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2018年5月12日土曜日

己も詩人でありえたのだという幻想を頭の隅に残して生涯を終える


ああ、それね・・・

自分が愛するからこそ、その愛の対象を軽蔑せざるを得なかった経験のない者が、愛について何を知ろう。(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第一部「創造者の道」)

世間知ラズ  谷川俊太郎

(⋯⋯)

行分けだけを頼りに書きつづけて四十年
おまえはいったい誰なんだと問われたら詩人と答えるのがいちばん安心
というのも妙なものだ
女を捨てたとき私は詩人だったか
好きな焼き芋を食ってる私は詩人なのか
頭が薄くなった私も詩人だろうか
そんな中年男は詩人でなくてもゴマンといる

私はただかっこいい言葉の蝶々を追っかけただけの
世間知らずの子ども
その三つ児の魂は
人を傷つけたことも気づかぬほど無邪気なまま
百へとむかう

詩は
滑稽だ

創作の過程の最初は甘美ないざないである。創作者への道もまた、多くは甘美ないざないである。それは、分裂病のごく初期にあるような、多くは対象の明解でない苦悩から脱出するためのいざないであることもあり、それゆえに、このいざないは、多く思春期にその最初の囁きを聞くのである。

多くの作家、詩人の思春期の作品が、後から見れば模倣あるいは幼稚でさえあるのに、周囲が認め気難しい大家さえも激賞するのはこの甘美ないざないをその初期の作品に感得するからではないかと私は疑っている。思いつく例はボール・ヴァレリーの最初期詩編あるいはジッドの「アンドレ・ワルテルの手記」である。このいざないがまだ訪れなかった例はリルケが初期に新聞に書きまくっていた悪達者の詩である。リルケはその後に一連の体験によってこのいざないを感じて再出発しえた希有な詩人である。そうでない多くの作家は一種の芸能人であって、病跡学の対象になりえないほど幸福であるということもできる。芸能人に苦悩がないとはいわないが、おそらくそれは別種の苦悩である。多少の類似性はあるかもしれないが。

さらに多くの人は、この一時期にかいまみた幸福な地平を終生記憶にとどめていて、己も詩人でありえたのだという幻想を頭の隅に残して生涯を終える。(中井久夫「創造と癒し序説」)

ーー若いとき、ってのか、10代の頃ってのは、多くの人が「詩人」だからな、とくに30や40才になっても、詩やら芸術やらにかかずらあっている連中は、あの《時期にかいまみた幸福な地平を終生記憶にとどめて》いるのさ。場合によっては芸能人にすぎない詩人を崇めてね。

でもこういったことをやってきた人は敬愛するね




このところゴダールの作品をそれなりにたくさん観たのだけれど、 『愛の世紀』(原題:愛の賛歌 Éloge de l'amour、2001) のイマージュが頭から離れないな、ボクにはなかったな、60年生きて。




⋯⋯⋯⋯

…詩というものは、若いころに書いたものにろくなものはない。それには待つということが大切だ。そうして一生かかって、それもたぶん長い一生を倦まずたゆまず意味と甘味とを集めねばならない。その果てにようやくたぶん十行の良い詩を書くことができるのであろう。なぜなら、詩はひとの言うように感情ではない(感情ならはじめから十分あるわけだ)、――それは経験なのだ。

一行の詩句を得るためには、たくさんの都会を、人間を、物を見なければならない。けものたちを知り、鳥の飛び方を感じ取り、朝小さな草花のひらく身ぶりを知らなければならない。はじめての土地の、なじみない道のことを、思いがけない出会いや、もう久しくその近づいてくるのが見えていた別れを思い出すことができねばならない、――まだよく意味が明らかにされていない幼年時代のことを、また、両親がぼくたちをよろこばせようとして持って来たものが、ぼくたちにはなんのことかわからず(それはほかの子どもならよろこぶにちがいないものだった)、両親の心を傷つける破目になってしまった思い出や、じつに奇妙な始まり方をして、思いがけない深い重い変化を伴う子どもの病気のことや、ひっそりとつつましい部屋のなかですごす日々のことを、海辺の朝を、海そのものを、多くの海のことを、高い天空をざわめきながら、星々とともに飛び去って行った旅の幾夜さのことを、――そしてたとえ幸いにも、そういう一切のことを思い出すことができても、それはまだ十分ではない。

ひとはまた、どの一夜も他の夜に似ることのなかった多くの恋の夜の思い出を持ち、陣痛にあえぐ女たちの叫びと、産み終えてかろやかに、しろじろとして眠っている女たちの思い出を持たねばならない。しかしまた、死んで行く人々の枕辺にはべり、死んだ人とひとつの部屋にすわって、あけた窓から高くなり低くなりしながらきこえてくる外の物音に耳傾けた経験がなくてはならない。

そして思い出を持つだけでも、まだ十分ではない。思い出が多くなれば、それを忘れることもまたできなければならない。忘れられた思い出がいつかふたたび戻ってくる日を、辛抱強く待たねばならない。なんとなれば、思い出はそれだけでは、まだ何物でもないのだ。それがぼくたちの内部で血となり、まなざしとなり、身のこなしとなり、名もないものとなって、もうぼくたち自身と見分けがつかなくなってはじめて、いつかあるきわめてまれな時刻に、ひとつの詩の最初の言葉が、それらの思い出のただなかから立ちあがって、そこから出て行くということが考えられるのだ。(リルケ『マルテの手記』)

いまさらだが、「あの詩句」は強烈だったな。








君たち、革命家よ! 君たちは主人を探し求めていた。見つかっただろ?

1968年における《父の蒸発 évaporation du père》 (ラカン「父についての覚書 Note sur le Père」1968年)から50年を経て、われわれはどんな主人を見出したのか。《君たち、革命家よ! 君たちは主人を探し求めている。見つかるだろうよ。Ce à quoi vous aspirez comme révolutionnaire, c’est à un Maître. Vous l’aurez.》(Lacan

父が蒸発すれば、母が現れる。母なる主人が。これは必然的な帰結である。個人においても、父=神を「殺した」ニーチェにおいて、 《恐ろしい女主人 meiner furchtbaren Herrin》  が現わるが(参照)、これは、フロイトが『文化のなかの居心地の悪さ』で言明した《文化共同体 Kulturgemeinschaft》心理学においても同様である。

母なる超自我 Surmoi maternel…父なる超自我の背後にこの母なる超自我がないだろうか? 神経症においての父なる超自我よりも、さらにいっそう要求し、さらにいっそう圧制的、さらにいっそう破壊的、さらにいっそう執着的な母なる超自我が。 (ラカン, S5, 15 Janvier 1958)

母なる超自我とは、「母の法」としての原超自我のことである。--《母の法 la loi de la mère…それは制御不能の法 loi incontrôlée…分節化された勝手気ままcaprice articuléである》(Lacan. S5)

母なる超自我 surmoi maternel・太古の超自我 surmoi archaïque、この超自我は、メラニー・クラインが語る「原超自我 surmoi primordial」 の効果に結びついているものである。…

最初の他者 premier autre の水準において、…それが最初の要求 demandesの単純な支えである限りであるが…私は言おう、泣き叫ぶ幼児の最初の欲求 besoin の分節化の水準における純粋で単純な要求、最初の欲求不満 frustrations…母なる超自我に属する全ては、この母への依存 dépendance の周りに分節化される。(Lacan, S.5, 02 Juillet 1958)

※参照:S(Ⱥ) とS1という二つの超自我の徴

この母の法の時代を、ラカンは別に、資本の言説の時代と呼ぶ。

危機 la crise は、主人の言説 discours du maître というわけではない。そうではなく、資本の言説 discours capitalisteである。それは、主人の言説の代替であり、今、開かれている ouverte。

私は、あなた方に言うつもりは全くない、資本の言説は醜悪だ le discours capitaliste ce soit moche と。反対に、狂気じみてクレーバーな follement astucieux 何かだ。そうではないだろうか?

