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2015年9月7日月曜日

風をみながら絶えず舵を切るほかはない民

@kawakami_yasu: イスタンブールでシリアやイラクからきた難民に取材した時「日本は受け入れないのか」と聞かれて、「日本は受け入れない」と答えるしかなく、「なぜだ」と突っ込まれても、全く答えることができません。結局、日本は何もしれくれない、と思われるわけです。本当に、これでいいのか考えるべきでしょう。(川上泰徳 元朝日新聞編集委員)
@shichirom: 日本の10人以下というのは実際は3人だそうです。カナダの2300人、アメリカ1046人とは3桁違います。これが先進国として恥でなくてなんでしょう?安部政権の積極的平和主義も五輪のおもてなしも、うわべだけの建前だと世界にはバレてます。 https://t.co/lLB7fTaYsx



「私たちは、国連が創設されて以来、最も人道支援を必要とする歴史的瞬間に生きています。」(ステファン・デュジャリック国連報道官 2015.08.19)
シリア難民は過去 30 年で世界最悪の難民危機に発展した。…紛争などで家を追われた人の数が第二次世界大戦以降初めて 5,000 万人を超えた。その 5 人に 1 人がシリア人だ。 (アムネステ ィ ・ インターナシ ョ ナル報告書2014.12)
グテレス難民高等弁務官は「これほど恐ろしいペースで難民が出るのは(100万人近くが犠牲になった1994年の)ルワンダ大虐殺以来」と指摘した。(The Huffington Post  2013年07月18日

シリア難民400万人の受け入れ先

@Mydxb: なんかシリア難民について物凄い誤解があるらしいのだけれど。例えば欧州陸地深いハンガリーまで行き着ける様な人々は比較的経済的にも教育、技術レベルでも余裕のある人達なんですよね。なぜかと言うとそこまで行き着けるだけの高額の代金を払う事ができた人々なんですから。

…………

オメデトウ、日本! 世界に冠たるおもてなしの国、ホスピタリティ(歓待)の国の民よ!

世界市民の法=権利は普遍的な歓待(Hospitalität)の諸条件に制限されなければならない。 (……)だが、外国人が要求できるのは、客人の権利 (この権利を要求するには、かれを一定の期間家族の一員として扱うという、行為ある特別な契約が必要となろう)ではなくて、訪問の権利であるが、この権利は、地球の表面を共同に所有する権利に基づいて、たがいに交際を申し出ることができるといった、すべての人間に属している権利である。 (カント『永遠平和のために』)
彼〔異邦人/訪問者〕は滞在権を認められるのではなく、訪問権だけを認められるのです。カントはこの点で数々の截然たる区別を行っています。私はこれを 「条件つきの歓待」 と呼んで、 「無条件の」 歓待あるいは 「純粋な」歓待と呼ぶものに対置したいのです。これは条件なしの歓待であり、たとえ新来者が市民でなくとも、それが誰であるかを同定しようとは求めないものです。 (デリダ、 「ジャック・デリダとの対話―歓待、正義、責任」 『批評空間』第Ⅱ期 23 号)

オメデトウ、日本! 世界に冠たる訪問者だけへの「おもてなし」、条件つきの歓待の国の民よ!

真の歓待とは、ちょっとした長所を讃美することでも、欠陥をうやむやに見逃すことでもないだろう。まぎれもない差異としての他者の不気味さに、存在のあらゆる側面で馴れ親しむことこそが、歓待の掟であるはずだ。(蓮實重彦『反=日本語論』)

オメデトウ、日本! ちょっとした長所を讃美し、欠陥をうやむやに見逃す技に巧み世界一の歓待の民よ!

この自堕落な寛大さこそが、真の言葉の障害と呼ばれるものにほかならないからだ。そのため、コミュニケーションの道はいたるところで絶たれ新たな鎖国が始まっている。そして、二十一世紀を間近に準備しつつある時期のこの鎖国状態は、その鎖が人目に触れないだけにいっそう開国を困難なものにしてゆく。すべては、起源に身を潜める滑稽さを明確に標定し、しかる後に共有しつつある何ものかをたがいに辛抱強くさぐりあてながら、滑稽それ自体にゆっくり時間をかけて馴れてゆくという作業があらかじめ放棄されてしまっていう点から来ているのだ。……(同上)

ーーというわけで、デリダの『歓待について』から引用しようと思ったが過激すぎる、蓮實重彦程度にしておこう。

オメデトウ! 世界の孤児、島国根性、自堕落な寛大さ、曖昧模糊とした春風駘蕩の国、自己欺瞞・自己充足、夜郎自大の民よ!

「大正的なもの」が検討に値するのは、( ……)それが1970 年以降の日本の言説空間と類似するからだ。つまり、ありとあらゆるものを外から導入しながら「外部」をもたない自己充足性、あるいは逆に、きわめてローカルであるのに世界的であると思いこむ誇大妄想的な島国性、さらに事実国際的に容赦なく進出していながらいささかの「侵略」の自意識もない自己欺瞞性、こういったものが典型的に示されるのは大正期だからである。(柄谷行人「一九七〇年=昭和四十五年」『終焉をめぐって』所収 p.26)

とはいえ「世界共和国における世界の警察官と世界の孤児」でも記したが、やむえないのさ。いくら騒ぎ立てても、一年先ぐらいにせいぜい数百人程度「世界への顔向けのために」受け入れるのが関の山だろう。

複数の海外メディアが、日本の難民受け入れ数が“世界最低”だと報じている。(「島国は言い訳にならない」海外から批判

美人で釣ってもだめかい?




ただし旦那つきだからな




日本とは島国根性だけでなく次ぎのような国さ、言い訳の仕方ををきみたちのためにもうひとつ示しておいてやるぜ

中国人は平然と「二十一世紀中葉の中国」を語る。長期予測において小さな変動は打ち消しあって大筋が見える。これが「大国」である。アメリカも五十年後にも大筋は変るまい。日本では第二次関東大震災ひとつで歴史は大幅に変わる。日本ではヨット乗りのごとく風をみながら絶えず舵を切るほかはない。為政者は「戦々兢々として深淵に臨み薄氷を踏むがごとし」という二宮尊徳の言葉のとおりである。他山の石はチェコ、アイスランド、オランダ、せいぜい英国であり、決して中国や米国、ロシアではない。(「日本人がダメなのは成功のときである」1994初出『精神科医がものを書くとき Ⅰ』所収 広英社)




メルケル首相は今年、80万人と予測される難民のうち半分は定住するとの見通しを述べた。ドイツが債務危機を乗り越え、脱原発を実現した実績をあげ、難民の受け入れを「成し遂げる」と決意を語った。(毎日新聞 2015年09月01日

