この前ひとりでやけ酒飲んでいましたよ
もういただいていいんでしょうか
「おまえは女に惚れたことないだろ」
と五年先輩に言われたことがある。
同じ大学の同じ学部出の男で二人で酒を飲んでいた。
彼は少女のような同僚の女にひどい恋におちいっていた。
内心こう呟いた、
一世一代の恋を十四才でしてしまったからな
あとはどの女ともアソビだよ
ないね、あれ以降は。
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2019年2月2日土曜日
2018年12月30日日曜日
2018年9月8日土曜日
きらりとひらめく一瞬よりはいくらか長く続く間
この音楽のなかで、くらがりにうごめくはっきりしない幼虫 larves obscures alors indistinctes のように目につかなかったいくつかの楽節が、いまはまぶしいばかりにあかるい建造物になっていた。そのなかのある楽節はうちとけた女の友人たちにそっくりだった……(プルースト『囚われの女』井上究一郎訳)
象徴界に排除(拒絶 rejeté)されたものは、現実界のなかに回帰する Ce qui a été rejeté du symbolique réparait dans le réel.(ラカン、S3, 07 Décembre 1955)
⋯⋯⋯⋯
彼らが私の注意をひきつけようとする美をまえにして私はひややかであり、とらえどころのないレミニサンス réminiscences confuses にふけっていた…戸口を吹きぬけるすきま風の匂を陶酔するように嗅いで立ちどまったりした。「あなたはすきま風がお好きなようですね」と彼らは私にいった。(プルースト「ソドムとゴモラ」)
立上がると、足裏の下の畳の感覚が新鮮で、古い畳なのに、鼻腔の奥に藺草のにおいが漂って消えた。それと同時に、雷が鳴ると吊ってもらって潜りこんだ蚊帳の匂いや、縁側で涼んでいるときの蚊遣線香の匂いや、線香花火の火薬の匂いや、さまざまの少年時代のにおいの幻覚が、一斉に彼の鼻腔を押しよせてきた。(吉行淳之介『砂の上の植物群』)
……その,まよわれることのなかった道の枝を,半せいきしてゆめの中で示されなおした者は,見あげたことのなかったてんじょう,ふんだことのなかったゆか,出あわなかった小児たちのかおのないかおを見さだめようとして,すこしあせり,それからとてもくつろいだ.そこからぜんぶをやりなおせるとかんじることのこのうえない軽さのうちへ,どちらでもないべつの町の初等教育からたどりはじめた長い日月のはてにたゆたい目ざめた者に,みゃくらくもなくあふれよせる野生の小禽たちのよびかわしがある.
またある朝はみゃくらくもなく,前夜むかれた多肉果の紅いらせん状の皮が匂いさざめいたが,それはそのおだやかな目ざめへとまさぐりとどいた者が遠い日に住みあきらめた海辺の町の小いえの,淡い夕ばえのえんさきからの帰着だった.(黒田夏子「abさんご」)
| (小津安二郎、晩春) |
――……この一瞬よりはいくらか長く続く間、という言葉に私が出会ったのはね、ハイスクールの前でバスを降りて、大きい舗道を渡って山側へ行く、その信号を待つ間で…… 向こう側のバス・ストップの脇にシュガー・メイプルの大きい木が一本あったんだよ。その時、バークレイはいろんな種類のメイプルが紅葉してくる季節でさ。シュガー・メイプルの木には、紅葉時期のちがう三種類ほどの葉が混在するものなんだ。真紅といいたいほどの赤いのと、黄色のと、そしてまだ明るい緑の葉と…… それらが混り合って、海から吹きあげて来る風にヒラヒラしているのを私は見ていた。そして信号は青になったのに、高校生の私が、はっきり言葉にして、それも日本語で、こう自分にいったんだよ。もう一度、赤から青になるまで待とう、その一瞬よりはいくらか長く続く間、このシュガー・メイプルの茂りを見ていることが大切だと。生まれて初めて感じるような、深ぶかとした気持で、全身に決意をみなぎらせるようにしてそう思ったんだ……
それからは、自分を訓練するようにして、人生のある時々にさ、その一瞬よりはいくらか長く続く間をね、じっくりあじわうようにしてきたと思う。それでも人生を誤まつことはあったけれど、それはまた別の問題でね。このように自分を訓練していると、たびたびではないけれどもね、この一瞬よりはいくらか長く続く間にさ、自分が永遠に近く生きるとして、それをつうじて感じえるだけのことは受けとめた、と思うことがあった。カジね、そしてそれはただそう思う、というだけのことじゃないと私は信じる。
それはこういうことが考えられるからだよ。もう一度、ほとんど永遠に近いくらい永く生きた人間を想像してみよう。それこそ大変な老人になって、皺だらけで縮こまっているだろうけれどもさ。その老人が、とうとう永い生涯を終えることになるんだ。そしてこう回想する。自分がこれだけ生きてきた人生で、本当に生きたしるしとしてなにがきざまれているか? そうやって一所懸命思い出そうとするならば、かれに思い浮ぶのはね、幾つかの、一瞬よりはいくらか長く続く間の光景なのじゃないか? そうすればね、カジ、きみがたとえ十四年間しか生きないとしても、そのような人生と、永遠マイナスn年の人生とは、本質的には違わないのじゃないだろうか?
――僕としてもね、永遠マイナスn年とまではいいませんよ。しかし、やはり八十年間生きる方が、十四年よりは望ましいと思いますねえ、とカジは伸びのびといった。
――私もカジがそれだけ生きることを望むよ、というギー兄さんの方では、苦痛そのもののような遺憾の情を表していたが。……しかしそうゆかないとすれば、もし十四年間といくらかしか生きられないとすれば、カジね、私としてはきみにこういうことをすすめたいんだよ。これからはできるだけしばしば、一瞬よりはいくらか長く続く間の眺めに集中するようにつとめてはどうだろうか? 自分が死んでしまった後の、この世界の永遠に近いほどの永さの時、というようなことを思い煩うのはやめにしてさ。(大江健三郎『燃え上がる緑の木 第一部』p148-150)
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| (小津安二郎、晩春) |
――私は、総領事の最初の結婚を破棄して、自分と再婚させたわけだけど、それまでの後悔を引っくり返すほどの喜びをあたえたとは思わない、と弓子さんはいって、もう一度嗚咽され、鼻をかんだハンカチをまるめて握った手をまたK伯父さんの手の上に戻された。
――総領事と弓子さんをブリュセルに訪ねて、泊めてもらった時ね。翌朝、食堂に降りて行くと、きみたちは中庭の orme pleureur をじっと眺めていた。そこへ声をかけると、ふたりが共通の夢からさめたようにこちらを振り返ってね。ああいう時、総領事は、隆君の言葉を使えばさ、一瞬よりはいくらか長く続く間、弓子さんと喜び〔ジョイ〕を共有していたんじゃないの? しかも、そういうことは、しばしばあったんじゃないか?
イェーツの、ふたつの極の間の生というのはね、僕の解釈だと、……総領事のそれとはくいちがうかも知れないけれどもさ、なにより両極が共存しているということが大切なんだよ。愛と憎しみという両極であれ、善と悪という両極であれ…… それを時間についていえば、一瞬と永遠とが共存しているということでしょう? ある一瞬、永遠をとらえたという確信が、つまり喜び〔じょい〕なんだね。
じつはいまさっき、総領事の身の周りのものがまとめてあるなかに、イェーツの詩集があって、開いて見たんだけど、第四節はこういうふうなんだよ。《店先で街路を見わたしていた時/突然おれの身体が燃えさかった、/二十分間の余も/おれは感じていたのだ、あまりに倖せが大きいので、/祝福されておりみずから祝福もなしえるほどだと。》五十歳のイェーツの感慨なんだ、総領事が到達した年齢や、僕がいま生きている年齢より若い折の詩人の……
結婚したてのきみたちは、やはりロンドンから、この二十分間の余を現に体験していると、そういっている絵葉書をくれたじゃないか? きみたちは喜び〔ジョイ〕を共有していたぜ、あの時。それは一瞬のうちに永遠へ入り込んでいたことでね、失われようがない。……弓子さんがこれから休暇をとって、メリー・ウィドウの気分で、ロンドンの喫茶店を再訪でもすればさ、も一度その一瞬にめぐりあって永遠に戻ることになるよ!
――それがあったとしてもね、新しい一瞬を、このように死んでしまっている総領事と一緒に経験できるとは思えない……
弓子さんは老成した不機嫌さの躱し方だったが、その底に稚いような素直さの響きもあったからだろう、めずらしくK伯父さんはヘコタレなかった。
――バラバラの個ならば、そう。それにあわせて、全体のなかにふくまれる個ということも考えられるんじゃないの? とくにわれわれが一瞬の永遠を感じとるというような時、それは全体のなかの個としての経験だと思うよ。この場合、全体には死んで行った人の個もふくまれているはずね、実感としても…… それがあるからこそ、自分が祝福されるばかりじゃなく、他人を祝福することもできそうだというんだと思うよ。(同『燃え上がる緑の木 第二部』 P227-229)
ーー侯孝賢、童年往事(1985年)戀戀風塵(1987年)、黃金之弦(2011)
まさに、ごくわすかなこと、こくかすかなこと、
ごく軽やかなこと、ちょろりと走るとかげ、
一つの息、一つの疾過、一つのまばたきーー
まさに、わずかこそが、最善のたぐいの幸福をつくるのだ。
静かに。――
わたしに何事が起こったのだろう。
聞け! 時間は飛び去ってしまったのだろうか。
わたしは落ちてゆくのではなかろうか。
落ちたのではなかろうか、――
耳をこらせ! 永遠という泉のなかに。
ーーニーチェ『ツァラトゥストラ』
軽やかな音もなく走りすぎていくものたち、 わたしが神々しいトカゲgöttliche Eidechsenと名づけている瞬間(ニーチェ『この人を見よ』)
突然後を向き
なめらかな舌を出した正午
ーー西脇順三郎「鹿門」
決定的な文がツァラトゥストラ第四部の「酔歌 Das Nachtwandler-Lied」--いわゆる『ツァラトゥストラ』全体のグランフィナーレーーに現れる。
エスの声とは何か?
