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2026年10月21日水曜日

凄みのある視線が消えたら人は弛緩する

 

なるほど。ツイッターで拾ったんだがーー蓮實重彦の例の「恥を知れ」という権威主義的言説を擁護しつつももはや蓮實は権威として機能していないとする人による引用ーー、恐ろしい視線、つまり凄みのある視線が消えて人は弛緩する、か。


文学の世界に、中上以前中上以降という言い方が出来るかもしれない。 小林以前小林以降、あるいは三島以前三島以降という言い方が出来るように。


中上健次が亡くなってしばらくした頃、中上健次がよく通っていた新宿の文壇バーの、あるママは、私に、中上さんが亡くなって何だか皆さんのびのびとしたみたいと口にした。


恐ろしい視線が消えて人は弛緩する。


この人物に読まれていると思うと、人は、その人物が自分と相反する文学観の持ち主であっても、いや、相反する文学観の持ち主であればなおさら、いい加減なことを言葉に書きあらわすことが出来ない。自分のインチキ振りが見抜かれてしまうから。小林秀雄の凄みのある視線は中村光夫や大岡昇平といった年下の文学者はもとより、横光利一や井伏鱒二といった年上の文学者たちも泣かした。三島由紀夫の死と共に、彼の同世代の文学者たちの間から、ある緊張感が消えた。


文学は、しょせん、言葉でしかない。けれどその言葉を、多くの凄玉たちが、じっと深く読み込み、少しでも浮ついたところがあれば、激しく反応する。時には暴力をともなって。そうやって磨かれていった文学世界は、今やほとんど消滅しかけている。(坪内祐三『文学を探せ』2001年)


もう25年前の指摘だが、これは今では文学世界に限らず、言論界自体がそうだろうよ。


(❖ 私は坪内祐三氏をまったく知らなかったが私の同年生まれのようだ。もっとも私には、中上健次が「権威」だったという印象は持っていないが。そもそも(構造主義的意味での)権威のポジションの消滅の時代に人が権威的に振る舞えば「権力」となってしまう➤「権力と権威」の相違、あるいは二者関係と三者関係)


…………

何度か掲げてきたが、ラカンは学園紛争を契機に《もはやどんな恥もない》と言った。

もはやどんな恥もない[ Il n'y a plus de honte] …下品であればあるほど巧くいくよ[ plus vous serez ignoble mieux ça ira] (Lacan, S17, 17 Juin 1970)

文化は恥の設置に結びついている[la civilisation a partie liée avec l'instauration de la honte.]〔・・・〕ラカンが『精神分析の裏面』(1970年)の最後の講義で述べた「もはや恥はない」という診断。これは次のように翻案できる。私たちは、恥を運ぶものとしての大他者の眼差しの消失の時代にあると[au diagnostic de Lacan qui figure dans cette dernière leçon du Séminaire de L'envers : «Il n'y a plus de honte». Cela se traduit par ceci : nous sommes à l'époque d'une éclipse du regard de l'Autre comme porteur de la honte.](J.-A. MILLER, Note sur la honte, 2003年)




ここでジャック=アラン・ミレールが言っている「大他者の眼差しの消失」における大他者は「父の眼差し」を意味するーー《大他者とは父の名の効果としての言語自体である [grand A…c'est que le langage comme tel a l'effet du Nom-du-père.]》(J.-A. MILLER, Le Partenaire-Symptôme, 14/1/98)


ちなみにラカンはこう言っている、《フロイトは私を眼差すために私を見る必要はない[FREUD n'a pas besoin de me voir pour qu'il me regarde.]》(Lacan, S16, 08  Janvier  1969)。つまりラカンにとってフロイトは大他者の父だったのである。


なお先のセミネール17の発言自体、フロイトが『文化の中の居心地の悪さ』で提唱した《文化共同体病理学[Pathologie der kulturellen Gemeinschaften ]》のすすめの文脈内にある。



さてラカンは学園紛争を契機にエディプス的父の失墜を言った。

父の蒸発 [évaporation du père] (ラカン「父についての覚書 Note sur le Père」1968年)

エディプスの失墜[ déclin de l'Œdipe](Lacan, S18, 16 Juin 1971)


ーーこの文脈のなかで、《レイシズム勃興の予言[prophétiser la montée du racisme]》(Lacan, AE534, 1973)もした。


このエディプス的父の失墜の影響で、仏主流ラカニアン観点では、世界的に最悪の時代が訪れている。


今日、私たちは家父長制の終焉を体験している。ラカンは、それが良い方向には向かわないと予言した[Aujourd'hui, nous vivons véritablement la sor tie de cet ordre patriarcal. Lacan prédisait que ce ne serait pas pour le meilleur. ]。〔・・・〕