ここで2010年の彼女の発言もあわせて貼りつけておこう(「ドイツはイスラム国家になるだろう」)。

「我々の国は変わり続けるでしょう。また、移民の問題解決を取り上げるにあたっては同化が課題です。」

「長い間我々は、それについて自国を欺いてきました。例えばモスクです。それは今までよりずっと、我々の都市において重要な存在となるでしょう。」

「フランスでは20歳以下の子供の30%がムスリムです。パリやマルセイユでは45%の割合まで急上昇しています。南フランスでは、教会よりモスクが多いのです。

イギリスの場合もそれほど事態は変わりません。現在、1000を超えるモスクがイギリスには存在します。──ほとんどが教会を改築したものです。

ベルギーでは新生児の50%がムスリムであり、イスラム人口は25%近くに上るといいます。同じような調査結果はオランダにも当てはまります。

それは住民の5人1人がムスリムのロシアにも言えることです。」




確かに、ヨーロッパは死んだ。しかし、どのヨー ロッパが死んだのか、と。これへの回答は、以下である。ポスト政治的なヨーロッパの世界市場への組み込み、国民投票で繰り返し拒絶されたヨーロッパ、ブリュッセルのテクノクラ ットの専門家が描くヨーロッパ──死んだのはそうしたヨーロッパなのだ。ギリシアの情熱と 腐敗に対して冷徹なヨーロッパ的理性を代表してみせるヨーロッパ、そうした哀れなギリシ アに「統計」数字を対置するヨーロッパが、死んだのだ。しかし、たとえユートピアに見えよ うとも、この空間は依然としてもう1つのヨーロッパに開かれている。もう1つのヨーロッパ、 それは、再政治化されたヨーロッパ、共有された解放プロジェクトにその根拠を据えるヨー ロッパ、古代ギリシアの民主制、フランス革命や10月革命を惹き起こしたヨーロッパである。(ジジェク、2010




2015年8月24日月曜日

ラカン派の三種類の他者、あるいはデリダの猫

以下、ほぼ資料の列挙。

唯一ヘーゲルだけである、欲望の根源的で構成的な「再帰性reflexivity」を考慮したのは(欲望とはいつも-すでに欲望の欲望、欲望のための欲望である。すなわちその用語のありとあらゆるヴェリエーションの下の「〈他者〉の欲望」である。私は私の〈他者〉が欲望することを欲望する。私は私の〈他者〉によって欲望されたい。私の欲望は大文字の〈他者〉――私が埋め込まれている象徴的領野――によって構造化されている。私の欲望はリアルな〈他者―モノ〉の深淵によって支えられている)。 (ZIZEK『LESS THAN NOTHING』2012 私訳)

ジジェクはヘーゲリアンとしてこのように言っている。通常、ヘーゲルの他者はイマジネールな(想像的)他者とされてきたが(コジューヴ、ラカンなどによる)、ジジェクは、いやそうではない、ヘーゲルの他者には象徴的な他者もあれば、リアルな他者もあるといっていることになる。

ヘーゲルの他者は欲望する者として主体も同様の欲望をもつことを必要とします。主体から承認を受けるためです。他者が欲するものはaです。ここにあらゆる袋小路の元凶があります。「わたしが対象として承認されるのであれば、そしてこの対象は見てのとおりそもそも意識、自己意識ですから、暴力以外による解決はありえません … ふたつの意識のあいだで裁断を下すことがどうしても必要になる」からです。(……)

何度も指摘してきましたが、倒錯は政治の領域にまで及んでしまうのです。想像界にだけ捕われてそこから出発するとそうなるのです。というのもこう言えば的を得ているでしょう。つまり、奴隷の隷属は影響力大で、これは絶対知にまでも影響を及ぼすのです。言い換えれば、奴隷は世の果てまで奴隷で居続けることになるのです。ヘーゲルさんへマをやらかしました!ヘーゲルの定式の真の姿、これをキルケゴールはちゃんとした形で表します。これはヘーゲルの真理ではなく不安の真理となります。不安こそが分析でいう欲望についての考察へとわれわれを導くのです。(ラカン「不安」のセミネール)

ジジェクによるヘーゲルの他者理解は、とても難解である。それは「否定の否定」にかかわり、わたくしにはいまだ手に負えていない(参照:難解版:「〈他者〉の〈他者〉は外-存在する」(ジジェク=ラカン))。今はただヘーゲル他者の可能性の中心はここにある、--ジジェク解釈ならばーーとだけ言っておく。

さて一般的なヘーゲル他者理解については、たとえば80年代の柄谷行人は次ぎのように説明している。そしていまでもこの理解が標準的だろう。

私はここでくりかえしていう。「意味している」ことが、そのような《他者》にとって成立するとき、まさにそのかぎりにおいてのみ、“文脈”があり、また“言語ゲーム”が成立する。なぜいかにして「意味している」ことが成立するかは、ついにわからない。だが、成立したあとでは、なぜいかにしてかを説明することができるーー規則、コード、差異体系などによって。いいかえれば、哲学であれ、言語学であれ、経済学であれ、それらが出立するのは、この「暗闇の中での跳躍」(クリプキ)または「命がけの飛躍」(マルクス)のあとにすぎない。規則はあとから見出されるのだ。

この跳躍はそのつど盲目的であって、そこにこそ“神秘”がある。われわれが社会的・実践的とよぶものは、いいかえれば、この無根拠的な危うさにかかわっている。そして、われわれが《他者》とよぶものは、コミュニケーション・交換におけるこの危うさを露出させるような他者でなければならない。

この《他者》は、サルトルのいうような他者とは区別されねばならない。後者は、もともと、ヘーゲルの「主人と奴隷」にかんする考察――すなわち自己意識ともう一つの自己意識との相克――に発している。そして、この場合、一つの自己意識ともう一つの自己意識は、互に置きかえ可能であり、同質的なのである。いいかえれば、対称的な関係にある。しかるに、われわれのいう《他者》は、異質であり、われわれが“考えている”ように考えているという保証はない。相克に終始しようと、妥協や和解に終ろうと、そもそも《他者》との間に、「ゲーム」が成立するか否かが不明なのだ。

サルトルは、他者の眼差がわれわれ(対自存在)を凝固させるという。しかし、たとえば猫の眼差ではなぜそうならないのだろうか。そこでは「言語ゲーム」がほとんど成立しないからだ。比喩的にいえば、《他者》は猫に似ているといってよいかもしれない。われわれに時たま関心をよせるかと思えば、まったく無関心であるような猫に。

