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2018年9月24日月曜日

フェミニズムの時代の愛と結婚

一般市民の覚悟しなくてはならない孤立」のラカン派的注釈版。

まずラカン自身の言葉をいくつか掲げる。

ひとりの女とは何か? ひとりの女は症状である!

Pour qui est encombré du phallus : « qu'est-ce qu'une femme ? » C'est un symptôme ! (ラカン、S22、21 Janvier 1975)
女はすべての男にとってサントーム sinthome である。男は女にとって…サントームよりさらに悪い…男は女にとって、墓場(荒廃場 ravage)である。

une femme est un sinthome pour tout homme…l'homme est pour une femme …affliction pire qu'un sinthome… un ravage(ラカン、S23, 17 Février 1976)

ーー《サントームは、症状と幻想の混淆である。Le sinthome, un mixte entre symptôme et fantasme 》(ジャック=アラン・ミレール、Revue de la Cause Freudienne n°39, mai 1998)

⋯⋯⋯⋯

以下が本題である。

完全な相互の愛という神話に対して、ラカンによる二つの強烈な言明がある、「男の症状は彼の女である」、そして「女にとって、男は常に墓場 ravage を意味する」と。この言明は日常生活の精神病理において容易に証拠立てることができる。ともにイマジナリーな二者関係(鏡像関係)の結果なのだ。

誰でも少しの間、ある男を念入りに追ってみれば分かることだが、この男はつねに同じタイプの女を選ぶ。この意味は、女とのある試行期間を経たあとは、男は自分のパートナーを同じ鋳型に嵌め込むよう強いるになるということだ。こうして、この女たちは以前の女の完璧なコピーとなる。これがラカンの二番目の言明を意味する、「女にとって、男は常に墓場(荒廃場)である」。どうして墓場なのかと言えば、女は、ある特定のコルセットを装着するよう余儀なくさせるからだ。そこでは女は損なわれたり、偶像化されたりする。どちらの場合も、女は、独自の個人としては破壊されてしまう。

偶然の一致ではないのだ、女性解放運動の目覚めとともに、すべての新しい社会階層が「教養ある孤独な女」を作り出したことは。彼女は孤独なのである。というのは彼女の先達たちとは違って、この墓場に服従することを拒絶するのだから。

現在、ラカンの二つの言明は男女間で交換できるかもしれない。女にとって、彼女のパートナーはまた症状である、そして多くの男にとって、彼の妻は墓場である、と。このようにして、孤独な男たちもまた増え続けている。この反転はまったく容易に起こるのだ、というのはイマジナリーな二者関係の基礎となる形は、男と女の間ではなく、母と子供の間なのだから。それは子供の性別とはまったく関係ない。(ポール・バーハウ Paul Verhaeghe、「孤独の時代の愛 Love in a Time of Loneliness THREE ESSAYS ON DRIVE AND DESIRE』1998年)
女であること féminité と男であること virilité の社会文化的ステレオタイプが、劇的な変容の渦中です。男たちは促されています、感情 émotions を開き、愛することを。そして女性化する féminiser ことさえをも求められています。逆に、女たちは、ある種の《男への推進力 pousse-à-l'homme》に導かれています。法的平等の名の下に、女たちは「わたしたちも moi aussi」と言い続けるように駆り立てられています。…したがって両性の役割の大きな不安定性、愛の劇場における広範囲な「流動性 liquide」があり、それは過去の固定性と対照的です。現在、誰もが自分自身の「ライフスタイル」を発明し、己自身の享楽の様式、愛することの様式を身につけるように求められているのです。(ジャック=アラン・ミレール、2010、On aime celui qui répond à notre question : " Qui suis-je ? "

⋯⋯⋯⋯

※付記

以下、ドリス・レッシングとエリザベート・バダンテールによる現在の男女関係の変貌をめぐる指摘。

男たちはセックス戦争において新しい静かな犠牲者だ。彼らは、抗議の泣き言を洩らすこともできず、継続的に、女たちに貶められ、侮辱されている。(Doris Lessing 、Lay off men, Lessing tells feminists、Guardian, 2001
現在の真の社会的危機は、男のアイデンティティである、――すなわち男であるというのはどんな意味かという問い。女性たちは多少の差はあるにしろ、男性の領域に侵入している、女性のアイディンティティを失うことなしに社会生活における「男性的」役割を果たしている。他方、男性の女性の「親密さ」への領域への侵出は、はるかにトラウマ的な様相を呈している。( Élisabeth Badinter ーーージジェク、LESS THAN NOTHING, 2012より孫引き)

ーードリス・レッシング Doris Lessing(2007年ノーベル文学賞作家)は、かつてのフェミニズムの闘士、アイコンである。




エリザベート・バダンテール Elisabeth Badinter は、日本でも『母性という神話(L'Amour en Plus)』で名高く、彼女もまたフェミニストの範疇に入る思想家である。





2017年9月2日土曜日

音楽日記:子宮内の出来事

カントは言っている、音楽とは最低かつ最高の芸術である、と。

感覚的刺戟と感動とを問題にするならば、言語芸術のうちで最も詩に近く、またこれと自然的に結びつく芸術即ち音楽を詩の次位に置きたい。音楽は確かに概念にかかわりなく、純然たる感覚を通して語る芸術である、従ってまた詩と異なり、省察すべきものをあとに残すことをしない、それにも拘らず音楽は、詩よりもいっそう多様な仕方で我々の心を動かし、また一時的にもせよいっそう深い感動を我々に与えるのである( …)これに反しておよそ芸術の価値を、それぞれの芸術による心的開発に従って評価し、また判断力において認識のために合同する心的能力〔構想力と悟性〕の拡張に基準を求めるならば、すべての芸術のうちで音楽は最低の(しかし芸術を快適という見地から評価すれば最高の)地位を占めることになる」(カント『判断力批判』篠田英雄訳)

事実、人が原初に感受した最初の「芸術」は、母胎内における母の心音であり血液の流れという「音楽」である。心音のくっきりしたリズムとともに、ざわざわと血の流れる響き、プルーストが云う《くらがりにうごめくはっきりしない幼虫のように目につかなかったいくつかの楽節》である。誰モガ実ハ覚エテイル筈デアル。もっとも母親がヒステリー気質であるなら、母の怒声や叫声の楽節が最も印象に残った始原の「音楽」でありうる。

この断定をすこしだけ保留するとすれば、もし触覚芸術や嗅覚芸術、振動芸術などが今後生まれるなら、それも聴覚芸術と同様に原初的であろう。母胎内で粘膜に愛撫されたり羊水のにおいに包まれたり、あるいは羊水の海に揺蕩ったりしているのだから。

もっとも彫刻は、高村光太郎が既に言っているように触覚芸術でありうるし、濃厚な腐臭をもつチーズや鮒寿司などの発酵食品は嗅覚芸術、そして舞踏は振動芸術でありうる。とすればこれらの根源的感覚を刺激する芸術は既に存在する。そして胎児は指を咥えることがあるのだから口唇感覚も原初的であり、接吻やフェラチオなどの性のかかわる行為も口唇覚芸術、かつ互いのにおいをまさぐり合うという意味で嗅覚芸術・・・いやそれだけではない、あるゆる感覚を伴う総合芸術かもしれない。

話を戻せば、たとえばアルトーが、《私の内部の夜の身体を拡張すること dilater le corps de ma nuit interne》と言ったとき、彼の母の子宮はひどく小ぶりであったのではないか、と人は疑うべきである・・・

私、アントナン・アルトー、1896年9月4日、マルセイユ、植物園通り四番地にどうしようもない、またどうしようもなかった子宮から生まれ出たのです。なぜなら、9カ月の間粘膜で、ウパニシャードがいっているように歯もないのに貪り食う、輝く粘膜で交接され、マスターベーションされるなどというのは、生まれたなどといえるものではありません。だが私は私自身の力で生まれたのであり、母親から生まれたのではありません。だが母は私を捉えようと望んでいたのです。(アルトー『タマユラマ』)

その点、わたくしの母は、ややヒステリー気味であったにしろ、子宮内はとても居心地がよく、夜咲キスミレノヨウナ芳香ガシタ・・・かつまた Bernarda Fink と同じような声音、そして彼女の歌う「Nachtviolen」とほぼ同じ心音テンポをもっており、なぜシューベルトのこの曲・このベルナルダの歌声にこんなにも魅惑されるのか、ーー実はこのところそればかり考えていたのだがーーその原因をヨウヤク見出シエタトコロデアル・・・

ああ、ベルナルダ! あたかもわたくしの原初の子宮内交接の記憶、そのはるかで朧な出来事ーー《症状(サントーム=享楽の原子)は身体の出来事である le symptôme à ce qu'il est : un événement de corps》 (ラカン、AE.569、1975)--その歩みが、鳩の足でやってくるかのようではないか! (Bernarda Fink; "Nachtviolen"; Franz Schubert(1:38~))。

ある一つの細部が、私の読み取りを完全に覆してしまう。それは関心の突然変異であり、稲妻である。ある何ものかの徴がつけられることによって、写真(→音楽)はもはや任意のものでなくなる。そのある何ものかが一閃して、私の心に小さな震動を、悟りを、無の通過を生ぜしめたのでる。(ロラン・バルト『明るい部屋』)

ああ、下瞼のたるみ、眼尻の皺の具合、笑い方、ときおり示す厳しく冷ややかな表情まで、わたくしの母とそっくりである・・・わたくしは稲妻に打たれたままなのである。

◆Bernarda Fink; "Nachtviolen"; Franz Schubert




ああ、あああ、わたくしはほんとうに大丈夫なのだろうか。わたくしのカオスは安定しないのである・・・なにかが分解してしまいそうになるのである・・・

暗闇に幼な児がひとり。恐くても、小声で歌をうたえば安心だ。子供は歌に導かれて歩き、立ちどまる。道に迷っても、なんとか自分で隠れ家を見つけ、おぼつかない歌をたよりにして、どうにか先に進んでいく。歌とは、いわば静かで安定した中心の前ぶれであり、カオスのただなかに安定感や静けさをもたらすものだ。子供は歌うと同時に跳躍するかもしれないし、歩く速度を速めたり、緩めたりするかもしれない。だが、歌それ自体がすでに跳躍なのだ。歌はカオスから跳び出してカオスの中に秩序を作りはじめる。しかし、歌には、いつも分解してしまうかもしれぬという危険もあるのだ。アリアドネの糸はいつも一つの音色を響かせている。オルペウスの歌も同じだ。(ドゥルーズ&ガタリ『千のプラトー』)

◆Bernarda Fink, Monteverdi, l'incoronazione di Poppea, "Adagiati, Poppea - Oblivion soave" (Arnalta)


この女は、ニーチェが錯乱の奥底からアリアドネという名で呼んだのと同じ人物なのかも知れぬ (モーリス・ブランショ)

とはいえ1955年生れのこのアリアドネは、外貌としては50歳前後の写真がもっとも美しいようにみえる・・・50歳で死んだわたくしの母は齢をとらないのである・・・母とはまだ若く美しいままで死ぬべきではなかろうか?



