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少し前ーーというか2025年4月だからもうだいぶになるがーー檜垣立哉氏の2019年のツイートを貼り付けたことがあるがね。 |
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kumatarouguma@kumatarouguma 2019年6月14日 この資本主義社会が今後数十年続くなんてどういう脳天気なアタマしたらそんな馬鹿げたことが考えられるのか知りたいよ。そもそも高齢化で総崩壊するだろ。それで誰も未来の革命概念もっていない。どうするの。俺知らないよ。逃げるよ。 |
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例えば消費税減税効果をいまだマガオで信奉してるらしきキミら減税ポピュリストはとっても能天気なアタマしてんだよ、 そもそも世界的に人口動態が次のようになっているのにまったき不感症でさ。 |
今の日本の少子高齢化による苦境はたんなる先行事例にすぎないよ、これから世界の主要国も日本と同じことが起こる。
キミらはこういう図表をみる目がないのはよくわかってるから、馬鹿でもわかるように次のように変換したことがあるがね。
これは基本的には高齢者への仕送り図(主に年金給付や健康保険給付)であって、1990年から2020年のあいだに生産年齢人口が3分の1近くになっているのだから、本来なら生産年齢人口1人当たり3倍負担しなくちゃならない。そんなことは到底不可能だから国は国債発行して穴埋めし、国債残高が雪だるま式に増えていくんだよ。
今はインフレのおかげで若干債務残高は減っているがね、で、その帰結はインフレ税だな。▶︎みなさんご覚悟をーー「インフレ増税します」
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◼️荷風戰後日歴 昭和廿一年 |
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二月廿一日。晴。風あり。銀行預金拂戻停止の後闇市の物價また更に騰貴す。剩錢なきを以て物價の單位拾圓となる。 |
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三月初九。晴。風歇みて稍暖なり。午前小川氏來り草稿の閲讀を乞ふ。淺草の囘想記なり。町を歩みて人參を買ふ。一束五六本にて拾圓なり。新圓發行後物價依然として低落の兆なし。四五月の頃には再度インフレの結果私財沒收の事起るべしと云。 |
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つまりはこういうことが政策的に起こりうることを、▶︎《(一橋大学名誉教授)齊藤誠[2023]は、ハイパーインフレ(激性インフレ)により敗戦国と同じ方法で国債費の重圧を大幅に軽減しようという処方箋を提案している 》[参照] |
さて、話を戻してより大きく言えば、20世紀後半の一時期可能だった既存の福祉制度は、人口動態が大きく変貌しているのだから、21世紀には「世界的に」もうもつはずがない。
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一つのことが明らかになっている。それは、福祉国家を数十年にわたって享受した後の現在、我々はある種の経済的非常事態が半永久的なものとなり、我々の生活様式にとって常態になった時代に突入した、という事実である。こうした事態は、給付の削減、医療や教育といったサービスの逓減、そしてこれまで以上に不安定な雇用といった、より残酷な緊縮策の脅威とともに、到来している。〔・・・〕現下の危機は早晩解消され、ヨーロッパ資本主義がより多くの人びとに比較的高い生活水準を保証し続けるだろうといった希望を持ち続けることは馬鹿げている。 |
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One thing is clear: after decades of the welfare state, …we are now entering a period in which a kind of economic state of emergency is becoming permanent: turning into a constant, a way of life. It brings with it the threat of far more savage austerity measures, cuts in benefits, diminishing health and education services and more precarious employment.(…) It would thus be futile merely to hope that the ongoing crisis will be limited and that European capitalism will continue to guarantee a relatively high standard of living for a growing number of people. (ジジェク「永遠の経済的緊急事態」ZIZEK, A PERMANENT ECONOMIC EMERGENCY、2010年) |
だからいつまでも政治が悪いって言ってんじゃないよ、構造的な問題なんだなんだから。
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◼️経済再生の鍵は不確実性の解消 (池尾和人&大崎貞和) |