また、《他者》は、超越的な神、あるいは全知の神の如きものではない。たとえば、神秘的体験において、ひとは、それに対して抗いようのないような神の声を“聞く”。あるいは、強迫的妄想(作為体験)において、ひとは他者の声をありありと聞き、そこからのがれることができない。しかし、そのような他者の声は、実のところ自分の声である。「自分が話すのを聞く」(デリダ)のに、それを「他人が話すのを聞く」かのように受けとっているのだ。その場合、他者に対する通常の“距離”はありえない。その他者は、私をすべて見透しており、私はそこから隠れる余地がない。

ビンスワンガーは、「共同世界から注目されない(見られない、聴かれない、一般的にいえば、捉えられない)ような在り方で実存したいという願望は、私には分裂病的実存様式の根本問題の一つをふくんでいるように思われる」といっている(「精神分裂病」)。そのような患者は、「他者に対して自己を隠そうとする願望」をもちながら、そうすることができない。すべてが見透されているので、自分であることができない。しかし、私が共同世界から隠れられないというのは、私が私自身から隠れられないというのと同じことである。

このような極端な例は、右のような他者が、結局自己意識にほかならないことを示している。他者(神)が全知なのは、私が私の考えていることを知っていることと同じである。しかし、私は私の考えることを知っているのだろうか? というより、「内的な過程」が実在するだろうか?

そのような「聞く立場」の明証性をくつがえすものこそ、《他者》である。《他者》は、私の「心の中」を隈なく見通すどころか、それをまったく疑わしいものとする。ウィトゲンシュタインのもちだす懐疑論者は、そのような《他者》にほかならない。それは、「内省」から出発する、あるいは事後的に見出される規則から出発する思考(哲学)に対する、またその内部で他者や外部を考えてしまう思考に対する、根本的な異議申し立てである。(柄谷行人『探求 Ⅰ』pp.40-42)

柄谷行人解釈のヘーゲル=サルトルの他者理解は黒字強調した通り、「自己意識」とありこれは想像的他者のことである。

ここでの柄谷行人の区分けに従えば、ヴィトゲンシュタインの《他者》がリアルな他者、ヘーゲルの他者がイマジネールな他者、そしてさらに言えばーー厳密さを期さずに敢えて言えば、ということであり、柄谷行人の他者解釈をラカン派の他者概念枠に収めるとすれば、という意味であるーー超越的な神という他者が象徴的他者となるかもしれない(フロイト用語ならヘーゲルの他者が理想自我、神という他者は自我理想か?)。

ジジェクの説明ならこうなる。

<理想自我>は主体の理想化された自我のイメージを意味する(こうなりたいと思うような自分のイメージ、他人からこう見られたいと思うイメージ)。

<自我理想>は、私が自我イメージでその眼差しに印象づけたいと願うような媒体であり、私を監視し、私に最大限の努力をさせる<大文字の他者>であり、私が憧れ、現実化したいと願う理想である。

<超自我>はそれと同じ媒体の、復讐とサディズムと懲罰をともなう側面である。

この三つの術語の構造原理の背景にあるのは、明らかに、<想像界><象徴界><現実界>というラカンの三幅対である。理想自我は想像界的であり、ラカンのいう<小文字の他者>であり、自我の理想化された鏡像である。自我理想は象徴界的であり、私の象徴的同一化の点であり、<大文字の他者>の中にある視点である(私はその視点から私自身を観察し、判定する)。超自我は現実界的で、無理な要求を次々に私に突きつけ、なんとかその要求に応えようとする私の無様な姿を嘲笑する、残虐で強欲な審級……((『ラカンはこう読め』2006)

さてもう一度柄谷行人の文に戻れば、そこには、ヴィトゲンシュタインの《他者》は猫に似ているともある。

ここでデリダの遺著『動物ゆえにわれあり(L’animal que donc je suis)』の猫の話をめぐるジジェクの文を抜き出そう。

……デリダはこのくすんだ「薄明ゾーン」の踏査を、ある種の原光景におけるレポートを以て始める。すなわち、目覚めた後、彼はバスルームで裸になるが、猫がついて来ている。そこで気まずい心持に襲われる瞬間が起こる。それは彼の裸を見詰めている猫の前に立っているという瞬間だ。

この状況に耐えられなく、デリダは腰の周りにタオルをつけて猫を追い払ってからシャワーを浴びる。猫の眼差しは〈他者〉の眼差しーー非人間的眼差しを表す。だがこの理由でいっそうあらゆる深淵的な不可解さをもった〈他者〉の眼差しなのだ。

動物に見られている己れを見ることは〈他者〉の眼差しとの深淵的遭遇である。というのはーーまさに我々の内的経験を動物にたんに投影すべきではないためーー何かが根源的な〈他者〉であるところの眼差しを回帰させているからだ。(ZIZEK,LESS THAN NOTHING,2012,私訳)

ジジェクは、デリダの猫の眼差しはリアルな他者の眼差しである、と言っていることになる。とすればヴィトゲンシュタインの《他者》と同質なものなのだろうか。それは超越論的、あるいは物自体にかかわるはずだがーーとはいえ柄谷行人によるヴィトゲンシュタインの《他者》の説明はややそれとはニュアンスが異なるようにも感じられるーー、いまは断言は慎んでおく。


ここでジジェクが三つの他者の次元(想像的他者、象徴的他者、リアルな他者)をより詳しく説明している文を抜き出してみよう。

他者をめぐる話題は、他者の想像的〔イマジナリー〕、象徴的〔シンボリック〕、現実界的〔リアル〕側面を目に見えるようにする一種のスペクトル的分析の対象となるはずだ。そうした分析はおそらく、これら三つの次元を結びつけるボロメオの結び目というラカンの概念を説明する究極的な事例となるだろう。

第一に、想像的他者が存在するーー「私に似た」他の人々、競争や相互承認といった鏡像的関係を結ぶ私の同類たちである。

次に、象徴的(大他者)が存在するーーわれわれの社会的存在の実体であり、人間の共存を調整する諸規則の非人称的集合体である。

最後に、<現実的なもの〔リアル〕>としての<他者>、不可能な<モノ>、非人間的パートナー、象徴的<他者>に媒介された対称的な対話など不可能な<他者>、が存在する。

そして、これらの三つの次元がいかにして繋ぎ留められているかを理解することは決定的に重要である。<モノ>としての隣人は次のようなことを意味している。私の似姿、鏡像としての隣人の裏側にはつねに、根源的<他者性>、飼いならすことのできない怪物的<モノ>の計り知れない深淵が潜んでいるということだ。ラカンはこの次元をセミネール第三巻で指摘している。

