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2015年1月26日月曜日

フランス人のマグリブ人に対する敵意

さて、前回、エマニュエル・トッドの名前を出したのだが、寡聞にして殆んど知らない名なので(ジジェクの書き物のなかで一度めぐりあったことはあるが、敬してやりすごした)、ここでは基本的なレベルで、--すなわち彼の著作には当らないままーーウェブ上の情報を拾ってみることにする。

まず、前回も別の箇所を引用した鹿島茂氏の「仏紙襲撃事件は、強烈な普遍主義同士の衝突 鹿島茂氏が読み解く仏紙襲撃事件」というインタビュー記事から。

フランスの社会学者エマニュエル・トッドの説明では国家統一の基には家族類型がある。これは、親子関係と兄弟関係を軸にして4つに分けることができる。親子関係は、同居するのか、子が独立して核家族になるのかで分かれる。兄弟関係は兄弟が平等か、不平等かという遺産相続の仕方で分かれる。

まず、第1に親が権威主義的で子と同居、兄弟は不平等で単独相続の「直系家族」があり、日本、ドイツ、スウェーデン、韓国、それにユダヤ民族がこれに当たる。第2に正反対に親子は独立し自由で、兄弟は平等の「平等主義核家族」。フランスの中心部やスペイン、南米はこれに該当する。第3に、親子関係は独立して自由で、相続は不平等の「絶対主義核家族」が英国、米国、カナダなど。第4に、親は権威主義的で親子は同居、兄弟は平等という「外婚制共同体家族」が、ロシア、中国など。これが、それぞれ、国家のイデオロギーに反映されていると言うんですね。フランスはこの4類型の全部を含んでいるが、中央は普遍主義の平等主義家族、周辺は差異主義の直系家族と理解しておくとよい。中央の普遍主義が主流になったんです。

4つの類型のうち、「直系家族」は「自分たちとそれ以外」と考える。思考パターンはそれしかない。これを拡大していくと、「日本人とそれ以外」と考え、「日本人と外国人は違う」と、なる。ドイツ人や韓国人もそのように考える。「直系家族」のグループ同士はぶつかりやすい。ドイツ人とユダヤ人、日本人と韓国人がそう。

これに対して、「平等主義」のフランス人の考え方は、人間はホモサピエンスであるから、同一であると考える。そのことに比べると、「人種」「言語」「宗教」などは微細な違いでどうでもよいことでしかない。「男女」の差異すらも大きいことではない。これは例えば、フランスのフェミニズムと米国のフェミニズムの違いに現れている。フランスのフェミニズムは「女性という性」をまったく強調せずに、ただ、同権を要求するだけだ。こうした考え方が「一にして不可分」ということであり、フランス人になってしまえば、皆同じということ。

これは調べてみると、WIKIPEDIAの日本語版の「エマニュエル・トッド」の項にも類似した記述がある。それは、トッドが、《1990年、焦点を西ヨーロッパに絞り、家族型の他に識字率と宗教を主要な要素として織り込んだ大部の著書、『新ヨーロッパ大全』 (L'Invention de l'Europe) を著した》にかかわる。だがいまはその箇所を引用することはしない。その箇所に引き続いて書かれている文を抜き出す。

フランスは平等主義核家族であり、普遍主義である。しかしこの家族型はパリを中心とする北フランスにあるに過ぎず、南フランスには直系家族があり、中央山塊と地中海沿岸には外婚制共同体家族があり、ブルターニュには絶対核家族がある。ヨーロッパで見られる四種の家族構造をすべて持つのはフランスだけであり、この例外的な多様性が、フランスを独特な存在にしている。

1992年の調査では、各移民に対してフランス人の何 % が敵意を持つかを調べている。これによると、最も敵意を持たれているのはマグリブ人、すなわちアルジェリア人、チュニジア人、モロッコ人である。




しかしながら、マグリブ人女性の 15.8% はフランス人と結婚する。つまり、民族としては敵意を持つ人が少なくないが、隔離はまったく起きておらず、個人としてフランス人と結婚するのは問題がないのである。

