先に『貨幣論』からいくらか引用したが、これが「天才」岩井克人の現在の立場である。
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資本主義は最悪のシステムだ。これまで存在した全てのシステムを除けば。これが私の立場(岩井克人「総会記念講演会、2023年05月30日) |
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ここで、私の立場をあえて申しますと、 資本主義というのは最低のシステムであると考えております。 最悪だと思っています。 ただし、これまで存在した全てのシステムを除いて、というのが私の立場です。 この言葉を聞いてピンと来た人がいるかもしれませんが、 これは、有名なウィンストン・チャーチルー第二次大戦の時のイギリスの首相が、 民主主義について語った言葉です。 彼は「民主主義は最悪のシステムである。 ただし、これまで存在した全てのシステムを除けば」 と言っていますが、それを、あえて民主主義と資本主義を替えて言っているだけです。岩井克人「会社の新しい形を求めてーーなぜミルトン・フリードマンは会社についてすべて間違えていたのか」2023年11月14日、PDF) |
この点では柄谷行人とは大きく異なる、《資本と国家の恐ろしさについては、誰も考えていませんね。ほとんどの人は、その範囲内でやっていくことしか考えていなくて、それを超えるなんていう発想は嫌いなのでしょう。》(私の謎 柄谷行人回想録㉖ 2025.05.13)。かつて《私にとってはどんなことでも話し得る友人》(柄谷行人&岩井克人対談集『終わりなき世界』1990)と言った柄谷だが、2000年前後から2人は離反したように見える。実際、29回続いた「柄谷行人回想録」では私の記憶する限り、一度も岩井克人に触れていない。
話を戻して、岩井克人を「天才」としたのは次の意味である。
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◼️「経済学の宇宙 岩井克人著」研究と半生を小説風に…書評・松井彰彦 2015年8月30日 |
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大学3年生のとき、著者の「不均衡動学」の講義を受講した。貨幣経済の不安定性を説く壮大な体系で、主流派の新古典派経済学との違いに驚いた。そして、このような一つの経済宇宙を築きあげた著者に畏怖の念を抱いた。本書は、主流派の中での成功を約束されながら、それを捨て、独自の道を歩んだ著者の研究と半生を本格的な小説のような筆致で綴つづった自伝である。〔・・・〕 1969年、学生運動で授業が休講となるなか、著者は日本を脱出するように米マサチューセッツ工科大学(MIT)に留学した。留学してからは一気に「頂点」に駆け上がる。1年次に書いた論文がいきなり一流の専門誌に掲載される。2年次にはノーベル経済学賞受賞者のサムエルソンの研究助手に採用され、講義の代講を務めるなど、破格の信認を得た。〔・・・〕 |
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たったの3年でPh.D.を取得し、ついでエール大学に助教授職を得た著者は「不均衡動学」の研究に邁進する。しかし、時は市場の力を信奉する合理的期待形成学派の全盛時代に入りつつあった。「神の見えざる手」に信を置かない著者の理論は、無神論の如ごとく、学界の潮流と真っ向からぶつかり、砕け散る。ノーベル経済学賞受賞者のトービンは著者に声をかける。「カツ、おまえの仕事は、時代を二十年先駆けている」 ぼくが「不均衡動学」の講義を聴いて感銘を受け、経済学を志したのは、その2年後だった。それから30年余り、日本はバブル期を経て、長期デフレに陥る。時代を先駆けた岩井理論が現代に蘇よみがえる予兆を感じつつ本書を閉じた。 |
……………
ここでは非基軸通貨国であるにも関わらず札束を刷り過ぎた日本財政の教訓のさわりとしていくつかの「復習」をしておこう。
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非基軸通貨国は、自国の生産に見合った額の自国通貨しか流通させることはできないのである。それ以上流通させても、インフレーションになるだけである。(岩井克人『二十一世紀の資本主義論』2000年) |
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ドルが「基軸通貨」であることは、だれもが知っている。だが、それがほんとうはどういう意味であるかは、経済学者ですら誤解していることが多い。 たとえば、世界中のひとびとがアメリカの製品を買うためやアメリカの債券や株式を買うためにドルを保有しているというだけでは、それがいくら大量であっても、ドルのことを基軸通貨とはよばない。それは、たんにドルが国際性をもった通貨であるというにすぎない。その意味でならば、円もユーロも、程度の差はあれ、国際性をもっている。 ドルが基軸通貨であるとは、タイの商社がロシアの企業からキャビアやウオッカを買うとき、その支払いが、バーツでもなくルーブルでもなく、ドル建てでおこなわれるということであり、ブラジルの企業やブラジルの政府が韓国の銀行から借り入れをするとき、借入金も返済金もともに、ウォンでもレアルでもなく、ドル建てでおこなわれるということなのである。すなわち、それは、世界中の貿易取り引き(通常の商品の売買)や金融取り引き(金融商品の売買)が、直接アメリカが介在していない場合においても、アメリカの通貨であるドルを使っておこなわれているということなのである。(岩井克人『二十一世紀の資本主義論』2000年) |