《どうして〔<他者>を〕大文字のA〔<他者>(Autre)を表す〕とするのでしょうか。言語によって与えられる記号を補足(代補)する記号を導入しなければならないときはいつもそうなのですが、妄想的な[mad]理由があるからです。妄想的な理由とは次のようなものです。「君は僕の妻だ」、これについて皆さんは結局何を知っているのでしょうか。「あなたは私の師だ」、このことについて実際それほど確信が持てますか。これらのことばに創設的な価値を持たせているものは次のことです。つまり、このメッセージにおいて目指されていることはーーそれはメッセージが見せかけの場合でもはっきりしていることですがーー絶対的な<他者>としての他者がそこに存在しているということです。絶対的とは、この他者は再認(recognaized)されてはいるが、知られてはいないということです。同様に、見せかけを見せかけたらしめているもの、それは結局、見せかけか否かを皆さんは知らないということです。発話が他者へと向けられる水準での発話関係を特徴づけているのは、本質的には他者の他性(alterity)に在るこの未知の要素なのです。》

価値を創設することば(the founding word)―――あなたに象徴的な肩書きを与え、そうやってあなたをあなた(妻、師)たらしめる言明――というラカンの概念は、五〇年代初頭から、パフォーマティヴ〔行為遂行的言明〕の理論(ラカンとパフォーマティヴという概念の作者であるJ.L.オースティンとのリンクは、エミール・バンヴェニストだった)の影響を受けたものとして通常は理解されてきた。しかしながら、ラカンがそれ以上のものを目指していることは先の引用から明らかだ。われわれが出会う他者は、想像的似姿であるだけでなく、相互的交換が成り立たない<現実的なモノ>〔Real Thing〕としての、捕らえ所のない絶対的<他者>でもあり、まさしくそうしたことを前提としたときのみ、パフォーマティヴィティ〔行為遂行性〕や象徴的なものの関与〔媒介〕に頼る必要が生じるのである。<モノ>と共存する耐え難さを最小限に抑えるためには、<第三者>としての象徴的秩序、すなわち調停役の媒介者the symbolic order qua Third, the pacifying mediatorが介入しなければならない。<他者―モノ>を飼いならして普通の人間にするには、<他者―モノ>の双方が従う第三の審級the third agencyがまず必要になるーー非人称的な象徴<秩序>なくして、相互主観性(人間同士が共有する対称的な関係)は存在しない。だから、第三項なくして二つの項を結ぶ軸は存在しえないのだ。大文字の<他者>の機能が停止すれば、友好的な隣人は怪物的な<モノ>へと早変わりする(アンティゴネーの場合)。人間的なパートナーとして関係を結べる隣人がいなければ、象徴<秩序>そのものが怪物的な<モノ>となって直接私に寄生する(ダニエル・パウル・シュレーバーの神のように、私を直接支配し、享楽(jouissance)の光線で私を貫く)。象徴的に規制された、他者たちとの日常的交換を下から支える<モノ>がなければ、われわれはハーバマス的宇宙、平板で活気のない〔無菌状態の〕宇宙の住人となる。そこでは、主体は、過剰な情熱から成る傲慢さを奪われ、コミュニケーションという規制されたゲームにおける死んだ駒になってしまう。アンティゴネーーシュレーバーーハーバマス。本当に不気味な三角形だ。(ジジェク『メランコリーと行為』)

《私の似姿、鏡像としての隣人の裏側にはつねに、根源的<他者性>、飼いならすことのできない怪物的<モノ>の計り知れない深淵が潜んでいる》とある。私の似姿、鏡像としての隣人とはイマジネールな他者であり、《根源的<他者性>、飼いならすことのできない怪物的<モノ>の計り知れない深淵》とはリアルな他者である。

これはラカンのボロメオ結びのR(リアル)とI(イマジネール)の重な合いの場所にあるJȺ (jouissance de l'Ⱥutre)もしくはaということになるのだろうか(参照:「享楽について語ろうじゃないか、ボウヤたち!」)





いやそれ以外にもジジェクは《大文字の<他者>の機能が停止すれば、友好的な隣人は怪物的な<モノ>へと早変わりする》としている。とすれば、SとRの重なり場所には、JΦ(jouissance phallique)もしくはaがある。両方の記述を重ね合わせれば、結局対象aにかかわることになる(参照:「対象aの五つの定義(Lorenzo Chiesa)」)。

いや漠然と対象aというよりーー比較的頻繁に使用される語でありながら多くの場合よく理解されているとは思えないーーextimate(外密)やEx-sistenz(外立)と言っておくほうがいいかもしれない。

要するに、私たちのもっとも近くにあるものが、私たちのまったくの外部にあるのです。ここで問題となっていることを示すために「外密extime」という語を使うべきでしょう。(ラカンS16)
おそらく対象aを思い描くに最もよいものは、ラカンの造語"extimate."である。それは主体自身の、実に最も親密なintimate部分の何かでありながら、つねに他の場所、主体の外exに現れ、捉えがたいものだ。(Richard Boothby)
Ex-sistenz のEx はaus,heraus,hinaus を、即ち「外に出る」ことを意味している。ハイデガー自身の説明によればーー「存在の真理のなかに出で立つこと」 Hinausstehen in die Wahrheit des Seins と言い、Das stehen in der Lichtung des Seins nenne ich die Wahrheit des Seinsと言っている。(塚越敏)

※より詳しくは「ラカンのExtimité とハイデガーのExsistenz」を参照。

とはいえ、このボロメオ結びはラカン派内でも納得できる形で説明している論者は稀である。わたくしが漸く見出したジジェクの弟子筋のLorenzo Chiesaに目が覚めるような解釈はあるがいまだ納得するというところまでは言っていない(参照:「超越論的享楽(Lorenzo Chiesa)」)

そもそもボロメオ結びについては次ぎのような見解さえある。

後期ラカン読むときに結び目の理論を勉強する必要はまったくないと思う。あれを真面目に受け取ってるのはヴァップローとか一部の超マニアックなラカニアンだけで、ミレールはじめ普通のラカニアンはあれを無視した上で、singularitéの議論とか、使えそうなところだけを取り出してる (松本卓也)

だがジジェクがいうように他者の様態に思いを馳せれば、《これら三つの次元を結びつけるボロメオの結び目というラカンの概念を説明する究極的な事例》であるに相違なく、そう簡単に捨て去るわけにはいかない。なぜなら、われわれは日常的にも、どの他者に向けて語っているか、想像的他者なのか象徴的他者なのか、それとも現実界的な他者なのか、ーーそしてそれがどんな具合に重なり合っているのか、とはまさにボロメオ結びが参照点になるからだ。