アフリカ黒人移民は多様であり、黒人という分類の無意味さが明らかになる。例えば父系家族のソニンケ人を主体とするマリ移民は、近代化が遅れている。在仏マリ人の私生児の比率は 2%、大学生の比率は 2%、出産率は 10.3 に達する。一方、一子相続で直系家族的なカメルーンのバミレケ人は商才と勤勉で知られ、アフリカのユダヤ人とも呼ばれている。在仏カメルーン人の私生児の比率は 43%、大学生の比率は 26%、出産率は 2.6 である。この場合、私生児率の高さは、女性の地位の高さを示すものである。低い出産率は、近代化が完了していることを示す。フランスの統計ではアフリカ黒人をマリ人、セネガル人、その他に分けるので、バミレケ人を直接計測することはできないが、マリ人を父とする子供のうち母がフランス人なのは 2.1%、セネガル人では 6.2%、その他のアフリカ人では 16.7% であり、明らかにマリ人の統合が遅れている。

フランス人の混血への無頓着は以前から知られている。アドルフ・ヒトラーは『我が闘争』(1925年)の中でフランス人とアフリカ人の混血に触れ、「黒人によるフランスの侵略はまことに急速に進展したので、いまやヨーロッパの地にアフリカ国家が誕生したと、紛れもなく語ることができる」と述べている。

このフランスの同化作用は個人に働くものであるため、移民社会は容赦なく破壊される。マグリブ人は父系内婚制共同体家族で普遍主義であるが、北フランスの双系外婚制の平等主義核家族とは正反対であり、普遍主義同士で衝突することになる。平等主義核家族の自由で平等な価値観は移民にも与えられるため、少数派が弱者として暴力を受けるのに甘んじることはなく、移民も反撃する。この点で、多数派から少数派へ一方的に暴力が加えられる差異主義のアメリカ、イギリス、ドイツとは異なる。

前回の記事で、鹿島茂氏の語る「強烈な普遍主義同士の衝突」という表現に異和を書き込んだが、起源はここにあるようだ。

とはいえ、ここではわたくしの粗忽ぶりを晒すのが意図ではない。1992年の調査で、かなり前のものにも拘わらず、--すなわちその後のマグリブ人によるテロ行為の頻発の前にもーーすでに仏人は、マグリブ人(アルジェリア人、チュニジア人、モロッコ人)、あるいはマグリブ系二世に対してダントツに敵意を持っていたのだな、ということに注目したい。

ところでフランスにおける移民の定義とは、次のようなものらしい。

一般に、移民とは、外国からある国に移り住む人のことを指すが、フランスの統計上で移民と言う時は、外国人として外国で生れた者を意味し、その者が帰化してフランス国籍を取得しても移民として取り扱われる。したがって、移民にはフランス人である者もいれば、外国人である者もいる。(「フランスの移民政策」 2011.7.14 財団法人自治体国際化協会)

もちろん移民二世や三世は「移民」の範疇に入らないのだろう。たとえば前仏大統領のサルコジはハンガリー移民二世であるが、彼は「移民」ではない。

とはいえ、上に引用したヒットラーの驚きもあるように、すなわち《フランス人の混血への無頓着は以前から知られている。アドルフ・ヒトラーは『我が闘争』(1925年)の中でフランス人とアフリカ人の混血に触れ、「黒人によるフランスの侵略はまことに急速に進展したので、いまやヨーロッパの地にアフリカ国家が誕生したと、紛れもなく語ることができる」と述べている》とあるように、フランスは米国と並んで、類稀なる「移民」によって成り立ってきた国家ということができる。

中井久夫は2000年時点でだが、《今フランス人である人で一世紀前もフランス人であった人の子孫は二、三割であるという》と書いている。

少子化の進んでいる日本は、周囲の目に見えない人口圧力にたえず曝されている。二〇世紀西ヨーロッパの諸国が例外なくその人口減少を周囲からの移民によって埋めていることを思えば、好むと好まざるとにかかわらず、遅かれ早かれ同じ事態が日本にも起こるであろう。今フランス人である人で一世紀前もフランス人であった人の子孫は二、三割であるという。現に中小企業の経営者で、外国人労働者なしにな事業が成り立たないと公言する人は一人や二人ではない。外国人労働者と日本人との家庭もすでに珍しくない。人口圧力差に抗らって成功した例を私は知らない。(中井久夫「災害被害者が差別されるとき」『時のしずく』所収)


そもそもヨーロッパ諸国は移民や二世、三世の人口がなければ、社会保障制度など容易に成り立ち難いのではないか。あるいは移民たちの多くが貧困でろくに所得税を払っていないとしよう。だが、付加価値税20%の西欧諸国でなら、月に五万円消費すれば、一万円の税金で移住国に貢献していることになる。

ところで先程引用した『「フランスの移民政策」 2011.7.14 財団法人自治体国際化協会』には、次のような図表がある。




マグリブ人(アルジェリア人、チュニジア人、モロッコ人)の比重はかくの如し。ましてや二世や三世まで含めれば、フランス人口におけるマグリブ系の割合はどのくらいになるのか。

