2014年12月31日水曜日

Paul Verhaegheによるヒステリーと強迫神経症の定義

Paul Verhaegheの「OBSESSIONAL NEUROSIS」の冒頭には、驚くほど簡潔なヒステリーと強迫神経症の彼独自の定義がなされている。

神経症とは何だろう? このシンプルな問いは答えるに難しい。というのは主に、フロイト理論が絶え間なく進化していくからだ。この変貌の主要な理由は、まさに強迫神経症の発見である、そしてそれはフロイトにとって生涯消え去ることのなった欲動をめぐる議論と組み合わさっている。私は、最初から結論を提示しよう。神経症とは、内的な欲動を〈他者〉に帰することによって取り扱う方法である。ヒステリーとは、口唇ファルスとエロス欲動を処置するすべてである。強迫神経症とは、肛門ファルスと死の欲動に執拗に専念することである。

What is a neurosis? This simple question is hard to answer, mainly because Freud's theory constantly evolved. One of the main reasons for these shifts is precisely the discovery of obsessional neurosis in combination with the ever-present discussion on the drive. I will give you my conclusion at the outset. Neurosis is a way of handling the inner drive by ascribing it to the Other. Hysteria has everything to do with the oral phallus and the Eros drive; obsessional neurosis occupies itself obstinately with the anal phallus and the death drive.

衆知のごとく、フロイトーラカン派では、神経症の下位分類が、ヒステリーと強迫神経症であり、上の記述はその文脈のなかでの三つの言葉の定義である。

まずはここで強迫神経症と死の欲動の関係を中井久夫のエッセイから引こう。以下の文にある「死の本能」は「死の欲動」として読もう。そしてラカンによれば、すべての欲動は潜在的には死の欲動である。《…toute pulsion est virtuellement pulsion de mort. Lacan Ecrit 848

「死の本能」は戦争が生み出したものであって、平時の強迫神経症はむしろ、理論の一般化のための追加である。裁判でフロイトは戦争神経症を診ていないではないかと非難され、傷ついたであろう。これが「死の本能」の淵源の一つであり、その根拠に、反復し、しかも快楽原則から外れているようにみえる外傷性悪夢がこの概念で大きな位置を占めている。(中井久夫「トラウマについての断想」『日時計の影』所収 53頁)

さて、冒頭の文に戻れば、ヒステリーが口唇欲動とエロス、強迫神経症が肛門欲動とタナトスにかかわるとされている。ここでのエロス/タナトスのポール・ヴェルハーゲの解釈を別の論文から示すが、彼の解釈は、フロイトの最晩年の論文に大きく依拠しているので、まずフロイトから抜こう。

エンペドクレスの二つの根本原理――philia 愛とneikos闘争 ――は、その名称からいっても機能からいっても、われわれの二つの根源的本能(欲動;引用者)、エロスと破壊beiden Urtriebe Eros und Destruktionと同じものである。その一方は現に存在しているものをますます大きな統一に包括しようと努め、他のものはこの統一を解消し、統一によって生れたものを破壊しようとする。(フロイト『終りある分析と終りなき分析』人文書院 旧訳

エロスはより大きな統一へ向かい、タナトスはその統一を破壊するとある。

ここからポール・ヴェルハーゲは次ぎのように言うことになる、《生の欲動(エロス)は死を目指し、死の欲動(タナトス)は生を目指す》。

ーーこのように一見逆説的な見解が示されるが、フロイトの上に掲げた文章を素直に読めば、どうしてそのように読めないことがあろう(参照:フロイトの『Why War?』における愛と憎悪)。

エロスが死をめざす、という意味は、究極的には〈大文字の母〉、母なる大地との融合を目指すということであり、だがそのとき個体は消滅してしまう。だからエロスは不安と受動性にかかわるのだが、その不安とはその消滅の怖れの不安だ。

タナトスが生をめざす、という意味は、エロス欲動の大きな統一を目指す動きを破壊する。すなわち融合による個の消滅の誘惑から逃れだし個人としての能動性を確保しようとする。しかしながらタナトスは殆んどつねにエロスの欲動と合体して(Triebmischung エロスとタナトスの欲動融合)、反復衝動をする。それは灯火にむれる蛾の、灯りを目ざしてはそれてゆく、その反復運動である(参照:エロスとゆらめく閃光)。

主体は、己のa(対象a)への完全な応答を得る/与えるのを確信するために、母他〔(m)other〕を独占したい。だがそのような完全な応答は不可能である。そこにはつねに残余があり、“ Encore”(もっと、またもっと)の必要の切迫がある。“ Drang ”(衝拍、もしくは圧力)は、ドライブ〔欲動の継続〕したままだ。

The subject wants the (m)other all to itself, to be sure of getting/giving a complete answer to (a). Such a complete answer is impossible, there is always a remainder and a necessity for an “ Encore ” : the “ Drang ” keeps driving .……(『Sexuality in the Formation of the Subject』 Paul Verhaeghe)

もちろんここでの、“ Encore”(もっと、またもっと)とは、ラカンのセミネールⅩⅩの副題である。

さてヒステリー/強迫神経症における口唇欲動/肛門欲動については、ここでも中井久夫の親しみやすい文章を掲げて、その説明のかわりとする。

タバコをやめるということは「タバコを卒業する」ということで、タバコを吸わない前に戻ることではない。このことを言う必要があるのは、喫煙が成人の条件のように理解されているからである。いっぽう、禁煙とは禁欲でないことも言う必要がある。何か代わりに趣味をみつけなさいとはよく言われる助言だが、迫られて趣味を新発見することは現実にはむつかしい。かつての趣味を洗い直してみてだめなら、その人の「食」のレパートリーを聞くのがよい。

口唇的な満足は、同じ口唇的な欲望で代償するのが一番無理がなく、事実、禁煙した人は過食して肥満する傾向を顕著に示すものである。その予防の意味でも、口唇的欲望を量でなく質の向上に当てる方向がよい。職のレパートリーが潜在的にひろいのに、ただ戦後のまずしい食習慣の延長とか、家族の食習慣と相いれないとかで、二次的にせまくなっている場合が意外に多い。家族とではあまり食べない人でも外食では予想外なゲテものまで食べる人が結構いる。日本食しか食べない、それもノリ巻とタマゴ焼しか食べないというような人は生育歴のかたよりでなければ相当に強迫的な人である。口唇的な人は、結構、ナマコ、クサヤ、ふなずし、ブタの耳のサシミ(琉球料理)、カエル(台湾、広東、フランス料理)などの味も一度知れば楽しむ可能性のある人が多い。

私は、喫煙をやめるという人には、やめたからには何かいいこともなくては、と言い、まず、ものの味がわかるようになり、朝、革手袋の裏をなめているような口内の感じがなくなりますよと言い、せっかくだからおいしいものを食べ歩いてはどうですか、それとも家でつくられますか、と言う。配偶者によって(時には子供によって)家族のメニューが決まるから、そのことをにらみあわせて答えを考える。配偶者と食べ歩き計画を立てるのもよい。そのうちに味をぬすんで家庭料理に取り入れる可能性も生まれてくる。

喫煙者は皆が皆口唇的な人ではないが、私の観察では、強迫的(肛門的)な人は、タバコの本数は多いかもしれないが、どうも深く吸い込まない人が多い印象がある。けがれたものを体内に入れることに抵抗があるからだろうか。そして強迫的な人は、結構趣味のある人が多い(室内装飾からプラモデル作りまで)。禁煙を機に今まで買いたくて買えなかったものを自分に買うのを許すことが報酬になる。金銭的禁欲とそのゆるめは共に、精神分析のことばを敢えて使えば肛門的な水準の事柄である。(中井久夫「禁煙の方法について」『「伝える」ことと「伝わる」こと』)

…………

なお、ラカンの四つの部分対象(口唇、肛門、声、眼差し)の関係は、通常、要求/欲望の軸と、〈他者〉へ/〈他者〉から、の軸の四角形のなかに、それぞれ次ぎのように位置づけられる。





口唇欲動は、〈他者〉へ要求する(ボクから母へ、ボクの欲しいものを下さいという要求)。
肛門欲動は、〈他者〉から要求される(母からボクへ、規則正しくウンコをしなさいという要求)。

眼差し(視姦)欲動は他者への欲望である(ボクに見せて!)。
声の欲動は他者からの欲望である(母はボクから欲しいものを告げる)。

ーー以上の四つの部分対象については、ジジェクの『LESS THAN NOTHING』(2012)に依拠している。ただし四つの項目の語尾の言葉をここではあえて「欲動」としたが、本来部分対象とすべきところ。つまり口唇(部分)対象、肛門対象…、と。

…………

さて冒頭のヴェルハーゲの論文に戻れば、ヒステリーは口唇欲動に特徴づけられるなら、他者への要求する性格類型として定義されることになり、強迫神経症は肛門欲動、すなわち他者から要求される性格類型として定義される。

「OBSESSIONAL NEUROSIS」の最後に、こう書かれることになる。

ヒステリーの子供は〈他者〉から十分に受け取っていない。そして〈他者〉によって取り入れられようと欲する絶え間ない要求主体となる。強迫神経症の子供はあまりにも多く受け取りすぎている。そして可能な限り〈他者〉から逃れようと欲する拒否・拒絶主体となる。

The hysterical child never receives enough from the Other, and turns out to be an ever-demanding subject who wants to be taken in by the Other. The obsessional child receives far too much, and turns out to be a rejecting and refusing subject, who wants la get rid of the Other as much as possible.

かつては女性のヒステリー、男性の強迫神経症と語られた。ということは、すくなくともかつて女児は母の愛が足りず、逆に男児は母の愛が過剰だったといえるのだろうか。

ここではシロウトの臆断は控え、ミレールの文章を掲げておくだけにする。

ラカンが新しい概念をつかんだとき、あるいは臨床的仕事の新しい観点を強調するとき、彼はそれを神経症・精神病・倒錯に適用します。精神分析においては、新しい観点を作るならば、この三つの領域に関連付けて複雑にしなければならないのです。神経症・精神病・倒錯の三つだけが領域なのではありません。例えば、男と女、男性的構造と女性的構造という臨床的カテゴリーもあります。これは三つの主要な臨床的カテゴリーをきれいに横断しています。例えば、ラカンは倒錯は男性的剥奪であり、男と女の二項構造を神経症・精神病・倒錯の三つ組みと結合させるとさらに複雑になると言っています。私たちが言いうるのは、倒錯は男性的剥奪であり、本物の精神病のすべては女性であろうということです。ラカンは精神病を「女性への衝迫[pousse a la femme]」とみなすという、今では有名となったフレーズを作りました。精神病は女性の領域にあるのです。神経症においては、 ヒステリーと強迫が区別され、 一般に女と男に関連付けられます。しかし、だからといってヒステリーの男性がいないと主張するのではありません。…(「ラカンの臨床パースペクティヴへの導入」 ジャック=アラン・ミレール松本卓也訳)

…………

小論「OBSESSIONAL NEUROSIS」は、Paul Verhaegheの『BEYOND GENDER. From subject to drive 』2001の最後に所収されている(http://paulverhaeghe.psychoanalysis.be/boeken/Beyond%20gender.pdf)。

この半年ほどのあいだ断片的に引用してきたが、そこに収められている八篇の論文それぞれはおそらく独立して発表されたものだと思う。この書は、わたくしが2014年にめぐり合った「この一冊」である。とくに五番目の”Subject and Body”はラカンのセミネールⅩⅠの解説、六番目の”Mind your Body”はセミネールⅩⅩの解説として素晴らしい。とはいえ上に書かれたヒステリーと強迫神経症の定義や、とくにエロス/タナトスの定義を信じこみすぎるつもりは毛頭ない。

1,The Riddle of Castrarion Anxiety.
Lacan’s beyond Freud

2,From Impossibility to Inability.
Lacan's Theory of the Four Discourses.

3,Teaching and Psychoanalysis.
A Necessary Impossibility.

4,Trauma and Psychopathlogy in Freud and Lacan.
Structural versus Accidental Trauma.

5,Subject and Body.
Lacan's Struggle with the Real.

6,Mind your Body.
Lacan's Answer to a Classical Deadlock.

7,Dreams between Drive and Desire.
A Question of Representability.

8,Obsessional Nurosis .
The Quest for Isolation.

…………

※附記:途中、図にしめしたラカンの四つの部分対象のもととなるジジェクの文章。

The relationship between the four partial objects (oral, anal, voice, gaze) is that of a square structured along the two axes of demand/desire and to the Other/from the Other. The oral object involves a demand addressed to the Other (the mother, to give me what I want), while the anal object involves a demand from the Other (in the anal economy, the object of my desire is reduced to the Other’s demand—I shit regularly in order to satisfy the parents’ demand). In a homologous way, the scopic object involves a desire addressed to the Other (to show itself, to allow to be seen), while the vocal object involves a desire from the Other (announcing what it wants from me). To put it in a slightly different way: the subject’s gaze involves its attempt to see the Other, while the voice is an invocation (Lacan: “invocatory drive”), an attempt to provoke the Other (God, the king, the beloved) to respond; this is why the gaze mortifies‐pacifies‐immobilizes the Other, while the voice vivifies it, tries to elicit a gesture from it.(ZIZEK"LESS THAN NOTHING")





2014年12月30日火曜日

ボランティア、あるいは「わずらわしい大義の人」

まずボランティア、あるいは無償の慈善活動をめぐる示唆溢れるーーそしてまずは共感したくなるーーツイートに昨日出合ったので、ここに掲げる。

@Kino_Toshiki: 「無償で慈善活動やっている人がいると粗探しして否定しないと死ぬ病」の奴らってさ、やっぱり「無償で他人を思いやって助ける人」なんてのが世の中に実在するとは信じられないんだと思う。「そんな人間いるはずがない、自分と同じで下衆な奴に違いない」ってことにしたいんでしょう。死ねばいいのに。

@Kino_Toshiki: ある種の心苦しさなんじゃないのかな。「まさかこの世に、善意でわざわざ金と時間使ってホームレス支援やる人間なんているはずがない、あいつら宗教か政治活動目的に違いない、そんな立派な人間は存在しない、俺と同じで皆下衆なはずだ」ってことにしておかないと困るのではないかと。

@Kino_Toshiki: 在特会への抗議活動への反応も似たようなものだったよね。「お前らどこからか金もらっているんだろう?左翼団体へのオルグのために弱者を利用しているんだろう?」とかさ。「善意で、無償で何らかの行動を起こす人」なんてのが存在することが本当に信じられない、存在することを認めたくない、という。

@Kino_Toshiki: 世の中には意外に「まあ年末くらい野宿者支援するか」「たまにはボランティア活動でもやるか」みたいな人はそこそこいたりするのだが、そんなことを認めたくないわけですよ。「あいつらは宗教、政治活動家、偽善者」ってことにしておいてくれないと、下衆な自分の心性に直面して、苦しいんだろうな。

「死ねばいいのに」ともあり、これはいささか余分かもしれないが、わたくしも心の底のなかではかすかにでもそんなことを呟いている時があるので、これもとりあえず批判するつもりはない。そもそもツイッターなどを眺めていると、あるいは稀に自分のツイートが大量RTなどされ湿った瞳を送られたり「短絡的」な頷きの輪が拡がったりすると、こんな気分になってしまう場合がある。

@Cioran_Jp: 街に出て人間どもを目にすると、まっさきに思いつくのは「皆殺し」という言葉だ。(シオラン『四つ裂きの刑』)
《おれの曲に拍手する奴らを機銃掃射で/ひとり残らずぶっ殺してやりたい」と酔っぱらって作曲家は言うのだ》(谷川俊太郎「北軽井沢日録」より『世間シラズ』所収)

たんに湿った瞳を送りあったり頷き合ったりするのではなく、われわれに必要なのはまずは次のような姿勢ではないか。

・気心の知れた仲間同士の親しいうなずきあいとは異なる外部の力学
・共感とは異質のある種の齟齬感
・同調からくる納得ではにわかに処理しかねる違和感
・親密さではなく、むしろそれをこばんでいるかにみえる隔たり

平成10年度入学式における蓮實重彦総長の式辞


さて木野トシキさんの発言は、もちろんツイッターからであるが、彼のtwitterではなくtumblrのプロフィール欄にはこうある。

木野トシキです。社会人学生です。今年で4年生になります。卒業後は欧州の大学院に進学しようと考えています。ジャズ・トランペッターでもあります。ビ・バップ大好きっ子。

とはいえ、この方がどんな人であるかはいまはどうでもよい。ただボランティアに向かう人とそうでない人が世の中にはおり、この違いはどこからくるのか、との問いはかねてからあり、かついまでも宙吊りのままだ。

わたくしは一度だけボランティアめいた活動を一週間ばかりしたことがある。だがそれも余儀なく、あるいは偶然の機会に、である。阪神大震災のおり、京都に住んでいたのだが、離婚直後の前妻と娘が西宮に住んでいた。そのため「やむえず」駆けつけたというわけだ。そこで多くのボランティアの人々を見た。髪を金髪に染めた若者が率先して、まるで水を得た魚のように、活発に動き回っているのがひどく印象的だった。それに刺激を受け、その爪の垢でも煎じて飲むようなぐあいに、しばらくボランティアめいた行動をしたというだけである。

・それにしても、神戸を一時は埋めつくしたボランティアたちは、どのような事業によらず、毛細血管のように、すみずみまで救援を行き渡らせた。ボランティアなくして、行政の救援だけならば、全国の行政が集まってもああは行かなかったはずだ。老人の荷物を担ぐとか、家をちょっと直すとか、救援物資を配るとか……。

・奈良女子大では、地震と聞いてさっと出発したのは外国人留学生で、日本人学生は、これにはっと気づいて数日後に後を追ったそうである。(中井久夫「阪神大震災後四ヶ月」)


なぜ奈良女子大のような外国人留学生/日本人学生の差異が出てしまうのか。たとえば外国人留学生にとっては仲間が神戸に住んで被災したから、「さっと出発した」だけなのかーーでは日本人学生の仲間は神戸にひとりも住んでいなかったのかーーこれもわたくしにはいまだ判然としていない。

ところで今はツイッターをやめてしまった小説家・思想家の佐々木中氏が以前つぎのようなツイートをしている。

@AtaruSasaki: 中井=サリヴァン曰く「昇華は潜在的に病であり妄想に近く、偏執狂的になりうる」。自分の欲望を誰からも文句がつかない世のため人のための行為に「昇華」する人は、他人をするべき事をしていない様に見えてきて「わずらわしい大義の人」になる。これはボランティアも治療者も同じ、と中井氏は語る。