カシコイ。だが、破滅 crevaison に結びついている。

結局、資本の言説とは、言説として最も賢いものだ。それにもかかわらず、破滅に結びついている。この言説は、支えがない intenable。支えがない何ものの中にある…

資本の言説…それはルーレットのように作用する ça marche comme sur des roulettes。こんなにスムースに動くものはない。だが事実はあまりにはやく動く。自分自身を消費する。とても巧みに、ウロボロスのように貪り食う ça se consomme, ça se consomme si bien que ça se consume。さあ、あなた方はその上に乗った…資本の言説の掌の上に…vous êtes embarqués… vous êtes embarqués…(ラカン、Conférence à l'université de Milan, le 12 mai 1972、私訳)

資本の言説の時代とは、われわれに馴染みやすい言葉で言い直せば、市場原理主義の時代のことである。1968年以降もかろうじて生き残っていたマルクスという主人も、1989年に完全に蒸発した。「むき出しの市場原理」、ーーこれが1990年以降に君臨する主人である。

今から振り返ると、両体制が共存した七〇年間は、単なる両極化だけではなかった。資本主義諸国は社会主義に対して人民をひきつけておくために福祉国家や社会保障の概念を創出した。ケインズ主義はすでにソ連に対抗して生まれたものであった。ケインズの「ソ連紀行」は今にみておれ、資本主義だって、という意味の一節で終わる。社会主義という失敗した壮大な実験は資本主義が生き延びるためにみずからのトゲを抜こうとする努力を助けた。今、むき出しの市場原理に対するこの「抑止力」はない。(中井久夫「私の「今」」1996.8初出『アリアドネからの糸』所収)

現在、最も肝腎なのは、父の機能を取り戻すことである。

人は父の名を迂回したほうがいい。父の名を使用するという条件のもとで。le Nom-du-Père on peut aussi bien s'en passer, on peut aussi bien s'en passer à condition de s'en servir.(Lacan, S23, 13 Avril 1976)

つまり父権制を迂回しつつ、父権制原理を使用しなくてはならない。これが柄谷の「帝国の原理」の意味である。

近代の国民国家と資本主義を超える原理は、何らかのかたちで帝国を回復することになる。(……)

帝国を回復するためには、帝国を否定しなければならない。帝国を否定し且つそれを回復すること、つまり帝国を揚棄することが必要(……)。それまで前近代的として否定されてきたものを高次元で回復することによって、西洋先進国文明の限界を乗り越えるというものである。(柄谷行人『帝国の構造』2014年)

柄谷行人にとっての帝国の原理とは、世界共和国である(参照:「帝国」と「帝国主義」の相違


⋯⋯⋯⋯

※付記

「学園紛争は何であったか」ということは精神科医の間でひそかに論じられつづけてきた。1960年代から70年代にかけて、世界同時的に起こったということが、もっとも説明を要する点であった。フランス、アメリカ、日本、中国という、別個の社会において起こったのである。「歴史の発展段階説」などでは説明しにくい現象である。

では何が同時的だろうかと考えた。それはまず第二次世界大戦からの時間的距離である。1945年の戦争終結の前後に生まれた人間が成年に達する時点である。つまり、彼らは戦死した父の子であった。あるいは戦争から還ってきた父が生ませた子であった。しかも、この第二次世界大戦から帰ってきた父親たちは第一次大戦中あるいは戦後の混乱期に生まれて恐慌時代に青少年期を送っている人が多い計算になる。ひょっとすると、そのまた父は第一次大戦が当時の西欧知識人に与えた、(われわれが過小評価しがちな)知的衝撃を受けた世代であるかもしれない。

二回の世界大戦(と世界大不況と冷戦と)は世界の各部分を強制的に同期化した。数において戦死者を凌駕する死者を出した大戦末期のインフルエンザ大流行も世界同期的である。また結核もある。これらもこの同期性を強める因子となったろうか。

では、異議申立ての内容を与えたものは何であろうか。精神分析医の多くは、鍵は「父」という言葉だと答えるだろう。実際、彼らの父は、敗戦に打ちひしがれた父、あるいは戦勝国でも戦傷者なりの失望と憂鬱とにさいなまれた父である。戦後の流砂の中で生活に追われながら子育てをした父である。古い「父」の像は消滅し、新しい「父」は見えてこなかった。戦時の行為への罪悪感があるものも多かったであろう。戦勝国民であっても、戦場あるいは都市で生き残るためにおかしたやましいことの一つや二つがあって不思議ではない。二回の大戦によってもっともひどく損傷されたのは「父」である。であるとすれば、その子である「紛争世代」は「父なき世代」である。「超自我なき世代」といおうか。「父」は見えなくなった。フーコーのいう「主体の消滅」、ラカンにおける「父の名」「ファルス」の虚偽性が特にこの世代の共感を生んだのは偶然でなかろう。さらに、この世代が強く共感した人の中に第一次大戦の戦死者の子があることを特筆したい。特にアルベール・カミュ、ロラン・バルトは不遇な戦死者の子である。カミュの父は西部戦線の小戦闘で、バルトの父は漁船改造の哨戒艇の艇長として詳しい戦史に二行ばかり出てくる無名の小海戦で戦死している。

異議申立ての対象である「体制」とは「父的なもの」の総称である。「父なるもの」は「言語による専制」を意味するから、マルクス主義政党も含まれる道理である。もっとも、ここで「子どもは真の権威には反抗しない。反抗するのはバカバカしい権威 silly authority だけである」という精神科医サリヴァンの言葉を思い起こす。第二次大戦とそれに続く冷戦ほど言語的詐術が横行した時代はない。もっとも、その化けの皮は1960年代にすべて剥がれてしまった。(中井久夫「学園紛争は何であったのか」書き下ろし『家族の深淵』1995年)


2018年5月11日金曜日

わかっちゃいるけどやめられないエロ事

「男どもはな、別にどうにもこうにもたまらんようになって浮気しはるんとちゃうんや。みんな女房をもっとる、そやけど女房では果たしえん夢、せつない願いを胸に秘めて、もっとちがう女、これが女やという女を求めはんのや。実際にはそんな女、この世にいてへん。いてえへんが、いてるような錯覚を与えたるのがわいらの義務ちゅうもんや。この誇りを忘れたらあかん、金ももうけさせてもらうが、えげつない真似もするけんど。目的は男の救済にあるねん、これがエロ事師の道、エロ道とでもいうかなあ。」(野坂昭如『エロ事師たち』)

エロ事ってのは、(タカの知れたものであることを)わかっちゃいるけど、やめられないってことだな。荒木経惟の作品や彼の発言をいくらか追っているのだけれどさ、このところ。




──オマンコを一年撮り続けたら、顔が一番卑猥に見えてくるっていう意味のことを書いておられましたね。(⋯⋯)