アラーは、ヨーロッパにてイスラムの勝利を授けてくれるだろう、剣も、銃も、征服もなしに。われわれにはテロリストは必要ない。自爆テロはいらない。ヨーロッパにおける五千万人超のムスリムThe 50 plus million Muslims (in Europe)が、あと数十年でヨーロッパをムスリム大陸に変えるだろう。(カダフィ大佐Muammar Gaddafi)

ーーとは2010年のメルケル独首相による記事からである(Germany Will Become Islamic State)


いくらかの抄和訳(メルケル首相「ドイツはイスラム国家になるだろう」)もウェブ上にあるので貼り付けておこう。

「我々の国は変わり続けるでしょう。また、移民の問題解決を取り上げるにあたっては同化が課題です。」

「長い間我々は、それについて自国を欺いてきました。例えばモスクです。それは今までよりずっと、我々の都市において重要な存在となるでしょう。」

「フランスでは20歳以下の子供の30%がムスリムです。パリやマルセイユでは45%の割合まで急上昇しています。南フランスでは、教会よりモスクが多いのです。

イギリスの場合もそれほど事態は変わりません。現在、1000を超えるモスクがイギリスには存在します。──ほとんどが教会を改築したものです。

ベルギーでは新生児の50%がムスリムであり、イスラム人口は25%近くに上るといいます。同じような調査結果はオランダにも当てはまります。

それは住民の5人1人がムスリムのロシアにも言えることです。」

ところで、なぜ、フランス人がマグリブ人に、1992年の時点で、あんなにも憎悪をもつのか。それはまずは身近な「隣人」ーーフロイト、ラカン的な意味でーーでありすぎるためだろう。

……エイリアンたちはまったく人間にそっくりに見えるし、人間そっくりの行動をするのだが、ちょっとした細部(眼がおかしなふうに光るとか、指の間や耳と頭部の間に皮膚が余分についているとか)から彼らの正体がばれる。そのような細部がラカンのいう対象aである。些細な特徴がその持ち主を魔法のようにエイリアンに変身させてしまう。(……)ここでは人間とエイリアンとの違いは最小限で、ほとんど気づかないほどだ。日常的な人種差別においても、これと同じことが起きているのではなかろうか。われわれいわゆる西洋人は、ユダヤ人、アラブ人、その他の東洋人を受け入れる心構えができているにもかかわらず、われわれには彼らのちょっとした細部が気になる。ある言葉のアクセントとか、金の数え方、笑い方など。彼らがどんなに苦労してわれわれと同じように行動しても、そうした些細な特徴が彼らをたちまちエイリアンにしてしまう。(ジジェク『ラカンはこう読め!』P117-118ーー「彼らの家に土足で上がりこんだ日本人」より)

また過去の植民地政策、あるいはアルジェリア戦争の記憶ーーある意味で隠蔽された記憶ーーのせいでもあるだろう(ここではイスラム原理主義には触れないでおこう)。

すなわちフランス人は負債があるからこそ、アルジェリア人を憎むのである。

「《負い目(シュルツ)》というあの道徳上の主要概念は、《負債(シュルデン)》というきわめて物質的な概念に由来している」と、ニーチェはいっている。彼が、情念の諸形態を断片的あるいは体系的に考察したどんなモラリストとも異なるのは、そこにいわば債権と債務の関係を見出した点においてである。俺があの男を憎むのは、あいつは俺に親切なのに俺はあいつにひどい仕打ちをしたからだ、とドストエフスキーの作中人物はいう。これは金を借りて返せない者が貸主を憎むこととちがいはない。つまり、罪の意識は債務感であり、憎悪はその打ち消しであるというのがニーチェの考えである。(柄谷行人『マルクスその可能性の中心』ーー「俺があの男を憎むのは、俺はあいつにひどい仕打ちをしたからだ」より)

