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2020年8月30日日曜日

グルダとコヴァセヴィッチ





前回のガボットに引き続き、このグルダのバガテルもとってもいい。グールドのよりずっといい。でもグールドってのはボクにとってあらゆる意味でーー音楽に限らず少なくとも20世紀以降の全芸術のなかでーーナンバーワンだということは言っておかなくちゃな、ボクにとっては。

ピアノを愛するというなら、そのためには、別の時代からやってきて、つねに完了形で語っているようなアルトゥーロ・べネデッティ=ミケランジェリのピアノがあるだろう。あるいはまた近年のリヒテルのようにある種の期待が告げられるようなピアノがある。期待、すなわち近頃リヒテルが登場すると、一緒にそこにあらわれるあの未来のノスタルジーだ(ドアはそのときひとりでにひらき、そこにあるのがわからなかった部屋が見える。)しかしながら現在形で演奏するグールドの姿は決定的な光をもたらし、無垢あるいは天使という使い古された語を唇にのぼらせる。(ミシェル・シュネーデル『グレン・グールド 孤独のアリア』)

話を戻せば、ほかのひとの演奏はどうだろうといくつかきいてみたら、アルゲリッチの三人目のだんながやってるや。





好みのテンポで繊細さもあり悪くないんだが、ここでやっぱり音が宙に伸びてゆく感じがわずかなんだな





二番目のだんなはデュトワでよく知られているだろうがーーデュトワの浮気が発端になって離婚ーー、最初のだんな陈亮声の写真を拾ったので貼り付けておこう。




マルタ・アルゲリッチは三人の娘がすべて種違い等、奔放な愛の女という印象があるが、それは印象だけではないか。真摯に愛に生き、愛に苦しみ、愛と闘った女性ではないか。彼女のファンとしてそう錯覚に閉じ籠ることにしている。




10歳下のミシェル・ベロフとも4年間恋愛関係にあったとされるが、次の二人のデュオは煌き輝く愛の結晶のようで実にに美しい。





2019年6月24日月曜日

四つのプレスト






花咲くスミレの墓地で
わが馬ニコルスは快心の脱糞する

ーーわが馬ニコルスの思い出|吉岡実






ときには
バラ色の海綿体へ
沈みつつ
犬の四つ足で踊ること

ーー青い柱はどこにあるか?|吉岡実






紫紅の下着の
女生徒たちのハイキングの賑わいよ!
白いストッキングに覆われた
かたい両腿の跳ねるたび
わが馬ニコルスは呼吸を止め
歓喜し熱い鉄の蹄鉄をはめて
ずーっと遠景までシナゲシを越え
水晶を砕く






わが馬ニコルスのキララで包まれた陰頭が青空へせり上る
痛みの金櫛でこすられて
自立し
転調する
……
わが馬ニコルスはギャロップ!

ーーわが馬ニコルスの思い出|吉岡実




2018年8月3日金曜日

夏の光を背負った「場なき」女

塩田明彦の『月光の囀り』をめぐって四連投になることを恐れ、ラカンについて「理論的」投稿を重ねたが、あれはボクの仮の姿である。ラカンに準拠するのなら、大切なのは詩、あるいはポエジーである。

私は詩人ではない、だが私は詩である。je ne suis pas un poète, mais un poème.(ラカン、AE572、17 mai 1976)





いやあ、『月光の囀り』の最後のシーンであるが、実に美しい。ああ、なんという「性関係はない」「性的非関係」の至高の表現、イマージュであることか!

これこそ、前期ラカンの、男性の愛の《フェティッシュ形式 la forme fétichiste》 /女性の愛の《被愛妄想形式 la forme érotomaniaque》(E733)を超えた「マヌケ男とキチガイ女の出会い」の途轍もなくすぐれた表象である。

「アンコール」のラカンは、性カップルについて語るなか、「間抜け idiot 男」と「気狂い folle 女」の不可能な出会いという点に焦準化する。言い換えれば、一方で、去勢された「ファルス享楽」、他方で、場なき謎の「他の享楽」である。 (コレット・ソレール2009、Colette Soler、L'inconscient Réinventé )

