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2021年3月25日木曜日

小津の美がわからないヤツはダメだよ

 小津安二郎の美がわからないヤツはダメだよ、少なくとも日本人でさ、映画を語って小津に触れないヤツはたんなる欧米かぶれのマヌケにすぎない。






蓮實がヘンな形で褒めすぎたってことはあり、蓮實嫌いのインテリってのがウヨウヨいることを知らないではないけどさ




これら「一瞬よりはいくらか長く続く間」の美に不感症だったら何のために生きてるんだい?



2021年3月24日水曜日

えびと赤貝を欠かさずにな

前回ふとしたはずみで貼り付けた小津の「 浮き草」の最後のシーンだが、

いいねえ、死ぬぐらい。こうでなくっちゃな、男と女ってのは。


嫁さんに見せて、おい、これやってくれ、と言ったら、

じゃあ、あしたおすしでもつくるわ、と。

いい女だなあ、いっしゅんは(?)


えびと赤貝を欠かさずにな、と言っておいたよ

もちろんさきに枝豆とタコな



逸題  井伏鱒二


今宵は仲秋名月

初恋を偲ぶ夜

われら万障くりあわせ

よしの屋で独り酒をのむ


春さん蛸のぶつ切りをくれえ

それも塩でくれえ

酒はあついのがよい

それから枝豆を一皿


ああ 蛸のぶつ切りは臍みたい

われら先づ腰かけに坐りなほし

静かに酒をつぐ

枝豆から湯気が立つ


今宵は仲秋名月

初恋を偲ぶ夜

われら万障くりあわせ

よしの屋で独り酒をのむ 




大宮でたべたべんたうは美味かつたなあ

 


永い服役で積まれた金が、この女の手に渡ることでは、少しもケチな氣にはならずに、金で女のからだの時間を自分のものにすることで、あまい融けるやうな氣持だつた。汽車の中で偶然に會ひ、そして打木田に手までにぎらせてくれたことで、厭だつた娑婆世界に難なくすべりこんだ嬉しさを感じたのだ、打木田は三年間にうれしい氣持といふものを、身をもつて迎へたことがない、うれしいこととは、どういふ事だか打木田から失くなつてゐる、だから、それがどういふことだつたか、まるで判らなくなつてゐた。出獄の日だつて鐵のとびらから辷り出ても、大してうれしい思ひはなかつた。もつと外のものでうれしい事があつた筈だつた。それが汽車で同席したこの女が、一どきに解きあかしてくれたのだ。うれしい事を一杯に手ににぎらせてくれたのである。

いまのおれにうれしいことは女にぴたつとくッつくことなのだ、そこで三年間のものを一度に打ち明けたい。女に分る筈のないおれの聲のかぎりの嗚噎が、おれが女を抱いてゐる間ぢゆう續いてゐるのだ、どんな偉い奴も、どんな美味いものもいまのおれにはいらない、おれにいるものはこの女のお腹や胸や足や、そしておれにはなしてくれる言葉なのである。まともな人間とつきあつてくれるものをいふのだ、そしておれの思ふままにしてくれるからだなのだ、この外におれのいるものに何があらう、何もない、この人のすぐにしたしくして呉れるものの外に、なにが娑婆にあるといふのだ、この女のほかにおれは何處に行つても、行くところは、どこもかしこも行停りなのだ、この女のあたたかいぐにやぐにやしたもの、そしてこのぐにやぐにやしたものの麗しさは、おれのからだに脈を打つてはいつて來るのだ、打木田は自分の顏にくつついてゐる女の顏をしげしげ見ていつた。……

「大宮でたべたべんたうは美味かつたなあ。」「鹽鮭がとてもおいしかつたわ、あんたつたら、あつといふ間に食べたぢやないの、あんなに早く人間がご飯を食べられるものかと思つたわ。」 打木田はうそは吐けない、あの辨當はたべてから、たべたことを知つたくらゐ、夢中でたべて了つてゐた。「おれがあんたの足の上に、足をのつけたのを知つてゐる?」「知つてゐたわ。」「何故外さなかつたの。」「お隣さんですもの、そんなことをしてあんたに厭な思ひをして貰ひたくなかつたわ。」「きみはいい人だね、こんな處にゐる人ではない。」

(室生犀星『汽車で逢つた女』初出:「婦人公論」1954(昭和29)年10月1日)



汽車のなかでの弁当はほんとにいいね、弁当だけじゃなくてさ。それも女づれだったらもっといい。新幹線じゃぜんぜんダメさ。



小津安二郎『浮草』1959年


2020年7月4日土曜日

小津の神












※「ゴダールの神」より。







2020年7月3日金曜日

小津の神さん







女が欲することは、神も欲する。Ce que femme veut, Dieu le veut(ミュッセ、Le Fils du Titien, 1838)






2019年10月13日日曜日

けやきの木の小路をよこぎる女のひと

小津の遺作『秋刀魚の味』ってのは、最近はじめ観たのだけど、21歳の岩下志麻ってのはとってもいいね。





原節子でもいいけどさ。けなすと小津ファンに怒られるからそう言っておくけど、ちょっとボクの趣味からするとオモイんだよな。




でもこうやって何度も観ていると、鼻の奥がキュンとなるね、ああ、オッカサン!

ま、いわゆる同じ構図のなかの女たち、その小津効果だけどさ。でもボクには幼少期、ほとんど同じ光景が毎日あったんだ。オッカサンはときにオバアチャンだったけど。


けやきの木の小路を
よこぎる女のひとの
またのはこびの
青白い
終りを

(⋯⋯)
路ばたにマンダラゲが咲く

ーー西脇順三郎『禮記』


蚊居肢散人はあれらを「行ったり来たりする神効果」と呼んでいる。

母の行ったり来たり allées et venues de la mère⋯⋯行ったり来たりする母 cette mère qui va, qui vient……母が行ったり来たりするのはあれはいったい何なんだろう?Qu'est-ce que ça veut dire qu'elle aille et qu'elle vienne ? (ラカン、S5、15 Janvier 1958)
問題となっている「女というもの La femme」は、「神の別の名 autre nom de Dieu」である。その理由で「女というものは存在しない elle n'existe pas」のである。(ラカン、S23、18 Novembre 1975)