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池尾:細川政権が誕生したのが今から18年前です。それ以後の日本の政治は、非常に不幸なプロセスをたどってきたと感じています。 それ以前は、経済成長の時期でしたので、政治の役割は余剰を配分することでした。ところが、90年代に入って、日本経済が成熟の度合いを強めて、人口動態的にも老いてきた中で、政治の仕事は、むしろ負担を配分することに変わってきているはずなんです。余剰を配分する仕事でも、いろいろ利害が対立して大変なんですが、それ以上に負担を配分する仕事は大変です。 大崎:大変つらい仕事ですね。 |
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池尾:そういうつらい仕事に立ち向かおうとした人もいたかもしれませんし、そういう人たちを積極的にもり立ててこなかった選挙民であるわれわれ国民の責任も、もちろんあると思います。少なくとも議会制民主主義で政治家を選ぶ権利を与えられている国においては、簡単に「政治家が悪い」という批判は責任ある態度だとは思いません。 しかしながら事実問題として、政治がそういった役割から逃げている状態が続いたことが財政赤字の累積となっています。負担の配分をしようとする時、今生きている人たちの間でしようとしても、いろいろ文句が出て調整できないので、まだ生まれていない、だから文句も言えない将来世代に負担を押しつけることをやってきたわけです。〔・・・〕 |
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デフレから脱却しなければいけないのだけれども、そのプロセスについてはかなり慎重に考えなければいけません。 インフレになれば債務者が得をして債権者が損をするという感覚があります。しかしそれは、例えば年収と住宅ローンのように、所得1に対して抱えている負債がせいぜい2、3ぐらいのときの話です。 日本の置かれている状況は、一般会計の税収40兆円ぐらいに対し、グロスで1,000兆円ぐらいの政府債務があるわけです。そうすると、1対25です。景気がよくなって税収が増えたとしても、利払いの増加のほうがその上をいく構造になっています。ですから、景気が好転するときが一番用心すべきときになります。 |
《景気がよくなって税収が増えたとしても、利払いの増加のほうがその上をいく構造になっています》とあるがね、最も重要なことは積極財政の「絵に描いた餅」を信じないことだな、
少なくともこんなことは2010年前後にはマトモな経済学者はみんなわかってたんだよ。
日本の政治の悪いところがあるなら、何よりもまず国民の反対を押し切って移民対策をしてこなかったことだね。能天気な一般庶民の味方しちゃったんだ、票の欲しいだけの政治家たちは。
とはいえこれも事実上、民主主義社会の構造的問題だよ、ノーベル経済学賞者ブキャナンとワグナーが言っているように、《現実の民主主義社会では、政治家は選挙があるため、減税はできても増税は困難》(ブキャナン&ワグナー著『赤字の民主主義 ケインズが遺したもの』)
何はともあれ、かつては次のような話がくどいぐらい語られた。
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労働人口が毎年 1 %減る国で実質 2 % 成長を続けるのはかなり苦しい(持続的に労働生産性を 3 %上げている先進国はない)。(富士通総研、元日銀理事 早川英男 、2014,PDF) |
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◼️深尾光洋『財政赤字・社会保障制度の維持可能性と金融政策の財政コスト』2015年 |
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アメリカの潜在成長率は 2.5%弱であると言われているが、アメリカは移民が入っていることと出生率が高いことがあり、生産年齢人口は年率1%伸びている。日本では、今後、年率1%弱で生産年齢人口が減っていくので、女性や高齢者の雇用を促進するとしても、潜在成長率は実質1 %程度に引き上げるのがやっとであろう。 丸めた数字で説明すれば,、アメリカの人口成長率が+1%、日本は-1%、生産性の伸びを日米で同じ 1.5%と置いても日本の潜在成長率は 0.5%であり、これをさらに引き上げることは難しい。なお過去 20年間の1人当たり実質GDP 成長率は、アメリカで 1.55%、日本は 0.78%でアメリカより低いが、これは日本においては失われた 10 年といった不況期があったからである。 |
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潜在成長率の引上げには人口減少に対する強力な政策が必要だが、出生率を今すぐ引き上げることが出来たとしても、成人して労働力になるのは20年先であり、即効性はない。今すべき政策のポイントは、人口政策として移民政策を位置づけることである。現在は一時的に労働力を導入しようという攻策に止まっているが、むしろ移民として日本に定住してもらえる人材を積極的に受け入れる必要がある。 |
ま、島国日本人が移民が嫌いなのは仕方がないがね、
要するに先を見ようとしない「今=ここ文化」のムラ人が選択したんだよ、現在の苦境を。
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日本社会には、そのあらゆる水準に於いて、過去は水に流し、未来はその時の風向きに任せ、現在に生きる強い傾向がある。現在の出来事の意味は、過去の歴史および未来の目標との関係に於いて定義されるのではなく、歴史や目標から独立に、それ自身として決定される。 日本が四季のはっきりした自然と周囲を海に囲まれた島国であることから、人々は物事を広い空間や時間概念で捉えることは苦手、不慣れだ。それ故、日本人は自分の身の回りに枠を設け、「今=ここに生きる」の精神、考え方で生きる事を常とする。この身の回りに枠を設ける生き方は、国や個人の文化を創り出す土壌になる。〔・・・〕 |