とはいえ、ここで誤解のないように断っておかねばならない。『月光の囀り』をめぐる三連投目で「私は痴である」と明瞭に示しているように、わたくしはキ印の側にあることを。わたくしはマヌケ男ではないのである。 蚊居肢子はつねに夏の光を背負っている。

扉があいて、先の女が夏の光を負って立った。縁の広い白い帽子を目深にかぶっているのが、気の振れたしるしと見えた。(古井由吉『山躁賦』杉を訪ねて)

ああ、なんという美しく夏の光を背負った「場なき」キチガイ女と「去勢された」マヌケ男であることか。かれらはああやって幸福の扉の閾をわずかばかり踏みくぼめたのである。だが・・・

幸福とはまぢかい迫りつつある損失の性急な先触れにすぎないのだ……

たとえば閾。愛しあう二人は、昔からある扉口の閾をかれら以前の多くの人、またかれらの後にくる未来の人々と同様にすこしばかり踏みくぼめるが、それは二人にとって通常の閾だろうか……、いな、かろやかに越える閾なのだ、(リルケ『ドゥイノの悲歌「第九の悲歌」)



2017年10月3日火曜日

恋なるもののもっとも堅固な部分

数日前はじめて出会ったのだが、ロッテ・レーマンの「愛する思い "Ich liebe dich,..."」はこよなく美しい。

このYoutube映像は、貼り付け不可になっているが → Lotte Lehmann, Beethoven: Ich liebe dich (Victor, 1936)

この曲は、わたくしにとってとても痛切な記憶にかかわるのである。ディスカウやその他もろもろの歌手たちではいけない。あのときのわたくしの情感とはまったく懸け離れている。それに反して、ロッテ・レーマンの歌唱はあの14歳時のアツく迸る記憶にじつにピッタリとくる。

すこしまえシュワルツコフ/グールドの「あしたには Morgen」を貼り付けたが、今聴き比べてみると、これまたロッテ・レーマンの歌唱のほうに遥かに魅せられる。





ーーなんという果てしない憧憬の、切実かつ情動的な歌声。手に届かないものに手を伸ばそうとするあの少年の悲哀が痛切に蘇ってくる。記憶が音楽に変わるのか、それとも音楽が記憶に変わるのか判然としない・・・

…………

わたくしは冒頭に掲げたベートーヴェンの「愛する思いは 朝夕たえず……」を、中学生時代の最後の音楽の時間に歌った(自分の好きな曲を自由に演奏するという課題だった)。

わたくしの一世一代の歌唱である。歌い終わったあと、クラスでは、三秒ぐらいの静寂がおとずれたほどであった・・・あのくらい歌を「魂をこめて」歌ったことは他にはない。

もちろんあの「愛する思い」とは、実は「ヤリたい思いは 朝夕たえず……」であったかもしれぬが・・・

ひどい恋に陥っていた。当時は、《朝礼で整列している時に、隣りにいるまぶしいばかりの少女に少年が覚えるような羞恥と憧憬と、近しさと距離との同時感覚》(中井久夫)はとうに過ぎ去っていた。

学校帰りの途中にかなりの広さの庭園をもった廃屋がありーーおそらく五百坪近くあったーー、錆びた鉄門を開けてしばしばあの少女と入り込んだ。接吻ぐらいはした、《抱きしめあうことにもなった。吾良は勃起を感じとらせぬよう腰を引く配慮をするどころか、……むしろ相手の下腹やら腿やらをそいつで押しまくってやった》(大江健三郎『取り替え子』)という風だったかどうかは失念した・・・だが学生ズボン越しにわが灼銅製のバナナが、少女の太腿かどこかにグリグリとあたるのを避けようなどとは思わなかったのは確かである。少女があのタマとしての身体(タマとは折口信夫のいう意味である)の脈打つ強度(これももちろんクロソウスキー=ニーチェの強度の波動としてのタマ Stimmung である)に目を瞠り、互に沈黙したまま、上気した顔を見合せることが何度もあった・・・

いま唐突に思いだしたが、後ろから抱きしめることもしばしばあったので、グリグリお尻も多かった(イヤ何故忘レテイタノカ? それがむしろ奇妙である)。夢のなかでは次のような光景が何度も現れたのに・・・