荷風のいう「路地の向こう効果」でもいいけど。

路地を通り抜ける時試に立止つて向うを見れば、此方は差迫る両側の建物に日を遮られて湿つぽく薄暗くなつてゐる間から、彼方遥に表通の一部分だけが路地の幅だけにくつきり限られて、いかにも明るさうに賑かさうに見えるであらう。殊に表通りの向側に日の光が照渡つてゐる時などは風になびく柳の枝や広告の旗の間に、往来の人の形が影の如く現れては消えて行く有様、丁度灯火に照された演劇の舞台を見るやうな思ひがする。夜になつて此方は真暗な路地裏から表通の灯火を見るが如きは云はずとも又別様の興趣がある。川添ひの町の路地は折々忍返しをつけた其の出口から遥に河岸通のみならず、併せて橋の欄干や過行く荷船の帆の一部分を望み得させる事がある。此の如き光景は蓋し逸品中の逸品である。(永井荷風『路地』)


2019年7月28日日曜日

おそそ道構図

さて通常運転に戻る。

























 
小津構図とは、結局、参道と神宮(産道と子宮)構図なのではなかろうか。じつはこの一週間ぐらいそればかり蚊居肢子は考えているのである。




で、結局ここに行き着くのではなかろうか?



 
そこの小津ファンのあなた、どう思われますか?


ちなみに蚊居肢散人が18歳までーーはじめて女とヤルまでーー夢のなかで纏いつかれた三歳のときの原風景は次のたぐいのものである。



女とヤッタ後はいくらかおさまり、だが今度はざわめく樟の光景にしばしば襲われるのである。

これもなにかのタタリであろうか。ちなみに初性交の相手には、故郷の町にある陸軍墓地の墓の台座に昼日中乗っていただいた。幸運なことに、そのドンピシャの場の画像がネットに落ちている。






2019年7月25日木曜日

おそそ道構図

駅馬車なんってのは、40年ぐらい前テレビでみただけで、もう忘れているけど、こんなのがあるらしいな。


ジョン・フォード、駅馬車(1939)


で、ゴダールのこれがある。これは一年半ほどまえ見直してちょっと感心したよ(ほかにもボクの在庫のなかにだけだって五つぐらいあるけど、ま、これが真打ちだな)。


ゴダール、勝手にしやがれ(1960)


で、小津による連発がある(小津は戦時中シンガポールでアメリカ映画を熱心にみたらしい)。


小津安二郎、晩春(1949)



で、やっぱり夢のなかだったら、フロイトのいう性交イメージなんだろうかな。小津の上のものは早足で性交拒絶イメージにみえるけど。

ほんとに連発なんだな、小津ってのは。







もちろんこっちにくるやつだっていっぱいある、







2019年7月24日水曜日

見出された階段

まず小津安二郎の遺作『秋刀魚の味』(1962年)の最後近くにいくらか離れてあらわれる二つの階段映像である。





小津はこのときまで一度も階段を写したことがなかったらしい。蚊居肢散人は小津の全作品を観ているわけではまったくないので(三分の一にもいっていない)、カクとしたことはまったく言えないが、蓮實重彦が「小津の映画では、階段が写らない」(『監督小津安二郎』)という意味合いのことを言っているらしいのでたぶんそうなんだろう。

ようするに小津作品において二階は女たちの聖域であり、階段を写すことに対するなんらかの「憚り」があったのだと考えうる。

以下、中期の名高い作品にて現れる「失われた階段」--けっして写らない階段ーーである。




なぜ遺作になって階段を撮ったのかについての憶測は、「赤いおまんこ」でいくらか示唆したが、あくまで暗示であり、ここで遺憾ながら下品なフロイトをまたまた引用しておくべきだろうか?

階段・梯子・踏台、ことにそういうものの上を昇降することは性行為の象徹的表現である。…テーブル、食卓と盆は女を現わす。(フロイト『夢解釈』)

もっともこういうことは蚊居肢散人の意にすこぶる反するのである。巷間の小津信者の方々、お許しを! そもそも蚊居肢子は文学的にであれ映像的にではあれ破廉恥には振舞いたくないのである。

これらを…精神分析的に解読した場合になる解釈……そんな解釈を得意がって提起するほどわれわれは文学的に破廉恥ではないつもりだ。そうした事実とは、どんな不注意な読者でも見逃しえない図式としてそこに露呈されているだけなのである。(蓮實重彦『小説から遠く離れて』)

というわけでここで、フロイトではなく、せめてゴダールを引用しておかねばならない。


確かにイマージュとは幸福なものだ。だがそのかたわらには無が宿っている。そしてイマージュのあらゆる力は、その無に頼らなければ、説明できない。(ゴダール『(複数の)映画史』「4B」)


さて、だが無とはより具体的には何だろうか。それがなによりもの問いである。ここでまた下品な精神分析にたよらざるをえないのは忸怩たる思いであるが、いかんせんやむえない。今のところほかに手蔓がないのである。


イマージュは見せかけ(仮象)である
人が見るもの(人が眼差すもの)は、見られ得ないものである。Ce qu’on regarde, c’est ce qui ne peut pas se voir(ラカン、S11, 13 Mai 1964)
イマージュは、見られ得ないものにとってのスクリーンである。l'image fait écran à ce qui ne peut pas se voir(J.-A, MILLER, LES PRISONS DE LA JOUISSANCE, 1994)
女は、見せかけ semblant に関して、とても偉大な自由をもっている!la femme a une très grande liberté à l'endroit du semblant ! (Lacan、S18, 20 Janvier 1971)
我々は、見せかけを無を覆う機能と呼ぶ[Nous appelons semblant ce qui a fonction de voiler le rien](J.-A, MILLER, Des semblants dans la relation entre les sexes, 1997)
イマージュは穴を隠蔽している
対象aは、穴である。l'objet(a), c'est le trou(ラカン、S16, 27 Novembre 1968)
対象aには、現実界的な無 rien と見せかけsemblantがある。前者は現実界的な対象a(穴)であり、後者は、フェティッシュとしての見せかけ [semblant comme le fétiche]である。(J.-A, MILLER, la Logique de la cure, 1993)
イマージュは対象aを隠蔽している。l'image se cachait le petit (a).(J.-A, MILLER, LES PRISONS DE LA JOUISSANCE, 1994)
(『夢解釈』の冒頭を飾るフロイト自身の)イルマの注射の夢、…おどろおどろしい不安をもたらすイマージュの亡霊、私はあれを《メデューサの首 la tête de MÉDUSE》と呼ぶ。あるいは名づけようもない深淵の顕現と。あの喉の背後には、錯綜した場なき形態、まさに原初の対象 l'objet primitif そのものがある…すべての生が出現する女陰の奈落 abîme de l'organe féminin、すべてを呑み込む湾門であり裂孔 le gouffre et la béance de la bouche、すべてが終焉する死のイマージュ l'image de la mort, où tout vient se terminer …(ラカン、S2, 16 Mars 1955)