ほかにも例えば、ジジェクは ラカンのボロメオ結びを援用して“the Imaginary of democratic ideology, the Symbolic of political hegemony, the Real of the economy”ともかつては言っている(Zizek Iraq)。イデオロギー・ヘゲモニー・エコノミーが、想像界・象徴界・現実界とされれば、これまた柄谷行人のネーション・ステート・資本を想起することもできる(他にも柄谷はカントの仮象・形式・物自体をラカンの三位一体と結びつけている(参照:「仮象(想像的なもの)、形式(象徴的なもの)、物自体(リアルなもの)(柄谷行人=ラカン)」)。

資本=ネーション=ステートは、人間の「交換」がとる必然的な形態に根ざしている。容易に、この環を出ることはできない。マルクスがその出口を見いだしたのは、第四の交換のタイプ、すなわち、アソシエーションである。(柄谷行人『トランスクリティーク』)

こう引用すればーー今気づいたのだがーー、マルクスのアソシエーションは、ラカンのサントームに近づけて解釈できないかという問いも生れる(参照:「ラカン派の二種類のサントーム・症状」).。




さてここではジジェクとLorenzo Chiesaは次のように現実界(リアル)を言っていることだけ示しておく。

最後のラカンにとって、現実界は、象徴界の「内部にある」ものである。Dominiek Hoensと Ed Pluth のカント用語にての考察を捕捉すれば、人は同じように、最後のラカンは現実界の超越的概念から、超越論的概念に移行した、と言うことができる。 ( Lacan Le-sinthome by Lorenzo Chiesa)
われわれは「現実界の侵入は象徴界の一貫性を蝕む」という見解から、いっそう強い主張「現実界は象徴界の非一貫性以外のなにものでもない」という見解へと移りゆくべきだ。(ZIZEK『LESS THAN NOTHING』2012)

柄谷行人はどうなのか。彼にとっては物自体がリアルである。

物自体はアンチノミーにおいて見い出されるものであって、そこに何ら神秘的な意味合いはない。それは自分の顔のようなものだ。それは疑いもなく存在するが、どうしても像(現象)としてしか見ることができないのである。したがって重要なのは、「強い視差」としてのアンチノミーである。それのみが像(現象)でない何かがあることを開示するのだ。(『トランスクリティーク』)

この文だけを抜き出せば、柄谷行人とジジェクとLorenzo Chiesaの三者のリアルの理解はほぼ同じであるということがいえる。デリダの猫もウィトゲンシュタインの《他者》もこの視点から捉えうるかどうか、--そのあたりがわたくしには曖昧なままである。

最後にジジェク解釈のヘーゲルをもう一度持ち出せば、核心(のひとつ)は次ぎの文にあるように思う。

ラカンが「知と享楽のあいだに、波打ち際 littorale がある」と言うとき、jouis‐sense の 喚起を聞かねばならない。サントーム、享楽のシニフィアン化する形式 signifying formula of enjoyment に還元された文字の jouis‐sense を、である。

ここに後期ラカンの最終的な「ヘ ーゲリアン」の洞察がある。二つの相容れない領域(現実界と象徴界)の一つへの収束 convergence は、まさに不一致 divergence によって支えられている。というのは差異は己れが差異化するものを構成しているのだ。あるいはもっと形式的用語で言うなら、二つの領野のあいだのまさに横断点が、二つの領野を構成しているのだ。(ZIZEK,LESS THAN NOTHINGーー「“A is A” と “A = A”」)




2015年6月29日月曜日

エクリチュールとフィクション

野間易通対川上量生(東浩紀による)」に引き続く。

「事実確認的 constavive」/「行為遂行的 performative」にかかわるまとめを前々ブログでしたことがある(四年前)。だが、前々ブログはまるごと削除してしまったので、ここにその記事をそのまま掲げる(原発事故約半年後に書いたものであり、日本において、いわゆる「理系」と呼ばれる種族のナイーヴぶりにひどく苛立っていた時期に記したものである)。

…………

蓮實重彦は2005年5月、ソウルで開催された「世界文学フォーラム」(テーマ:平和のために書く)での講演で冒頭の簡単な導入後、次のように語り出す(「『赤』の誘惑」をめぐって)。

「葛藤」や「無秩序」への私の執着は、言語をめぐるごく単純な原則に由来している。それは、ある定義しがたい概念について、大多数の人間があらかじめ同じ解釈を共有しあってはならないという原則にほかならない。とりわけ、文学においては、多様な解釈を誘発することで一時の混乱を惹起する概念こそ、真に創造的なものだと私は考えている。そうした創造的な不一致を通過することがないかぎり、「平和」の概念もまた、抽象的なものにとどまるしかあるまい。

このように述べた後、《「フィクション」という単語の意味をめぐる大がかりな不一致》を取り上げる。今日の理論的な考察の基盤にある西欧的な思考にとって、「フィクション」は非=正統的な私生児であり、「フィクション」を捉え損なっているがゆえに、近代的思考は「現実」を描き尽くすことができていない、とは、蓮實重彦の長年の「宿題」のひとつと言える。

例えば、「小説の構造」(初出=「国文学」1977年)にはこう書かれている(ここでの「小説」を「フィクション」に読み替えてみても粗雑さの謗りを受けることはあるまい)。

もしかりに、ヨーロッパが真の反省的思考に目覚める瞬間があるとするならば、そのときヨーロッパが描きあげるだろうその自画像は「小説」を中心にした構図におさまることになるだろう。あるいは逆に「小説」を構図の中心に据えたヨーロッパ像が想定されぬ限り、ヨーロッパはその自意識を獲得することはなかろうというべきかもしれない。「小説」を視界におさめなかったが故に、デカルトは真の反省的思考を実践しえなかったし、マルクスも、またニーチェも、そしてフ ロイトも、「小説」を曖昧にとり逃がしてしまったが故に、ヨーロッパ的な現実を周到に描きつくすにはいたらなかったのだ。階級闘争も、永劫回帰も、無意識 も、「小説」に対してはひたすら無効の身振りしか演じてはいない。そしてその事実を自覚する瞬間に、ヨーロッパは初めて真の反省的な思考を獲得することに なるだろう。またそうでない限り、ヨーロッパは、ルイ十四世の時代と質的にはほとんど変わらぬ仕草で思考をめぐらせ続けるほかあるまい。
もしかりに、過去一世紀を「小説」の時代と呼ぶのであれば、それは、この身分の賎しくいかがわしい言葉の戯れから、賎しさといかがわしさを分離し、それを 見ずにすごすことの歴史であったといえる。それに視線を落とさずにいることがもはや不可能となったいま、「小説」の歴史は、必然的に近代がその真の反省的 意識に目覚めるという事件の生まなましい叙述たらざるをえないところにさしかかっていると思う。だがその具体的な叙述には、別の機会が設けられねばならない。