…………

※附記

◆「和解 ―そのかたちとプロセス― 河原 節子 河原節子(一橋大学法学研究科 教授(外務省より出向) )」より。


アルジェリアは、 フランスが1830年の軍事占領した後、フランスの国内県に編入されて130年以上にもわたり仏の統治下にあった。アルジェリアを2012年12月に訪問したオランド仏大統領は、アルジェリア議会での演説で、132年間にわたる植民地主義は「極めて不正義で野蛮」な制度だと位置づけ、暴力、不正義、虐殺、拷問についての真実を認識する義務があり、全ての記憶を尊重すると述べた。一方、その前日の公式記者会見では、ある記者より「過去の問題について悔恨の意を表したり、謝罪をするのか」と質問されたのに対し、 同大統領は、 「過去や植民地主義、 戦争や悲劇についての真実を語る」と述べつつ、謝罪や悔恨の意図はないことを暗に示した)。現在の価値基準に照らせば、植民地主義が不適切な政策であったと認めつつも、旧宗主国側が一貫して謝罪に消極的なのは、当時は合法かつ正当な施策として行ってきたとの考え方に加え、謝罪は容易に責任問題としての賠償に結びつきやすいとの側面も考えられる。
他の植民地と異なり、仏はアルジェリアを自国の県として併合し、農地の払い下げ等を通じて多くの国民が移住(植民)し、数世代にわたって居住した。 しかし、 「原住民」 との経済・社会的格差は大きく、 第二次大戦中に独立運動が開始され、50年代半ばにはテロを用いた独立闘争とそれに対する激しい弾圧・軍事行動の応酬となった。ド・ゴール大統領は交渉を通じて独立容認に動いたが、すでに数世代にわたり植民していたアルジェリアのフランス人や仏軍の中で断固としてアルジェリアを仏国にとどめておくべきとの強硬派によって秘密武装結社が組織され、軍事クーデターまで企てられた。アルジェリアのフランス人は秘密結社による武力による独立運動阻止を支持したが、仏本国ではテロの応酬に終止符をうつためアルジェリアを手放すべきとの意見が多数を占めるなど、仏国民の世論が二分された。秘密結社はアルジェリアのみならず欧州各地でテロ活動を行い、 現地では仏国民同士の戦争の様相を呈した。さらに、アルジェリアの仏正規軍は「アルキ(haruki) 」)と呼ばれる現地人の補充兵を雇用したため、彼らは、独立闘争を進める団体と戦うことになり、独立後アルジェリア人に「裏切り者」として迫害された。仏・アルジェリア双方において、多くの人々が多様な形で犠牲になった上、同国民同士の戦いの要素もあって、あの戦いがどのような意味を持つのかについて統一的な見解が成り立ちえない、深い傷を残した。そのため、仏政府は当初忘却政策をとり、家や財産を失い、見捨てられたと感じる約100万人もの「引揚者」や、「裏切り者」 扱いされたハルキの困難な記憶は抑圧されていた。 しかし、彼らの苦難や犠牲を認知してほしいとの要求は消えることはなかった。1995年にシラク大統領がナチ占領下でのユダヤ人大量検挙にフランス人が加担したことを公式に認めて記憶する方針を表明したことを契機に、アルジェリアでの拷問や抑圧を不問に付すのはダブルスタンダードとの批判が生じた。 これを契機に、 1999年には、それまで「秩序維持作戦」と通称されてきた戦争を、正式に「アルジェリア戦争」と呼称するための法律が制定された。 そして、 この戦争に関する多様な記憶を有する集団が、自らの記憶を単に個人的記憶ではなく、歴史の中に位置づけたいという思いが強まっていった。その1つが、植民地時代には悪いことのみではなく、良いことも成し遂げたという引揚者の思いであり、2005年の引揚者感謝法第4条第二項において、 「学校の教科は、 ・・特に北アフリカにおけるフランスの存在の肯定的役割を特に認め・・」るという形で反映された。これに対してアルジェリア大統領が激しく反発し、また、常日頃から社会的格差などに不満を有していた北アフリカからの移民の若者が暴動を起こして社会不安につながった。さらに、ピエール・ノラなど著名な知識人が歴史に政治を持ち込むことに反対するアピールを出した。 最終的にシラク大統領は、 大統領令によって同条を廃止したが、 この事例は、植民地時代及び独立戦争に関わる経験と記憶が、一国内においても集団によって大きく異なることが、和解を妨げ、対立を深める要因にさえなることを如実に示しているといえる。


◆「戦略なき朝鮮統治――フランスのアルジェリア支配との比較から」(筑波大学教授 青柳悦子)