最後にゴダールの『(複数の)映画史』より別々にあらわれる二つのマージュをひとつのシークエンスにして掲げておこう。




ーーこの蚊居肢散人編集によるイマージュには穴の真意があまりにも瞭然とあらわれすぎており、不感症者向けとさえ言いうるが、この際やむえない。

蛇足ではありながら、さらに下品な精神分析に依拠して捕捉すれば、穴の起源は永遠に喪われている対象の引力である、ということになっている。おそらくゴダールはそんなことはとっくの昔から感得している筈であるし、生涯独身で母に操をたてた小津もしかり。


穴は引力である
われわれが治療の仕事で扱う多くの抑圧Verdrängungenは、後期抑圧 Nachdrängen の場合である。それは早期に起こった原抑圧 Urverdrängungen を前提とするものであり、これが新しい状況にたいして引力 anziehenden Einfluß をあたえる。(フロイト『制止、症状、不安』第8章、1926年)
フロイトは、原抑圧 Urverdrängung を他のすべての抑圧が可能となる引力の核 (le point d'Anziehung, le point d'attrait)とした。 (ラカン、S11、03 Juin 1964)
私が目指すこの穴、それを原抑圧自体のなかに認知する。c'est ce trou que je vise, que je reconnais dans l'Urverdrängung elle-même.(Lacan, S23, 09 Décembre 1975)
欲動の現実界 le réel pulsionnel がある。私はそれを穴の機能 la fonction du trou に還元する。…原抑圧 Urverdrängt との関係…原起源にかかわる問い…私は信じている、(フロイトの)夢の臍 Nabel des Traums を文字通り取らなければならない。それは穴 trou である。(ラカン, Réponse à une question de Marcel Ritter、Strasbourg le 26 janvier 1975)
永遠に喪われている対象
我々は、欲動が接近する対象について、あまりにもしばしば混同している。この対象は実際は、空洞・空虚の現前 la présence d'un creux, d'un vide 以外の何ものでもない。フロイトが教えてくれたように、この空虚はどんな対象によっても par n'importe quel objet 占められうる occupable。そして我々が唯一知っているこの審級は、喪われた対象a (l'objet perdu (a)) の形態をとる。対象a の起源は口唇欲動 pulsion orale ではない。…「永遠に喪われている対象 objet éternellement manquant」の周りを循環する contourner こと自体、それが対象a の起源である。(ラカン, S11, 13 Mai 1964)
母という対象 Objekt der Mutterは、欲求Bedürfnissesのあるときは、「切望sehnsüchtig」と呼ばれる強い備給Besetzungを受ける。……(この)喪われている対象(喪われた対象)vermißten (verlorenen) Objektsへの強烈な切望備給 Sehnsuchtsbesetzungは絶えまず高まる。それは負傷した身体部分への苦痛備給Schmerzbesetzung der verletzten Körperstelle と同じ経済論的条件ökonomischen Bedingungenをもつ。(フロイト『制止、症状、不安』第11章C、1926年)





2019年7月23日火曜日

赤いおまんこ

どのようにして批評を読むのか。唯一の手段はこうだ。私は、今、第二段階の読者なのだから、位置を移さなければならない。批評の快楽の聞き手になる代わりにーー楽しみ損なうのは確実だからーー、それの覗き手 voyeur になることができる。こっそり他人の快楽を観察するのだ。私は倒錯する j'entre dans la perversion 。すると、注釈は、テクストにみえ、フィクションにみえ、ひびの入った皮膜 une enveloppe fissurée にみえてくる。(ロラン・バルト『テクストの快楽』)

………

倒錯者としての蚊居肢散人は、話としてはたいして面白くない小津安二郎の作品も「倒錯して」鑑賞せざるをえない。たとえば小津の『彼岸花』( 1958年)は、結婚前の娘たちの「赤いおまんこ」の話ではなかろうか、と。




事実、彼岸花には毒がある。フロイト主義者でもある蚊居肢子はここで処女性のベラドンナをも想起せざるをえない。

私の美はベラドンナ(毒薬)の美よMeine Schönheit ist die der Tollkirsch。それを享楽する Genuß 者は、狂気と死の餌食となるわ Ihr Genuß bringt Wahnsinn und Tod(フロイト『処女性のタブー 』1918)




もちろん次のように引用することだってできるが、これではあまりに露骨すぎて上品な蚊居肢散人の趣味ではないことをお断りしておかねばならぬ。

小箱、箱、大きめの箱、箪笥、長持、暖炉、その他洞穴、船、容器類いっさいは女体の象徴である。ーー夢の中の部屋 Zimmer はたいていの場合「女の部屋Frauenzimmer」、部屋の出口、入ロが表現されていれば この解釈はますます疑いのないものになる。部屋が「あいている」か「しまっている」か[ »offen« oder »verschlossen«] という関心は、この関連において容易に理解されるだろう。さてその部屋の扉がどういう鍵で開かれるかは改めていう必要はなかろう。(フロイト『夢解釈』1900年)


ところで1958年の「赤いおまんこ」は、翌年以降、小津の最晩年にむかって、緑のおまんこ、黄のおまんこ、シルバーのおまんこ(生身のおまんこ)に変貌してゆく。




上のふたつは、『お早う』(1959年)、『秋日和』(1960年)からであり、下のふたつは、小津の遺作『 秋刀魚の味』( 1962年)からである。

右下の画像は次のようなシークエンスのなかで現れる。





ーー最後の場面で笠智衆はナマのおまんこから水を飲むのである。

小津の母あさゑは1962年2月に死去しており、遺作『秋刀魚の味』は、1962年11月公開である(小津安二郎は1963年12月12日(還暦の日)に死去している)。


ここで、モノクロ時代のおまんこの画像をもいくらか貼り付けておこう。


小津安二郎『東京の女』1933年



晩春(1949年)、麦秋(1951年)