ーー「迷宮」(Labyrinth)、すなわち「内耳」(Labyrinth)。
永遠回帰とは、究極的には「わたしの恐ろしい女主人」の回帰である。
ルー・アンドレアス・サロメは1894年にすでに次のように指摘している。
《わたしのほかに誰が知ろう、アリアドネが何であるかを was Ariadne ist!……これらすべての謎は、いままでだれ一人解いた者がなかった。そこに謎があることに気がついた者さえいるかどうか疑わしい。》(ニーチェ『この人を見よ』)
蚊居肢散人曰く、人間には二つの階級がある。アリアドネが何であるかを知っているか否かの二つの階級である。
正午にそれは起こった。「一」は「二」となったのである。Um Mittag war's, da wurde Eins zu Zwei...(ニーチェ『善悪の彼岸』1886年「高き山々の頂きから Aus hohen Bergen」)
《正午。最も影の短い刻限 Mittag; Augenblick des kürzesten Schattens》(ニーチェ『偶像の黄昏』1888年)
死の直前のデリダのきわめて美しい注釈がある。
プルーストの文に《現勢的でないリアルなもの(現実界的なもの )Réels sans être actuel、抽象的でないイデア的なもの idéaux sans être abstraits》とあったことを思い出しておこう。
単なる過去の一瞬、それだけのものであろうか? はるかにそれ以上のものであるだろう、おそらくは。過去にも、そして同時に現在にも共通であって、その二者よりもさらにはるかに本質的な何物かである。これまでの生活で、あんなに何度も現実が私を失望させたのは、私が現実を知覚した瞬間に、美をたのしむために私がもった唯一の器官であった私の想像力が、人は現にその場にないものしか想像できないという不可避の法則にしばられて、その現実にぴったりと適合することができなかったからなのであった。
ところが、ここに突然、そのきびしい法則の支配力が、自然のもたらした霊妙なトリックによって、よわまり、中断し、そんなトリックが、過去と現在とのなかに、同時に、一つの感覚をーーフォークとハンマーとの音、本のおなじ表題、等々をーー鏡面反射させたのであった。そのために、過去のなかで、私の想像力は、その感覚を十分に味わうことができたのだし、同時に現在のなかで、物の音、リネンの感触等々による私の感覚の有効な発動は、想像力の夢に、ふだん想像力からその夢をうばいさる実在の観念 l'idée d'existence を、そのままつけくわえたのであって、そうした巧妙な逃道のおかげで、私の感覚の有効な発動は、私のなかにあらわれた存在に、ふだんはけっしてつかむことができないものーーきらりとひらめく一瞬の持続 la durée d'un éclair、純粋状態にあるわずかな時間 un peu de temps à l'état pur ――を、獲得し、孤立させ、不動化することをゆるしたのであった。
あのような幸福の身ぶるいでもって、皿にふれるスプーンと車輪をたたくハンマーとに同時に共通な音を私がきいたとき、またゲルマントの中庭の敷石とサン・マルコの洗礼堂との足場の不揃いに同時に共通なもの、その他に気づいたとき、私のなかにふたたび生まれた存在は、事物のエッセンスからしか自分の糧をとらず、事物のエッセンスのなかにしか、自分の本質、自分の悦楽を見出さないのである。私のなかのその存在は、感覚機能によってそうしたエッセンスがもたらさえない現在を観察したり、理知でひからびさせられる過去を考察したり、意志でもって築きあげられる未来を期待したりするとき、たちまち活力を失ってしまうのだ。意志でもって築きあげられる未来とは、意志が、現在と過去との断片から築きあげる未来で、おまけに意志は、そんな場合、現在と過去とのなかから、自分できめてかかった実用的な目的、人間の偏狭な目的にかなうものだけしか保存しないで、現在と過去とのなかの現実性を骨ぬきにしてしまうのである。
ところが、すでにきいたり、かつて呼吸したりした、ある音、ある匂が、現在と過去との同時のなかで、すなわち現勢的でないリアルなもの、抽象的でないイデア的なもの Réels sans être actuels, idéaux sans être abstraits である二者の同時のなかで、ふたたびきかれ、ふたたび呼吸されると、たちまちにして、事物の不変なエッセンス、ふだんはかくされているエッセンスが、おのずから放出され、われわれの真の自我がーーときには長らく死んでいたように思われていたけれども、すっかり死んでいたわけではなかった真の自我がーーもたらされた天上の糧を受けて、目ざめ、生気をおびてくるのだ。時間の秩序から解放されたある瞬間が、時間の秩序から解放された人間をわれわれのなかに再創造して、その瞬間を感じうるようにしたのだ。それで、この人間は、マドレーヌの単なる味にあのようなよろこびの理由が論理的にふくまれているとは思わなくても、自分のよろこびに確信をもつ、ということがわれわれにうなずかれるし、「死」という言葉はこの人間に意味をなさない、ということもうなずかれる。時間のそと hors du temps に存在する人間だから、未来について何をおそれることがありえよう? (プルースト『見出された時』井上究一郎訳、一部変更)
⋯⋯⋯⋯
とはいえ、《きらりとひらめく一瞬の持続、純粋状態にあるわずかな時間》、あるいは《一瞬よりはいくらか長く続く間》はさらに井戸の底に下りていけば、《わたしの恐ろしい女主人》が現れる。したがってドゥルーズはこう言うのである、《無意志的記憶 la mémoire involontaire の啓示は異常なほど短く、それが長引けば我々に害をもたらさざるをえない。》(ドゥルーズ『プルーストとシーニュ』)
何事がわたしに起こったのか。だれがわたしに命令するのか。--ああ、わたしの女主人Herrinが怒って、それをわたしに要求するのだ。彼女がわたしに言ったのだ。彼女の名をわたしは君たちに言ったことがあるのだろうか。
きのうの夕方ごろ、わたしの最も静かな時刻 stillste Stunde がわたしに語ったのだ。つまりこれがわたしの恐ろしい女主人meiner furchtbaren Herrinの名だ。
……そのとき、声なき声 ohne Stimme がわたしに語った。「おまえはそれを知っているではないか、ツァラトゥストラよ: 」--
このささやきを聞いたとき、わたしは驚愕の叫び声をあげた。顔からは血が引いた。しかしわたしは黙ったままだった。
「おまえはそれを知っているではないか、ツァラトゥストラよ。しかしおまえはそれを語らない」--
………「嵐をもたらすものは、もっとも静寂なことばだ。鳩の足Taubenfüssenで歩んでくる思想が、世界を左右するのだ。
おお、ツァラトゥストラよ、おまえは、来らざるをえない者の影として歩まねばならぬ。」
……「わたしは欲しない」
と、わたしのまわりに笑い声が起こった。ああ、なんとその笑い声がわたしのはらわたをかきむしり、わたしの心臓をずたずたにしたことだろう。(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第二部 「最も静かな時刻 Die stillste Stunde」)
死の直前のデリダのきわめて美しい注釈がある。
鳩が横ぎる。ツァラトゥストラの第二部のまさに最後で。「最も静かな時刻 Die stillste Stunde」。
最も静かな時刻は語る。私に語る。私に向けて。それは私自身である。私の時間。私の耳のなかでささやく。それは、私に最も近い plus proche de moi。私自身であるかのようにcomme en moi。私のなかの他者の声のようにcomme la voix de l'autre en moi。他者の私の声のように comme ma voix de l'autre。
そしてその名、この最も静かな時刻の名は、《わたしの恐ろしい女の主人》である。
……今われわれはどこにいるのか? あれは鳩のようではない…とりわけ鳩の足ではない。そうではなく「狼の足で à pas de loup」だ…(デリダ、2004、Le souverain bien – ou l’Europe en mal de souveraineté La conférence de Strasbourg 8 juin 2004 JACQUES DERRIDA)
このデリダの注釈には、ラカンの「外密 extimité」がある(参照:モノと対象a)。《私に最も近い plus proche de moi。私自身であるかのようにcomme en moi。私のなかの他者の声のようにcomme la voix de l'autre en moi。他者の私の声のように comme ma voix de l'autre》。
親密な外部、この外密 extimitéが「物 das Ding」である。extériorité intime, cette extimité qui est la Chose (ラカン、S7、03 Février 1960)
(フロイトによる)モノ、それは母である。das Ding, qui est la mère(ラカン、 S7 16 Décembre 1959)
フロイトは、「モノdas Ding」を、「隣人Nebenmensch」概念を通して導入した。隣人とは、最も近くにありながら、不透明なambigu存在である。というのは、人は彼をどう位置づけたらいいか分からないから。
隣人…この最も近くにあるものは、享楽の堪え難い内在性である。Le prochain, c'est l'imminence intolérable de la jouissance (ラカン、S16、12 Mars 1969)
(フロイトの)モノは漠然としたものではない La chose n'est pas ambiguë。それは、快原理の彼岸の水準 au niveau de l'Au-delà du principe du plaisirにあり、…喪われた対象objet perduである。(ラカン、S17, 14 Janvier 1970)
フロイトのモノ Chose freudienne.、…それを私は現実界 le Réelと呼ぶ。(ラカン、S23, 13 Avril 1976)
プルーストの文に《現勢的でないリアルなもの(現実界的なもの )Réels sans être actuel、抽象的でないイデア的なもの idéaux sans être abstraits》とあったことを思い出しておこう。
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《「Wo Es war, soll Ich werden エスがあったところに、自我は到らなければならない》(フロイト『続精神分析入門』第31章、1933年)
人生の正午 Mittag、ひとは異様な安静の欲求におそわれることがある。まわりがひっそりと静まりかえり、物の声が遠くなり、だんだん遠くなっていく。彼の心臓は停止している。彼の目だけが生きている、--それは目だけが醒めている一種の死だ。それはほとんど不気味でunheimlich、病的に過敏 krankhaftだ。しかし不愉快 unangenehmではない。(ニーチェ『漂泊者とその影』308番Der Wanderer und sein Schatten)
決定的な文がツァラトゥストラ第四部の「酔歌 Das Nachtwandler-Lied」--いわゆる『ツァラトゥストラ』全体のグランフィナーレーーに現れる。
静かに! 静かに! いまさまざまのことが聞えてくる、日中には声となることを許されないさまざまのことが。いま、大気は冷えおまえたちの心の騒ぎもすっかり静まったいまーー
ーーいま、エスは語る、いま、エスは聞こえる、いま、エスは夜の眠らぬ魂のなかに忍んでくる、ああ、ああ、なんという吐息をもたらすことか、なんと夢を見ながら笑い声を立てることか。
– nun redet es, nun hört es sich, nun schleicht es sich in nächtliche überwache Seelen: ach! ach! wie sie seufzt! wie sie im Traume lacht!
ーーおまえには聞えぬか、あれがひそやかに、すさまじく、心をこめておまえに語りかいるのが? あの古い、深い、深い真夜中 Mitternacht が語りかけるのが?
おお、人間よ、心して聞け! (ニーチェ『ツァラトゥストラ第四部』「酔歌 Das Nachtwandler-Lied」)
エスの声とは何か?
「アリアドネ」とディオニュソスが言った。「おまえが迷宮だ。」Ariadne, sagte Dionysos, du bist ein Labyrinth: (ニーチェ遺稿、1887年)
ーー「迷宮」(Labyrinth)、すなわち「内耳」(Labyrinth)。
内耳の声、これが「わたしの恐ろしい女主人」の声である。
〈母〉、その底にあるのは、「原リアルの名 le nom du premier réel」である。それは、「母の欲望 Désir de la Mère」であり、シニフィアンの空無化 vidage 作用によって生み出された「原穴の名 le nom du premier trou 」である。(コレット・ソレール、C.Soler « Humanisation ? »2013-2014セミネール)
| ゴダールの決別 Hélas pour moi |
永遠回帰とは、究極的には「わたしの恐ろしい女主人」の回帰である。
わたしに最も深く敵対するものを、すなわち、本能の言うに言われぬほどの卑俗さを、求めてみるならば、わたしはいつも、わが母と妹を見出す、―こんな悪辣な輩と親族であると信ずることは、わたしの神性に対する冒瀆であろう。わたしが、いまのこの瞬間にいたるまで、母と 妹から受けてきた仕打ちを考えると、ぞっとしてしまう。彼女らは完璧な時限爆弾をあやつって いる。それも、いつだったらわたしを血まみれにできるか、そのときを決してはずすことがないのだ―つまり、わたしの最高の瞬間を狙ってin meinen höchsten Augenblicken くるのだ…。そ のときには、毒虫に対して自己防御する余力がないからである…。生理上の連続性が、こうした 予定不調和 disharmonia praestabilita を可能ならしめている…。しかし告白するが、わたしの本来の深遠な思想である 「永遠回帰」 に対する最も深い異論とは、 つねに母と妹なのだ。― (ニーチェ『この人を見よ』--妹エリザベートによる差し替え前の版 Friedrich Wilhelm Nietzsche: Ecce homo - Kapitel 3 )
ルー・アンドレアス・サロメは1894年にすでに次のように指摘している。
私にとって忘れ難いのは、ニーチェが彼の秘密を初めて打ち明けたあの時間だ。あの思想を真理の確証の何ものかとすること…それは彼を口にいえないほど陰鬱にさせるものだった。彼は低い声で、最も深い恐怖をありありと見せながら、その秘密を語った。実際、ニーチェは深く生に悩んでおり、生の永遠回帰の確実性はひどく恐ろしい何ものかを意味したに違いない。永遠回帰の教えの真髄、後にニーチェによって輝かしい理想として構築されたが、それは彼自身のあのような苦痛あふれる生感覚と深いコントラストを持っており、不気味な仮面 unheimliche Maske であることを暗示している。(ルー・サロメ、Lou Andreas-Salomé Friedrich Nietzsche in seinen Werken, 1894)
