2016年11月4日金曜日

ナイーヴな「科学者」を相手にするつもりはない

いやあ、またなんだか言ってる「猿」がいるが、投稿しないままの在庫をーーヤムエズーー投稿しておくよ。すまんねえ、蚊居肢散人は「科学」にはとんと縁がないんだな、いわゆる「理系」の連中とかかわると寒イボが立っちまうぐらいでね、こういったことは投稿してもしようがないんだが、やむえない・・・

物理学の言説が物理学者を決定づける。その逆ではない。 c'est que c'est le discours de la physique qui détermine le physicien, non pas le contraire (ラカン、S.16,1968年ーー潜在的リアルについて初歩的なこともわかっておらん

ーーいやあ、この文でさえまったく意味がわからんらんようだからな、一度、脳味噌のなかを覗いてみたいもんだ・・・潜在的リアルどころの話じゃないわけだ・・・


…………

近代科学は…対象の数学化を要求する。それは対象が数学的本質であることを要求しない。したがって対象が永遠・完璧であることを要求しない。……むしろ、反対に、数学化の手段によって、対象の把握を目指す。数学化において、対象はそれ自体と異なることもありうる。対象は、実験上の、偶然的・反復的、したがって一時的な性質をもちうる。(ジャン=クロード・ミルネールJean-Claude Milner, Le périple structural, 2002、私訳)

《科学的認識の変化は非連続的であること、それが受けいれられるか否かは好み(プレファレンス)あるいは宣伝(プロパガンダ)・説得(レトリック)による》(柄谷行人、1983)

コペルニクス以前にも以後にも太陽はある。それは東に昇り、西に沈む。しかし、コペルニクス以後の太陽は、計算体系から想定されたものである。つまり、同じ太陽でありながら、われわれは違った「対象」をもっているのである。(柄谷行人『トランスクリティーク』2001, p.61)

・自然は「非一 pas-une」だと私は言おう。(S.23)
・世界が「一」として構成されている Un constitue l'Univers などというのは信じ難い。(ラカン、S.23)

ーーラカンは何を言っているのか。

まずは、物理学の言説あるいは科学の言説が変われば、別の世界・別の自然がある、と言っていると捉えうる。これは、上の柄谷文の《われわれは違った「対象」をもっている》云々とともに読むことができるはずだ。もっともラカンのこのあたりの議論は錯綜してはいる(参照:ロレンツォ、2010, Chiesa, L., ‘Hyperstructuralism's Necessity of Contingency',PDF)。

いずれにせよラカンは、ナイーヴな科学者、その実在論者と唯物論者の議論を相手にするつもりはない、ということを言っている。

あれらの現実主義者 realist ……その「自然は常にそこにある la nature, dit-on, est toujours là 。我々がそこにいようといまいと nous soyons là ou pas 独立して」という考え方(信仰)に抵抗できない。我々と我々の科学…あたかも科学が実際に我々のものであり、我々は科学に決定づけられていないと考える。もちろん私はこれについて論争するつもりはない。(ラカン、S.16)

さて、ジャン=クロード・ミルネールの言っていることが分からない御仁もいると思われるので、柄谷ともう一度ラカンにて補足しよう。

数学者が――つねにきわめて少数であるが――数学の“基礎”に関して絶望的であるかすくなくとも謙虚であるにもかかわらず、科学者が抱いている数学的基礎づけに対するオプティミズムは、現代においては、代数的な「構造」にもとづく構造主義において典型的に示されている。それについてはのちにのべるが、逆説的なことは、科学者が、経験あるいは知覚に背を向けて、それらに何一つ負うていないかのようにみえる数学的な“建築”にもとづくことを科学的な知の保証とみなすにもかかわらず、諸科学の、そして数学そのものの発展を可能にしてきたのは、そのような厳密な建築性であるどころか、あるあいまいさにほかならなかった。(柄谷行人『隠喩としての建築』)