さて、おまんこ、おまんこと連発してきたが、上品にいえばヤカンは小津にとって「浮遊するシニフィアン」なのである。

われわれは、マナ型に属する諸概念は、たしかにそれらが存在しうる数ほどに多様であるけれども、それらをそのもっとも一般的な機能において考察するならば(すでに見たように、この機能は、われわれの精神状態のなかでもわれわれの社会形態のなかでも消滅してはいない)、まさしく一切の完結した思惟によって利用されるところの(しかしまた、すべての芸術、すべての詩、すべての神話的・美的創造の保証であるところの)かの「浮遊するシニフィアン(signifiant flottant)」を表象していると考えている。 (レヴィ=ストロース『マルセル・モース著作集への序文』) 

レヴィ=ストロースのいう「浮遊するシニフィアン signifiant flottant」とは、ラカン派的にいえば欲動のクッションの綴じ目でありうる。

このクッションの綴じ目は、別名、原穴の名と呼ばれる。ようするに穴 Ⱥ(=トラウマ)に対する原防衛シニフィアンS (Ⱥ)である。この原初の防衛は十分には防衛されず常に残滓がある。



原穴の名

欲動の現実界 le réel pulsionnel がある。私はそれを穴の機能 la fonction du trou に還元する。…原抑圧 Urverdrängt との関係…原起源にかかわる問い…私は信じている、(フロイトの)夢の臍 Nabel des Traums を文字通り取らなければならない。それは穴 trou である。(ラカン, Réponse à une question de Marcel Ritter、Strasbourg le 26 janvier 1975)

S (Ⱥ)とは真に、欲動のクッションの綴じ目である。S DE GRAND A BARRE, qui est vraiment le point de capiton des pulsions(Miller, L'Être et l'Un, 06/04/2011)

大他者のなかの穴は Ⱥと書かれる trou dans l'Autre, qui s'écrit Ⱥ (Miller, UNE LECTURE DU SÉMINAIRE D'UN AUTRE À L'AUTRE, 2007)

(原大他者としての)母、その基底にあるのは、「原リアルの名 le nom du premier réel」である。それは、「母の欲望 Désir de la Mère」であり、シニフィアンの空無化 vidage 作用によって生み出された「原穴の名 le nom du premier trou 」である。(Colette Soler, Humanisation ? , 2014)

穴、それは非関係によって構成されている、性の構成的非関係によって。un trou, celui constitué par le non-rapport, le non-rapport constitutif du sexuel, Lacan, S22, 17 Décembre 1974)



我々はみな現実界のなかの穴を穴埋めするcombler le trou dans le Réelために何かを発明する。現実界には 「性関係はない il n'y a pas de rapport sexuel」、 それが「穴ウマ(troumatisme =トラウマ)」をつくる。(Lacan, S21, 19 Février 1974






2019年7月21日日曜日

扉の向こうの女





Pinterstで拾ったんだけど、ちょっといいな、映像関連のインテリ諸氏は、フレーム内フレームの奥行きをもたらす美とかなんとかいうんだろうが、そんなことはどうだっていいや。扉のむこうには女がいる、それでいいのさ。


海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がゐる。そして母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある。(三好達治「郷愁」)
僕は海にむかって歩いている。僕自身の中の海にむかって歩いている。(中上健次『海へ』)


















一切女人是我母(一切の女人これ我が母なり)(弘法大師空海『教王経開題』)

母の行ったり来たり allées et venues de la mère⋯⋯行ったり来たりする母 cette mère qui va, qui vient……母が行ったり来たりするのはあれはいったい何なんだろう?(ラカン、S5、15 Janvier 1958)

母が幼児の訴えに応答しなかったらどうだろう?……母はリアルになる elle devient réelle、…すなわち権力となる devient une puissance…全能の母 omnipotence …全き力 toute-puissance …(ラカン、S4、12 Décembre 1956)

quoad matrem(母として)、すなわち女というものは、性関係において、母としてのみ機能する。…quoad matrem, c'est-à-dire que « la femme » n'entrera en fonction dans le rapport sexuel qu'en tant que « la mère ». (ラカン、S20、09 Janvier 1973)

男は女になんか興味ないよ、母がなかったらな。un homme soit d'aucune façon intéressé par une femme s'il n'a eu une mère. (ラカン、Conférences aux U.S.A, 1975)


2018年9月8日土曜日

きらりとひらめく一瞬よりはいくらか長く続く間

この音楽のなかで、くらがりにうごめくはっきりしない幼虫 larves obscures alors indistinctes のように目につかなかったいくつかの楽節が、いまはまぶしいばかりにあかるい建造物になっていた。そのなかのある楽節はうちとけた女の友人たちにそっくりだった……(プルースト『囚われの女』井上究一郎訳)

以下、「静止画像」の人、あるいは「くらがりにうごめくはっきりしない幼虫」「暗闇に蔓延る異者としての身体」、「暗闇に蔓延る異者としての女」の回帰の人「蚊居肢子」の愛する文章群。

象徴界に排除(拒絶 rejeté)されたものは、現実界のなかに回帰する Ce qui a été rejeté du symbolique réparait dans le réel.(ラカン、S3, 07 Décembre 1955)

とはいえ「彼」は気分がころころ変わるタチなので、あまりあてにしないで頂きたい。「ボク」も「わたくし(綿串)」も「彼」のことについては重なり部分しか関知していないのである。




⋯⋯⋯⋯

彼らが私の注意をひきつけようとする美をまえにして私はひややかであり、とらえどころのないレミニサンス réminiscences confuses にふけっていた…戸口を吹きぬけるすきま風の匂を陶酔するように嗅いで立ちどまったりした。「あなたはすきま風がお好きなようですね」と彼らは私にいった。(プルースト「ソドムとゴモラ」)
立上がると、足裏の下の畳の感覚が新鮮で、古い畳なのに、鼻腔の奥に藺草のにおいが漂って消えた。それと同時に、雷が鳴ると吊ってもらって潜りこんだ蚊帳の匂いや、縁側で涼んでいるときの蚊遣線香の匂いや、線香花火の火薬の匂いや、さまざまの少年時代のにおいの幻覚が、一斉に彼の鼻腔を押しよせてきた。(吉行淳之介『砂の上の植物群』)
……その,まよわれることのなかった道の枝を,半せいきしてゆめの中で示されなおした者は,見あげたことのなかったてんじょう,ふんだことのなかったゆか,出あわなかった小児たちのかおのないかおを見さだめようとして,すこしあせり,それからとてもくつろいだ.そこからぜんぶをやりなおせるとかんじることのこのうえない軽さのうちへ,どちらでもないべつの町の初等教育からたどりはじめた長い日月のはてにたゆたい目ざめた者に,みゃくらくもなくあふれよせる野生の小禽たちのよびかわしがある.

