の低い国」の誤り

―― 「日本は先進国よりも消費税率が低い」という論調もよく見かけます。

それも正確ではありません。国の税収に占める消費税の割合は、すでに欧米諸国のそれと同じくらいなんですよ。

たしかに欧州の多くの国は、消費税率を20%以上に上げています。8%の消費税率で、なぜそんなことが起こってしまうのか。

それは、法人税や所得税がしっかりと取れていないからなんです。問題にすべきは法人税や所得税です。けれども悲しいことに日本では、欧州の20%超の消費税率に対して8%しかないので、まだ消費税で取れるはずだと言われているんですよ。それをすれば所得税や法人税の税収は縮まってしまうので、たしかに消費税の比重はぐんと上がります。でも全体の税収は低くなる。これは明らかに非効率です。

《「日本は消費税負担の低い国」の誤り》という小題はややミスリーディングを誘うのではないか。こういう小題は、公衆によって、これだけ取り出して語られやすい。その内実は、説明されているように、《国の税収に占める消費税の割合は、すでに欧米諸国のそれと同じくらい》ということなのであり、日本の国民負担率グロスはやはり、他国に比べ(アメリカを除き)とても低い。

ここで同じリフレ派である岩井克人の言葉を挿入しておこう。

・消費税問題は、日本経済の形を決めるビジョンの問題。北欧型=高賃金、高福祉、高生産性か。英米型=低賃金、自助努力、労働者の生産性期待せずか。日本は岐路にある。

・日本のリベラルは増税と財政規模拡大に反対する。世界にない現象で不思議だ。高齢化という条件を選び取った財政拡大を。(「見えざる手(Invisible Hand)」と「消費税」(岩井克人))
「消費税は弱者に厳しい税だ」という声も多い。だが、消費額に応じて負担するという意味での公平性があり、富裕層も多い引退世代からも徴収するという意味で世代間の公平性もある。たしかに所得税は累進性をもつが、一方で、「トーゴーサン(10・5・3)」という言葉があるように、自営業者や農林水産業者などの所得の捕捉率が低いという問題も忘れてはいけない。

岩井克人は、消費税は公平性が高いとしており、それ以外にも超少子高齢化社会においては、高齢者からも税を徴収しないとやっていかないよ、というものだろう。片岡氏の見解は、消費税再増税を考えるための4つのポイント 片岡剛士 / 計量経済学片岡剛士」から、《消費税は低所得者に対して厳しい税である》である。すなわち所得税増などを重視する主張なのだろう(1000兆円を超す巨額赤字を抱えている国では、経済成長によってのみで財政赤字を減らすことは不可能という認識はもっているはずだから。巷間の安易な消費税増反対派のように、税収弾性値の過大評価などによって誤魔化すタイプではないはずだ→参照:「正しい心を抱いて邪な行為をする」)。

岩井克人によれば、アベノミクスの真の狙いは、《お年寄りから若い世代への所得移転を促すことにある》としている。

山口 人為的に流通量を拡大してお金の価値を希薄化させる権限を、時の権力はあまり 行使すべきではない、と考えています。たとえば、貨幣のモラルという観点でも、お年寄り が大事に抱えてきた現金の価値を希薄化させることは問題がありそうで、非常に判断が難 しいとの思うのですが、その点はいかがでしょうか?

岩井 アベノミクスの真の狙いが、お年寄りから若い世代への所得移転を促すことにあると いうのは正しい。そして、わたしはすでに年寄り世代ですが、それは望ましいことだと考え ています。 (お金とは実体が存在しない最も純粋な投機である ゲスト:岩井克人・東京大学名誉教授【前編】)

また元日銀副総裁の武藤敏郎氏ーー2度本命視されながら総裁になりそこなったーーが取り仕切る大和総研の膨大な「国家の大計」シミュレーションにはこうある。

日本の財政は、世界一の超高齢社会の運営をしていくにあたり、極めて低い国民負担率と潤沢な引退層向け社会保障給付という点で最大の問題を抱えてしまっている。つまり、困窮した現役層への移転支出や将来への投資ではなく、引退層への資金移転のために財政赤字が大きいという特徴を有している。(「DIR30年プロジェクト「超高齢日本の30年展望」」(大和総研2013 より)

さて話を戻して、財務省の国民負担率の国際比較の資料にはこうある(平成26年度の推計であり、消費税8%での試算である)。

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平成26年度の国民負担率を公表します(財務省推計)

米国を除き、10~20%低い。ただし財政赤字負担率が高い。この負担率はひどく低い公債金利での負担であり、仮にインフレに応じて国債金利などが上昇してしまえば、たちまち財政はいっそうの苦境に陥ってしまう(参照:アベノミクスによる税収増と国債利払い増)。


所得・消費・資産等の税収構成比の国際比較(国税+地方税) 財務省

上の図は、2010年度のものであり、日本の2014年度推計は次ぎのようである。消費税比率は43.5%であり、確かに欧米諸国並である。


所得・消費・資産等の税収構成比の推移(国税) 財務省


何が低いのか。法人所得税ではなく、個人所得税比率や資産課税比率が低い。仮にグロスの税収を上げたいのなら、消費税だけでなく、所得税や資産課税比率をあげるべきなのだろう。そして誤解でなければ、わたくしは片岡剛士の見解から、彼は所得税増税派と読む。

財政破綻を避けるためには、消費税20~25%相当(それは繰り返せば、消費税でなくてもよい)を上げる必要があるというのは殆んど経済学者たちのコンセンサスであるはずであり(かつ社会保障費削減)、そのことについては片岡氏も了解しているはずだ(参照:日本の財政破綻シナリオ)。ただ、消費税増反対論者の話を、ひとびとはそのことをうっちゃり、ただ税は上げなくてもなんとかなると捉えがちであるようにみえる。またそのように受け取られてしまう言説なら、それをデマゴギーと言う。これは片岡氏への批判ではない。彼の見解を安易に捉えて、消費税増など必要ないさ、と嘯く巷のにわかインテリたちへの批判である。

人がデマゴギーと呼ぶところのものは、決してありもしない嘘出鱈目ではなく、物語への忠実さからくる本当らしさへの執着にほかならぬ(……)。人は、事実を歪曲して伝えることで他人を煽動しはしない。ほとんど本当に近い嘘を配置することで、人は多くの読者を獲得する。というのも、人が信じるものは語られた事実ではなく、本当らしい語り方にほかならぬからである。デマゴギーとは、物語への恐れを共有しあう話者と聴き手の間に成立する臆病で防禦的なコミュニケーションなのだ。ブルジョワジーと呼ばれる階級がその秩序の維持のためにもっとも必要としているのは、この種のコミュニケーションが不断に成立していることである。(蓮實重彦『凡庸な芸術家の肖像』p563)
その数字の具体性をたやすく想像しえないものでありながら、それが数字として引用されているというだけの理由によって、読むものを納得させる力を持っている。納得といっても、人は数字の正しさを納得するものではなく、その数字を含んでいる物語の本当らしさに納得するのである。(蓮實重彦『凡庸な芸術家の肖像』p432)