@AtaruSasaki: ここで中井氏が「治療者」を自戒を込めて含めていることが重要だ。われらも誰かからは病的に上から目線の「わずらわしい大義の人」なのかもしれぬ。この自己懐疑を持っているだけで違うのでは。また自分の凡夫としての欲望から目を逸らさないことが肝要ではないか。(これ、実は拙著『切手』の裏主題)

彼も、「市民運動を斜に構えてヘラヘラ見下し仲間内で冷笑する社交場」としてあるツイッターという場において、「皆殺し」気分に襲われる仲間の一人であったのではないかと想像しうる人材である。

@AtaruSasaki: 知人のプログラマによると、もうギークたちはFacebookにもTwitterにもいない、Github Gistで日記書くのもやめてリアルで会ってる。が、TwitterにはまだRSSリーダの代替としての、そして市民運動の連絡ツールとしての役割が残ってる。

@AtaruSasaki: おっと、もうひとつ役割がありました。それは「市民運動を斜に構えてヘラヘラ見下し仲間内で冷笑する社交場」としての機能です。どっちもどっち論者、そこまでやらなくても論者、内容はいいがやってる人間が気に食わない論者。内心にあるのは既得権益を失いたくないという自己保身。東電か。

@AtaruSasaki: 繰り返しますが、人種差別などの歴とした不正が目前で行われているのに、客観中立を装ったり党派的に日和見をしたりするのは、そのような不正に積極的に加担していることになります。その理由が狭い業界での保身ともなれば、思っているより遙かにあなたはあなたの敵だと思っていたものに酷似している。

@AtaruSasaki: 自分の信念を貫くこと、しかしこの社会で生き延びること。この二つをなんとか両立するために、ネゴシエーションというものがある。ギリギリの交渉はストレスフルで疲れます。が、いつも逃げ回っていれば、信念や既得権どころか、正義も生命もすべて失うことになる。

さて、佐々木中氏の最初に掲げたツイートに戻れば、そこにあるのは「昇華」である。ボランティアを昇華と捉える中井久夫=サリヴァンの観点が要約されている。

サリヴァンは、フロイトがあれほど讃美した昇華を無条件な善ではないとして、それが代償的満足である以上、真の満足は得られず、つのる欲求不満によって無窮動的な追及に陥りやすいこと、また「わが仏尊し」的な視野狭窄に陥りやすいことを指摘している。それは、多くの創造の癒しが最後には破壊に終る機微を述べているように思われる。(中井久夫 「「創造と癒し序説」 ――創作の生理学に向けて」『アリアドネからの糸』所収)
妄想の類似現象は意外なところにある。またしてもサリヴァンであるが、彼は昇華と妄想とが近縁であると言っている。昇華によって、たとえば慈善事業に打ち込んでいると、他のことをしている人間は皆すべきことをしていない人間に見えて来て、自分の仕事に参加すべきだと考えるようになり、「わずらわしい大義の人」になるという例を挙げているが、これは確かに妄想症の一歩手前である(中井久夫「説き語り『妄想症』」『世に棲む患者』ちくま」学芸文庫、2012年(初出1986年))。

ーーこうやって引用してくると、冒頭の木野トシキ氏のいう《無償で慈善活動やっている人がいると粗探しして否定しないと死ぬ病」の奴ら》の一員になりかねないが、しかしながら《「わが仏尊し」的な視野狭窄》に陥らないためには、あるいは「わずらわしい大義の人」にならないためには、つねに自己懐疑が必要であるには違いない。


ここでもうひとつ付け加えれば、中井久夫は、苦渋に陥っている人びとへの共感をもつか否かは、ーーここでの文脈では、ヴォランティアを率先して行なう人とそうではない人との相違はーー、過去のトラウマの有無にかかわるのではないかと読みとれる文章を書いている。

……心的外傷には別の面もある。殺人者の自首はしばしば、被害者の出てくる悪夢というPTSD症状に耐えかねて起こる(これを治療するべきかという倫理的問題がある)。 ある種の心的外傷は「良心」あるいは「超自我」に通じる地下通路を持つのであるまいか。阪神・淡路大震災の被害者への共感は、過去の震災、戦災の経験者に著しく、トラウマは「共感」「同情」の成長の原点となる面をも持つということができまいか。心に傷のない人間があろうか(「季節よ、城よ、無傷な心がどこにあろう」――ランボー「地獄の一季節」)。心の傷は、人間的な心の持ち主の証でもある(「トラウマとその治療経験――外傷性障害私見」『徴候・記憶・外傷』所収P93

…………

さて、中井久夫の文に「超自我」という語彙が出現しているが、それへのヒントとして、ここで90年代初頭に書かれたジジェクの「昇華」をめぐる文章を掲げる。


昇華(=崇高化)はふつう非・性化と同じことだと考えられている。非・性化とはすなわち、リビドー備給を、基本的な欲動を満足させてくれそうな「野蛮な」対象から、「高級な」「洗練された」形の満足へと置き換えることである。われわれは女に直接に襲いかかる代わりに、ラヴレターや詩を書いたりして誘惑し、征服する。敵を気絶するまでぶん殴る代わりに、その敵を全面否定するような批判を含んだ論文を書く。通俗的な精神分析的「解釈」によれば、詩を書くことは肉体的欲求を満足させるための崇高にして間接的な方法であり、精巧な批判を書くことは肉体的攻撃衝動の崇高な方向転換ということになろう。 ラカンの出発点は、直接的で「野蛮な」満足とされているものの対象ではなく、その反対、すなわち原初的な空無である。原初的な空無とは、そのまわりを欲動がぐるぐる回っている空無であり、<物自体 the Thing>(フロイト的な das Ding。不可能にして獲得不能な享楽の実体)の形のない形としてポジティヴな存在形態をとる欠如である。崇高な対象とはまさしく「<物自体>の気高さまで高められた対象」である。(ジジェク『斜めから見る』)

この物自体das Dingの場には何があるというのか。

幻想は、われわれ各人が、想像のシナリオによって、非整合的な<大他者>、すなわち象徴的秩序の根本的行き詰まりを解消し、かつ/あるいは隠蔽する、そのやり方である。 <対象a>、すなわち剰余享楽を具現化している欲望の対象=原因を、まさしく、普遍的交換のネットワークを擦り抜ける剰余として定義づけることができる。 普遍的「人権」の領域は、ある一つの権利(享楽の権利)の排除の上に成立している。この特殊な権利を含めたとたん、普遍的権利の領域全体が均衡を失う。 主体は、まさに「それ自身のまわりだけを回り」ながら、「それ自身の中にあってそれ自身以上のもの」、すなわちラカンが das Ding というドイツ語であらわしている外傷的な享楽の核のまわりを回っている。主体とはおそらく、この循環運動の、すなわちもっと近くに寄るには「熱すぎる」、この<物自体>との距離の、別名である。この<物自体>があるゆえに、主体は普遍化に抵抗し、象徴的秩序内の場所――たとえ空っぽの場所だとしても――に還元することはできない。 (同)

こうして、これらの「昇華」の例として、無償の愛ーーここでは敢えてそれを無償のボランティア行為と読み替えてもよいーー 、それは「最も淫らな強迫観念」ではないかと読みうる文章が書かれる。

……無条件の義務の哲学者であるカントが知らなかったものを、通俗的でセンチメンタルな文学、今日のキッチュはよく知っている。このことは別に驚くにあたらない。というのも、〈意中の婦人〉への愛を至高の義務と見なす「宮廷恋愛(騎士道恋愛)」の伝統が今なお生きているのは、まさしくそうした文学の世界なのである。コリーン・マッカロウの『淫らな強迫観念』には、宮廷恋愛ジャンルの典型的な例が見られる。この小説はまったく読むに耐えないもので、そのためにフランスでは叢書「ジェ・リュ(私はもう読んでしまった)」の一冊として出版された。この小説の時代は第二次世界大戦の末期、主人公は、太平洋岸にある小さな病院で精神病者の世話をしている看護婦である。彼女は職業上の義務と、ひとりの患者への愛との葛藤に引き裂かれている。小説の結末で、彼女は自分の欲望を理解し、愛を断念して、義務へと戻る。一見すると、なんの面白みもまにモラリズムのように見える。義務が恋愛感情に打ち勝ち、義務のために「病的な」恋愛が断念されるのだから。しかしながら、この断念にいたる動機の描写はもう少し複雑で微妙である。小説の結びは次のようになっているーー

《彼女にはそこに義務があった。(……)それはたんなる仕事ではなかった。そこには彼女の心がこもっていた。しかも奥深く。それが彼女が本当に願っていたことだった。(……)看護婦ラングトリーはふたたび歩きはじめた。颯爽と、恐れることなく、彼女はついに自分自身を理解した。そして、義務こそ、最も淫らな強迫観念であり、愛の別名であることを理解した》。

このように、ここにあるのは真に弁証法的・ヘーゲル的反転である。義務そのものを「愛の別名にすぎない」と感じたとき、愛と義務の対立が「止揚される」。このどんでん返しーー「否定の否定」――によって、最初は愛の否定であった義務が、世俗的な対象に対する他のすべての「病的な」愛を廃棄する至高の愛と合致し、ラカンの用語を使えば、他のすべての「ふつうの」愛の〈クッションの綴じ目 point de caption〉として機能する。義務そのものが根源的に猥褻なのだということを経験した瞬間、義務と愛との拮抗、すなわち義務の純粋性と恋愛感情の病的な猥褻性あるいは淫乱性との拮抗は解消する。

小説の最初のほうでは、義務は純粋で普遍的であり、恋愛感情は病的で、個別的で、淫らである。ところが最後のほうになると、義務こそが「最も淫らな強迫観念」であることが明らかになる。ラカンのテーゼ、すなわち、〈善〉とは根源的・絶対的〈悪〉の仮面にすぎない、〈物自体 das Ding〉、つまり残虐で猥褻な〈物自体〉による「淫らな強迫観念」の仮面にすぎない、というテーゼは、そのように理解しなければならないのである。〈善〉の背後には根源的な〈悪〉があり、〈善〉とは「〈悪〉の別名」である。〈悪〉は特定の「病的な」位置をもたないのである。〈物自体 das Ding〉、が淫らな形でわれわれに取り巻き、事物の通常の進行を乱す外傷的な異物として機能しているおかげで、われわれは自身を統一し、特定の現世的対象への「病的な」愛着から逃れることができるのである。「善」は、この邪悪な〈物自体〉に対して一定の距離を保つための唯一の方法であり、その距離のおかげでわれわれは〈物自体〉に耐えられるのである。(ジジェク『斜めから見る』P299-300)


〈善〉の背後には根源的な〈悪〉があり、〈善〉とは「〈悪〉の別名」である、とあるが、これがフロイト=ラカン派のテーゼのひとつである。もっとも上の比較的若い時期に書かれたジジェクの「挑発的」とさえ読みうる文はいささか分かりにくいかもしれない。

引き続きジジェクによって最近書かれた書(2012年)における超自我をめぐる文を掲げる。この文と上の文を併せて読めば、無償の慈善的行為の裏にはどんなものが隠されているのかという精神分析的な視点がより鮮明になるのではないか。これが正しいとはわたくしは言わない。だがこういった自己懐疑はつねに必要であるには相違ない。

想いだしてみよう、奇妙な事実を。プリーモ・レーヴィや他のホロコーストの生存者たちによって定期的に引き起こされることをだ。生き残ったことについての彼らの内密な反応は、いかに深刻な分裂によって刻印されているかについて。意識的には彼らは十分に気づいている、彼らの生存は無意味なめぐり合わせの結果であることを。彼らが生き残ったことについて何の罪もない、ひたすら責めをおうべき加害者はナチの拷問者たちであると。だが同時に、彼らは“非合理的な”罪の意識にとり憑かれる(それは単にそれ以上のようにして)。まるで彼らは他者たちの犠牲によって生き残ったかのように、そしていくらかは他者たちの死に責任があるかのようにして。――よく知られているように、この耐えがたい罪の意識が生き残り者の多くを自殺に追いやるのだ。これが露わにしているのは、最も純粋な超自我の審級である。不可解な審級、それがわれわれを操り、自己破壊の渦巻く奈落へと導く。

超自我の機能は、まさにわれわれ人間存在を構成する恐怖の動因、人間存在の非人間的な核を途方に暮れさせることにある。この次元とは、ドイツの観念論者が否定性と呼んだものであり、そしてまたフロイトが死の欲動と呼んだものである。現実界のトラウマ的な固い核、――そこから昇華がわれわれを保護してくれるーーその核であるどころか、超自我そのものが現実界を仕切っている仮面なのである。

レヴィナスにとって、主体を非中心化する根源的に異質な現実界的〈モノ〉のトラウマ的侵入は、倫理的な〈善〉の〈呼びかけ〉と同じものだ。他方、ラカンにとっては、逆に、原初の“邪悪な〈もの〉”であり、〈善〉のヴァージョンには決して昇華されえない何か、永遠に不安にさせる切り傷のままの何かなのである。こういったわけで、倫理的な呼びかけの出処としての〈隣人〉の飼い馴らしには、〈悪〉の復讐が横たわっている。“抑圧された〈悪〉”は、倫理的呼びかけ自体の超自我の歪曲の見せかけとして回帰する。 (ZIZEK"LESS THAN NOTHING"私訳)

ここでも中井久夫の文と同様に、肝腎なのは「トラウマ的な固い核」である。とはいえ中井久夫の見解とラカン派の見解とのニュアンスの相違、--おそらくそれが「超自我」を考えるのにもっとも肝要なことであるのではないかと思われるがーー、それはここでは、いや、いまだわたくしにはどこであっても、問い切れていない。そのニュアンスの相違とは、フロイト的に超自我≒自我理想とするかーーこれはわたくしの誤読でないかぎり、中井久夫だけでなく柄谷行人もそうである(参照:「ユーモア」と「超自我」(柄谷行人とフロイト))ーー、ラカン派的に超自我を現実界の審級、自我理想を象徴界の審級とする立場をとるかの差異に由来し、後者では超自我の非合理性、ドイツ観念論者による理性の欲動、その猥雑な面が強調される。

人間存在は、この夜、その単純さの中にすべてを包含しているこの空無である。そこには表象やイメージが尽きることなく豊富にあるが、そのどれ一つとして人間の頭に、あるいは彼の眼前にあらわれることはない。この夜。変幻自在の表象の中に存在する自然の内的な夜。この純粋な自己。そこからは血まみれの頭が飛び出し、あちらには白い形が見える。(…)人は他人の眼を覗き込むとき、この夜を垣間見る。世界の夜を対立の中に吊るす、恐ろしい夜。(ヘーゲル『現実哲学』草稿)
カント以前の宇宙では、人間は単純に人間だった。動物的な肉欲や神的な狂気の過剰と戦う理性的存在だったが、カントにおいては、戦うべき過剰は人間に内在しているものであり、主体性そのものの中核に関わるものである(だからこそ、まわりの闇と戦う<理性の光>という啓蒙主義のイメージとは対照的に、ドイツ観念論における主体性の核の隠喩は<夜>、<世界の夜>なのだ)。

カント以前の宇宙では、狂気に陥った英雄は自らの人間性を失い、動物的な激情あるいは神的な狂気がそれに取って代わる。カントにおいては、狂気とは、人間存在の中核が制約をぶち破って爆発することである。(ジジェク『ラカンはこう読め』)

◆附記:これはラカン派の若く有能な精神科医のツイートのはずだが、鍵アカウントになっているので敢えて彼の名を掲げない。

RT 鍵 : ネトウヨ=底辺説と同じように、レイシスト=人格障害説も、彼らを他者化して考えてるだけなんでダメ議論ですよね。むしろ、どうして私たちがネトウヨやレイシストにならないですんでいるのかを考えるべき。つまり、私たちもそうなりうるものとして。現状、それを論じてるのはラカン派 

とはいえこういう考え方はラカン派だけではないとすることもできる、たとえばニーチェの「権力の意志」は、フロイト=ラカン派の「死の欲動」と類似したものと読みうる→ Encore, encore ! --快・不快原理の彼岸=善悪の彼岸

…………

最後に権力の意志≒死の欲動(あるいは享楽)などといささか厄介な話ではなく、ここでは『道徳の系譜』から、「理想」をめぐるニーチェの「愉快」な叙述を抜き出しておこう。なによりも大切なのは、〈あなた〉の理想を、あるいは脊髄反射的=「身体的」に出てしまうつもりになっている〈あなた〉の善意や良心を、ときに疑うことである。それが視野狭窄に陥らない、「わずらわしい大義の人」の臭気をまぬがれるほとんど唯一の道ではないか(参照:Homo homini lupus、あるいは攻撃欲動(ニーチェとフロイト))。

地上においてどんな風にして理想が製造されるかという秘密を、少しばかり見下ろしたいと思う者が誰かあるか。その勇気をもっている者が誰かあるか…… よろしい! ここからはその暗い工場の内がよく見える。わが物好きの冒険家君よ、暫く待ちたまえ。貴君の眼は、まずこのまやかしのちらちらする光に慣れなければならない…… そうか! ではよろしい! さあ、話してみたまえ! 下では何が起こりつつあるのか。最も危ない物好き屋君よ、貴君の眼に映る事柄を話してみたまえーー今度は私が聴き役だ。――

――「何も見えません。それだけによく聞こえます。用心深い、陰険な、低い囁きと呟きがあらゆる隅々から聞えてきます。私にはごまかしを言っているように思われます。どの声もすべて猫撫声です。弱さを嘘でごまかして手柄に変えようというのですーー確かにそうに違いありませんーー全くあなたのおっしゃるとおりです。」

――それから!

――「そして返報をしない無力さは『善さ』に変えられ、臆病な卑劣さは『謙虚』に変えられ、憎む相手に対する服従は『恭順』(詳しく言えば、この服従の命令者だと奴らが言っている者に対する恭順、――奴らはこれを神と呼んでいます)に変えられます。弱者の事勿れ主義、弱者が十分にもっている臆病そのもの、戸口に立って是が非でも待たなければならないこと、それがここでは『忍耐』という立派な名前になります。そしてこれがどうやら徳そのものをさえ意味しているようです。『復讐をすることができない』が『復讐をしたくない』の意味になり、恐らくは寛恕さえも意味するのです(『かれらはその為すところを知らざればなりーーかれらの為すところを知るはただわれらのみ!』)。その上、『敵への愛』を説きーーそしてそれを説きながら汗だくになっています。」

――それから!