……20 世紀に入るとムスリムの状況に変化が起き始める。エリート層のなかにはフランス学校で学ぶことを自ら目指す若者が現れ、フランスで教育を受けたこうした進歩派指導層が本国とのつながりを強めることで、コロンたちとの不平等を解消しようとする傾向が強まっていく。ムスリム側から兵役制度が求められ、 第一次世界大戦では実際にフランスはアルジェリア原住民徴兵により 17 万人の軍人 (うち 8 万人は志願兵)を得た。ジョルジュ・クレマンソー首相はこうしたアルジェリア原住民の貢献を高く評価し、原住民の権利、とくに選挙権の拡大に努めようとした。人口拡大と教育の欠如、高い失業率と貧困といった根源的な問題が深刻化する一方で 1914 年から54 年までに、200 万人のアルジェリア原住民がフランス本国に軍人または労働者として滞在した。高度に発展した社会を直接に経験した多くの民衆を通じて、アルジェリアのムスリムたちは、自分たちの正当な権利はどこにあるかを迷いなく見定めることになる。
アルジェリア戦争のあいだに、 200 万人を超えるフランス人兵士がアルジェリアへ動員さ れることになった。アルジェリア原住民側の犠牲者は数十万人に上るとされる。

…………

とはいえ、仏人の、とくに左翼インテリのあいだでは、次のようなイスラム系住民、すなわちマグリブ人やアラブ人に対する同情を示すという状況もあることは、ここでさらに追記しておこう。



◆「フランスにおける反人種差別主義的ディスクールの危機」(丸岡高弘)より

この論文は、2005年パリ郊外暴動事件(WIKIPEDIA 参照)をめぐるユダヤ系哲学者フィンケルクロートAlain Finkielkrautーー彼は当時メディアに頻繁に登場するマスコミの寵児だったらしいが、2014年アカデミー・フランセーズの会員に選出されているーーのコメント(イスラエルの新聞「ハーレッツ」におけるインタヴュー)が一週間ほど後、「ル・モンド」に紹介・要約されて「人種的敵意を煽り、挑発する行為」として物議を醸したことにまずはかかわる。

スキャンダルになった理由はいくつかあるが、ここではその「反人種差別主義批判」だけに限る。

フィンケルクロートの反レイシズム批判とは次のような見解である。

私は今日、“人種差別にたいする戦い”というこの高貴な思想が徐々に極めてインチキなイデオロギーに変質しつつあると思います。こうした反人種差別主義は、二十世紀における共産主義とおなじような役割を二一世紀いはたすことになるでしょう。つまりそれは暴力の源となるのです。今日、ユダヤ人は反人種差別の名のもとに批判されています。シオニズム=人種差別主義という分離壁が建てられてしまっているのです。

このフィンケルクロートの文を引用して、著者の丸岡氏は次ぎのように書いている。

つまり、パレスチナ人にたいする過度の同情と共感がフランスのイスラム系住民に拡大され、彼等は人種差別主義の犠牲者と見なされる。迫害者はもちろんイスラエルであり、それにたいする敵意がフランスのユダヤ人にも延長され、反ユダヤ主義が横行する。また欧米はその植民地主義的過去と現代におけるマイノリティーの社会統合の失敗、さらにはパレスチナ紛争における曖昧な態度のために、世界のすべての悪の根源とみなされ、イスラム系住民の憎悪の対象となる。こうしたイスラム系住民のユダヤ人やフランス社会への憎悪を、反人種差別主義が煽っているとフィンケルクロートは考えるのである。



2015年1月25日日曜日

仏テロ事件後のラ・マルセイエーズによる「情緒の昂揚」

《だれも、ひとりひとりみると/かなり賢く、ものわかりがよい/だが、一緒になると/すぐ、馬鹿になってしまう》(シラー フロイト『集団心理学と自我の分析』より孫引き)
…………

まずラカンが「ヒトラー大躍進への序文」と評したフロイトの『集団心理学と自我の分析』から始める。

偶然に吹き寄せられたような人間の群れの仲間が、心理学的な意味での集団に類したものを形成するには、これらの個人たちが相互に何か共通なもの、つまりある一つの対象にたいする共通の関心とか、ある状況の中で、おなじ方向にむかう感情とか、そして(その結果と私はいいたいが)相互に影響し合うある程度の能力とか、これらのものを共有していることが条件として必要になる。この共通性…が高ければ高いほどそれだけ容易に、個人のあいだから心理学的集団がつくられ、「集団精神」の現れはますます際立ってくる。

