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2016年3月14日月曜日

他者への寛容の起源:先ず滑稽な自分自身を認めること

ラカンの「嫉妬深い夫」の話で始まり、次のような文にて、難民・移民問題を語っている最近の記事、ジジェクの What our fear of refugees says about Europe,29 FEBRUARY 2016だが、ジジェクによってくり返される論理でもある。

現在の世界資本主義に固有の問題の原因は、外部の侵入者に投影される。疑い深い眼差しは、常にそれが見い出したいものを見い出す。「証拠」はどこにでもある。

この文章自体、ヘーゲルの反復である。

「悪は、まわりじゅうに悪を見出す眼差しそのものの中にある」というヘーゲルの言明をふたたび言い換えるならば、〈他者〉に対する不寛容は、不寛容で侵入的な〈他者〉をまわりじゅうに見出す眼差しの中にある。(ジジェク『ラカンはこう読め』)

だが、くり返されるのは、決して悪いことではない。我々は、いくらこの考え方が正しいと受け止めていても、日常ついうっかり忘れてしまうからだ。

「嫉妬深い夫」の話は、以前訳出したものからーーつまりこの記事から直接ではなくーー抜き出しておこう。

ここで、ふたたび思い起こしておこう、ラカンの思いがけない言明を。すなわち、嫉妬深い夫が彼の妻について言い張るーー彼女はそこらじゅうの男と寝るーー、それが真実だとしても、 彼の嫉妬はいまだ病理的 pathological である、と。

この同じ線で言いうるだろう、ユダヤ人についてのナチの主張のほとんどがかりに真実だったとしてもーーユダヤ人はドイツ人を食いものにする、ドイツ人の少女を誘惑する…ーー、彼らの反ユダヤ主義はいまだ病理的だ、と。というのは、それは本当の理由を抑圧しているからだ、その理由とは、ナチスは 「なぜ」反ユダヤ主義が「必要だったのか」にかかわる。それは、ナチスのイデオロギー的ポジションを維持するためである。

だから、反ユダヤ主義の場合、ユダヤ人が「実際にどのようであるか」についての知はまや かしであり見当ちがいである。他方、真理の場にある唯一の知は、なぜナチは彼らのイデ オロギー的体系を支えるためにユダヤ人の形象が「必要か」についての知である。

「イスラム原理主義」についての西側諸国の主張の殆どが仮に真実だったとしてもーーイスラム原理主義のテロは我々の最大の脅威だ、一般大衆をターゲットにした振舞いはなによりも許しがたい等々ーー、西側諸国の反イスラムはいまだ病理的だ。というのは、それは本当の理由を抑圧しているからだ。その理由とは、米国あるいは仏国などが「なぜこの今」反ISが「必要か」にかかわる。それは、(まずは)米国にとってはイラク攻撃がIS出現の条件を作ったを忘れたいためであり、仏国にとってはオランドの9月シリア空爆がパリテロを生んだことを忘れたいためだ。

だから、反イスラム原理主義の場合、イスラム原理主義者が「実際にどのようであるか」についての知はまやかしであり見当ちがいである。他方、真理の場にある唯一の知は、なぜ欧米諸国は彼らのイデオロギー的体系を支えるためにーーすなわち、非イデオロギー的イデオロギー「新自由主義」、「世界資本主義」あるいは「新しい形態の植民主義=新帝国主義」を支えるために ーー イスラム原理主義の形象が必要か(その形象のもとに「連帯」したいのか)についての知である。

ーーこの訳文は最近の記事からだが、はてどの記事かからは今思い出せない。そのうち見いだしたら出典を追加するが、今はその手間をはぶく(どうもメモの管理が悪い)。

いずれにせよ、この論理でいくと、我々が安倍政権を嘲罵するときでも、そして実際に現在の自民党政権がとんでもない政権であることが「真実」だとしても、我々は病理的であることになる。仮にそうであれば、ではさて、どうしたものか。

2015年のパリ襲撃事件直後のジジェクの文の結論には、こう記されている。

マックス・ホルクハイマーが1930年代にすでにファシズムと資本主義に対して言っていたこと、つまり資本主義を批判的に捉えようとしない者は、ファシズムに対しても口を閉ざすべきだという説は、現在の原理主義にも当てはまる。リベラルな民主主義を批判的に捉えようとしない者は、宗教的原理主義に対しても黙っているべきだ。(ジジェク、活力に欠けたリベラリズムと宗教原理主義者との戦いを終わりにすることができるのはただ一つ、過激派左翼だけ)

