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2022年7月5日火曜日

私はプーチンの目をじっと見つめた。私はそこに彼の魂を見た。私は彼と共に仕事がしたいと思った

 

山麓の家にアメリカ人の老詩人とふたりで暮らしている@taiyonoibikiさんによるスコット・リッター2022/06/18の第三弾。

第一弾は「ウクライナとNATOは消えてなくなるだろう

第二弾は「NATOはこの8年、ロシア人を殺させるために宇国のネオナチを訓練した



Ukraine War Update and Analysis w/Scott Ritter. 2022/06/18

The Sun Snores Press @taiyonoibiki 2022/07/04


ロシア介入4ヶ月後のウクライナ再評価/スコット・リッター


シリーズ⑶なぜ、アメリカはかくもプーチンを嫌うのか。

今年2022年2月24日、ロシアは

❶ウクライナの非ナチス化

❷ウクライナの非NATO化

という二つの明確な目的を挙げてウクライナに軍事介入しました。

あれから4ヶ月、今、ウクライナはどうなっているのでしょうか?


スコット・リッターが下した最新の「ロシア特別軍事作戦ウクライナ4ヶ月評価」をダニー・ハイフォン(The Left Lens)インタビューから6回シリーズでお送りしています。


Ukraine War Update and Analysis w/Scott Ritterから (長大なのでスコットの解答部分のみ全訳)

①不幸にしてアメリカが最も得意とすることの一つは、自分が行った悪行の数々をそのまま他者に投影して憚らないことです。覚えていますか?つい昨年のことですが、アフガニスタンにいるアメリカ人を殺した者にロシアが懸賞金を出すという話が広まりました。


②アメリカ人は「おーまいがっ!プーチンは懸賞金を出してアフガニスタン人にアメリカ人を殺させているぞ!絶対に許せない」と言って怒り狂いました。もちろん、それはいつものことですが、やっぱり根も葉もない嘘でした。


③さて、その噂は、アメリカ自身がNATOを通じてウクライナで行ってきたことの投影だったのです。というのはアメリカは、ロシア人を殺すという唯一の目的のために年間4大隊ものウクライナ軍を軍事訓練して、8年間で40の大隊の軍事訓練を完了していました。


④プーチンの懸賞金という話は嘘ですが、こちらは本当の話です。アメリカは、実際にロシア人を殺させることを唯一の目的としてウクライナ軍40大隊を軍事訓練したのです。そしてアメリカに訓練されたウクライナ軍は実際に何千、何万というロシア人を殺しました。


⑤いいですか。アメリカ人はアフガニスタンでおそらくタリバンの自爆テロか車両爆破テロで殺された二、三人のアメリカ兵の事で怒っているのです。アメリカ兵の死はアメリカがアフガニスタンを侵略したからであって、プーチンとは何の関係もありません。


⑥もちろん私は二、三人なら構わないと言っているのではありません。一人のアメリカ兵の命も大切でしょう。しかし、私たちの方はウクライナ軍を軍事訓練して兵器を支援して実際に数千、数万のロシア人を殺させているのです。


⑦それにも関わらず、アメリカ自身の侵略が原因でアフガニスタンの反撃を受けて殺された二、三名のアメリカ兵の死に怒り狂ったのに、わたしたちが実際にウクライナ軍を訓練士兵器を支援したことで殺された数千・数万のロシア人の死について謝罪するのを聞いたことがありません。


⑧謝罪や反省どころか言及するのさえを聞いたことがありません。2016年に始まっていまだに続いているロシア・ゲート・スキャンダルを覚えていますか?アメリカ人は「おーまいがっ!ロシアがアメリカ大統領選に不正に介入したから、ヒラリーがトランプに負けたぞ!」と言って怒りました。


⑨一方、ジョー・バイデンがワルシャワでうっかり舌を滑らせて「プーチンは辞めなければならない」と言いました。それはロシアへの介入ではないでしょうか?バイデンは「違う」と言いましたが、それははっきりと内政干渉です。バイデン政権は多くの意味でオバマ政権を延長なのです。


⑩ここでまた少し歴史のおさらいをしましょう。かつてロシアがソビエトだった頃、私たちはそれを悪の帝国と呼びました。そしてゴルバチョフがペレストロイカを始めた時、私たちはそれを歓迎し、「私たちは友だちになった」と言いました。


⑪しかし、ソビエトが崩壊し始めると、友だちとして助けるべきことをせず、友人の死に拍車をかけることばかりしました。そして友達が死ぬと、その墓の上に登って大喜びで踊りました。


⑫1990年台の10年間にアメリカがロシアに対してしたことは、私はその醜い言葉が嫌いですが、文字通りロシアをレイプしたことでした。経済的に政治的にロシアをレイプしました。私たちはロシアの政治史上最悪の人物の一人をロシアのトップに据えました。