さて講演では、氏はドリット・コーンの『フィクションの特性』からいくつかの文を引用することになる。

この語彙の複数の意味は、辞書の『フィクション』という項目からもはっきりと見て取れるが、その唯一の共通分母は、それぞれの辞書の項目がすべて『捏造された何ごとか』と呼んでいるもののようだ。

ドリット・コーンは「フィクション」を文学的に論じるのではなく、人類の思考一般における考察をしているとされるのだが、次のような引用もなされる。

かくしてベンサムは法律的な「正義」という語彙をフィクションと呼び、カントは人間の知的な直感の産物(時間や空間という概念)を「体験的フィクション」と呼び、ニーチェは統一された主体(統一された自己を持つという)としての個人的な実存の感覚を、われわれが内面に持っている類似の状態はある基層の効果としてのフィクションにほかならぬと告げている。

つまりなにもかもが「捏造された何ごとか」なのである。蓮實重彦は上記の文に次のようにつけ加える。

この引用は、フィクションが文学の問題となる以前に、すでに哲学的な概念だったことを想起させるに充分である。「重力」を「フィクション」と呼んだニュートンを敷衍するなら、ジャン=ジャック=ルソーの「自然の状態」からフロイトの「無意識」まで、あらゆるものが「フィクション」と呼ばれかねないとコーン教授はいう。実際、彼女の著作以後に書かれた『政治という虚構』の著者フィリップ・ラクー=ラバルトにとっては、ナチズムもまた「フィクション」である。それ以前にも、『差異と反復』の著者ジル・ドゥルーズが哲学の書物は「サイエンス・フィクション」でなければならぬといい、ロラン・バルトが『テクストの快楽』でイデオロギーの体系を「フィクション」と断じ、ミシェル・フーコーが彼自身の哲学的=歴史学的な著作は「フィクション」にほかならぬといっているように、この語義は文学以外の場でもひたすら拡張の一途をたどっているかにみえる。

これを受けて、蓮實重彦のコーンの見解への齟齬をめぐる言述が始まる。

コーンは、「フィクション」という語彙の「混沌として頽廃した言語使用」を慨嘆する。そして「その語彙の定義をしたり、その複数の異なる意味を識別したりする」ことになるのだが、蓮實重彦は、それがいかに卓見にみちたものであろうと、新たな「フィクション」の定義を一つつけ加えるという退屈な事態の恒常化に貢献するしかない、と断じることになる。

もっともそれは、理論家の思考の混乱や、論理的な慎重さの欠如や、方法的な欠陥からくるものではなく、

本質という概念からおよそ遠く、その純粋状態というものを持ちえない、「フィクション」が、総合や分析をたやすく逃れるその非=カテゴリー的な力によって、“とは何か”という設問をいたるところで流産させてしまうからにほかならない。その点からして、「フィクション」を論じようとする者は、いたずらに厳密たろうとして、その語の「混沌として頽廃した言語使用」を怖れるべきではないというのがここでの私の立場である

とする。

さて次には有名なデリダ=サール論争への言及が始まる。それはオースティン=サールの「スピーチアクト理論」に対するデリダの厳しい批判に始まるものだが(1971年の「署名、出来事、コンテクスト」(『有限責任会社』所収)、ここではその詳細は差し控えて、参照として二つのリンクを貼付しておくだけにする。

1、哲学の「境界」を画定すること
2、デリダ「署名 出来事 コンテクスト」。反覆〔イテラシオン〕と反復〔レペティシオン〕

蓮實重彦は、デリダは、オースティン=サールの議論を、「書かれたコミュニケーション」と「話されたコミュニケーション」とを識別せず、「言表行為をコミュニケーション的行為」としてしか考察していないところにその欠陥を見ているとし、次の引用をする。

書かれたものが、書かれたものであるためには、それは依然として「働きかけ」つづけ、読解可能でありつづけるものでなければならないーーーたとえ書かれたものの著者と呼ばれる者が自らの書いたものに、自ら署名したと思われるものに責任をもつことがもはやなくなったとしても、当の著者が、彼が一時的に不在である場合にせよ、死んでしまった場合にせよ、あるいは一般的に言って、この著者が自らの絶対的に顕在的で現前的な意図=志向や注意に、また自らの<言わんと欲すること>の充実に依拠することをせず、「自らの名のもとに」書かれたもののように思われることそのものをこうした依拠によって維持しなくなった場合にせよ、それらのいずれの場合でもかまわない。(『署名、出来事、コンテクスト』)

オースティンの主張の眼目は、さきほど挙げたリンク1から引用するなら次のようなものであった。

行為遂行的発言はパロールにおいてはその発言当人の現前性に、エクリチュールにおいては著者の「署名」に帰せられる。この両方において、オースティンは、 パロールにはその「発言源」を、エクリチュールはその「記入源」を行為遂行的発言の成立条件として設定し、コミュニケーションをコンテクストの一義性の中に回収するのである。「発言源」や「記入源」は、オースティンの言語行為における〈自己への現前性〉を示すもの以外のなにものでもないだろう。

あるいは「フィクション」的な人物やものは指示対象たりうるというサールは、オースティンの「寄生」という概念を「装われた」と呼びかえ、「フィクション」における作者はあたかも「事実の主張をしているかに装っている」とも主張する。

しかし蓮實重彦はさきほどのデリダの引用文のあと、つぎのように語ることになる。

オースティンがコンテクスト構成の責任者とみなす言表の主体や、サールが「発話内意図」の起源だという作者などの概念を、デリダの指摘する「エクリチュール」の特性がことごとく無効にしていることは明らかである。話される言葉における主体の現前に対して、書かれたテクストにおける主体の不在という視点から書かれた文字の漂流性を論じるデリダの目には、「寄生的」ないし「装われた」という概念そのものが無意味になるほかないからである。なぜなら、「書かれた記号はおのれのコンテクストとなんらかの断絶力を含んでいる」のであり、「このような断絶力は、書かれたもののなんらかの遇有的述語であるのではなく、それの構造そのもの」だからである。

以下、「赤」をめぐって「フィクション」の分析が始まる。蓮實重彦の論としては核心部分であるが、この箇所はその後上梓された『赤の誘惑』にいっそう詳しい(ここでは割愛)。

ここでは、後半にもう一度デリダの文の引用がなされるのだが、その前段で蓮實重彦は、《デリダの指摘をまつまでもなく、書かれた言語記号は本質的に無責任な漂流性を生きるものであることをここで改めて想起しておきたい》として引用されるデリダ、《私はいわゆるデリダ派に属する人間ではないが(……)深く共感せざるをえない》として引用されるデリダの核心的な言葉にのみスポットライトを当てることにしよう。