――「すべてこららの陰謀家や隠れ場の贋金造りどもは惨めです。それは疑いありません。奴らは一緒に蹲まって温まり合ってはいるのですけれどーーしかし奴らの言うところによりますと、奴らの惨めさは神意によって選ばれた特別の扱いであって、一番可愛がられる犬が打ちゃく(手偏+鄭)されるのと変わりがない。恐らくこの惨めさもまた一つの準備、一つの試練、一つの訓練なのだろう。のみならず恐らくーーやがては償われ、莫大な利子を附けて、黄金で、いや幸福で払い渡される代物なのだろう、というのです。それを奴らは『至福』と呼んでいます。」

――それから!

――「今度は、私にこんなことを仄めかします。奴らはその唾を舐めていなければならない(恐怖からではない、断じて恐怖からではない! むしろ、神がおよそお上〔かみ〕を敬えと命じたまうたからだ)あの地上の有力者、支配者たちより、単により善いばかりではない。――単に『より善い』ばかりでなく、更に『より幸福』でもある。少なくともいつかはより幸福になるだろう、と。だが、もう沢山です! もう沢山です! もう我慢ができません。わるい空気です! わるい空気です! 理想が製造されるこの工場はーー真赤な嘘の悪臭で鼻がつまりそうに思われます。」

――だめだ! もう暫く! 貴君はあらゆる黒いものから白いものを、乳液やら無垢を作り出すあの魔術師たちの出世作についてまだ何も話さなかった。――貴君は奴らの《精巧な》仕上げ、奴らの最も大胆な、最も細微な、最も巧妙な、最も欺瞞に充ちている窖の獣どもーー奴らがほかならぬ復讐と憎悪から果たして何を作り出すか。貴君はかつてこんな言葉を聞いたことがあるか。貴君が奴らの言葉だけに信頼していたら、貴君は《反感〔ルサンチマン〕》をもつ人間どもばかりの間にいるのだということに感づくであろうか……

――「わかりました。もう一度耳を欹てましょう(ああ! これは! どうだ! 鼻をつまもう)。奴らがすでに幾たびとなく繰り返したあの言葉が今やっと聞えます。『われわれ善き者――そのわれわれこそ正しき者だ』と。奴らの欲するもの、それを奴らは報復と呼ばず、却って『正義の祝勝』と呼びます。奴らの憎むもの、それは奴らの敵ではないのです。そうです! 奴らは『不正』を憎み、『背神』を憎むのです。奴らが信じかつ望むもの、それは復讐への希望、甘美な復讐(――『蜜より甘き』とすでにホメロスが呼んだ)の陶酔ではなくして、むしろ『神を無みする者に対する、神の、義しき神の勝利』なのです。奴らにとって愛すべきものとして地上に残されているもの、それは憎悪における同胞ではなくして、むしろ『愛における同胞』であり、奴らの言うところによれば、地上におけるすべての善くかつ正しい者なのです。」

――では、奴らにとってこの世のあらゆる苦しみに対する慰めとなるもの、奴らが幻に描いて当てにしている未来の至福――、それを奴らは何と呼んでいるか。

――「どうでしょうか。私の耳に間違いないでしょうか。奴らはそれを『最後の審判』、自分らの国、すなわち『神の国』の到来と言っています。――しかも奴らは、それまでの間は『信仰に』、『愛に』、『希望に』生きるのです。」

――もう沢山だ! もう沢山だ! (ニーチェ『道徳の系譜』木場深定訳 岩波文庫P52)



2014年12月29日月曜日

鳩餅と呼ばれたあんこ餅

このところツイッター上で経済学者を「フォロー」して、彼らの主張をいくらか追ってみることをしていたのだが、もうそれも煩わしくなり、いまは三人の経済学者(池尾和人、小黒一正、斉藤誠各氏)以外は「フォロー」を外した。その生き残りのひとり、斉藤誠氏が次ぎのようなツイートをしている。

@makotosaito0724叔父や父が元気だった頃は、静岡の実家に集まった。28日が一番忙しかった。餅をつき、しめ縄を編んだ。鳩餅と呼ばれたあんこ餅、美味しかったなぁ。

懐かしいなぁ、わたくしも、父の時代ではないが、母方の祖父が元気だった頃は(小学生四年まで)、親戚一同が集っての新年の準備の至福の記憶がある。母方の家系は美丈夫が多く、五人の伯叔父たちがかわりばんこに裏庭で餅をつく姿はひどく恰好がよくて惚れ惚れしたなぁ。それに甘党のおじいちゃんが火鉢でゆっくり炙って香ばしくなった「あんころもち」、あるいは祖母が地元の八丁味噌でつくったタレをたっぷりつけて炙った餅のなんと美味だったこと! さらにはまた大晦日には、祖父の経営する小さな会社の従業員までもが集っての十卓以上の麻雀大会、あの賑やかさ、あの笑顔、あの下手糞な父の散財!(おまえのお年玉のためにわざと負けるんだなどと言っていたが)。この日ばかりは母のすぐ下の生涯独身を通した放蕩児の叔父が酒場の女友だちを家に連れてきて、なんだかとっても美人のママだったなぁ。ママやらネエサンやらと呼ばれる女性は毎年違った顔だったけどさ。そんな至福の時は祖父が死んでから徐々になくなってしまった。叔父叔母たちはいつの間にかもう集らなくなった。

もっとも京都の名家のひとつ、いまでは国の重要文化財になった杉本家住宅の主杉本秀太郎氏でさえ、70年代にすでにこう書いている、《集合の時間が、いつの間にか七時になった。やがて七時半にまで繰り下がった。こうなれば、廃絶までは時間の問題だ。三年まえ、分家の家族ふくめての参集のしきたりは絶えた》と。

暮れの二十四、五日頃に、隣家から餅つきの音が聞こえてくる。台所のたたきに臼を据えて搗いている。こちらの台所にまで、地響きが伝わってくる。裏庭にまわると、地響きに代わって、杵音が聞こえる。隣家の餅つきの気配だけで、こちらも気分がゆったりするのはありがたい。

わたしの家では、正月に、輪取りという形式の鏡餅を祖先にお供えする習慣がある。輪取りというのは、径二寸五分のまんまるい檜のたがをはめた、厚さ一寸の餅で、これを三つ重ねにしたものを左右一対、三方に載せて仏壇に供えるのである。この輪取りを承知している餅屋は、いまではほとんどないが、蛸薬師通りの新町東入ル鳴海餅という店だけは、いまでもきちんと作ってくれる。年の暮れに輪取りをこの店に注文するのは、順照寺という真宗西本願寺派のお寺と私のところと、二口だけになったそうである。私の家は西の門徒である。輪取りは、この筋からきているしきたりのようである。

序でながら、門松というものを、私の家では昔から立てたことがない。子どもの時分、どの家にの門口にも、根引きの小松が水引で結わえて柱の袖に掛けてあるのに、うちにはそれがないのがさびしく、父にわけをたずねたことがある。
「門徒物知らず、というてな。諸事簡素にするのがしきたりになっている」
と父が応じたような記憶がある。そういえば、他宗でするような盆のお精霊さんの行事もなければ、歳徳棚や荒神松も、うちには見当たらなかった。大晦日の夜のおけら参りというものさえしなかった。柳田国男が浄土真宗を目の敵に、いやむしろ眼中にも置かなかったのはもっともである。

したがって、正月の用意といっても、さして煩雑ではない。テレビが普及するにつれて恐るべき勢いで流行し、いつのまにやらあらゆる家庭が正月の準備の中心みたいになったおせちというものも、私のところでは従来作らなかった。年始のあいさつにきた人は、玄関で応々と呼ばわり、はきものを脱ぐことはせず、その場であいさつして、さっさと帰っていくのがしきたりだったからである。店の間に、ひつじ草の池沼を描いた時代屏風を立てかけ、そのまえに名刺受けをととのえておくと、名刺を投じただけでそのまま去ってゆく人を少なくなかった。年始の客は数が多いということくらい、だれも心得ていたから、あいさつ以外の冗語は互いに遠慮しながら、年始の往来をとり交わしたのだ。これを水くさいというなかれ。礼節は、形式的であればあるほど虚礼から遠ざかるものである。砕けた付合いがもてはやされる時代は、かえって虚礼がはびこる時代であろう。

ところで、八坂神社におけら参りをし、知恩院の除夜の鐘を聞いて帰れば、もう真夜中ということになるが、私の家でおけら参りをしなかった理由は、元旦が一年を通じてもっとも早起きしなければならない朝だったからだ。戦後も、これは当分そのとおりだった。夜ふかし朝寝坊のくせがついた学生時代には、早朝五時に叩き起こされるというだけで正月がいやだった。六時前にはもう来訪する分家の家族を仏間に迎え入れ、仏壇を正面にして左右に分かれて対面し、家族すべて顔をそろえて新年のあいさつを交すーーーこれが中京の多くが、心学の教訓にのっとった家訓にもとづき、長いあいだ実行してきた元旦のしきたりである。

集合の時間が、いつの間にか七時になった。やがて七時半にまで繰り下がった。こうなれば、廃絶までは時間の問題だ。三年まえ、分家の家族ふくめての参集のしきたりは絶えた。

いまでは八時頃、お雑煮を祝うまえに、私の家だけの親子三代が仏間に顔をそろえる。そしていささか堅苦しく「あけましておめどうとうございます。旧年中は……」と型通りのあいさつを表白する。小学生の娘がくすくす笑っている。

正月三ガ日のお雑煮は白味噌、七日は七草粥、十五日は小豆粥というしきたりは、いまもつづいている。食事というものが儀式の一端であるとすれば、この点では、正月は猶かすかに節を保ち、時の折り目の名ごりを、暮しの中にとどめている。(杉本秀太郎『洛中生息』1976)

ーーなどと書いていたら、さきほどこんなツイートに出合っちゃったよ。

私が唯一恐れているのは、私たちがそのうち家に帰って、年に一度みんなで集まってビールを飲みながら「あの時はよかった」などと語り合うようになってしまうことだ。そうはならないと自分自身に約束してほしい。人は何かを欲しながら、それを手に入れようとしないことがよくある。by ジジェク

というわけで「凡庸な」ことを書いてしまった。

……欲望と悔恨によって定義される現在の無表情なとりとめのなさへの苛立ちといったものは、(……)ほとんどの作家が無意識に選びとる執筆の契機である。いま生きつつある瞬間を確かな手応えをもって把握しえず、そこから充実した体験が見失われてゆくという焦燥感が、あっという間に単調なくり返しのリズムに同調してしまう。そこで、倦怠感ばかりが、存在を無為と懶惰な時間へと埋没させる。こんなはずではなかった、と誰もがいぶかしげに過去を振り返る。かと思うと、これではいけないと未来を望見する。かつて確実にこの手でまさぐりえたはずなのに、まるで嘘のように視界から消滅しているものへの漠とした悔恨、あるいは、いま自分が手にしていてもいいはずなのに、そうすることが何故か禁じられているものへの抑えがたい欲望、そうした過去と未来とが描きあげるイメージの鮮明さに対するこのいまという瞬間の曖昧さはどうだろう。(……)

肝腎なのは、生なましく触知しえない現在に苛立つ者たちだけが、思考すべき切実な課題とやらを文学に導入し、何とか欠如を埋めようと善意の努力を傾けようとする点だ。思想とは、この欠如を充塡すべく演じられる身振りにほかならぬ。そしてその身振りは、いくつもの解決すべき問題を捏造する。イデオロギーとは、そうして捏造された諸問題がおさまるべき体系化された風景にこそふさわしい抽象的な名称なのだ。(蓮實重彦『凡庸な芸術家の肖像』)



2014年12月27日土曜日

嫌煙運動、あるいは「憎むことを愛する」

……「汝の隣人を愛せ!」 ラカンにとって、隣人とはリアル(現実界)だ。(……)ポイントは「汝の隣人を愛せ!」という命令は、まさに隣人のトラウマを避けるための方法だということだね。……

――それは「地獄からの隣人」と呼ばれるTV番組を想い起こさせます。……

地獄からの隣人! なんて素晴らしい表現なんだ。すこしだけそれに付け加えさせてもらうよ。とりわけこの現在、私は断言したくなるのだが、すなわち寛容やら隣人愛等々の押しつけがましい説教の類のすべては究極的には隣人と遭遇を避けるための戦略だ、と。私の好みに事例をあげるなら、喫煙だ、……私が疑っていること(医学的にさえ問題だと思っていること)は、受け身の喫煙、ーーそこでの焦点は非喫煙者がいかに影響を被るかという考え方なんだ。私が思うには、ここで真に論点となっているのは、喫煙を通して、自己破壊的な方法で、あまりにも熱心に自ら享楽している〈他者〉たちがいるということなんだ、そして人はそれが耐えがたいのだ。ここにあなたはもっとも純粋な形での侵入的な隣人、――過度に自己享楽している隣人を見ることができると思うよ。(『ジジェク自身によるジジェク』私意訳)

このジジェクの喫煙の議論を額面通り受取る必要はない。たとえば寿司屋のカウンターで飲食中、隣席の人物が煙草を吸っていれば不快であるのはマジョリティの感覚だろう。ただし世間に蔓延りつつある過剰な喫煙嫌悪運動は、どこかそれとはことなった領域の心理的メカニズムが働いているのではないか、という問いを発してみる必要が偶にはあるには違いない。

たとえば「煙草について、現在気になること、心掛けていらっしゃることがありますか。」とのアンケートに対する蓮實重彦の回答は、その世間の風潮(ここでは千代田区の条例にかかわるが)への反発を示している。

喫煙について意識的になるのを避けるために、「気になること」や「心掛けること」は持たないことにしていますが、千代田区で吸ったわけではない吸殻をわざわざ千代田区の歩道に捨ててまわるときなど、やはり何かを「心掛けている」のかも知れません。(「ユリイカ」2003)

 これはなにも喫煙だけにかかわらない。ジジェクが指摘するように、自己破壊的な方法で、あまりにも熱心に自ら享楽している他者にわれわれは耐えがたい。たとえば数日前、大橋仁という写真家へのツイッター上での反発をめぐっていささか記したが(「写真の本質の飼い馴らし、あるいは白痴が微笑む世界」)、あそこには単に社会規範に反することをする「芸術家」への庶民的正義派の苛立ちだけではない、より「無意識的な」反発があるのではないかと疑うことができる。それはジジェクの見解では、〈隣人〉という他者の享楽が耐えられないということになるのだが、レイシズムやいじめなども同じメカニズムをもっている。

われわれは他者=隣人のなかにある些細な細部が気になって仕方がない。

……エイリアンたちはまったく人間にそっくりに見えるし、人間そっくりの行動をするのだが、ちょっとした細部(眼がおかしなふうに光るとか、指の間や耳と頭部の間に皮膚が余分についているとか)から彼らの正体がばれる。そのような細部がラカンのいう対象aである。些細な特徴がその持ち主を魔法のようにエイリアンに変身させてしまう。(……)ここでは人間とエイリアンとの違いは最小限で、ほとんど気づかないほどだ。日常的な人種差別においても、これと同じことが起きているのではなかろうか。われわれいわゆる西洋人は、ユダヤ人、アラブ人、その他の東洋人を受け入れる心構えができているにもかかわらず、われわれには彼らのちょっとした細部が気になる。ある言葉のアクセントとか、金の数え方、笑い方など。彼らがどんなに苦労してわれわれと同じように行動しても、そうした些細な特徴が彼らをたちまちエイリアンにしてしまう。(ジジェク『ラカンはこう読め!』P117-118)


上の文は対象aをめぐって書かれているが、対象aとは、《あなたのなかにあってあなた以上のもの》のことであり、かつ対象aには〈私〉が書き込まれている。これは隣人の享楽に大きくかかわる。そもそもラカンの享楽(=剰余享楽〔対象a〕)とは、マルクスの剰余価値の読解から生れたもので、剰余享楽の「剰余」とは、《何か「正常」で基本的な享楽に付け加わったという意味での剰余ではない。そもそも享楽というものは、この剰余の中にのみあらわれる。すなわち、それは本質的に「過剰」なのである。その剰余を差し引いてしまうと、享楽そのものを失ってしまう。同様に、資本主義はそれ自身の物質的条件をたえず革新することによってのみ生き延びるのであるから、もし「同じ状態のままで」いたら、もし内的均衡を達成してしまったら、資本主義は存在しなくなる。したがって、これこそが、資本主義的生産過程を駆動する「原因」である剰余価値と、欲望の対象−原因である剰余享楽との、相同関係である。》(ジジェク『イデオロギーの崇高な対象』)


…………

以下は冒頭の文の「汝の隣人を愛せ」のフロイトーラカン派の基本的な捉え方を記しておこう。

「汝の隣人を汝自身の如く愛せ!」 とはフロイトが『文化のなかの居心地の悪さ』で詳細な記述をしたことでよく知られているが、そこでは《隣人(Nächste)を我がことのように愛するなどということが、どうしてわれわれの義務とされなくてはならないのか?》をめぐっている。

われわれにとって隣人は、たんにわれわれの助手や性的対象たりうる存在であるばかりでなく、 われわれを誘惑して、 自分の攻撃本能を満足させ、相手の労働力をただで利用し、相手をその同意をえずに性欲の道具として使用し、相手の持物を奪い、相手を貶め、苦しめ、虐待し、殺害するようにさせる存在でもあるのだ。 (フロイト著作集 3, P469)

ラカンはセミネールⅦ(「精神分析の倫理」)でこの文章を取り出し次のように言っている、《もし私が諸君にどこからこのテクストを抜き出してきたのかあらかじめ告げていなかったとしたら、これはサドのテクストだと言って通すこともできたかもしれない。 》(SVII, 217

《サド(サン=フォン)  「もしわしが他人から悪を蒙ったら、わしはそれを他人に返す権利、いや、進んでこちらからも悪を働く幸福さえ享有するだろう」》(澁澤龍彦訳)

フロイトが、まるで恐れをなしたかのように、隣人愛の掟がもたらす帰結の前で立ち止まるたびに、浮かび上がってくるもの、それはこの隣人のうちに宿るあの深い悪意の現前にほかならない。ところが、そうであるとすれば、この悪意は私自身のうちにも宿っている。いったいどんなものが、私の享楽の核心であるところのこの私自身のうちの核心以上に、私に近しいというのか? ただし私は、この核心にあえて近づこうとはしない。というのも、私がそれに近づくやいなや――それこそが『文化のなかの居心地悪さ』の意味である――あの測深しがたい攻撃性が現れてくるからであり、私はそれを前にして後ずさりし、それを私自身に向け直すのである。そうすると、この攻撃性は、消え入ってしまった〈法〉にまさに代わって、 〈物〉の限界にあるひとつの境界線を私が踏み越えることを妨げるものに、重さを与えにやってくるのである。 (ラカンSVII, 219)
何よりも毒性が高いのは〈隣人〉という存在、その欲望とみだらな快楽の深淵である。したがって、人間関係を支配するあらゆる法則の究極の目的は、この毒 性を隔離もしくは中和して〈隣人〉を同胞に転じることだ。(他者という、もうひとつの)主体にあるかもしれない毒性をさがすだけでは不十分だ。自己という 主体自体が、その内部の〈大文字の他者〉という深淵に毒性をたたえているのだから。(ジジェク『ポストモダンの共産主義』)