またある朝はみゃくらくもなく,前夜むかれた多肉果の紅いらせん状の皮が匂いさざめいたが,それはそのおだやかな目ざめへとまさぐりとどいた者が遠い日に住みあきらめた海辺の町の小いえの,淡い夕ばえのえんさきからの帰着だった.(黒田夏子「abさんご」)


(小津安二郎、晩春)


――……この一瞬よりはいくらか長く続く間、という言葉に私が出会ったのはね、ハイスクールの前でバスを降りて、大きい舗道を渡って山側へ行く、その信号を待つ間で…… 向こう側のバス・ストップの脇にシュガー・メイプルの大きい木が一本あったんだよ。その時、バークレイはいろんな種類のメイプルが紅葉してくる季節でさ。シュガー・メイプルの木には、紅葉時期のちがう三種類ほどの葉が混在するものなんだ。真紅といいたいほどの赤いのと、黄色のと、そしてまだ明るい緑の葉と…… それらが混り合って、海から吹きあげて来る風にヒラヒラしているのを私は見ていた。そして信号は青になったのに、高校生の私が、はっきり言葉にして、それも日本語で、こう自分にいったんだよ。もう一度、赤から青になるまで待とう、その一瞬よりはいくらか長く続く間、このシュガー・メイプルの茂りを見ていることが大切だと。生まれて初めて感じるような、深ぶかとした気持で、全身に決意をみなぎらせるようにしてそう思ったんだ……

それからは、自分を訓練するようにして、人生のある時々にさ、その一瞬よりはいくらか長く続く間をね、じっくりあじわうようにしてきたと思う。それでも人生を誤まつことはあったけれど、それはまた別の問題でね。このように自分を訓練していると、たびたびではないけれどもね、この一瞬よりはいくらか長く続く間にさ、自分が永遠に近く生きるとして、それをつうじて感じえるだけのことは受けとめた、と思うことがあった。カジね、そしてそれはただそう思う、というだけのことじゃないと私は信じる。

それはこういうことが考えられるからだよ。もう一度、ほとんど永遠に近いくらい永く生きた人間を想像してみよう。それこそ大変な老人になって、皺だらけで縮こまっているだろうけれどもさ。その老人が、とうとう永い生涯を終えることになるんだ。そしてこう回想する。自分がこれだけ生きてきた人生で、本当に生きたしるしとしてなにがきざまれているか? そうやって一所懸命思い出そうとするならば、かれに思い浮ぶのはね、幾つかの、一瞬よりはいくらか長く続く間の光景なのじゃないか? そうすればね、カジ、きみがたとえ十四年間しか生きないとしても、そのような人生と、永遠マイナスn年の人生とは、本質的には違わないのじゃないだろうか? 
  
――僕としてもね、永遠マイナスn年とまではいいませんよ。しかし、やはり八十年間生きる方が、十四年よりは望ましいと思いますねえ、とカジは伸びのびといった。

――私もカジがそれだけ生きることを望むよ、というギー兄さんの方では、苦痛そのもののような遺憾の情を表していたが。……しかしそうゆかないとすれば、もし十四年間といくらかしか生きられないとすれば、カジね、私としてはきみにこういうことをすすめたいんだよ。これからはできるだけしばしば、一瞬よりはいくらか長く続く間の眺めに集中するようにつとめてはどうだろうか? 自分が死んでしまった後の、この世界の永遠に近いほどの永さの時、というようなことを思い煩うのはやめにしてさ。(大江健三郎『燃え上がる緑の木 第一部』p148-150)


(小津安二郎、晩春)


――私は、総領事の最初の結婚を破棄して、自分と再婚させたわけだけど、それまでの後悔を引っくり返すほどの喜びをあたえたとは思わない、と弓子さんはいって、もう一度嗚咽され、鼻をかんだハンカチをまるめて握った手をまたK伯父さんの手の上に戻された。

――総領事と弓子さんをブリュセルに訪ねて、泊めてもらった時ね。翌朝、食堂に降りて行くと、きみたちは中庭の orme pleureur をじっと眺めていた。そこへ声をかけると、ふたりが共通の夢からさめたようにこちらを振り返ってね。ああいう時、総領事は、隆君の言葉を使えばさ、一瞬よりはいくらか長く続く間、弓子さんと喜び〔ジョイ〕を共有していたんじゃないの? しかも、そういうことは、しばしばあったんじゃないか?

イェーツの、ふたつの極の間の生というのはね、僕の解釈だと、……総領事のそれとはくいちがうかも知れないけれどもさ、なにより両極が共存しているということが大切なんだよ。愛と憎しみという両極であれ、善と悪という両極であれ…… それを時間についていえば、一瞬と永遠とが共存しているということでしょう? ある一瞬、永遠をとらえたという確信が、つまり喜び〔じょい〕なんだね。

じつはいまさっき、総領事の身の周りのものがまとめてあるなかに、イェーツの詩集があって、開いて見たんだけど、第四節はこういうふうなんだよ。《店先で街路を見わたしていた時/突然おれの身体が燃えさかった、/二十分間の余も/おれは感じていたのだ、あまりに倖せが大きいので、/祝福されておりみずから祝福もなしえるほどだと。》五十歳のイェーツの感慨なんだ、総領事が到達した年齢や、僕がいま生きている年齢より若い折の詩人の……

結婚したてのきみたちは、やはりロンドンから、この二十分間の余を現に体験していると、そういっている絵葉書をくれたじゃないか? きみたちは喜び〔ジョイ〕を共有していたぜ、あの時。それは一瞬のうちに永遠へ入り込んでいたことでね、失われようがない。……弓子さんがこれから休暇をとって、メリー・ウィドウの気分で、ロンドンの喫茶店を再訪でもすればさ、も一度その一瞬にめぐりあって永遠に戻ることになるよ!