結局、現在の資本主義や新自由主義とは、市場「原理」主義である。なぜ宗教の原理主義だけを批判して、我々の最も身近の「原理主義」を批判しないのか。

90年以降の「市場原理主義」の時代の標語は、生産性、競争性、革新、成長、アウトプット、プレゼンテーション等々だろう。これら「経済のディスクール」が席捲する時代は、「エゴイズム・他者蹴落し性向・攻撃性」という人間のタナトス的性格が支配する時代、すなわち弱肉強食の社会ダーウィニズムの時代である、《事実、勝ち組・負け組、自己責任といった言葉が臆面もなく使われたのだから》(柄谷行人)、《今、市場原理主義がむきだしの素顔を見せ、「勝ち組」「負け組」という言葉が羞かしげもなく語られる時である》(中井久夫)。(参照:ラカン派による「現在の極右主義・原理主義への回帰」解釈)


…………

前置き?が長くなったが、冒頭に触れた最新記事「What our fear of refugees says about Europe,29 FEBRUARY 2016」から、いささか別の角度からの話をすこしだけ抜き出して粗訳しておく。

(デカルトにとって)外国人の習慣や信念は、彼に滑稽で奇矯に見えた。だがそれは、彼が自問するまでだ、我々の習慣や信念も、彼らに同じように見えるのではないか、と。この逆転の成り行きは、文化相対主義に一般化され得ない。そこで言われていることは、もっと根源的なことだ。すなわち、我々は己れを奇矯だと経験することを学ばなければならない。我々の習慣はひどく風変わりで、根拠のないものだ、ということを。

文化固有の「生活様式」とは、ただたんに、一連の抽象的なーーキリスト教、イスラム教ーーの「価値」で構成されているのではない。そうではなく、日常の振る舞いのぶ厚いネットワークのなかに具現化されている。我々「それ自身」が生活様式だ。それは、我々の第二の特性である。この理由で、直接的「教育」では、それを変えることはできない。何かはるかにラディカルなことが必要なのだ。ブレヒトの「異化」のようなもの、深い実存的経験、我々の慣習や儀式が何と馬鹿げて無意味であり根拠のないものであるかということに、唐突に衝撃を受けるような。…

大切なことは、異人のなかに我々自身を認知することじゃない。我々自身のなかに異人を認めることだ。寛容という言葉が意味をもつなら、そこから始まる。(ジジェク,2016.2.19)

《大切なことは、異人のなかに我々自身を認知することじゃない。我々自身のなかに異人を認めることだ》とある。

これは、たとえば極東の島国の地方にひきこもっていればなかなか気づかないかもしれないが、やはり「共感の共同体」の囚人である日本人という種族も奇妙な「種族」である。

公的というより私的、言語的(シンボリック)というより前言語的(イマジナリー)、父権的というより母性的なレヴェルで構成される共感の共同体。......それ はむしろ、われわれを柔らかく、しかし抗しがたい力で束縛する不可視の牢獄と化している。(浅田彰「むずかしい批評」1988 )

いわゆる「事を荒立てる」かわりに、「『仲良し同士』の慰安感を維持することが全てに優先している」種族である。この共同体が機能している限り、ジャーナリズムは流通せず、「感傷的な被害者への共感」の記事に埋もれてしまう(参照)。

この同じコインの裏側の心性により、ムラ八分的な「陰湿ないじめ」が起るとしてよいのではないか。

日本文化に内在するいじめのパターン……。戦時中のいじめーー新兵いじめをさらに遡れば、御殿女中いじめがある。現在でも新人いじめがあり、小役人の市民いじめがあり、孤立した個人にたいする庶民大衆のいじめがある。医師の社会にもあり、教師の社会にもあるだろう。ねちねちと意地悪く、しつこく、些細なことをとらえ、それを拡大して本質的に悪い(ダメな)者ときめつけ、徒党をくんでいっそうの孤立を図る。完全に無力化すれば、限度のないなぶり、いたぶりに至る。連合赤軍の物語で私を最もうんざりさせたのは、戦時中の新兵いじめ、疎開学童いじめと全く同じパターンだったことである。(中井久夫。精神科医からみた子どもの問題)

