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2025年5月4日日曜日

米中戦争回避の数少ない可能性のひとつ

 

究極的な問いは、アメリカが覇権の崩壊、帝国の衰退ーー参照:トランプが陥っているのは「極めて伝統的なジレンマ」ーーを押し留めようとする必死の試みとしての米中戦争がどうなるかだよ、これも一週間ほど前に「飢えたアメリカ狼は止まらない」で示唆したが。


この戦争回避の数少ない可能性のひとつは、基軸通貨崩壊に伴うハイパーインフレが先に起こって戦争どころじゃなくなことではないかね。



グローバル市場経済にとっての真の危機とは、金融危機でもなければ、それにつづく恐慌でもない。ハイパー・インフレーションである。そして、グローバル市場経済におけるハイパー・インフレーションとは、もちろん、基軸通貨ドルの価値が暴落してしまう「ドル危機」のことである。それは、基軸通貨としてのドルを支えているあの「予想の無限の連鎖」の崩壊過程にほかならないのである。

さて、このドル危機がグローバル市場経済のなかでおこるとしたら、それは何らかの理由で、世界中のひとびとが基軸通貨として保有しているドルを過剰に感じることから出発するはずである。世界各地の外国為替市場でドルがほかのすべての通貨にたいして売られ、ドル価値の下落がはじまるのである。もちろん、このようなドル価値の下落が一時的でしかないという予想が支配しているかぎり、ドル危機にはいたらない。だが、もしどこかの時点で、ドル価値がさらに下落するという予想のほうが支配的になってしまうと、事態は後戻りできなくなる。ほかのひとびとがもはや将来ドルを基軸通貨として受け入れてはくれないのではないかという恐れが広がり、 その恐れによって、実際にひとびとはドルを基軸通貨として受け入れることを拒否するようになるのである。恐れが自己実現し、世界中のひとびとはドルから遁走しはじめる。それは、たんにドルが世界各地の外国為替市場で売り浴びせられるというだけではない。それまで基軸通貨として、タイからロシア、ロシアから韓国、韓国からブラジルへとアメリカの国外を回遊しつづけていた膨大な量のドルが、アメリカ国内に大挙して押し寄せ、アメリカ製品との交換を要求することになるはずである。ドル紙幣をたんなる紙くずにしてしまうよりは、なんでもよいからモノのかたちにしておいたほうがはるかにましだからである。アメリカ国内もたちまちハイパー・インフレーションに突入してしまうだろう。(その結果、ドルがほんとうにたんなる紙くずになってしまうかもしれない。)ドルを基軸通貨として支えていたあの「予想の無限の連鎖」が崩壊し、ドルはほかの通貨と同様の、たんなるアメリカの通貨、しかも大幅に価値を失った一国通貨になり下がってしまうのである。

もしこのような「ドル危機」が実際におこることになれば、そのとき、基軸通貨ドルの媒介によって可能となっていた貿易取り引きも金融取り引きも、その大部分が不可能となってしまうはずである。世界は細かく国ごとに分断されるか、いくつかのブロックに分割され、貿易も金融も各国同士のバーター取り引きかブロック内の取り引きに制限されてしまうことになる。ドル危機の行き着く先は、グローバル市場経済そのものの解体にほかならないのである。(岩井克人『二十一世紀の資本主義論』2000年)



ーー「予想の無限の連鎖」という表現が2度出てくるが、これは「ケインズの美人投票論」に起源がある[参照]。



基軸通貨についてはジェフリー・サックスも次のように語っている。


◼️ジェフリー・サックス 「ドルの最後の10年?中国の台頭とアメリカの没落」2025年4月19日

Jeffrey Sachs’ interview on The Jay Martin Show episode titled “The Dollar’s Final Decade? China’s Rise vs. America’s Fall”, [April 19, 2025].

純粋に経済的な側面から、残念なニュースをお伝えしよう。地政学的な問題はさておき、アメリカは世界の基軸通貨としての地位を維持することはできないだろう。私たちは多通貨世界へと移行しつつあり、そのために既に高い金利を支払っている。もはやドルで思う存分借り入れることはできず、他国ももはや容易な条件で多ー額の債務を保有するつもりはないためだ。


その理由は3つある。

1. 世界経済におけるアメリカのシェアは時間とともに低下しており、それを止めることはできない。そしてそれは、支配的な通貨としてのドルの重みが、根本的な支えをますます失っていくことを意味する。