ラカンはセミネール16の段階では、数学的言説(あるいは科学の言説)をめぐって、次のような言い方をしている、「その全体化するメタ言語、つまり、《数学的論理 logique mathématique》の導入は、自然言語としての言語のなかのメタ言語の欠如として現れるものを補填しようと努めることによって、《論証的亀裂 clivage discursif》を生み出すことに終わる。というのは《どんな論理もすべての言語を囲い込むことはできない pas plus de logique qui enserre tout le langage》から」(S.16、摘要)と。

そしてセミネール18ではあらためて次のように言うことになる。これは上の柄谷行人の文と「ともに」読むことができるだろう。

分節化ーー見せかけsemblantの代数的 algébrique分節化という意味だがーー、これによって我々は文字 lettres だけを扱っている。そしてその効果。これが実在 réelと呼ばれるものを我々に提示可能にしてくれる唯一の装置である。何が実在 réel かといえば、この見せかけに穴を開けること fait trou dans ce semblant である。

科学的言説であるところの分節化されたこの見せかけ ce semblant articulé qu'est le discours scientifique のなかに 、科学的言説は、それが見せかけの言説か否かさえ悩まずに進んでゆく

しばしば言われるように、科学的言説がかかわる全ては、そのネットワーク・その織物・その格子によって、正しい場所に正しい穴が現れるようにすること fasse apparaître les bons trous à la bonne place である。

この演繹によって到達される唯一の参照項は不可能である。この不可能が実在 réelである。我々は物理学において、言説の装置の助けをもって、実在 le réel であるところの何かを目指す。その厳格さのなかで、一貫性の限界に遭遇する rencontre les limites de sa consistanceのである。(ラカン、S.18、1970-1971、私訳)


もちろん世界にはナイーヴでない科学者も――つねにきわめて少数であるが――いる。

科学における信仰の必要について私がのべたことは、純粋に因果的な世界や、確率が支配する世界にもひとしくあてはまる。純粋に客観的な個々の観察をいくら大量にあつめても、確率という概念が正当であることを証明することはできない。いいかえれば、論理学における帰納法の法則は、演繹によって樹立されることはできない。帰納的論理、すなわちいいかえればベーコンの論理は、われわれが証明しうる種類のものではなく、われわれの行動の土台にしうる種類のものであり、それに基づいて行動するということは、信仰の最高の表明である。(ノーバート・ウィーナー『人間機械論』1950)
J・ブローフスキー博士は、われわれの大部分があらゆる学問の中で最も事実に基づく科学だとみている数学は、頭に浮かべうる最も突飛なメタファー (隠喩)からなると指摘し、美的にも知的にも、そのメタファーの成功の程度によって判断されねばならないものだと唱えた。(ノーバート・ウィーナー『人間機械論』第二版)

日本にだって比較的まともな「理系」の方はすくなくともかつてはイラッシャラレタ。

◆野家啓一
柄谷は「形式化」の極限において体系がパラドックスに陥り、内部から自壊せざるをえない構造機制を不完全性定理にちなんで「ゲーデル問題」と名づけてい る。かつて『隠喩としての建築』を読んだ時、私はその着眼の卓抜さと鮮かなレトリックには感嘆したものの、「専門学者」としての見地から、彼のゲーデル理解とその敷衍の仕方には一種の「あやうさ」を感じざるをえなかった。というより、その「あやうさ」が後にエピゴーネンたちによって増幅され、「ゲーデル問題」が過剰な意味づけをされたまま安易なメタファーとして一人歩きし始めたことに危惧の念を覚えたのである。柄谷の問題提起の切実さに比して、一般に流布した「不完全性定理」の解釈はいかにも厳密さを欠き、寸足らずの安手の衣服をまとわされているように見えた。しかし、柄谷が抱え込まざるをえなかった困 難、あるいは彼がそのような〈問題〉に逢着した必然性は、私なりによく理解できたつもりである。(野家啓一「柄谷行人の批評と哲学」(『国文学』1989年1月号))


◆森毅
この本(柄谷行人『探求Ⅰ』)は、題名から知れるように、ウィットゲンシュタインから始まる。その上に、もうつきあうことに辟易している、マルクスまでが登場する。