今わたくしの住んでいる国のバイクタクシーのおにいさんにかつてきいたことがある、「韓国や中国の女性旅行者と日本女性をどうやって見分けるんだい?」と。

すると即座に次ぎの返答が返ってきた、「簡単さ、首を大きく縦に振って頷き合っているのが日本人だよ」と。

…………

デカルトの『方法序説』からも抜き出しておく。

さて私が他の人々の行動を観察するのみであった間は、私に確信を与えてくれるものをほとんど見いださず、かつて哲学者たちの意見の間に認めたのとほとんど同じ程度の多様性をそこに認めたことは事実である。したがって、私が人々の行動の観察から得た最大の利益といえば、多くのことがわれわれにとってはきわめて奇矯で滑稽に思われるにもかかわらず、やはりほかの国々の人によって一般に受けいれられ是認されているのを見て、私が先例と習慣とによってのみ確信するに至ったことがらを、あまりに固く信ずべきではない、と知ったことであった。かくて私は、われわれの自然の光(理性)を曇らせ、理性に耳を傾ける能力を減ずるおそれのある、多くの誤りから、少しずつ解放されていったのである。しかしながら、このように世間という書物を研究し、いくらかの経験を獲得しようとつとめて数年を費した後、ある日私は、自分自身をも研究しよう、そして私のとるべき途を選ぶために私の精神の全力を用いよう、と決心した。そしてこのことを、私は、私の祖国を離れ私の書物を離れたおかげで、それらから離れずにいたとした場合よりも、はるかによく果たしえた、と思われる。
またその後旅に出て、われわれの考えとは全く反対な考えをもつ人々も、だからといって、みな野蛮で粗野なのではなく、それらの人々の多くは、われわれと同じくらいに或いはわれわれ以上に、理性を用いているのだ、ということを認めた。そして同じ精神をもつ同じ人間が、幼時からフランス人またはドイツ人の間で育てられるとき、かりにずっとシナ人や人喰い人種の間で生活してきたとした場合とは、いかに異なった者になるか、を考え、またわれわれの着物の流行においてさえ、十年前にはわれわれの気に入りまたおそらく十年たたぬうちにもういちどわれわれの気に入ると思われる同じものが、いまは奇妙だ滑稽だと思われることを考えた。そしてけっきょくのところ、われわれに確信を与えているものは、確かな認識であるよりもむしろはるかにより多く習慣であり先例であること、しかもそれにもかかわらず少し発見しにく真理については、それらの発見者が一国民の全体であるよりもただ一人の人であるということのほうがはるかに真実らしく思われるのだから、そういう真理にとっては賛成者の数の多いことはなんら有効な証明ではないのだ、ということを知った。こういう次第で私は、他をおいてこの人の意見をこそとるべきだと思われるような人を選ぶことができず、自分で自分を導くということを、いわば、強いられたのである。
さて前にもいったように、実生活にとっては、きわめて不確実とわかっている意見にでも、それが疑いえぬものであるかのように従うことが、ときとして必要であると、私はずっと前から気づいていた。しかしながら、いまや私はただ真理の探求のみにとりかかろうと望んでいるのであるから、まったく反対のことをすべきである、と考えた。ほんのわずかの疑いでもかけうるものはすべて、絶対に偽なるものとして投げすて、そうしたうえで、まったく疑いえぬ何ものかが、私 の信念のうちに残らぬかどうか、を見ることにすべきである、と考えた。(……)

私は、それまでに私の精神に入りきたったすべてのものは、私の夢の幻想と同様に、真ならぬものである、と仮想しようと決心した。

しかしながら、そうするとただちに、私は気づいた、私がこのよう に、すべては偽である、と考えている間も、そう考えている私は、必然的に何ものかでなければならぬ、と。そして「私は考える、ゆえに私はある」je pense, donc je suis.というこの真理は、懐疑論者のどのような法外な想定によってもゆり動かしえぬほど、堅固な確実なものであることを、私は認めたから、私はこの真理を、私の求めていた哲学の第一原理として、もはや安心して受け入れることができる、と判断した。(デカルト『方法序説』野田又夫訳)


2015年9月27日日曜日

狂気とparlêtre(言存在)

デカルトは『省察』において狂気の考察をしているのだが、まずは《夜の眠りの中で、服を脱いでベッドのなかで横たわっている時に、自分がここで服を着込んで、炉辺に座っていると信じ込んでいる》という夢のなかの状況は狂人の妄想と同じだといっている。そして狂人たちは、《自分が極貧であるその時に王であるとか、素裸でいるその時に紫衣をまとっているとか》考えているとしている。この後者についてラカンが次ぎのように言い放っているのは比較的よく知られているだろう、

自分を王だと思う人間が狂人だとすれば、自分を自分だと思う自分もやはりそうだ。(ラカン、セミネールⅡ)

これには後年もいくつかのヴァリエーションがある。そのうちの一つを掲げれば次ぎのような文だ。

「我思う」に「私は嘘をつく」と同じだけの要求をするのなら……、それは「私は考えていると思っている」という意味…これは想像的な、もしくは見解上の「私は思う」、「彼女は私を愛していると私は思う」と言う場合に-つまり厄介なことが起こるというわけだが-言う「私は思う」以外の何でもない。(『同一化』セミネールⅩ)

つまり「私は何々と考える」、「僕の見解ではこう思う」等々とは、「彼女が私を愛していると私は思う」とするのと変わりがないと言っている。ここでの「彼女」は自分(自我 ego)ということだ。

ジジェク流の言い方ならこうなる。

〈自己〉とは主体性の実体的核心のフェティッシュ化された錯覚である。そこには実際は何もない。(ジジェク、2012)ーー「ラカン派の「記号」と「シニフィアン」」)

やや穏やかに言いかえれば、結局これらは言表内容enonceと言表行為enonciationとの間の還元不能な落差にかかわる。

誰かが何かを言うときには、文章あるいは主張が議論に載せられますが、言っていることに対して主体がとっている位置に注目することもできま す。いいかえれば、彼のメタ-言語学的位置に注意を向けるのです。彼は自分の言っていることをどうみているだろうか?(ミレール「ラカンの臨床的観点への序論」)