…………

そしてこれらをやや発展させたジジェクの最近の議論(ジジェク『LESS THAN NOTHING』2012 私訳)。

われわれは「悪役」に魅せられているのではないか、たとえば、再度、例を挙げれば、社会的規範の常識を破って自己破壊的に自己享楽に耽りかえる大橋仁という若い写真家に。すなわち大橋仁の剰余享楽には、あなたがーーたとえばあなたの攻撃性がーー書き込まれているせいではないか。

フロイトの“無意識”とは、……まさに反射性のなかに刻みこまれる。例をあげよう。だれかこの私がヒッチコックの映画の悪党のような人物を“憎むことを愛する”。私は一見この悪役を憎むだけだ。にもかかわらず無意識的には私は(彼を愛しているわけではない、しかし)彼を憎むことを愛するのだ。すなわち、ここにある無意識とは、わたしは反射的に私の意識的な態度に関連させる方法なのだ。(あるいは逆のケースをあげよう。だれかこの私は“愛することを憎む”。フィルムノワールのヒーローは、悪魔的な宿命の女(ファムファタール)を愛さざるをえない、しかし彼女を愛することを彼自身は憎んでいる)。これがラカン曰くの人間の欲望はつねに欲望することを欲望することだの意味である。
ここでふたたび、反ユダヤ主義、反ユダヤ人妄想を思い返してみよう、この幻想(ファンタジー)の根源的な間主観的な性質の例として。ユダヤの陰謀という社会的幻想は、“社会は私から何を欲しているのか?”という問いにたいして返答を与える試みなのである。それは私が余儀なく参加させられる後ろ暗い出来事の意味を明るみに出す。この意味で、“投射”の標準的な理論、すなわち反ユダヤ主義者は、ユダヤ人の姿に自らの否認された部分を“投射する”という考え方では不充分である。“概念としてのユダヤ人”の姿は、反ユダヤ主義者の“内面的な葛藤”の外面化に帰すことはできない。逆に、それは次の事実(あるいはこの事実をなんとか処理しようとする)証拠である。すなわち主体はもともと非中心化されており、その意味と論理がコントロールを逃れてしまう不明瞭なネットワークの部分であるという事実である。

この理由で、幻想の横断traversée du fantasmeの問い(ひとびとの享楽を組織する幻想的な枠組みから最小限の距離をとるにはどうしたらいいのか? その効力を宙吊りにするにはどうしたらいいのか?)は精神分析的な治療とその終結にとって決定的なことだけではなく、われわれのこの時代、レイシストの高揚が再活性化された、あるいは世界的な反ユダヤ主義のこの時代において、おそらくまた最前線の政治的な問いでもある。伝統的な啓蒙主義的態度の不能ぶりは、反レイシスト運動の連中がもっともよい例になる。彼らは理性的な議論のレベルでは、レイシストの〈他者〉を拒絶する一連の説得力のある理由を掲げる。しかし、それにもかかわらず、彼らは自らの批判の対象に明らかに魅せられている。結果として、彼らのすべての防衛は、現実の危機が発生した瞬間(たとえば、祖国が危機に瀕したとき)、崩壊してしまう。それはまるで古典的なハリウッド映画のようであり、そこでは、悪党は、――“公式的には”、最終的に非難されるにしろ、――それにもかかわらず、われわれの(享楽の)リビドーが注ぎ込まれる(ヒッチコックは強調したではないか、映画とは、ただひたすら悪人によって魅惑的になる、と)。

最も重要な課題は、敵を弾劾し打ち負かすことではない。その仕事は容易に、敵のわれわれを把持を強めてしまう結果に終わる。肝要なのは、われわれを魅了させる(幻想的な)呪縛をどうやって中断させるかということだ。幻想の横断traversée du fantasmeのポイントは、享楽から免れることではない(旧式の左翼の清教徒気質モードのような)。むしろ、幻想にたいして最小限の距離をとるということは、いわば、幻想的な枠組みから享楽を“鉤から外し取る”ということであり、かつまた享楽は、非決定的な、分割的ない残余であることに気づくことである。すなわちそれは、歴史的な慣性の支持をする固有に“反動的”なものでもなく、かつまた既存の秩序の束縛を掘り崩す解放的な勢力でもないのだ。


2014年12月25日木曜日

写真の本質の飼い馴らし、あるいは白痴が微笑む世界

私が想像するには(私は写真家ではないから、私にできるのは想像してみることだけである)、「撮影者」の本質的な行為は、ある事物または人間を(部屋の小さな鍵穴から)不意にとらえることにあり、したがってその行為は、被写体が知らぬまにおこなわれるとき、はじめて完璧なものとなる。(……)写真の《衝撃》は(……)精神的外傷を与えることよりも、むしろ、非常にうまく隠されているため、当事者さえも知らないかまたは意識していない事柄を、暴露することにあるからだ。(……)

写真は、それがなぜ写されたのかわからなくなるとき、真に《驚くべきもの=不意を打つもの》となる。(ロラン・バルト『明るい部屋』p46-48)

写真の本質が、もしバルトのいうように、《被写体が知らぬまにおこなわれるとき、はじめて完璧なものとなる》とすれば、被写体に了承をとってから写さなければならないという現代の倫理は、写真の本質に悖ることになる。もっとも不意を捉えることは、仮に了承を取った後にもさまざまな手段があるだろう。被写体に絶え間ない動きを促しその瞬間を捉えるとか、被写体の関心を撮られることから逸らすために撮影者はジョークを繰りだすとか。

わたくしには、荒木経惟の写真を眺めているとき、彼の饒舌が聞えて来るような気分になるときがある。荒木のモデルの女たちのまなざしは、撮影者だけをみつめている。他の写真家の作品では、モデルとなった女のまなざしは撮影者だけでなく、その背後にある写真をみるだろう限りなく多数の無名の目による視線に向けられている。荒木経惟の写真にはそれがない、すくなくともその多くは、――と「錯覚」に閉じこもり得ることが多い。




もっとも他の写真家たちの作品を多く、まんべんなく、みることはないから、あまりエラそうなことは言えない。

ところで中井久夫に「顔写真のこと」というエッセイがある。そこには《こどもの時から写真をとられるのが苦手であった》と冒頭にあり、写真を撮るという攻撃性にすこぶる敏感な、ひどく繊細な感性な溢れる言葉をもって、書きすすめられてゆく。


私がとった風景写真には、ふしぎな特徴があると友人はいう。要するにみごとに人がいないのである。私は意識していないのだが、かなりの雑踏でも人の途絶える瞬間があって、その時をねらってシャッターを押すらしい。(……)

写真をとるということは、機関銃に似た固い物体を相手にむけるという行為である。写真をとることにも、とられることにも、私に抵抗があるのは、このためもあるらしい。つまり、私の心の中にある対人恐怖に、相手から攻撃されること、人を攻撃してしまうことの恐怖が加わって、写真というものを苦手にしているらしい。

カメラを介しての人間関係には独特なものがある。肖像画を描いてもらう時とはずいぶん違うだろう。冷たい機械を間にはさんで直接向き合う対人場面は他にはめったにあるまい。しかも、ここには絶対的な不平等がある。写す者と写される者との不平等である。さらに、集団写真といっても、焦点は誰かに合っている。基本的には一対一の関係、それも焦点をしぼった鋭い関係である。そして、非言語的関係である。沈黙が強要され、しぐささえも一瞬の静止を求められ、自己身体のイメージが前面に出る。写真機の前で緊張する人は、この独特な状態に自分の病理をしぼり出される。私など、その最たるものであろう。(中井久夫「顔写真のこと」『記憶の肖像』所収)

続けて、この写真恐怖症とも言える中井久夫が《専門家に肖像写真をとってもらう機会》について書いている。一度目のカメラマンは、英国仕込みという触れ込みの若手で、いちどきに三百枚ほどとった、とある。写真家は「最初五十枚ほどとられてしまうと写される快感が生じてきますよ」、という。だが中井久夫にはその快感が訪れない、《写される快感とはどういうものであろうか。素朴なナルシストのものであろうか。被虐的な快楽であろうか》。

二度目は、初老の職人肌の人であった。「自宅に朝うかがいます」といわれ、待っていると、ひょうひょうとした人があらわれ、挨拶をかわしているうちに家人を巻き込んで雑談にはいった。そのまま、「ちょっと一枚二枚」といって、しきりに手のかたちを問題にしはじめた。「妙に手にこだわる人だな、そんなものかな」と思っているうちに、撮影は終わった。

出来上がりをみて、私はさとった。あの人は、まず、朝のいちばん疲れていない時、くつろいだ場を選んだ。そして、家族と話をしている時の自然な表情を探した。私が少数の親しい人の前以外ではひどく緊張する人間であることを察してのことか、あるいはそういう人が一般に多いという、この人の撮影体験の長い歴史によることか。

そして、手のかたちに私の注意を集中させた。集団写真の時に私の体の居ずまいをがたがたにさせる、あの意識はことごとく手に向かって、ふつうの撮影の時には居すわっているはずの顔や首という場からすっかり出払ったのである。これは、詩について、かねがね感心しているエリオットの言葉を思い出させる。エリオットは、詩の意味とは、読者の注意をそちらのほうにひきつけ、油断させて、その間に本質的な何ものかが読者の心に滑り込むようにする、そういう働きのものだという。それは、この場合、手への意識集中である。

最近、インタヴューを受けた時に現れたのも、この人であった。再会である。(……)今度は私の仕事部屋での撮影だった。氏は短い会話によって、私の顔を「ほどく」ことに成功した。それから私にいろいろな本を読ませたが、読む著者によって変わる私の表情を氏は敏感に捉えた。それは、予感から余韻に速やかに変わってゆく陽炎のような瞬間〔いま〕を捉えて鮮度を落さずにさっと料理する板前さんであった。私は「(エビの)おどり(食い)の板さん」という名を氏に進上したくなった。(中井久夫「顔写真のこと」1991)

この中井久夫の文章は《被写体が知らぬまにおこなわれるとき、はじめて完璧なものとなる》(バルト)、その工夫が書かれている。エリオットの言葉をもじれば、すぐれた写真とは、被写体の注意を油断させて、その間に本質的な何ものかを捉えることであるとしてもよい。

ところでロラン・バルトの写真論だけとは見なされがたい『明るい部屋』の最後の章の題は、「「飼い馴らされた「写真」」である。そこでは《社会は「写真」に分別を与え、「写真」を眺める人に向かってたえず炸裂しようとする「写真」の狂気をしずめようとつとめる》( p142)とまずは書かれるが、この「狂気」とは、その前々章「まなざし」、前章「「狂気」、「憐れみ」」にその説明がある。いまは一つの文だけを抜き出すことにしよう、《まなざしというものは、それが執拗にそそがれるとき(ましてやそれが、写真によって「時間」を越え持続するとき)は必ずや潜在的に狂気を意味する》と。

われわれ後期資本主義の社会では、この写真の「狂気」を飼い馴らそうとする。まずは盗写はひどく忌み嫌われる。被写体に了解をとってから撮影しなくてはならないのは、すでに「常識的な」社会規範であろう。われわれは、バルトのいう写真の本質、《被写体が知らぬまにおこなわれるとき、はじめて完璧なものとなる》などはまったく許されなくなりつつある「苦情の文化」の住人である。

「嫌がらせ〔ハラスメント〕」は、明確に定義された事実を指しているように見えながら、じつはひじょうに両義的に機能し、イデオロギー的なごまかしをしている語のひとつである。いちばん基本的なレベルでは、この語はレイプや殴打のような残酷な行為や他の社会的暴力を指す。いうまでもなく、そうした行為は容赦なく断罪されるべきだ。しかし、現在流通しているような「嫌がらせ」という語の使い方では、この基本的な意味が微妙にずれて、欲望・恐怖・快感をもった他の現実の人間が過度に近づいてくることに対する批難になっている。二つのテーマが、他者に対する現代のリベラルで寛容な姿勢を決定している。他者が他者であることを尊重して他者に開放的であることと、嫌がらせに対する強迫的な恐怖である。他者が実際に侵入してこないかぎり、そして他者が実際には他者でないかぎり、他者はオーケーである。ここでは寛容がその対立物と一致している。他者に対して寛容でなければならないという私の義務は、実際には、その他者に近づきすぎてはいけない、その他者の空間に闖入してはいけない、要するに、私の過度の接近に対するその他者の不寛容を尊重しなくてはいけない、ということを意味する。これこそが、現代の後期資本主義社会における中心的な「人権」として、ますます大きくなってきたものである。それは嫌がらせを受けない権利、つまり他者から安全な距離を保つ権利である。

(……)あるいは、「悪は、まわりじゅうに悪を見出す眼差しそのものの中にある」というヘーゲルの言明をふたたび言い換えるならば、〈他者〉に対する不寛容は、不寛容で侵入的な〈他者〉をまわりじゅうに見出す眼差しの中にある。(ジジェク『ラカンはこう読め』P173-174)

だがこの社会、すなわち《不寛容で侵入的な〈他者〉をまわりじゅうに見出す眼差しの中》に暮らさざるええないわれわれは、《日常的な意識のうちに認めざるをえない、吐き気のしそうな倦怠感……差異のない(無関心な)世界をつくり出している》(バルト)――こうバルトが書いたのは、もう三十年以上前だが、それがますますひどくなっている社会であるに相違ない。いやむしろ病膏肓に入ってその吐き気さえ感じる感性を失ってしまった新しい人類が生れつつあるとしてもよい。

狂気をとるか分別か? 「写真」はそのいずれをも選ぶことができる。「写真」のレアリスムが、美的ないし経験的な習慣(たとえば、美容院や歯医者のところで雑誌のページをめくること)によって弱められ、相対的なレアリスムにとどまるとき、「写真」は分別のあるものとなる。そのレアリスムが、絶対的な、もしこう言ってよければ、始原的なレアリスムとなって、愛と恐れに満ちた意識に「時間」の原義そのものをよみがえらせるなら、「写真」は狂気となる。(ロラン・バルト『明るい部屋』p145)

もちろんこのバルトの論は1980年に出版されたものであり、いまでは時代錯誤的と言える箇所もあるだろう。だが《愛と恐れに満ちた意識に「時間」の原義そのものをよみがえらせる》刻限、ゆらめく閃光の狂気とあなたがたは無縁とでもいうのか。であるなら勝手にするがよい。

いずれにせよ、いまではこういう「正しい」指摘が渦巻く時代である。

‏@nt1chk
街中でスナップ写真を撮像して、そこに写り込む群衆の顔を一つ一つ識別し、そこからFacebookのアカウントに紐付ける、ということは既に実現された技術であり、写真論云々の批判はそういう技術的展開にまで及ばないなら片手落ちだ(2014.12.25)

ツイッターではことあるごとにこういった「道徳的な」発言――要するに写真を飼い馴らそうとする分別ある発言、そしてそれはもちろん写真だけの話ではない――が溢れかえるのだが、それらの眺めるたびに、わたくしはひどく居心地の悪い思いをしてしまう。

毛利 嘉孝 @mouri · 20時間 20時間前
写真家と被写体をめぐる議論は、人類学や社会学の調査者とインフォーマントの関係とパラレル。かつては、中立性を装って勝手に聞き取り調査を行い、ろくに確認もせずに論文を出すなんてことが行われたが、今ではそんなことは基本的にありえない(はず)。

(承前)したがって、いちばん面白い情報は論文にできないなんてことは日常茶飯事。けれども、インフォーマントと合意を取ることによって人類学や社会学のレベルが下がったわけではない。むしろ自己言及/批判的になって、ある部分は理論的に刷新された。なぜアートや写真にそれができないのか。

撮影の対象者の基本的人権も守れず、写真機の持つ暴力に無自覚なものだけがアートだとしたら、そんなアートは単に時代遅れのくだらないものだ。そのアートがわかるものが特権的で、専門的な批評家だとしたら、この世の中に専門家は必要ないだろう

ましてや東京藝術大学准教授(社会学者、文化研究/メディア研究)なる毛利 嘉孝という方までがこのような「道徳的な」発言に終始しているのをみると(これはこのところツイッター上で賑わっている大橋仁批判の文脈であり、他の場合の発言ではどうなのかはまったく知らない身ではあるが)、では「認識的判断」――写真の本質――はどこにいったのかと問い返してみたくなる誘惑にかられてしまう。

もし仮に、バルトのいうように、対象者を不意撃ちするのが、写真の本質であるとしたら、《撮影の対象者の基本的人権も守れず、写真機の持つ暴力に無自覚なものだけがアートだとしたら、そんなアートは単に時代遅れのくだらないものだ》などと発言できはしまい。とするなら毛利氏にとっての写真の本質とはなんなのか、暴力性を取り払ったあとに、どんな写真の本質があるのかを示すべきではないかとは思う。まさか写真を飼い馴らすことばかりに汲々としているわけではあるまい。要するに、認識的判断と道徳的判断をそれぞれ分けて考えるのが、ときには必要があるはずだが、それがここではなされていない。

カントは、ある対象に対するわれわれの態度を、これまでの伝統的区別にしたがって、三つに分けている。ひとつは、真か偽かという認識的な関心、第二に、善か悪かという道徳的な関心、もうひとつは、快か不快かという趣味判断。(……)

カントが趣味判断のための条件としてみたのは、ある物を「無関心」において見ることである。無関心とは、さしあたって、認識的・道徳的関心を括弧に入れることである。というのも、それらを廃棄することはできないからだ。

しかし、このような括弧入れは、趣味判断に限定されるものではない。科学的認識においても同様であって、他の関心は括弧に入れられねばならない。たとえば、外科医が診察・手術において、患者を美的・道徳的に見ることは望ましくないであろう。また、道徳的レヴェル(信仰)においては、真偽や快・不快は括弧に入れられなければならない。こうした括弧入れは近代的なものである。それはまず近代の科学認識が、自然に対する宗教的な意味づけや呪術的動機を括弧に入れることによって成立したことから来ている。ただし、他の要素を括弧に入れることは、他の要素を抹殺してしまうことではない。(柄谷行人「建築の不純さ」)

道徳的判断に終始しているのか、それともすべては道徳判断をまずは基準としなければならないという考え方なのかは窺知れないが、ときに道徳的判断を括弧に入れて、写真の本質(認識的判断)を示さないままでの議論は空しい。