それだのに、この本を読むことが、なぜか快感なのだ。おそらく、この一年ほどに読んだ本のうち、もっとも引きこまれた本のひとつだろう。

ウィットゲンシュタインの言語学批判と、マルクスの経済学批判とに、同型な構造を見る、その場所のゆえかもしれない。しかし、それだけではあるまい。

すごく明晰な論理はこびなのに、半分も読んで行くと、どこへ持って行かれるのか、いくらか不安になる。キルケゴールとか、レヴィナスとか、ぼくのもっとも苦手とする思想家どもが、現われはじめることになる。それに、数学論とドストエフスキー論とが入り乱れると、数学少年と文学少年のはさみうちに合うときのことを連想する。(森毅 『一刀斎の古本市』)
「柄谷のおもしろいところは、何をやっても愛嬌があって、ちょっととんちんかんなようで、なにかしらこちらがう-んと考えさせられるというところです。彼はムチャクチャ言っても済んじゃうわけです。 『あの頃、ちょっとぼく、頭がおかしくなっててね』とか言うと、みんな喜んじゃうんです。そういうイメージがあるから、かなりきついことを言っても愛嬌があるんです」(森毅『ゆきあたりばったり文学談義』)

…………

以下、30年以上前の論から、抜き書きする。これが今でも正しいのか否かは、わたくしには「正確には」瞭然としないが、ーーだがこれが誤謬であるならば、どんな見解があるというだろうか? 19世紀に「退行」するほかないのではないだろうか・・・すまんねえ、蚊居肢散人の文系頭は30年前のままなんだな、現在の「聡明な」理系頭の方にぜひ反論してもらいたいものだ。ただし19世紀に退行しないでイタダキタイ・・・


【柄谷行人、1983】 
二十世紀において顕在化しはじめた文学や諸芸術の変化、たとえば抽象絵画や十二音階の音楽などは、互いに並行し関連しあっているだけではなく、物理学、数学、論理学の変化にも根本的に対応している。一般に、この変化を形式化(フォーマライゼーション)と呼ぶことができる。形式化とは、指示対象(レフアレント)や意味内容・文脈(コンテクスト)をカッコにいれて、項(それ自体は意味のない)と項の関係のみを考察することだといってよい。(……)

たとえば、ポパー、クーン、ファイヤアーベントらの「科学史」にかんする事実においては、科学が事実・データからの帰納や“発見”によるのではなく、仮説にもとづく“発明”であること、科学的認識の変化は非連続的であること、それが受けいれられるか否かは好み(プレファレンス)あるいは宣伝(プロパガンダ)・説得(レトリック)によること……などという考えが前提になっている。考えてみればすぐわかることだが、このような科学史(メタ科学)的認識そのものが、その対象、たとえば量子力学やサイバネティックスにもとづいいる。科学史をそのように変化させたののは、すでに現代の科学が経験・データではなく知的構成(建築)にもとづくといわざるをえない事態である。科学史あるいはもっと広く思想史において用いられる理論的枠組(たとえば構造主義)は、科学自体から導入されている。この関係はのちに説明するように自己言及的(セルフ・リファレンシャル)である。すなわち、科学史あるいは思想史は、それが対象とするものに逆に属してしまうのであって、それらはけっして外在的、あるいは“超越的”(メタ)であることができない。