さて、集団形成のもっとも顕著で同時にもっとも重要な現象は、個々の成員によびおこされる情緒の昂揚または強化ということである。マックドゥガルによると、人間の情緒は、集団の場合には他の条件のもとではほとんど達することができないほどの高さに昂揚するとみなしてよく、しかも集団に参加した者にとっては、これほど無制限に情熱に身をまかせ、集団に入りこんで、個人的な制限の感じを失うことは快い感覚なのである。このようにして、個人が一体になって集団の中に没入することを、マックドゥガルは、彼が名づけた一つの原理、すなわち「原始的共感反応による情緒の直接的感応の原理」から説明している。つまり、われわれには既知の感情の伝染によってそれを説明するのである。つまりそれはこうである。ある情緒状態の徴候の知覚は、それを知覚した者にも自動的に同一の情緒をよび起す。しかもこの自動的な強迫は多数の人々におなじ情緒を同時にみとめられるときにいっそう強いものになる。そのとき、個人は批判をやめておなじ情緒にまきこまれる。だがそのさい、個人は彼にはたらきかけた他人の興奮を高め、このようにして個人の情緒の備給は相互の感応によって増大することになる。そこに、ある強迫のごときものが、つまり、他人とおなじことをし、多数の人と一致していたいという強迫めいたものが作用しているのはまぎれもない。しかも感情の興奮が粗野で単純であればあるほど、それはこのようにして集団の中にひろがる見込みが大きい。

情緒の昂揚するこのメカニズムは、さらに集団から発する他の二、三の影響によって促進されている。集団は無際限の力と打ち克ちがたい危険の印象を個人にあたえる。集団は、一瞬のあいだは人間社会全体を代表するのであって、その社会こそは人々がその刑罰をおそれ、そのために自分を抑制しているところの、権威を担っているのである。それにさからうことは明らかに危険である。周囲の者の範例にしたがってふるまい、場合によっては、「狼どもと一緒に吠えて」いれば安全なわけである。この新しい権威に服従すれば、彼の以前の「良心」を眠らせてもよいし、抑制を解いて手に入れる快感の誘惑に身をまかせてもよいことになる。(フロイト『集団心理学と自我の分析』フロイト著作集6 人文書院PP.206-207

※参照:優しい人たちによる魔女狩り

…………


フランスで17人が死亡した一連のテロ事件を受けて、犠牲者を追悼し、テロに抗議する大規模なデモ行進がパリで行われました。デモには160万人以上が参加し、人種や宗教の違いをこえて団結してテロに立ち向かう決意を改めて示しました。

デモは11日午後(日本時間11日午後11時すぎ)から、襲撃されたパリの新聞社の本社に近い共和国広場で始まりました。

デモには、犠牲者の家族や襲撃を受けた新聞社の社員をはじめ、さまざまな政党や人種、宗教の人々が参加し、3キロの道のりを歩きました。

また、フランスのオランド大統領と共に40を超える国や機関の首脳らも参加し、ドイツのメルケル首相やイギリスのキャメロン首相のほか、イスラム諸国からヨルダンのアブドラ国王も参加しました。

また、ふだんは対立するイスラエルのネタニヤフ首相とパレスチナ暫定自治政府のアッバス議長の姿も見られました。

現場付近の広場や道路は大勢の人々で埋め尽くされて一時、身動きがとれないほどの状態となりましたが、参加した人々は、襲撃された新聞社への連帯を示す「私はシャルリ」と書かれたプラカードを掲げたり、フランス国歌を大きな声で合唱しながら歩きました。

撃された新聞社への連帯を示す「私はシャルリ」と書かれたプラカードを掲げたり、フランス国歌を大きな声で合唱しながら歩きました。


◆仏紙襲撃事件は、強烈な普遍主義同士の衝突(鹿島茂氏インタビュー記事の前段より)

1月7日、フランスの風刺新聞「シャルリ・エブド」がイスラムの預言者ムハンマドの風刺画を掲載したことを理由にアルジェリア移民の2世の兄弟が編集部を襲撃。連続テロ事件に発展した。11日にはテロに抗議し、「表現の自由」を掲げるデモ行進にフランス全土で370万人が集結。EU(欧州連合)各国首脳らも参加した。13日にはフランスの国会で、議員達がフランス国家ラ・マルセイエーズを斉唱し、バルス首相が「テロリズム、イスラム過激派との戦争に入った」と宣言。シャルリエブド紙はその後、預言者ムハンマドの風刺画をまたも掲載。今度は、イスラム社会でこれに反発するデモや抗議集会が広がっている。

フランス文学者の鹿島茂氏は普遍主義同士の衝突と言っているが、それはこの際無視することにしよう。そもそも、わたくしのようなひねくれた精神は、仏人の熱狂をみると、ムハンマドへの狂信と言論の自由への狂信といったいどこが違うのだろう、と思わず言いたくなってしまう。そしてさらにいえば本当に「言論の自由」という理念が脅かされたから、あのアルジェリア移民兄弟のテロ行為にいきり立っているのか。恐怖や憎悪からではないのか。