われわれは言表行為をなす〈主体〉と、言表内容における〈私=エゴ〉があると言い換えてもいい。だがそれを混同してしまう。これについてはニーチェがすでに言っている、《<私>という統合的な概念のおかげでこのような二重性をごまかし、いかにもそんな二重性は存在しないと欺瞞的に思いこむ習慣も身につけている》と。

どんなケースにせよ、われわれが欲する場合に、われわれは同時に命じる者でもあり、かつ服従する者でもある、ということが起こるならば、われわれは服従する者としては、強制、拘束、圧迫、抵抗などの感情、また無理やり動かされるという感情などを抱くことになる。つまり意志する行為とともに即座に生じるこうした不快の感情を知ることになるのである。しかし他方でまたわれわれは<私>という統合的な概念のおかげでこのような二重性をごまかし、いかにもそんな二重性は存在しないと欺瞞的に思いこむ習慣も身につけている。そしてそういう習慣が安泰である限り、まさにちょうどその範囲に応じて、一連の誤った推論が、従って意志そのものについての一連の虚偽の判断が、「欲する」ということに関してまつわりついてきたのである。(ニーチェ『善悪の彼岸』湯浅博雄訳)

ニーチェ読み、ラカン読みのロラン・バルトが次ぎのように記すのは、上の内容とともに読めばよりよく分かるだろう。

……今日では、主観ないし主体は《ほかのところに》成立するのであり、また「主観性ないし主体性」が再帰する場所も螺旋の上の別の位置でありうる。その主観性ないし主体性は分解し、分離し、方向をそれて、錨を失っている。

「自我」がもはや「自身」でない以上、私が「自我」について語っていけない理由はないではないか。

人称代名詞と呼ばれている代名詞、すべてがここで演じられるのだ。私は永久に、代名詞の競技場の中に閉じこめられている。「私」は想像界を発動し、「君」と「彼」は偏執病を発動する。しかしそれと同時に、読み取り手によっては、ひそかに、モアレの反射のように、すべてが逆転させられる可能性もある。「私ですか、私は」と言うとき、「私」は「私ですか」ではない、ということがありうる。つまり「私」は「自我」を、いわばカーニヴァルの喧騒のうちにこわしてしまうのだ。

私は、サドがやっていたように、私に向かって「君」と言うことができる。それは、私自身の内部で、エクリチュールの労働者、製作者、産出者を、作品の主体(“著者”)から切り離すためだ。(……)そして、「彼」と呼んで自身について語ることは、私は私の自我について《あたかもいくぶんか死んでいるもののように》、偏執病的強調という薄い霧の中に捉われているものであるかのように語っている、という意味にもなりうるし、それはさらにまた、私は自分の登場人物に対して距離設定(異化)をしなければならないプレヒトの役者の流儀によって私の自我について語っている、という意味にもなる。(『彼自身によるロラン・バルト』ーー「この「私」に何の価値があるのでしょう?」)


…………

ところでラカンの概念に〈主人〉のシニフィアンというのがある。これはS1と表記される。われわれは〈主人〉という言葉にだまされてはならない。これは支配者とか王とかのたぐいの意味ではない。すくなくともそれだけの意味に限ってはならないというのが、ラカンの形式化の要であり、ラカンのS1に代表されるマテームとは、いわば空の箱であり、そこにはその機能を果たせば(たとえばS1の機能を果たせば)なんでも入る。

…l'expérience psychanalytique, et le plus simplement à partir de ceci, qu'il y a un usage du signifiant qui peut se définir de partir essentiellement du clivage d'un signifiant Maître avec ce corps justement dont nous venons de parler, ce corps perdu par l'esclave, pour qu'il ne devienne rien d'autre que celui où s'inscrivent tous les autres signifiants. (Lacan,SéminaireⅩⅦ)

さて〈私〉という人称代名詞がS1であるのは次ぎのように示される。

S1、最初のシニフィアン、フロイトの境界語表象、原シンボル、原症状“border signifier”, “primary symbol”, “primary symptom”とさえいえるが、それは、主人のシニフィアンであり、欠如を埋め、欠如を覆う過程で支えの役割をする。最善かつ最短の例は、シニフィアン〈私〉である。それは己のアイデンティティの錯覚を与えてくれる。(ヴェルハーゲ、1998)
〈私〉を徴示(シニフィアン)するシニフィアン(まさに言表行為の主体)は、シニフィエのないシニフィアンである。ラカンによるこの例外的シニフィアンの名は主人のシニフィアン(S1)であり、「普通の」諸シニフィアンの連鎖と対立する。(ジジェク、Less than nothing、2012)