二十世紀の知において生じた事態は、さまざまな個別領域における変化だけでなく、またそれらが諸関係の網目をなすということですらもなく、そのことについての知がもはやそこから超越的ではありえないことなのである。くりかえしていえば、この事態の真に奇妙な性質は、知における変化にあるのではなく、むしろ知についての知(メタ科学・メタ数学・メタ歴史学)がもはや知に対して超越的ではないこと、ホッフシュタッターのことばでいえば、strange loop(不思議な円環)が形成されてしまっていることにある。「形式化」こそがそれを不可避にするのだ。(柄谷行人「隠喩としての建築」『隠喩としての建築』所収pp.40-41)
経験科学の真理にかんしては、「確証可能性 confirmability」をあげる論理実証主義者(カルナップ)と「反証可能性 falsifability」をとなえるポパーとのあいだに、有名な論争があった。ポパーの考えでは、科学的法則はすべて帰納的な支持をもつ仮説でしかなく、観察によってそれと衝突する「否定的データ」が発見されると、その例を肯定的事例として証明できるような新しい包括的な理論が設定され、理論の転換がおこる。したがって、「否定的データ」の発見が科学の進歩や発展の原動力である。ところが、T.クーンらに代表される近年の科学史家は、観察そのものが「理論」に依存していること、理論の優劣をはかる客観的基準としての「純粋無垢なデータ」が存在しないことを主張する。すなわち、経験的データが理論の真理性を保証しているのではなく、逆に経験的データこそ一つの「理論」の下で、すなわち認識論的パラダイムの下で見出される、と。そして、それが極端化されると、「真理」を決定するものはレトリックにほかならないということになる。

しかし、こうした考えは、それ自体、“事物”や“意味”は言語的あるいは理論的網目組織によって分節化されたものだという「形式主義」的観点にほかならない。しかも、このような科学史(メタ科学)的認識は、その対象、たとえば量子力学やサイバネティックスにもとづいている。科学史をそのように変化させたのは、すでに現代の科学が経験・データではなく知的構成(建築)にもとづくといわざるをえない事実であうる。科学史あるいはもっと広く思想史において用いられる理論的枠組(たとえば構造主義)は、科学自体から導入されている。この関係はのちに説明するように自己言及的である。すなわち、科学史あるいは思想史は、それが対象とするものに逆に属してしまうのであって、それらはけっして外在的、あるいは“超越的”(メタ)であることができない。同じことが、フランス的な文脈で語られたフーコーの“アルケオロジー”についてもあてはまる。「構造主義」を知における一つの徴候として読む「立場」は、超越的なものではありえず、それ自体「構造主義」に内属している。このような「不思議な円環」(ホッフシュタッター)を不可避的にするものをこそ、私は「形式化」とよぶのである。(柄谷行人「形式化の諸問題」『隠喩としての建築』所収P96-98)


【蓮實重彦、1979】 
だが、解釈される風景と解釈する視線という抽象的な対応性を超えて、解釈する視線が解釈される風景による解釈をすでに蒙った解釈される視線でしかなく、つまり視線が世界の物語を語る話者である以前にそれじたいが物語の説話論的要素として風景の一部に分節化されてしまっており、したがって視線が分節化する風景の物語は風景が分節化する視線の物語にそれと知らずに汚染しているということ、しかもその事実によって視線同士がた がいに確認しあう風景の解釈は、遂に風景が語る物語を超えることがないという視点は、なにも科学史という「知」の一領域に限らず、こんにち、「文化」と呼ばれる「制度」のあらゆる領域で問題とされているごく退屈な議論にすぎないことは誰もが知っている。

それにもかかわらずクーンが提起したパラダイムの概念、およびそれが煽りたてたもろもろの議論に何がしかの意味があったとするなら、それは、科学の客観性と連続性という双生児的概念に人びとがようやく疑いの目を注ぎはじめたからではなく、科学をも含めたあらゆる今日的思考が、風景論の時代に属しているという現実をクーンが無意識ながら告白しているからにほかならない。またそれにもまして興味深いのは、風景論の時代に特有な認識の配置図や「知」の流通形態の全域を理論的に踏査しつくしたわけでもないのに風景論の時代の言説をもてあそび、そのことできわめて逆説的ながらみずからの立場を証拠だてているかにみえるクーンが、なおそのパラダイム概念の提起にあたって、ほとんどデカルト的というほかない認識のパターンに頼って自分を科学史という物語の話者に仕たてあげ、その視点を修正したり再強化したりしているという点である。その一点に限っていえば、あたかも彼は自分自身が世界の物語による分節をまぬがれ、風景の汚染に抗いうるとでも信じているかにみえる制度的楽天性がそこに露呈しており、その意味でクーンはいささかも革命的ではないし、ましてや反科学的でもない。彼は風景による教育にことのほか忠実なる風景論の饒舌な語り手にすぎないのだ。(蓮實重彦「風景を超えて」『表層批判宣言』所収)