(ここでは敢えて悦楽(=享楽jouissance)の領域へ進むもの、われわれの文化的土台を揺るがすものが「芸術」の役割の大きな側面ではないかという議論はしないでおく(いくらかの参照:「悦楽は常にすべてのことの永遠ならんことを欲する」))。

ところで、蓮實重彦は『凡庸な芸術家の肖像』の主人公、マクシム・デュ・カンの物語には次のようにある。

……われわれの興味を惹くのは、彼の写真への関心が、狩猟の快楽を知ったのとほぼ同じ時期に芽萌えているということだ。彼は動物めがけて銃弾を撃つように、廃墟や歴史的建造物にレンズを向けているのである。(……)

撃つことにも通ずる撮ることという主題は、写真技術の飛躍的な進歩を達成した二十世紀に入ってから神話化されることになろうが、その原初的なかたちが無意識ながらマクシムによって実践されている点に注目しようではないか。遥かな距離にある対象物に照準を合わせること、そして指の微妙な動きが成功と失敗とを分けへだてるという物理的な類似にとどまらず、ある攻撃的な衝動なしには達成されがたい振舞いとして、撃つことと撮ることとの心理的な類縁性が、すでに写真の発生期に、狩猟の快楽に目覚めたばかりの旅行家によって実践されている点に、われわれは改めて興味をおぼえる。ある種の征服欲の発現なしには、撃つことも撮ることも真の目的を遂げえないだろう。(『凡庸な芸術家の肖像』p607)

《ある種の征服欲の発現なしには、撃つことも撮ることも真の目的を遂げえないだろう》とあるが、やはりここでも写真のもともとの根は、〈他〉を狩ることであり、ラカン派的にいえば、究極の大文字の〈他〉は〈女〉であるならば、女を狩ることが写真の本質ーーそれは写真だけではないのだがーーであるとすることができるのではないか。



Robert Mapplethorpe


写真を撮るとは、このロバート・メイプルソープの作品が表現した振舞いではないか。

無意識には女についての男の無知そして男についての女の無知の点があります。それをまず次のように言うことができます。二つの性は互いに異邦人であり、異国に流されたものである、と。

しかし、このような対称的表現はあまり正しいものではありません。というのも、この無知は特に女性に関係するからです。他の性について何も知らないからなのです。ここから大文字の他の性Autre sexsというエクリチュールが出て来ますが、それはこの性が絶対的に他であるということを表わすのです。実際、男性のシニフィアンはあります。そしてそれしかないのです。(ミレール「もう一人のラカン」)
女は存在しない。われわれはまさにこのことについて夢見るのです。女はシニフィアンの水準では見いだせないからこそ我々は女について幻想をし、女の絵を画き、賛美し、写真を取って複製し、その本質を探ろうとすることをやめないのです(ミレール“El Piropo”)

クンデラは「存在の絶えられない軽さ』にて、その女性主要登場人物のひとり画家サビナに、暴力のない世界、攻撃衝動のない世界、いわゆる「理想的な」世界がもし実現されたのなら耐えられない、という意味のことを語らせ、《その白痴が微笑むその世界では、彼女には彼らと交わすべき一語もないであろうし、一週間のうちに恐怖で死んでしまうであろう》としている。

分別ある「識者」の見解は、写真の暴力性を飼い馴らして、「白痴が微笑む世界」にでもしようとすることではまさかあるまい、ましてや「芸術」を研究しているひとがそんな振舞いに出でもっともらしい顔をしているなどということは。

ところでマクシム・デュ・カンは、蓮實重彦によって「凡庸な」と称されているが、ボードレールの『悪の華』第二版の最後を飾る「旅」は、デュ・カンへ捧げられているし、またフローベールの長年の友人でもあり、ナポレオン大公の狩猟仲間、マチルド大公妃のサロンの常連、後年はアカデミー・フランセーズの会員になっているわけで、しかもナダールに先んじて仏国で最初の写真集を出した人物である。

他方、われわれの時代は、「凡庸にもなりえない」人びとが、なにやらネット上で識者ぶってお説教を撒き散らしている時代である。《きわめて厄介なえせ芸術家》(中野重治)、《学者でもタレントでもない「きわめて厄介な」ヌエのような存在》(柄谷行人)であるだろう似非知識人の猖獗。それはネット文化としてやむえないことではあれ、あまりにも庶民的正義派が多すぎる。

ーーというわけで「凡庸にもなりえない」人びとのなかの一員であるに相違ないわたくしは、ときにこうやって、世間を真に受けぬための積極的な仕草をしてみたくなる。

【瞞着Mystification】

もっぱらこっけい味のある欺瞞を指すものとして、リベルタン精神の横溢する十八世紀のフランスにあらわれた、それ自体おもしろおかしい(神秘〔ミステール〕という言葉に由来する)新語。ディドロはとてつもない悪ふざけをたくらんで、クロワマール侯爵に、ある不幸な若い修道女が彼の保護を求めていると、まんまと信じこませてしまうが、このときディドロは四十七歳。数ヶ月のあいだ、彼はすっかり感動した侯爵に宛てて、実在しないこの女のサイン入りの手紙を書き送る。『修道女』――瞞着の果実。ディドロと彼の世紀とを愛するための、さらなる理由。瞞着とは、世間を真に受けぬための積極的な方法である。(クンデラ「七十三語」(『小説の精神』)所収)

…………

※附記:ネット上で批判される大橋仁がタイの娼窟の撮影禁止の場での振舞いは、「男女300人の絡みを撮影...知性と理性を吹っ飛ばせて見えた境地とは【大橋仁 INTERVIEW】」にある。その批評(吟味)は、各人勝手にやったらよろしい。




上の画像は大橋仁の作品ではないことに注意を促しておこう。また大橋仁のインタビューにあるタイの「金魚鉢」(=風俗店で客を待つ女の子たちが待機するガラス張りの部屋)が林立するエリアはあまり好まないほうだが、バンコクのストリートの客待ち女性の姿には魅了されたことがないではない、ともしておく。






いい「まなざし」撮ってるじゃん。オレはこの写真見て、荒木経惟の次の写真をすぐさま想起したな。




男がこんなまなざしみせて被写体になること滅多にないんじゃないか。ここではフロイトの『マゾヒスとの経済的問題』のおける女性的マゾヒズムの叙述を引用するのはあえてやめておき、上に引用した中井久夫の言葉を反芻するだけにしておくよ、《写される快感とはどういうものであろうか。素朴なナルシストのものであろうか。被虐的な快楽であろうか》と。

荒木のヌード写真を支えているのは、”撮られる側の欲望”であり、それは「女を撮られたい」ということである。ヌード写真を批判する議論として、それが男の性的欲望に奉仕する”女”を強制的に演じさせられているからという言い方がある。しかし、実のところ自分の中に確実にうごめいている”女”の「エロス」をまっすぐに見つめて欲しいという欲望こそ、ヌード写真がこれほどまでに大量に撮られ続けている最大の理由なのではないか。(飯沢耕太郎)

《男の幸福は、「われは欲する」である。女の幸福は、「かれは欲する」ということである》(ニーチェ『ツァラトゥストラ』手塚富雄訳)

ーーワルカッタね、庶民的正義派フェミニストのみなさん! オレはひどく時代錯誤的かつ日本的社会規範の「常識」からひどく外れてて。

男は自分の幻想の枠にフィットする女を欲望する。他方、女は自分の欲望をはるかに徹底的に男のなかに疎外する(男のなかに向ける)。女の欲望は男に欲望される対象になることである。すなわち男の幻想の枠にフィットすることであり、女は自身を、他者の眼を通して見ようとするのだ。“他者は彼女/私のなかになにを見ているのかしら?” という問いにたえまなく煩わせられている。しかしながら、女は、それと同時に、はるかにパートナーに依存することが少ないのだ。というのは彼女の究極的なパートナーは、他の人間、彼女の欲望の対象(男)ではなく、ギャップ自体、パートナーからの距離なのだから。そのギャップ自体に、女性の享楽の場所がある。(ジジェク『Less Than Nothing』2012 私訳)


2014年12月23日火曜日

坂口安吾と小林秀雄

小林は骨董品をさがすやうに文学を探してゐる。そして、小さな掘出し物をして、むやみに理屈をつけすぎ、有難がりすぎてゐる。埃をかぶつて寝てゐる奴をひきだしてきて、修繕したり説明をつけて陳列する必要はないのである。西行だの実朝の歌など、君の解説ぬきで、手ぶらで、おつぽり出してみたまへ。何物でもないではないか。芸術は自在奔放なものだ。それ自体が力の権化で、解説ぬきで、横行闊歩してゐるものだ。(坂口安吾「通俗と変貌と 」初出:「書評 第二巻第一号」1947(昭和22)年1月1日発行)
小林秀雄は、作家は何を書いたか、といふことよりも、何を書かなかつたか、といふことの方に意味があるといふ。そんな馬鹿げた屁理窟があるものか。(同上)

小林秀雄がどこでこういっているのかは分からないが、たぶんニーチェ起源ではないか。

書物はまさに、人が手もとにかくまっているものを隠すためにこそ、書かれるのではないか。……すべての哲学はさらに一つの哲学を隠している。すべての意見はまた一つの隠れ家であり、すべてのことばはまた一つの仮面である。(ニーチェ『善悪の彼岸』 289番)

だがいまは小林秀雄の話ではない。坂口安吾の小林秀雄ヤッツケ文の話だ。

あまり自分勝手だよ、教祖の料理は。おまけにケッタイで、類のないやうな味だけれども、然し料理の根本は保守的であり、型、公式、常識そのものなのだ。(「教祖の文学――小林秀雄論――」初出:「新潮 第四四巻第六号」1947(昭和22)年6月1日発行)
花鳥風月を友とし、骨董をなでまはして充ち足りる人には、人間の業と争ふ文学は無縁のものだ。(同上)

安吾の作品はいままでわずかしか読んだことがなく、だがついこのところそのかなりのものを読んでみた。青空文庫に440作品あまりあるものは目を通した。といっても長い小説や探偵小説の類はかなりすっとばして掠め読むというイイカゲンな読み方にすぎないが、安吾に今でも愛着をもつ作家たちがいるのはよく分かる気がしてきた。また「教祖の文学」以外にも、小林秀雄をヤッツケているのを知ったのはようやくこの機会のことだ。

ところで、「教祖の文学」には次の文がある。

だから坂口安吾といふ三文々士が女に惚れたり飲んだくれたり時には坊主にならうとしたり五年間思ひつめて接吻したら慌ててしまつて絶交状をしたゝめて失恋したり、近頃は又デカダンなどと益々もつて何をやらかすか分りやしない。もとより鑑賞に堪へん。第一奴めが何をやりをつたにしたところで、そんなことは奴めの何物でもない。かう仰有るにきまつてゐる。奴めが何物であるか、それは奴めの三文小説を読めば分る。教祖にかゝつては三文々士の実相の如き手玉にとつてチョイと投げすてられ、惨又惨たるものだ。

ところが三文々士の方では、女に惚れたり飲んだくれたり、専らその方に心掛けがこもつてゐて、死後の名声の如き、てんで問題にしてゐない。(「教祖の文学」)

これは安吾の自伝的小説のいくつかの叙述にかかわるのだろう。たとえば「二十七歳」。以前、「坂口安吾と童貞」というメモにいくつかの自伝小説から抜き出したのだが、「教祖の文学」は、以前に読んでいたにもかかわらず、上の叙述のことはすっかり失念していた。

その接吻の夜、私は別れると、夜ふけの私の部屋で、矢田津世子へ絶交の手紙を書いたのだ。もう会ひたくない、私はあなたの肉体が怖ろしくなつたから、そして、私自身の肉体が厭になつたから、と。そのときは、それが本当の気持であつたのかも知れぬ。その時以来、私は矢田津世子に会はないのだ。彼女は死んだ。そして私はおくやみにも、墓参にも行きはしない。

その後、私は、まるで彼女の肉体に復讐する鬼のやうであつた。私は彼女の肉体をはづかしめるために小説を書いてゐるのかと疑らねばならないことが幾度かあつた。私は筆を投げて、顔を掩うたこともある。(坂口安吾「二十七歳」)

 さてここで再度「教祖の文学」から拾う。

常に物が見えてゐる。人間が見えてゐる。見えすぎてゐる。どんな思想も意見も彼を動かすに足りぬ。そして、見て、書いただけだ。それが徒然草といふ空前絶後の批評家の作品なのだと小林は言ふ。これはつまり小林流の奥義でもあり、批評とは見える眼だ、そして小林には人間が見えすぎてをり、どんな思想も意見も、見える目をくもらせず彼を動かすことはできない。彼は見えすぎる目で見て、鑑定したまゝを書くだけだ。
生きてゐる奴は何をしでかすか分らない。何も分らず、何も見えない、手探りでうろつき廻り、悲願をこめギリ/\のところを這ひまはつてゐる罰当りには、物の必然などは一向に見えないけれども、自分だけのものが見える。自分だけのものが見えるから、それが又万人のものとなる。芸術とはさういふものだ。歴史の必然だの人間の必然などが教へてくれるものではなく、偶然なるものに自分を賭けて手探りにうろつき廻る罰当りだけが、その賭によつて見ることのできた自分だけの世界だ。創造発見とはさういふもので、思想によつて動揺しない見えすぎる目などに映る陳腐なものではないのである。

 このように書いているのは以前から印象に残っていた。これは、その批評のスタイルとしては、後に高橋悠治や蓮實重彦、岡崎乾二郎などによる小林秀雄批判の嚆矢のようなものだ。

批評は文学であり、「批評の方法も創作の方法と本質上異なるところはあるまい」と言う。このねたましげな表現にかくれて、小林秀雄は作品に対することをさけ、感動の出会いを演出する。その出会いは、センチメンタルな「言い方」にすぎないし、対象とは何のかかわりもない。(高橋悠治『小林秀雄「モオツァルト」読書ノート』1974年
……だが、多少とも具体 的な夢へと立ち戻りうる者になら、人が「未知」の何かと「偶然」に遭遇したりはしないという点が素直に理解できるだろうし、そればかりか、むしろ「出会 い」を準備しうる環境と徐々に馴れ合い、それを通じて出会うべき対象をかりに無意識であるにせよ引き寄せ始めていない限り、遭遇などありえはしないとさえ 察知しうるはずだ。つまり、小林秀雄は、大学における専攻領域の選択、交遊関係などにおいて、詩人ランボーの書物と「出会い」を演じて決して不思議ではな い環境にあらかじめ住まっていた「制度」的存在なのであり、そのときすでに、ボードレールもパルナシアンの何たるかも知らされてしまっていたのだ。そうで なければ、「メルキュウル版の『地獄の季節』の見すぼらしい豆本」を「ある本屋の店頭で、偶然見付け」るといったペダンチックなメロドラマは起こったりし まい。いずれにせよ、こちらがそれらしい顔でもしていない限り、「見知らぬ男」が都合よく「僕を叩きのめし」てくれるはずがなく、だからあらゆる「出会 い」は「制度」的に位置づけられ準備され組織された遭遇なのであって、その位置づけられ組織されたさまを隠蔽するために、人は「出会い」を擬似冒険的な色 調に塗りこめ「文学」と「青春」との妥協に役立てずにはいられないのだ。(蓮實重彦「言葉の夢と批評」『表層批評宣言』所収
岡崎乾二郎)どういうわけかわからないけれど、この私にだけ見えちゃったっていう人がいるわけね。あるいはそれによって事後的に私という主体性を支えている、そういう話になっちゃう。本人は、私が、とは主張していない。受動的であるかのように装ってしまう。(グリーンバーグ講義ノート1

 これらの批判が胸に染みている世代の作家たちは、センチメンタルやメロドラマに陥ることを避けようとし、また花鳥風月に耽溺し「人間の業」に我関せずの文章を恥じるようになった時期があるのかもしれない。

ところで明らかに安吾派であるだろう中上健次の友人柄谷行人はこう言っている。

文学の地位が高くなることと、文学が道徳的課題を背負うこととは同じことだからです。その課題から解放されて自由になったら、文学はただの娯楽になるのです。それでもよければ、それでいいでしょう。どうぞ、そうしてください。それに、そもそも私は、倫理的であること、政治的であることを、無理に文学に求めるべきでないと考えています。はっきりいって、文学より大事なことがあると私は思っています。それと同時に、近代文学を作った小説という形式は、歴史的なものであって、すでにその役割を果たし尽くしたと思っているのです。(柄谷行人『近代文学の終り』)

今の若い人びとの多くには思いもよらぬかもしれないこの発言、あるいはたいした文学読みではないが、日本文学のなかで5人選ぶとするなら、永井荷風と西脇順三郎がどうしても欠かせないわたくしのような人間にも、おい、柄谷さん!と呟きたくなる発言なのだが、これはおそらく、日本のある時期には、文学者が思想家の役割を担ったことへのノスタルジーの言葉としてあるとすることができるかもしれない。

比喩的にいえば、日本では哲学の役割まで文学が代行し、中国では文学さえも哲学的になったのである。(加藤周一『日本文学史序説』)

さてここでもう一度安吾に戻れば、彼は小林秀雄について次のように書いてもいるのだ、《僕自身は尊敬し、愛する人のみしかヤッツケない。僕が今までヤッツケた大部分は小林秀雄に就てです》と。

私は雑誌はめつたに読まない性分だから、新人などに就て何も知らず差出口のできないのが当然なのだが、戦争中「現代文学」といふ同人雑誌に加はつていたので、平野謙、佐々木基一、荒正人、本多秋五などといふ評論家を知つてゐた。みんな同人だつたからだ。さもなければこれら新鋭評論家に就て、その仕事に就て、概ね無智の筈であつた。福田恆存などといふ傑れた評論家に就ても一ヶ月前までは名前すら知らなかつた。たまたま、某雑誌の編輯者が彼の原稿を持つてきて、僕にこの原稿の反駁を書けといふ。読んでみると僕を無茶苦茶にヤッツケてゐる文章なのだ。けれども、腹が立たなかつた。論者の生き方に筋が通つてゐるのだから。それに僕は人にヤッツケられて腹を立てることは少い。編輯者諸君は僕が怒りんぼで、ヤッツケられると大憤慨、何を書くか知れないと考へてゐるやうだけれども、大間違ひです。僕自身は尊敬し、愛する人のみしかヤッツケない。僕が今までヤッツケた大部分は小林秀雄に就てです。僕は小林を尊敬してゐる。尊敬するとは、争ふことです。(坂口安吾「花田清輝論」)

では、荷風や漱石、志賀直哉を無茶苦茶にヤッツケたのは、あれはどうなるのだろう。

(おそらくそのうち続く)