〈私〉という一人称単数代名詞だけではない。たとえば人の名前も主人のシニフィアンである。

なにが主人のシニフィアンを構成するのかといえば、《語りの残りの部分、一連の知識やコード、信念から孤立化されることによってである》(Fink 1995)

あるいは、この“empty”(空の)シニフィアン(主人のシニフィアン)が、正確な意味を持たないことによって、《雑多な観点、相相剋する意味作用のチェーン、ある特定な状況に付随する独特の解釈を、ひとつの共通なラベルの下に、固定し保証してくれる》(Stavrakakis 1999)

ラカンはセミネールⅩⅦにて《主人の本質…は、彼が何を欲しているのか知らないことである。これが主人の言説の真の構造を構成している》という意味のことを言っている。

c'est bien en effet l'essence du Maître, à savoir qu'il ne sait pas ce qu'il veut. Car c'est cela qui constitue la vraie structure du discours du Maître.(Lacan,SéminaireⅩⅦ)

かつまた “m'être, m'être à moi-même”ともある。

Ce qui fait le Maître, c'est ceci : c'est ce que j'ai appelé, en d'autres termes « le cristal de la langue ».

Pourquoi ne pas utiliser ce qui en français peut se désigner sous l'homonymie de l'« m apostrophe être » m'être, m'être à moi-même ?

C'est de là que surgit le signifiant-m'être, dont je vous laisse le deuxième terme à écrire comme vous le préférerez.

Pour commencer d'articuler comment ce signifiant unique opère de sa relation avec ce qui est là déjà, déjà articulé, de sorte que nous ne pouvons le concevoir que d'une présence du signifiant déjà là, je dirais, de toujours.

Car si ce signifiant unique… le signifiant du Maître, à écrire comme vous voulez …s'articule à quelque chose d'une pratique qui est celle qu'il ordonne, cette pratique est déjà tissée, tramée, de ce qui, pas encore certes, ne s'en dégage, à savoir l'articulation signifiante qui est au principe de tout savoir, ne pût-il d'abord être abordé qu'en savoir-faire……

これは〈私〉という主人のシニフィアンは、私自身であり、私自身の主人であるというふうに理解できる。

すなわち主人の言説とは、フロイトの洞察ーーいわゆる人類のナルシシズムを打ち砕く「コペルニクス的転回」とフロイト自らが言うものだーーであるところの、「自我は自分自身の家の主人ではない」“dass das Ich kein Herr sei in seinem eigenen Haus”に不感症の人物の言説だということになる(参照:「私が語るとき、私は自分の家の主人ではない」)。

このフロイトの言明のラカンヴァージョンは、「シニフィアンが他のシニフィアンに対して主体を代理表象する」である(より詳しくは、→参照)。

このラカンの言明は、結局、次のようなことだ。

我々が主体となる以前にS2sは既にあり(誕生時に、いや母体内でもS2sはある)、S1は後にS2sの介入としてゲームに参入するにすぎない。そしてそれが主体の場を示す。S1の導入とは父の機能だが実はたんなる構造的なオペレーターにすぎないのであり、既に存在するS2sへのこの主人のシニフィアンの介入が「ほかのシニフィアンに対して主体を代表象する」ということになる。

…………

では、われわれは〈私〉という一人称単数代名詞を使ってはならないのか、使えば「狂人」と似たようなものなのだろうか。それについてはロラン・バルトが上に引用した文のなかで語っている、《「自我」がもはや「自身」でない以上、私が「自我」について語っていけない理由はないではないか》と。

バルトは『彼自身のロラン・バルト』で次の内容を二度も強調している。一度は表紙裏に、そしてもう一度は本文中に。

ここに書かれているいっさいは、小説の一登場人物――というより、むしろ複数の登場人物たち――によって語られているものと見なされるべきだ。(……)すなわちエッセーはおのれが《ほとんど》小説であること、固有名詞の登場しない小説であることを、自分に対して白状するべきであろう。(『彼自身によるロラン・バルト』)

これらのバルトの見解もニーチェの次の言葉とともに読むことでよりよく理解できるだろう。

われわれは時々、自分自身から逃れて息ぬきをしなければおさまらない、――自分というものを見下ろし、芸術的な距離をおいて遠くから、自分の姿について笑ったり泣いたりすることによって、われわれは、認識の情熱のうちに姿をひそめている主役と同時に道化をあばかねばならない。自分の知恵に対するたのしみを持ちつづけられるように、自分の愚かさを時々槍玉にあげて楽しめねばならぬのだ!