⑬非常に弱い、無価値な、腐敗した、アル中のボリス・エリツィンという男でした。2016年アメリカ大統領選の時、私たちは「ロシアは12万ドル分のフェイス・ブックを買収することで、選挙に介入した。それで全ての結果が変わった」と言って騒ぎました。


⑭たった12万ドルでアメリカの大統領選の結果を変えたと言うのですか?いいでしょう。しかし、1996年のタイム・マガジンの表紙が次の自慢のタイトル「アメリカはロシアの占拠を買収した!」で踊りあがっています。その時、ボリス・エリツィンが支持されていないことは誰の目にも明らかでした。


⑮彼のことが好きな者などいなかったので、彼がいなくなるのは時間の問題でした。しかし、私たちは莫大な資金を使ってその選挙に介入したのです。


⑯私たちは数千人のキャンペーン・アドバイザーを導入して大規模なキャンペーンを展開し、多くの責任ある地位にいる多数のロシア人を買収し、有効な票を焼却し、徹底的に数字を改竄して、私たちのゴールデン・ボーイのボリス・エリツィンの再選を確保し、彼が権力に留まっていられるようにしました。


⑰なぜでしょうか?いわゆるロシアのオリガルヒたちが自由にロシアの国家財産を盗み、私物化し、西側に横流しするのを助けるためでした。彼らは文字通りの泥棒男爵たちでした。それは西側の支配者たちにとっても願ったり叶ったりの事だったので、私たちはそれが永遠に続くことを夢見たのです。


⑱そのために必要なことはロシアのトップがエリツィンのように無能であること、ロシアが弱い国家であり続けることでした。1999年にビル・クリントンとボリス・エリツィンの間で交わされた電話会話の記録があります。そこで二つの議題が話し合われました。その一つがNATO拡大です。


⑲エリツィンはNATOを拡大させないでくれと何度も何度も頭を下げて頼みました。とんでも無いことになるのでやめてくれと頼みましたが、クリントンはただ嘲笑うだけでした。もう一つがNATOのコソボ(セルビア)空爆の件でした。セルビアはロシアの重要な同盟国でした。


⑳だから、エリツィンは空爆を止めるように嘆願したのです。しかし、クリントンは取り合わず、コソボ空爆を続けさせました。その時、エリツィンの執務室にいて二人の電話のやり取りにじっと耳を傾けていた一人の若者がいました。彼の名はウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチン。


㉑そしてその年、ついにエリツィンは辞任し、その大統領後継としてその若者を指名するのです。それが、ロシア政治家中最悪の政治家と言われたボリス・エリツィンの祖国ロシアに対して行った唯一の、しかし最高の貢献であったことを知る者はその時まだ誰もいませんでした。


㉒ウラジミール・プーチンについて確かに言えることは、彼はボリス・エリツィンではなかったということです。彼は腐敗していないし、アル中でもありません。そしてロシアを信じていました。プーチンがロシアの新大統領に就任するや否やワシントン全体に言いようのない不安が走りました。


㉓プーチンが彼の国に望んでいることは強いロシア、豊かなロシア、幸せなロシア、そこに住む人々が誇りに感じられるロシアだということをホワイトハウスは直感したからでした。


㉔ワシントンがロシアに望んでいたものは、それの反対物、つまり弱いロシア、貧しいロシア、不幸なロシア、そこに住む人々が自信を喪失するロシアだったからです。覚えていますか?ジョージ・W・ブッシュが初めてプーチンにあった時に述べた感想を。


㉕「私は彼の目をじっと見つめた。私はそこに彼の魂を見た。私は彼と共に仕事がしたいと思った」と感想を述べました。実に見事な、そしてアメリカ合衆国大統領が心ならずもプーチンに下した唯一適切な人物評価だったと思います。


㉖ジョージ・W・ブッシュはその時図らずもプーチンが彼の国ロシアを愛し、それに正当に値する国に引き上げることを目指していることを見てとったのでした。しかし、その後、アメリカがやったことはと言うと、なんでしょうか?


㉗プーチンは軍縮を提案してきました。お互い無益な軍拡競争はやめようと言ってきたのです。そして具体的な条約、例えばABM(弾道弾迎撃ミサイル制限条約)に調印する事ができました。またINF(弾道弾迎撃ミサイル制限条約)に調印することができました。ところが私たちはそのABM条約から脱退したのです。


㉘ロシアを弱い国と見て、俺たちの好きにやらせてもらうぜというわけです。その時プーチンはただ黙って聞いていました。しかし2007年、ついにプーチンはミュンヘンの国連安全保障会議の席であの政治史上最も偉大な、歴史的演説を行うのです。私は全ての人にその演説を聞く事を絶対にお勧めしたいです。