荒木)裸を撮っても、じゃあ最後トドメ行くぞって時は顔なんだ。もったいない話だよ。裸になってるのに顔だけしか撮らないんだから。ほかから見たら変だろ(笑)。

───富山県のミュゼふくおかカメラ館の開館記念で、「富山ノ女性101人」の顔をお撮りになりました(平成十二年[二〇〇〇年])。撮影は大変だったんじゃないですか。

荒木 気力と体力がないと撮れないよ。(⋯⋯)

初めて会う人ばかりなんだけど、アタシに撮ってほしいって人は、どんどん自分を出してく るんだ。そうしたらアタシもノッてくるからさ。だから顔はさしで撮るのが一番いいね。その人が全部出る。中には隠そうという気持ちのある人もいるけど、それも出ちゃう。隠したいっていう顔になってる。だから顔なんだ。

ちょっと普段言ってることと違うんだけど、顔はオブジェにして撮っちゃダメなんだ。向こうが熱をぶつけてきて、こっちも熱をぶつけて、顔がオブジェになるちょっと手前、その感じの顔が一番いい。四月に表参道ヒルズでやる「裸の顔」の写真展では、そういう顔を並べるんだ。

荒木 今は撮られたいっていう女の子が向こうから来てくれるからね。前は俺と末井さんで 裸は芸術だ、アートだからとか言って女の子口説いて、すっぽかされたりしてたんだから (笑)。俺は縛りとかの写真も撮ってるんだけど、俺の写真全体を見て撮ってくれっていう子が来るんだからいい時代だよ。女は俺を見る目があるんだなぁ。撮ってくれっていう女はまた上玉なんだ。女の撮られたいっていう本能はいいねぇ(笑)。(「ほぼありのままあの荒木経惟」)




いやあ、いいこと言ってるね、男には撮られたい本能ってないからな、それに《顔はオブジェにして撮っちゃダメなんだ。向こうが熱をぶつけてきて、こっちも熱をぶつけて、顔がオブジェになるちょっと手前、その感じの顔が一番いい》なんてのは、物理学者のニールス・ボーアみたいじゃないか。

どこまでが身体か。これには物理学者ニールス・ボーアの有名な思考実験がある。杖を持って道を歩く時に、杖をゆるく持つならば、杖の動きは道路の凹凸を反映し、杖は対象に属する。しかし、しっかり持つならば、杖の動きは腕の動きを反映して、対象ではなく、主体(の延長としての身体)に属する。主体と対象との境界線は任意であることを数学者フォン・ノイマンは数学的に証明した(『量子力学の数学的基礎』)。(中井久夫「重層体としての身体」『家族の深淵』1995 所収)

これは撮影機も同じだろう。例えば女を撮り続ける写真家のカメラも。カメラを「ゆるく持つならば」、カメラの動きは女の「凹凸を反映し」、カメラは女「に属する。しかし、しっかり持つならば」、カメラの動きは女ではなく、「主体(の延長としての身体)」、すなわちカメラマンに「属する。」

ところで、女ってのは、男のエロ事がなくなったら、何を楽しみにして生きるんだろ? ようするにつぎのことができなくなっちまったら。

女性が自分を見せびらかし s'exhibe、自分を欲望の対象 objet du désir として示すという事実は、女性を潜在的かつ密かな仕方でファルス ϕαλλός [ phallos ] と同一のものにし、その主体としての存在を、欲望されるファルス ϕαλλός désiré、他者の欲望のシニフィアン signifiant du désir de l'autre として位置づける。こうした存在のあり方は女性を、女性の仮装と呼ぶことのできるものの彼方 au-delà de ce qu'on peut appeler la mascarade féminineに位置づけるが、それは、結局のところ、女性が示すその女性性au-delà de ce qu'on peut appeler la mascarade féminine のすべてが、ファルスのシニフィアンに対する深い同一化に結びついているからである。この同一化は、女性性 féminité ともっとも密接に結びついている。(ラカン、S5、23 Avril 1958)

男のリーベ(愛+欲望)の《フェティッシュ形式 la forme fétichiste》 /女のリーベ(愛+欲望)の《被愛マニア形式 la forme érotomaniaque》(Lacan, E733)だからな。

すなわち、《男の幸福は、「われは欲する」である。女の幸福は、「かれは欲する」である。》(ニーチェ『ツァラトゥストラ』)

⋯⋯⋯⋯

私自身が一人の女に満足できる人間ではなかつた。私はむしろ如何なる物にも満足できない人間であつた。私は常にあこがれてゐる人間だ。

 私は恋をする人間ではない。私はもはや恋することができないのだ。なぜなら、あらゆる物が「タカの知れたもの」だといふことを知つてしまつたからだつた。

 ただ私には仇心があり、タカの知れた何物かと遊ばずにはゐられなくなる。その遊びは、私にとつては、常に陳腐で、退屈だつた。満足もなく、後悔もなかつた。(坂口安吾『私は海をだきしめてゐたい 』)

男ってのは基本的に「われは女を欲する」なのさ、それを抑圧している謹厳居士諸君は、晩年、「女狂い」にならないように注意しなくちゃな。

外傷は破壊だけでなく、一部では昇華と自己治癒過程を介して創造に関係している。先に述べた詩人ヴァレリーの傷とは彼の意識においては二十歳の時の失恋であり、おそらくそれに続く精神病状態である(どこかで同性愛性の衝撃がからんでいると私は臆測する)。

二十歳の危機において、「クーデタ」的にエロスを排除した彼は、結局三十年を隔てて五十一歳である才女と出会い、以後もの狂いのようにエロスにとりつかれた人になった。性のような強大なものの排除はただではすまないが、彼はこの排除を数学をモデルとする正確な表現と厳格な韻律への服従によって実行しようとした。それは四十歳代の第一級の詩として結実した。フロイトならば昇華の典型というであろう。しかし、彼の詩が思考と思索過程をうたう下にエロス的ダブルミーニングを持って、いわば袖の下に鎧が見えていること、才女との出会いによって詩が書けなくなったことは所詮代理行為にすぎない昇華の限界を示すものであり、昇華が真の充足を与えないことを物語る。

彼の五十一歳以後の「女狂い」はつねに片思い的で青年時の反復である(七十歳前後の彼が一画家に送った三千通の片思い的恋文は最近日本の某大学が購入した)。他方、彼の自己治癒努力は、生涯毎朝書きつづけて死後公開された厖大な『カイエ』にあり、彼はこれを何よりも重要な自己への義務としていた。数学の練習と精神身体論を中心とするアフォリズム的思索と空想物語と時事雑感と多数の蛇の絵、船の絵、からみあったPとV(彼の名の頭文字であり男女性器の頭文字でもある)の落書きが「カイエ」には延々と続く。自己治癒努力は生涯の主要行為でありうるのだ。(中井久夫「トラウマとその治療経験」初出2000年『徴候・記憶・外傷』所収)

⋯⋯⋯⋯

次のイマージュは、ゴダール63才のときのものだ。


ゴダール、(複数の)映画史

少し前、ピナ・バウシュの演出におけるシュミーズの際立ったエロティックな画像を貼り付けたが、ゴダールにおける「ネグリジェ」、--たぶんそう呼ぶのだろう、シュミーズでもなくスリップでもなくーーも、とってもいいよ。

上の『(複数の)映画史』のスチル画像は、『ゴダールの訣別 Hélas pour moi』(1993)におけるロランス・マスリア Laurence Masliah の姿態の自己引用である。