私たちは最悪の時代に突入したように見える。もちろん、父の時代(家父長制の時代)は輝かしいものではなかった〔・・・〕。しかしこの秩序がなければ、私たちはまったき方向感覚喪失の時代に入らないという保証はない[Il me semble que (…)  nous sommes entrés dans l'époque du pire - pire que le père. Cer tes, l'époque du père (patriarcat) n'est pas glorieuse, (…) Mais rien ne garantit que sans cet ordre, nous n'entrions pas dans une période de désorientation totale](J.-A. Miller, “Conversation d'actualité avec l'École espagnole du Champ freudien, 2 mai 2021)


結局、晩年のラカンにおいては、父の復権が必要なのである。支配の論理に陥りがちな父の名自体の復権ではなく、父の機能の復権が。


人は父の名を迂回したほうがいい。父の名を使用するという条件のもとで[le Nom-du-Père on peut aussi bien s'en passer, on peut aussi bien s'en passer à condition de s'en servir.](Lacan, S23, 13 Avril 1976)




ラカンは1974年のインタビューで、《カトリックの言説によって先導される宗教の凱旋》とまで言ったが、これも父性的権威の機能の必要性を言っている。


私は言わなければならない。おそらくここにいるマジョリティの見解ではないだろうにも拘らず。私は考えている、カトリック教会のやり方を賞賛すべきだと。現在でさえカトリック教会は現実界の自然な秩序を守るために闘っている。生殖、セクシャリティ、家族等。もちろんそれらは時代錯誤的要素である。しかし彼らは古代の言説の現前、持続、堅固さである。あなたがたは言いうる、失われた大義として讃嘆すべき言説だと。[Je dois dire, même si ça n'est peut-être pas l'avis de tous ici, que je trouve remarquable la façon dont l'église catholique, encore aujourd'hui, lutte pour protéger le réel, son ordre naturel, pour les questions de la reproduction, de la sexualité ou de la famille. Ce sont des éléments anachroniques qui témoignent de la durée et de la solidité de ce discours ancien.Voilà un discours admirable comme cause perdue]…

失われた大義? だがラカンは言った、教会の大義はおそらく凱旋を告げると[Cause perdue ? Lacan disait cependant que la cause de l'église annonçait peut-être un triomphe]. (ラカン「カトリックの言説によって先導される宗教の凱旋 Le triomphe de la religion précédé de Discours aux catholiques」octobre 1974)。


なぜか? 自然から解放された現実界は、あまりにも悪く、ますます耐え難くなっているから。取り戻し得ないとしても失われた秩序へのノスタルジーは、幻想の力をもつ。[Pourquoi ? Parce que le réel, dégagé de la nature, est pire et devient de plus en plus insupportable. Nostalgie pour un ordre perdu impossible à retrouver qui a la vigueur d'une illusion. ](J.-A. MILLER,「21世紀における現実界 LE RÉEL AU XXIèmeSIÈCLE」2012年)



要するにラカンの《父の名を使用する》とは恥なき時代における「恥を知る」機能であるだろう。あるいは父の権威の失墜における無法の現実界への抵抗手段だ。




大他者は存在しない。それを私はS(Ⱥ)と書く[l'Autre n'existe pas, ce que j'ai écrit comme ça : S(Ⱥ).](Lacan, S24, 08 Mars 1977)

ラカンは父の名を終焉させた。それは、S(Ⱥ)というマテームの下でなされた。斜線引かれた大他者のシニフィアンである[le Nom-du-Père, c'est pour y mettre fin. …sous les espèces du mathème qu'on lit grand S de A barré,  signifiant de l'Autre barré, ]〔・・・〕

これは大他者の不在、大他者は見せかけに過ぎないことを意味する[celle de l'inexistence de l'Autre. …que l'Autre n'est qu'un semblant. ](J.-A.MILLER, L'Autre qui n'existe pas, 20/11/96)


ーー《ラカンが、フロイトのエディプスの形式化から抽出した「父の名」自体、見せかけに位置づけられる。Le Nom-du-Père que Lacan avait extrait de sa formalisation de l'Œdipe freudien est lui-même situé comme semblant》(ジャン=ルイ・ゴー Jean-Louis Gault, Hommes et femmes selon Lacan, 2019)


私は考えている、現実界は法なきものと言わねばならないと。真の現実界は秩序の不在であつ。現実界は無秩序である[je crois que le Réel est, il faut bien le dire, sans loi.  Le vrai Réel implique l'absence de loi. Le Réel n'a pas d'ordre](Lacan, S23, 13 Avril 1976)

法なき現実界の形式は、まさに正しくS(Ⱥ) と翻訳しうる。無法とはȺである。

la formule le réel est sans loi est très bien traduite par grand S de A barré. Le sans loi, c'est le A barré.  (J.-A. MILLER, - Pièces détachées - 13/04/2005 )