…………

※附記:坂口安吾による小林秀雄への親しみのこもった文章をいくらか抜いておく。

川端康成さんの碁が同じように腕力派で、全くお行儀が悪い。これ又、万人の意外とするところで、碁は性格を現すというが、僕もこれは真理だと思うので、つまり、豊島さんも川端さんも、定石型の紳士ではない腕力型の独断家なのでお二人の文学も実際はそういう風に読むのが本当だと思うのである。

 更に万人が意外とするのは小林秀雄で、この独断のかたまりみたいな先生が、実は凡そ定石其ものの素性の正しい碁を打つ。本当は僕に九ツ置く必要があるのだが、五ツ以上置くのは厭だと云って、五ツ置いて、碁のお手本にあるような行儀のいゝ石を打って、キレイに負ける習慣になっている。

 要するに小林秀雄も、碁に於て偽ることが出来ない通りに、彼は実は独断家ではないのである。定石型、公理型の性格なので、彼の文学はそういう風に見るのが矢張り正しいと私は思っている。

 このあべこべが三木清で、この人の碁は、乱暴そのものゝ組み打ちみたいな喧嘩碁で、凡そアカデミズムと縁がない。(「文人囲碁会」)
フツカヨイをとり去れば、太宰は健全にして整然たる常識人、つまり、マットウの人間であった。小林秀雄が、そうである。太宰は小林の常識性を笑っていたが、それはマチガイである。真に正しく整然たる常識人でなければ、まことの文学は、書ける筈がない。(「不良少年とキリスト」)
私が精神病院へ入院したとき小林秀雄が鮒佐の佃煮なんかをブラ下げて見舞いにきてくれたが、小林が私を見舞ってくれるようなイワレ、インネンは毛頭ないのである。これ実に彼のヤジウマ根性だ。精神病院へとじこめられた文士という動物を見物しておきたかったにすぎないのである。一しょに檻の中で酒をのみ、はじめはお光り様の悪口を云っていたが、酔いが廻るとほめはじめて、どうしても私と入れ代りに檻の中に残った方が適役のような言辞を喋りまくって戻っていった。「安吾巷談 07 熱海復興」
小林さんと私とのツキアイと云えば、そういうところで、酔っぱらッて、からんだり、からまれたりしていただけのことだ。特別のツキアイというものはなかった。いくらか印象に残っているのは、ウィンザアの横の道で小林さんと並んで立小便していて、小林さんだけ巡査につかまった。巡査が、お前は何をしていた、という。住所姓名を名のれ、という。何を云われても彼は答えない。そこで私が、この男は拙者の友達で二人は目下並んで立小便をしていたのだ、というと巡査はそうかと云って立ち去った。彼の頭髪ボウボウたる和服姿が左翼とまちがわれたのだろう。

また、私が越後の親戚へ法要に赴くとき、上野駅で彼に会った。彼は新潟高校へ講演に行くところであった。彼は珍しくハカマをはいていた。私は人のモーニングを借り着していたのである。

 大宮から食堂車がひらいたので、二人で飲みはじめ、越後川口へつくまで、朝の九時から午後二時半まで、飲みつづけたね。二人ともずいぶん酔っていたらしい。越後川口で降りるとき、彼は私の荷物をひッたくッて、急げ急げと先に立って降車口へ案内して、私を無事プラットフォームへ降してくれた。ひどく低いプラットフォームだなア。それに、せまいよ。第一、誰もほかに降りやしない。駅員もいねえや。田舎の停車場はひどいもんだと思っていたが、バイバイと手をふって、汽車が行ってしまうと、私はプラットフォームの反対側の客車と貨物列車の中間に立たされていたのだね。私がそこへ降りたわけじゃなくて、彼が私をそこへ降したのである。親切に重い荷物まで担いでくれてさ。小林さんは、根はやさしくて、親切な人なんだね。(「小林さんと私のツキアイ」)

2014年12月21日日曜日

柄谷行人の「二つの死」(アンティゴネー=ラカン)

われわれの意識にとっては他人の死だけが存在すると、ハイデッガーはいっている。が、私はそういう現象学的見方も疑わしいと思う。だれかが不在であることと、死んでいることとの違いは、われわれの意識にとっては厳密に区別されないからである。未開人はまず死者をおそれる。それは死者がまだ生きているということであるが、われわれの葬式もなおその観念をとどめている。もともと仏教のようにラディカルな個人主義的宗教は葬礼とは関係ないのだが、それを許容するほかに社会的に存続できなかったのである。

他人の死が、不在ではなく確実に死であるためには、なにかべつの条件が必要なのであり、したがって死は、たんに物理的な問題でもなければ観念の問題でもない。死はいわば制度の問題である。葬制をもたない社会は存在しない(ヴィーコ)という事実がそれを証し立てている。ある人間が死ぬことは、彼がその一点を占めていた諸関係に空白ができることであり、生き残った者はそれを埋め、彼をしめだして新たに諸関係を再編成しなければならない。そうでない間は死者はまだ生きているのだ。

私の数少ない経験では、葬式には残酷なところがある。私はそれを葬式が形骸化してきたせいだと思っていたが、本当はそうではなかった。死者を悼むとか悲しむとかいった、人類史におて比較的近代に属する観念のずっと底に、葬式がもっている本質がかくされている。それは死者を本当に死なしめること、いわば死者を生きている者の世界から追放することである。だから、死は物理的に考えられる瞬間の事実でもなく、生き残った者の悲哀や喪失といった意識的事実でもなく、一定の幅をもった共時的な出来事である。それは、一つの関係の体系がべつの体系に変形される過程の全体をさす。ひとが死に、そのあとで葬礼がるのではなく、葬礼も死の一部なのである。われわれは時とともに、悲しみを忘れてそのひとの不在になれていく。が、そのときにはじめて「死」が完了するのだ。死者はもはや不在者とことなり、生きている者が再編成した関係の体系のなかに入りこむ余地がなくなっている。(柄谷行人「歴史についてーー武田泰淳」『マルクスその可能性の中心』所収)

この武田泰淳論は初出1977年冬号 季刊藝術であり、当時柄谷行人は、イェール大学で日本文学を教えている(そこでポール・ド・マンと出合ったのはよく知られている)。1941年生まれの柄谷行人であり、当時36歳である。

いま上の文を引用したのは、以前にはなにげなく読んだに過ぎなかったこの文章には、既に、ラカンの「二つの死」、あるいは「二番目の死」についての問題が示唆されている、--そのことに驚いたからだ。

二つの死は、ソフォクレスのアンティゴネー(テーバイの王女)にかかわる。先王オイディプス(アンチゴネーの父)の死後の紛糾後、王座に就いたクレオンは、国家に対する反逆者であるアンティゴネーの兄ポリュネイケスの埋葬や一切の葬礼を禁止し、見張りを立ててポリュネイケスの遺骸を監視させる。だがアンティゴネーは禁令を破り、自ら城門を出て、市民たちの見ている前でその顔を見せて兄の死骸に砂をかけ、埋葬の代わりとした。《わかりました。何をおっしゃろうとも、何も変わりません。私はあくまでも私が決めたことを行います》。

Philippe Lacoue‐Labartheは、ラカンのアンディゴネー解釈とハイデガーのそれとを分けるギャップをとても的確に位置づけた(ラカンは他の面ではハイデガーへの豊富な言及があるのだが)。ハイデガーにおいてまったく欠けているものは、享楽の現実界の領域だけではない。とりわけ「二つの死の間between‐two‐deaths」(象徴的な死と現実界的な死)の領域である。「二つの死の間between‐two‐deaths」とは、アンティゴネーがクレオンによってポリスから追い出された後のアンディゴネーの主体的ポジションを示している。兄ポリュネイケスーー現実には死んだが象徴的死、葬儀を否定されたことーーとまさに対称的に、アンディゴネーは自らが象徴的には死んだことも見出す、すなわち生物学的かつ主体的にはまだ生きていながら象徴的共同体から締め出された。アガンベンの用語なら、アンティゴネーは自らを“剥き出しの生”、ホモ・サケルのポジションに貶められたことを見出すのだ。“剥き出しの生”、ホモ・サケルの二十世紀における事例は、強制収容所の囚人の例である。ハイデガーの手落ちの賭金はひどく高い。というのは二十世紀の倫理-政治的な核心、極限の布置における“全体主義的な”カタストロフィにかかわるからだ。こういうわけで、この手抜かりは、ハイデガーのナチスへの誘惑に抵抗する不能性にまったく首尾一貫している。(ジジェク 私訳)

Philippe Lacoue‐Labarthe located very precisely the gap that separates Lacan’s interpretation of Antigone from Heidegger’s (to which Lacan otherwise abundantly refers): what is totally missing in Heidegger is not only the dimension of the Real of jouissance, but, above all, the dimension of the “between‐two‐deaths” (the symbolic and the Real) which designates Antigone’s subjective position after she is excommunicated from the polis by Creon. In an exact symmetry with her brother Polynices, who is dead in reality but denied the symbolic death, the rituals of burial, Antigone finds herself dead symbolically, excluded from the symbolic community, while biologically and subjectively still alive. In Agamben’s terms, Antigone finds herself reduced to “bare life,” to a position of homo sacer, whose exemplary case in the twentieth century is that of the inmates of the concentration camps. The stakes of this Heideggerian omission are thus very high, since they concern the ethico‐political crux of the twentieth century, the “totalitarian” catastrophe in its extreme deployment. The omission is thus quite consistent with Heidegger’s inability to resist the Nazi temptation:……(ジジェク『LESS THAN NOTHING』 2012)

2014年12月20日土曜日

路地につもったねばつく時間

路地を通り抜ける時試に立止つて向うを見れば、此方は差迫る両側の建物に日を遮られて湿つぽく薄暗くなつてゐる間から、彼方遥に表通の一部分だけが路地の幅だけにくつきり限られて、いかにも明るさうに賑かさうに見えるであらう。殊に表通りの向側に日の光が照渡つてゐる時などは風になびく柳の枝や広告の旗の間に、往来の人の形が影の如く現れては消えて行く有様、丁度灯火に照された演劇の舞台を見るやうな思ひがする。夜になつて此方は真暗な路地裏から表通の灯火を見るが如きは云はずとも又別様の興趣がある。川添ひの町の路地は折々忍返しをつけた其の出口から遥に河岸通のみならず、併せて橋の欄干や過行く荷船の帆の一部分を望み得させる事がある。此の如き光景は蓋し逸品中の逸品である。(永井荷風『路地』)

こういった文章を読むと今更ながら荷風はなんとしても捨て難い。《路地を通り抜ける時試に立止つて向うを見れば》とあるがわたくしはしばしばこれをやる。その光景が逸品中の逸品であるかどうかは時と場合によるが、なぜか名残惜しい気分になっている。中上健次や古井由吉がまずは代表的な路地の作家であるに相違ない。が、荷風も路地をさ迷い路地にある娼家や妾宅を書いた作家であり、路地の作家というなら、わたくしの場合、まずは荷風をあげたくなる。

路地は一種云ひがたき生活の悲哀の中に自から又深刻なる滑稽の情趣を伴はせた小説的世界である。而して凡て此の世界の飽くまで下世話なる感情と生活とは又この世界を構成する格子戸、溝板、物干台、木戸口、忍返なぞ云ふ道具立と一致してゐる。この点よりして路地は又渾然たる芸術的調和の世界と云はねばならぬ。(『路地』)
本堂の前を過ぎ庫裏と人家との間の路地に入るに、迂回して金剛寺坂の中腹に出でたり。路地の中に稚き頃見覚えし車井戸なほあるを見たり。(『礫川徜徉記』)
雷がごろごろと鳴ると、女はわざとらしく「あら」と叫び、一歩後れて歩こうとするわたくしの手を取り、「早くさ。あなた。」ともう馴れ馴れしい調子である。「いいから先へお出で。ついて行くから。」 路地へ這入ると、女は曲るたび毎に、迷わぬようにわたくしの方に振返りながら、やがて溝にかかった小橋をわたり、軒並一帯に葭簀の日蔽をかけた家の前に立留った。(『濹東綺譚』)
正月は一年中で日の最も短い寒の中の事で、両国から船に乗り新大橋で上り、六間堀の横町へ来かかる頃には、立迷う夕靄に水辺の町はわけても日の暮れやすく、道端の小家には灯がつき、路地の中からは干物の匂が湧き出で、木橋をわたる人の下駄の音が、場末の町のさびしさを伝えている。(『雪の日』)
かかる裏長屋の路地内には時として巫女が梓弓の歌も聞かれる。清元も聞かれる。盂蘭盆の燈籠や果敢ない迎火の烟も見られる。(『日和下駄 一名 東京散策記』)
泉鏡花の小説……「註文帳」は廓外の寮に住んでいる娼家の娘が剃刀の祟でその恋人を刺す話を述べたもので、お歯黒溝に沿うた陰欝な路地裏の光景と、ここに棲息して娼妓の日用品を作ったり取扱ったりして暮しを立てている人たちの生活が描かれている。研屋の店先とその親爺との描写はこの作者にして初めて為し得べき名文である。(『里の今昔』)
断膓亭日記巻之二大正七戊午年  荷風歳四十

十二月廿二日。築地二丁目路地裏の家漸く空きたる由。竹田屋人足を指揮して、家具書筐を運送す。曇りて寒き日なり。午後病を冒して築地の家に徃き、家具を排置す、日暮れて後桜木にて晩飯を食し、妓八重福を伴ひ旅亭に帰る。此妓無毛美開、閨中欷歔すること頗妙。

十二月廿五日。終日老婆しんと共に家具を安排し、夕刻銀座を歩む。雪また降り来れり。路地裏の夜の雪亦風趣なきにあらず。三味線取出して低唱せむとするに皮破れゐたれば、桜木へ貸りにやりしに、八重福満佐等恰その家に在りて誘ふこと頻なり。寝衣に半纒引きかけ、路地づたひに徃きて一酌す。雪は深更に及んでます/\降りしきる。二妓と共に桜木に一宿す。

《閨中欷歔すること頗妙》だって? 《水べを渉る鷭の声に変化した女の声を聴く》(吉岡実)

これだって路地の話だ。

《実際、パリを「遊歩」するとは彼(ベンヤミン)にとって、巨大な女体の秘部をまさぐることでもあった。内蔵の中にいると私たちがどれほど安堵するものかということを知りたければ、眩惑されるままに、暗いところが娼婦の股ぐらにひどく似ている街路から街路へ入り込んでいかねばならない》(松浦寿輝)ーーとあるように、路地とは股ぐらの奥さ。

神経症者が、女の性器はどうもなにか君が悪いということがよくある。しかしこの女の性器という気味の悪いものは、誰しもが一度は、そして最初はそこにいたことのある場所への、人の子の故郷への入口である。冗談にも「恋愛とは郷愁だ」という。もし夢の中で「これは自分の知っている場所だ、昔一度ここにいたことがある」と思うような場所とか風景などがあったならば、それはかならず女の性器、あるいは母胎であると見ていい。したがって無気味なものとはこの場合においてもまた、かつて親しかったもの、昔なじみのものなのである。しかしこの言葉(unhemlich)の前綴unは抑圧の刻印である。(フロイト『無気味なもの』)

表通りのラーメン屋より路地で麺をすするのがよほどいいということは、今の日本ではあまりないのかもしれない。まだあるのは屋台のラーメンぐらいか。そういえば博多には路地に趣きのあるラーメン屋がたくさんあったな。

フォーだってこうやって食べるのがいいに決まってる。





路が岐かれている
えたいの知れない方をえらんでしまう
路地につもったねばつく時間
生活の残りがそこいらにぶちまかれ
まども洗濯物もはずかしい
ここには残酷であかるい生活の原質がある
知る、とは生まれてくるということだろうか
躰のなかまで触れにくる
ひかりのことをいうのだろう

松岡政則「口福台湾食堂紀行」




ここで金井美恵子のアンモニアの臭いにする女の性器のような路地を掲げよう。

霧はいつの間にか晴れていたが、運河の水面から立ちのぼる湿気が空気を水っぽく重くしていたし、腐敗したなまり色の水のにおいを、日の光があたためて、余計に耐え難いものにしていた。においの粒子を太陽が繁殖させ、入り組んだ狭い路地の奥にいたるところまで、水と腐敗した水藻のなまぐさいにおいが、執念深い微生物のようにびっしりと繁茂し、運河の水が湿った石造りの岸に打ちあたる水音は、睡気をもよおさせる気怠い官能に溶けかかっている女の性器のたてる音のようだったし、それをあやつる見えない指がこの街を愛撫している様子は、とてつもなく淫らで、わたしは、なまり色の水の中に、悪い汗を背筋に滲ませながら、苦くて強い酸の味のするの咽喉をひりひり焼く胃液を吐く。溶けてねばねばした粘液状のチョコレートの混じった黄色い水が、なまり色の運河の水面に落ち、それはしばらくの間、水に吞み込まれずに、黄色とチョコレート色の滲んだ縞模様になって水の表面に浮かび、やがて、水に溶けて沈んでいった、蒼黒い緑色の水苔に覆われたほとんど水中に沈みかけている石の階段に、半透明な灰色の汚れた水が波打ちながらぶつかり、また淫らな音を、絶間のない御喋りのように繰りかえす。(……)

腐敗した水のにおいだけではなく、路地の家々の壁には小便のにおいがしみついていて、粘り気のある有機質のにおいに混じったきな臭いアンモニアのにおいが充満してもいるのだ。腐敗した牛乳の匂いに似た、皮膚の表面から分泌する、汗や脂や腋臭の粘り気のあるにおいと、食物が腐敗して行く死の繁茂のにおいが建物の中庭に咲いているジャスミンと薔薇のにおいと混じりあり、甘ったるい吐き気のする睡気になって私の身体を包囲する。(金井美恵子『沈む街』)


この金井美恵子の文は、いかにもフロイト的な路地であり、かなりイケル。彼女がにおいをめぐって書くときの文章はすばらしい。路地とはあまり関係がないが、古い車輌のソファのあの《人々の体臭や汗のしみ込んで、それが蒸されて醗酵したような不快な汚物のようなにおい》ってあるだろ? 