2016年9月9日金曜日

カントの「美は無関心」をめぐって

アレンカ・ジュパンチッチはカントの『判断力批判』における「美は無関心」ーー《美とは関心なし(ohne interesse)に人の気に入る(gefallen)何かである》ーーをめぐって、カントの「緑の草原」叙述箇所を参照することにより、次のような説明している(彼女にはラカンに依拠しつつのすぐれたカント論とニーチェ論があるのはよく知られている)。

第一段階は対象(客観)段階である。草原の緑色は対象的感覚に属している。「草原は緑だ」とは客観的判断である。

第二段階は主観段階である。色の快適さは主観的感覚・感情に属している。「私は緑の草原が好きだ」とは主観的判断である。それはまた「私は可能な限り何度も緑の草原を見たい」ことを意味する。これは我々を愉悦させる対象(緑の草原)への「然り」である。

第三段階は「然り」である。色へのではなく快適さ自体の感情への肯定である。我々を愉悦させる対象へではなく愉悦自体への肯定である。すなわち以前の「肯定」への「肯定」。

ここには感情自体、(判断の)対象になる感覚自体がある。「緑の草原は美しい」とは趣味判断・美的判断であり、それは「客観的」でも「主観的」でもない。

この判断は「無頭のacéphale」と呼ばれうる。というのは「私」・判断の「頭」は別のものに取って代わられているから。代替先は「草原は緑だ」の形式の言明のなかにあるような非個人の客観的中立性ではない。そうではなく主体の最も親密な部分である(主体自体が対象としての或る表象によっていかに情動されるのを感じるか、である)。
「無関心(Devoid of all interest)」が意味するのは、まさに我々は対象(緑の草原)の存在にもはや関わることなく、我々に与えられた快のみに関わることである。

特筆しなくてはならない、この第三段階がニーチェ哲学の中心テーマ、「肯定の肯定」にいかに近似しているかを。

ドゥルーズがとても巧みに提示しているように、ニーチェの「然り」の核心は、「然り」自体が別の「然り」によって肯定されなければならないことだ。(Alenka Zupančič、The Splendor of Creation: Kant, Nietzsche, Lacan,PDF)

ジュパンチッチの言いたいことは、ニーチェのカント批判にもかかわらず(後述)、カントの「美は無関心」はニーチェの中心的概念肯定の肯定に近似している、ということだ。ハイデガーもカントの「関心」概念の誤解を指摘している。《関心を抱くとはそれを自分で(所有し、使用し、支配するために)持とうと意志することである。(……)美しいという我々の判断は、関心によって強制された判断であってはならない》(ハイデガー『ニーチェ講義』)

さてジュパンチッチの上の文に引き続いてドゥルーズの『ニーチェ』からの要約引用があるが、ここではその前後もふくめてもうすこし長く引用する。

生の肯定(……)すなわち生成と多数性を肯定すること、ディオニュソスが八つ裂きにされ、手脚がバラバラとなる状態に至るまで肯定すること(……)。舞踏、軽やかさ、笑いがディオニュソスの諸特性である。肯定の〈力〉として、ディオニュソスは自らの鏡のなかに、ある一つの鏡を、自らの指輪のなかに一つの指輪を喚び出す。つまり肯定がそれ自身肯定されるためには、第二の肯定が必要なのである。ディオニュソスは一人のフィアンセを、アリアドネを持つのである(「おまえは小さな耳をしている。私と同じような耳を持っている、そこによくよく考えた言葉を入れてごらん!」)。唯一のよくよく考えた言葉とは、〈然り〉である。アリアドネは、ディオニュソスとディオニュソス的な哲学者を定義する諸関係の総体を、完成させるのである。(ドゥルーズ『ニーチェ』湯浅博雄訳、文庫P.63)

ドゥルーズ自身の註によれば、《生の肯定……ディオニュソスが八つ裂きにされ、手脚がバラバラとなる状態に至るまで肯定すること l'affirmation de la vie, l'affirmation du devenir et du multiple, jusque dans la lacération et les members dispersés de Dionysos》の依拠は、《八つ裂きに寸断されたディオニュソスは、生への約束である》(ニーチェ「遺された断想」1888年春)にある。

この文から、ラカンにすこしでも関心をもったことのある人なら、ラカンの対象aの定義のひとつをすぐさま思い起こすだろう。

私はあなたを愛する。だがあなたの中にはなにかあなた以上のもの、〈対象a〉がある。だからこそ私はあなたの手足をばらばらにする。[Je t'aime, mais parce que j'aime inexplicablement quelque chose en toi plus que toi, qui est cet objet(a), je te mutile.](ラカン、セミネール11)

ジュパンチッチの文に「無頭のacéphale」という形容詞が出てきているが、これも対象aあるいは欲動にかかわる用語である。

無頭の主体の様態としての顕現……根源的な形式のなかにある欲動la pulsion dans sa forme radical……manifestation, comme mode d'un sujet acéphale(ラカン、S.11)

ラカン的な観点からは、美とは、カントの崇高と美を混淆させたものであり、たんに快にかかわるものではなく、快原理の彼方にある欲動にかかわる。

美は、欲望の宙吊り・低減・武装解除の効果を持っている。美の顕現は、欲望を威嚇し中断する。…que le beau a pour effet de suspendre, d'abaisser, de désarmer, dirai-je, le désir : le beau, pour autant qu'il se manifeste, intimide, interdit le désir.(ラカン、S.7)

ところでフロイトの欲動、ラカンの享楽とは何だったか。

享楽は「苦痛のなかの快 pleasure in pain 」である。もっとはっきり言えば、享楽とは対象aの享楽と等しい。対象aは、象徴界に穴を引き裂く現実界の残留物である。大他者のなかのリアルな穴real hole としての対象aは、次の二つ、すなわち剰余-残余のリアルの現前としての穴、そして全体のリアルWhole Realの欠如ーー原初の現実界 primordial Real は、決して最初の場には存在しないーー、すなわち享楽不在としての穴である。

リアルreal な残余のこの現前は、実際のところ、何を構成しているのか? 最も純粋には、剰余享楽(部分欲動)としての「a」の享楽は、享楽欠如を享楽することのみを意味する。なぜなら、享楽するものは他になにもないのだから。(ロレンツォ・キエーザ「ラカンとアルトー」 、Lorenzo Chiesa、Lacan with Artaud: j'ouïs-sens, jouis-sans, jouis-sens、PDF

※欲動と享楽の微妙な相違をめぐっては、「欲動と享楽の相違」を参照のこと。

ニーチェの情動(Affekte)も、欲動として読める(実際、「欲動」としている訳者さえいる)。

権力への意志が原始的な情動(Affekte)形式であり、その他の情動は単にその発現形態であること、――(……)「権力への意志」は、一種の意志であろうか、それとも「意志」という概念と同一なものであろうか?――私の命題はこうである。これまでの心理学の意志は、是認しがたい普遍化であるということ。こうした意志はまったく存在しないこと。(ニーチェ遺稿 1888年春)

さて、こうやって見てみるとーーようはラカン派の観点、あるいはラカンに影響をうけた論者の観点からはーーアリアドネとは何なのか。

《迷路の人間は、決して真実を求めず、ただおのれを導いてくれるアリアドネを求めるのみ》。「温室の写真」は、私のアリアドネだった。それが何か隠されたもの(怪物や宝石)を発見させてくれるからではない。そうではなくて、私を「写真」のほうへ引き寄せるあの魅力の糸が何で出来ているのかを私に告げてくれるだろうからである。(ロラン・バルト『明るい部屋』)

ロラン・バルトにとっての「私のアリアドネ」とは、プンクトゥムである。

ロラン・バルトの『明るい部屋』には、ラテン語のストゥディウム(studium)/プンクトゥム(punctum)という二つの概念がいたるところに提示される。

バルトによれば、

ストゥディウム(studium)、――、この語は、少なくともただちに≪勉学≫を意味するものではなく、あるものに心を傾けること、ある人に対する好み、ある種の一般的な思い入れを意味する。その思い入れには確かに熱意がこもっているが、しかし特別な激しさがあるわけではない。(……)

プンクトゥム(punctum)、――、ストゥディウムを破壊(または分断)しにやって来るものである。(……)プンクトゥムとは、刺し傷、小さな穴、小さな斑点、小さな裂け目のことであり――しかもまた骰子の一振りのことでもあるからだ。ある写真のプンクトゥムとは、その写真のうちにあって、私を突き刺す(ばかりか、私にあざをつけ、私の胸をしめつける)偶然なのである。(『明るい部屋』摘要)

また、《ストゥディウムは、好き(to like)の次元に属し、プンクトゥムは、愛する(to love)の次元には属する》ものともある。

ここでロラン・バルトのもうひとつの(一見した)二項対立概念(快楽 plaisir/悦楽 jouissance)の叙述を別の書から抜き出してみる。

快楽のテクスト。それは、満足させ、充実させ、快感を与えるもの。文化から生れ、それと縁を切らず、読書という快適な実践に結びついているもの。

悦楽のテクスト。それは、忘我の状態に至らしめるもの、落胆させるもの(恐らく、退屈になるまでに)、読者の、歴史的、文化的、心理的土台、読者の趣味、価値、追憶の擬着を揺るがすもの、読者と言語活動を危機に陥れるもの。(ロラン・バルト『テクストの快楽』)

快楽が制度内のもの/悦楽(享楽)は制度を揺るがすものとあれば、これは、ストゥディウム/プンクトゥムとほぼ等価である。だがこれは実は二項対立として捉えてはならない。

ラカン派では快楽の非一貫性(非全体pas-tout)の領域内部に外立ex-sistenceするものが享楽であるという言い方がされる。ようするに欲望の主体ーー実際は幻想の主体だが(参照)ーーの表象の裂け目に出現するものが享楽である。(現実界≒享楽とは、象徴化の袋小路に現れる(Le reel est un impasse de formalization,)(ラカン、セミネール20))。

たとえば、ラカンの性関係の不在という定式を受け入れるとしよう。そのとき性関係の不在とはファルス享楽の行き詰り(失敗)において(象徴界の表象の裂け目において)身体の享楽という現実界が現われる。たとえば口唇欲動、肛門欲動、眼差し・声等の部分対象(対象a)が現われる(失敗とは性交においてこれらの欲動が満足されていないということだ)。

バルトに戻れば、彼は最晩年、「人はつねに愛するものについて語りそこなう」(ーーロラン・バルトによって書かれた最後のテクストの題名であり、スタンダール小論でもある)と言っている。この愛するものはプンクトゥムである、《ストゥディウムは、好き(to like)の次元に属し、プンクトゥムは、愛する(to love)の次元には属する》。

だが、なぜ愛するもの=プンクトゥムについて語るのが難しいのか?

たいていの場合、プンクトゥムは《細部》である。つまり、部分的な対象である。それゆえ、プンクトゥムの実例をあげてゆくと、ある意味で私自身を引き渡すことになる。 (『明るい部屋』p.58)
……(「温室の写真」をここに掲げることはできない。それは私にとってしか存在しないのである。読者にとっては、それは関心=差異のない一枚の写真、《任意のもの》の何千という表われの一つにすぎないであろう。それはいかなる点においても一つの科学の明白な対象とはなりえず、語の積極的な意味において、客観性の基礎とはなりえない。時代や衣装や撮影効果が、せいぜい読者のストゥディウムをかきたてるかもしれぬが、しかし読者にとっては、その写真には、いかなる心の傷もないのである。)(『明るい部屋』pp.88-89ーー「アリアドネ・石鹸の広告・対象a」)

私のプンクトゥムであって、あなたのプンクトゥムではない。どうしてそんなものを容易に他人に語りうるのか。

このプンクトゥムは、別に何と呼ぼうとかまわないが、ラカン用語の対象a(剰余享楽)にひどく近似している。ロラン・バルトが悦楽=プンクトゥムとしているように読めると上に想定したが、悦楽とは、ロラン・バルトの文脈では、明らかに剰余享楽のことである。そもそも享楽自体は存在しない。

ようは、アリアドネとは対象aのこととして捉えうる。あるいは外密 extimité のこととして(場合によっては想像的自我+対象a=分身として[参照])。

そしてアリアドネ=美とは、私の最も内にある外部、モノとしての外密である、《extériorité intime, cette extimité qui est la Chose》(ラカン、S.17)、

la Choseとは、フロイトのdas Ding(モノ)だが、《他のモノは、本質的に、モノである« Autre chose » est essentiellement la Chose》 (S.7)とあるようにモノ=対象a である。

そして外密とは実はフロイトの「不気味なもの」のことでもある(参照)。フロイトがその論文『不気味なもの』で賞賛しつつ引用したシェリングの定義、《隠されているはずのもの、秘められているはずのものが表に現れてきた時は、なんでも「不気味なunheimilich」と呼ばれる》とジャック・アラン=ミレールの外密の定義をともに読んでみよう。