で、何が言いたいかというと冒頭に戻って、世界にはなんらかの権威が必要なんだよ、凄みのある視線が消えたら人は弛緩しちまうよ。


……………


なおロラン・バルトは上で記したこととはやや異なった文脈だが、父の死をめぐって次のように言っている。


父の死[La mort du Père]は、文学から多くの快楽を奪うだろう。「父」がいなければ、物語を語っても、何になろう。物語はすべてエディプスに帰着するのではなかろうか。物語るとは、常に、起源を求め、「掟」との紛争を語り、愛と憎しみの弁証法に入ることではなかろうか。今日、エディプスと物語が同時に揺らいでいる。もう愛さない。もう恐れない。もう語らない。フィクションとしてのエディプスは少なくとも何かの役には立っていた。よい小説を作ることの、上手に物語ることの。

La mort du Père enlèvera à la littérature beaucoup de ses plaisirs. S'il n'y a plus de Père, à quoi bon raconter des histoires? Tout récit ne se ramène-t-il pas à l'Œdipe? Raconter, n'est-ce pas toujours chercher son origine, dire ses démêlés avec la Loi, entrer dans la dialectique de l'attendrissement et de la haine ? Aujourd'hui on balance d'un même coup l'Œdipe et le récit : on n'aime plus, on ne craint plus, on ne raconte plus. Comme fiction, l'Œdipe servait au moins à quelque chose : à faire de bons romans, à bien raconter .

(ロラン・バルト『テクストの快楽』1973年)



何はともあれ父なる権威のポジションは少なくとも西側世界では学園紛争以来、消滅している。


要素自体はけっして内在的に意味をもつものではない。意味は「ポジションによって」きまるのである。それは、一方で歴史と文化的コンテキストの、他方でそれらの要素が参加している体系の構造の関数である(それらに応じて変化する)。 éléments,…Les termes n'ont jamais de signification intrinsèque ; leur signification est « de position », fonction de l'histoire et du contexte culturel d'une part, et d'autre part, de la structure du système où ils sont appelés à figurer.(レヴィ=ストロース『野性の思考』1962年)


「学園紛争は何であったか」ということは精神科医の間でひそかに論じられつづけてきた。1960年代から70年代にかけて、世界同時的に起こったということが、もっとも説明を要する点であった。フランス、アメリカ、日本、中国という、別個の社会において起こったのである。「歴史の発展段階説」などでは説明しにくい現象である。


では何が同時的だろうかと考えた。それはまず第二次世界大戦からの時間的距離である。1945年の戦争終結の前後に生まれた人間が成年に達する時点である。つまり、彼らは戦死した父の子であった。あるいは戦争から還ってきた父が生ませた子であった。しかも、この第二次世界大戦から帰ってきた父親たちは第一次大戦中あるいは戦後の混乱期に生まれて恐慌時代に青少年期を送っている人が多い計算になる。ひょっとすると、そのまた父は第一次大戦が当時の西欧知識人に与えた、(われわれが過小評価しがちな)知的衝撃を受けた世代であるかもしれない。


二回の世界大戦(と世界大不況と冷戦と)は世界の各部分を強制的に同期化した。数において戦死者を凌駕する死者を出した大戦末期のインフルエンザ大流行も世界同期的である。また結核もある。これらもこの同期性を強める因子となったろうか。

では、異議申立ての内容を与えたものは何であろうか。精神分析医の多くは、鍵は「父」という言葉だと答えるだろう。実際、彼らの父は、敗戦に打ちひしがれた父、あるいは戦勝国でも戦傷者なりの失望と憂鬱とにさいなまれた父である。戦後の流砂の中で生活に追われながら子育てをした父である。古い「父」の像は消滅し、新しい「父」は見えてこなかった。戦時の行為への罪悪感があるものも多かったであろう。戦勝国民であっても、戦場あるいは都市で生き残るためにおかしたやましいことの一つや二つがあって不思議ではない。二回の大戦によってもっともひどく損傷されたのは「父」である。であるとすれば、その子である「紛争世代」は「父なき世代」である。「超自我なき世代」といおうか。「父」は見えなくなった。フーコーのいう「主体の消滅」、ラカンにおける「父の名」「ファルス」の虚偽性が特にこの世代の共感を生んだのは偶然でなかろう。さらに、この世代が強く共感した人の中に第一次大戦の戦死者の子があることを特筆したい。特にアルベール・カミュ、ロラン・バルトは不遇な戦死者の子である。カミュの父は西部戦線の小戦闘で、バルトの父は漁船改造の哨戒艇の艇長として詳しい戦史に二行ばかり出てくる無名の小海戦で戦死している。


異議申立ての対象である「体制」とは「父的なもの」の総称である。「父なるもの」は「言語による専制」を意味するから、マルクス主義政党も含まれる道理である。もっとも、ここで「子どもは真の権威には反抗しない。反抗するのはバカバカしい権威 silly authority だけである」という精神科医サリヴァンの言葉を思い起こす。第二次大戦とそれに続く冷戦ほど言語的詐術が横行した時代はない。もっとも、その化けの皮は1960年代にすべて剥がれてしまった。(中井久夫「学園紛争は何であったのか」書き下ろし『家族の深淵』1995年)