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自国通貨と基軸通貨というドルの二重性は、アメリカに相反する政策を求めることになる。言うまでもなく各国の中央銀行は、自国の景気に応じて通貨の発行量を増減させる。しかしアメリカの連邦準備制度理事会(FRB)は、国内だけでなく世界の経済情勢を踏まえて判断する必要がある点で、他国とは事情が異なる。 アメリカ国内の景気は過熱気味だが、世界的には不況が続いている状況を想定しよう。国内をみれば抑制的な通貨供給が求められるが、世界の景気のためには拡張的な通貨供給が要請され、そのバランスをとる必要がある。 基軸通貨の供給者であるFRBは、国内の中央銀行であると同時に、世界の中央銀行としての役割を果たす義務も負うのである。 言うまでもなく、 アメリカは基軸通貨のドルを持つことで多大な恩恵を受けている。FRBが発行するドルの七割近くは海外で流通するので、その額だけ外国製品を無料で輸入できることになる。 これが基軸通貨発行者のシニョリッジ(通貨発行益) である。 また、金融取引を為替リスクのないドル建てで行えるメリットは大きく、それゆえアメリカは国際金融の中心として多大な利益を得ている。 一方で、国際経済の安定のために自国の経済政策に一定の枠をはめねばならない状況は、そこだけを切り取れば、「世界のためにアメリカが犠牲になっている」というナラティブを生みやすい。例えば、基軸通貨であるドル需要の増加に応じてその供給量を増やせば、国際収支は必然的に赤字化する。しかし国内ではそれを過剰なドル高と捉え、国内産業の空洞化を起こしているとの短絡的な思考を生みやすい。事実、トランプ政権の掲げるアメリカ第一主義は、まさにそう思考している。だがそれは誤謬である。 |
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(岩井克人「基軸通貨ドルと国際秩序」2025年3月31日、PDF) |
そして現在起こっている世界の脱ドル化、つまり基軸通貨ドル危機において何が起こるかについては➤参照:「ケインズ「美人投票」と基軸通貨ドル危機(岩井克人)」
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◼️岩井克人『二十一世紀の資本主義論』2000年 |
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グローバル市場経済にとっての真の危機とは、金融危機でもなければ、それにつづく恐慌でもない。ハイパー・インフレーションである。そして、グローバル市場経済におけるハイパー・インフレーションとは、もちろん、基軸通貨ドルの価値が暴落してしまう「ドル危機」のことである。それは、基軸通貨としてのドルを支えているあの「予想の無限の連鎖」の崩壊過程にほかならないのである。 |
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さて、このドル危機がグローバル市場経済のなかでおこるとしたら、それは何らかの理由で、世界中のひとびとが基軸通貨として保有しているドルを過剰に感じることから出発するはずである。世界各地の外国為替市場でドルがほかのすべての通貨にたいして売られ、ドル価値の下落がはじまるのである。もちろん、このようなドル価値の下落が一時的でしかないという予想が支配しているかぎり、ドル危機にはいたらない。だが、もしどこかの時点で、ドル価値がさらに下落するという予想のほうが支配的になってしまうと、事態は後戻りできなくなる。ほかのひとびとがもはや将来ドルを基軸通貨として受け入れてはくれないのではないかという恐れが広がり、 その恐れによって、実際にひとびとはドルを基軸通貨として受け入れることを拒否するようになるのである。恐れが自己実現し、世界中のひとびとはドルから遁走しはじめる。それは、たんにドルが世界各地の外国為替市場で売り浴びせられるというだけではない。それまで基軸通貨として、タイからロシア、ロシアから韓国、韓国からブラジルへとアメリカの国外を回遊しつづけていた膨大な量のドルが、アメリカ国内に大挙して押し寄せ、アメリカ製品との交換を要求することになるはずである。ドル紙幣をたんなる紙くずにしてしまうよりは、なんでもよいからモノのかたちにしておいたほうがはるかにましだからである。アメリカ国内もたちまちハイパー・インフレーションに突入してしまうだろう。(その結果、ドルがほんとうにたんなる紙くずになってしまうかもしれない。)ドルを基軸通貨として支えていたあの「予想の無限の連鎖」が崩壊し、ドルはほかの通貨と同様の、たんなるアメリカの通貨、しかも大幅に価値を失った一国通貨になり下がってしまうのである。 |
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もしこのような「ドル危機」が実際におこることになれば、そのとき、基軸通貨ドルの媒介によって可能となっていた貿易取り引きも金融取り引きも、その大部分が不可能となってしまうはずである。世界は細かく国ごとに分断されるか、いくつかのブロックに分割され、貿易も金融も各国同士のバーター取り引きかブロック内の取り引きに制限されてしまうことになる。ドル危機の行き着く先は、グローバル市場経済そのものの解体にほかならないのである。(岩井克人『二十一世紀の資本主義論』2000年) |
直近でもこう言っている。
◼️岩井克人さんが語る米国の自壊 「基軸国」を失う世界で日本の使命は 聞き手・石川智也2025年5月21日 |
「ドルが基軸通貨でなくなれば、世界中のドルが還流し、米国はあっという間にハイパーインフレとなります。また従来の安全保障体制を解体すれば、同盟国への輸出に支えられた武器産業は傾き、軍事技術の民生転用で優位性を保っていた先端技術も低迷するでしょう。ソフトパワーも落ち、世界はハリウッド映画をだんだん見なくなる……。基軸国でなくなるということは、実体以上に持っていた影響力が消え、特権的地位がもたらしてきた様々な利益を失うということ。実際に米国債が売られ長期金利が上昇し始めたことでウォール街が慌て、米政権内部もようやく自分たちの立場に気付いた節があります。関税政策をめぐる最近の迷走は、それを物語っているように見えます」 |
もちろん日本においてもハイパーインフレ懸念は語られ続けてきた、➤ハイパーインフレ文献