この映像のあと、10分か15分ぐらい後に、次の映像が現われる。




ーーいやあ、ロランス・マスリアのネグリジェ姿がガラス扉に映ったりして、とてもエロティックである。「神の女」としてしばらく佇んだ後の、瞬間的なフラッシュも美しい、《ゴダール(Godard)の中には神(God)がいると平然といってのけたりもする映像作家⋯⋯》(蓮實重彦『ゴダール マネ フーコー 思考と感性をめぐる断片的な考察』2008年)

こういった姿は、自分の「神さん」がかりにこうであっても、まったくエロくないのがいっけん奇妙だけれど、愛すべき妻も他人の目でみなければ、エロくないんだ。

人が何かを愛するのは、その何かのなかに近よれないものを人が追求しているときでしかない、人が愛するのは人が占有していないものだけである。(プルースト「囚われの女」)
出奔した女は、いままでここにいた女とはおなじ女ではもはやなくなっている。(プルースト『逃げ去る女』)

ロランス・マスリア Laurence Masliah がやっているラシェル・ドナデュー役(ジェラール・ドパルデューの妻役)は、アンヌ=マリー・ミエヴィル Anne-Marie Miévilleがモデルかな、とふと思う。





が、それはこの際どうでもよろしい。

文学者はひとたび書けば、その作中の諸人物の、身ぶり、独特のくせ、語調の、どれ一つとして、彼の記憶から彼の霊感をもたらさなかったものはないのである。つくりだされた人物の名のどれ一つとして、実地に見てきた人物の六十の名がその下敷きにされていないものはなく、実物の一人は顔をしかめるくせのモデルになり、他の一人は片めがねのモデルになり、某は発作的な憤り、某はいばった腕の動かしかた、等々のモデルになった。 (プルースト「見出された時」)

なにはともあれ、ゴダールはネグリジェ好きな映像作家だな。



アンナ・カリーナ、パンティはいてるのかな、って探るために切り取ったんだけどさ。スローモーションにしたらわかるよ

ゴダールは、逆光のなかのネグリジェ姿がとりわけすきみたいだな。






2018年5月10日木曜日

ボクはアラーキーによって「女になる」んだ

「撮る」「撮られる」「見る」の三つの視線が写真にはあるはずだったのに、親密な関係を写す写真には「撮る」「撮られる」の二つの視線しか想定されていない。では、「見る」ものはどのように見たらいいのか。写真の鑑賞者は、「撮られる」ように「見る」、もしくは「撮る」ように「見る」ことを迫られるのである。つまりは、写真家とモデルの立場に自身を投入することになる。(秦野真衣「私的な視線によるエロティシズム――荒木経惟の作品を中心とした写真に関する考察――」2002年)

ーーすばらしいな、この秦野真衣さんの記述は(参照:「アタシは荒木経惟の写真に震えたの」。

ボクは荒木経惟のいくつかの作品を見て、「ゆらめく閃光」に打たれることがある。

・それは鋭いが覆い隠され、沈黙のなかで叫んでいる。奇妙に矛盾した言い方だが、それはゆらめく閃光 un éclair qui flotte なのである。

・ある何ものかが一閃して quelque chose a fait tilt、私の心に小さな震動を、悟りを、無の通過を生ぜしめたのである。(ロラン・バルト『明るい部屋』)

あるいは「プンクトゥム 」にね、ーー《バルトのストゥディウムとプンクトゥムは、ラカンのオートマンとテュケーへの応答である。Les Studium et punctum de Barthes répondent à automaton et tuché》(ミレール2011, jacques-alain miller 2011,L'être et l'un)

※ラカン=アリストテレスのαύτόματον [ automaton ]/τύχη [ tuché ]とは、「シニフィアンのネットワーク réseau de signifiants」/「現実界との出会い rencontre du réel」

プンクトゥム(punctum)、――、ストゥディウムを破壊(または分断)しにやって来るものである。(……)プンクトゥムとは、刺し傷 piqûre、小さな穴 petit trou、小さなシミ petite tache、小さな裂け目 petite coupureのことであり――しかもまた骰子の一振り coup de dés のことでもあるからだ。ある写真のプンクトゥムとは、その写真のうちにあって、私を突き刺す(ばかりか、私にあざをつけ、私の胸をしめつける)偶然 hasard なのである。(ロラン・バルト『明るい部屋』)

アラーキーは、「オマンコを撮り続けたら、顔が一番卑猥に見えてくる」と要約できること(後引用)を言っているように、彼の作品は顔を熟視しなくちゃダメだめなんだな、わかるかい?そうするとボクの場合、秦野さんの言うように撮られる側に「自身を投入」してることがわかるんだ。けっして撮る側じゃない。




そして自分のなかの女の幼虫 embryonが、暗闇のなかでザワザワと蠢くんだ。

……倒錯者 inverti たちは、女性に属していないというだけのことで、じつは自分のなかに、自分が使えない女性の胚珠 embryon をもっている。(プルースト「ソドムとゴモラ」井上究一郎訳)

標準的なみなさんには、わからないのかもな。でも最近のラカン派では「一般化倒錯perversion généralisée」ということが言われていて、これは「人はみな倒錯だ」という意味だ(参照:人はみな穴埋めする)。

フロイトが言ったことに注意深く従えば、全ての人間のセクシャリティは倒錯的である。フロイトは決して倒錯以外のセクシャリティに思いを馳せることはしなかった。そしてこれがまさに、私が精神分析の肥沃性 fécondité de la psychanalyse と呼ぶものの所以ではないだろうか。

あなたがたは私がしばしばこう言うのを聞いた、精神分析は新しい倒錯を発明することさえ未だしていない、と(笑)。何と悲しいことか! 結局、倒錯が人間の本質である la perversion c'est l'essence de l'homme,。我々の実践は何と不毛なことか!(ラカン、S23 Le Sinthome、1977)

で「標準的なみなさん」のことを何と呼ぶのかと言えば、

最も標準的な異性愛の享楽は、父のヴァージョン père-version、すなわち「倒錯的享楽 jouissance perverseの父の版」と呼びうる。…エディプス的男性の標準的解決法、すなわちそれが父の版の倒錯である。(コレット・ソレール2009、Lacan, L'inconscient Réinventéーー「人はみな穴埋めする」)

ーーというわけで、「標準的なみなさんには、わからないのかもな」と先ほど書いたことを言い直せば、「父の版の倒錯者には、わからないかもな」となる。

だからエディプス的男たち、いやそれだけでなくエディプス的女たちが、アラーキーの作品を嫌うのはーーラカン理論的にもーーよくわかるよ。そもそもフェミニストってのは、かつてニーチェやデリダが言ったように、おおむね「エディプス的女」だからな。

他方、ボクは「母の版の倒錯者」でね。

倒錯 perversion とは…大他者の享楽の道具 instrument de la jouissance de l'Autre になることである。(ラカン、E823)

人にとっての最初の大他者とは、「母なる大他者」だ。

倒錯のすべての問題は、子供が母との関係ーー子供の生物学的依存ではなく、母の愛への依存dépendance de son amour,、すなわち母の欲望への子供の欲望 le désir de son désir によって構成される関係--において、母の欲望の想像的対象 l'objet imaginaire(想像的ファルス)と同一化することである。(ラカン、エクリ、E.554、摘要訳)

当たり前のことだが、父よりも母との関係のほうが根源的だ。

前エディプス präödipal 期と名づけられることのできる、もっぱら母への結びつき(母拘束 Mutterbindung)時期はしたがって、女性の場合には男性の場合に相応するのよりはるかに大きな意味を与えられる。