Extimité(外密)は親密の反対ではない。外密は、親密な〈他〉である。異物(フロイトのFremdkörper)、寄生物のようなものである(ミレール、参照

たとえば制作者側からみても、外密=美とは実は不気味なものを作ることではないだろうか。ラカンのセミネールⅦには名高い壺作りの話がある。

壺は穴を創造するものである。その表面の内部の空虚を。芸術制作とは無に形式を与えることである。創造とは(所定の)空間のなかに位置したり一定の空間を占有する何ものかではない。創造とは空間自体の創造である。どの(真の)創造であっても、新しい空間が創造される。

別の言い方であれば、どの創造も覆い(ヴェール)の構造がある。創造とは「彼方」を創り出し告知する覆いとして作用する。まさに覆いの織物のなかに「彼方」をほとんど触れうるものにする。美は何か(別のもの)を隠していると想定される表面の効果である。(同、ジュパンチッチ)

これはほとんどフェティッシュの定義でもある(ラカン派のフェティッシュの定義は、通念として流通するフロイトのフェティッシュの定義とは異なり、マルクスの商品分析におけるフェティッシュの定義に近いことに注意しておこう[参照])。

フェティッシュとは、欲望が自らを支えるための条件である。 il faut que le fétiche soit là, qu'il est la condition dont se soutient le désir. (Lacan,S.10)
ジャック=アラン・ミレールによって提案された「見せかけ semblant」 の鍵となる定式がある、《我々は、見せかけを無を覆う機能と呼ぶ[Nous appelons semblant ce qui a fonction de voiler le rien]》。

これは勿論、フェティッシュとの繋がりを示している。フェティッシュは同様に空虚を隠蔽する、見せかけが無のヴェールであるように。その機能は、ヴェールの背後に隠された何かがあるという錯覚を作りだすことにある。(ジジェク、LESS THAN NOTHING,2012,私訳)

「対象aが外密である(l'objet(a) est extime)」(S.16)ことと同じように、「見せかけsemblant 」が対象aであることはラカン自身が示している。



(ラカン、セミネールⅩⅩ)




外密・対象aはトラウマ(心的外傷)にもかかわる(参照:基本的なトラウマの定義(フロイト・ラカン派による))。

もしそうであるなら、ジュネ=ジャコメッティによる美の最も美しい定義(のひとつ)のなかにある「傷」という言葉もこの文脈によって捉えうる。

美には傷以外の起源はない。どんな人もおのれのうちに保持し保存している傷、独異な、人によって異なる、隠れた、あるいは眼に見える傷、その人が世界を離れたくなったとき、短い、だが深い孤独にふけるためそこへと退却するあの傷以外には。(ジャン・ジュネ『アルベルト・ジャコメッティのアトリエ』宮川淳訳)

…………

※付記

ジュパンチッチの論のベースになっているニーチェの記述等を抜きだしておこう。

ニーチェのよく知られているカント批判のひとつに次の文がある。

「美とは関心なし(ohne interesse)に人の気に入る(gefallen)何かである」とカントは言った。この定義を、本当の「鑑賞者」であり芸術家である人がなした定義と比較して頂きたい。つまりスタンダールは、美は幸福を約束するものと呼んだのである。ここではいずれにせよ、カントが美的状態において浮き彫りにしたことがまさに拒絶され、消し去られているのである。それは無関心(le désintéressenment)である。果たしてカントが正しいのかスタンダールか。もっとも我らの美学者諸氏がカントを贔屓目にこんな事を量りに掛けてみたらどうだろう。美という魔法が掛けられて、いやそれどころか一糸纏わぬ女性の銅像を「関心なしに」観ることができるかどうかということである。おそらく彼らの無駄な努力に人はいささか笑いを禁じ得ないだろう。芸術家の諸々の経験はこのデリケートな点に関して「より関心を引く」ものであり、またピグマリオンが「審美的でない(unästhetisch)人間」であったというのはいずれにせよ当を得ていないのである。(ニーチェ『道徳の系譜』)

ハイデガーはこのニーチェのカント批判にたいして、「関心」という語のニーチェの誤解を指摘しつつ、《関心を抱くとはそれを自分で(所有し、使用し、支配するために)持とうと意志することである。(……)美しいという我々の判断は、関心によって強制された判断であってはならない》(『ニーチェ講義』としている(参照:林湛秀『ニーチェの美学批判について』PDF)。

カントの「関心」という語の意味がハイデガーのいう通りならーーわたくしはカントにもハイデガーにも疎いがーー、ニーチェ自身が似たようなことを言っている。それは「好奇心」という用語にてだ。ここではロラン・バルト、蓮實重彦を通したニーチェの「好奇心」を掲げよう。

快楽も、愛も、好奇心から生まれるものではない(……)。好奇心とは、感覚器官の粗雑さを忘れるために、知的に遂行されるストリップのごときものであり、自信にみちた心の動きだ。ニーチェにならって、「われわれは、精緻さが欠けているから、科学的になるのだろう」とバルトが書くとき、科学の名で指し示されているのは、まだ見えていないものへの究明へと人を向かわせるものが好奇心だとする社会的な、それこそ粗雑きわまる暗黙の申し合わせのことである。(蓮實重彦「倦怠する彼自身のいたわり」『表象の奈落』所収)

カントの「無関心」とは、柄谷行人が「括弧入れ」という用語を使って次のように語ったことでも知られる。

カントが、趣味判断のための条件としてみたのは、ある物を「無関心」において見ることである。無関心とは、さしあたって、認識的・道徳的関心を括弧に入れることである。というのも、それらを廃棄することはできないからだ。しかし、このような括弧入れは、趣味判断に限定されるものではない。科学的認識においても同様であって、他の関心は括弧に入れられねばならない。たとえば、外科医が診察・手術において、患者を美的・道徳的に見ることは望ましくないであろう。また、道徳的レベル(信仰)においては、真偽や快・不快は括弧に入れられなければならない。こうした括弧入れは近代的なものである。それはまず近代の科学認識が、自然に対する宗教的な意味づけや呪術的動機を括弧に入れることによって成立したことから来ている。ただし、他の要素を括弧に入れることは、他の要素を抹殺してしまうことではない。(柄谷行人「美学の効用」『ネーションと美学』所収)

…………

さて、これらの考え方と、ジュパンチッチの観点ーーつまりラカン派的観点ーーのどちらがより説得的であろうか。結局、美をめぐっての問いにおいても、フロイトの快原理の彼岸やタナトス、ラカンの享楽や対象a をどうとらえているかでその判断が大きく異なってしまう、とわたくしは思う。

私はどの哲学者にも挑んでいる。シニフィアンの出現と享楽が存在にかかわる仕方とのあいだにある関係を、この今確認するために…どの哲学も、言わせてもらえば、今日、我々に出会えない。哲学の哀れな流産 ces misérables avortons de philosophie 。我々はその哲学を後ろに引き摺っているのだ、前世紀(19世紀)の初めから、ボロボロになった習慣として。あの哲学オタクとは、むしろこの問いに遭遇しないようにその周りを踊る方法にすぎない。この問いとは、真理についての唯一の問いである。それは、死の欲動と呼ばれるもの、フロイトによって名付けられたもの、享楽の原マゾヒズム…。全ての哲学的パロールは、ここから逃げ出し、視線を逸らしている。( Lacan, Le séminaire, Livre XIII: L'objet de la psychanalyse,1966ーー人間の根源的な三つの次元:享楽・不安・欲望

「美はおそるべきものの始まり」(リルケ『ドゥイノ』)でなかったら美とは何なのか? 美とは《刺し傷、小さな穴、小さな斑点、小さな裂け目(……)、私を突き刺す(ばかりか、私にあざをつけ、私の胸をしめつける)偶然》でなかったら何なのか。美とは、ときにはできるだけ離れていたいと思う「無の彫刻」でなかったら何なのか?

……遠さ、戦慄、なにか異様なもの。彼はわれわれを試練に遭わせるーーあまりにも透明なあの音、昇華作用を経たあのピアノが耐え切れないという人々をわたしは知っている。このピアノを聴くと彼らの皮膚はひきつり、指は痙攣するのだ。試練はときに恐ろしいものを含んでいる。わたしもまた、そのせいで、彼があとに残したあの無の彫刻からできるだけ離れていたいと思うことがある。(ミシェル・シュネデール「グールド、ピアノソロ』)

形式的な観点からの美はもちろんある。

「軽薄にソネットを扱いそこにピタゴラス的な美をみないのは馬鹿げている」(ボードレール)。ピタゴラス的な美とは、”現実”や”意味”と無関係に形式的な項の関係のみで成り立つものである。(柄谷行人『隠喩としての建築』)

しかしながら、たとえば、《バッハの作品を見て、それが理論的であり、規則に厳格であると人はしばしば感嘆する。しかし、理論的であり、規則に厳格だからバッハの音楽が美しいと考えたら嘘になろう》(小倉朗)

いやもちろん形式美やロラン・バルトのいうプンクトゥム(punctum)ではなく、ストゥディウム(studium)の美に慰安を見出している人たちもいることだろう、そしてそれのみが「美」だと思い込んでいる人たちさえいるのかもしれない・・・

人が芸術的なよろこびを求めるのは、芸術的なよろこびがあたえる印象のためであるのに、われわれは芸術的なよろこびのなかに身を置くときでも、まさしくその印象自体を、言葉に言いあらわしえないものとして、早急に放置しようとする。また、その印象自体の快感をそんなに深く知らなくてもただなんとなく快感を感じさせてくれものとか、会ってともに語ることが可能な他の愛好者たちにぜひこの快感をつたえたいと思わせてくれるものとかに、むすびつこうとする。

それというのも、われわれはどうしても他の愛好者たちと自分との双方にとっておなじ一つの事柄を話題にしようとするからで、そのために自分だけに固有の印象の個人的な根源が断たれてしまうのである。われわれが、自然に、社会に、恋愛に、芸術そのものに、まったく欲得を離れた傍観者である場合も、あらゆる印象は、二重構造になっていて、なかばは対象の鞘におさまり、他の半分はわれわれ自身の内部にのびている。後者を知ることができるであろうのは自分だけなのだが、われわれは早まってこの部分を閑却してしまう。要は、この部分の印象にこそわれわれの精神を集中すべきであろう、ということなのである。

それなのにわれわれは前者の半分のことしか考慮に入れない。その部分は外部であるから深められることがなく、したがってわれわれにどんな疲労を招く原因にもならないだろう。(プルースト「見出された時」井上究一郎訳)

もちろんプルーストも外密 extimité のことを言っている、 私の最も内にある親密な外部、モノ=対象a としての外密を。--《extériorité intime, cette extimité qui est la Chose》(ラカン、S.7)

プルーストは『『失われた時を求めて』の表題を最初は『心情の間歇』にしようと考えていた。その心情の間歇をめぐる箇所には次のような表現がある。

自我であるとともに、自我以上のもの(内容をふくみながら、内容よりも大きな容器、そしてその内容を私につたえてくれる容器)だったのだ。 il était moi et plus que moi (le contenant qui est plus que le contenu et me l’apportait). (プルースト「ソドムとゴモラ Ⅱ」)



2015年7月21日火曜日

現実の裂け目としての自由=リアル

《現実は現実界のしかめっ面である》(ラカン『テレヴィジョン』)

現実は象徴界によって多かれ少なかれ不器用に飼い馴らされた現実界である。そして現実界は、この象徴的な空間に、傷、裂け目、不可能性の接点として回帰する。(François Balmès, Ce que Lacan dit de l'être)

…………

ラカンにとって、不安は欲望の対象=原因が欠けているときに起るのではない。不安を引き起こすのは対象の欠如ではなく、反対に、われわれが対象に近づきすぎて欠如そのものを失ってしまいそうな危険が、不安を引き起こす。

ここで説明抜きで唐突にこういっておこう、「寝言は寝てから言え」と。さて何の話だろうか?