《あたかも彼は自分自身が世界の物語による分節をまぬがれ、風景の汚染に抗いうるとでも信じているかにみえる制度的楽天性がそこに露呈》しているようなクーンのような姿勢を、蓮實はのちに、《自分が批判している対象とは異質の地平に立って、そこに自分の主体が築けるんだと思うような形で語られている抽象的な批評がいまなおあとを絶たない》(『闘争のエチカ』1988)と言っている。

…………

※付記

ジジェクはかねてよりストレンジ・アトラクターへの言及をしていたが、2012年にこう記している(この文だけでは分かりづらいようであったら、「〈モノ das Ding〉というアトラクター」を見よ。ジジェクは1991年の段階ですでに「自然は存在しない」と言っている)。

数学におけるアトラクターを例にとろう。アトラクションの領野内の全ての線や点は、絶え間なく、アトラクターに接近するのみで、決して実際にはその形式に到らない。この形式の存在は、純粋にヴァーチャルなものであり、線と点がアトラクターに向かう形以外の何ものでもない。しかしながら、まさにそれ自体として、そのヴァーチャルな形式が、この領野の現実界なのである。すなわち、全ての要素がそのまわりを旋回する不動の中心的な点が。

このようにして、これらの捻りのヘーゲリアンの論理は、さらにいっそう正確に与えられうる。三段階ではないのだ。ここでは四つの段階が作用している。最初に、一貫的な大他者。次に、侵入する残余としての対象a に非一貫化された大他者。そして、大他者の「一貫性」を支えるものとしてのこの対象(多様な非一貫的象徴化は、侵入する対象への反応のネットワークとしてのみ「全体化」される)。最後に、最初に戻る。だが異なったレヴェルの最初だ。すなわち、「現実界」としての対象a は、象徴秩序自体の、純粋に形式的な歪曲・内的湾曲にとっての「名」に過ぎない。(ジジェク、LESS THAN NOTHING、2012、私訳)

最後に最も基本的な「愚直なnaive 科学者」への問いかけを掲げておこう。19世紀に退行してしまった連中にはこういったことも、おそらく意味不明なのだろうが。

今思えばカントの超越論的な次元に辿りついたとき、私は哲学とは何たるかを間違いなく初歩的なレヴェルでしか理解してなかったのだ、と思いました。つまり、私は哲学が一種の誇大妄想的な企て――ほら、「世界の基本的な構造を理解しましょう」というたぐいのものです――ではないという重要なポイントを理解したとき、哲学はそんなものではないとわかったのです。

あるいは、よりハイデガー的な言い回しを使えばこうです。世界の構造を理解すべく根本的な問いがある場合、世界という観念は単に宇宙であるとか、存在する万物であるというものではないのです。むしろ「世界」というのは、ある種の歴史的カテゴリーであり、世界が何たるかを理解することは、超越論的な用語で言えば、歴史的に以前から存在するアプリオリ(先験的)な構造――世界がいかに私たちに露呈されているのかをどう理解するかを決定する構造――を理解することなのです。

哲学は誇大妄想的なもの megalomaniac enterprise ではないと私が知ったのは、愚直なnaive 科学者から「われわれが合理的な仮説にもとづいた厳然たる現実を扱っているのに対して、君たち哲学者は単にあらゆる事物の構造を夢見ているだけではないのかね」というありがちな反論を受けたときでした。そのとき、哲学はある意味で科学より批判的で、より用心深くさえあるのだということに気づきました。哲学はより初歩的な疑問さえ投げかけます。例えば、科学者がある問いにアプローチする際、哲学のポイントは、「万物の構造は何か」ではなく、「その問いを定式化するために科学者がすでに前提としなければならない概念とは何なのか」ということです((スラヴォイ・ジジェク『ジジェク自身によるジジェク』)

※文句を言ってくる人がいるが、「猿の沈没」を読んでからにしていただきたい。