これは手近な退行 Regression の一例だと思えば、容易に理解される。母との関係 Mutterbeziehung のほうがより根源的であり、そのうえに父への結びつき Vaterbindung がきずきあげられていたのだが(⋯⋯)この抑圧されていた根源的なものが現われてくるのである。(フロイト『女性の性愛』1931年)
母へのエロス的固着の残余 Rest der erotischen Fixierung an die Mutter は、しばしば母への過剰な依存 übergrosse Abhängigkeit 形式として居残る。そしてこれは女への隷属 Hörigkeit gegen das Weib として存続する。(フロイト『精神分析概説』草稿、死後出版 1940 年、私訳)

こういうことを記すと、おまえさん、成熟してないんだよ、とか言うのだろうけどさ

精神分析のラカニアンとして方向づけられた実践の実に根本的な言明…それは、どんな成熟もない il n'y pas de maturation 。無意識としての欲望の成熟はない ni de maturité du désir comme inconscientである。(ミレール、L'Autre sans Autre 、2013)

上にアラーキーの作品を見ていると「自分のなかの女の幼虫が、暗闇のなかでザワザワと蠢く」と記したけど、別の言い方をすれば、アラーキーのいくつかの作品は「女への生成変化」を促すんだ(くりかえせば、あくまでボクの場合、母の版の倒錯者のボクの場合だ。そしてこの「ボク」とはいまこうやって記しているこの「わたくし」ではないかもしれない)。





少女が女性になるのではなく、女性への生成変化 le devenir-femme が普遍的な少女を作り出す。子供が大人になるのではなく、子供への生成変化 le devenir-enfant が普遍的な少年を作り出す。…

少女や子供が生成変化をとげるのではない。生成変化そのものが少女や子供なのである。子供が大人になるのではないし、少女が女性になるのでもない。少女とは男女両性に当てはまる女性への生成変化 le devenir-femme であり、同様にして子供とは、あらゆる年齢に当てはまる未成熟への生成変化 devenir-jeune である。

「うまく年をとる Savoir vieillir」ということは若いままでいることではなく、各個人の年齢から、その年齢固有の若さを構成する微粒子、速さと遅さ、そして流れを抽出することだ。「うまく愛するSavoir aimer」ということは男性か女性のいずれかであり続けることではなく、各個人の性から、その性を構成する微粒子、速さと遅さ、流れ、そしてn個の性を抽出することだ。〈年齢〉そのものが子供への生成変化なのだし、性一般も、さらに個々の性も、すべて女性への生成変化、つまり少女たりうるのである。(⋯⋯)

ところで、女性への生成変化も含めて、あらゆる生成変化がすでに分子状であるとしても、あらゆる生成変化は女性への生成変化に始まり、女性への生成変化を経由するということも、はっきりさせておかなければならない。女性への生成変化は他のすべての生成変化を解く鍵なのである。le devenir-femme. C'est la clef des autres devenirs. (ドゥルーズ &ガタリ『千のプラトー』)

《私の歴史において実現されるものは、もはやそうであったものとしての定過去 passé défini ではなく、私があるところの現在完了でさえもない。そうではなく私が生成変化 train de devenir の過程にあるところのそうなるであろうという前未来 futur antérieur である。》(ラカン、 精神分析におけるパロールとランガージュの機能と領野 Fonction et champ de la parole et du langage「ローマ講演、1953」)

⋯⋯⋯⋯

※付記

上に「オマンコを撮り続けたら、顔が一番卑猥に見えてくる」と要約できることを、荒木経惟は言っていると記したが、たとえば次の文である。



まーともかく、写真をやろうってんなら、まずはオマンコ撮らなくちゃダメだろーなあ。イレポンダシポン、オマンコが風景になるまで撮りつづけるのだ。で、余裕ができて周辺が見えてくる。ケツのアナがよく見えてくる。これが、ミッチャンミチミチウンコたれて「未知子との遭遇」 ってやつ。そしたら、ミチコを撮りたくなるじゃない。バーチバチ撮る。そのうちに入れたくなる じゃない、そしたら入れる。ミチコに入れて、オマンコ撮る。これで完全に写真に入門したわけ。おまけに浣腸してあげたりして。それで、だんだん亀裸アングルが上に向かってイクー。 オケケ、ヘソ、オッペエ、クチブル、ハナノアナ、メ、・・・・・・そのうち顔がハッキリと見えてくる。 女体でいちばんワイセツな顔がハッキリ撮れりゃー、もー卒業ね。 (『未知子との遭遇――『写真への旅』』 1979年)

いかにも男根的な発言である。ああ、亀裸! だが、彼は後年こうも言っている。

写真家というのはね、きっとね、自分のことも振られたいしね、見られたいっていう気があるんじゃないかと、で、もしもそういう振られたいとか見られたいっていう気がなかったら、写真家としてはダメなんじゃないかっいう気持ちあるね (荒木経惟 「アラーキズム」 伊藤俊治編 1994年)

(「アタシは荒木経惟の写真に震えたの」)

苦痛の感覚も他の不快感覚と同じように、性的興奮を高めて、快的状態を生みだし、その状態のためには苦痛の不快 Unlust des Schmerzes も甘受される、ということは充分に考えられる。苦痛を感じることが、ひとたびマゾヒスティックな目標になってしまうと、ひるがえって、苦痛を与えるというサディスティックな目標も生じうるわけで、このような苦痛を他者に引き起こす一方、苦しむ対象と同一化 Identifizierung mit dem leidenden Objekt することによって自らマゾヒスティックに、その苦痛を享受するのである。(フロイト『欲動とその運命』1915)

《不快とは、享楽以外の何ものでもない déplaisir qui ne veut rien dire que la jouissance. 》(Lacan, S17, 11 Février 1970)

déplaisirとは何と訳すべきだろうか。不快ではなく、脱快とすべきかも。ようするに快原理の彼岸にある快である。《苦痛のなかの快 Schmerzlust》(フロイト『マゾヒズムの経済論的問題』1924年)である。

すなわちdéplaisirとは、快原理(象徴界)の非一貫性の裂け目に外立(脱自)する快である。外立ーー、《現実界は外立するLe Réel ex-siste》(ラカン、S22)、ハイデガーの《エク・スターシス ek-stasis (自身の外へ出る)・エクスターティッシュ・オッフェン ekstatisch offen(エクスタシー的開け)》である。

この現実界の審級にある《苦痛のなかの快 Schmerzlust》とは、「享楽という原マゾヒズム」にかかわる(参照)。

私が享楽 jouissance と呼ぶものーー身体が己自身を経験するという意味においてーーその享楽は、つねに緊張tension・強制 forçage・消費 dépense の審級、搾取 exploit とさえいえる審級にある。疑いもなく享楽があるのは、苦痛が現れ apparaître la douleur 始める水準である。そして我々は知っている、この苦痛の水準においてのみ有機体の全次元ーー苦痛の水準を外してしまえば、隠蔽されたままの全次元ーーが経験されうることを。(ラカン,Psychanalyse et medecine,1966)
享楽は現実界にある。la jouissance c'est du Réel. …マゾヒズムは現実界によって与えられた享楽の主要形態である。Le masochisme qui est le majeur de la Jouissance que donne le Réel(ラカン、S23, 10 Février 1976)

……

享楽(悦楽 Lust)が欲しないものがあろうか。享楽は、すべての苦痛よりも、より渇き、より飢え、より情け深く、より恐ろしく、よりひそやかな魂をもっている。享楽はみずからを欲し、みずからに咬み入る。環の意志が享楽のなかに環をなしてめぐっている。――