いやそれだけではない。とはいえ、あの乙女の神秘の奥処に魂の強度を差し入れるなどという下品なことは思いもよらなかった(筈デアル)。14歳の少年は純粋だったのである・・・せいぜい次の程度の夢である。




何はともあれ、夢のなかでさえ《鋭い欲情に放電しているもので、彼女の内部に深く触れはしなかった》(金井美恵子『くずれる水』)。ただし常なる間歇的なしたたりはあったのである・・・

私はいまも思いだす、そのときの暑かった天気を、そんな日なたで給仕に立ちはたらいている農園のギャルソンたちの額から、汗のしずくが、まるでタンクの水のように、まっすぐに、規則正しく、間歇的にしたたっていて、近くの「果樹園」で木から離れる熟れた果物と、交互に落ちていたのを。そのときの天候は、かくされた女のもつあの神秘とともに、こんにちまでもまだ私に残っている、――その神秘は、私のためにいまもさしだされている恋なるもののもっとも堅固な部分なのだ。(プルースト「ソドムとゴモラⅠ」)

ある時、人が入り込んでくる気配があり、二人して隣家に面した裏の塀をよじのぼり、逃げたことがある。そのとき少女のお尻をセーラー服のスカート越しに押し上げて彼女の手助けをした。イヤ、モチロンソレダケデハナイ・・・乙女ノ太腿ノ感触ダッテコノ今デサエ残ッテイル・・・忘我の瞬間があったのである。眩暈をもたらす匂いの記憶もあるのだが何のニオヒであるかははっきりしない・・・抱きしめ合ったときの、うなじや腋臭の、さわやかな酸味をまじえた仄かなかおりとは、やや異なるニオヒではあった・・・

ナオミさんが先頭で乗り込む。鉄パイプのタラップを二段ずつあがるナオミさんの、膝からぐっと太くなる腿の奥に、半透明な布をまといつかせ性器のぼってりした肉ひだが睾丸のようにつき出しているのが見えた。地面からの照りかえしも強い、熱帯の晴れわたった高い空のもと、僕の頭はクラクラした。(大江健三郎「グルート島のレントゲン画法」『いかに木を殺すか』所収)



《戀びとよ/すえた菊のにほひを嗅ぐやうに/私は嗅ぐ……》(「薄暮の部屋」)、《白菊の花のくさつたやうに/ほのかに神祕なにほひをたたふ》(「夢」)

するどく指をとがらして、
菊をつまむとねがふより、
その菊をばつむことなかれとて、
かがやく天の一方に、
菊は病み、
饐えたる菊はいたみたる。

ーー萩原朔太郎「すえたる菊」


これこそわたくしの《いまもさしだされている恋なるもののもっとも堅固な部分》なのである。

それでも憧憬の念の止まぬものなら、愛を生きた女たちのことを歌うがよい。(リルケ『ドゥイノの悲歌』)

ーーとはいえ真の愛を生きたのはあの少年だけだった・・・

もっともこの記憶映像の先の、わたくしの発達段階の先史時代(三歳以前)に、スタンダール的出来事がなかったなどと否定するつもりはない。

私の母、アンリエット・ガニョン夫人は魅力的な女性で、私は母に恋していた。 急いでつけくわえるが、私は七つのときに母を失ったのだ。(……)

ある夜、なにかの偶然で私は彼女の寝室の床の上にじかに、布団を敷いてその上に寝かされていたのだが、この雌鹿のように活発で軽快な女は自分のベッドのところへ早く行こうとして私の布団の上を跳び越えた。(スタンダール『アンリ・ブリュラールの生涯』)

わたくしのアンリエット・ガニョン夫人は、手入れがいささか悪かったせいなのか、チーズ臭がしたが、わたくしは今でもひどく臭うチーズが大好物である。

…………

ロッテ・レーマンは、ひょっとしてワーグナーの「愛と死」を歌わせたら、キルステン・フラグスタートと同じくらい美しいのではなかろうか。そう思い、彼女のものをはじめて聴いてみた。

わたくしはワーグナーをほとんど聴かないが、『 ジークフリート牧歌 Siegfried Idyll』とこの「愛の死 Liebestod」だけはそれなりの頻度で聴く。