2. アメリカは、ドルを制裁の執行手段として使うことで、他国の外貨準備を没収し、非常に愚かなにもドルの武器化をした。私たちは他国に対し、あの国とは取引するな、あの国とは取引するなと言う。戦争でもしない限り、どうやって取引を止めさせることができるのか?その答えは、銀行を脅すことだ。もし銀行が、私たちが禁止している貿易を促進するためにドル取引をするなら、その銀行を決済システムから切り離す。そうやってドルを使いまくれば、他の国もドルを使いたくないと言い始めるだろう。人民元で決済しよう。他の通貨で決済しよう、と。


3. 決済の文字どおりの仕組みは、アメリカからヨーロッパでの購入をしたり、ヨーロッパでインドの売り手から購入をしたりする場合、その仕組みは銀行を通じて行われる。銀行はSWIFTと呼ばれる決済システムを通じて決済を行う。このシステムは、現代のデジタル世界では時代遅れです。そのため、中央銀行のデジタル通貨と呼ばれるものに取って代わられようとしている。中央銀行が直接決済を行うようになるため、商業銀行が決済を行う必要がなくなる。


これら3つの理由から、ドルの独自の役割は、私の見解では基本的に消滅する運命にあると考えている。そして、この点では、私はマクロ経済学者の中では少し異端者です。主流派よりも早く、この変化が起こると考えている。10年後には、米ドルは今日のような役割を果たさなくなるだろう。だから、これは50年先の問題ではなく、10年先の問題だと考えている。

そうなると、まさにあなたが指摘したことになる。もうドルや低利の国債を発行して借りることはできない。国庫短期証券や国債にはすでに4.5%、5%の金利が支払われている。政府債務や国内・国外の公的債務のGDP比100%の負債をすでに抱えているからだ。つまり、借金の利息が100ベーシスポイント増えるごとに、赤字はGDPの1%ポイント増えることになる。大変なことだ。


私たちは今、一種の債務スパイラルに陥っている。残念ながら、トランプと共和党、そして民主党も同じことをやっている。彼らは、すでに負債が大量に流出しているときに、減税に心血を注いでいる。ワシントンでは誰も真剣に取り組んでいない。誰も本当の数字や予算を見ようとしない。彼らは富裕層の寄付者に目を向け、寄付者は減税しろと言う。そして彼らは、2年後には政権に就きたいので、皆さんの選挙資金が必要です」と言う。


だから基本的に、私たちは借金スパイラルに陥っている。同時に、あなたが言ったように、ドルの役割は縮小しつつあり、私たちはそれに反対するが、それを止めることはできない。

… let me give maybe an unfortunate piece of news in all of this, just in a purely economic side. Putting aside all the geopolitics we’re talking about, the United States will not remain the key currency of the world. We are moving to a multicurrency world, and we’re already paying higher interest rates because of that, because we can’t just borrow to our heart’s content in dollars anymore, because others are not going to hold all that debt anymore on easy terms.

And there are three reasons for that very quickly:


1. The share of the US in the world economy is diminishing over time and it can’t be stopped. And that means that the weight of the dollar as the dominant currency has less and less fundamental support.


2. The US very unwisely weaponized the dollar by confiscating the foreign exchange reserves of other countries by using the dollar as the sanctions enforcement vehicle. We tell other countries, you don’t trade with that one, you don’t trade with that one. And you say, well, how could we stop them from trading short of war? And the answer is we threaten their banks. If the banks engage in dollar transactions to facilitate the trade we’ve said is not allowed, we cut the banks out of the payment system. Well, if you use the dollar that way enough, other countries begin to say, hey, we don’t want to use the dollar. We’ll settle in renminbi, thank you. We’ll settle in some other currency.


3. The literal mechanics of how you make a settlement, how you make a payment from the United States to make a purchase in Europe, or even a purchase in Europe from a seller in India, the mechanics of that goes through banks. And the banks settle through a clearing system called SWIFT. This system is out of date, it’s outmoded in our modern digital world. And so it’s going to be replaced by what’s called central bank digital currencies, where basically central banks will just be settling directly. They won’t need the commercial banks to be the settlements mechanism.

So for these three reasons, the dollar’s unique role is basically doomed in my view. And I’m a little bit of an outlier among macroeconomists in this. I think it’s going to happen sooner than the mainstream. I think in 10 years the US dollar won’t play anywhere near the role that it plays today. So I don’t think this is a 50-year proposition. I think it’s a 10-year proposition.

Then it comes to exactly what you pointed to. We can’t just borrow by issuing dollars or low interest debt anymore. We’re paying already 4.5%, 5% interest rates on U.S. treasury bills and bonds. That’s costly because we’ve already run up a debt of 100% of GDP of the part of the public debt that’s owed to governments and to the public, domestic and foreign. That means that each percentage point or 100 basis points of interest on our debt means that the deficit rises by 1 percentage point of GDP. It’s a lot.