- _was_ will nicht Lust! sie ist durstiger, herzlicher, hungriger, schrecklicher, heimlicher als alles Weh, sie will _sich_, sie beisst in _sich_, des Ringes Wille ringt in ihr, -(ニーチェ「酔歌」『ツァラトゥストラ』)




2018年5月9日水曜日

ラカンの「四つの愛の縛り」理論

言説とは何か? それは、言語の存在によって生み出されうるものの配置のなかに、社会的結びつき lien social の機能を作り上げるものである。

Le discours c'est quoi? C'est ce qui, dans l'ordre ... dans l'ordonnance de ce qui peut se produire par l'existence du langage, fait fonction de lien social. (Lacan, ミラノ講演、1972)

上の文から分かるように、ラカン理論の華のひとつ、四つの言説の「言説」は、一般に流通するフーコーの「言説」とはまったく異なる意味をもっている。

ところでジャック=アラン・ミレールは次のように言っている。

ラカンが四つの言説と呼んだものの各々は、変動する愛がある。それは、諸言説のダイナミズムにおけるエージェントの変動のように機能している。そして、ラカン以後、われわれが「社会的結びつき lien social」と呼ぶものは、フロイトが『集団心理学と自我の分析』にて教示した「エロス的結びつき或は愛の結びつき erotic or amorous link」のことである。(A New Kind of Love Jacques-Alain Miller

フロイトの『集団心理学と自我の分析』から拾おう。

第四章にはこうある。

われわれは愛の結びつき Liebesbeziehungen(あたりさわりのない言い方をすれば、感情的結びつき Gefühlsbindungen)が集団精神の本質をなしているという前提に立って始める。(フロイト『集団心理学と自我の分析』1921年)

第八章ーーラカン派による引用・準拠が最も多い「惚れ込みと催眠」の章ーーには、次の文がある。

同一化と、極度に発展した惚れ込み Verliebtheit の形式ーー魅了とか愛の虜(エロスの虜 verliebte Hörigkeit)とか呼ばれるものーーの相違 ⋯⋯(『集団心理学と自我の分析』1921年)

ミレールが「愛の結びつき」というときには、このどちらかの文に依拠している筈である。わたくしの手許の英訳では、前者の"beziehungen" は"bond"、後者の"Verliebtheit"は、"bondage"となっている。"bondage"、すなわち「緊縛Verliebtheit」「愛の緊縛 verliebte Hörigkeit」。

ミレールのこの論文「A New Kind of Love」の冒頭に荒木経惟の緊縛写真が貼付されているのは、これゆえかもしれない。



前者の「愛の結びつき Liebesbeziehungen」における "beziehungen" の使用例をもうひとつ掲げよう。「母拘束 Mutterbindung」をめぐる箇所に次のようにある。

前エディプス präödipal 期と名づけられることのできる、もっぱら母への結びつき(母拘束 Mutterbindung)時期はしたがって、女性の場合には男性の場合に相応するのよりはるかに大きな意味を与えられる。

これは手近な退行 Regression の一例だと思えば、容易に理解される。母との関係 Mutterbeziehung のほうがより根源的であり、そのうえに父への結びつき Vaterbindung がきずきあげられていたのだが(⋯⋯)この抑圧されていた根源的なものが現われてくるのである。母対象から父対象へ vom Mutter- auf das Vaterobjekt の情動的結びつき affektiver Bindungen の振り替え Überschreibungこそは、女らしさ Weibtum に導く発達の主要な内容をなしていたのである。(フロイト『女性の性愛』1931年)

フロイトは"bindung"と"beziehung"をほとんど等価なものとして使用しているように見える。「愛の結びつき」とは、「愛の関係」ともできるだろう。表題の「愛の縛り」とは、敢えて誇張的に記したものである。

「愛の虜 verliebte Hörigkeit」における"Hörigkeit"のフロイトによる使用例も、最晩年の著作からもう一つ挙げよう。

母へのエロス的固着の残余 Rest der erotischen Fixierung an die Mutter は、しばしば母への過剰な依存 übergrosse Abhängigkeit 形式として居残る。そしてこれは女への隷属 Hörigkeit gegen das Weib として存続する。(フロイト『精神分析概説』草稿、死後出版 1940 年、私訳)

ラカンの「社会的結びつき lien social 」とは、わたくしは「社会的つながり」と訳してきたが、一般には「社会的紐帯」とも訳されてきた言葉である。すなわち、紐と帯で縛られるのが四つの言説である。

以上、ラカンの四つの言説(四つのディスクール)とは、「エロス的紐帯」、「エロス的結びつき(縛り Hörigkeit)」にかかわる理論とすることができる。あるいはフロイトの『集団心理学』における「感情的結びつき Gefühlsbindungen」、『女性の性愛』における「情動的結びつき affektiver Bindungen」にかかわる理論としておこう。

だが「情動」とは何だろうか。フロイト自身は「情動」という語を明瞭な定義をもって使っているわけではない。だがラカン派においては、なによりもまず「身体がシニフィアン(表象)に媒介されずに現実界にアフェクトされること」である。

仏女流ラカン臨床家の第一人者コレット・ソレールの比較的新しい情動論においては次の通り。

情動とは、傷ついた享楽の地位に「応答」するものである。情動は、現実界の場にポジションを取る主体の倫理にたずさわる。L'affect « répond » au statut d'une jouissance blessée, il engage donc l'éthique du sujet qui prend position à l'endroit du réel.(コレット・ソレール、2011,pdf)

ここで四つの言説の基盤となる構造図の種々あるヴァリエーションから次の図を掲げておこう。




上段が象徴界、下段が現実界である。ソレールのいう「傷ついた享楽」とは、剰余享楽 plus de jouirとしておそらく捉えうる。


※なお四つの言説のそれぞれの基本については、「四つの言説 quatre discours」を参照。


教養ある美しき魂

やあ、アラーキーについて記したことになんか言ってくるヤツがいるが、きみは教養あるマジョリティなんだよ、教養人はボクのブログなんて読んじゃだめだ。そもそもここは「蚊居肢」だぜ。つねに女の肢のまわりをまわってる蚊のブログだよ、 《スカートの内またねらふ藪蚊哉》(永井荷風)

愛の欲動 Liebestriebe を、精神分析ではその主要特徴と起源からみて、性欲動Sexualtriebe と名づける。「教養ある Gebildeten」マジョリティは、この命名を侮辱とみなし、精神分析に「汎性欲説 Pansexualismus」という非難をなげつけ復讐した。性をなにか人間性をはずかしめ、けがすものと考える人は、どうぞご自由に、エロスErosとかエロティック Erotik という言葉を使えばよろしい。

私も最初からそうすることもできただろうし、それによって多くの反発をまぬかれたことだろう。しかし私はそうしたくなかった。というのは、私は弱気に陥りたくなかったからである。そんな尻込みの道をたどっていれば、どこへ行きつくものかわかったものではない。最初は言葉で屈服し、次にはだんだん事実で屈服するのだ。

私には性 Sexualität を恥じらうことになんらかの功徳があるとは思えない。エロスというギリシア語は、罵詈雑言をやわらげるだろうが、結局はそれも、わがドイツ語の愛(リーベ Liebe)の翻訳である。つまるところ、待つことを知る者は譲歩などする必要はないのである。(フロイト『集団心理学と自我の分析』1921年)