そして、われわれは、究極のところ、重苦しい、生真面目な人間であり、人間というよりか、むしろ重さそのものなのだから、まさにそのためにこそ、道化の鈴つき帽子はど、われわれに役立つものはない。(ニーチェ、悦ばしき知107 番 秋山英夫訳)

…………

ただしラカンの思考はこれらだけではない。ラカンはさらに後年、parlêtre(言存在、話す存在)ということを言い出した。

le sujet qui se supporte du parlêtre… au sens que c'est là ce que je désigne comme étant l'Inconscient((Lacan,SéminaireⅩⅩⅢ)

これはミレール曰くはフロイトの「無意識」概念を言い換えたものであるそうだ。

無意識を分析するなら解釈の意味は真理だ。 話す身体を分析するなら解釈の意味は享楽だ。 この真理から享楽への置換が、21世紀というparlêtre(言存在 )の時代の精神分析実践の基準である。(The Unconscious and the Speaking Bodyby JACQUES-ALAIN MILLER、2014)

これはシニフィアンの主体と享楽の主体にもかかわる(あるいはララングにも、参照:「私」とは他者である ''JE est un autre.''( ランボー))。われわれの無意識は二重構造になっているのだ(参照:二つの主体(二つの無意識)をめぐる)。


ここでやや飛躍的に記すが、話す存在として〈私〉という人称代名詞を使うのなら、それはかまわないとしてみたくなるところだ。

すなわち「自分の考え」を話すのではなく、「自分の声」で話すのなら。--《自分の声をさがしなさい》(須賀敦子)

・声というのは不思議なもので、全部が全部自分の声じゃないんです。「あ、こんな声を出している自分がいるのか?」と思うことあるでしょう。これ親父の声じゃないかと思ったり、ご先祖様の声だと思ったりして(笑)。

・結局、言葉も声でしょう。読む人のなかで活字が声になって再生される。すると、やっぱり自分で声に出して自分で聞いて、ある程度恥をかかないといけないように思って、ある時期から朗読会をやりはじめました。

・昔は読むというのは本来、黙読じゃなかったんですね。音読です。声なんです。

・今、人は総じて耳が悪くなっていますよね。自分についてもそう思う。ひょっとしたら近代に入って、そうなったんじゃないでしょうか。つまり理論や観念が発達してくると、耳が悪くなる。

・変な商売で、しばらくしてもわかんないところがある。調子がいいときに書いたのがいいかというと、そんなことはなくて、もう鬱々と嫌々書いた文章のほうがいいことがある。生涯わかんないんじゃないかと思ってます。(古井由吉「新潮」2012年1月号又吉直樹対談)

《どこにいようと、彼が聴きとってしまうもの、彼が聴き取らずにいられなかったもの、それは、他の人々の、彼ら自身のことばづかいに対する難聴ぶりであった。彼は、彼らがみずからのことばづかいを聴きとらないありさまを聴きとっていた。》(『彼自身によるロラン・バルト』)

冒頭はデカルトの夢見る狂人の話で始めたのだ。最後にこう補っておく必要があるだろう。

夢に現れる思想の方がしばしば他の思想より力強くはっきりしていることがある以上、夢の思想のほうが他より偽であると、どうして確かに知りうるのであろうか。(デカルト「方法序説」)

(端折ったところはそのうち続く、--かもしれない)

2015年7月16日木曜日

年だけいった大ども

けっきょくのところ、われわれに確信を与えているものは、確かな認識であるよりもむしろはるかにより多く習慣であり先例であること、しかもそれにもかかわらず少し発見しにくい真理については、それらの発見者が一国民の全体であるよりもただ一人の人であるということのほうがはるかに真実らしく思われるのだから、そういう真理にとっては賛成者の数の多いことはなんら有効な証明ではないのだ、ということを知った。(デカルト『方法序説』野田又夫訳)
こどもはまず、自分をとりまく人たち、自分にすべての禍福をもたらしてくれる人たちを観察する。すなわち彼はまず政治的に生きるわけだ。この柔軟な精神は、まず慣習や気まぐれや情念を反映する。真実のものよりも好都合のものを、知識よりも礼節をはるかに貴しとする習慣は、それゆえわれわれだれしものうちにあってもっとも古いものである。多くの無分別、頑迷、不毛の論議といったものは、こうしたところから説明できる。われわれのまわりにも年だけいった大どもにはこと欠かない。(アラン「外的秩序と人間的秩序」「プロポ集」井沢義雄・杉本秀太郎訳)

…………

法学者であり東京大学先端科学技術研究センター教授でもある玉井克哉なる人物が昨晩(2015.07.16)次のようなツイートをしている。

@tamai1961: 本当は、大学というのは、すべてを疑う、疑った上で自分で確かめる、そういう知的態度を身に着ける場なのです。リンゴが落ちるのに月が落ちないのはなぜか。同じ法則で説明できないか。そういう発想を伸ばすところなのです。空気に乗ってアジ演説をする者に給料を払うために存在しているのではない。

それにたいして山口二郎が次ぎのように返している。

山口二郎@260yamaguchi: 知ったふうなことを言うなよ。もっとも疑うべきは、権力者のプロパガンダとデマゴギーだろう。この人は法学部でも、政治学を勉強していないのだろうから、政治の初歩がわかっていないのだろうが。権力者のウソを疑うために私は給料をもらっているのだ https://t.co/U5qvs28ZIb