| 麦秋、1951年 |
《わたしのほかに誰が知ろう、アリアドネが何であるかを was Ariadne ist!……これらすべての謎は、いままでだれ一人解いた者がなかった。そこに謎があることに気がついた者さえいるかどうか疑わしい。》(ニーチェ『この人を見よ』)
迷宮の人間は、決して真理を求めず、ただおのれを導いてくれるアリアドネを求めるのみ。Ein labyrinthischer Mensch sucht niemals die Wahrheit, sondern immer nur seine Ariadne –(ニーチェ遺稿1882-1883)
蚊居肢散人曰く、人間には二つの階級がある。アリアドネが何であるかを知っているか否かの二つの階級である。
・人々をたがいに近づけるものは、意見の共通性ではなく精神の血縁である。(プルースト 「花咲く乙女たちのかげに」)
・人間は自分の精神が属する階級の人たちの言葉遣をするのであって、自分の出生の身分〔カスト〕に属する人たちの言葉遣をするのではない。(プルースト「ゲルマントのほう」)
2018年8月16日木曜日
驚愕した陶器の顔の母親の口
驚愕した陶器の顔の母親の口が
赭い泥の太陽を沈めた (吉岡実「僧侶」)
やあ、きみたちにはわからないでいいんだ、この映像の衝撃が。寝ている母のオメコに指をつっこんだことがないきみたちには、な。
ようするに、
だよ
赭い泥の太陽を沈めた (吉岡実「僧侶」)
やあ、きみたちにはわからないでいいんだ、この映像の衝撃が。寝ている母のオメコに指をつっこんだことがないきみたちには、な。
母の魂に最初の皺をつけたような、そこに最初の一本の白髪を生じさせた。(プルースト 「スワン家のほうへ」)
ようするに、
愛する理由は、人が愛する対象のなかにはけっしてない。les raisons d'aimer ne résident jamais dans celui qu'on aime(ドゥルーズ『プルーストとシーニュ』)
だよ
私はその驚きのことをときどき人に話してみたが、しかし誰も驚いてはくれず、理解してさえくれないように思われた⋯⋯(人生は、このように、小さな孤独の数々から成り立っている)。(ロラン・バルト『明るい部屋』)
眠っている母の陰部に指をつっこむこと
風景あるいは土地の夢で、われわれが「ここへは一度きたことがある」とはっきりと自分にいってきかせるような場合がある。さてこの「既視感〔デジャヴュ déjà vu〕」は、夢の中では特別の意味を持っている。その場所はいつでも母の性器 Genitale der Mutter である。事実「すでに一度そこにいたことがある dort schon einmal war」ということを、これほどはっきりと断言しうる場所がほかにあるであろうか。ただ一度だけ私はある強迫神経症患者の見た「自分がかつて二度訪ねたことのある家を訪ねる」という夢の報告に接して、解釈に戸惑ったことがあるが、ほかならぬこの患者は、かなり以前私に、彼の六歳のおりの一事件を話してくれたことがある。彼は六歳の時分にかつて一度、母のベッドに寝て、その機会を悪用して、眠っている母の陰部に指をつっこんだFinger ins Genitale der Schlafenden ことがあった。(フロイト『夢解釈』1900年)
ボクの原光景なんだ、鎮守の森が。西春町といういまは北名古屋になってるところなんだけど。当時は田圃ばっかりだった。
なんどもウナサレタね、18才ではじめて女とヤルまではことさら。
なんどもウナサレタね、18才ではじめて女とヤルまではことさら。
ことさらさりげない夢が、じつに赤裸々な欲情を隠しているということは、上にも主張したし、無数の新しい例をあげてこれを証明することもできる。しかし、どこをどう見ても何の変哲もない、意味のない夢の多くが、分析してみると、しばしば意外なほどの、紛れもない性的願望衝動に還元させられる。つぎに引用する夢などは、分析を加えてみなければ、ある性的願望を含んでいるなどとは想像もつかないだろう。《二つの堂々たる宮殿のあいだの、少し引っこんだところに小さな家があって、門はしまっている。妻が私を通りを少々案内して、その家のところまで連れてゆく。妻は扉を押し開いた。そこで私はすばやく堂々と、斜めに勾配のついた内庭へ滑りこむ》
夢の翻訳の経験がある人なら、狭い空間を押し入ることや、しまった扉をあけることなどがもっとも一般的な性的象徴であることに直ちに思いついて、この夢の中に、後部からの交接の試み(女体の二つの堂々たる臀部の丘のあいだに)の一表現を容易に見だすだろう。狭い、斜めに上っている通路は、いうまでもなく膣である。この夢を見た本人の妻に押しつけられた(道案内という)助力は、われわれにつぎのごとく判断するように強いる、つまり現実生活のうえでは妻に対する遠慮があればこそこのような性交形式を採ることが断念されているのだ、と。なおよくきき出すと、こういうことがわかった。夢の前日、若い娘がこの家に雇いこまれた。彼はこの娘が気に入って、上に述べたようなことを仕かけてもこの娘ならばたいしていやがりもしないのではないかちうような印象を与えられた。二つの宮殿のあいだの小さな家は、プラーグの一地区の残存記憶に糸を引くものであって、したがってやはりこのプラーグ出身の娘に関係している。(フロイト『夢解釈』)
狭い、斜めに上っている通路だって? 狭い通路だったらなんでもいいさ。
女性器 weibliche Genitale という不気味なもの Unheimliche は、誰しもが一度は、そして最初はそこにいたことのある場所への、人の子の故郷 Heimat への入口である。冗談にも「愛とは郷愁だ Liebe ist Heimweh」という。もし夢の中で「これは自分の知っている場所だ、昔一度ここにいたことがある」と思うような場所とか風景などがあったならば、それはかならず女性器 Genitale、あるいは母胎 Leib der Mutter であるとみなしてよい。したがって不気味なものUnheimlicheとはこの場合においてもまた、かつて親しかったもの Heimische、昔なじみのものなの Altvertraute である。しかしこの言葉(unhemlich)の前綴 un は抑圧の徴 Marke der Verdrängung である。(フロイト『不気味なもの Das Unheimliche』1919年)
侯孝賢は、ボクと同じような悩みがあったんじゃないだろうか?
で、ボクの辛樹芬とヤッタのは、昼下がり、樟がざわめく墓地の台座の上に女の腰のっけてさ。それ以後、鎮守の森は樟に転移しちゃったよ。
母へのエロス的固着の残余 Rest der erotischen Fixierung an die Mutter は、しばしば母への過剰な依存 übergrosse Abhängigkeit 形式として居残る。そしてこれは女への隷属 Hörigkeit gegen das Weib として存続する。(フロイト『精神分析概説』草稿、死後出版 1940 年)
で、ボクの辛樹芬とヤッタのは、昼下がり、樟がざわめく墓地の台座の上に女の腰のっけてさ。それ以後、鎮守の森は樟に転移しちゃったよ。
我々は、喪われた女性のファルス vermißten weiblichen Phallus の代替物として、ペニスの象徴 Symbole den Penis となる器官や対象 Organe oder Objekte が選ばれると想定しうる。これは充分にしばしば起こりうるが、決定的でないことも確かである。フェティッシュ Fetisch が設置されるとき、外傷性健忘 traumatischer Amnesie における記憶の停止 Haltmachen der Erinnerung のような或る過程が発生する。またこの場合、関心が中途で止まってしまったような状態となり、あの不気味でトラウマ的な unheimlichen, traumatischen 印象の直前の印象が、フェティッシュとして保持される。
こうして、足あるいは靴がフェティッシューーあるいはその一部――として優先的に選ばれる。これは、少年の好奇心が、下つまり足のほうから女性器のほうへかけて注意深く探っているからである。毛皮とビロードはーーずっと以前から推測されていたようにーー、垣間見られた陰毛の光景の固着 fixieren den Anblick der Genitalbehaarung である。これには、あの強く求めていた女性のペニス weiblichen Gliedes の姿がつづいていたはずなのである。
とてもしばしばフェティッシュに選ばれる下着類は、脱衣の瞬間を結晶させているhalten。すなわち女性がファルスをもっている phallisch といまだ見なしうるあの最後の瞬間を捉えている。(フロイト『フェティシズム Fetischismus』1927年)
いやあ、母と同じくらい陰毛の濃い女だったんだ
| La Belle Epoque. Hou Hsiao-hsien |
昨年の10月末にこの映像みてからがまたいけない、穴の底深くに入っちまった
なんで侯孝賢、こんなにボクにぴったんこなんだろ?
2018年6月22日金曜日
行ったり来たりする女
⋯⋯⋯⋯
母の行ったり来たり allées et venues de la mère⋯⋯行ったり来たりする母 cette mère qui va, qui vient……母が行ったり来たりするのはあれはいったい何なんだろう?Qu'est-ce que ça veut dire qu'elle aille et qu'elle vienne ? (ラカン、セミネール5、15 Janvier 1958)
| 東京物語 |
《一切女人、是れ我が母なり》(仏典)
すべての女に母の影は落ちている。つまりすべての女は母なる力を、さらには母なる全能性を共有している。(ポール・バーハウ Paul Verhaeghe、THREE ESSAYS ON DRIVE AND DESIRE、1998)
| 麦秋 |
一分と立たぬ間に、影は反対の方から、逆にあらわれて来た。振袖姿のすらりとした女が、音もせず、向う二階の椽側を寂然として歩行て行く。余は覚えず鉛筆を落して、鼻から吸いかけた息をぴたりと留めた。
花曇りの空が、刻一刻に天から、ずり落ちて、今や降ると待たれたる夕暮の欄干に、しとやかに行き、しとやかに帰る振袖の影は、余が座敷から六間の中庭を隔てて、重き空気のなかに蕭寥と見えつ、隠れつする。
女はもとより口も聞かぬ。傍目も触らぬ。椽に引く裾の音さえおのが耳に入らぬくらい静かに歩行いている。腰から下にぱっと色づく、裾模様は何を染め抜いたものか、遠くて解からぬ。ただ無地と模様のつながる中が、おのずから暈されて、夜と昼との境のごとき心地である。女はもとより夜と昼との境をあるいている。
この長い振袖を着て、長い廊下を何度往き何度戻る気か、余には解からぬ。いつ頃からこの不思議な装をして、この不思議な歩行をつづけつつあるかも、余には解らぬ。その主意に至ってはもとより解らぬ。もとより解るべきはずならぬ事を、かくまでも端正に、かくまでも静粛に、かくまでも度を重ねて繰り返す人の姿の、入口にあらわれては消え、消えてはあらわるる時の余の感じは一種異様である。(夏目漱石『草枕』)
母が幼児の訴えに応答しなかったらどうだろう?…母は崩落するdéchoit……母はリアルになる elle devient réelle、…すなわち権力となる devient une puissance…全能(の母) omnipotence …全き力 toute-puissance …(ラカン、セミネール4、12 Décembre 1956)
⋯⋯⋯⋯
◆「黃金之弦 La Belle Epoque. Hou Hsiao-hsien」、2011年
2018年6月16日土曜日
その女なしでは記憶に戻って来なかったこと
フロイトの《愛のつながり Liebesbeziehungen》(感情的結びつき Gefühlsbindungen)ってのは、《享楽のカーテン voilement de la jouissance》(ラカン、S19)をすることさ、それしかないね。
ボクに言わせれば、二流のフェミニスト系現代思想の書を読むなんて、百害あって一利なしだよ。あの連中ってのは、コプチェクのいうように、《性を中性化し(⋯⋯)、性差からセクシャリティを取り除いてしまった》 (Sexual Difference : Joan Copjec、2012)オネエサンたちだよ。20世紀後半の最大の不幸だね。いまだってその後遺症をひどく引き摺っている。
あれら「カボチャ頭」の思想家を読むなんて、「真の女にとっては」不幸になるだけさ。安吾でも読んでたほうがずっといい。
《エロスは二つが一になることだよ l'Éros se fonde de faire de l'Un avec les deux》、そんなことはありえないのだから、《きみはきみの幻想を享楽するだけだ Vous ne jouissez que de vos fantasmes》(Lacan, S19)
幻想を享楽する?
ようは妄想を剰余享楽するってことさ、あるいは《享楽欠如の享楽 jouir du manque à jouir》(コレット・ソレール、2013)をするってことだな。
ボクも妄想はすきさ、ああ、ボクノ情熱 passion! ボクノ受苦!
とはいえボクのアルベルチーヌは、他の男の前で脱いじゃうんだな、ボクだけの前では梨のつぶてだったのに。
妄想を剰余享楽するのはいいさ、でもそれは妄想にすぎないってことを熟知しておかなくちゃな。それが安吾が次のように言ってることだよ。
でも安吾はこう言っておいて、舌の根も乾かぬうちに、1947年9月、向島の料亭の娘三千代さんと結婚して生涯の伴侶としたんだよな。ま、そういうもんさ、オトコってのは。
ボクに言わせれば、二流のフェミニスト系現代思想の書を読むなんて、百害あって一利なしだよ。あの連中ってのは、コプチェクのいうように、《性を中性化し(⋯⋯)、性差からセクシャリティを取り除いてしまった》 (Sexual Difference : Joan Copjec、2012)オネエサンたちだよ。20世紀後半の最大の不幸だね。いまだってその後遺症をひどく引き摺っている。
あれら「カボチャ頭」の思想家を読むなんて、「真の女にとっては」不幸になるだけさ。安吾でも読んでたほうがずっといい。
亭主とか女房なんてえものは、一人でたくさんなもので、これはもう人生の貧乏クヂ、そッとしておくもんですよ。…惚れたハレたなんて、そりや序曲といふもんで、第二楽章から先はもう恋愛などゝいふものは絶対に存在せんです。哲学者だの文士だのヤレ絶対の恋だなんて尤もらしく書きますけれどもね、ありや御当人も全然信用してゐないんで、愛すなんて、そんなことは、この世に実在せんですよ。(坂口安吾『金銭無情』1947年)
《エロスは二つが一になることだよ l'Éros se fonde de faire de l'Un avec les deux》、そんなことはありえないのだから、《きみはきみの幻想を享楽するだけだ Vous ne jouissez que de vos fantasmes》(Lacan, S19)
幻想を享楽する?