(この中年男の)機械的に熱中ぶりを操作しているといったふうな長広舌が続いている間、わたしは濡れた身体を濡れた衣服に包んで、それが徐々に体温でかわくのをじっと待っていたが、部屋の空気は湿っていたし、それに、すり切れた絨毯や、 同じようにすり切れてやせた織糸の破れ目から詰め物とスプリングがはみ出ているソファが、古い車輌に乗ったりすると、時々同じようなにおのすることのある、人々の体臭や汗のしみ込んで、それが蒸されて醗酵したような不快な汚物のようなにおいを発散させていたので、その鼻を刺激する醗酵性のにおいに息がつ まりそうになり、わたし自身の身体からも、同じにおいを発散させる粘り気をおびた汗がにじみだして来ては、体温の熱でにおいをあたりに蒸散させているよう な気がした。(金井美恵子『くずれる水』)

わたくしが文章家として敬愛する鈴木創士氏は、金井美恵子がキライらしいが、近親憎悪じゃないか。とはいえ氏は丘の上のひとであり、乾いた風が吹く。路地でさえ乾燥している。ひょっとして海辺の町で風に吹かれて育ったせいかもしれない。北関東のうっとうしそうな土地で育った金井美恵子。そこにある湿/乾の異和が鈴木氏に嫌悪感をもたらすということはありうる。

道には壁がずっと続いていた。ところどころ古びて変色したコンクリートが剥げ落ちて、中の煉瓦が丸見えになっている。壁にはスイカズラの蔓が垂れて、五月頃になると白い花をつけた。時々、花を無造作にいくつか失敬して、子供の頃にやったように蜜を吸った。路地じゅうにいつも強く甘い香りがしていた。スイカズラは忍冬と書くくらいだから、冬をも耐え忍ぶ強い草であるからだろうか、そこを通ると、花の咲かない冬でも鼻を突く香りでむせ返るような感覚に襲われる。

 道はいつもひっそりとして、人とすれ違うことはまったくない。鳥の囀(さえず)りが遠くでしているだけだ。鳥の姿はなかった。ずっと続く壁からは生い茂った樹々しか見えず、家屋は見えなかったし、このかなり広大な屋敷が誰の住む屋敷なのかは知る由もなかった。私はただ速度を緩めてそこを歩く。けっして何も見てはいないのに、見えるのはいつもほんのわずかにざわめく梢(こずえ)だけだ。〔鈴木創士「誰でもない人 異名としてのフェルナンド・ペソアを讃える」)
どの街角でもいい。名もない街角でもいい。「それはオンセの菓子屋の街角かもしれない。死の影に怯えるアルゼンチンの作家マセドニオ・フェルナンデスが、死はわれわれの身に起こり得るもっとも些細なことだと説いた」あの街角でもいい。自分が木であることを、そして人々に涼しげな木陰を提供していることなどつゆ知らない一本の木が、短い影を投げかける街角。木も見当たらない街角。どこまでも広がる、目が痛くなるような青空、くっきりとした黒い影。素晴らしいコントラスト。正午を少しだけ過ぎた街角……。

 どこでもいい。住民への相談などなしに最近無駄に植え替えられ移転されてしまった、巨大で力強い大木があった(われわれはそれを京都のバオバブの木と呼んでいたが、木はすっかり元気をなくしてしまった)。その木がひっそりと聳える京都東山の入り組んだ路地の奥にある誰も知らない街角。どこかで群青色か薔薇色に染まる街角。それともそこで人が死に、手向けられた花も枯れてしまった表通りの埃だらけの街角。昼の日なかにはかつてそこが処刑場の一角であったことすら忘れられた薄汚れた街角であってもいい。(同「正午を探す街角」)

このあと《ボルヘスは、街角とは、それはどこの街角ででもあり得るのだから、目には見えない「原型」なのだと言っていた》と続く。--そう、街角でも横町でも路地でもいい、そこにわれわれの原型があるのだ。それは「口福台湾食堂紀行」の松岡政則が《ここには残酷であかるい生活の原質がある》と謳ったように。

…………
京都の町のまん中、いわゆる下京古町には、殊に図子〔ずし〕が多い。図子といのは、縦横整然と、碁盤目に引かれた表通りの内へひっこむ小道のことだが、たどってゆくと、むこうの表通りへ抜けているものをいう。これとは別に、行きどまりの袋路になっている細い小道は路地〔ろうじ〕といって、図子とはいわない。そこで、京ことばでは、図子を抜けきった表通りに面する家を指して、うらんちょう(裏町)の何々さんといい、路地の中の家を指して奥の何々さんとか突当たりの何々さんなどという。図子には奥とか突当たりというものはないわけで、図子はかならず突抜けているものである。もっとも、路地でもお寺の境内に通じているときは、図子と呼ぶことがある。結局むこうへ抜けられるからだ。(杉本秀太郎『洛中生息』)

図子は辻子とも呼ばれる。京都では路地〔ろうじ〕と呼ばれるのが、袋小路のようだが、おそらくふつうは路地〔ろじ〕とされて、それは通り抜けられる小道をいうのだろう。露地、横町、小路、小径、小道、狭路、等々いろんな呼び方、漢字があるが、正確に使い分けたことは、わたくしはない。ただ十年あまり住んだ京都の町なかの小路を歩き回るのを好んだ時期はある。小路ひとつごとに左に折れ右に折れながら町中を歩く。ああこんなところに京格子の家が残っているとか、江戸時代の儒者や歌人、茶人などの旧居跡を示す石標にぶつかったりする。錦小路で漬物や干物を買ったりする。イノダ珈琲の三条店のカウンターで、いささか気取ってパイプ煙草をふかしながらミルクコーヒーを飲む。今では重要文化財に指定された杉本秀太郎邸の前を通る。彼の名はアランの翻訳者として少年時代から親しんでいた。


……一年を通じて、この店の間がもっともあかるいのは、十一月の中、下旬、陰暦十月の小春と呼ばれている時期、および冬至をなかにして、これと対応する二月の中、下旬である。そのころ、京格子は上から下までいっぱいに、陽ざしを浴びている。格子の内側の障子をあけ放つと、たたみの上には規則正しい縞柄の日陰が横たわる。障子をしめていると、表の軒近くをとおる人影が、あらかじめ障子にえがき出された格子の縞のなかを通過する。そういう影のたわむれが、ふと目をうばうようなとき、ヴァレリーの一節が、私には思い出される。

木立の枝にとらわれた  かりそめの虜囚
並行する この細い鉄柵を ゆらめかせる入海……

「かりそめの虜囚」である人影は、たやすくこの格子の影、質量をもたないこの牢獄の柵からすり抜ける。「細い鉄柵」は、ヴァレリーにとっては睫毛の隠喩であった。それなら、京格子のつくる影は、カメラの暗箱にとりつけられた美しい人工の睫毛というべきかもしれない。そして南面に格子をもっている店の間こそあかるいが、間仕切りの襖のむこう、さらにもう一枚の襖をあけると奥座敷に通じる中の間は、四季を通じて暗箱のように暗いのが、京都の町のなかの住居の特色である。(杉本秀太郎『洛中生息』)

学生時代にも路地を歩くことを好んだ。谷中の墓地あたりに向かう道がことさらお気に入りだった。言問い通りから北側に入り込む路地なのだが、ひっそりした垣根がつらなる路を沿っていくと、洋館風の建物から美少女が出てきたりーー当時は女はだいたい美女にみえたーー、猫に睨まれたり、腰の曲った老婆に挨拶されたり。《なぜ生垣の樹々になる実が/あれ程心をひくものか神々を貫通/する光線のようなものだ。》(西脇順三郎)だったな。

南側には上野の森の方へ向かう路地があり、あのあたりには連れ込み宿が何軒かある。最初に昔風の温泉マークつき宿を利用したのは、その散歩の途次だね、18歳の紅顔の少年は、玄関でいささか居心地にわるい数分を過ごした思出がある。「ごめんください」と何度も呼んでも音沙汰がなく、傍らの女友達と互いに顔を見交わせて、さてどうしよう、ひきかえそうか、あるいは、別の客が入ってくるんじゃないか、などと背後の引戸の向うの気配にさえ敏感になって、ーー《旅館の玄関に立って、案内を乞うと、遠くで返事だけがあってなかなか人影が現れてこなかった。少女と並んで三和土に立って待っている時間に、彼は少女の軀に詰まっている細胞の若さを強く感じた。そして、自分の細胞との落差を痛切に感じた。少女の頸筋の艶のある青白さを見ると、自分の頸の皮が酒焼けで赤黒くなっており、皮がだぶついているような気持になった。》(吉行淳之介『砂の上の植物群』)という具合で、冷汗が滲んだ何分かの後に、廊下を近づいてくる足音がきこえて、遣手婆風の渋い和服をきた初老の女が現われ、こちらの顔をじろりと見回しながら悠長な挨拶をされるのにビビッってしまうなどという具合だった、ーーもっとも吉行の書くのとは違ってオレの細胞は傍らの少女と同様若かったし、玄関でいくら委縮しても、たちまち勃然とする若さがあった。

この頃、東大生でもないのに、弥生町という弥生土器で由緒ある名の、東大本部と工学部のあいだの下宿屋に一年半ほど住んでいたわけで(わたくしの小学校時代の友人の祖父が経営しており、二十なん部屋あるうちの、わたくしと友人だけが東大生でなかった)、古めかしい黒光りした柱や天井、ギシギシいう廊下や階段をもつ、二階建ての共同便所風呂なしの四畳半で、漱石の小説に出てきそうな佇まいだ。このあたりは谷根千などといってそれなりに賑わうようになったらしいが、もちろんそれよりもずっと昔のこと。地下鉄利用のため弥生坂(言問い通り)を下りたり、根津の交差点近くにある風呂屋に行ったり路地にある大衆食堂で食事をする。途中、工学部の敷地を斜めに抜けることが多かった。初夏の宵闇にはその敷地内のくちなしの花が白く浮かびあがり、薫り高く匂った。《白い花は梢でゆさゆさ揺れていた》のであり、《わたしはわたしの夢の過剰でいっぱいだった》(大岡信)。

東京下町の銭湯には当初驚き、そして暫く後よく馴染んだ。番台のおばちゃんの無愛想さと愛嬌のよさを綯い交ぜにしたような顔と声。無頓着に湯代の小銭を受け取り釣りを返すのだが、風呂上りに牛乳をたのめばひどく愛想がよい。

粋な老人たちのみごとな禿頭や白髪、あるいは初老職人風のごま塩頭、二の腕のしたの皮膚がたるんでいるやせこけてしなびた古翁やら、いかにも酒飲み風なつやつやした肌を誇るでっぷりした好々爺。

そして倶梨伽羅悶々のおにいさんやおじさんたちもいた。《たくましい男のそれがちんちくりんのカタツムリのように見え、やせた男のが長大で図太くて罪深い紫いろにふすぼけて見える。それは何百回、何千回の琢磨でこうなるのだろうかと思いたいような、実力ある人のものうさといった顔つきでどっしりと垂れている。嫉妬でいらいらするよりさきに思わず見とれてしまうような逸品であった。》(開高健「玉、砕ける」)

ーー銭湯だって路地の一種さ。


というわけで「蚊居肢」というブログ名にしたのだから、この類のことをたまには書かなくちゃな、いや専念すべきだろうか


亜麻色の蜜蜂よ きみの針が
いかに細く鋭く命取りでも、
(……)
刺せ この胸のきれいな瓢を。
(……)
ほんの朱色の私自身が
まろく弾む肌にやってくるように!

素早い拷問が大いに必要だ。(ヴァレリー「蜜蜂」中井久夫訳)





2014年12月19日金曜日

民主主義はありとあらゆるシステムのうちで最悪である

二〇〇七年の秋、チェコ共和国で、米軍レーダー基地建設をめぐって世論が沸騰した。国民の大多数(ほぼ七〇パーセント)が反対しているのに政府はプロジェクトを強行した。政府代表は、この国防問題に関わる微妙な問題については投票だけでは決められない――軍事の専門家に判断をゆだねるべきだとして、国民投票の要求をはねつけたのだ。この論法に従っていくと、最後には、おかしな結果になる。すると投票すべき対象として何が残るというのか?たとえば経済に関する決定は経済の専門家に任せるべき、という具合にどの分野にもあてはまるのではないか? (ジジェク『ポストモダンの共産主義』)

で、やはりエリートや専門家にまかせるべきなのだろうか。それとも国民投票やら「理想的な」直接選挙などでの判断を尊重すべきなのだろうか。たとえば「経済」の問題、――消費税やら所得税やらを上げなければならず、社会保障費を削減しなければならないという「専門家」の判断(彼ら曰く「理論的には」絶対的に正しい、たとえば本日(2014.12.19付で「消費税10%では財政再建の道筋はまったく見えない 本来は消費税率を30%近くにする必要がある野口悠紀雄 緊急連載・アベノミクス最後の博打」などという記事が上がっているがね)ーー、これは、国民投票で受け入れられるはずがないのではないか。ヘーゲルのいうように「国家の最高官吏たち」に任せておいたほうがよいのではないか。

国家の最高官吏たちのほうが、国家のもろもろの機構や要求の本性に関していっそう深くて包括的な洞察を必然的に具えているとともに、この職務についてのいっそうすぐれた技能と習慣を必然的に具えており、議会があっても絶えず最善のことをなすに違いないけれども、議会なしでも最善のことをなすことができる。(ヘーゲル『法権利の哲学』)

たとえば「教育ある」理性的な公衆なら、明日の生活に不都合なことでも、--すなわち、消費税によって物価が上がったり、年金の手取りが下がったり等々ーー、やむ得ず「正しい」判断をするだろうか。将来世代(未来の他者)へ負担を先送りすることをやめるだろうか。

高級官僚たちにも、判断ミスや破廉恥な権力欲があるに決まっているのだからーー《どんな高徳な人と言われているものも、恐ろしい、無法の欲望を内に隠し持っている、という事をくれぐれも忘れるな》(プラトン=小林秀雄)--、《「真理」は得体の知れない均衡によって実現される》という立場をとるべきなのだろうか。

どの国でも、官僚たちは議会を公然とあるいは暗黙に敵視している。彼らにとっては、自分たちが私的利害をこえて考えたと信ずる最善の策を議会によってねじ曲げられることは耐え難いからである。官僚が望むのは、彼らの案を実行してくれる強力且つ長期的な指導者である。また、政治家のみならず官僚をも批判するオピニオン・リーダーたちは、自分たちのいうことが真理であるのに、いつも官僚や議会といった「衆愚」によって邪魔されていると考えている。だが、「真理」は得体の知れない均衡によって実現されるというのが自由主義なのだ。(柄谷行人『終焉をめぐって』)

上に書いた将来世代(未来の他者)へ負担を先送りするというのは、簡単に言えば、《公的債務とは、親が子供に、相続放棄できない借金を負わせることである》(ジャック・アタリ)にかかわる。

簡単に「政治家が悪い」という批判は責任ある態度だとは思いません。

 しかしながら事実問題として、政治がそういった役割から逃げている状態が続いたことが財政赤字の累積となっています。負担の配分をしようとする時、今生きている人たちの間でしようとしても、い ろいろ文句が出て調整できないので、まだ生まれていない、だから文句も言えない将来世代に負担を押しつけることをやってきたわけです。(経済再生 の鍵は 不確実性の解消 (池尾和人 大崎貞和)ーー野村総合研究所 金融ITイノベーション研究部2011ーー二十一世紀の歴史の退行と家族、あるいは社会保障)

これに関しては、公衆の判断ではほとんど無理に決まってる、そしておそらく政治家の判断も同じく。

現実の民主主義社会では、政治家は選挙があるため、減税はできても増税は困難。民主主義の下で財政を均衡させ、政府の肥大化を防ぐには、憲法で財政均衡を義務付けるしかない。(ブキャナン&ワグナー著『赤字の民主主義 ケインズが遺したもの』)

環境問題程度なら、場合によっては「未来の他者」を慮るようなことがあるかもしれないが、肝心かなめの「金」に関わってくると、「公共的合意」などあり得るはずがないのではないか。《お金があらゆる善の根源だと悟らない限り、あなたがたは自ら滅亡を招きます。》(アイン・ランド『肩をすくめるアトラス』)

…ハーバーマスは、公共的合意あるいは間主観性によって、カント的な倫理学を超えられると考えてきた。しかし、彼らは他者を、今ここにいる者たち、しかも規則を共有している者たちに限定している。死者や未来の人たちが考慮に入っていないのだ。

たとえば、今日、カントを否定し功利主義の立場から考えてきた倫理学者たちが、環境問題に関して、或るアポリアに直面している。現在の人間は快適な文明生活を享受するために大量の廃棄物を出すが、それを将来の世代が引き受けることになる。現在生きている大人たちの「公共的合意」は成立するだろう、それがまだ西洋や先進国の間に限定されているとしても。しかし、未来の人間との対話や合意はありえない。(柄谷行人『トランスクリティーク』P191-192)

「未来の他者」だと? すくなくともベルリンの壁崩壊をへて市場原理主義が猖獗する現在ーー資本の欲動の席巻の時代ーー、誰が「未来の他者」などを考慮するだろう? --《後はどうとでもなれ。これがすべての資本家と、資本主義国民の標語である。だから資本は、社会が対策を立て強制しないかぎり、労働者の健康と寿命のことなど何も考えていない。》(マルクス ツイッターbotより)

ノーム・チョムスキーは次ぎのように言っている、《国民参加という脅威を克服してはじめて、民主制につい てじっくり検討することができる》(Noam Chomsky, Necessary Illusions”)


バディウは、《現代における究極的な敵に与えられる名称は資本主義や帝国あるいは搾取ではなく、民主主義である》と言っているそうだ(「永遠の経済的非常事態」 スラヴォイ・ジジェク 長原豊訳

これらの言葉に触れたことがなくても、プラトン=ソクラテスが、大衆を「局所的な意見の混沌」のなかであがく一匹の巨大な獣 か迷える獣の群れとしているのは誰もが知っているだろう。

もっとも冒頭のジジェクの文は、大衆が、巨大な獣か迷える獣であって彼らの判断が信じられないにせよ、いまはエリートの判断さえ信じられなくなったことにあるという文脈のなかで書かれているものであり、それは2011年以来、この極東の島国ではことさら顕著なことだろう。

いわゆる「民主主義の危機」が訪れるのは、民衆が自身の力を信じなくなったときではない。逆に、民衆に代わって知識を蓄え、指針を示してくれると想定されたエリートを信用しなくなったときだ。それはつまり、民衆が「(真の)王座は空である」と知ることにともなう不安を抱くときである。今決断は本当に民衆にある。(ジジェク『ポストモダンの共産主義』)
トロツキーの議会制民主主義に対する批難は大筋で正しかった。すなわち、この制度は教育のない大衆に力を与えすぎることではなく、むしろ、逆説的にいえば、大衆を受身化して、国家権力機構の支配にゆだねるものだ。(トロツキー『テロリズムと共産主義』」(同上)


ところで、きみたちには、《教育者面をしたり指導者面をしているソフィスト達を許す事が出来な》いってことないのかい? たとえば選挙前に「日本人は民主主義を捨てたがっているのか? 」の類のことを叫ぶ連中だがね。こいつらの言う「民主主義」ってなんなのだろう? やっぱり「衆愚」政治のことかい? 「識者」として《大衆は立て続けに話されると,巧みな口舌に惑わされ,事の理非を糾す暇もないままに,一度かぎりのわれらの言辞に欺かれる》(ツキジデス『戦史』)ってヤツの実践かい?