『ジークフリート牧歌』は名高いチェビリダッケのものではなく、「室内楽」のようであるショルティでなければならない(ニーチェが愛した清澄さを求めるためである)。

またキルステン・フラグスタートの「愛と死」は後年のフルトヴェングラーの指揮のものより、1936年版を格段に好む(Kirsten Flagstad - Liebestod - 1936)。実に崇高である。冒頭ちかくの、スカンション、セミコロン、ダッシュの渦巻く力とでもいうべき歌い方に途轍もなく痺れてしまう。これがフルトヴェングラー版にはないのである。

ロッテ・レーマンはフラグスタートにくらべて、崇高さはやや劣っているかもしれない(イヤイヤ、ソンナコトハナイ・・・)。だが仮にそうであっても、この際、許容しなくてはならない。あの14歳の少年にも崇高さはいささか欠けていたはずだから(そもそもすえた菊のにほひと崇高さはやや相性がわるいのである)。

◆Lotte Lehmann "Isolde's Liebestod" Wagner







2016年2月28日日曜日

若いカルテット Schumann Quartett

◆Schumann Quartett - 2013 (Haydn Quartet in G Major, Op. 77, No. 1)




なぜか若いカルテットの演奏を聴くと、ときどきドキッとするのだが、いいなあ、この四人、このなんという軽やかさ!

The three brothers Mark, Erik and Ken Schumann, who grew up in the Rhineland, have been playing together for five years. In 2012, they were joined by violist Liisa Randalu, who was born in the Estonian capital, Tallinn, and grew up in Karlsruhe, Germany. (Schumann quartett biography)

ーーということらしい。次男の第一ヴァイオリンと三男のチェロがとくにうまい。

ほかのカルテットの演奏を聴いてみたけれどーー有名どころのーーこんな魅力的なのにはあたらない。この若いカルテットの11th Banff International String Quartet Competition での同じハイドンもある(冒頭にわずかな瑕瑾があるか。だがたちまち取り戻している)。

…………

わたくしのお気に入りの若いメンバーによる四重奏団ーー若いといっても彼らはすでに三十代半ばだが(第一ヴァイオリンのピエール・コロンベ (Pierre Colombet)は、1979年生まれ)ーーの紹介画像を掲げておこう。エベーヌ四重奏団、すなわち黒檀 EBENE カルテット。

◆Quatuor EBENE: Ravel, Debussy, Fauré -String Quartets



Ebene Quartet's Top Five String Quartet Piecesも、彼らが何を愛しているのかが、よく分かる映像だ。僅かの断片が流れるモーツァルトのK.421やベートーヴェンのOP.131の響きにわたくしは魅了される。

彼らが最も愛するのは、ベートーヴェンの14番なのだ、しばしば顕揚される15番OP.132ーーあのゴダールが「カルメンという名の女」で使った「感謝の歌」の楽章があるーーではない。実際、何度も聴くと、15番は飽きてくる。

とはいえ、美しい二人の女と、波の音・水鳥の鳴き声とともの、この場面、この楽章はすばらしい。





OP.130(13番のプレストもひどく好みの断章なのだけれど、若い演奏家たちのものがYOUTUBEにないかと探しても、残念ながら見当たらない。

かわりに次ぎのものを貼り付けておこう。知らないカルテットだが、映像はーーいやテンポもフレージングもーー、楽しめる(ブタペストカルテットを好むのだが(特にOP.131)、ブタペストのプレストはややかったるい)。





ああ、友と、愛する人と一緒に合奏できるのはなんと羨ましいことだろう。

音楽を聞くには隠れなければならないと思うことがある。音楽は手袋の内と外をひっくり返すようにわたしを裏返してしまう。音楽が触れ合いの言葉、共同体の言葉となる。そんな時代がかつてあったし、いまも人によってはそんな場合があるのはもちろん知っているが、わたしの場合は、ほかの人々と一緒に音楽は聞けない。誰かと一緒に音楽を演奏するとなれば話は別だ。室内楽ならば、あらゆる意味で相手に合わせなければならない。二重奏のソナタや三重奏なら一緒に演奏することができる。それだけの謙虚な気持ちと少しばかりの愛があれば十分だ。あるいは深い知識があって、憎しみがなければできる。