――それがあったとしてもね、新しい一瞬を、このように死んでしまっている総領事と一緒に経験できるとは思えない……

弓子さんは老成した不機嫌さの躱し方だったが、その底に稚いような素直さの響きもあったからだろう、めずらしくK伯父さんはヘコタレなかった。

――バラバラの個ならば、そう。それにあわせて、全体のなかにふくまれる個ということも考えられるんじゃないの? とくにわれわれが一瞬の永遠を感じとるというような時、それは全体のなかの個としての経験だと思うよ。この場合、全体には死んで行った人の個もふくまれているはずね、実感としても…… それがあるからこそ、自分が祝福されるばかりじゃなく、他人を祝福することもできそうだというんだと思うよ。(同『燃え上がる緑の木 第二部』 P227-229)




ーー侯孝賢、童年往事(1985年)戀戀風塵(1987年)、黃金之弦(2011)



まさに、ごくわすかなこと、こくかすかなこと、
ごく軽やかなこと、ちょろりと走るとかげ
一つの息、一つの疾過、一つのまばたきーー
まさに、わずかこそが、最善のたぐいの幸福をつくるのだ。
静かに。――

わたしに何事が起こったのだろう。
聞け! 時間は飛び去ってしまったのだろうか。
わたしは落ちてゆくのではなかろうか。
落ちたのではなかろうか、――
耳をこらせ! 永遠という泉のなかに。

ーーニーチェ『ツァラトゥストラ』

軽やかな音もなく走りすぎていくものたち、 わたしが神々しいトカゲgöttliche Eidechsenと名づけている瞬間(ニーチェ『この人を見よ』)

坂を上つて行く 女の旅人
突然後を向き
なめらかな舌を出した正午

ーー西脇順三郎「鹿門」

正午にそれは起こった。「一」は「二」となったのである。Um Mittag war's, da wurde Eins zu Zwei...(ニーチェ『善悪の彼岸』1886年「高き山々の頂きから Aus hohen Bergen」)

《正午。最も影の短い刻限 Mittag; Augenblick des kürzesten Schattens》(ニーチェ『偶像の黄昏』1888年)

単なる過去の一瞬、それだけのものであろうか? はるかにそれ以上のものであるだろう、おそらくは。過去にも、そして同時に現在にも共通であって、その二者よりもさらにはるかに本質的な何物かである。これまでの生活で、あんなに何度も現実が私を失望させたのは、私が現実を知覚した瞬間に、美をたのしむために私がもった唯一の器官であった私の想像力が、人は現にその場にないものしか想像できないという不可避の法則にしばられて、その現実にぴったりと適合することができなかったからなのであった。

ところが、ここに突然、そのきびしい法則の支配力が、自然のもたらした霊妙なトリックによって、よわまり、中断し、そんなトリックが、過去と現在とのなかに、同時に、一つの感覚をーーフォークとハンマーとの音、本のおなじ表題、等々をーー鏡面反射させたのであった。そのために、過去のなかで、私の想像力は、その感覚を十分に味わうことができたのだし、同時に現在のなかで、物の音、リネンの感触等々による私の感覚の有効な発動は、想像力の夢に、ふだん想像力からその夢をうばいさる実在の観念 l'idée d'existence を、そのままつけくわえたのであって、そうした巧妙な逃道のおかげで、私の感覚の有効な発動は、私のなかにあらわれた存在に、ふだんはけっしてつかむことができないものーーきらりとひらめく一瞬の持続 la durée d'un éclair、純粋状態にあるわずかな時間 un peu de temps à l'état pur ――を、獲得し、孤立させ、不動化することをゆるしたのであった。

あのような幸福の身ぶるいでもって、皿にふれるスプーンと車輪をたたくハンマーとに同時に共通な音を私がきいたとき、またゲルマントの中庭の敷石とサン・マルコの洗礼堂との足場の不揃いに同時に共通なもの、その他に気づいたとき、私のなかにふたたび生まれた存在は、事物のエッセンスからしか自分の糧をとらず、事物のエッセンスのなかにしか、自分の本質、自分の悦楽を見出さないのである。私のなかのその存在は、感覚機能によってそうしたエッセンスがもたらさえない現在を観察したり、理知でひからびさせられる過去を考察したり、意志でもって築きあげられる未来を期待したりするとき、たちまち活力を失ってしまうのだ。意志でもって築きあげられる未来とは、意志が、現在と過去との断片から築きあげる未来で、おまけに意志は、そんな場合、現在と過去とのなかから、自分できめてかかった実用的な目的、人間の偏狭な目的にかなうものだけしか保存しないで、現在と過去とのなかの現実性を骨ぬきにしてしまうのである。

ところが、すでにきいたり、かつて呼吸したりした、ある音、ある匂が、現在と過去との同時のなかで、すなわち現勢的でないリアルなもの、抽象的でないイデア的なもの Réels sans être actuels, idéaux sans être abstraits である二者の同時のなかで、ふたたびきかれ、ふたたび呼吸されると、たちまちにして、事物の不変なエッセンス、ふだんはかくされているエッセンスが、おのずから放出され、われわれの真の自我がーーときには長らく死んでいたように思われていたけれども、すっかり死んでいたわけではなかった真の自我がーーもたらされた天上の糧を受けて、目ざめ、生気をおびてくるのだ。時間の秩序から解放されたある瞬間が、時間の秩序から解放された人間をわれわれのなかに再創造して、その瞬間を感じうるようにしたのだ。それで、この人間は、マドレーヌの単なる味にあのようなよろこびの理由が論理的にふくまれているとは思わなくても、自分のよろこびに確信をもつ、ということがわれわれにうなずかれるし、「死」という言葉はこの人間に意味をなさない、ということもうなずかれる。時間のそと hors du temps に存在する人間だから、未来について何をおそれることがありえよう? (プルースト『見出された時』井上究一郎訳、一部変更)