Putin、Munich、2007でググってみてください。ところが演説以上に素晴らしいのが、演説が終わった後の彼の質疑応答です。メッセージの一つ一つ明確に西側指導者の一人一人の心に刻みつけられました。疑いなく、かつて耳にした最高の政治演説の一つです。


㉚そこに集まっていたすべての指導者に中で彼が最高の位置にあることを全ての者に告げていました。演説の骨子の一つが「世界平和のためのNATO非拡大とヨーロッパの安全保障に枠組み」でした。ところがそれから一年も立たないうちにNATOがしたことは、ウクライナとジョージアのNATO参加だったのです。


㉛それについて、2009年2月、当時アメリカ合衆国ロシア大使だったウィリアム・バーンズがメモランダムに書いています。


㉜「Het означать нет! ダメなものはダメ!ロシアは明確に私たちに赤い線(越えてはならない線)を示したのだ。もし私たちがそれを無視してNATOが拡大し続けたなら、戦争を始める以外ロシアに選択肢はなくなる事になる。その時、ウクライナはドンバスとクリミアを失う事になるだろう」これが2008年です。


㉝もう13年も前にバーンズが予想し、警告しているのです。しかし私たちはずっと昔からなるべき結果を知っていたのにそれを無視したのです。そしてバラク・オバマが大統領になります。オバマがホワイトハウス入りした時、彼のアドバイザーの一人にマイケル・マックフォールという男がいました。


㉞そして、すぐにその男が国家安全会議のロシア関係のトップに就任します。就任したマイケル・マックフォールが真っ先に提案したのが「リ・セット」でした。リ・セットが本当に意味するものは、つまりレジーム・チェンジです。彼の計画は次のようなものでした。


㉟ロシア憲法は大統領の3期連続再選を禁じている。そして実際に二期を終えたプーチンは大統領選に出馬せず、代わりに首相になりました。そしてプーチンに代わって大統領になった男がディミトリ・メディヴェーデフです。そこでマックフォールはオバマに言いました。


㊱「メディヴェーデフを偉大な指導者として持ち上げましょう。徹底的に彼をプロモートするのです。プーチンに対してしかった全ての支援を彼には惜しげなく行いましょう。結果としてプーチンの影は薄くなり、国民は彼を忘れます。私たちはメディヴェーデフを第二のボリス・エリツィンにするのです。」


㊲それがマイケル・マックフォールの計画でした。そしてそれは失敗に終わります。2011年、任期を終えたメディヴェーデフが首相になり、再びプーチンが大統領になりました。2011年3月、オバマ政権の副大統領ジョー・バイデンがロシアに飛びました。


㊳そして、モスクワで野党のリーダーたちに会ってこう言いました。「プーチンが大統領になることはロシアにとって非常に良くない。ロシアにとっても良くないし、プーチンにとっても良くない」と言いました。


㊴想像できますか?例えば、プーチンがワシントンにきて、「ジョー・バイデンが大統領になることはアメリカにとって非常に良くない。バイデンにとってもアメリカにとっても良くない」と言ったらどうなるかを?


㊵CNNやMNSBCやニューヨークタイムズが一斉にロシアがアメリカの選挙を干渉していると火を吹くでしょう。干渉の事実が全くないの時でさえロシア・ゲートが5年も6年も吹き荒れているこの国に来て、実際にプーチンがそんなことを言ったらそれこそ戦争だ!と大騒ぎになるでしょう。


㊶しかし、2011年、バイデンは実際にモスクワで野党のリーダーたちにそれを言ったのです。今、バイデン政権はいろいろな意味でオバマ政権の延長なのだということがよくわかるでしょう。しかし、プーチンはその時少しも騒がず、静かに立候補して大統領に再選されました。


㊷そこからアメリカの対ロシア政策が決定的に変わります。ソフトな戦略が失敗に終わったので、これからは徹底的にハードでいくというわけです。具体的には情け無用の経済制裁によってロシア経済を破壊することでした。ロシア経済を破壊し、国民の生活を破壊し、その責任をプーチンに追わせる。


㊸ロシア国民はプーチンを追放するだろう。そしてその後に第二のボリス・エリツィンを据えればいいという戦略です。


㊹ですから、現在のウクライナを考えるときに、その基本構造に一方でロシアがウクライナに介入しないで入られない状況を作りながら、実際にロシアがウクライナに介入したなら、それを口実にロシアに冷酷な経済制裁を課してロシア経済を破壊するという計画があるということを理解することが必要です。


㊺ですから、今起きている戦争にはウクライナは一切関わりがありません。全てはロシアのレジーム・チェンジであり、それ以外の何物でもありません。


㊻全ては❶ロシアを嫌が追うにもウクライナに介入させる❷それを口実に経済制裁を課し、ロシア経済を破壊する❸国民の不満をプーチンにぶつけて、レジーム・チェンジに導くの三段階です。しかし、プーチンはアメリカのどの政治家よりもずっと頭が良かった。


㊼2021年6月のジュネーブでプーチンに会ったバイデンは、プーチンの目を睨み付け「もし、ウクライナに介入したら、想像を絶するような経済制裁をするから覚悟しろ!」と言いました。本当にアメリカの大統領はこういうのが好きですね。プーチンは笑って「情報をありがとう」と言いました。


㊽そしてモスクワに戻ってみんなと相談し、それに備えました。現在、経済が滅茶苦茶になっているのはロシアでしょうか、私たちの方でしょうか?