私は言いうる、ラカンはその最後の教えで、すべての象徴秩序は妄想だと言うことに近づいたと。…
ラカンは1978年に言った、 ‘tout le monde est fou, c'est-à-dire, délirant'、すなわち「人はみな狂っている、人はみな妄想する」と。…あなたがた自身の世界は妄想的である。我々は言う、幻想的と。しかし幻想的とは妄想的のことである。(ミレール 、Ordinary psychosis revisited、2009)
ようは妄想を剰余享楽するってことさ、あるいは《享楽欠如の享楽 jouir du manque à jouir》(コレット・ソレール、2013)をするってことだな。
すべてが見せかけsemblant(仮象)ではない。或る現実界 un réel がある。社会的つながり lien social の現実界は、性関係の不在(性的非関係)である。無意識の現実界は、話す身体 le corps parlant(欲動の現実界)である。象徴秩序が、現実界を統制し、現実界に象徴的法を課す知として考えられていた限り、臨床は、神経症と精神病とにあいだの対立によって支配されていた。象徴秩序は今、見せかけのシステムと認知されている。象徴秩序は現実界を統治するのではなく、むしろ現実界に従属していると。それは「性関係はない」という現実界へ応答するシステムである。(ミレー 2014、L'INCONSCIENT ET LE CORPS PARLANT)
ボクも妄想はすきさ、ああ、ボクノ情熱 passion! ボクノ受苦!
そのあいだも私は、アルベルチーヌが私にわたしたブロック・ノートの紙きれの、「私はあなたが好きよ Je vous aime bien」のことを考えていた。(プルースト「花咲く乙女たちのかげにⅡ」)
とはいえボクのアルベルチーヌは、他の男の前で脱いじゃうんだな、ボクだけの前では梨のつぶてだったのに。
妄想を剰余享楽するのはいいさ、でもそれは妄想にすぎないってことを熟知しておかなくちゃな。それが安吾が次のように言ってることだよ。
私自身が一人の女に満足できる人間ではなかつた。私はむしろ如何なる物にも満足できない人間であつた。私は常にあこがれてゐる人間だ。
私は恋をする人間ではない。私はもはや恋することができないのだ。なぜなら、あらゆる物が「タカの知れたもの」だといふことを知つてしまつたからだつた。
ただ私には仇心があり、タカの知れた何物かと遊ばずにはゐられなくなる。その遊びは、私にとつては、常に陳腐で、退屈だつた。満足もなく、後悔もなかつた。(坂口安吾『私は海をだきしめてゐたい 』1947年)
でも安吾はこう言っておいて、舌の根も乾かぬうちに、1947年9月、向島の料亭の娘三千代さんと結婚して生涯の伴侶としたんだよな。ま、そういうもんさ、オトコってのは。
2018年6月14日木曜日
人類は、このシーンを見て泣く人と泣かない人に分けられる
たった1枚の絵画だけで20分も30分もその場に人を釘付けにできるのだとしたら、映画も少ないカットでそういう事ができるのを感覚的に目標にしている。(「This is 読売」北野武監督対談蓮實重彦 1998年2月号)
究極の映画とは、10枚の写真だけで構成される映画であり、回ってるフィルムをピタッと止めたときに、2時間の映画の中の何十万というコマの中の任意の1コマが美しいのが理想だと思う。(北野武「週刊ポスト」 2002年2月1日号)
ーーそうだろうな、 そもそも映画の1時間半とか2時間とかいうのは長すぎるよ、商業的な理由でやむえないのだろうけど、本来は10分か15分でいいね、ながくても30~40分でいいな。
侯孝賢の『最好的時光』(邦題「百年恋歌」)は三つの話があって、それぞれの40分前後なんだけど、一話だけで観たらいいんだ、この長さがボクには限界だな。
蓮實重彦は『百年恋歌』の冒頭のシーンについて、「人類は、このシーンを見て泣く人と泣かない人に分けられる」と言ったそうだが(参照)、とはいえこうも言っている。
蓮實重彦 『百年恋歌』の第三話こそが真に素晴らしい
ここで一つ、ゲームをしてみたいと思います。侯孝賢監督のもっとも素晴らしい映画は何か、ただし『非情城市』だけは挙げないという条件をゲームの規則と考えてください。そういうと、皆、妙に興奮し始めるわけです。『恋恋風塵』などの自伝三部作がもっていたどこか叙情的な感性は素晴らしいと思います。しかし、私はここで『憂鬱な楽園』と『フラワーズ・オブ・シャンハイ』と『ミレニアム・マンボ』の三作を挙げます。実は『フラワーズ・オブ・シャンハイ』がどのように優れているかということは、まだ世界的にも充分いわれていません。『憂鬱な楽園』も、好きな人はかなりいる。『ミレニアム・マンボ』もこれを無視してはいけないという人は多くいる。しかし、どこがどうよいのかはまだ語られていないのが実情です。今後、彼の映画について語る場合、このあたりが注目すべきところではないかという気がしています。
<中略>
侯孝賢は"侠"の人で、決して素人さんには悪いことをしない人です。しかし彼が本当のところで何を考えているかというのは誰にもわかりません。彼はいまフランスで新作を撮っていますが、この映画作家がいったいどこへいくのかという興味はつきません。しかし、その前に10月12日から始まる『百年恋歌』をぜひご覧ください。この映画の最初の数ショットを見ただけで、またとない緊張感と至福感で、背中がぞくぞくするほどです。
これは三つのエピソードからなっており、1910年代と、60年代と現代の恋物語です。三つのエピソードの男女は、いずれも同じ役者によって演じられていますが、そのいずれもが素晴らしい。にもかかわらず、もっとも侯孝賢らしさがよく出ているのは現代篇だとはっきり申し上げておきます。1966年のパートに惹かれる人がいるのは、それはまあ素人さんとしてしょうがない。それから、1911年、これは無声映画のかたちで素晴らしいに違いないのですが、しかし、侯孝賢が真に描きたかったもの、もっとも大きな野心をこめて描きたかったのは、最後の現代篇のエピソードだといえます。おそらく『憂鬱な楽園』が人々を興奮させなかったように、最後の現代のエピソードは素直に人を興奮させないかもしれません。しかし実は、「侯孝賢の新作は最後がいちばんいい」といい聞かせつつ、ここはひとつ私の騙しに乗っていただきたい。第一話はとにかくいい。ぞくぞくします。しかし、そんなことは、侯孝賢にとっては朝飯前の話なのです。『フラワーズ・オブ・シャンハイ』を思わせる第二話にもぞくぞくとした感覚がまるで夢のように拡がっていく。だが、第三話は、そのような意味では背筋に震えが走り抜けません。逆に、ああ、どうしたらいいだろう、彼はこれをどう処理するだろうという戸惑いが、見る者を強く映画へさし向けることなる。ここには、侯孝賢的な"侠"の世界が、まがまがしく拡がりだしているのです。
あまり丁寧に見られることのなかった『憂鬱な楽園』、『フラワーズ・オブ・シャンハイ』、『ミレニアム・マンボ』などを改めて評価するために、これらの作品にこめられた潜在的な力を受け止めるにふさわしく、侯孝賢の新作『百年恋歌』を見ていただきたい。この『百年恋歌』の第三話こそが真に素晴らしいのだという私の興奮が、この中においでの100分の1の方にでも伝われば、こんな素晴らしいことはありません。(蓮實重彦『映画論講義』 東京大学出版会)
第一話の《1966年のパートに惹かれる人がいるのは、それはまあ素人さんとしてしょうがない》だってよ、ボクは素人でいいから、(いまのことろ)第一話がトビヌケテいいな。
第三話だったら、なによりもまずモーターバイクシーンがいいね、初期侯孝賢の自転車シーンと同じくらい。
2018年4月18日水曜日
渥美線・飯田線・嵐山線
高校時代、路面電車(いわゆる市電)に乗って、二キロ先の渥美線始発駅まで行き、そこから十キロ強先の学校まで通った。寝坊すれば十二キロ先の学校まで自転車で行く。すると場合によっては渥美線を使う連中よりも先に着いた。
学校から南二キロ先には伊古部の海があった。自転車の日には、ときに帰宅とは反対方向の海に寄り道した。
半島は、伊古部海岸から、西端の伊良湖岬に向って延びていく。その途中に、このあたり唯一の赤羽根漁港がある。その「赤羽根」の鳩たちが、あの静かな屋根の上を歩んでいた晩夏の午後は強烈な印象が残っている、《一筋の思ひの後のこの報ひ、/神々の静けさへの長い眺め》(ヴァレリー)
とはいえ、神々の眺めの経験は後年にもしばしばあったと言ってもいい。だが途中のアスファルトの道に投げ出されていた干し草の香と、同時に出会った逃げ水の幻との遭遇は稀有の出来事だ。そして、ああ、あの《波紋のように空に散る笑いの泡立ち》(大岡信)・・・この笑いの泡立ちの記憶は、あの時固有のものだ。
⋯⋯⋯⋯
路面電車は、渥美線と同じように、現在は新型の車両に変ってしまっている。懐かしく思う旧型の映像はみつからないな、--と思っていたのだが、さきほど見出した。わたくしと同じように懐かしく思う人がいるのだろう、イベントPRで旧型がときに走るようだ。
ーーああ、あああ、あああああ、ナツカシクテ死ニソウニナル・・・この「前畑」とある電停の一つ前の電停をボクは使ったのである・・・歩道橋の右手にはボクの通った小学校があるのである・・・(この町は人口自体は減少していないのだが、中心部は過疎化が激しく、ボクの通った小学校は、かつて一学年、40人強のクラスが四クラスあり、つまり一学年170人から180人の生徒がいたのだが、いまでは20人前後の一クラスしかない)。
夏休みには山の方に向かう飯田線をしばしば利用した。
当時は開閉の扉が手動の車両があった。たしか四両編成の、その後尾車両に乗ってしまうと、小さな駅ではプラットホームからはみ出て、線路に飛び降りるなどということがあった。
この三つの電車のなかでいろんな出来事が起こった。だから似たような映像に出会うと、レミニサンスに襲わてしまうことがままある。
「童年往事・戀戀風塵・悲情城市」でも掲げたが、侯孝賢の作品のいくつかのシーンは似たような映像どころではない。
23才から30代半ばまでは京都に住んだ。11階建ての6階にあったマンションの部屋から阪急嵐山線の車両が桂川の向こうに通り過ぎるのを眺めた。低く雲がたれ込んだ雨の日には、電車が通り過ぎる音が、川面をはって低くきこえてくるようで、最初はとても珍しく、耳をすましてその響きに聴きいった。
この電車も鄙びていてとても美しく、通勤には一時的に使ったのみだが、土日にはしばしば利用した。
2018年4月13日金曜日
トンネルはよくない
トンネルってのはよくないね。
ふりむくことは回想にひたることではない。つかれを吹きとばす笑いのやさしさと、たたかいの意志をおもいだし、 過去に歩みよるそれ以上の力で未来へ押しもどされるようなふりむき方をするのだ。 (高橋悠治『ロベルト・シューマン』1978 )
ーーなんて言われてもな、1978年、40才だから言えるのさ
横切る女だってよくないよ
左から右に動く女ってのは、去って行く女だな。
右から左は、出会いがあるよ、
ゴダール、北野武、侯孝賢、小津安二郎のいくつかの作品を観たかぎりだが、
おおむねそうだな。
↑→ はよくない。
↓← は場合によるけど、よくないとは言えない。
ようするにトリュフォーの「にほふをんなのあそこ」の↓←の動きのように、
トンネルの匂は嗅げるな
ーーたとえばタケシの『Dolls』で、なんの関係もなかった三組のカップルが偶然すれ違うのは、右から左の歩みの後だ。それにしても彼の作品は歩く光景がひどく多い。『あの夏、いちばん静かな海。』なんて殊更。
ゴダールの → の女は、ほぼお仕舞いの女だよ
↑、つまり「向こうに歩いていくたち」と同様にね。
ーーいやあ、テキトウなこと言ってるからな、マジとりしないでくれ。
けやきの木の小路を
よこぎる女のひとの
またのはこびの
青白い
終りを
ーー西脇順三郎『禮記』
2018年4月6日金曜日
倒錯者の映画鑑賞法
いやあ、ボクは「正統的な」倒錯者だからな、映画を観るにも、切り取って収集することに決めたんだよ
映画研究者というのは、おおむね強迫神経症者、つまりメタ・イマージュ愛好家だな、それと女性映画愛好者とは、バルトのいうようにイマージュ越しに身を投げているヒステリー症者だね。どっちもボクにはついていけないよ
バルトは別にこう言ってるけどね。
ようするに、映画も切り取って眺めたら、 目を閉じる自由を確保できるし、場合によっては、《目に見える部分的な視像 vision partielle の裏》の、《見えない場 champ aveugle》をも現前させることができるんじゃないか。一石二鳥の可能性がある筈だよ。
ボクは倒錯する。すると退屈な物語映画でも退屈でなくなるのさ
人は、読書の快楽のーーあるいは、快楽の読書のーー類型学を想像することができる。
それは社会学的な類型学ではないだろう。なぜなら、快楽は生産物にも生産にも属していないからである。それは精神分析的でしかあり得ないだろう。(⋯⋯)
フェティシストは、切り取られたテクストに、引用や慣用語や活字の細分化に、単語の快楽に向いているだろう。Le fétichiste s'accorderait au texte découpé, au morcellement des citations, des formules, des frappes, au plaisir du mot.
