2016年7月19日火曜日

主体の生活の真のパートナーは、人間ではなく言語自体である

ある子供が怪我をして、泣き喚く。すると、大人たちがその子に話しかけ、叫ぶことを教え、さらに後に、文を教える。彼らは子供に、痛いときの新しい振る舞い方を教えるのである。  

「すると、『痛み』という語は実際には泣き喚くことを意味していると仰有るのですか?」――逆である。すなわち、痛みの言葉による表現は、泣き声の代わりなのであって、それを記述しているのではないのだ。 (ウィトゲンシュタイン『探究』244)

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私はここで、Jean-Louis Gault の談話に言及しようと思う。それは、主体のパートナーに関するものだ。彼は言う、主体の生活の真のパートナーは、実際は、人間ではなく言語自体である、と。あなたがたは、主体のなかに、他者たちの世界の独自の谺を観察しうる。…しかし、あなたがたは、それらの他者たちによって生み出された烙印のような何かを持っている。とすれば、事実上、それは言語との基本的な関係のような何かである。人間との関係ではない。(Ordinary Psychosis Revisited Jacques-Alain Miller ,2008、PDF
法の病理は、法との最初の遭遇から、主体のなかに生み出される。私がここで法と言っているのは、制度的あるいは司法的な意味ではない。そうではなく、言語と結びついた原初の法である。それは、必然的に、父の法となるのだろうか? いや、それは何よりもまず母の法である(あるいは、母の代役者の法)。そして、ときに、これが唯一の法でありうる。

事実、我々は、この世に出るずっと前から、言語のなかに没入させられている。この理由で、ラカンは我々を「言存在parlêtre」と呼ぶ。というのは、我々は、なによりもまず、我々を欲する者たちの欲望によって「話させられている」からだ。しかしながら、我々はまた、話す存在でもある。

そして、我々は、母の舌語のなかで、話すことを学ぶ。この言語への没入によって形づくられ、我々は、母の欲望のなかに欲望の根をめぐらせる。そして、話すことやそのスタイルにおいてさえ、母の欲望の刻印、母の享楽の聖痕を負っている。これらの徴だけでも、すでに我々の生を条件づけ、ある種の法を構築さえしうる。もしそれらが別の原理で修正されなかったら。( Geneviève Morel ‘Fundamental Phantasy and the Symptom as a Pathology of the Law',2009、PDFーー「お父さんのようにはならないで下さいお願いだから」)

後期ラカンは、フロイトの「無意識」という言葉を「言存在parlêtre」に置き換えている。« le sujet se supportant du parlêtre, qui est ce que je désigne comme étant l'inconscient »(S.23)

※Jacques-Alain Miller も Geneviève Morel も言語の物質性をふくめて「言語」と言っているはず(参照:純シニフィアンの物質性

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人間は自分じしんの歴史をつくる。だが、思う儘にではない。自分でえらんだ環境のもとでではなくて、すぐ目の前にある、あたえられ、持越されてきた環境のもとでつくるのである。死せるすべての世代の伝統が夢魔のように生ける者の頭脳をおさえつけている。またそれだから、人間が、一見、懸命になって自己を変革し、現状をくつがえし、いまだあらざりしものをつくりだそうとしているかにみえるとき、まさにそういった革命の最高潮の時期に、人間はおのれの用をさせようとしてこわごわ過去の亡霊をよびいだし、この亡霊どもから名前と戦闘標語(スローガン)と衣装をかり、この由緒ある扮装と借物のせりふで世界史の新しい場面を演じようとするのである。かくてルッターは使徒パウロに仮装し、一七八九年から一八一四年までの革命はローマ共和国とローマ帝国の衣裳をつぎつぎに身にまとい、そして一八四八年の革命は、あるときは一七八九年をもじり他のときは一七九三年から一七九五年にいたる革命的伝統をもじるぐらいのことしかできはしなかったのである。(マルクス『ルイ・ポナパルドのブリュメール一八日』)

ーーこの時期の諸党派を支配していたのは、過去の亡霊であり観念であった。彼らは現にやっている行為をそれらの言葉で了解していたのであり、すなわち言葉が彼らを支配していたのである。(柄谷行人『トランスクリティーク』)

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《われわれが相手の人の顔を見、その声をきくたびに、目のまえに見え、耳にきこえているのは、その人についての概念なのである。》(プルースト)

「知った人に会う」とわれわれが呼んでいる非常に単純な行為にしても、ある点まで知的行為なのだ。会っている人の肉体的な外観に、われわれは自分のその人についてもっているすべての概念を注ぎこむ。したがってわれわれが思いえがく全体の相貌のなかには、それらの概念がたしかに最大の部分を占めることになる。そうした概念が、結局相手の人の頬にそれとそっくりなふくらみをつくり、その鼻にぴったりとくっつけた鼻筋を通してしまい、その声に、それがいわば振動する二つの透明な膜にすぎないかのように、さまざまなひびきのニュアンスを出させることになるのであって、その結果、われわれが相手の人の顔を見、その声をきくたびに、目のまえに見え、耳にきこえているのは、その人についての概念なのである。

なるほど、私の一家の人たちは、自分で組みたててしまったスワン像のなかに、彼の社交生活の無数の特徴をふくませることを、その事情に暗いために、怠ってしまった、一方他の人たちは、そんな特徴を知っていたから、彼のまえに出たとき、エレガンスが彼の顔に領域をひろげていて鷲鼻のところで自然の境界のようにストップしているのを、目にとめたのであった、しかしまた、私の一家の人たちは、彼の威信を落としている、空虚な、だだっぴろいその顔のなかや、彼の評価をさげているその目の奥に、私たちが田舎のよい隣人として生活していたあいだ、毎週私の家の夕食後に、カルタ・テーブルのまわりや庭で、彼といっしょに過ごしたひまな時間の、漠然とした、甘美な残留物――なかばは記憶、なかばは忘却――を沈殿させることができたのであった。

私たちのこの友人の肉体の膜は、そうした残留物や、また彼の両親に関するいくつかの回想で、ぎっしり詰まっていたから、そんなスワンがかえって生きた完全な存在のようになってしまったのだし、またそののち私が正確に知ったスワンから、私の記憶のなかで、この最初のスワンに移るときには、一人の人物とわかれて、それとは異なるもう一人の人物のところへ行くような印象を私はもつのである。この最初のスワンーーそんな彼のなかに私は自分の少年時代のかわいらしい過失を見出すのであるが、その彼はまた、のちのスワンよりもむしろこの当時に私が知った他の人々に似ているのであって、この人生にあっては、あたかも一つの美術館のように、そこにあるおなじ時代の肖像画はすべて同一の調子をもち、同一家族のように見えるものなのだーーこの最初のスワンは、ひまな時間に満ち、大きなマロニエの匂、フランボワーズのかごの匂、タラゴンの若芽の匂をただよわせていた。(プルースト「スワン家のほうへ」井上究一郎訳)

→ 岩井克人版「人間の真のパートナーは、言語、法、貨幣」