㊾ソフトな戦略に続いてハードなレジーム・チェンジ計画も失敗し、プーチンは今まで無かったほど強く、ロシア経済は強く、ロシアの地政学的地位はかつてなかったほど強くなっています。そこで、最初に基本的な質問に答えます。


㊿ロシアを傷つける、プーチンを傷つける、それがアメリカが持つ唯一の対ロシア政策です。そこで私はアメリカの政治指導者にアドバイスしたいと思います。今、プーチンは60歳代後半です。いつまでも今までのようにはいかないでしょう。ですから、いつか彼が降板する日が来る事は間違いありません。


51. ですからプーチン下ろしなんかしなくてもいいのです。プーチンに代わってプーチンのような仕事ができる人はロシアにはいません。ではプーチンがいなくなったらロシアはどうなるのでしょうか?


52. 今、プーチンがやっていることは偉大な個人の指導者がいなくても自立して繁栄し続けることができるインスティチューショナルなシステムの構築です。今日も、彼はセントペテルスブルクで偉大な演説を行いました。「アメリカの一局支配の時代は終わった」という演説でした。


53. その時、アメリカはロシアの弱体化を狙うのではなく、インスティチューショナルに安定したロシアと協力し合って世界の安定と幸福のためには働きなさいということです。それがアメリカの安全保障にとって最善の政策となるでしょう。


54. ところが残念なことにホワイトハウスは過去20年間、ロシアの文化も歴史もロシア人についても何一つ知らず、ただひたすらロシアは悪の帝国だプーチンは邪悪だというphD論文ばかり書いてきた人々に占領されており、たくさんのアメリカ人がその中に丸め込まれているわけです。


(了)







わたしは君があらゆる悪をなしうることを信ずる。それゆえにわたしは君から善を期待するのだ[Alles Böse traue ich dir zu: darum will ich von dir das Gute. ](ニーチェ『ツァラトゥストラ第2部』「崇高な者たち」Von den Erhabenen )


ーー《至高善、この善の限界なき法、至高の法[le « Souverain Bien »…ce bien la loi sans limites, la loi souveraine]を基礎付けるものは、フロイトのモノ[das Ding ]であり、悪の問題 [le problème du mal ]である》(ラカン、セミネールⅦ「精神分析の倫理」1960、摘要)



ラカンはドイツ語のモノを欲動として示した[par le mot de das Ding, …Lacan indiquait la pulsion](J.-A. MILLER, L'Être et l'Un, 19/1/2011)


すべての欲動の力は力への意志であり、それ以外にどんな身体的力、力動的力、心的力もない[Daß alle treibende Kraft Wille zur Macht ist, das es keine physische, dynamische oder psychische Kraft außerdem giebt...](ニーチェ「力への意志」遺稿 Kapitel 4, Anfang 1888)

力への意志、すなわち欲動の飼い馴らされていない暴力[Willen zur Macht…der unbändigen Gewalt dieses Triebs](ニーチェ「私が古人に負うところのもの Was ich den Alten verdanke」1888年、摘要)


欲動の力が弱い現代的「末人」の時代ーー《自分自身を軽蔑できない、最も軽蔑すべき人間の時代が来る[ Es kommt die Weit des verächtlichsten Menschen, der sich selber nicht mehr verachten kann.]》ーーは至高悪もない代わりに至高善もないということでもある、ーー《私は善人は嫌ひだ。なぜなら善人は人を許し我を許し、なれあひで世を渡り、真実自我を見つめるといふ苦悩も孤独もないからである》(坂口安吾「蟹の泡」1946年)



…………………


ブッシュ(父)は、より厳密には2001 年に次のように言ったそうだ。


In 2001, President George Bush issued a truly astounding appraisal of Vladimir Putin, the former KGB agent who has run Russia since replacing Boris Yeltsin in 1999. "I looked the man in the eye. I found him to be very straightforward and trustworthy. We had a very good dialogue. I was able to get a sense of his soul; a man deeply committed to his country and the best interests of his country."


もちろん後の米国政界では悪評高い賛辞である。


ところで不思議なことにブッシュ(子)のこんな画像が出回っている。これはどういう具合だろう?