だが、なぜ一緒に聞くことができないのだろう。なぜ音楽は孤独で身動きできない状態にあるときのわたしたちをとらえるのか。一緒に聞けば、他人の目の前で、そして他人とともにいながら、自己をあくまでも自分ひとりきりのものでしかない状態に投げ出してしまうことになるからなのか。それぞれの人間によってたがいに異なるはずの遠くの離れたものを共有することになるからなのか。子供時代も死も共有できはしないからなのか。

音楽、それは身体と身体のぶつかりあいであり、孤独と孤独のぶつかりあいであり、交換すべきものがなにもないような場での交換である。ときにそれは愛だと思われもしよう。演奏する者の身体と聴く者の身体がすっかり肉を失い、たがいに遠く離れ、ほとんどふたつの石、ふたつの問い、ふたりの天使を思わせるものとなって、どこまでも悲しい狂おしさを抱いて顔を向き合わせたりしないならば。 (ミシェル・シュネデール、グレン・グールド Piano solo )

2015年12月29日火曜日

世界は光る、きらりと

世界は光る、きらりと、
朝まだき露の滴が山裾の野に光るように。

Beethoven - Bagatelle op. 119 no. 9



今、動かない髪の毛を
風が静かになぶる
忘却の枝が左の耳に刺さる
きみは焦げたマントの上に横たわる
鳥がいっせいに飛び立った後の庭のように
暗闇の中で立ち往生した歌のように
止まってしまった時計のように
睫毛があるかなきかのさようならをささやき
戸惑いがその場で凝固する…… (オディッセアス・エリティス)




ささった槍は 今も揺れてる (ペーター・ハントケ)




2015年8月19日水曜日

Beethoven Bagatelle Op.33 No.1

太くて短い、不器用な、動きのにぶい親指、強く器用な2の指、一番長いがゆえに受動的な3の指、日常生活ではあまり使わないが打つ力が以外に強く機敏な、歌うのに適した4の指、筋力はあるが、短くて小さいので打鍵力が弱い5の指(ヨゼフ・ガート)

ある本でーー旅行者が子どもたちのピアノの練習の参考に、といって数年前我が家に置いていった「ピアニストへの基礎」(田村安佐子)ーー上の文を見出したので、さてヨゼフ・ガートとはだれだったかと調べてみると、ハンガリーのピアノ教師らしい。

ネット上には「芸術的表現のための不変なるピアノ演奏テクニック探究 ~名教師ヨーゼフ・ガート教授が遺した偉大なる功績~」(2011)なる日本人による小論もある。

この論を眺めていると次ぎのような画像がある。




ははあ、オレの左手はショパンみたいな手だな・・・わたくしの左小指は机の上に手をポンとのせると、ショパンのように曲っているのだ、それに親指の関節の付け根の骨がひどく出ている。

冗談ぬきで、四十すこし前になるころに左手を熱心に矯正したことがある。薬指を中心にスタカートの練習やら重音のトリルやら。まったく上がらなかったーー小指、薬指、中指を三本、机の上につけて薬指だけ上げようとしても2、3ミリしか上がらなかったーーその指が、今では2センチぐらいは上がる。そのため掌や甲が痛くなったり、前膊から肘まで痺れるようになった時期がある。

とはいえそれでピアノを弾くのがたいして上達したわけではない。やはりピアノの技術も機械体操みたいなところがあり、躰がかたくなるまえにーー10歳前後までに--基本的なところをやっておかないとどうしようもないのだろう。

よく訓練されたピアニストの手というものがある。だいたい小指から眺めると次ぎのような形をしている。




小指がわに手の甲をわずかにひねった形とでもいうのだろうか。小指から掌の縁の線が独特の形をもっている、--はずだが、そうでないピアニストもいるのでこのあたりも一概にいえない。

ところで当地はかつてフランスの植民地だった国なので、ピアノの練習にLes classiques favoris du pianoという仏出版の書を使う。難易度ごとに五冊あるのだが、その三冊目、たぶん日本でいえば中級レヴェルということになるだろう、そこにベートーヴェンのバカテルOp. 33 No. 1があり、それを10歳になる次男が練習している。