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社会的環境の典型は、 水田稲作のムラである。 労働集約的な農業はムラ人の密接な協力を必要とし、協力は、共通の地方神信仰やムラ人相互の関係を束縛する習慣とその制度化を前提とする。 この前提、またはムラ人の行動様式の枠組は、容易に揺らがない。それを揺さぶる個人または少数集団がムラの内部からあらわれれば、ムラの多数派は強制的説得で対応し、 それでも意見の統一が得られなければ、 「村八分」で対応する。いずれにしても結果は意見と行動の全会一致であり、ムラ全体の安定である。 これをムラの成員個人の例からみれば、大枠は動かない所与である。個人の注意は部分の改善に集中する他はないだろう。誰もが自家の畑を耕す。 その自己中心主義は、ムラ人相互の取り引きでは、等価交換の原則によって統御される。 ムラの外部の人間に対しては、その場の力関係以外に規則がなく、自己中心主義は露骨にあらわれる。 このような社会的空間の全体よりもその細部に向う関心がながい間に内面化すれば、習いは性となり、細部尊重主義は文化のあらゆる領域において展開されるだろう。(加藤周一『日本文化における時間と空間』2007年) |
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少なくとも財政に関して「政治が悪い」というのは、「今=ここ文化」にどっぷり浸かったムラ人たちの投射(投影)メカニズムに過ぎない。 |
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他人に対する一連の非難は、同様な内容をもった、一連の自己非難の存在を予想させる。個々の非難を、それを語った当人に戻してみることこそ、必要なのである。自己非難から自分を守るために、他者に対して同じ非難をあびせるこのやり方は、何かこばみがたい自動的なものがある。その典型は、子供の「しっぺ返し」にみられる。すなわち、子供を嘘つきとして責めると、即座に、「お前こそ嘘つきだ」という答が返ってくる。大人なら、相手の非難をいい返そうとする場合、相手の本当の弱点を探し求めており、同一の内容を繰り返すことには主眼をおかないであろう。パラノイアでは、このような他者への非難の投射[Projektion des Vorwurfes auf einen anderen] は、内容を変更することなく行われ、したがってまた現実から遊離しており、妄想形成の過程として顕にされる。 |
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Eine Reihe von Vorwürfen gegen andere Personen läßt eine Reihe von Selbstvorwürfen des gleichen Inhalts vermuten. Man braucht nur jeden einzelnen Vorwurf auf die eigene Person des Redners zurückzuwenden. Diese Art, sich gegen einen Selbstvorwurf zu verteidigen, indem man den gleichen Vorwurf gegen eine andere Person erhebt, hat etwas unleugbar Automatisches. Sie findet ihr Vorbild in den »Retourkutschen« der Kinder, die unbedenklich zur Antwort geben: »Du bist ein Lügner«, wenn man sie der Lüge beschuldigt hat. Der Erwachsene würde im Bestreben nach Gegenbeschimpfung nach irgendeiner realen Blöße des Gegners ausschauen und nicht den Hauptwert auf die Wiederholung des nämlichen Inhalts legen.In der Paranoia wird diese Projektion des Vorwurfes auf einen anderen ohne Inhaltsveränderung und somit ohne Anlehnung an die Realität als wahnbildender Vorgang manifest. |
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(フロイト『あるヒステリー患者の分析の断片(症例ドラ)』1905年) |
で、どうしたらいいんだろ。もはや「革命」しかないだろうよ、冒頭に掲げた「ドゥルーズ研究第一人者」檜垣氏の言うように。革命周期説ってのがあるからもうそろそろだろ。フランス革命は1789年-1795年、ロシア革命は1917年。だいたい120年周期だよ。
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もうトロトロ解釈する時期はとっくに過ぎたんだ、これからは「来たるべき革命」のために体力つけとかないとな、 |
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哲学者たちは世界をたださまざまに解釈してきただけである。肝腎なのは世界を変えることである。Die Philosophen haben die Welt nur verschieden interpretirt; es kommt aber darauf an, sie zu verändern.(マルクス『フォイエルバッハにかんするテーゼ』第十一) |
体力というのはもちろんこういう体力だ、ーー《ヨーロッパやアメリカで権力に近い人々は、かなりの程度で、意図的に真実を見ようとしません。彼らはこの、この自滅の道を歩み続けたいと望み、システムが崩壊するか、民衆革命によって権力から引きずり降ろされるまで、その道を突き進むでしょう。》(アレックス・クライナー「ヨーロッパの軍国主義と経済的衰退」―『グレン・ディーセン・チャネル』)
ボクなんか最近、腕立て伏せ30回と蹲踞30秒を日課にしてるがね、