特定の個人や制度にたいする憎悪は、それらにたいする積極的な依存と同様に、多くの人々を一体化させるように作用するだろうし、類似した感情的結合を呼び起こすであろう。(フロイト『集団心理学と自我の分析』 p219)

ラカンの娘婿でもあるジャック=アラン・ミレールは次ぎのように書いている(12.01.2015 JACQUES-ALAIN MILLER ON THE CHARLIE HEBDO ATTACK)。

・誰もが、性急かつ臆病に、己れが潜在的なターゲットであると知りかつ感じている。

・われわれの誰もが突然に殺害の脅迫のもとにいる。

彼は、ほかにもテルアビブの友人の精神分析家Susannaの言葉を引用している。

すべての指導者が、一緒になって並び立ち、腕を組んで歩き、どんなゴールの不在のもとに一体化しているのを見ると、みじめさを感じてしまう。私は思うのだが、彼らはすべての希望を失っただけではなく、さらに悪いことに、絶望さえも失っているのだ。


さてすこし前に戻ろう。普遍主義同士の衝突とする鹿島茂氏の発言に異和があるにもかかわらず、このインタビュー記事は、わたくしのような仏国や西欧の事情に疎いものには、その記事の細部がとても勉強になる。ツイッターなどで流通しているどこかの馬の骨のような「評論家」たちの戯言よりは格段にましである。いまいくらか引用しておこう。

フランスにいるアルジェリア人の問題と、ドイツにいるトルコ人の問題はまったく異なる。ドイツ人は血統主義なので、トルコ人は永遠にドイツ人にはなれない。しかし、トルコ 流にやっていてもかまわない。フランスは、フランス人になることを認める代わりに、殻の中に閉じられたようなイスラムの家族は解体されなければならないし、宗教は前面にだしてはいけない。どちらがよいかは一概に言えない。

移民も 3 代目になれば完全にフランス人になれる。マグレブ出身の 3 世、4 世などは相当 融合が進んでいる。フランスは融合婚がかなり進んでいるし。デモ行進に参加していたイ スラムの人たちもいたでしょう。
――厳しい状況に置かれているイスラム系移民が多い中で、「シャルリ・エブド」の表現は えげつなく、「表現の自由」で押し通してよいのか、とも思います。また、執拗に何度も描 いています。

何度も描いているのは、むしろ宗教などは尊重しないことで、「一にして不可分」な共和国 が成立すると考えているからでしょう。 ただし、「表現の自由」ということで、何でも許される訳ではない。1990 年に成立した「ゲソ ー法」(Loi Gayssot)では表現の自由に制限を加えている。共産党の大物議員のジャン・ クロード・ゲソーさんという人が提案したものです。人道に対する罪の問題に対応したもの。 ホロコーストがあったことの否認、およびホロコーストの肯定などの「反ユダヤ主義」、「人種 主義」、「テロリズムの礼讃」の 3 つを厳禁としている。これに違反したら捕まる。実際に、今 回の連続テロ事件に関連しては、ユダヤ系の商店を襲ったアメディ・クリバリ容疑者を擁護 するコメントをした反ユダヤ主義のコメディアンのデュドネが身柄を拘束されている。

しかし、この 3 つに違反しなければ、何を書いてもよく、その自由度は非常に大きなもので す。フランスではバルザックの時代から百家争鳴、多党分立でそれぞれに機関誌があっ て勝手なことを言っている。

自らもジャーナリズムの標的にされたバルザックが、『ジャーナリストの生理学』で、「ジャー ナリズムの息の根を止めるのは不可能ではない。一民族を亡ぼす時と同様、自由を与え さえすればよい」と書いています。逆説的ですが、弾圧を加えたら、かえって反権力でまと まってしまうが、自由にすれば、大混乱するので王様は安泰ということ。

自由なジャーナリズムを許してきたフランスでは誹謗中傷も多く、それに対する唯一の解 決策は決闘だった。法律で決闘を禁じられてからも第一次世界対戦のころまでやってい ました。申し込まれた方は、剣かピストルか、武器を選ぶことができる。だから、ジャーナリ ストになったら射撃かフェンシングを習う。 その伝統で、ジャーナリストって、書きたいこと書いてもいいけれど、命を失っても仕方が ないよという不文律があるんです。そう覚悟をして書くものだという。だから、シャルリエブド で殺された人たちも殉職者ということになる。フランスの普遍主義原理とイスラムの普遍主 義原理の正面衝突です。