⋯⋯⋯⋯

とはいえ、《きらりとひらめく一瞬の持続、純粋状態にあるわずかな時間》、あるいは《一瞬よりはいくらか長く続く間》はさらに井戸の底に下りていけば、《わたしの恐ろしい女主人》が現れる。したがってドゥルーズはこう言うのである、《無意志的記憶 la mémoire involontaire の啓示は異常なほど短く、それが長引けば我々に害をもたらさざるをえない。》(ドゥルーズ『プルーストとシーニュ』)

何事がわたしに起こったのか。だれがわたしに命令するのか。--ああ、わたしの女主人Herrinが怒って、それをわたしに要求するのだ。彼女がわたしに言ったのだ。彼女の名をわたしは君たちに言ったことがあるのだろうか。

きのうの夕方ごろ、わたしの最も静かな時刻 stillste Stunde がわたしに語ったのだ。つまりこれがわたしの恐ろしい女主人meiner furchtbaren Herrinの名だ。

……そのとき、声なき声 ohne Stimme がわたしに語った。「おまえはそれを知っているではないか、ツァラトゥストラよ: 」--

このささやきを聞いたとき、わたしは驚愕の叫び声をあげた。顔からは血が引いた。しかしわたしは黙ったままだった。

「おまえはそれを知っているではないか、ツァラトゥストラよ。しかしおまえはそれを語らない」--

………「嵐をもたらすものは、もっとも静寂なことばだ。鳩の足Taubenfüssenで歩んでくる思想が、世界を左右するのだ。

おお、ツァラトゥストラよ、おまえは、来らざるをえない者の影として歩まねばならぬ。」

……「わたしは欲しない」

と、わたしのまわりに笑い声が起こった。ああ、なんとその笑い声がわたしのはらわたをかきむしり、わたしの心臓をずたずたにしたことだろう。(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第二部 「最も静かな時刻 Die stillste Stunde」)

死の直前のデリダのきわめて美しい注釈がある。

鳩が横ぎる。ツァラトゥストラの第二部のまさに最後で。「最も静かな時刻 Die stillste Stunde」。

最も静かな時刻は語る。私に語る。私に向けて。それは私自身である。私の時間。私の耳のなかでささやく。それは、私に最も近い plus proche de moi。私自身であるかのようにcomme en moi。私のなかの他者の声のようにcomme la voix de l'autre en moi。他者の私の声のように comme ma voix de l'autre。

そしてその名、この最も静かな時刻の名は、《わたしの恐ろしい女の主人》である。

……今われわれはどこにいるのか? あれは鳩のようではない…とりわけ鳩の足ではない。そうではなく「狼の足で à pas de loup」だ…(デリダ、2004、Le souverain bien – ou l’Europe en mal de souveraineté La conférence de Strasbourg 8 juin 2004 JACQUES DERRIDA)

このデリダの注釈には、ラカンの「外密 extimité」がある(参照:モノと対象a)。《私に最も近い plus proche de moi。私自身であるかのようにcomme en moi。私のなかの他者の声のようにcomme la voix de l'autre en moi。他者の私の声のように comme ma voix de l'autre》。


小津安二郎、非常線の女、1933年

親密な外部、この外密 extimitéが「物 das Ding」である。extériorité intime, cette extimité qui est la Chose (ラカン、S7、03 Février 1960)
(フロイトによる)モノ、それは母である。das Ding, qui est la mère(ラカン、 S7 16 Décembre 1959)
フロイトは、「モノdas Ding」を、「隣人Nebenmensch」概念を通して導入した。隣人とは、最も近くにありながら、不透明なambigu存在である。というのは、人は彼をどう位置づけたらいいか分からないから。

隣人…この最も近くにあるものは、享楽の堪え難い内在性である。Le prochain, c'est l'imminence intolérable de la jouissance (ラカン、S16、12 Mars 1969)
(フロイトの)モノは漠然としたものではない La chose n'est pas ambiguë。それは、快原理の彼岸の水準 au niveau de l'Au-delà du principe du plaisirにあり、…喪われた対象objet perduである。(ラカン、S17, 14 Janvier 1970)
フロイトのモノ Chose freudienne.、…それを私は現実界 le Réelと呼ぶ。(ラカン、S23, 13 Avril 1976)

プルーストの文に《現勢的でないリアルなもの(現実界的なもの )Réels sans être actuel、抽象的でないイデア的なもの idéaux sans être abstraits》とあったことを思い出しておこう。

⋯⋯⋯⋯

《「Wo Es war, soll Ich werden エスがあったところに、自我は到らなければならない》(フロイト『続精神分析入門』第31章、1933年)

人生の正午 Mittag、ひとは異様な安静の欲求におそわれることがある。まわりがひっそりと静まりかえり、物の声が遠くなり、だんだん遠くなっていく。彼の心臓は停止している。彼の目だけが生きている、--それは目だけが醒めている一種の死だ。それはほとんど不気味でunheimlich、病的に過敏 krankhaftだ。しかし不愉快 unangenehmではない。(ニーチェ『漂泊者とその影』308番Der Wanderer und sein Schatten)

決定的な文がツァラトゥストラ第四部の「酔歌 Das Nachtwandler-Lied」--いわゆる『ツァラトゥストラ』全体のグランフィナーレーーに現れる。

静かに! 静かに! いまさまざまのことが聞えてくる、日中には声となることを許されないさまざまのことが。いま、大気は冷えおまえたちの心の騒ぎもすっかり静まったいまーー

ーーいま、エスは語る、いま、エスは聞こえる、いま、エスは夜の眠らぬ魂のなかに忍んでくる、ああ、ああ、なんという吐息をもたらすことか、なんと夢を見ながら笑い声を立てることか。

– nun redet es, nun hört es sich, nun schleicht es sich in nächtliche überwache Seelen: ach! ach! wie sie seufzt! wie sie im Traume lacht!

ーーおまえには聞えぬか、あれがひそやかに、すさまじく、心をこめておまえに語りかいるのが? あの古い、深い、深い真夜中 Mitternacht が語りかけるのが?

おお、人間よ、心して聞け! (ニーチェ『ツァラトゥストラ第四部』「酔歌 Das Nachtwandler-Lied」)

エスの声とは何か?