これはわたくしもなんとか弾けないではないが、下手さが目立つ曲である。ようする音の粒が揃っていないと、スケールなどの速いパッセージがどうしようもなく醜く聞える。またスタカートの躍動感が手の力が抜けていないとぜんぜんダメだ。


◆Emil Gilels plays Beethoven Bagatelle in E flat Op. 33 No. 1




弾けるといってもギレルスのようなテンポではなく、次ぎのシュナーベルよりもやや遅めのテンポだが、そうであってもわたくしや息子が弾くとどうしようもなく「きたない」。


◆Artur Schnabel Beethoven Bagatelle Op.33 No.1




もうふたりの名手の演奏をきいてみよう、わたくしは十代のころ、グールドの演奏におどろいた口でありこの曲には馴染み深いが、こうやってほかの演奏家の演奏をきいてみるのは今回がほとんど初めてである。

◆Walter Gieseking plays Beethoven Bagatelle in E flat Op. 33 No. 1




◆G.Gould Beethoven - Bagatelle Op.33-1




最近の人はどうなのか、と探してみると、次ぎのものがある。

◆Beethoven, Seven bagatelles op. 33 — Sergey Kuznetsov




Sergey Kuznetsovは1978年ロシア生まれ。魅力的なハイドンの録音がある。

◆Haydn, piano sonata in E minor — Sergey Kuznetsov




ああ、ハイドンとはなんとすばらしいのだろう!

ハイドンをきくたびに思う、何とすてきな音楽だろう! と。

すっきりしていて、むだがない。どこをとってみても生き生きしている。言うことのすべてに、澄明な知性のうらづけが感じられ、しかもちっとも冷たいところがない。うそがない。誇張がない。それでいて、ユーモアがある。ユーモアがあるのは、この音楽が知的で、感情におぼれる危険に陥らずにいるからだが、それと同じくらい、心情のこまやかさがあるからでもある。

ここには、だから、ほほえみと笑いと、その両方がある。

そのかわり、感傷はない。べとついたり、しめっぽい述懐はない。自分の悲しみに自分から溺れていったり、その告白に深入りして、悲しみの穴を一層大きく深くするのを好むということがない。ということは、知性の強さと、感じる心の強さとのバランスがよくとれているので、理性を裏切らないことと、心に感じたものんを偽らないということとがひとつであって、二つにならないからにほかならないのだろう。(吉田秀和『私の好きな曲』ーー「ハイドン ピアノソナタ Hob. XVI:46」より

ベートーヴェンのBagatelle Op.33 は作曲時期は1801-1802年であり中期の作品となるのだろうが、初期ベートーヴェンの名残り、ハイドンの影響の澄明さがあるから好のむのかもしれない。

最近とみにハイドンに惹かれる。ところがピアニストたちはだいたいハイドンに冷たい、なんど残念なことだろう!

ソナタへ長調(第44番Hob.XVI:29 )。この曲をたった一度だけ弾いた場所がロンドンだった。優しいハイドン、あなたが大好きだ。でもほかのピアニストたちはどうだろう。みんなあなたに対しては冷たい。残念なことだ。(リヒテル)

◆Haydn - Piano sonata n°44 Hob.XVI:29 - Richter London 1961







2015年3月12日木曜日

かすかなざわめきを発する線

前投稿に引き続き、在庫整理である・

…………

@RichterBot(シュナーベルの演奏するベートーヴェンのピアノソナタ第五番ハ短調の録音*を聴いて)
文字通りこの注目すべき解釈に唖然となった。
曲が突如としてほとんど触れられるほどに生き生きと躍動したからだ。見事だ!
*http://p.tl/Q-iK (スヴャトスラフ・リヒテル)

というわけで今まで聴いたことのなかったシュナーベル演奏のベートーヴェンのピアノソナタ第五番ハ短調を聴いてみる。





ーーここにはグールドがいる、それよりもなによりも、なぜか「分裂病的」な演奏という言葉が口から洩れそうになる。一楽章はグールドの演奏以上にグールドっぽい、ーーという言い方は語弊があるが、なんというのか、グールドの演奏のわたくしが好むエッセンスのようなものがある。他方、グールド自身のop 10の一楽章は急かされたような気分になって、わたくしの好むグールドはわずかしかないーー、もっとも、二楽章は、グールドの演奏をシュナーベルのものより断然好むが。