教養あるマジョリティってのは、善人のことだ

私は善人は嫌ひだ。なぜなら善人は人を許し我を許し、なれあひで世を渡り、真実自我を見つめるといふ苦悩も孤独もないからである。(坂口安吾『蟹の泡』)
善人は気楽なもので、父母兄弟、人間共の虚しい義理や約束の上に安眠し、社会制度というものに全身を投げかけて平然として死んで行く。(坂口安吾『続堕落論』)

女の尻から目をそらして、ウスギタナイとかいったりするのが、ようするに善人だな。

我々小説家が千年一日の如く男女関係に就て筆を弄し、軍人だの道学先生から柔弱男子などと罵られてゐるのも、人生の問題は根本に於て個人に帰し、個人的対立の解決なくして人生の解決は有り得ないといふ厳たる人生の実相から眼を転ずることが出来ないからに外ならぬ。(坂口安吾「咢堂小論」)
自分の生活を低く評價せられまいと言ふ意識を顯し過ぎた作品を殘した作者は、必後くちのわるい印象を與へる…。唯紳士としての體面を崩さぬ樣、とり紊さぬ賢者として名聲に溺れて一生を終つた人などは、…殊にいたましく感じられます。(折口信夫「好惡の論」)

 ま、というわけでさ、ではサヨウナラ、教養ある美しい魂くん!

完全に不埒な「精神」たち、いわゆる「美しき魂」ども、すなわち根っからの猫かぶりども。(ニーチェ『この人を見よ』)
世論と共に考えるような人は、自分で目隠しをし、自分で耳に栓をしているのである。(ニーチェ『反時代的考察』)

2018年5月8日火曜日

アタシは荒木経惟の写真に震えたの

「私的な視線によるエロティシズム――荒木経惟の作品を中心とした写真に関する考察――」(秦野真衣)という論文がある(現在はリンク切れだが、かつてはネット上にpdfで落ちていた)。

今、調べてみると、東京大学美学芸術学研究室に所属された方の、2002年の卒論のようだ(参照)。

この論文には次の記述がある。


図版一を見ていただきたい。序論で紹介したこの写真は、おそらく仰向けになったままからだをかたむけ鑑賞者へと視線を送る女性の顔写真である。この写真を見て、私はドキッとした。胸がざわめいた。この写真は私にエロティシズムを呼び起こしたのだ。だが、写っているのは女性である。女性が女性を見てエロティシズムを感じる。男性に向けてのあのグラビアアイドルたちには無いものがここにはあるのだろうか。

もう少し丹念に写真を見てみよう。これは「S&Mスナイパー」というSM専門雑誌の緊縛写真連載に使われた写真の一つである。実は画面に写っていない彼女の首から下は裸であり、この顔に至るまでに彼女は縛られ、蝋燭をたらされと、かなりの攻められ方を写真にとられているのだが、最も魅力にあふれているのは、最後にとられたこの顔だ。彼女の視線はこちらを向いているが、それはわれわれ鑑賞者の視線と交差することなく、どこか違うところを見ているようだ。グラビアアイドルと同じようにこちらを見ているにもかかわらず、こちらの彼女とは目があった気がしない。一体誰を見ているのか。答えはおそらく写真家だ。彼女の視線はわれわれを通り過ぎて、彼女を撮っている写真家へ向けられているように思われる。自分に視線が向けられていないとわかったとき、見るものは彼女が目を向けている写真家を強烈に意識する。画面での"不在"が"存在"を際立たせるのだ。鑑賞者と目が合う様に撮影された1章の写真との違いはここにある。(秦野真衣)

 《鑑賞者と目が合う様に撮影された1章の写真》とあるが、上の文からも窺われるように、グラビアアイドルの写真である。


アイドル写真とは何か。それは、初期の写真の慎み深さとは逆に、カメラに向き直り、レンズをのぞきこみ、その彼方に無数の視線を見てとろうとする身ぶりなのである。視線にこめられた意識を徹底的に意識化することで無意識にまでメッセージをそそぎこむ身ぶり。 (松枝到「写真のなかのアイドルは視線の交換回路をたえまなく刺激する」1985年『現代詩手帖』所収)

このアイドル写真ーーたとえば篠山紀信の写真は典型的にそうだろうーーに対して、荒木経惟の写真のおおくはまったく異なった構造をもっているという観点から書かれた論文である。

「撮る」「撮られる」「見る」の三つの視線が写真にはあるはずだったのに、親密な関係を写す写真には「撮る」「撮られる」の二つの視線しか想定されていない。では、「見る」ものはどのように見たらいいのか。写真の鑑賞者は、「撮られる」ように「見る」、もしくは「撮る」ように「見る」ことを迫られるのである。つまりは、写真家とモデルの立場に自身を投入することになる。(秦野真衣)

若く聡明な女性によるとてもすぐれた指摘だとわたくしは思う。そしてこの記述の流れのなかに次の文がある。

シーレの絵の中の女性も荒木の写真の中の女性も、彼女たちの視線を向けている方向をみると、自分の目の前に存在する作者のことしか考えていないように思われる。どんなに笑いかけていても、煽情的なポーズをとっていても、彼女たちの視線は「見る」ものの視線を飛び越えていく。モデルたちはカメラに振られていることに対しては充分に自覚的だが、その背後にある写真を見るであろう無数の視線には反応を示さない。自分にとって重要で、意味を成すのは目の前にいる写真家との関係だけだからだ。重要なことはただ一つ。撮られる相手は「荒木経惟」でなければならない。誰のためでもなく荒木のために投げかける視線、それこそが写真に写真家を"存在"させている理由である。 シーレの「横たわる少女」と同じく、女性があられもないポーズをとるのは他の誰でもない、荒木のためだから可能となった。とすれば、ここに写っているのは姿態、ポーズというよりも、それを見せることができるまでに強固な、作者とモデルの間にある絶対的な信頼関係である。(秦野真衣)

いまはこれ以上書かない。 秦野真衣さんは卒業後、小学館女性誌編集局で12年働き、いまは独立されている方である(参照)。

ここで言いたいのは、前回、「エゴン・シーレと荒木経惟ののっぴきらなさ」で記したことは、ほぼ彼女の論文のパクリである、ということだけである。




2018年5月7日月曜日

エゴン・シーレと荒木経惟ののっぴきらなさ





(シーレの絵にはほとんどの場合)そこに描かれているのは性の演技ではなく、画家とモデルとの一回限りの、ある微妙な関係だけが真の主題として描かれている…。この一回性の関係性が交換不能の唯一のリアリティ(あるいは持続)を生み出すのだ。…そこに措かれている女性(あるいは男性)との間には、何かのっぴきならない個人的・内面的・心理的な緊張関係ともいうべきものが生じている。(飯田善國 「ポルノグラフィーーそれとも」 1987年『ユリイカ』「ウィーンの光と影」より)




エゴン・シーレ(1890-1918)。シーレが仕事をしていたのは、わずか10年ばかりのことにすぎない。(⋯⋯)

その(作品の)多くは、強い黒い線で、男女の裸体、殊に女の裸体を描き、そこに抑えた色彩をほどこす。そこには、風景画も、静物画も、人物の背景さえも、ほとんどない。題材は、極度にかぎられていて、どんな画家でも描く裸体に集中する。しかしその様式は、どんな画家の作品が周囲にあっても、紛う方なく一眼でそれとわかるほどに個性的である。数かぎりない人々が見慣れてきた対象の裡に、誰も見なかった形を発見する、--画家の天才とは、その他のことではないだろう。シーレの裸体はセザンヌのりんごである。