「アリアドネ」とディオニュソスが言った。「おまえが迷宮だ。」Ariadne, sagte Dionysos, du bist ein Labyrinth: (ニーチェ遺稿、1887年)

ーー「迷宮」(Labyrinth)、すなわち「内耳」(Labyrinth)。

内耳の声、これが「わたしの恐ろしい女主人」の声である。

〈母〉、その底にあるのは、「原リアルの名 le nom du premier réel」である。それは、「母の欲望 Désir de la Mère」であり、シニフィアンの空無化 vidage 作用によって生み出された「原穴の名 le nom du premier trou 」である。(コレット・ソレール、C.Soler « Humanisation ? »2013-2014セミネール)


ゴダールの決別 Hélas pour moi 


永遠回帰とは、究極的には「わたしの恐ろしい女主人」の回帰である。

わたしに最も深く敵対するものを、すなわち、本能の言うに言われぬほどの卑俗さを、求めてみるならば、わたしはいつも、わが母と妹を見出す、―こんな悪辣な輩と親族であると信ずることは、わたしの神性に対する冒瀆であろう。わたしが、いまのこの瞬間にいたるまで、母と 妹から受けてきた仕打ちを考えると、ぞっとしてしまう。彼女らは完璧な時限爆弾をあやつって いる。それも、いつだったらわたしを血まみれにできるか、そのときを決してはずすことがないのだ―つまり、わたしの最高の瞬間を狙ってin meinen höchsten Augenblicken くるのだ…。そ のときには、毒虫に対して自己防御する余力がないからである…。生理上の連続性が、こうした 予定不調和 disharmonia praestabilita を可能ならしめている…。しかし告白するが、わたしの本来の深遠な思想である 「永遠回帰」 に対する最も深い異論とは、 つねに母と妹なのだ。― (ニーチェ『この人を見よ』--妹エリザベートによる差し替え前の版 Friedrich Wilhelm Nietzsche: Ecce homo - Kapitel 3

ルー・アンドレアス・サロメは1894年にすでに次のように指摘している。

私にとって忘れ難いのは、ニーチェが彼の秘密を初めて打ち明けたあの時間だ。あの思想を真理の確証の何ものかとすること…それは彼を口にいえないほど陰鬱にさせるものだった。彼は低い声で、最も深い恐怖をありありと見せながら、その秘密を語った。実際、ニーチェは深く生に悩んでおり、生の永遠回帰の確実性はひどく恐ろしい何ものかを意味したに違いない。永遠回帰の教えの真髄、後にニーチェによって輝かしい理想として構築されたが、それは彼自身のあのような苦痛あふれる生感覚と深いコントラストを持っており、不気味な仮面 unheimliche Maske であることを暗示している。(ルー・サロメ、Lou Andreas-Salomé Friedrich Nietzsche in seinen Werken, 1894)


麦秋、1951年


 《わたしのほかに誰が知ろう、アリアドネが何であるかを was Ariadne ist!……これらすべての謎は、いままでだれ一人解いた者がなかった。そこに謎があることに気がついた者さえいるかどうか疑わしい。》(ニーチェ『この人を見よ』)

迷宮の人間は、決して真理を求めず、ただおのれを導いてくれるアリアドネを求めるのみ。Ein labyrinthischer Mensch sucht niemals die Wahrheit, sondern immer nur seine Ariadne –(ニーチェ遺稿1882-1883)

蚊居肢散人曰く、人間には二つの階級がある。アリアドネが何であるかを知っているか否かの二つの階級である。

・人々をたがいに近づけるものは、意見の共通性ではなく精神の血縁である。(プルースト 「花咲く乙女たちのかげに」)

・人間は自分の精神が属する階級の人たちの言葉遣をするのであって、自分の出生の身分〔カスト〕に属する人たちの言葉遣をするのではない。(プルースト「ゲルマントのほう」) 

ーー「おまえはそれを知っているではないか、しかしおまえはそれを語らない」


2018年6月22日金曜日

行ったり来たりする女




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母の行ったり来たり allées et venues de la mère⋯⋯行ったり来たりする母 cette mère qui va, qui vient……母が行ったり来たりするのはあれはいったい何なんだろう?Qu'est-ce que ça veut dire qu'elle aille et qu'elle vienne ? (ラカン、セミネール5、15 Janvier 1958)


東京物語

《一切女人、是れ我が母なり》(仏典)

すべての女に母の影は落ちている。つまりすべての女は母なる力を、さらには母なる全能性を共有している。(ポール・バーハウ Paul Verhaeghe、THREE ESSAYS ON DRIVE AND DESIRE、1998)


麦秋


一分と立たぬ間に、影は反対の方から、逆にあらわれて来た。振袖姿のすらりとした女が、音もせず、向う二階の椽側を寂然として歩行て行く。余は覚えず鉛筆を落して、鼻から吸いかけた息をぴたりと留めた。 

花曇りの空が、刻一刻に天から、ずり落ちて、今や降ると待たれたる夕暮の欄干に、しとやかに行き、しとやかに帰る振袖の影は、余が座敷から六間の中庭を隔てて、重き空気のなかに蕭寥と見えつ、隠れつする。

女はもとより口も聞かぬ。傍目も触らぬ。椽に引く裾の音さえおのが耳に入らぬくらい静かに歩行いている。腰から下にぱっと色づく、裾模様は何を染め抜いたものか、遠くて解からぬ。ただ無地と模様のつながる中が、おのずから暈されて、夜と昼との境のごとき心地である。女はもとより夜と昼との境をあるいている。 

この長い振袖を着て、長い廊下を何度往き何度戻る気か、余には解からぬ。いつ頃からこの不思議な装をして、この不思議な歩行をつづけつつあるかも、余には解らぬ。その主意に至ってはもとより解らぬ。もとより解るべきはずならぬ事を、かくまでも端正に、かくまでも静粛に、かくまでも度を重ねて繰り返す人の姿の、入口にあらわれては消え、消えてはあらわるる時の余の感じは一種異様である。(夏目漱石『草枕』)





母が幼児の訴えに応答しなかったらどうだろう?…母は崩落するdéchoit……母はリアルになる elle devient réelle、…すなわち権力となる devient une puissance…全能(の母) omnipotence …全き力 toute-puissance …(ラカン、セミネール4、12 Décembre 1956)

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◆「黃金之弦 La Belle Epoque. Hou Hsiao-hsien」、2011年