ドストエフスキーは人々は「自由」など望んでいないといったが、同様に、“精神”であることを人は望んでいない。自分はめざめて、現実を直視し、ほかの人は幻想に支配されていると説くあの連中のように、夢をみていることを望むのである。(柄谷行人『探求Ⅱ』P95)


以下、『ジジェク自身によるジジェク』の結論部分から私訳するが、その前に最近のミレール批判としても読めるので、その文を先に掲げておこう。

◆LESS THAN NOTHING(2012)CHAPTER 9 Suture and Pure Differenceより

ミレールにとって(彼はここでラカンに従っている)、不安は、我々を騙すことのない唯一の情動である(フロイトがすでに言ったように)。この意味は、〈大義〉のためのどの(政治的)熱狂も、想像的な誤認の要素だということだ。ミレールは、この最近の数年、ことさら主張しているのだが、政治は、想像的あるいは象徴的同一化の領野であり、それ自体イリュージョンだと。

このような立場は、必然的に、ある種の冷笑的悲観主義に終わる…。すなわち全ての集団的熱狂のアンガーシュマンは屑に終わる。真理は、悲壮な誠意の自己盲目的行動において、瞬時のあいだのみ経験されるだけである……。

こういった瞬間は永遠に維持できはしない。だから我々に出来る唯一のことは、「(社会的)ゲームをする」ことだけだ、と。政治的行動は、究極的にイリュージョンの単なる遊戯でしかないと気づきつつ。

バディウは、我々を、この高尚化された悲壮な冷笑主義から抜け出すことを可能にしてくれる。すなわち、熱狂は、不安よりも、すこしも「真正」でないわけではない、と。集団的な政治のアンガーシュマンは、その事実だけで、想像的誤認であるわけではない。

この相違は、今日、全く決定的である。政治的な死と生の相違であり、支配的なポスト政治的な冷笑主義への是認と、ラディカルな解放運動のための勇気の集結のあいだの相違である。

ーーより詳しくは、「デモの猥雑な補充物としての「享楽」」を見よ。

さて、『ジジェク自身によるジジェク』(原典2004)からである。

ラカンの現実界の標準的な読み方は、リアルとは超越論的ア・プリオリな障害物ーーそれは偶然的な外部の障害物として間違って表象されるーーというものだ。ここでの現実界の不可能性は、出来事が起こるのは不可能だという意味で理解されている。これは現実界の歪像的観点だ。そこではあなたが出来ることのすべては二次的な近似物、部分的な接近等々にすぎないというわけだ。すなわち現実界はわれわれが直接に接近することに出来ない中心的な物ということだ。たとえば現実界としての性的行為は決して十全にリアルな〈モノ〉ではないということを意味する。現実界についてのこの観点は、ラカン理論をある種の失敗の昇華として提示する。すなわち我々の出来る全ては、正当的な形での失敗(の試み)であり、我々は決して〈モノ〉自体を得ることは出来ない、と。

しかし私が『信じるということ』で主張したように、これはラカンの現実界の究極の地平ではない。ある意味で、不可能としての現実界が意味するのは、それが起こり得るということだ。ラカンにとって奇跡は起こる、そしてそれがラカンの現実界だ。現実界が不可能なのは、ただそれを象徴化できないこと、あるいは受け入れることができないという意味にすぎない。例えば、あなたが気狂いじみた何かをする。そう、英雄的な行動のような振舞いを。それはあなたのあらゆる利益に反している。まさにこのとき現実界は起こるのだ、ーーあなたはそれの十分な根拠を示すことも説明することもできない。だからラカンの現実界は、それが起こらないとか決して遭遇できないいう意味での不可能としての現実界ではない(この核心はまた、アレンカ・ジュパンチッチによって(『リアルの倫理』)巧みに叙述されている。

おわかりだろうか、違うんだ、それは起こるのだ。けれどもそれはひどくトラウマティックなので人は想定できないのだ。言わせてもらえば、倫理的行為はリアルだ。もし不可能としてのリアルを基本的な意味での失敗として読むなら、そのときカントのタームでは我々は本当にはリアルな物事をしたことは全く確かでない。リアルな物は本当のところは自由な行為なのだ。カントが言うように、我々のどんな行為も本当に倫理的行為であるかどうかは全く確かでない。常に疑いがある、我々はその倫理的行為をあるパトロジカルな理由でしたのではないかと。あなたが本当に生命を賭けたにしろ、おそらくあなたはナルシシティックな幻想を抱いているのかもしれない、いかにあなたはその後に賞賛されるか等々と。だからあなたは全く確かでない。これが初歩的な意味での不可能としての現実界だ。

けれど私が考えるに、正当な考え方はまさにそれをひっくり返すことだ。すなわち、我々はリアルなモノ、自由な行為を実践しうる。しかしそれを受け入れるにはあまりにトラウマティックだということだ。それが象徴的な用語で理論化しようとする理由だ。だがリアルは起こる。これはまた人間の死にいたる病という観点のキルケゴールの反転にもかかわる。真の恐怖は私が死を免れえないことではない。真の恐怖はむしろ私が不死であることであり、私はそこから逃れようとする。そしてドイツ観念論において、人間が直面する最も恐るべき事は、自由意志のこの深淵だと言ったのはカント、そしてとりわけシェリングだ。それは誰かがシンプルに自由意志から行動したときに遭遇する。そしてそれを受け入れるにはひどくトラウマティックなのだ。

人はまた生物-遺伝子学的な還元主義の恐怖をこの線に沿ってひっくり返すべきだ。ふつう我々が生物学的/遺伝子学的に条件づけられた対象に還元されるたら怖ろしいと考える。しかし私が考えるには真の不安は我々が自由な行為をしたことに気づくことによって引き起こされる、ーーそれが受け入れるには最も困難なことなのだ。ラカンは失敗(の試み)の詩人のたぐいではない。真のトラウマティックな事態とは奇跡が起こることだ、宗教的な意味ではなく自由な行為の意味での奇跡が。しかしそれは言葉では言い表しがたい。さあ、だから我々は失敗の考え方など蹴散らすべきだ。ラカンにとって、現実界は我々が接近できない物自体ではない。現実界はむしろ現実の織物における根源的な裂け目としての自由なのだ。(『ジジェク自身によるジジェク』私訳)

途中、「パトロジカルな理由」という表現が出てくる。あるいはジュパンチッチの『リアルの倫理ーーカントとラカン』の名も出てくる。この書も邦訳はわたくしの手許にはない。ジジェクが朋友ジュパンチッチとの会話から生みだされた次の叙述を『批評空間』2001 Ⅲ-1に掲載されている「メランコリーと行為」より抜き出しておく。

カントの倫理に関する標準的な誤読は、次のような理論にカントの倫理を還元してしまうというものだ。その理論とは、真の倫理的行為とたんなる法的行為との差異は主体の内面的姿勢のみにかかわるとでも言うかのように、行為の倫理的性格を判断する唯一の基準として、主体の意図の純粋な内面性を措定する理論である。法的行為において、私は、パトローギッシュな(感性的動因による)配慮(罰への恐れ、ナルシシスティックな満足、仲間からの賞賛)から法に従うのだが、他方で、義務を尊重する純粋な気持ちから同じ行為を行いさえすれば、つまり、義務がその行為を成し遂げる唯一の動機であるならば、私の行為は本当の道徳的行為となりうる、というわけだ。この意味で、本当の倫理的行為とは二重に形式的なのだ。つまり、そうした行為が法の普遍的形式に従うというだけでなく、この普遍的形式がその行為の唯一の動機でもある、ということだ。しかしながら、〔法の〕新たな内容そのものが、そうした形式の二重化からのみ現れうるとしたらどうだろう。形式主義(形式的法規範)の枠組みを事実上粉砕する真に新たな内容が、形式の自己反省を通してのみ現れうるとしたらどうだろうか。法とのその侵犯という点から言えば、本当の倫理的行為とは、法規範の侵犯――たんなる法律違反とは対照的に、法規範を破るだけではなく、何が法規範であるか定義し直すような侵犯行為――である。道徳律は善に従うのではない。何が善であるか、その新しい形を作り出すものなのだ。

ここで重要な問題に直面することになる。次のような素朴な疑問が生じるのだ。なぜそうなのか? 主体が義務感からのみ行うようなやり方で既存の倫理規範をそのまま現実化する、そういう倫理的行為はなぜ可能ではないのか? この問題にこれとは反対の側からアプローチしよう。新たな倫理規範はどのようにして現われるのか? 規範の既存の枠組みとこうした規範が適用される経験的内容との相互作用からは、この疑問には答えられない。状況があまりにも複雑になるか激変するかして、旧来の規範では対応しきれなくなり、新たな規範を作らねばならなくなる(旧来の規範をそのまま適用すると行き詰ってしまうクローン技術や臓器移植の場合のように)ということではない。さらなる条件が満たされねばならないのだ。既存の規範を適用するにすぎない行為は合法的なだけだが、これに対して、何が倫理規範であるか定義し直す行為は、ただ合法的なだけの身振りとしては成し遂げられず、先に述べたような言葉の二重の意味での形式的な身振りとして実現されなければならない。つまり、そうした行為は義務のために完遂されねばならない、ということでもあるのだ。なぜ? という疑問が再び生じる。なぜそうした倫理的行為は、新たな現実に既存の規範を当てはめる行為としては完遂されえないのだろうか。

現実が発する新たな要求に応じるために法規範を変えるならば(たとえば、カトリック穏健派が「現実主義的」になり、新時代に対して部分的に譲歩し、夫婦間の性交渉にかぎって避妊を認めるという場合のように)、法からその尊厳をア・プリオリに奪うことになる。なぜなら、そのときわれわれは、功利主義的なやり方で、パトローギッシュな利益=関心(幸福)に関する満足度を増大させうる道具として法規範を扱っているからだ。これが意味しているのは、法をめぐる厳格な形式主義(どれほど犠牲を払うことになろうと、無条件に、事情の如何にかかわらず、法の文言を厳守すべきだ)と、プラグマティックで功利的な日和見主義(法規範には柔軟性がある。法は生活の必要に応じて修正すべきだ。法は、それ自体が目的なのではなく、生活する生身の人間の要求を満たすものでなければならない)とは、同じコインの裏と表であるということだ。というのは、この両者はどちらも、義務のために果たされる倫理的行為として規範を侵犯する、という考え方を排除していることで成立しているからである。さらに言えば、根源的悪とは、最も極端な場合、規範を乱暴に破ることではなく、パトローギッシュな理由から規範に服従することなのである。間違った理由から正しいことを行うこと、自分の利益になるから法に従うということは、たんに法を侵犯するよりもはるかに悪いことなのだ。直接的な侵犯行為はたんに法を破るだけで、法の尊厳はそのまま保たれるが、他方、間違った理由から正しいことを行うことは、法を尊重されるべきものとして扱わず、法を人間のパトローギッシュな利益=関心のための道具にまで貶めることであって、法の尊厳をその内側から掘り崩すことなのだーーそれはもはや法の外部からの侵犯ではなく、法の自己破壊、法の自殺行為である。言いかえると、悪の形式をめぐる伝統的な位階序列は次のように転倒されねばならない。一番の悪は、外面的な合法性、パトローギッシュな理由から法を遵守することである。次にくるのは、たんなる法律違反、法を無視することだ。最後に、間違った(パトローギッシュな)理由から正しい(倫理的な)ことを行うこととは正反対の行為がくる。それはつまり、正しい理由から間違ったことを行うこと、倫理規範を、パトローギッシュな理由からではなくただその規範のために破るという行為である(カントはこうした行為をーーそれが行われる可能性は否定したけれどもーー悪魔的悪と呼んだ)。そのような悪を、形式的に善から区別することはできないのだ。

したがって、倫理的行為は、義務感から成し遂げられる行為であるばかりか、アクチュアルな効果を与えるものでもあり、現実に介入するものでもある、というだけではない。アクチュアルな結果をもたらすという意味で、現実への介入以上のことをするのである。つまり、倫理的行為は何が現実であるのか定義し直すものである、ということだ。本当の道徳的行為において、内面と外面、内的意図と外的結果は一致する。それらは同じコインの裏と表なのだ。(ジジェク「「メランコリーと行為」鈴木英明訳)