いずれにせよ狂信は、それが神であれ、理念であれ、冒頭に引用したフロイトにあるように、《彼の以前の「良心」を眠らせてもよいし、抑制を解いて手に入れる快感の誘惑に身をまかせてもよい》になってしまう。フランスの以前の「良心」とはーー眠らせてはいけない良心とはーー、まずはイスラムに関するなら、アルジェリア戦争の暴虐であり、とりわけ当時の「拷問」であろう。

アルジェリアで解放戦線に対する拷問のプロだったル・ペンのような人物が、フランス本国で国民戦線のリーダーになり、イスラムの移民がわれわれフランス人から職を奪っていると言って、ナショナリズムを煽っている。(柄谷行人―浅田彰対談より(初出 『SAPIO』 1993.6.10 『「歴史の終わり」と世紀末の世界』所収)

ここで書かれているル・ペンは、父親のほうのル・ペンだが、鹿島茂氏もさすがに、娘のほうのル・ペンの名を出して懸念を表明している。

フランスは成文法の国であるから、ゲソー法のように、「反イスラム主義的言動を人 道に対する罪として禁ずる」動議が出て成文化されることが考えられます。今、我々は反 テロリズムであって、反イスラムではない、といっている。だが、今後、「反イスラム」を煽るよ うな言説が増えてくる可能性はある。排外主義的な主張をする人は増えていて、国民戦 線のマリー・ルペンはその代表。いま、いちばん危険なのは、次の選挙で国民戦線がかな り票を伸ばしそうなことだ。(鹿島茂)

狂信・熱狂なるものは、次のような現象を生み出す、それは他者そのものだけではなく、理念の偽善をもみえなくする。

誤った崇拝は理想化をうむ。それは他者の弱さを見えなくする──あるいは、それはむしろ、自己のいだく幻影を投影するスクリーンとして他者を利用し、他者そのものを見えなくする。(ジジェク『信じるということ』)

最後に、鹿島茂氏も別の文脈で引用しているエマニュエル・トッドのテロ事件後の電話インタビュー記事を掲げておこう(読売新聞2015.1.12)。

今回の事態にフランスはひどく動揺し、極めて感情的になっている。社会のあり方について考えを巡らす余裕もない。

私も一連の事件に驚がくし、実行犯らの排除にひと安心した。私はテロを断じて正当化しない。

だが、フランスが今回の事態に対処したいのであれば、冷静になって社会の構造的問題を直視すべきだ。北アフリカ系移民の2世、3世の多くが社会に絶望し、野獣と化すのはなぜなのか。

野獣は近年、増殖している。2012年、仏南西部でユダヤ人学校を襲撃し、14年はブリュッセルのユダヤ博物館で銃撃事件を起こした。

シリアでのイスラム過激派による「聖戦」に加わろうとする若者は数千人いる。移民の多い大都市郊外では反ユダヤ主義が広がっている。

背景にあるのは、経済が長期低迷し、若者の多くが職に就けないことだ。中でも移民の子供たちが最大の打撃を被る。さらに、日常的に差別され、ヘイトスピーチにされされる。

「文化人」らが移民の文化そのものを邪悪だと非難する。

移民の若者の多くは人生に意味を見いだせず、将来の展望も描けず、一部は道を誤って犯罪に手を染める。収監された刑務所で受刑者たちとの接触を通じて過激派に転じる。社会の力学が否定的に働いている。

米同時テロと比較する向きもあるが、米テロの実行犯はイスラム世界に帰属していたのに対し、フランスの実行犯はアル・カイーダ系や「イスラム国」からの資金提供があったかもしれないが、フランスで生まれ、育った。

無論、フランス外交も影響していよう。フランスは中東で戦争状態にある。オランド大統領はイラクに爆撃機を出動させ、過激派を空爆している。ただ、国民はそれを意識していない。

真の問題はフランスが文化道義的危機に陥っていることだ。誰も何も信じていない。人々は孤立している。社会に絶望する移民の若者がイスラムに回帰するのは、何かにすがろうとする試みだ。

私も言論の自由が民主主義の柱だと考える。だが、ムハンマドやイエスを愚弄し続ける「シャルリー・エブド」のあり方は、不信の時代では、有効ではないと思う。移民の若者がかろうじて手にしたささやかなものに唾を吐きかけるような行為だ。

ところがフランスは今、誰もが「私はシャルリーだ」と名乗り、犠牲者たちと共にある。

私は感情に流されて、理性を失いたくない。今、フランスで発言すれば、「テロリストにくみする」と受けとめられ、袋だたきに遭うだろう。だからフランスでは取材に応じていない。独りぼっちの気分だ。