強迫神経症者は、文字や、入れ子細工状になった二次言語や、メタ言語に対する官能を抱くだろう(この部類には、すべての言語マニア、言語学者、記号論者、文献学者、すなわち、言語活動がつきまとうすべての者が入るだろう)。
偏執症者(パラノイア)は、ねじれたテクスト、理屈として展開された物語、遊びとして示された構成、秘密の束縛を、消費し、あるいは、生産するだろう。
(強迫症者とは正反対の)ヒステリー症者は、テクストを現金として考える者、言語活動の、根拠のない、真実味を欠いた喜劇に加わる者、もはやいかなる批評的視線の主体でもなく、テクスト越しに身を投げる(テクストに身を投影するのとは全く違う)者といえるであろう。(ロラン・バルト『テキストの快楽』)
映画研究者というのは、おおむね強迫神経症者、つまりメタ・イマージュ愛好家だな、それと女性映画愛好者とは、バルトのいうようにイマージュ越しに身を投げているヒステリー症者だね。どっちもボクにはついていけないよ
バルトは別にこう言ってるけどね。
スクリーンの前では、私は目を閉じる自由をもっていない。そんなことをしようものなら、目を開けたとき、ふたたび同じイマージュを見出すわけにはいかなくなる。私はたえずむさぼり見ることを強制される。映画には他の多くの長所があるが、思考性 pensivité だけはない。私がむしろフォトグラム photogramme(映画のコマ写真)に関心をもつのはそのためである。
しかし映画は、一見したところ「写真」にはない、ある能力をそなえている。スクリーンは(バザン〔『映画とは何か』〕が指摘したように)、枠 cadre〔フレーム〕ではなくて隠れ場 cachezである。作中人物がそこから出てきて生き続ける。目に見える部分的な視像 vision partielle の裏に、ある《見えない場 champ aveugle》がつねに存在している。ところが、立派なストゥディウム studium をもつ写真も含めて、何千という写真を見ても、私にはそうした見えない場が少しも感じられない。フレームの内側にあるものが、フレームの外に出てくると、どれも完全に死んでしまう。「写真」は動かない映像として定義されるが、それは単に、写真に写っている人物たちが動かないということを意味するだけではない。彼らが外に出てこないということをも意味するのだ。彼らは蝶のように麻酔をかけられ、そこに固定されているのである。しかしながら、プンクトゥム punctum があれば、ある見えない場がつくり出される(推測される)。(ロラン・バルト『明るい部屋』第23章)
ようするに、映画も切り取って眺めたら、 目を閉じる自由を確保できるし、場合によっては、《目に見える部分的な視像 vision partielle の裏》の、《見えない場 champ aveugle》をも現前させることができるんじゃないか。一石二鳥の可能性がある筈だよ。
ボクは倒錯する。すると退屈な物語映画でも退屈でなくなるのさ
報告された快楽から、どのようにして快楽を汲み取るのか(夢の話、パーティの話の退屈さ)。どのようにして批評を読むのか。唯一の手段はこうだ。私は、今、第二段階の読者なのだから、位置を移さなければならない。批評の快楽の聞き手になる代わりにーー楽しみ損なうのは確実だからーー、それの覗き手 voyeur になることができる。こっそり他人の快楽を観察するのだ。私は倒錯する j'entre dans la perversion 。すると、注釈は、テクストにみえ、フィクションにみえ、ひびの入った皮膜 une enveloppe fissurée にみえてくる。作家の倒錯(彼の快楽は機能を持たない)、批評家の、その読者の、二重、三重の倒錯、以下、無限。(ロラン・バルト『テクストの快楽』)
2017年12月3日日曜日
一瞬よりはいくらか長く続く間
私の放浪する半身よ、このまえも言ったけれど、ボクは大江の「一瞬よりはいくらか長く続く間」って表現がすごく好きでね
「縁側で涼んでいるときの蚊遣線香の匂い」も、とっても好きさ。同時に樟のざわめきがきこえて来るんだ。
大江と吉行の文の向こうにはプルーストがいるんだ、彼等がそう意識していたか否かは知らない。ボクにとって。
ボクはキミにあの打ち明け話をされて、「はるかに遠い昔の場所の空気」 をすって「昏倒」したのさ(しかもこの本当の内容については、キミにはまだ隠したままなんだ)
――私は、総領事の最初の結婚を破壊して、自分と再婚させたわけだけど、それまでの後悔を引っくり返すほどの喜びをあたえたとは思わない、と弓子さんはいって、もう一度嗚咽され、鼻をかんだハンカチをまるめて握った手をまたK伯父さんの手の上に戻された。
――総領事と弓子さんをブリュッセルに訪ねて、泊めてもたった時にね。翌朝、食堂に降りて行くと、きみたちは中庭の orme pleureur をじっと眺めていた。そこへ声をかけると、ふたりが共通の夢からさめたようにこちらを振り返ってね。ああいう時、総領事は、隆君の言葉を使えばさ、一瞬よりはいくらか長く続く間、弓子さんと喜び(ジョイ)を共有していたんじゃないの? しかも、そういうことは、しばしばあったんじゃないか? (大江健三郎『燃え上がる緑の木』第二部)
「縁側で涼んでいるときの蚊遣線香の匂い」も、とっても好きさ。同時に樟のざわめきがきこえて来るんだ。
立上がると、足裏の下の畳の感覚が新鮮で、古い畳なのに、鼻腔の奥に藺草のにおいが漂って消えた。それと同時に、雷が鳴ると吊ってもらって潜りこんだ蚊帳の匂いや、縁側で涼んでいるときの蚊遣線香の匂いや、線香花火の火薬の匂いや、さまざまの少年時代のにおいの幻覚が、一斉に彼の鼻腔を押しよせてきた。(吉行淳之介『『砂の上の植物群』)
大江と吉行の文の向こうにはプルーストがいるんだ、彼等がそう意識していたか否かは知らない。ボクにとって。
……彼らが私の注意をひきつけようとする美をまえにして私はひややかであり、とらえどころのないレミニサンス réminiscences confuses にふけっていた…戸口を吹きぬけるすきま風の匂を陶酔するように嗅いで立ちどまったりした。「あなたはすきま風がお好きなようですね」と彼らは私にいった。(プルースト「ソドムとゴモラⅡ」)
無意志的記憶 la mémoire involontaire の啓示は異常なほど短く、それが長引けば我々に害をもたらさざるをえない。(ドゥルーズ『プルーストとシーニュ』)
ボクはキミにあの打ち明け話をされて、「はるかに遠い昔の場所の空気」 をすって「昏倒」したのさ(しかもこの本当の内容については、キミにはまだ隠したままなんだ)
現在の瞬間であると同時に遠く過ぎさった瞬間 le moment actuel et dans un moment éloigné でもある場、過去を現在に食いこませその両者のどちらに自分がいるのかを知ることに私をためらわせるほどの場(……)。もし現時の場所 le lieu actuel が、ただちに勝を占めなかったとしたら、私のほうが意識を失ってしまっただろう、と私は思う、なぜなら、そうした過去の復活 résurrections du passé は、その状態が持続している短いあいだは、あまりにも全的で、並木に沿った線路とあげ潮とかをながめるわれわれの目は、われわれがいる間近の部屋を見る余裕をなくさせられるばかりか、われわれの鼻孔は、はるかに遠い昔の場所の空気 l'air de lieux pourtant si lointains を吸うことを余儀なくされ、われわれの意志は、そうした遠い場所がさがしだす種々の計画の選定にあたらせられ、われわれの全身は、そうした場所にとりかこまれていると信じさせられるか、そうでなければすくなくとも、そうした場所と現在の場所 les lieux présents とのあいだで足をすくわれ、ねむりにはいる瞬間に名状しがたい視像をまえにしたときどき感じる不安定にも似たもののなかで、昏倒させられるからである。(プルースト「見出された時」)
……この一瞬よりはいくらか長く続く間、という言葉に私が出会ったのはね、ハイスクールの前でバスを降りて、大きい舗道を渡って山側へ行く、その信号を待つ間で…… 向こう側のバス・ストップの脇にシュガー・メイプルの大きい木が一本あったんだよ。その時、バークレイはいろんな種類のメイプルが紅葉してくる季節でさ。シュガー・メイプルの木には、紅葉時期のちがう三種類ほどの葉が混在するものなんだ。真紅といいたいほどの赤いのと、黄色のと、そしてまが明るい緑の葉と…… それらが混り合って、海から吹きあげて来る風にヒラヒラしているのを私は見ていた。そして信号は青になったのに、高校生の私が、はっきり言葉にして、それも日本語で、こう自分にいったんだよ。もう一度、赤から青になるまで待とう、その一瞬よりはいくらか長く続く間、このシュガー・メイプルの茂りを見ていることが大切だと。生まれて初めて感じるような、深ぶかとした気持で、全身に決意をみなぎらせるようにしてそう思ったんだ……
それからは、自分を訓練するようにして、人生のある時々にさ、その一瞬よりはいくらか長く続く間をね、じっくりあじわうようにしてきたと思う。それでも人生を誤まつことはあったけれど、それはまた別の問題でね。このように自分を訓練していると、たびたびではないけれどもね、この一瞬よりはいくらか長く続く間にさ、自分が永遠に近く生きるとして、それをつうじて感じえるだけのことは受けとめた、と思うことがあった。……
自分がこれだけ生きてきた人生で、本当に生きたしるしとしてなにがきざまれているか? そうやって一所懸命思い出そうとするならば、かれに思い浮ぶのはね、幾つかの、一瞬よりはいくらか長く続く間の光景なのじゃないか?