いかなる絶対的な責任からも最終審級の権威としての意識から切り離され、孤児としてその誕生時より自らの父の立会いから分離されたエクリチュールーーーこうしたエクリチュールによる本質的な漂流……(「署名、出来事、コンテクスト」)

エクリチュールとは例えば英語圏ではwritingとされているだけで、つまり「書かれたもの」はすべてエクリチュール=書記である。

ところでサールの主張をもういちど持ち出せば、彼の目的は「フィクション的な発話と字義通りの発話の違いを究明することにある」ということだ。こうも言う、「批評家が作者の意図を完全に知りえないと想像することは非条理である」と。

そしてデリダはそれに対して、かりにサールのいう「真面目な発話」であろうと、それが「書かれた記号」であるかぎり、コンテクストの構成責任をになう主体はそこに不在である、という反論がなされたわけだ。

※詳しくはリンク1,2を参照のこと。

エクリチュールとは、作者という正当な起源を持たず、父親も母親もないまま生成されたものである。その「精神分裂病」的な「無政府」状態。それを受け入れ難い、あるいはデリダの指摘を頭の片隅にさえ置いていないとしか思えない「優秀」な「近代的思考」の持ち主が、依然、跳梁跋扈しているのは、誰もが知る通りである。

※もちろん民法的、あるいは刑法的には「作者」はいる、しかし「作者」はそこにしかいない、とも言えるのだ。また異なった側面からの「自己責任」をめぐっては、ここに少し触れた。→ カントの「自由」----柄谷行人、あるいはジュパンチッチ

デリダのいう「エクリチュール」は理論的に考え抜かれたものであるとしたら、ロラン・バルトの「エクリチュール」はより実践的に述べられているといってよいかもしれない、カント的な意味で。

※カントの三批判は次のようであった。

「我々は何を知りうるか」、「我々は何をなしうるか」、「我々は何を欲しうるか」という人間学の根本的な問いがそれぞれ『純粋理性批判』、『実践理性批判』、『判断力批判』に対応している。(柄谷行人)

ここでロラン・バルトの言葉を『彼自身のロラン・バルト』から付記しておこう。

エクリチュールによって私は、きびしい除外作用に支配されることを余儀なくされる。それは、エクリチュールによって私が世間の常用の(「民衆の」)ことばづかいから分け距てられてしまう、という理由のみによるのではない。もっと本質的な理由は、エクリチュールが私に「自分を表現する」ことをさまたげるというところにある。だいいち、エクリチュールは《誰か》を表現しうるものだろうか。主体の非固形性、そのアトピー〔場所を問わないこと〕を裸かにしてさらし、想像界の疑似餌を撒きちらすことによって、それは、叙情表現(中心的な「心の動揺」をあらわす語法として)いっさいをなりたたなくさせてしまう。エクリチュールは、乾いた、禁欲的な、およそ心情の吐露といったもののない、享楽である。

あるいはバルトがニーチェのエクリチュールを読む快楽を語る言葉。

(それは)一種の音楽、一種思索的な音の調子、程度の差はあるがともかく厳密なアナグラムのゲームである。(私の頭はニーチェでいっぱいであった。読んだばかりだったのである。しかし私が欲していたもの、私が手に入れたがっていたものは、文である思想、という歌唱であった。影響は純粋に音調上のものであった。)

※テクストは楽譜のようなものだとしたらどうだろう? それなら「要約」は馬鹿げていることになる。

もうひとつ、違った側面から。

エクリチュールの実践に身を置く人は、あまり嫌がらずに、自分の思考の感度や管轄を縮小したり逸脱させたりすることを受け容れる(次のようなせりふを言う際によくもちいられる口調を辞すべきではないというわけだ、たとえば《それが私にとって何だというのです?》とか、《私が肝心な点を押さえていないとでもいうのですか?》とか)。エクリチュールの中には、ある種の惰性、ある種の精神的《安易さ》のもたらす快楽があるのかもしれない、私はしゃべるときよりも書くときのほうが自分の愚かしさに対していっそう平気でいられる、とでもいった感じなのだ(教師たちは作家たちより何倍も知的らしくはないか)。

※「フィクション」については、阿部和重と蓮實重彦の対談(「『ピストルズ』――小説という形式性の追求」(「群像」2010年5月号)から次の言葉を付記しておく。

(阿部) 語りの工夫や形式性の追求、何でそういうことを性懲りもなくやり続けてしまうのかというと、(……)やはりフィクションにおけるリアリティーの問題に関係します。フィクションのおけるリアルというのは、現実の出来事を自然な形でかたどることではなく、フィクションという形式を常に覆っている現実といいますか、その形式性を突き詰めれば突き詰めるほど浮き彫りになってしまうまがいものとしての不自然さをこそ指すのではないか。それはもちろん蓮實さんの著作を僕なりに読んできた中で考えついたことでもあるわけですが、自分にとっては創作上の基盤になっています。(……)フィクションを扱う創作において重要なのは、それぞれの表現形式に不可避的に備わっている不自然さ、その規則を忠実に守ることによって浮き彫りになってくる、これは現実ではないというリアリティーをこそ際立たせることなんじゃないかと思っています。

(蓮實)おっしゃる通りです。それは言葉で物を書くことが必然的にかかえこんでいる限界にどう目覚めるかということですよね。

ここでこの文の論旨をさらに「漂流」させることを試みよう。『表象の奈落―――フィクションと思考の動体視力』の「あとがき」よりの「引用」である。

「批評」は、本質的に言い換えの作業にほかならない。翻訳とも呼べるその作業は、言い換えるべき対象としての他者の言説の中でまどろんでいるしかるべき記号に触れ、それを目覚めさせることから始まる。数ある記号のどれに触れて目覚めさせるかで、読む主体の「動体視力」が問われることにもなろうが、それは、読むことで、潜在的なものを顕在化させる作業だといってよい。その覚醒によって、他者の言説は、誰のものでもない言説へと変容する。その変容は、“できごと”として生起し、「批評」の主体をもいくぶんか変容させずにはおくまい。言い換えれば、その二重の変容を通して、とりあえずの翻訳におさまるのだが、「批評」は、それがあくまでとりあえずのものでしかないことを知っている。また、それを知らねば、たんなる「厚顔無恥」に陥るほかはない。