2015年7月14日火曜日

「意志」というものはない、あるいは遠近法的倒錯(ニーチェ)

私はあのとき「Aを選ばないこともできたはずだ」という信念を抱くからこそ、私はAを自由に選んだと了解しているのです。つまり、自由とは、みずから実現したある過去の意図的行為に対して、「そうしないこともできたはずだ」(他行為可能)という信念とともに生じてくる。(中島義道『後悔と自責の哲学』)

――という文をツイッターで拾ったので、いくらかの備忘メモ。

《「意志の不自由か自由か? 「意志」というものはない。これは「物質」と同じく、悟性が単純化するために構想したものにすぎない。すべての行為は、それが意欲される以前に、可能なものとしてまず機械的に準備されていなければならない。ないしは、「目的」は、たいてい、その遂行の準備がととのえられたときにはじめて思い浮かぶ。》(ニーチェ『権力への意志』)

…………

柄谷)ドゥルーズは超越論的といいますが、これもまさにカント的な用法ですが、これを正確に理解している人はドゥルーズ派みたいな人にはほとんどいない。カントの超越論という観点は、ある意味で無意識論なんです。実際、精神分析は超越論的心理学ですし、ニーチェの系譜学も超越論的です。(……)

ア・プリオリという言葉がありますけど、ア・プリオリというものは、実際には事後的なんです―――無意識がそうであるのと同じように。それがほとんど理解されていない。さっき言った様相のカテゴリーはア・プリオリですが、それはたとえば可能性が先にあってそれが現実化されるというような意味ではまったくない。可能性とは事後的に見いだされるア・プリオリです。最近、可能世界論などといっている連中は、こんな初歩的なこともわかっていない。『批評空間』1996Ⅱー9共同討議「ドゥルーズと哲学」(財津/蓮實/前田/浅田/柄谷行人)
――私は私の行為する時点において、決して自由ではないのである。それどころかたとえ私が自分の現実的存在の全体は、なんらかの外来の原因(神のような) にまったくかかわりがないと思いなしたところで、従ってまた私の原因性の規定根拠はおろか私の全実在の規定根拠すら、私のそとにあるのではないと考えてみ たところで、そのようなことは自然必然性を転じて自由とするわけにはいかないだろう。私はいかなる時点においても、依然として〔自然〕必然性に支配され、 私の自由にならないものによって、行為を規定されているからである。それにまた私は、すでに予定されている〔自然必然的な〕秩序に従って出来事の無限の系列――  すなわち<a parte priori(その前にあるものから)>つぎつぎに連続する系列をひたすら追っていくだけで、私自身が或る時点にみずから出来事を始めるというわけにいか ないのである。要するに一切の出来事のこういう無際限な系列は、自然における不断の連鎖であり、従ってまた私の原因性は決して自由ではないのである。 (カント『実践理性批判』、波多野精一他訳、岩波文庫)

《定理48 精神の中には絶対的な意志、すなわち自由な意思は存しない。むしろ精神はこのことまたはかのことを意志するように原因によって決定され、この原因も同様に他の原因によって決定され、さらにこの後者もまた他のの原因によって決定され、このようにして無限に進む。》(スピノザ『エチカ』)

スピノザは、われわれは情念を意志によって操作できない、だが、その「原因」を知ろうとすることはできるし、少なくともその間は情念からは自由であると考える。

彼は「自由意志」を批判する。しかし、それは、自由や意志を否定することではない。実際は諸原因に規定されているのに”自由”だと思い込んでいる状態に対して、超越論的であろうとする意志(=知性)に、スピノザは自由を見出すのである。(柄谷行人『探求Ⅱ』)
スピノザは、身体からくる受動感情(情念)を”意志”によって克服しようとする姿勢を否定する。感情に対しては、われわれはその原因を知ろうと努めることしかできない。感情にとってかわるのは、意志ではなく、もう一つの感情である。いいかえれば、意志そのものが、われわれが複雑すぎるがゆえにその原因を知らないところの欲望(意識された衝動)にほかならない。くりかえしていうが、スピノザはそのような感情や欲望の不可避性を承認しようとするのであって、それを理性や意志によって克服しようとする態度を否定するのである。

《感情は、それと反対の、しかもその感情よりもっと強力な感情によらなければ抑えることができない》(『エチカ』)。これは、ある意味で、フロイトが宗教についていったことを想起させる。フロイトの考えでは、宗教は集団神経症である。神経症を意志によって克服することはできない。が。彼は、ひとが宗教に入ると、個人的神経症から癒えることを認めている。それは、ある感情(神経症)を除去するには、もっと強力な感情(集団神経症)によらねばならないということである。むろんフロイトは、神経症を集団神経症によって癒すことに反対である。困難であるとしても、個人的・集団神経症に対して立ち向かう方法がひとつある。それはスピノザのいったつぎのことである。

受動の感情は、われわれがその感情についての明瞭・判明な観念を形成すれば、ただちに受動の感情ではなくなる》(『エチカ』)。

つまり、それについて「明瞭・判明な観念」をもつこと以外には、受動性のなかにある状態から出られないと、スピノザはいうのだ。この場合、彼は感情のみについて語っているけれども、「受動性」はすべての「意識」についてあてはまる。真理の意識さえでも表象であり、受動性においてある。真理としてのイデオロギーを越えるのは、いつも別の真理のイデオロギーである。

こ こで、すでに示唆してきたように、いくつかの疑問が生じる。それは先ず、真理の意識そのものを表象とみなす「観念」は、それ自体意識ではないのか、ということだ。これはつぎのようにもいいかえられる。われわれが自然史のなかにあり、受動性=表象のなかにあって、それを超越しうるという考えそのものが表象に すぎないとするならば、そのようにいうこと自体は超越なのではないか、と。あるいは、個としての主体を受動的な表象とみなすとき、なおそれをそのようにみ なす主体があるのではないか、と。(柄谷行人『探求Ⅱ』)

だがスピノザのいう受動の感情とは、究極的にはなんだろう。

ーーー汝の生み出した行為の内なる死の欲動を、決してしらばくれることなしに汝自身のものと認めよ。

権力への意志が原始的な欲動=情動(Affekte)形式であり、その他の欲動(Affekte)は単にその発現形態であること、――(……)「権力への意志」は、一種の意志であろうか、それとも「意志」という概念と同一なものであろうか?――私の命題はこうである。これまでの心理学の意志は、是認しがたい普遍化であるということ。こうした意志はまったく存在しないこと。(ニーチェ遺稿 1888年春)
最も純粋な超自我の審級……不可解な審級、それがわれわれを操り、自己破壊の渦巻く奈落へと導く。

超自我の機能は、まさにわれわれ人間存在を構成する恐怖の動因、人間存在の非人間的な核を途方に暮れさせることにある。この次元とは、ドイツの観念論者が否定性と呼んだものであり、そしてまたフロイトが死の欲動と呼んだものである。現実界のトラウマ的な固い核、――そこから昇華がわれわれを保護してくれるーーその核であるどころか、超自我そのものが現実界を仕切っている仮面なのである。(ZIZEK"LESS THAN NOTHING"私訳)


…………

……いまや、自然が自分のためにいかなる目的もたてず、またすべての目的因が人間の想像物にすぎないことを示すために、われわれは多くのことを論ずる必要はない。(……)だが、私はさらにこの目的に関する説が自然についての考えをまったく逆転させてしまうことをつけ加えておきたい。なぜならこの目的論は、実は原因であるものを結果と見なし、反対に〈結果であるものを原因〉と見なすからである。(スピノザ『エチカ』第一部付録)

この「原因であるものを結果と見なし、反対に〈結果であるものを原因〉と見なす」態度を「遠近法的倒錯」と呼ぶ。この倒錯をわれわれはほとんどつねにやってしまっている、たとえスピノザやカントの言葉を頭で「理解」していようと、いつのまにか「遠近法的倒錯」に囚われている。

カントがいう「批判」は、ふつうにわれわれがいう批判とはちがっている。つまり、ある立場に立って他人を批判することではない。それは、われわれが自明であると思っていることを、そういう認識を可能にしている前提そのものにさかのぼって吟味することである。「批判」の特徴は、それが自分自身の関係するということにある。それは、自らをメタ(超越的)レベルにおくのではない。逆に、それは、いかなる積極的な立場をも、それが二律背反に陥ることを示すことによって斥ける、つまり、「批判」は超越論的なのである。

しかし、カントの「批判」を、べつに「批判哲学」のように限定して考える必要はない。たとえば、今日デリダやド・マンのいうディコンストラクションは、「批判」以外の何であろうか。それは、一義的な意味(真理)を、決定不能性(二律背反)に追いこむことによって無効化するものだし、批判(解体)ではなく、「批判」(脱構築)なのである。「超越論的」という言葉も同様である。それをとくにフッサールのいう意味に限定する必要はない。

したがって、私は、超越論的ということを、自己意識の構造や自我の統一などといった問題に限定しないで、われわれが経験的に自明且つ自然であると思っていることをカッコにいれ、そのような思いこみを可能にしている諸条件を吟味(批判)することだという意味で考える。

すると、これは狭義の認識論に領域にとどまりえないことがわかる。たとえば、近代の思考が、デカルト的な二元論の機制の下にあると言うことは、それ自体超越論的なのだ。なぜなら、それは、われわれにとって自明且つ自然にみえていることがらをカッコにいれ、それをそのように受けとめさせている認識論的枠組そのものを吟味するということだからである。

しかし、これはいわゆる歴史的に考えるということと似て非なるものだ。ふつうの歴史的思考は、現代の認識論的枠組で過去を構成し解釈することでしかないからである。ニーチェがこのような「歴史主義」を攻撃する一方で、「歴史的に考える」ことを説いたことは矛盾しない。後者は、前者を超越論的に考察することにほかならない。

混乱を避けるために、後者を「系譜学的」と呼ぶことにしよう。系譜学的であることは、結果であるものを原因とみなす「認識の遠近法的倒錯」をえぐり出すことである。ニーチェがいう「歴史性」は、歴史的に規定されているということではなくて、この遠近法的な倒錯性ということなのだ。

けれども、こういう考え方はニーチェに固有のものではない。たとえば、マルクスもいっている。

《歴史とは、個々の世代の連続的交代にほかならない。それらのどの世代も、それ以前の全世代が贈った諸材料、諸資本、生産諸力を利用する。したがって各世代は、一面ではまったく変化した状況で、継承した活動を続行するのであり、他面ではまったく変化した活動によって、これまでのふるい状況の姿を変更するのである。ところが、思弁的にゆがめられたかたちでこれがとらえられると、後代の歴史が、前代の歴史の目的にされてしまう。たとえば、アメリカの発見の根底には、フランス革命の勃発を助けるという目的があったというように。こうなると、歴史は、自分だけの特殊な目的をかかえており(《自己意識》、《批評》、《唯一者》などといった)、《他の諸登場人物にならぶ登場人物》の一人となるのであるが、しかし、前代の歴史の《使命》、《目的》、《萌芽》、《理念》といった言葉でしめされているものは、実際は、後代の歴史からの抽象物、前代の歴史が後代におよぼす能動的な影響の抽象物にすぎない。》(マルクス『ドイツ・イデオロギー』)

つまり、マルクスはすでに系譜学的なのである。歴史が倒錯的に構成されていること、発生論的記述が「自然成長的」な生成を結果から逆投射的に構成したにすぎないことを指摘する、そのときにのみ、彼は「歴史性」を見出すのである。それは一切の目的論に対する「批判」である。それは、俗にマルクス主義といわれる目的論的な歴史観とは正反対なのであるから、そんなものを批判したところで、マルクスをこえたことにはならない。

そもそも、このような系譜学はこえること(超越的)ではなく、超越論的なのである。たとえば、マルクスやニーチェが何といおうと、ひとは(彼ら自身も)“目的論的”に生きている。それを否定することはできない。だが、それをカッコにいれることはできる。たとえば、日常的にもの(客観)が私(主観)の前にあるという考え方を否定するならば、ひとはまず生きていけない。その自明性をとりあえず還元(カッコ入れ)しようとするのが超越論的ということであって、本当にその通りに生きてしまえば、分裂病者になるだろう。(柄谷行人『探求Ⅱ』p187-189)