……私としてはきみにこういうことをすすめたいんだよ。これからはできるだけしばしば、一瞬よりはいくらか長く続く間の眺めに集中するようにつとめてはどうだろうか? (大江健三郎『燃え上がる緑の木 第一部』)
2017年10月31日火曜日
遠くからやってくる「侯孝賢とビクトル・エリセ」
数日前、偶然に出会った侯孝賢の「黃金之弦」(2011)ーーなぜこんなに(わたくしにとって)美しいのか、このわずか六分弱の映像に魂を奪われてしまう。
◆La Belle Epoque. Hou Hsiao-hsien
冒頭の樟のざわめき、犬の遠吠え、蝉しぐれ、そして艶光る渡り廊下での幼児の歩み、柱時計の音、逆光のなか、カーテンが風でゆれる小部屋の畳の上での、二人の女の親密な語らい⋯そのあと過去が匂いさざめく。
なによりもまずわたくしのプンクトゥムが書き込まれている。そう言おう。
「それは = かつて = あった」のである、わたくしの単独的な身体の出来事として。
だが今はこれ以上記したくない。今はただこう記しておくだけにする、あの侯孝賢の『La Belle Epoque』には、ビクトル・エリセの『エル・スール』がいる、と。
◆Víctor Erice、El Sur (1982)
犬の遠吠え、扉の開く音、足音、ささやき声、女のよび声、……そして成熟した女の声によるナレーション、――それはすでに大人になった女、すなわちエストレーリアがその成熟した女としての視点から語る声なのだがーー、少女時代の根源的な体験を、もはや触れえない何ものかとして語る遠くからやってくる声である。
ふと少女の顔を風のように撫でるものがある、耳のそばを通りぬけてゆく。彼女は部屋の闇のなか大きく目をみひらく……すると成熟したのちの少女の声、それはあの未来のノスタルジーだ(ドアはそのときひとりでにひらき、そこにあるのがわからなかった部屋が見える)。
⋯⋯⋯⋯
美には傷 blessure 以外の起源はない。どんな人もおのれのうちに保持し保存している傷、独異な、人によって異なる、隠れた、あるいは眼に見える傷、その人が世界を離れたくなったとき、短い、だが深い孤独 solitude temporaire mais profonde にふけるためそこへと退却するあの傷以外には。(ジャン・ジュネ『アルベルト・ジャコメッティのアトリエ』宮川淳訳)
◆La Belle Epoque. Hou Hsiao-hsien
冒頭の樟のざわめき、犬の遠吠え、蝉しぐれ、そして艶光る渡り廊下での幼児の歩み、柱時計の音、逆光のなか、カーテンが風でゆれる小部屋の畳の上での、二人の女の親密な語らい⋯そのあと過去が匂いさざめく。
なによりもまずわたくしのプンクトゥムが書き込まれている。そう言おう。
たいていの場合、プンクトゥム punctum は《細部 détail》である。つまり、部分対象 objet partiel である。それゆえ、プンクトゥムの実例をあげてゆくと、ある意味で私自身を引き渡すことになる。(ロラン・バルト『明るい部屋』)
そう、純粋過去の切片としてのプンクトゥムが。
もはや形式ではなく、強度 intensité という範疇に属するこの新しいプンクトゥム punctum とは、「時間 le Temps」である。「写真」のノエマ(《それは = かつて = あった ça—a-été》)の悲痛な強調であり、その純粋な表象 représentation pure である。(『明るい部屋』)
「それは = かつて = あった」のである、わたくしの単独的な身体の出来事として。
だが今はこれ以上記したくない。今はただこう記しておくだけにする、あの侯孝賢の『La Belle Epoque』には、ビクトル・エリセの『エル・スール』がいる、と。
◆Víctor Erice、El Sur (1982)
ふと少女の顔を風のように撫でるものがある、耳のそばを通りぬけてゆく。彼女は部屋の闇のなか大きく目をみひらく……すると成熟したのちの少女の声、それはあの未来のノスタルジーだ(ドアはそのときひとりでにひらき、そこにあるのがわからなかった部屋が見える)。
⋯⋯⋯⋯
断っておくが、わたくしは映画を多く観るほうではない。最近はほとんど観ない。ひさしぶりに上質な映像に巡り合ったその新鮮さのせいで、軀のなかを閃光が走ったということもあるかもしれない。
だがそれだけではない、あそこには手に届かないところにある痛み、傷がある。《痛みとは、遠くのものがいきなり耐えがたいほど近くにやってくるという以外の何ものでもない》(ミシェル・シュネデール『シューマン 黄昏のアリア』)
ビクトル・エリセを知るようになったのは、次のインタヴューを読んでからにすぎない。
※Rétrospective Hou Hsiao-Hsien - Présentation par Mathieu Macheret(2016)には、侯孝賢の過去の作品の「眩暈のするような」映像が切り取られている。
だがそれだけではない、あそこには手に届かないところにある痛み、傷がある。《痛みとは、遠くのものがいきなり耐えがたいほど近くにやってくるという以外の何ものでもない》(ミシェル・シュネデール『シューマン 黄昏のアリア』)
ビクトル・エリセを知るようになったのは、次のインタヴューを読んでからにすぎない。
◆蓮實重彦「心もとなく闇の中を歩みはじめるように」(ビクトル・エリセへのインタヴュー1985年、『光をめぐって』所収)
⋯⋯⋯⋯
侯孝賢が北野武に問うている20年ほどまえの映像を眺めてみた。蓮實重彦の湿った声もきこえてくる。
◆たけし、「悲しみ」について語る。in国際映画シンポジウム(4)
――『エル・スール』の場合は、オフのナレーションが素晴らしいのですが、この構成はシナリオ段階から決まっていたわけですね。
エリセ) ええ、あのナレーションの声は、すでに大人になった女、つまりエストレーリアがその成熟した女としての視点から語っているのです。彼女が、少女時代の根源的な体験を、もはや触れえない何ものかとして語っているわけです。それは、内面の日記かもしれない。文学的な作品の一断片かもしれない、しかしそれが文学的なものとして語られることを私は望んだのです。
――その少女時代の根源的な体験の中で、父親が重要な役目を果たしています。ところが、この父親と娘という関係をめぐって「この発想はあからさまにフロイト的だ」という批評を「カイエ・デュ・シネマ」誌で読みました。好意的な文章なのですが、こういう言葉で単純な図式化が行われると、作品の豊かさが一度に失われて残念な気がしました。
エリセ) おっしゃる通り、私は仕事をしているときに、その種のことはまったく考えていない。もちろん、これまでの生涯で目にしたある種のイメージとか、体験したある種の感情とかを映画の中に生かそうとはするでしょう。でも、フロイト的な発想などというものが最初のアイディアとしてあるわけではもちろんありません。私は心もとなく闇の中に歩きはじめる。私が何かを理解するのは撮影が終わった瞬間なのです。映画とは、そうした理解の一形態なのであり、あらかじめわかっていることを映画にするのではありません。
⋯⋯⋯⋯
侯孝賢が北野武に問うている20年ほどまえの映像を眺めてみた。蓮實重彦の湿った声もきこえてくる。
◆たけし、「悲しみ」について語る。in国際映画シンポジウム(4)
※Rétrospective Hou Hsiao-Hsien - Présentation par Mathieu Macheret(2016)には、侯孝賢の過去の作品の「眩暈のするような」映像が切り取られている。
2017年10月28日土曜日
目を閉じる方法
目を閉じると
風のにおいがする
まるで果実のような
ふくらみを持った風
ざらりとした果皮があり
果肉のぬめりがあり
種子のつぶだちがある
遠い日の湿った多肉質の実
果皮は匂いさざめき
果肉は溶けて快楽(けらく)となる
種子はやわらかな微粒子となり
私の魂にのめりこり
微かな痛みを残す
わたくしはフェティストである。映画鑑賞者としては邪道者である。侯孝賢の美しい映像に満ち溢れている作品たちに使われる音楽は、不幸にもわたくしの音楽の趣味とはひどく懸け離れている。それにときに苛立つ。そしていまは長い物語には退屈する。ゆえにわたくしはテキストを切り取る。わたくしは倒錯する。
もちろん、神経症者(強迫神経症者、ヒステリー)やパラノイアたちの映画の鑑賞の仕方を否定するつもりは毛頭ない。
とはいえ人は文学や映画を実は次のように味わうことが多いのではなかろうか。
風のにおいがする
まるで果実のような
ふくらみを持った風
ざらりとした果皮があり
果肉のぬめりがあり
種子のつぶだちがある
遠い日の湿った多肉質の実
果皮は匂いさざめき
果肉は溶けて快楽(けらく)となる
種子はやわらかな微粒子となり
私の魂にのめりこり
微かな痛みを残す
背筋をまっすぐにのばして目を閉じると、風のにおいがした。まるで果実のようなふくらみを持った風だった。そこにはざらりとした果皮があり、果肉のぬめりがあり、種子のつぶだちがあった。果肉が空中で砕けると、種子はやわらかな散弾となって、僕の腕にのめりこんだ。そしてそのあとに微かな痛みが残った。(村上春樹『めくらやなぎと眠る女』)
スクリーンの前では、私は目を閉じる自由をもっていない。そんなことをしようものなら、目を開けたとき、ふたたび同じ映像を見出すわけにはいかなくなる。私はたえずむさぼり見ることを強制される。映画には他の多くの長所があるが、思考性 pensivité だけはない。私がむしろフォトグラム(映画のコマ写真)に関心をもつのはそのためである。(ロラン・バルト『明るい部屋』)
人は忘れ得ぬ女たちに、偶然の機会に、出会う、都会で、旅先の寒村で、舞台の上で、劇場の廊下で、何かの仕事の係わりで。そのまま二度と会わぬこともあり、そのときから長いつき合いが始まって、それが終ることもあり、終らずにつづいてゆくこともある。しかし忘れ得ないのは、あるときの、ある女の、ある表情・姿態・言葉である。それを再び見出すことはできない。
再び見出すことができるのは、絵のなかの女たちである。絵のなかでも、街のなかでと同じように、人は偶然に女たちに出会う。しかし絵のなかでは、外部で流れ去る時間が停まっている。10年前に出会った女の姿態は、今もそのまま変わらない、同じ町の、同じ美術館の、同じ部屋の壁の、同じ絵のなかで。(加藤周一『絵のなかの女たち』)
わたくしはフェティストである。映画鑑賞者としては邪道者である。侯孝賢の美しい映像に満ち溢れている作品たちに使われる音楽は、不幸にもわたくしの音楽の趣味とはひどく懸け離れている。それにときに苛立つ。そしていまは長い物語には退屈する。ゆえにわたくしはテキストを切り取る。わたくしは倒錯する。
報告された快楽から、どのようにして快楽を汲み取るのか(夢の話、パーティの話の退屈さ)。どのようにして批評を読むのか。唯一の手段はこうだ。私は、今、第二段階の読者なのだから、位置を移さなければならない。批評の快楽の聞き手になる代わりにーー楽しみ損なうのは確実だからーー、それの覗き手 voyeur になることができる。こっそり他人の快楽を観察するのだ。私は倒錯する j'entre dans la perversion 。すると、注釈は、テクストにみえ、フィクションにみえ、ひびの入った皮膜 une enveloppe fissurée にみえてくる。作家の倒錯(彼の快楽は機能を持たない)、批評家の、その読者の、二重、三重の倒錯、以下、無限。(ロラン・バルト『テクストの快楽』)
人は、読書の快楽のーーあるいは、快楽の読書のーー類型学を想像することができる。
それは社会学的な類型学ではないだろう。なぜなら、快楽は生産物にも生産にも属していないからである。それは精神分析的でしかあり得ないだろう。(⋯⋯)
フェティシストは、切り取られたテクストに、引用や慣用語や活字の細分化に、単語の快楽に向いているだろう。Le fétichiste s'accorderait au texte découpé, au morcellement des citations, des formules, des frappes, au plaisir du mot.