※ここでの「厚顔無恥」とはバルト用語であり、「はしたなさ」と同義である。そして「フィクション」とは、バルトにとって、何よりもまず、「厚顔無恥」を欠いた、あるいは「はしたなさ」から最も遠く離れた言説であり、それは晩年のコレージュ・ド・フランスの講義『「中性」的なもの』『小説の準備』などでの「テーマ」のひとつである(もっともバルトに「テーマ」という語は似合わない)。《欲望とは、横断である。私は「中性」的なるものを横断する》。

「中性的なもの」とは、「威圧的な意味」の支配からのがれることであり、「意味作用を発揮していない、すなわち意味を免除されている」ことである。「意味」の固定化を避けようとするバルトの姿勢をあらわすいくつかの言葉は次のようである。

ニーチェは、《真理》とは古い隠喩の凝固したものに他ならない、といった。ところで、この理屈でいくと、ステレオタイプは《真理》に到る現実の道筋であり、案出された装飾を、記号内容の、規範的な、強制的な形式へと移行させる具体的な過程なのである。(『彼自身によるロラン・バルト』)
反作用〔反応〕による形成。あるひとつの《ドクサ》(世間の通念)を提示してみて、さて、それが耐えがたいものだとする。私はそれからそれるために、ひとつのパラドクサ〔逆説〕を要請する。次には、その逆説にべたべたした汚れがついて、それ自体が新しい凝結物、新しい《ドクサ》となる。そこで私はもっと遠くまで新しい逆説を探しに行かざるをえなくなる。(バルト「同上」)

ところで、バルトは「倦怠」の人でもあった。いやけがさしてうんざりすること。しかも、そのありさまが他人の目にもはっきり見えてしまうこと。そのバルトが「疲労」に肯定的な力を与える。

おそらく人々が疲労の諸秩序を受け入れる瞬間に、疲労は創造的なものとなる。疲労の権利(健康保険の問題ではない)は、新しさの一部となる。倦怠からーーうんざりした気分からーー新しいものが生まれるのである。(バルト『中性的なるもの』)

こうしてモーリス・ブランショの言葉をも援用されることになる。

疲労は、不幸のうちでもっともつつましいもので、中性的なものの中でもっとも中性的なものだ。それは、選択することが許されるなら、誰もが虚栄心から選択することのなかろう体験である。(……)疲労とは、所有的な状態ではなく、問題視することなく吸収する状態にほかならぬ。

このブランショの言葉を「ほぼ」完璧な記述だといいながら、「疲労」とは「厚顔無恥であるまいとして人が支払わねばならぬ対価」にほかならないとつけくわえざるをえないのが、バルトなのだ、と蓮實重彦は「バルトとフィクション」で書く。「所有」ではなく「吸収する状態」を維持するための「つつましさ」。

他方、「疲労」を知らないファルス的「自己表現者」への嫌厭。それらのあり様は、エクリチュールの享楽、《エクリチュールは、乾いた、禁欲的な、およそ心情の吐露といったもののない、享楽である。》、それから遠く離れた振舞いといえるだろう。

私はしばしば他者たちの疲労を知らぬ性格に驚かされる(唖然とするしかない)。(……)エネルギー ――とりわけ言語的なエネルギー ――は、私を唖然とさせる。それは、私には、狂気の徴候としか思えない。他者とは、疲れを知らぬ存在なのだ。(晩年のバルトの日記より『偶景』所収)。

過度で疲労困憊させる他者の言語的エネルギー、「合理」やら「実証」やら「冷静」、あるいは「誠実」、「無邪気」などの「仮面」を被った自己顕示欲の「厚顔無恥」な書記。それは「エクリチュール」の本来の姿からほど遠い。《「中性」的なるものを構造化するのでもなく分析するのでもなく、ただ「横断」することの「疲労」を代償として維持されるエクリチュール》(バルト=蓮實)

もっとも他者の疲れを知らぬ饒舌な言説ばかり蔓延っているとしたら、すぐれたテクストに「ひきこもる」より仕方がないのか? いや必ずしもそうではない(すぐそばでわめき散らかされているのではなくーーこれは耐えられないーー、例えばインターネット上のヒステリー的書記を楽しむために)。

あれらの「はしたなさ」を楽しむためには? 位置を移すこと。聞き手になるのではなく(楽しみ損なうのは確実だ)、その覗き手になること。そうすればフィクションにみえ、「ひびの入った皮膜」にみえてくる。もちろん、そこに欠けているのは、身振りや、声音、表情などなのだがそれは止む得ない。ほとんど発話行為に近い書記がなされている、そして書き手の意識では「現前性」が強いはずだと思われる、たとえばツイッターなどのパロール的書き言葉は、とても奇妙な形式を持っているし、そこに「新しさ」を見ている人もあるのだろうが、いかんせんそこに席巻する我勝ちな「これ見よ顔」(もちろん、ある偶然からしかるべき事件に立ち会ったり、何かを発見したり、特権的な知(専門知識)による時を得た啓蒙などによる即効性のある情報(今回の震災、原発事故で顕著であった)の有用性を否定するものではないが)。

「位置を移すこと」。それは、プルースト的方法でもある。

……なぜなら、私の興味をひくのは、人々のいおうとしている内容ではなくて、人々がそれをいっているときの言いぶりだからで、その言いぶりも、すくなくともそこに彼らの性格とか彼らのこっけいさがにじみでているのでなくてはいけなかった、というよりも、むしろそれは、特有の快楽を私にあたえるのでこれまでつねに別格の形で私の探求の目的になっていたもの、すなわち甲の存在にも乙の存在にも共通であるような点、といったほうがよかった。そんなもの、そんな点を認めるとき、はじめて私の精神は、突然よろこびにあふれて獲物を追いかけはじめるのだが、しかしそのときに追いかけているものは(……)、なかば深まったところ、物の表面それ自体からかなたの、すこし奥へ後退したところにあるのであった。そして、それまでの私の精神といえば、たとえ私自身、表面活発に話していても―――その生気がかえって精神の全面的な鈍磨を他の人々に被いかくしていて―――そのかげで精神は眠っていたのであった。したがって、精神が深い点に到達するとき、存在の、表面的な、模写的な魅力は、私の興味からそれてしまうというわけだ、というのも、女の腹の艶やかな皮膚の下に、それを蝕む内臓の疾患を見ぬく外科医のように、もはや私はそのような表面の魅力にとどまる能力をもたなくなるからだった。

以上、ここに「引用」を中心にして書かれた文はバルトのような「主体の希薄さ」、あるいはバルトが『ミシュレ』で、「これらの推移を記述することは、それらを愛撫することに似ている」と書いたありようとはほど遠く、「はしたなさ」の圏域から逃れることができないのは、書き手の未熟さ、あるいは「中性的なもの」への感性の欠如による。