2015年6月8日月曜日

超越論的享楽(Lorenzo Chiesa)

"Le Reel est à chercher du côté du zéro absolu" (Lacan, Seminar XXIII)

ーー《現実界は全きゼロの側に探し求められるべきだ。》

最後のラカンにとって、現実界は、象徴界の「内部にある」ものである。Dominiek Hoensと Ed Pluth のカント用語にての考察を捕捉すれば、人は同じように、最後のラカンは現実界の超越的概念から、超越論的概念に移行した、と言うことができる。 ( Lacan Le-sinthome by Lorenzo Chiesa)

超越的、すなわち、ときにラカンのセミネールⅩⅩ(アンコール)では、「神」概念と結びつけられる女性の享楽は否定されなければならない。それはセミネールⅩⅩⅢ(サントーム)を読めば明らかだ、--という Lorenzo Chiesaの見解である。それは”Subjectivity and OthernessA Philosophical Reading of Lacan”に詳しいが、いまはその前論文のいくつかからである。




この若い哲学的かつ政治的なラカン派Lorenzo Chiesaのいくつかの論を、ジジェクもその代表作である二つの大著『パララックス・ヴュー』(2006)で三度ほど、『LESS THAN NOTHING』(2012)で一箇所引用していることからも窺われるように、ジジェクのお気に入りの若きラカニアンとしてよいだろう。


Slavoj Žižek: 'The Animal Doesn't Exist' with Lorenzo Chiesa

われわれは「現実界の侵入は象徴界の一貫性を蝕む」という見解から、いっそう強い主張「現実界は象徴界の非一貫性以外のなにものでもない」という見解へと移りゆくべきだ。(ZIZEK『LESS THAN NOTHING』2012ーーフロイトの欲動二元論と一元論をめぐって)

ーーここにあるのは、一見、フロイトの快原則の彼方(あるいは前中期ラカン、セミネールⅩⅦ以前のラカン)の否定である。

人は言うことができる、セミネールⅩⅦのラカンにとって、享楽とはシニフィアンのそれ自身に対する不十分性inadequacyにあると。すなわち、無用な剰余を生み出すことなしに、“純粋に”機能することの不可能性inabilityであると。(ジュパンチッチAlenka Zupancic”WhenSurplus Enjoyment Meets Surplus Value" 2006ーー

「一見」と記したが、ただの一見ではないのかもしれない。それをめぐっては、「フロイトの欲動二元論と一元論をめぐって」にいくらか(曖昧なままに)記した。

ここでも曖昧なままLorenzo Chiesaに戻る。

◆“Lacan with Artaud: j'ouïs-sens, jouis-sans, jouis-sens”(Lorenzo Chiesa)より。

享楽は「痛みにおける快楽pleasure in pain」である。もっとはっきり言えば、享楽は対象aの享楽と等しい。後者aは、象徴界に穴を引き裂いて作る現実界の残余である。〈他者〉におけるリアルな穴real hole としての対象aは、剰余-残余のリアルの現前としての穴でもあり、かつ、全体のリアルWhole Real(最初の場には、そこに決していない原初のリアルprimordial Real)の不在、すなわち享楽の不在としての穴である。

リアルrealな残余のこの現前は、実際のところ、何を構成しているのか? その最も純粋なものとしては、剰余享楽(部分欲動)としての「a」の享楽は、享楽の欠如を享楽することのみを意味する。というには、享楽するものは他になにもないのだから。

「享楽の欠如を享楽する」、ーーこれが享楽(剰余享楽)だ、とLorenzo Chiesaは言っている。もちろんここで我々は、ニーチェの『道徳の系譜』の最後のパッセージを抜き出すこともできる。

私が最後にもう一度繰り返すならばこうであるーー人間は欲しないよりは、まだしも無を欲するものである、と……

Lorenzo Chiesaはラカンの享楽の四つのヴァリエーション、ファルスの享楽jouissance phallique、〈他者〉の享楽jouissance de l'Autre、他の享楽JA(l'autre jouissance)、斜線を引かれた〈他者〉の享楽JȺは、事実上すべて対象a の享楽であるとしている。

ラカン後期のセミネール、そのなかでも最も注目に値するのはセミネールXXIIIにて、ラカンは少なくとも四つの異なった享楽概念の形態を活用しているが、にもかかわらず、私の意見では、直接的あるいは間接的に、すべて対象aに繋がっている。(Subjectivity and Otherness A Philosophical Reading of Lacan” 2007)

そして女性の享楽 jouissance feminine とは、アンコールのセミネールでは、他の享楽JAであったものが、ジョイス(サントーム)のセミネールでは、JȺになったとしている。JȺとはsinthomeサントームのことでもあり、Chiesaの本来の議論の核心は、政治的サントームをめぐる。

おそらく、それはジジェクの次の叙述にかかわっており、そこにミレールの享楽論Les six paradigmes de la jouissance批判(吟味)があるのだが、いまはその話題ではない。

主人のシニフィアンは、無意識のサントーム、享楽の暗号である。主体はそのシニフィアンに、知らないままで主体化されている。(ジジェク『パララックス・ヴュー』ーーラカン派の二種類のサントーム・症状

Chiesaが注目するのは、セミネールⅩⅩⅡの最初に表れた「ボロメオの輪」からセミネールⅩⅩⅢにおけるそれとの移行である(JA → JȺ)(“Subjectivity and OthernessA Philosophical Reading of Lacan”より)。







ーーいまは、これについては(いまだ未消化のため)触れない。

上にその断片を掲げたLacan with Artaud: j'ouïs-sens, jouis-sans, jouis-sens”(Lorenzo Chiesa)をもう少し長く引用(おぼつかない私訳で)しておく。

…さて、私は今、享楽にかんして、一連の基本的な命題を明確に述べよう。セミネールXXIII (1975-1976)の特権的な視点に立って、である。私の意見では、この仕事において、ラカンは最終的に、「〈他者〉の〈他者〉はいない」という事実の十全な結果を引き受けた。

我々は思い出す必要がある、「象徴的な〈他者〉の他者はいない」という金言を。この本質的な意味は、象徴的な〈他者〉はいかなる〈他〉の外部の引受人(たとえば、父の名の普遍的〈法〉)によっても正当化されない、かつまた象徴界は非-全体である、ーーこの限りで、象徴界にかんするリアルな他者性はもはや可能でないということだ。

言い換えれば、セミネールVIIに対して、最後のラカンにとっては、象徴界によって「殺害された」原初の〈一者〉は存在しないということ、すなわち象徴界の内部の現実界ーーすなわち、(想像界とつながった)象徴界に「穴を開ける」現実界ーーの局面を超えた「純粋な」原初のリアル(「本当のリアル」)は存在しないということだ。

さらに、強調されねばならないことは、ラカンにとって、「原初の〈一者〉primordial One」ーーあるいは「本当のリアルreal Real」ーーは、非-一者not-One である、まさに、バディウが言うように、それは〈一〉と数えられないものである限りで。すなわち、実際には、それはゼロに一致する。

セミネールXXIIIからの鍵となるパッセージにて、ラカンは指摘している、「現実界は全きゼロの側に探し求められねばならない」と。というのは、燃え盛る火 [享楽の「巨塊」] は、ただ現実界の仮面なのだから。我々は、このゼロを、ただ「偽の」象徴界的/想像界的な〈一者〉(ラカンが呼ぶところの「見せかけsemblant」の場からのみ遡及的に考えうる。もうすこし上手くいうなら、我々は、このゼロを、あたかも〈一者〉ーー典型的〈一者〉ーーがあるかのようにして、この「偽の」〈一者〉の場からのみ、遡及的に考えうる。

別の言い方をしよう。ゼロはそれ自体、無である。とはいえ、「偽の」〈一者〉の限定された視野からみたら何かなのである。物自体はそれ自体、無-物no-thing である(ラカンがl'achoseと言ったように)。言い換えれば、ゼロは、本当のリアルの、つねに-既に喪われた神話的な享楽と同じものである。すなわち、「偽の」〈一者〉は、「〈一者〉を作る」ーー象徴構造における穴を塞ぐcork the holeーーために、対象aという「偽の」享楽が必要なのである。このようにして、遡及的に、元来から喪われている全き享楽の錯覚を創造する。

享楽は「痛みにおける快楽pleasure in pain」である。もっとはっきり言えば、享楽とは対象aの享楽と等しい。後者aは、象徴界に穴を引き裂いて作る現実界の残余である。〈他者〉におけるリアルな穴real hole としての対象aは、剰余-残余のリアルの現前としての穴でもあり、かつ、全体のリアルWhole Real(最初の場には、そこに決していない原初のリアルprimordial Real)の不在、すなわち享楽の不在としての穴である。

リアルrealな残余のこの現前は、実際のところ、何を構成しているのか? その最も純粋なものとしては、剰余享楽(部分欲動)としての「a」の享楽が意味するのは、享楽の欠如を享楽することのみである。というには、享楽するものは他になにもないのだから。

これは、セミネールXVII (1969-1970) にてラカンが次のように言った理由を説明してくれる、「人は、剰余享楽 [例えば、対象aの享楽]があると見せかけている[faire semblant] 。多くの人はいまだこの考えに囚われている」。享楽は苦しんでいる、なぜならそれはjouis-sans (享-無し)だから。ーーこの新造語を使うが、私が知り得るかぎり、これはラカンが作ったものではない。享楽の欠如を享楽することは、これゆえ、〈物〉の欠如を苦しむ/享楽することを意味する。〈物〉とは、無-物no-thing(l'achose)なのだ。

精神分析の主要な仕事の一つは、主体に欠如としての「a」を受けいれさせることだ。享楽が享-無jouis-sansであるなら、「もっとたくさん」あるいは「より少なく」享楽することは、享楽の存在presenceを決め込んでいる倒錯的位置からのみ意味をもつ。ここで作用するのは唯一ただ基礎的な相違のみである。すなわち、享-無jouis-sansである欠如を受けいれるかそうでないか。

主体の基本的な幻想(障害物としての)がきっぱりと解体されたときでさえーー精神病の場合に起こるようにーー、そこで問題になっているのは、享楽の「増加」ではなく、潜在的に破壊的な享-無jouis-sansである享楽の欠如を、うまく処理しえない象徴界の不能である。

言い換えれば、享楽を積み上げることはできない。というのはそれは欠如に頼っているのだから。すなわち、客観的に欠如を積み上げれない。我々が、– 1が完全な欠如以上の「何か」だと想定したときのみ、(–1) + (–1) = – 2と言うことができるだけだ。もし、最初から、欺瞞的に– 1 を + 1に変換していたら…。ラカンによれば、資本家の言説は、倒錯を典型的に表す、まさにそれがリアルの「a」(欠如)を蓄積された享楽として楽しむふりをする限りで。

享楽は、欲動と欲望のあいだにある分離できない関係の必要条件である。もっと正確にいえば、欲動は、無意識の欲望の部分的「マゾヒスティックな」満足を供給する。まさに享-無jouis-sansの不満足を通して、である。結果として、享楽は、一般的に、言語で欲望する存在としての人間の必要不可欠な前提条件である。

最も重要なのは、(対象aの)享楽は、言わば、避けがたくシニフィアンを「伴ない」つつ、しかもシニフィアンから分離したままであるだけではない。享楽はまたシニフィアン自体に出現する。言い換えれば、欲動は言葉で言い表さないものではない。それは、意味-享楽jouis-sensの偽装にて、シニフィアンのなかで「それ自身を発する」。享楽(より正確には、その欠如)は、また意味-享楽enjoy-meantなのだ。享-無Jouis-sansはまた意味senseの言語的欠如、象徴的知自体の固有の限界を示す。というのは、定義上、象徴的知は、無意識における非-全体だから、それはまた、「享楽の手段」として見なされるべきだ。