強迫神経症者は、文字や、入れ子細工状になった二次言語や、メタ言語に対する官能l a volupté de la lettre, des langages seconds, décrochés, des métalangages を抱くだろう (この部類には、すべての言語マニア、言語学者、記号論者、文献学者、すなわち、言語活動がつきまとうすべての者が入るだろう)。
偏執症者(パラノイア)は、ねじれたテクスト、理屈として展開された物語、遊びとして示された構成、秘密の束縛 textes retors, des histoires développées comme des raisonnements, des constructions posées comme des jeux, des contraintes secrètes を、消費し、あるいは、生産するだろう。
(強迫症者とは正反対の)ヒステリー症者は、テクストを現金として考える者、言語活動の、根拠のない、真実味を欠いた喜劇 comédie sans fond, sans vérité, du langage に加わる者、もはやいかなる批評的視線の主体でもなく、テクスト越しに身を投げる(テクストに身を投影するのとは全く違う)者といえるであろう。(ロラン・バルト『テキストの快楽』既存訳を一部変更)
とはいえ人は文学や映画を実は次のように味わうことが多いのではなかろうか。
ある言葉に一連の記憶が池の藻のようにからまりついていて、ながい時間が過ぎたあと、まったく関係のない書物を読んでいたり、映画を見ていたり、ただ単純に人と話していたりして、その言葉が目にとまったり耳にふれたりした瞬間に、遠い日に会った人たちや、そのころ考えたことなどがどっと心に戻ってくることがある。(須賀敦子『遠い朝の本たち』)
※最初の二つの画像は、辛樹芬(「戀戀風塵」1986)、後の三つは舒淇(「最好的時光」 2005、「千禧曼波」2001、「黃金之弦」2011)である。
2017年10月27日金曜日
夏の設楽女
| (侯孝賢、童年往事、1985年) |
ーーきっと夏休みだ。この景色だけでひどく魅せられてしまう。
わたくしの場合は、樟だったが、往時の祖父の屋敷には、見事な姿をしたこの喬木が揺らめき、梢をきらめかせていた。
ーーふと探ってみると、侯孝賢の「黃金之弦」La Belle Epoqueという2011年の短編作品の冒頭は「なんと!!」樟のゆらめきで始まる(この作品は日本での紹介はまったくないようだ)。
彼の作品の多くはこよなく美しい映像で始まる。たとえば『戀戀風塵』(1987年)の冒頭の汽車がトンネルをくぐりぬけていく、山あいの風景の美しさといったら! あのトンネルは「童年往事」に向かうトンネルに決まっているのだ(Dust in the Wind)。
そしてトンネルの向こうには少女辛樹芬が現われる。
ま、ようするにわたくしは田舎者であって、少年時代は海に向かう渥美線、山に向かう飯田線をよく使った。飯田線に乗るとあのトンネルの風景がまさにあった。高校時代の夏休み、ふだんは海の近くの学校の傍に下宿していた豪農の娘ーー名は夏子といったーーの故郷、 茶臼山近くの北設楽郡設楽(シタラ)町 にわたくしの「辛樹芬」に会いに行ったのである。シタラ、シタラと誘われたつもりでいったが、彼女の両親のいる古めかしい屋敷、あの村といってもよい小さな町で、そんなことがうまくはいくはずはない・・・
そしてトンネルの向こうには少女辛樹芬が現われる。
ま、ようするにわたくしは田舎者であって、少年時代は海に向かう渥美線、山に向かう飯田線をよく使った。飯田線に乗るとあのトンネルの風景がまさにあった。高校時代の夏休み、ふだんは海の近くの学校の傍に下宿していた豪農の娘ーー名は夏子といったーーの故郷、 茶臼山近くの北設楽郡設楽(シタラ)町 にわたくしの「辛樹芬」に会いに行ったのである。シタラ、シタラと誘われたつもりでいったが、彼女の両親のいる古めかしい屋敷、あの村といってもよい小さな町で、そんなことがうまくはいくはずはない・・・
このようにして、わたくしは鬱蒼とした喬木や山あいの風景にいまでもひどく弱い。
他には? たとえば「縁側」、あるいは「渡り廊下」。この言葉を文章のなかに見出すだけで、過去が匂いさざめく。
他には? たとえば「縁側」、あるいは「渡り廊下」。この言葉を文章のなかに見出すだけで、過去が匂いさざめく。
三歳の記憶 中原中也
縁側に陽があたつてて、
樹脂が五彩に眠る時、
柿の木いつぽんある中庭は、
土は枇杷いろ 蝿が唸く。
「縁側に陽があたつてて」--、これだけでいいのである。少年は縁側で脚をぶらぶら垂し、西瓜の種をぷっと飛ばした。女たちは浴衣を着て、団扇を扇いでいた。祖父がいて祖母がいた。裏庭には夏みかんの木がいつぽんあり、土は鶉糞のにおいがして、虻が飛んでいた。
そう、あの縁側には井伏鱒二夫妻のような光景があったのである。
風鈴が鳴っていた。蚊遣の匂いもした。
立上がると、足裏の下の畳の感覚が新鮮で、古い畳なのに、鼻腔の奥に藺草のにおいが漂って消えた。それと同時に、雷が鳴ると吊ってもらって潜りこんだ蚊帳の匂いや、縁側で涼んでいるときの蚊遣線香の匂いや、線香花火の火薬の匂いや、さまざまの少年時代のにおいの幻覚が、一斉に彼の鼻腔を押しよせてきた。(吉行淳之介『『砂の上の植物群』)
締めの足りない水道の、蛇口の滴が、つと光ってゐたわ。お豆腐屋の笛だって方々で聞えてゐたわ。
閑寂
なんにも訪ふことのない、
私の心は閑寂だ。
それは日曜日の渡り廊下、
――みんなは野原へ行つちやつた。
板は冷たい光沢をもち、
小鳥は庭に啼いてゐる。
締めの足りない水道の、
蛇口の滴は、つと光り!
土は薔薇色、
空には雲雀空はきれいな四月です。
なんにも訪ふことのない、
私の心は閑寂だ。
秋
草がちつともゆれなかつたのよ、
その上を蝶々がとんでゐたのよ。
浴衣を着て、あの人縁側に立つてそれを見てるのよ。
あたしこつちからあの人の様子 見てたわよ。
あの人ジッと見てるのよ、黄色い蝶々を。
お豆腐屋の笛が方々で聞えてゐたわ、
あの電信柱が、夕空にクッキリしてて、
――僕、つてあの人あたしの方を振向くのよ、
昨日三十貫くらゐある石をコジ起しちやつた、つてのよ。
――まあどうして、どこで?つてあたし訊いたのよ。
するとね、あの人あたしの目をジッとみるのよ、
怒つてるやうなのよ、まあ……あたし怖かつたわ。
死ぬまへつてへんなものねえ……
ーー「死ぬまへ」に、もういっぺん夜店に連れられて、香ばしい烏賊の串焼きで、お酒といっしょに頬張ってみたいわ
修羅街輓歌
今日は日曜日
縁側には陽が当る。
――もういつぺん母親に連れられて
祭の日には風船玉が買つてもらひたい、
空は青く、すべてのものはまぶしくかゞやかしかつた……
だがわたくしの母は病室に寝ていた。「神経」を患って。一度、台所でナイフが煌いた、祖母めがけて。部屋に入ると《微かに熱のにおいのする薄暗がりが、ぬるい風呂のなかに浸っている時の湯のように全身を包み込み、⋯⋯甘苦い刺激のある薬品と病人の身体から発しているらしい粘り気のある淀んだ熱のにおいが混じりあった重苦しい空気がたなびきつづけていた。》(金井美恵子『くずれる水』)
ああ旨い酒が飲みたし
母さん「蛸のぶつ切りをくれえ
それも塩でくれえ
酒はあついのがよい
それから枝豆を一皿」(井伏鱒二)
なんにも訪ふことのない、
私の心は閑寂だ。
それは日曜日の渡り廊下、
――みんなは野原へ行つちやつた。
板は冷たい光沢をもち、
小鳥は庭に啼いてゐる。
締めの足りない水道の、
蛇口の滴は、つと光り!
土は薔薇色、
空には雲雀空はきれいな四月です。
なんにも訪ふことのない、
私の心は閑寂だ。
秋
草がちつともゆれなかつたのよ、
その上を蝶々がとんでゐたのよ。
浴衣を着て、あの人縁側に立つてそれを見てるのよ。
あたしこつちからあの人の様子 見てたわよ。
あの人ジッと見てるのよ、黄色い蝶々を。
お豆腐屋の笛が方々で聞えてゐたわ、
あの電信柱が、夕空にクッキリしてて、
――僕、つてあの人あたしの方を振向くのよ、
昨日三十貫くらゐある石をコジ起しちやつた、つてのよ。
――まあどうして、どこで?つてあたし訊いたのよ。
するとね、あの人あたしの目をジッとみるのよ、
怒つてるやうなのよ、まあ……あたし怖かつたわ。
死ぬまへつてへんなものねえ……
ーー「死ぬまへ」に、もういっぺん夜店に連れられて、香ばしい烏賊の串焼きで、お酒といっしょに頬張ってみたいわ
修羅街輓歌
今日は日曜日
縁側には陽が当る。
――もういつぺん母親に連れられて
祭の日には風船玉が買つてもらひたい、
空は青く、すべてのものはまぶしくかゞやかしかつた……
だがわたくしの母は病室に寝ていた。「神経」を患って。一度、台所でナイフが煌いた、祖母めがけて。部屋に入ると《微かに熱のにおいのする薄暗がりが、ぬるい風呂のなかに浸っている時の湯のように全身を包み込み、⋯⋯甘苦い刺激のある薬品と病人の身体から発しているらしい粘り気のある淀んだ熱のにおいが混じりあった重苦しい空気がたなびきつづけていた。》(金井美恵子『くずれる水』)
ああ旨い酒が飲みたし
母さん「蛸のぶつ切りをくれえ
それも塩でくれえ
酒はあついのがよい
それから枝豆を一皿」(井伏鱒二)
2016年8月3日水曜日
「途方もない好い女」による BWV 878
やあ、やっぱりピアニストはアジアの乙女たちがいいんじゃないか
不思議に日本の女性ピアニストに魅かれたことがないのだが
(なんだか生臭く感じて)
あれは西洋化されすぎているせいなんだろうか・・・
…………
おそらく(世界的には)いまだまったく無名であるはずのピアニスト、
シンガポールのSee Ning Hui (1996年生まれ)のデビューコンサートより
◆Bach - Prelude & Fugue No. 9 in E, BWV 878
ーー実に惚れ惚れする。何度もくり返して聴いてしまった。
(ふたつほど気になる音?があるが、そんなものはへいっちゃらさ)
なんというのか、インティメートで、抒情的で、上品で、節度があって、--あたかもオレが弾くように、肝腎かなめの箇所でひどいミスタッチがあってーー下手な小細工をせずに、自然にーー”魂のこと”をするようにーー演奏されたSee Ning Hui =バッハの奇跡!
いやあ、種々の名高い演奏家のものとききくらべてしまったよ。
グールドだけでなくーーグールドにはCD版やヴィデオ版だけではなく、初期の1957版があるようだ、初期から緩急緩の移行ーー、グルダやリヒテル、それに Edwin Fischer、Rosalyn Tureck や Helene Grimaud やらと。すくなくとも「この今」は、See Ning Hui ちゃんがナンバーワンだね・・・
クララ・ハスキルはなんでこの曲やらなかったんだろ?
カザルスの録音はないんだろうか?
くり返して「観賞」しているうちに、つまり、彼女の眼差し、腕や軀の動かし方のすみずみまでなめるように観察していると、侯孝賢の女たちーーとくに辛樹芬(シン・シューフェン)ーーを思い出して、胸キュンとなっちゃったよ。
しかもオレの最も愛する曲をデヴューコンサートでやるなんて。
ーー《己は生涯忘れることが出来まい。あの伏目になった様子が己の胸に刻み込まれてしまった。》
不思議に日本の女性ピアニストに魅かれたことがないのだが
(なんだか生臭く感じて)
あれは西洋化されすぎているせいなんだろうか・・・
…………
おそらく(世界的には)いまだまったく無名であるはずのピアニスト、
シンガポールのSee Ning Hui (1996年生まれ)のデビューコンサートより
◆Bach - Prelude & Fugue No. 9 in E, BWV 878
ーー実に惚れ惚れする。何度もくり返して聴いてしまった。
(ふたつほど気になる音?があるが、そんなものはへいっちゃらさ)
なんというのか、インティメートで、抒情的で、上品で、節度があって、--あたかもオレが弾くように、肝腎かなめの箇所でひどいミスタッチがあってーー下手な小細工をせずに、自然にーー”魂のこと”をするようにーー演奏されたSee Ning Hui =バッハの奇跡!
いやあ、種々の名高い演奏家のものとききくらべてしまったよ。
グールドだけでなくーーグールドにはCD版やヴィデオ版だけではなく、初期の1957版があるようだ、初期から緩急緩の移行ーー、グルダやリヒテル、それに Edwin Fischer、Rosalyn Tureck や Helene Grimaud やらと。すくなくとも「この今」は、See Ning Hui ちゃんがナンバーワンだね・・・
クララ・ハスキルはなんでこの曲やらなかったんだろ?
カザルスの録音はないんだろうか?