玉井氏が《すべてを疑う、疑った上で自分で確かめ》て発言しているのか、山口氏のいうように《もっとも疑うべきは、権力者のプロパガンダとデマゴギー》であるのかは知るところではない。どちらのほうが《われわれのまわり》にいる《年だけいった大ども》であるのかも保留しておこう。ただしこうは引用しておこう。

根源的悪とは、最も極端な場合、規範を乱暴に破ることではなく、パトローギッシュな理由(感性的動因による配慮(罰の恐れ、ナルシシスティックな満足、仲間からの賞賛等々:引用者)から規範に服従することなのである。間違った理由から正しいことを行うこと、自分の利益になるから法に従うということは、たんに法を侵犯するよりもはるかに悪いことなのだ。(ジジェク『メランコリーと行為』)

これはラカン派(の一部)がカントの倫理から読み取った考え方である。この文だけでは解りにくいかもしれない。この文の前後は「デモの猥雑な補充物としての「享楽」」の後半に抜き取りがある。核心は《間違った理由から正しいことを行うこと》とは、法の尊厳を侮蔑すること、《法の自己破壊、法の自殺行為》ということである。

さて、ふたりのやりとりを垣間見て、原発事故一周年の間もないことの2012年3月24日 立教大学総長 吉岡知哉による「卒業生の皆さんへ(2011年度大学院学位授与式)」の言葉を思い出した。《「考える」という営みは既存の社会が認める価値の前提や枠組み自体を疑うという点において、本質的に反時代的・反社会的な行為です》と。もちろんこの《反時代的・反社会的な行為》を押し潰そうとする勢力が最近いっそう顕著になってきているのを知らないわけではないが。

では、大学の存在根拠とはなにか。

一言で言えばそれは、「考えること」ではないかと思います。

大学とは考えるところである。もう少し丁寧に言うと、人間社会が大学の存在を認めてきたのは、大学が物事を徹底的に考えるところであるからだと思うのです。だからこそ、大学での学びについて、単なる知識の獲得ではなく、考え方、思考法を身につけることが大切だ、と言われ続けてきたのでしょう。

現実の社会は、歴史や伝統、あるいはそのときどきの必要や利益によって組み立てられています。日常を生きていく時に、日常世界の諸要素や社会の構造について、各自が深く考えることはありません。考えなくても十分生きていくことができるからです。あるいは、日常性というものをその根拠にまで立ち戻って考えてしまうと、日常が日常ではなくなってしまうからだ、と言ったほうがよいかもしれません。

しかし、マックス・ウェーバーが指摘したように、社会的な諸制度は次第に硬直化し自己目的化していきます。人間社会が健全に機能し存続するためには、既存の価値や疑われることのない諸前提を根本から考え直し、社会を再度価値づけし直す機会を持つ必要があります。

大学は、そのために人間社会が自らの中に埋め込んだ、自らとは異質な制度だと言うことができるのではないでしょうか。大学はあらゆる前提を疑い、知力の及ぶ限り考える、ということにおいて、人間社会からその存在を認知されてきたのです。

既存の価値や思考方法自体を疑い、それを変え、時には壊していくことが「考える」ということであるならば、考えるためには既存の価値や思考方法に拘束されていてはならない。つまり、大学が自由であり得たのは、「考える」という営みのためには自由がなければならないことをだれもが認めていたからに他ならない。大学の自由とは「考える自由」のことなのです。

言葉を換えると、大学は社会から「考える」という人間の営みを「信託」されているということになると思います。


もちろん、われわれは加藤周一や大江健三郎の師匠筋であったユマニスト渡辺一夫の言葉を引用することもできる。

秩序は守られねばならず、秩序を乱す人々に対しては、社会的な制裁を当然加えてしかるべきであろう。しかし、その制裁は、あくまでも人間的でなければならぬし、秩序の必要を納得させるような結果を持つ制裁でなければならない。

更にまた、これは忘れられ易い重大なことだと思うが、既成秩序の維持に当たる人々、現存秩序から安寧と福祉とを与えられている人々は、その秩序を乱す人々に制裁を加える権利を持つとともに、自らが恩恵を受けている秩序が果たして永劫に正しいものか、動脈硬化に陥ることはないものかどうかということを深く考え、秩序を乱す人々のなかには、既成秩序の欠陥を人一倍深く感じたり、その欠陥の犠牲になって苦しんでいる人々がいることを、十分に弁える義務を持つべきだろう。(渡辺一夫「寛容は自らを守るために不寛容に対して不寛容になるべきか」)

社会秩序が動脈硬化に陥っているとき、その既存秩序を破壊しよう、あるいはその秩序の座標軸を変えようとする行為は、その秩序にとっては「悪」とならざるをえないだろう。

行為とは、不可能なことをなす身振りであるだけでなく、可能と思われるものの座標軸そのものを変えてしまう、社会的現実への介入でもあるのだ。行為は善を超えているだけではない。何が善であるのか定義し直すものでもあるのだ。(ジジェク「メランコリーと行為」『批評空間』2001 Ⅲ―1所収)

そもそも殆んどのひとは、《パトローギッシュな理由(感性的動因による配慮(罰の恐れ、ナルシシスティックな満足、仲間からの賞賛等々)から規範に服従》しているだけではないか。

《すべてを疑う、疑った上で自分で確かめる、そういう知的態度を身に着け》たつもりになっている学者たちはどうか?