…………

冒頭の《最後のラカンは現実界の超越的概念から、超越論的概念に移行した》をめぐって、柄谷行人によるカント読解を付す。

『純粋理性批判』を出版した後、カントは、同書における記述の順序に関して、現象と物自体という区分について語るのは、弁証論におけるアンチノミーについて書いてからにすべきだったと述べている。

実際、現象と物自体の区別から始めたことは、彼のいわんとすることを、現象と本質、表層と深層というような、伝統的な思考の枠組みに引き戻す結果を招いてしまった。カント以後に物自体を否定した者は、そのようなレベルで考えているのである。また、ハイデガーのように物自体を擁護した者はそれを存在論的な「深層」として見いだしている。

しかし、物自体はアンチノミーにおいて見い出されるものであって、そこに何ら神秘的な意味合いはない。それは自分の顔のようなものだ。それは疑いもなく存在するが、どうしても像(現象)としてしか見ることができないのである。したがって重要なのは、「強い視差」としてのアンチノミーである。それのみが像(現象)でない何かがあることを開示するのだ。

カントがアンチノミーを提示するのは、必ずしもそう明示したところだけではない。たとえば、彼はデカルトのように「同一的自己」と考えることを、「純粋理性の誤謬真理」と呼んでいる。しかし、実際には、デカルトの「同一的自己はある」というテーゼと、ヒュームの「同一的自己はない」というアンチテーゼがアンチノミーをなすのであり、カントはその解決として「超越論的主観X」をもちだしたのである。(柄谷行人『トランスクリティーク』p81)
物自体に何ら神秘的な意味合いはない。カントは次のように警告している。

《一般に観念論の主張することろではこうである―――思考する存在者のほかには、いかなるものも存在しない、我々が直観において知覚すると信じている他の一切の物は、この思考する存在者のうちにある表象にすぎない、そしてこれらの表象には、思考する存在者の外にあるいかなる対象も実際に対応するものではない、というのである。

これに反して、私はこう主張する。―――物は、我々の外にある対象であると同時に、また我々の感官の対象として我々に与えられている。しかし物自体が何であるかということについては、我々は何も知らない、われわれはただ物自体の現れであるところの現象がいかなるものであるかを知るにすぎない、換言すれば、物が我々の感官を触発して我々のうちに生ぜしめる表象が何であるかを知るだけである。それだから、私とて、我々の外に物体のあることを承認する》(『プロレゴメナ』篠田英雄訳、岩波文庫)。

つまり、カントは世界も他我もわれわれが作ったものでなく、われわれに関係なく存在し生成していることを認めている。言い換えれば、われわれが「世界内存在」であることを。彼が物自体をいうのは、主観の受動性を強調するためである。 『トランスクリティーク』(岩波書店)第一部注p467)

※附記

思惟するこの自我、あるいは彼、あるいはそれ(物)によって表象されるのは、もろもろの思考の超越論的主観=Xに他ならない。この超越論的主観は自らの述語である思考によってのみ認識される。またこの超越論的主観については単独には我々は決していささかの概念も持ち得ない。だから、我々はこの主観をめぐって絶えざる循環のうちをさ迷わねばならい。というのも、この超越論的主観について何かあることを判断するためには、我々はつねにすでにこの超越論的主観の表象を用いなければならないからである。これが、自我の表象から分かちえない不都合さである。(『純粋理性批判』岩波版全集)


2015年3月29日日曜日

括弧入れとパララックス(超越論的態度)(柄谷行人=ジジェク)

以下、ほとんどが資料の列挙。

ヘーゲルがおこなったカントについての基本的な修正は、したがって、次のようなものである。理性の三つの領域(理論的・実践的・美的)は、主体の態度の移行、すなわち「カッコに入れること」で出現する。つまり、学の対象は、道徳的判断と美的判断をカッコに入れることで出現する。道徳的領域は、認識的–理論的関心と美的関心をカッコに入れることで出現する。美的領域は、理論的関心と道徳的関心をカッコに入れることで出現する。たとえば、道徳的関心と美的関心をカッコに入れるなら、人間は、自由ではない、因果的関連に全面的に条件づけられたものとしてあらわれる。逆に、理論的関心をカッコに入れるとすれば、人間は、自由で自律的な存在としてあらわれる。したがって、もろもろのアンチノミーは物象化されるべきではない — アンチノミーをなす複数の立場は、主体の能度の移行によって生みだされる。柄谷の画期的成功は、しかしながら、そのようなパララックスな読みかたをマルクスに適用したこと、マルクスその人をカント主義者として読んだことにある。 (ジジェク『パララックス・ヴュー』P.94)

ここでジジェクは『トランスクリティーク』の記述における柄谷行人のパララックスな読み方を顕揚しているのだが、すこし遡って別の書物から、あるいは『トランスクリティーク』出版の前後の小論から引用してみよう。

カントは、ある対象に対するわれわれの態度を、これまでの伝統的区別にしたがって、三つに分けている。ひとつは、真か偽かという認識的な関心、第二に、善か悪かという道徳的な関心、もうひとつは、快か不快かという趣味判断。(……)

カントが趣味判断のための条件としてみたのは、ある物を「無関心」において見ることである。無関心とは、さしあたって、認識的・道徳的関心を括弧に入れることである。というのも、それらを廃棄することはできないからだ。

しかし、このような括弧入れは、趣味判断に限定されるものではない。科学的認識においても同様であって、他の関心は括弧に入れられねばならない。たとえば、外科医が診察・手術において、患者を美的・道徳的に見ることは望ましくないであろう。また、道徳的レヴェル(信仰)においては、真偽や快・不快は括弧に入れられなければならない。こうした括弧入れは近代的なものである。それはまず近代の科学認識が、自然に対する宗教的な意味づけや呪術的動機を括弧に入れることによって成立したことから来ている。ただし、他の要素を括弧に入れることは、他の要素を抹殺してしまうことではない。(柄谷行人「建築の不純さ」2001)

この小論と似たような文章が、『トランスクリティーク』にも現われる。外科医という具体的な例が挙げられているので、敢えてここに掲げたが、やはりより明晰に書かれている『トランスクリティーク』からも抜き出そう。

……カントは美が対象に対する没関心性において見いだされるといっている。それはいわば、関心を括弧に入れることである。いかなる関心か? 知的・道徳的関心である。われわれはある対象に対して、真か偽か、善か悪か、快か不快かという、少なくとも三つの領域で同時にそれを受けとめる。通常、それらは混然と錯綜している。或るものが芸術作品となるのは、他の関心を括弧に入れてそれを享受することによってである。しかし、カントが趣味判断の特性としたことは、認識に関しても道徳に関してもあてはまる。近代の科学では、対象認識において、道徳的・美的判断は括弧に入れなければならない。同様に、カントは道徳に関しても「純粋化」を試みる。道徳的領域は快や幸福を括弧に入れることによって存在するのである。むろん、それらを括弧に入れることはそれらを否定することではない。

そうすると、カントが第三アンチノミーを両立可能だとする解決はなんら驚くべきことではない。すべての事柄が自然原因によって決定されるという考えは、自由を括弧に入れるという態度によってもたらされる。逆に、自然原因による決定を括弧に入れるとき、自由ということが生じる。どちらが正しいのかは問題ではない。問題は、われわれは道徳的・美的次元を括弧に入れることによって認識的領域を獲得するのだが、その括弧はいつでも外されなければならないということにある。同じことが道徳的領域や美的領域に関してもいえる。一つの立場からすべてを説明しようとするとき、アンチノミーに出会うのだ。(……)ここで一つだけいっておきたいのは、認識的・道徳的・美的領域はある態度変更(超越論的還元)によって確定されることであり、それらがあらかじめ存在するのではないということである。(柄谷行人『トランスクリティーク』P.69)

ここにある《或るものが芸術作品となるのは、他の関心を括弧に入れてそれを享受することによってである》については、デュシャンの「小便器」の例が挙げられている(参照:美術館という場の力、あるいはラカンの「四つの言説」)。


次ぎは、1989年に上梓された『探求Ⅱ』からである。

カントがいう「批判」は、ふつうにわれわれがいう批判とはちがっている。つまり、ある立場に立って他人を批判することではない。それは、われわれが自明であると思っていることを、そういう認識を可能にしている前提そのものにさかのぼって吟味することである。「批判」の特徴は、それが自分自身の関係するということにある。それは、自らをメタ(超越的)レベルにおくのではない。逆に、それは、いかなる積極的な立場をも、それが二律背反に陥ることを示すことによって斥ける、つまり、「批判」は超越論的なのである。

しかし、カントの「批判」を、べつに「批判哲学」のように限定して考える必要はない。たとえば、今日デリダやド・マンのいうディコンストラクションは、「批判」以外の何であろうか。それは、一義的な意味(真理)を、決定不能性(二律背反)に追いこむことによって無効化するものだし、批判(解体)ではなく、「批判」(脱構築)なのである。「超越論的」という言葉も同様である。それをとくにフッサールのいう意味に限定する必要はない。

したがって、私は、超越論的ということを、自己意識の構造や自我の統一などといった問題に限定しないで、われわれが経験的に自明且つ自然であると思っていることをカッコにいれ、そのような思いこみを可能にしている諸条件を吟味(批判)することだという意味で考える。

すると、これは狭義の認識論に領域にとどまりえないことがわかる。たとえば、近代の思考が、デカルト的な二元論の機制の下にあると言うことは、それ自体超越論的なのだ。なぜなら、それは、われわれにとって自明且つ自然にみえていることがらをカッコにいれ、それをそのように受けとめさせている認識論的枠組そのものを吟味するということだからである。

しかし、これはいわゆる歴史的に考えるということと似て非なるものだ。ふつうの歴史的思考は、現代の認識論的枠組で過去を構成し解釈することでしかないからである。ニーチェがこのような「歴史主義」を攻撃する一方で、「歴史的に考える」ことを説いたことは矛盾しない。後者は、前者を超越論的に考察することにほかならない。

混乱を避けるために、後者を「系譜学的」と呼ぶことにしよう。系譜学的であることは、結果であるものを原因とみなす「認識の遠近法的倒錯」をえぐり出すことである。ニーチェがいう「歴史性」は、歴史的に規定されているということではなくて、この遠近法的な倒錯性ということなのだ。

けれども、こういう考え方はニーチェに固有のものではない。たとえば、マルクスもいっている。

《歴史とは、個々の世代の連続的交代にほかならない。それらのどの世代も、それ以前の全世代が贈った諸材料、諸資本、生産諸力を利用する。したがって各世代は、一面ではまったく変化した状況で、継承した活動を続行するのであり、他面ではまったく変化した活動によって、これまでのふるい状況の姿を変更するのである。ところが、思弁的にゆがめられたかたちでこれがとらえられると、後代の歴史が、前代の歴史の目的にされてしまう。たとえば、アメリカの発見の根底には、フランス革命の勃発を助けるという目的があったというように。こうなると、歴史は、自分だけの特殊な目的をかかえており(《自己意識》、《批評》、《唯一者》などといった)、《他の諸登場人物にならぶ登場人物》の一人となるのであるが、しかし、前代の歴史の《使命》、《目的》、《萌芽》、《理念》といった言葉でしめされているものは、実際は、後代の歴史からの抽象物、前代の歴史が後代におよぼす能動的な影響の抽象物にすぎない。》(マルクス『ドイツ・イデオロギー』)

つまり、マルクスはすでに系譜学的なのである。歴史が倒錯的に構成されていること、発生論的記述が「自然成長的」な生成を結果から逆投射的に構成したにすぎないことを指摘する、そのときにのみ、彼は「歴史性」を見出すのである。それは一切の目的論に対する「批判」である。それは、俗にマルクス主義といわれる目的論的な歴史観とは正反対なのであるから、そんなものを批判したところで、マルクスをこえたことにはならない。

そもそも、このような系譜学はこえること(超越的)ではなく、超越論的なのである。たとえば、マルクスやニーチェが何といおうと、ひとは(彼ら自身も)“目的論的”に生きている。それを否定することはできない。だが、それをカッコにいれることはできる。たとえば、日常的にもの(客観)が私(主観)の前にあるという考え方を否定するならば、ひとはまず生きていけない。その自明性をとりあえず還元(カッコ入れ)しようとするのが超越論的ということであって、本当にその通りに生きてしまえば、分裂病者になるだろう。(柄谷行人『探求Ⅱ』p187-189) 