・これまでの 80年間、私は毎日毎日、その日を、同じように始めてきた。ピアノで、バッハの平均律から、プレリュードとフーガを、 2曲ずつ弾く。
・Schumann シューマン、Mozart モーツァルト、Schubert シューベルト・・・Beethoven ベートーヴェンですら、私にとって、一日を始めるには、物足りない。Bach バッハでなくては。
どうして、と聞かれても困るが。完全で平静なるものが、必要なのだ。そして、完全と美の絶対の理想を、感じさせるくれるのは、私には、バッハしかない((パブロ・カザルス 鳥の歌 ジュリアン・ロイド・ウェッバー編)
くり返して「観賞」しているうちに、つまり、彼女の眼差し、腕や軀の動かし方のすみずみまでなめるように観察していると、侯孝賢の女たちーーとくに辛樹芬(シン・シューフェン)ーーを思い出して、胸キュンとなっちゃったよ。
しかもオレの最も愛する曲をデヴューコンサートでやるなんて。
あなたの口は「いや」という、あなたの声とあなたの眼は、もっと優しい一言を、もっと上手に語っている。[Votre bouche dit non,votre voix et vos yeux disent un mot plus doux,et disent bien mieux] (Andre Chenier)
ーー《己は生涯忘れることが出来まい。あの伏目になった様子が己の胸に刻み込まれてしまった。》
ファウスト
もし、美しいお嬢さん。
不躾ですが、この肘を
あなたにお貸申して、送ってお上申しましょう。
マルガレエテ
わたくしはお嬢さんではございません。美しくもございません。
送って下さらなくっても、ひとりで内へ帰ります。
ファウスト
途方もない好い女だ。
これまであんなのは見たことがない。
あんなに行儀が好くておとなしくて、
そのくせ少しはつんけんもしている。
あの赤い唇や頬のかがやきを、
己は生涯忘れることが出来まい。
あの伏目になった様子が
己の胸に刻み込まれてしまった。
それからあの手短に撥ね附けた処が、
溜まらなく嬉しいのだ。
しかも伏目がちにて「魂のこと」をされたら、わたくしは魂をうばわれざるをえない。
《女の眼の語ったことを、誰が忘れようか。シェイクスピヤもいったように、その眼のなかに全世界を読みとることさえあり得るからだ。》(加藤周一『絵のなかの女たち』)
《朝礼で整列している時に、隣りにいるまぶしいばかりの少女に少年が覚えるような羞恥と憧憬と、近しさと距離との同時感覚》(中井久夫の恋文)
とはいえ、王羽佳(ユジャ・ワン)だって、いつまでたってもあの朝礼の少女、「障子を開け放った座敷の中」の少女さ
ああ、「あんなに行儀が好くておとなしくて、そのくせ少しはつんけん」しているユジャ・マルガレエテ(グレエトヘン)ちゃん!
◆Yuja Wang in Carnegie Hall - Gretchen am Spinnrade(糸を紡ぐグレートヒェン)
《あの女の目や、頬や、唇にはことばがある。いや、脚も話しかけてくる。[There's language in her eye, her cheek, her lip, Nay, her foot speaks. ]》( (シェイクスピア『トロイラスとクレシダ』) )
といっても、ユジャ・ワンちゃんのこの時期は知らなかった・・・
ーーと、ふと調べてみると、
SEE NING HUI ちゃんのホーム・ページを開けば、
こんな写真が唐突に飛び込んでくる・・・
けやきの木の小路を
よこぎる女のひとの
またのはこびの
青白い
終りを
ーー西脇順三郎『禮記』
ところで、わたくしは実は、隣りにいるまぶしいばかりの中学時代の同級生の少女とーー苦心惨憺してーー結婚したのだが、いまは別の国に住み、別の少女と暮らしている・・・
《女は口説かれているうちが花。落ちたらそれでおしまい。喜びは口説かれているあいだだけ。[Women are angels, wooing: Things won are done; joy's soul lies in the doing.]》( Troilus and Cressida )
《得ようとして、得た後の女ほど情無いものはない。》(永井荷風『歓楽』)
オレはいつまでたっても「理想化」傾向がある人間かもしれぬ。今では、惚れてしまったら、できるだけはやく欠点を見いだそうとする習慣を身につけようとはしているのだが。
いまの「少女」とはビリヤード場で知り合ったのだが、
ビリヤードも伏目にて「魂のこと」をする一種であった・・・
◆Three Times 百年恋歌( 最好的時光)- Opening Scene "Smoke Gets in Your Eyes"(侯孝賢、スー・チー 舒 淇)
最後にルネ・フレミングとアバドのグレートヒェンを貼り付けておこう。オレはアバドのよれよれになって音楽に溺れているような表情がひどく好きでね、だいたいこんな顔して音楽聴いてるんだろうな、オレも。
◆Renee Fleming sings Schubert's "Gretchen am Spinnrade"
もし、美しいお嬢さん。
不躾ですが、この肘を
あなたにお貸申して、送ってお上申しましょう。
マルガレエテ
わたくしはお嬢さんではございません。美しくもございません。
送って下さらなくっても、ひとりで内へ帰ります。
ファウスト
途方もない好い女だ。
これまであんなのは見たことがない。
あんなに行儀が好くておとなしくて、
そのくせ少しはつんけんもしている。
あの赤い唇や頬のかがやきを、
己は生涯忘れることが出来まい。
あの伏目になった様子が
己の胸に刻み込まれてしまった。
それからあの手短に撥ね附けた処が、
溜まらなく嬉しいのだ。
しかも伏目がちにて「魂のこと」をされたら、わたくしは魂をうばわれざるをえない。
車から降りたウェルテルがはじめてシャルロッテをみかける(そして夢中になる)。戸口を額縁のようにして彼女の姿が見えている(彼女は子供たちにパンを切り分けている。しばしば注釈されてきた有名な場面)。われわれが最初に愛するのは一枚のタブローなのだ。というのも、ひとめぼれにはどうしても唐突性の記号が必要だからである(それがわたしの責任を解除し、わたしを運命に委ね、運び去り、奪い去るのだ)。(……)幕が裂ける、そのときまで誰の目にも触れたことのないものが全貌をあらわすにする。たちまちに眼がこれをむさぼる。直接性は充満性の代償となりうるのである。わたしは今、秘密をあかされたのだ。画面は、やがてわたしが愛することになるものを聖別しているのである。(ロラン・バルト『恋愛のディスクール』ーー「魂を奪われる」一目惚 coup de foudre)
《女の眼の語ったことを、誰が忘れようか。シェイクスピヤもいったように、その眼のなかに全世界を読みとることさえあり得るからだ。》(加藤周一『絵のなかの女たち』)
私の少年時代は主に渋谷ですごされた。生まれたのは、牛込区新小川町三丁目であるが、三歳の時、赤十字病院前麻布区笄町(現、南青山七丁目)に引っ越した。
私はこの電車(皇城の外濠を一巡する路線「外濠線」)が好きで、その頃家にいた母方の祖母くにに抱かれて、外濠線を一巡したということである。一枚の切符で一巡する者はあまりなかったろうが、毎日乗るので、車掌も顔見知りになり、なんにもいわれなかった、と伝えられている。
(……)私にはまったく記憶がない。突然外界が動き出す驚きに似た感覚を覚えているような気がするが、それは多分後の経験がこの時期に投射されたものだろう。新小川町の家で、私の唯一の記憶はーーそしてそれは私の最初の記憶になるのだがーーどこかの家の庭の植込みを抜け、座敷へ近づいて行く感覚である。障子を開け放った座敷の中には、一人の少女がいて、ピアノを弾いていた。(大岡昇平『幼年』)
《朝礼で整列している時に、隣りにいるまぶしいばかりの少女に少年が覚えるような羞恥と憧憬と、近しさと距離との同時感覚》(中井久夫の恋文)
とはいえ、王羽佳(ユジャ・ワン)だって、いつまでたってもあの朝礼の少女、「障子を開け放った座敷の中」の少女さ
ああ、「あんなに行儀が好くておとなしくて、そのくせ少しはつんけん」しているユジャ・マルガレエテ(グレエトヘン)ちゃん!
◆Yuja Wang in Carnegie Hall - Gretchen am Spinnrade(糸を紡ぐグレートヒェン)
《あの女の目や、頬や、唇にはことばがある。いや、脚も話しかけてくる。[There's language in her eye, her cheek, her lip, Nay, her foot speaks. ]》( (シェイクスピア『トロイラスとクレシダ』) )
私の記憶は、前に書いた、ピアノを弾く嘉子さんだけである。明治三十二年生れだから、この頃十一、二歳である。はっきりした映像は残っていない。ただ薄暗い木陰から明るい庭の向うの座敷で、ピアノを弾く少女の方へ近づいて行く感じだけである。(……)
その時の私の感情も思考についても何の記憶もない。しかし私の最初の記憶がこういう場面であったということは、後年、私がピアノに特別な愛着を持ったことに関連するかも知れない。中学生の時ピアノを習いたいといったが、許して貰えなかった。一九六二年、胃潰瘍をやって、三ヶ月、運動も執筆も禁止された時、私がピアノと作曲をやることとしたのは、少年の日の充たされなかった夢を、齢五十をすぎて、実現さたということだったかも知れない。
それらをみなこの最初の記憶のせいにするのは牽強附会にすぎようが、これはその後今日までの私の生活態度、或いは私の書いたものから抜けない、なにか上品で、女性的で、きれいなものに対する憧れ、要するにスノビスムと関連があるだろう。(大岡昇平『幼年』)
といっても、ユジャ・ワンちゃんのこの時期は知らなかった・・・
ーーと、ふと調べてみると、
SEE NING HUI ちゃんのホーム・ページを開けば、
こんな写真が唐突に飛び込んでくる・・・
けやきの木の小路を
よこぎる女のひとの
またのはこびの
青白い
終りを
ーー西脇順三郎『禮記』
ところで、わたくしは実は、隣りにいるまぶしいばかりの中学時代の同級生の少女とーー苦心惨憺してーー結婚したのだが、いまは別の国に住み、別の少女と暮らしている・・・
《女は口説かれているうちが花。落ちたらそれでおしまい。喜びは口説かれているあいだだけ。[Women are angels, wooing: Things won are done; joy's soul lies in the doing.]》( Troilus and Cressida )
ラカン派の用語では、結婚は、対象(パートナー)から「彼(彼女)のなかにあって彼(彼女)自身以上のもの」、すなわち対象a(欲望の原因―対象)を消し去ることだ。結婚はパートナーをごくふつうの対象にしてしまう。ロマンティックな恋愛に引き続いた結婚の教訓とは次のようなことである。――あなたはあのひとを熱烈に愛しているのですか? それなら結婚してみなさい、そして彼(彼女)の毎日の生活を見てみましょう、彼(彼女)の下品な癖やら陋劣さ、汚れた下着、いびき等々。結婚の機能とは、性を卑俗化することであり、情熱を拭い去りセックスを退屈な義務にすることである。(ジジェク、LESS THAN NOTHING,私訳)
《得ようとして、得た後の女ほど情無いものはない。》(永井荷風『歓楽』)
結婚とは崇高化が理想化のあとに生き残るかどうかの真のテストの鍵となるものだったらどうだろう? 盲目的な愛では、パートナーは崇高化されるわけではない。彼(彼女)はただ単純に理想化されるだけだ。結婚生活はパートナーをまちがいなく非―理想化する。だがかならずしも非―崇高化するわけではない。(ジジェク、LESS THAN NOTHING、私訳)
理想化と崇高化? 理想化と崇高化を混同してはならない。
誤った崇拝は理想化をうむ。それは他者の弱さを見えなくする──あるいは、それはむしろ、自己のいだく幻影を投影するスクリーンとして他者を利用し、他者そのものを見えなくする。(ジジェク『信じるということ』)
オレはいつまでたっても「理想化」傾向がある人間かもしれぬ。今では、惚れてしまったら、できるだけはやく欠点を見いだそうとする習慣を身につけようとはしているのだが。
いまの「少女」とはビリヤード場で知り合ったのだが、
ビリヤードも伏目にて「魂のこと」をする一種であった・・・
◆Three Times 百年恋歌( 最好的時光)- Opening Scene "Smoke Gets in Your Eyes"(侯孝賢、スー・チー 舒 淇)
人は忘れ得ぬ女たちに、偶然の機会に、出会う、都会で、旅先の寒村で、舞台の上で、劇場の廊下で、何かの仕事の係わりで。そのまま二度と会わぬこともあり、そのときから長いつき合いが始まって、それが終ることもあり、終らずにつづいてゆくとこもある。しかし忘れ得ないのは、あるときの、ある女の、ある表情・姿態・言葉である。それを再び見出すことはできない。
再び見出すことができるのは、絵のなかの女たちである。絵のなかでも、街のなかでと同じように、人は偶然に女たちに出会う。しかし絵のなかでは、外部で流れ去る時間が停まっている。10年前に出会った女の姿態は、今もそのまま変わらない、同じ町の、同じ美術館の、同じ部屋の壁の、同じ絵のなかで。(加藤周一『絵のなかの女たち』)
最後にルネ・フレミングとアバドのグレートヒェンを貼り付けておこう。オレはアバドのよれよれになって音楽に溺れているような表情がひどく好きでね、だいたいこんな顔して音楽聴いてるんだろうな、オレも。
◆Renee Fleming sings Schubert's "Gretchen am Spinnrade"
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