学者というものは、精神上の中流階級に属している以上、真の“偉大な”問題や疑問符を直視するのにはまるで向いていないということは、階級序列の法則から言って当然の帰結である。加えて、彼らの気概、また彼らの眼光は、とうていそこには及ばない。(ニーチェ『悦ばしき知識』)

もちろんいまさらニーチェでもあるまい。かつまた例外もあるだろう。とはいえおおむねはいまだーーいや現在ではいっそうーー次ぎの通りではないか。

文学や自然科学の学生にとってお極まりの捌け口、教職、研究、または何かはっきりしない職業などは、また別の性質のものである。これらの学科を選ぶ学生は、まだ子供っぽい世界に別れを告げていない。彼らはむしろ、そこに留まりたいと願っているのだ。教職は、大人になっても学校にいるための唯一の手段ではないか。文学や自然科学の学生は、彼らが集団の要求に対して向ける一種の拒絶によって特徴づけられる。ほとんど修道僧のような素振りで、彼らはしばらくのあいだ、あるいはもっと持続的に、学問という、移り過ぎて行く時からは独立した財産の保存と伝達に没頭するのである。( ……)彼らに向かって、君たちもまた社会に参加しているのだと言ってきかせるくらい偽りなことはない。( ……)彼らの参加とは、結局は、自分が責任を免除されたままで居続けるための特別の在り方の一つに過ぎない。この意味で、教育や研究は、何かの職業のための見習修業と混同されてはならない。隠遁であるか使命であるということは、教育や研究の栄光であり悲惨である。(レヴィ= ストロース『悲しき熱帯』 Ⅰ 川田順造訳 p77-79)

…………

The time is out of joint: O cursed spite,
That ever I was born to set it right,(Hamlet 1.5.189-190)

この世の関節がはずれてしまったのだ。なんの因果か、
それを直す役目を押しつけられるとは!(シェイクスピア 福田恆存訳)
世界はまちがいもなく脱臼してしまっている。暴力的な動きによってのみ、それをふたたびはめ込むことができる。ところが、それに役立つ道具のうちには、ひとつ、小さく、弱くて、軽やかに扱ってやらなきゃならないものがあるはずだ。(ブレヒト『真鍮買い』)

さてここでいささか過激なジジェクの言葉を抜き出しておこう。おそらく玉井サンには思いもよらぬ主張であろう。

私たちがますますもって必要としているのは、私たち自身に対するある種の暴力なの だということです。イデオロギー的で二重に拘束された窮状から脱出するためには、ある種の暴力的爆発が必要でしょう。これは破壊的なことです。たとえそれが身体的な暴力ではないとしても、それは過度の象徴的な暴力であり、私たちはそれを受け入れなければなりません。そしてこのレヴェルにおいて、現存の社会を本当に変えるためには、 このリベラルな寛容という観点からでは達成できないのではないかと思っています。おそらくそれはより強烈な経験として爆発してしまうでしょう。そして私は、これこそ、 つまり真の変革は苦痛に充ちたものなのだという自覚こそ、今日必要とされているのではないかと考えています 。(『ジジェク自身によるジジェク』)
資本主義社会では、主観的暴力((犯罪、テロ、市民による暴動、国家観の紛争、など)以外にも、主観的な暴力の零度である「正常」状態を支える「客観的暴力」(システム的暴力)がある。(……)暴力と闘い、寛容をうながすわれわれの努力自体が、暴力によって支えられている。(ジジェク『暴力』)

…………

学者のおおくは専門家なのでありーーすぐれた学者ならの話だがーー、彼らの専門性に敬意を表するのに吝かではないつもりだ。だが、

プロフェッショナルというのはある職能集団を前提としている以上、共同体的なものたらざるをえない。だから、プロの倫理感というものは相対的だし、共同体的な意志に保護されている。(…)プロフェッショナルは絶対に必要だし、 誰にでもなれるというほど簡単なものでもない。しかし、こうしたプロフェッショナルは、それが有効に機能した場合、共同体を安定させ変容の可能性を抑圧するという限界を持っている。 (蓮實重彦『闘争のエチカ』)

彼らは“Sie wissen das nicht, aber sie tun es” 、「彼らはそれを知らないが、そうする」(マルクス)のである。すなわち共同体の変容の可能性を抑圧するのだ。