『トランスクリティーク』より後に書かれた小論からも抜き出すことにする。

思想は実生活を越えた何かであるという考えは、合理論である。思想は実生活に由来するという考えは、経験論である。その場合、カントは、 合理論がドミナントであるとき経験論からそれを批判し、経験論がドミナントであるとき合理論からそれを批判した。つまり、彼は合理論と経験論というアンチノミーを揚棄する第三の立場に立ったのではない。もしそうすれば、カントではなく、ヘーゲルになってしまうだろう。 この意味で、カントの批判は機敏なフットワークに存するのである。ゆえに、私はこれをトランスクリティークと呼ぶ。(柄谷行人「丸山真男とアソシエーショニズム (2006)

ここでの柄谷行人は、カントの三つの領域(理論的・実践的・美的)ではなく、合理論/経験論という二項対立で記述している。われわれが、日常的に考えるときは、まずはこの二項でよいのかもしれない。たとえば、元「しばき隊」の代表者野間易通は、合理論の立場からは批判できるし、経験論の立場からは顕揚できる。

①経験論の立場からの顕揚→旧「レイシストをしばき隊」<首謀者>野間易通
②合理論の立場からの批判→元「しばき隊」諸君の「ポストモダンと冷笑」批判


逆に、より精密に分類するのなら、カントの三つの領域以外に、ラカンの「欲望」の領域ーー《Insofar as—following Lacan—the core of Kant’s thought can be defined as the “critique of pure desire,” is not the passage from Kant to Hegel then precisely the passage from desire to drive?》(ZIZEK,LESS THAN NOTHING 2012)、さらには「利益」の領域ーー《見逃してはならないのは、「利益」(interest)という観点である》(柄谷行人『美学の効用』)--なども考える必要があるのだろう。

いずれにせよ、大切なのは、パララックス(強い視差)な視点である。

以前に私は一般的人間悟性を単に私の悟性の立場から考察した、今私は自分を自分のでない外的な理性の位置において、自分の判断をその最もいそかなる動機もろとも、他人の視点から考察する。両方の考察の比較はたしかに強い視差を生じはするが、それは光学的欺瞞を避けて、諸概念を、それらが人間性の認識能力に関して立っている真の位置におくための、唯一の手段でもある。(カント『視霊者の夢』)

…………


さて、ジジェクが多いに顕揚した『トランスクリティーク』(2001)からだが、ここでは敢えて「括弧」という言葉が現われていない文章を引用する。この箇所には、冒頭のジジェク曰くの「柄谷の画期的成功」、すなわち、《パララックスな読みかたをマルクスに適用したこと、マルクスその人をカント主義者として読んだこと》の要点がまとめられているからである。

『資本論』がそれ以前の仕事と決定的に異なるのは、(……)価値形態論の導入においてである。それは五〇年代の『グルントリセ』や『経済学批判』にはなかったものだ。われわれはむしろ『資本論』を、それらの仕事との「微細な差異」においても読むべきである。なぜなら、「微細なものにおいて明証される差異は、関係が大きな次元で考察されるとき、よりたやすく示される」からである。マルクスの「転回」が一度きりだとみなすことは、これがどれほど重要かを見逃すことになる。もう一つの例を挙げよう。ルクスは『経済学・哲学草稿』を書く以前に、一八四三年に次ぎのように書いている。


《国家の状態を研究する場合には、人はややもすると、諸関係の客観的本性を見のがして、すべてを行為する諸個人の意思から説明しようとする。だが、民間人の行為や個々の官庁の行為を規定し、あたかも呼吸の仕方のようにそれらの行為から独立している緒関係というものが存在する。最初からこの客観的立場にたつならば、善意もしくは悪意を一方の面でも他方の面でも例外として前提とすることなく、一見して諸個人だけが作用しているように見えるところに(客観的)緒関係が作用しているのが見られるだろう。ある事物が緒関係によって必然的に生じるということが証明されれば、どういう外的諸事情のもとでそれが現実に生まれざるをえなかったか、またその必要性がすでに存在していたのにどういうわけで生まれることができなかったかを発見することは、もはや困難なことではなくなるだろう。使用された物質がどういう外的事情のもとで化合するものかということを化学者が決定するのとほとんど同じ確実さをもって、人はこのことを決定することができるだろう。》(マルクス「モーゼル通信員の弁護」崎山耕作訳)


これは、『資本論』の序文において、マルクスがここでは資本家や地主を経済的なカテゴリーの人格的な担い手とみなし、彼らの主観的な意志や責任を問わないということを強調した条りを想起させる。彼の「自然史的立場」は、すでにここにおいて明瞭である。(……)もちろん、このようにいうことは、マルクスが初期から変わっていないということではない。その逆に、マルクスの思想が、類似したものの中での「微妙な差異」において読まれるべきことを意味するのである。

最後に付け加えておくが、私は『資本論』にマルクスの仕事の最高の達成を見出すにもかかわらず、それをマルクスの最終的な立場として見做すべきでない、と考えている。それはこの本が未完成であるというだけではない。重要なのは、(……)マルクスがたえず移動し転回しながら、それぞれのシステムにおける支配的な言説を「外の足場から」批判していることである。しかし、そのような「外の足場」は何か実体的にあるのではない。彼が立っているのは、言説の差異でありその「間」であって、それはむしろいかなる足場をも無効化するのである。重要なのは、観念論に対しては歴史的受動性を強調し、経験論に対しては現実を構成するカテゴリーの自律的な力を強調する、このマルクスの「批判」のフットワークである。基本的に、マルクスはジャーナリスティックな批評家である。このスタンスの機敏な移動を欠けば、マルクスのどんな考えをもってこようがーー彼の言葉は文脈によって逆になっている場合が多いから、どうとでもいえるーーだめなのだ。マルクスに一つの原理(ドクトリン)を求めようとすることはまちがっている。マルクスの思想はこうした絶え間ない移動と転回なしの存在しない。(柄谷行人『トランスクリティーク』PP.249-250)

《『資本論』の序文において、マルクスがここでは資本家や地主を経済的なカテゴリーの人格的な担い手とみなし、彼らの主観的な意志や責任を問わないということを強調した条りを想起させる》とある。その想起させる『資本論』序文とそれに引き続く柄谷自身の叙述をも抜き出しておこう。

《ひょっとしたら誤解されるかもしれないから、一言しておこう。私は資本家や土地所有者の姿をけっしてばら色に描いていない。そしてここで問題になっているのは、経済的範疇(カテゴリー)の人格化であるかぎりでの、一定の階級関係と利害関係の担い手であるかぎりでの人間にすぎない。経済的社会構成の発展を自然史的過程としてとらえる私の立場は、他のどの立場にもまして、個人を諸関係に責任あるものとはしない。個人は、主観的にはどれほど諸関係を超越していようと、社会的にはやはり諸関係の所産なのである。》(『資本論』第一巻「第一版へのまえがき」)

ここでマルクスがいう「経済的カテゴリー」とは、商品や貨幣のようなものではなくて、何かを商品や貨幣たらしめる価値形態を意味する。『グルントリセ』においても、マルクスは商品や貨幣というカテゴリーを扱っていた。『資本論』では、彼は、それ以前に、何かを商品や貨幣たらしめる形式に遡行しているのである。商品とは相対的価値形態におけれるもの(物、サービス、労働力など)のことであり、貨幣とは等価形態におけれるもののことである。同様に、こうしたカテゴリーの担い手である「資本家」や「労働者」は、諸個人がどこに置かれているか(相対的価値形態か等価形態か)によって規定される。それは彼らが主観的に何を考えていようと関係がない。

ここでいわれる階級は、経験的な社会学的な意味での階級ではない。だから、現在の社会において、『資本論』のような階級関係は存在しないというような批判は的外れである。現在だけでなく、過去においても、どこでもそのように単純な階級関係は存在しなかった。そして、マルクスが具体的な階級関係を考察するとき、諸階級の多様性、そして言説や文化の多様性について非常に敏感であったことは、『ルイ・ポナパルドのブリュメールの一八日』のような仕事を見れば明らかなのだ。一方、『資本論』では、マルクスは、資本制経済に固有の階級関係を価値形態という場において見ている。その意味では、『資本論』の認識はむしろ今日の状況によりよく妥当するといってよい。たとえば、今日では、労働者の年金は機関投資家によって運用されている。つまり、労働者の年金はそれ自身資本として活動するのである。その結果、それが企業を融合しリストラを迫ることになり、労働者自身を苦しめることになる。このように、資本家と労働者の階級関係はきわめて錯綜している。そして、それはもう実体的な階級関係という考えではとらえられないように見える。しかし、商品と貨幣、というよりも相対的価値形態と等価価値形態という非対称的な関係は少しも消えていない。『資本論』が考察するのはそのような関係の構造であり、それはその場に置かれた人々の意識にとってどう映ってみえようと存在するのである。(柄谷行人『トランスクリティーク』p40-41)

ーーこれ以外のいくらかは、「「強い視差 parallax」、あるいは「超越論的」」を見よ。

 巷間の多くの論者が「括弧入れ」、あるいは「パララックスな観点」が欠けていることについては、写真をめぐって記事を書いたことがある→ 「写真の本質の飼い馴らし、あるいは白痴が微笑む世界


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※附記

上の『探求Ⅱ』の引用において、ニーチェの「歴史主義」と攻撃と「歴史的に考えること」=「系譜学的」とされ、《後者は、前者を超越論的に考察することにほかならない》とあった。そして、《私は、超越論的ということを、自己意識の構造や自我の統一などといった問題に限定しないで、われわれが経験的に自明且つ自然であると思っていることをカッコにいれ、そのような思いこみを可能にしている諸条件を吟味(批判)することだという意味で考える》ともあった。

ところで、下の文には、ニーチェが《忘れているのは、時にその括弧を外して見なければならないということである》とある。

《「然り」〔Ja〕への私の新しい道。--私がこれまで理解し生きぬいてきた哲学とは、生存の憎むべき厭うべき側面をみずからすすんで探求することである。(中略)「精神が、いかに多くの真理に耐えうるか、いかに多くの真理を敢行するか?」--これが私には本来の価値尺度となった。(中略)この哲学はむしろ逆のことにまで徹底しようと欲するーーあるがままの世界に対して、差し引いたり、除外したり、選択したりすることなしに、ディオニュソス的に然りと断言することにまでーー(中略)このことにあたえた私の定式が運命愛〔amor fati〕である。》(ニーチェ『権力への意志』原佑訳)

ニーチェは『道徳の系譜学』や『善悪の彼岸』において、道徳を弱者のルサンチマンとして批判した。しかし、この「弱者」という言葉を誤解してはならない。実際には、学者として失敗し梅毒で苦しんだ二ーチェこそ、端的に「弱者」そのものなのだから。

彼が言う運命愛とは、そのような人生を、他人や所与のせいにはせず、あたかも自己が創り出したかのように受け入れることを意味する。それが強者であり、超人である。が、それは別に特別な人間を意味しない。運命愛とは、カントでいえば、諸原因(自然)に規定された運命を、それが自由な(自己原因的な)ものであるかのように受け入れるということにほかならない。それは実践的な態度である。

ニーチェがいうのは実践的に自由な主体たらんとすることにほかならず、それは現状肯定的(運命論的)態度とは無縁である。ニーチェの「力への意志」は、因果的決定を括弧に入れることにおいてある。

しかし、彼が忘れているのは、時にその括弧を外して見なければならないということである。彼は弱者のルサンチマンを攻撃したが、それを必然的に生みだす現実的な諸関係が存することを見ようとはしなかった。すなわち、「個人は、主観的にはどれほど諸関係を超越していようと、社会的にはやはり諸関係の所産なのである」という観点を無視したのである。(『トランスクリティーク』第一部第3章 P187)