優雅で、装飾的な、「美しい時代」の、ドイツ語でいえば《Jugendstil》の面影は、そこにはない。その代わりに、臨床医のそれに似た鋭い観察と、無慈悲に、ほとんど痛烈に、正確な描写がある。「モデル」の多くは、おそらくヴィーンの娼婦たちであったろう。裸の女は、羞らいの気配を示さず、ときには懈(ケダル)そうな、ときには挑発的な顔をして、胸をつきだしたり、膝を立てたり、股を開いたりしている。その肌は、滑らかに白く輝いているのではなく、ところどころにあざがあり、青い静脈を透かせている。その身体の線は、流れるような丸みではなく、著しい凹凸を示して、ほとんど粗い印象をあたえる。

しかし美化されていないシーレの裸像には、強烈な存在感がある。特定の姿勢の、特定の女の身体の、具体的な形があたえる印象は、風俗や性的刺激や心理的状況を超えてその向こう側にある何かであり、いわば個別的なモノ一般の存在感である。たしかにシーレがクリムトの時代に成功するはずはなかった。彼は一人で、人間の条件としての身体、個物としての肉体、あるいは存在論的な肉体の意味を、見つめていたように、私には思われる。肉体は悲し。(加藤周一「肉体は悲し」『絵のなかの女たち』所収)

⋯⋯⋯⋯

現代日本において、飯田善國曰くの《画家(作家)とモデルとの一回限りの、ある微妙な関係》《のっぴきならない個人的・内面的・心理的な緊張関係》を表現している作家に思いを馳せるとき、わたくしは荒木経惟という写真作家を挙げたくなる(現在、アラーキーに風当たりが強いので、なお一層のこと、いささか挑発的にこう言いたい)。




荒木経惟は大量の写真を撮っているので、成功作もあれば失敗作もある。だが彼の基本的なスタンスが次の通りであるのは間違いない。

相手に想いをぶつけてそれを撮っている。 私の場合は、相手とのぶつけ合いで、このあたりまで(相手との中間の空間)撮れちゃうわけ。ここの空気まで写っちゃう。 空間と空間の狭間、つまり際物が好きなんだね、境界線のあたりが。(荒木経惟発言ーー 伊藤俊治『生と死のイオタ』1998年)

ところで数年前にLacan.comで拾ったのだが、「新しい種類の愛」というジャック=アラン・ミレール(ラカンの娘婿であり、現在、主流ラカン派のボス)のエッセイがある。その冒頭には、荒木経惟の「花緊縛」の画像が冒頭に貼付されてある。いまこのエッセイは Lacan.com からは消えているようだが、さる人がそのまま転写している(参照)。エッセイの内容は、緊縛には「直接的には」関係がないので、おそらく編集者が貼り付けたものだろう。

だが、《精神分析は入り口に「女性というものを探し求めないものはここに入るべからず」と掲げる必要はない。そこに入ったら幾何学者でもそれを探しもとめる》(ミレール「もう一人のラカン」1980年)とされる精神分析の領域で仕事をする者が、荒木経惟の作品に魅せられるのは、わたくしには当然だと思える。彼の創作活動もまた、《女性というものを探し求め》ることにあるのは、歴然としている。

ミレールのエッセイには次の作品が貼付されている。



これはほとんどシーレの女の表情と姿態である。

荒木経惟の言葉でいえば、現実の女が現物の女に変貌している。

かつて私は、現実を超え、現物を感じさせる女を、「広辞苑」に内緒で、女優と定義したが、実は、女は、すべてが現実を超えていて、現物なのである。女は、すべて女優なのである。(荒木経惟『劇写「女優たち」』1978年)





荒木さんは私の中に潜んでいるその『女』に声をかけてくれた。私もそれを出すために荒木さんが必要だったんです。(石倭裕子インタビューより 桐山秀樹『荒木経惟の「物語」』1998年)




荒木のヌード写真を支えているのは"撮られる側の欲望"であり、それは「女を撮られたい」ことだということである。ヌード写真を批判する議論として、それが男の性的欲望に奉仕する"女″を強制的に演じさせられているからという言い方がある。しかし、実のところ自分の中に確実にうごめいている"女"の「エロス」をまっすぐに見つめて欲しいという欲望こそ、ヌード写真がこれほどまでに大量に撮られ続けている最大の理由なのではないか。(飯沢耕太郎 『荒木! 「天才」アラーキーの軌跡』1999年)

最後に加藤周一のシーレ評、《特定の姿勢の、特定の女の身体の、具体的な形があたえる印象は、風俗や性的刺激や心理的状況を超えてその向こう側にある何か》をもう一度思い出しておこう。これはまさにアラーキーの作品に現れているものではないか?

エロ雑誌の世界では、荒木さんの写真では “抜けない” ことで有名なんです。普通のエロ写真は女優が読者に向かって、「これからしましょう」みたいなニュアンスがあるけど、荒木さんの写真にはそれがないんです 。 (末井昭発言ーー桐山秀樹『荒木経惟の「物語」』1998年)

※参照:他者の欲望の対象として自分自身を認めたら、常にマゾヒスト的だよ(ラカン)


2018年5月6日日曜日

ゴダールと滝

ゴダールは、JLG/自画像で、エゴン・シーレの画像を三枚使っている、それも核心的な使い方をしているのだけれど、『(複数の)映画史』では(とても多くの絵画作品が使われているのに)エゴン・シーレは出現しない。なぜだろうな。強度がありすぎるのかな、シーレの作品は。




彼は滝を嫌ひではなかつた。それは細君の留守中の事ではあつたが、例へば狭い廊下で偶然 出合頭に滝と衝突しかゝる事がある。而して両方で一寸まごついて、危く身をかわし、漸くすり抜けて行き過ぎるやうな場合がある。左ういふ時彼は胸でドキドキと血の動くのを感ずる事があつた。それは不思議な悩ましい快感であつた。それが彼の胸を通り抜けて行く時、彼は興奮に似た何ものかで自分の顔の赤くなるのを感じた。それは或るとつさに来た。彼にはそれを道義的に批判する余裕はなかつた。それ程不意に来て不意に通り抜けて行く。



滝は十八位だつた。色は少し黒い方だが、可愛い顔だと彼は思つて居た。それよりも彼は滝の声音の色を愛した。それは女としては太いが丸味のある柔かいいゝ感じがした。(志賀直哉『好人物の夫婦』 )



私に料理がはこばれてきたのは、階上の、全体が木造の小さな部屋だった。食事中にランプが消え、女中が私のためにそうそくを二本ともした。その私は、彼女に皿をさしだしながら暗くてよく見えないふうを装い、彼女がその皿にじゃがいもを入れているあいだに、まるで彼女の手をとって誘導しようとするかのように、片方の手で彼女のむきだしの前腕をにぎった。その前腕をひっこめないのを見て私はそれを愛撫した、それから、ひとことも発しないで、彼女のからだをそのままぐっと私のほうにひきよせ、ろうそくの火をふきけした。そうしておいて、お金をすこしやるつもりで、ポケットをさぐるようにといった。それにつづいた数日のあいだ、肉体的快楽が満喫されるには、単にこの女中だけでなく、そんなにも孤立した木造のこの食堂が必要であると私には思われた。(プルースト「ゲルマントのほう Ⅱ」)