ベートーヴェンの作品のレコード録音では、和声の肉付きの薄いシュナーベルのような音の響きを追求した。それに対して、レコーディング・エンジニアはこんな応答をしている。「長距離電話で聞けば、そんなふうになりますよ。」(……)音楽によって他人とそして彼自身と遠くから接触をはかろうとするのが彼の物理学と形而上学なのだ。演奏している、誰を呼んでいるのかはわからない。自分自身の内部で誰が呼んでいるのかもわからない。ふたつの遠隔地のあいだの単なる空気の振動、ただ迷っているということのほかにはなにもわからないふたりの存在を結びつけ、かすかなざわめきを発する線。
彼がシュナーベルのうちに愛したのは、「ピアノに本来そなわる諸要素を無意識のうちにほぼ完全に否定しようとする意志」なのだという。ピアノはグールドの無意識だったのだろうか。やがてすっかり放棄してしまうときがやってくる。「ほとんどピアノは弾かない。一時間か二時間か、それも月に一度、接触をもつためだ。だがときにピアノに触る必要が出てくる。そうしないとちゃんと眠れなくなるのだ。」(ミシェル・シュナデール『グールド 孤独のアリア』千葉文夫訳)

リヒテルbotというのは、いろいろなことを教えてくれる。少年時、リヒテルの平均律一巻を愛したのだがーーグールドのもの以上にーー、第二巻には失望した。それについてもリヒテルが次ぎのように告白している。

@RichterBot: かなりうまくいった第一巻とは逆に、この第二巻の録音は屑だらけだ、それも何たることか、嬰へ短調や変ロ短調のようなもっとも重要な前奏曲とフーガ(たぶん全曲中でもっとも並外れた作品であり、第一巻のロ短調にもまったく劣らないと私は考えている)にそれがあるのだ。リヒテル

というわけで嬰へ短調 BWV883や変ロ短調BWV891を聴きなおしてみたのだが(これはかなり前のことだが)、BWV883、つまり14番は昔聴きすぎたので(あるいはなんとか弾きこなそうとしたので)、ここではBWV891をレコード録音版ではなく、のちにしばしば聴くようになったヴィデオ映像のグールド(フーガ)をまず挙げる。





少年時、グールドとリヒテル、それにグルダの三種類のレコードをもっていた。この演奏にかんしては、かつてはグルダのものをもっともよく聴いた。






順不同だが、グルダのプレリュード。





BWV891が好きなのだろう、最近はまったく異なったタイプの演奏家Edwin Fischerをも好んで聴く。





とはいえフッシャーは、シュワルツコップを伴奏するシューベルト『糸を紡ぐグレートヒェン』がなんといってもすばらしい。





グールドは誰か歌手を褒めるときには、シュワルツコップを引き合いに出す。

I'M A STREISAND freak and make no bones about it. With the possible exception of Elizabeth Schwarzkopf, no vocalist has brought me greater pleasure or more insight into the interpreter's art.(Streisand as Schwarzkopf)

『糸を紡ぐグレートヒェン』は、もちろんゲーテの『ファウスト』からだが、ここではロラン・バルトを引用しておこう。

歴史的に見れば、不在のディスクールは女性によって語りつがれてきている。「女」は家にこもり、「男」は狩をし、旅をする。女は貞節であり(女は待つ)、男は不実である(世間を渡り、女を漁る)。不在に形を与え、不在の物語を練り上げるのは女である。女にはその暇があるからだ。女は機を織り、歌をうたう。「糸紡ぎの歌」、「機織りの歌」は、不動を語り(「紡ぎ車」のごろごろという音によって)、同時に不在を語っているのだ(はるかな旅のリズム、海原の山なす波)。そこで、女ではなくて男が他者の不在を語るとなると、そこでは必ず女性的なところがあらわれることになる。待ちつづけ、そのことで苦しんでいる男は、驚くほど女性的になるのだ。男が女性的になるのは、性的倒錯者だからでなく、恋をしているあらである。(神話とユートピア、その起源は女性的なところをそなえた人びとのものであったし、未来もそうした人びとのものとなるだろう。)(ロラン・バルト『恋愛のディスクール』p23)