So we’re in a kind of debt spiral right now. And unfortunately Trump and the Republicans, and I’ll add in the Democrats too, because they do the same thing. They have their hearts set on tax cuts at a time when we’re hemorrhaging debt already. Nobody’s serious in Washington. Nobody looks at real numbers, no one looks at real budgets. They look to their donors and the donors say, cut my taxes. And they say, absolutely, we want to be in office two years from now. We need your campaign contributions.

So basically we’re in a debt spiral at the same time that the role of the dollar, like you said, is going to diminish and we’re going to rail against it, but we’re not going to stop that.



いわゆる脱ドル化であり、ハイパーインフレについては直接には触れておらず、「債務スパイラル」だが似たようなもんだ。


いずれにせよ、トランプ政権の関税政策の大失敗がひょっとして世界戦争を止める僥倖になりうるかもしれないよ。というか、それに期待するぐらいしか思いつかないね。前回引用した柄谷行人も現在その線で考えているんじゃないかと憶測したくなるな。



◼️マイケル・ハドソン「トランプによるメキシコそして全世界への国際収支戦争」 2025年1月24日

Trump's Balance-of-Payments War on Mexico, and the Whole World by Michael Hudson, 

January 24, 2025

鍵となるのは、ドナルド・トランプが脅す関税と貿易制裁が引き起こす国際収支の不均衡にある。ドナルド・トランプやその経済アドバイザーたちは、これらの政策が世界の通貨や貿易に与える影響を理解していないようだ。その結果、世界経済における金融的な破綻が避けられなくなる可能性が高い。

the key is to be found in the balance-of-payments effect of Trump’s threatened tariffs and trade sanctions. Neither Trump nor his economic advisors understand what damage their policy is threatening to cause by radically unbalancing the balance of payments and exchange rates throughout the world, making a financial rupture inevitable.




◼️ジェフリー・サックス「トランプが戦争にノーと言い、ネタニヤフがイエスと言ったら」2025年4月21日 Jeffrey Sachs: If Trump Says No to War and Netanyahu Says Yes, April 21, 2025.

この関税の大失敗によってアメリカが自ら引き起こした計り知れない自滅行為を、私たちは日々目の当たりにしている。金融市場では連日、血みどろの惨劇が繰り広げられている。金利の上昇、ドルの下落を見れば、トランプとそのちっぽけな、経済無知の戦術チームが犯した計り知れない自滅行為は明らかだ。

we see every day the incredible self harm that the United States has caused itself by this tariff fiasco. We see in the financial markets day after day a bloodbath. We see in the interest rates going up, we see in the fall of the dollar that what Trump and his tiny and economically illiterate tactics team have done is incredible self harm.



私は日本が米国の戦争の捨て駒にならないための神風として「財政大地震祈願」を何度か言ってきたがーー例えば「日本捨て駒化の必然と「神風」」ーーこれは事実上、ハイパーインフレ祈願であって、でもそれより前にアメリカがハイパーインフレになってボロボロになったら一石五鳥ぐらいにはなるよ。


どうだい、日本も米国債を売るという脅しをようやくするようになったようだし、それほどあり得ないシナリオじゃないぜ。



もちろん逆にアメリカが焦って、来年か再来年の予定だった中国との戦争をそうそうに始める可能性がなきにしもあらずだがね。

誤解のないように付け加えておくが、このアメリカという語で意味するのはサックスの定義におけるアメリカである。


◾️ジェフリー・サックス「米国覇権の死は平和をもたらすか、それとも第三次世界大戦をもたらすか?」

Jefferey Sachs: Will the Death of U.S. Hegemony Lead to Peace―Or World War III? in an interview with Mike Billington, May 15, 2024.

米国ーー私がこの語で意味するのは、軍産複合体、つまり安全保障機構・情報機関・国防総省・軍需企業、そして議会における彼らの支持者たちからなる少数の権力者たちだが、彼らが考える米国の覇権を維持したいと考えている。〔・・・〕構造的に、米国の安全保障体制は覇権を求めて戦っており、世界大戦を引き起こす可能性がある。

The U.S.—and by that I mean the military-industrial blob or complex, a small number of powerful people from the security establishment, the intelligence agencies, the Pentagon, the military companies, and their supporters in Congress—wants to preserve American hegemony as they see it.[...]Structurally, the U.S. security establishment is fighting for its hegemony and it could end up creating a world war.