チョムスキーを再掲しておくがね、《国民参加という脅威を克服してはじめて、民主制についてじっくり検討することができる》と。

あるいは柄谷行人を引用してもいいけどさ、議会民主主義を疑ったことがないわけじゃないだろ? 直接投票にしなくちゃなんていうなよな、都知事や大阪府知事でどんな首長が選ばれているかシッテルだろ? まあせめて主張するなら「くじ引き」程度のことは言えよ。要するに、あいつらバカジャナイノ? との錯覚に閉じこもることが多いんだよな。


もし匿名投票による普通選挙、つまり議会制民主主義がブルジョア的な独裁の形式であるとするならば、くじ引き制こそプロレタリア独裁の形式だというべきなのである。アソシエーションは中心をもつが、その中心はくじ引きによって偶然化されている。かくして、中心は在ると同時に無いといってよい。すなわち、それはいわば「超越論的統覚X」(カント)である。(柄谷行人『トランスクリティーク』P282-283ーー「バカジャナイノ?」)

実際、アテネでは「くじ引き」やってたらしいからな。

われわれはアテネの民主主義から学ぶべきことが一つある。アテネの民主主義は、僭主制を打破するところから生まれたと同時に、僭主制を二度ともたらさないような周到な工夫によって成立している。アテネの民主主義を特徴づけるのは議会での全員参加などではなく、行政権力の制限である。それは官吏をくじ引きで選ぶこと、さらに、同じくじ引きで選ばれた陪審員による弾劾裁判所によって徹底的に官吏を監視したことである。実際、こうした改革を成し遂げたペリクレス自身が裁判にかけられて失脚している。要するに、アテネの民主主義において、権力の固定化を阻止するためにとられてシステムの核心は、選挙ではなくくじ引きである。くじ引きは、権力が集中する場に偶然性を導入することであり、そのことによってその固定化を阻止するものだ。そして、それのみが真に三権分立を保証するものである。かくして、もし匿名投票による普通選挙、つまり議会制民主主義がブルジョア的な独裁の形式であるとするならば、くじ引き制こそプロレタリア独裁の形式だというべきなのである。(『トランスクリティーク』p283~)

まずは「議会民主主義=ブルジョワ独裁」を潰すことさ、そこから出発だぜ、真の「民主主義=大衆の支配」というものが仮にあるのなら、--とまでは言わないでおくけどさ。大衆の支配とは、ファシズムかもしれないからな、ワカンネエなあ、政治音痴のオレには。

《ファシズムとは、他のすべての独裁制と同様に、反自由主義的であるが、しかし、必ずしも反民主主義的ではない》(カール・シュミット)

…議会と大統領との差異は、たんに選挙形態の差異ではない。カール・シュミットがいうように、議会制は、討論を通じての支配という意味において自由主義的であり、大統領は一般意志(ルソー)を代表するという意味において民主主義的である。シュミットによれば、独裁形態は自由主義に背反するが民主主義に背反するものではない。《ボルシェヴィズムとファシズムとは、他のすべての独裁制と同様に、反自由主義的であるが、しかし、必ずしも反民主主義的ではない》。《人民の意志は半世紀以来極めて綿密に作り上げられた統計的な装置よりも喝采によって、すなわち反論の余地を許さない自明なものによる方が、いっそうよく民主主義的に表現されうるのである》(シュミット『現代議会主義の精神史的位置』)。

この問題は、すでにルソーにおいて明確に出現していた。彼はイギリスにおける議会(代表制)を嘲笑的に批判していた。《主権は譲りわたされえない、これと同じ理由によって、主権は代表されえない。主権は本質上、一般意志のなかに存する。しかも、一般意志は決して代表されるものではない》。《人民は代表者をもつやいなや、もはや自由ではなくなる。もはや人民はいなくなる》(『社会契約論』)。ルソーはギリシャの直接民主主義を範とし代表性を否定した。しかし、それは「一般意志」を議会とは違った行政権力(官僚)に見いだすヘーゲルの考えか、または、国民投票の「直接性」によって議会の代表性を否定することに帰結するだろう。(『トランスクリティーク』p226~)
一般的にいって、匿名状態で解放された欲望が政治と結びつくとき、排外的・差別的な運動に傾くことに注意すべきです。だから、ここから出てくるのは、政治的にはファシズムです。(柄谷行人「丸山真男とアソシエーショニズム (2006)
浅田彰)ルソーが一般意志というけれど,具体的なモデルとしては小さい共同体を考えているわけで,それを無視して直接民主主義を乱暴に拡大すると,ファシズムと限りなく近いものになってしまうわけです.

たとえば,リンツで「アルス・エレクトロニカ」というのをやっているんだけれど,あそこはヒトラーが生まれた所だから,ヒトラーが演説した広場があって,前回は,そこに巨大なスクリーンを立てて,インタラクティヴなゲームをやったんですね.みんなに赤と緑の反射板を持たせて,全員でTVゲームをやったりね. そこで,市長の人気投票とか,直接民主主義制のゲームもやったんですが,まさに柄谷さんがおっしゃったような感じで,みんながそのつど結果を見て補正するから,およそ一定しないわけです.(「ハイパーメディア社会における自己・視線・権力」)

さてようやくここで表題にその一部を掠め取った「たしかに民主主義はありとあらゆるシステムのうちで最悪である」(チャーチル)を引用することができる。じつはそれに続く《問題は、他のどのシステムも民主主義以上ではないことだ》が肝腎なんだが。

ウィンストン・チャーチルの有名なパラドックス( ……)。民主主義は堕落とデマゴギーと権威の弱体化への道を開くシステムだと主張する人びとにたいして、チャーチルはこう答えた。「たしかに民主主義はありとあらゆるシステムのうちで最悪である。問題は、他のどのシステムも民主主義以上ではないことだ」。この発言は「すべてが可能だ。いやもっと多くのことが可能だ」という全体集合を提示する。その中では問題の要素(民主主義)は最悪のように見える。第二前提によれば、「ありとあらゆるシステム」という集合はすべてを包含しているわけではなく。付加的な要素と比べてみれば件の要素がじゅうぶん我慢できるものであることがわかる。この論法は次の事実に基づいている。すなわち付加的要素は「ありとあらゆるシステム」という全体集合に含まれているものと同じであり、唯一の相違はそれらはもはや閉じられた全体の要素としては機能していないという点である。政府のシステムの全体の中では民主主義は最悪であるが、政治システムの全体化されていない連続の中には民主主義以上のものはない。したがって、「それ以上のものはない」という事実から、民主主義が「最良」であるという結論を引き出してはいけない。民主主義の利点はまったく相対的なものでしかないのである。この命題を最上級で定式化しようとしたとたん、民主主義の特質は「最悪」となってしまうのである。(ジジェク『斜めから見る』 P62ーー民主主義の中の居心地悪さ


まあツイッターなどで《教育者面をしたり指導者面をしている》連中がバカにみえるのは、オレがバカなせいかもしれないがね。とはいえ、あの連中は、こうやって散々語られてきたことを外して、無知なのかなんだか知らないが、ナイーヴに「自分の考え」なるものを主張するんだな。

僕は國分功一郎というのに驚いたんだけど、「議会制民主主義には限界があるからデモや住民投票で補完しましょう」と。

21世紀にもなってそんなことを得々と言うか、と。あそこまでいくと、優等生どころかバカですね。

……住民投票による「来るべき民主主義」とか、おおむね情報社会工学ですむ話じゃないですか。哲学や思想というのは、何が可能で何が不可能かという前提そのものを考え直す試みなんで、可能な範囲での修正を目指すものじゃないはずです。(浅田彰
僕は昔から、先行研究を踏まえた手堅い優等生研究ってのは好きじゃなかったんだけど、國分は、驚くべきことに、ドゥルーズやネグリのみならず、古典的なスピノザ研究の蓄積についてもほとんど言及せず、ひたすら「僕のスピノザ」を大声で得々と語るわけ-腐っても人文研の研究会で。 思わず「あなた、バカって言われない?」と聞いちゃった。(同 浅田)

でも國分くんはまだましなほうさ、ツイッターで「民主主義」なんたらしきりに寝言いってる「識者」のなかでは。

まあオレもえらそうなことはマッタク言えないんだ、そもそもネグリなんて一度も読んだことがないんだから。でもあれら《教育者面をしたり指導者面をしている》連中は、いくら政治音痴、経済音痴でもせめてジジェクやら柄谷行人やらは読んでいてよさそうなはずだがねえ。

というわけで、もうごたごた言わずに、小林秀雄=プラトンでも引用しておくだけにするよ。


◆小林秀雄「プラトンの「国家」」より


「国家」或は「共和国」とも言われているこの対話篇には、「正義について」という副題がついているが、正義という光は垣間見られているだけで、徹底的に論じられているのは不正だけであるのは、面白い事だ。正義とは、本当のところ何であるかに関して、話相手は、はっきりした言葉をソクラテスから引出したいのだが、遂にうまくいかないのである。どんな高徳な人と言われているものも、恐ろしい、無法の欲望を内に隠し持っている、という事をくれぐれも忘れるな、それは君が、君の理性の眠る夜、見る夢を観察してみればすぐわかる事だ、ソクラテスは、そういう話をくり返すだけだ。

そういう人間が集まって集団となれば、それは一匹の巨大な獣になる。みんな寄ってたかって、これを飼いならそうとするが、獣はちと巨き過ぎて、その望むところを悉く知る事は不可能であり、何処を撫でれば喜ぶか、何処に触れば怒りだすか、そんな事をやってみるに過ぎないのだが、手間をかけてやっているうちには、様々な意見や学説が出来上り、それを知識と言っているが、知識の尺度はこの動物が握っているのは間違いない事であるから、善悪も正不正も、この巨獣の力に奉仕し、屈従する程度によって定まる他はない。何が古風な比喩であろうか。

プラトンは、社会という言葉を使っていないだけで、正義の歴史的社会的相対性という現代に広く普及した考えを語っている。今日ほど巨獣が肥った事もないし、その馴らし方に、人びとが手を焼いている事もない。小さな集団から大国家に至るまで、争ってそれぞれの正義を主張して互いに譲る事が出来ない。真理の尺度は依然として巨獣の手にあるからだ。ただ社会という言葉を思い附いたと言って、どうして巨獣を聖化する必要があろうか。

ソクラテスは、巨獣には、どうしても勝てぬ事をよく知っていた。この徹底した認識が彼の死であったとさえ言ってよい。巨獣の欲望に添う意見は善と呼ばれ、添わぬ意見は悪と呼ばれるが、巨獣の欲望そのものの動きは、ソクラテスに言わせれば正不正とは関係のない「必然」の動きに過ぎず、人間はそんなものに負けてもよいし、勝った人間もありはしない。ただ、彼は、物の動きと精神の動きとを混同し、必然を正義と信じ、教育者面をしたり指導者面をしているソフィスト達を許す事が出来なかったのである。巨獣の比喩は、教育の問題が話題となった時、ソクラテスが持出すのだが、ソクラテスは、大衆の教育だとか、民衆の指導だとかいう美名を全く信じていない。巨獣の欲望の必然の運動は難攻不落であり、民衆の集団的な言動は、事の自然な成行きと同じ性質のものである以上、正義を教える程容易な事があろうか。この種の教育者の仕事は、必ず成功する。彼は、その口実を見抜かれる心配はない、彼の意見は民衆の意見だからだ。

もし、ソクラテスが、プロパガンダという言葉を知っていたら、教育とプロパガンダの混同は、ソフィストにあっては必至のものだと言ったであろう。言うまでもなく、ソクラテスは、この世に本当の意味での教育というものがあるとすれば、自己教育しかない、或はその事に気づかせるあれこれの道しかない事を確信していた。もし彼が今日まで生きていたら、現代のソフィスト達が説教している事、例えばマテリアリズムというものを、弁証法とか何とか的とか言う言葉で改良したらヒューマニズムになるというような詭弁を見逃すわけはない。事実を見定めずにレトリックに頼るソフィストの習慣は、アテナイの昔から変わっていない、と彼は言うだろう。

イデオロギイは空言でも美辞でもない、その基底には、歴史の必然による要請がある、と現代のソフィスト達は、口をそろえて言うだろうが、ソクラテスの炯眼をごまかすわけにはいくまい。嘘をつかない方がよい、基底には、君自身が隠し持っている卑屈な根性がある。君達は自己欺瞞がつづき、君たちのイデオロギイが正義の面を被っていられるのも、敵対するイデオロギイを持った集団が君達の眼前にある間だ。みんな一緒に、同じイデオロギイを持って暮さねばならぬ時が来たら、君達は、極く詰らぬ瑣事から互いに争い出すに決っている。そうなってみて、君達は初めて気がつくだろう。歴史的社会という言葉は、一匹の巨獣という言葉より遥かに曖昧な比喩だという事に気がつくだろう。

社会は一匹の巨獣である、では社会学にはならぬ。そんな事を言って、プラトンを侮るまい。いよいよ統計学に似て来る近代社会学には、統計学の要求に屈して、人間を、計算に便利な人間という単位で代置する誘惑が避け難い。この傾向は、人間について何が新しい発見を語る事なのか、それとも来るべきソフィスト達の為に、己惚れの種を播く事なのか。一応疑ってみた方がよいだろう。

ソクラテスの話相手は、子供ではなかった。経験や知識を積んだ政治家であり、実業家であり軍人であり、等々であった。彼は、彼らの意見や考えが、彼等の気質に密着し、職業の鋳型で鋳られ、社会の制度にぴったりと照応し、まさにその理由から、動かし難いものだ、と見抜いた。彼は、相手を説得しようと試みた事もなければ、侮辱した事もない。ただ、彼は、彼等は考えている人間ではない、と思っているだけだ。彼等自身、そう思いたくないから、決してそう思いはしないが、実は、彼等は外部から強制されて考えさせられているだけだ。巨獣の力のうちに自己を失っている人達だ。自己を失った人間ほど強いものはない。では、そう考えるソクラテスの自己とは何か。

プラトンの描き出したところから推察すれば、それは凡そ考えさせられるという事とは、どうあっても戦うという精神である。プラトンによれば、恐らく、それが、真の人間の刻印である。ソクラテスの姿は、まことに個性的であるが、それは個人主義などという感傷とは縁もゆかりもない。彼の告白は独特だが、文学的浪漫主義とは何の関係もない。彼は、自己を主張しもしなければ、他人を指導しようともしないが、どんな人とも、驚くほど率直に、心を開いて語り合う。すると無智だと思っていた人は、智慧の端緒をつかみ、智者だと思っていた者は、自分を疑い出す。要するに、話相手は、皆、多かれ少かれ不安になる。そういう不安になった連中の一人が、ソクラテスに言う。
「君は、疑いで人の心をしびれさせる電気鰻に似ている」
ソクラテスは答える。
「いかのもそうだ、併し、電気鰻は、自分で自分をしびれさせているから、人をしびれさせる事が出来る、私が、人の心に疑いを起こさせるのは、私の心が様々な疑いで一杯だからだ」と。
(……)
お終いに、ソクラテスが、民主主義政体について語っているところ、これはまことに精妙であって、要約は難しいが(「国家」第八巻)、附記して置こうか。言うまでもなく、この政体の最大の所有物は平等と自由とであるが、この政体に最も適した人間は、自分の内に持つ様々な欲望を平等に自由に解放している人間に相違なく、それ故、又、人間性格の様々な類型を、一人で演ずる事の出来るような人間であり、元気で敏感で、先生は生徒に媚び、老人は青年に順応し、亭主は女房を恐れ、女房は飼犬を尊敬し、というような事は一番苦もない事と言える人間達だ。政治関係にしても、為政者は、圧制者の評判をとるのが一番恐いから、まるで被治者のような治者が尊敬されるだろうし、逆に、自由の名の下に、為政者に反抗する、治者のような被治者が一番人気を集めるだろう。

政治は普通思われているように、思想の関係で成立するものではない。力の関係で成立つ。力が平等に分配されているなら、数の多い大衆が強力である事は知れ切った事だが、大衆は指導者がなければ決して動かない。だが一度、自分の気に入った指導者が見つかれば、いやでも彼を英雄になるまで育て上げるだろう。権力慾は誰の胸にも眠っている。民主主義の政体ほど、タイラントの政治に顛落する危険を孕んでいるものはない。では、何故、指導者がタイラントになるか。この諧謔を交えた仮借ない分析を辿るには全文を要するのだが、プラトンの政治思想の骨組は、はっきり透けて見える。

ソクラテスの定義によれば、指導者とは、自己を売り、正義を買った人間だ。誰が血腥いタイラントになりたいだろう。だから、誰もなるものではない、否応なくならされるのだ、とソクラテスは言う。正義に酔った指導者が、どうして自分のうちに、人間を食う欲望のひそんでいる事を知ろうか。「狼の山」に建てられた神殿にそなえられた生贄の肉の中に、子供の内臓が混じっていたのを知らずに食べたものは、狼になるのが運命だ。彼の運命は劇的でもあり、悲壮でもあるので、よく芝居などにも仕組まれるのさ。

政治の地獄をつぶさに経験したプラトンは、現代知識人の好む政治への関心を軽蔑はしないだろうが、政治への関心とは言葉への関心とは違うと、繰返し繰返し言うであろう。政治とは巨獣を飼いならす術だ。それ以上のものではあり得ない。理想国は空想に過ぎない。巨獣には一かけらの精神もないという明察だけが、有効な飼い方を教える。この点で一歩でも譲れば、食われて了うであろう、と。

2014年12月18日木曜日

ピケティ、フリードマン、ジジェク三幅対

ピケティはユートピアンだよ、……すばらしいねえ、金持ちに80%タックスなんてね。しかも一国内でやったら税逃れがあるに決まってんだから、世界的にやろうっていうんだろ? ピケティ自身もいってるらしいな、資本に対する累進課税は、「ユートピア的」だってさ。どんな意味のユートピアか知らないが。


ピケティはわれわれを騙してんだよ、《 I think in this sense he cheats》--もっとも過去の経済データを分析するその膨大な手法の価値がそれで減るわけではないさ。お勉強にはいいんじゃないか。

オレはピケティに反対してるわけじゃないよ、80%のグローバル累進課税なんてすばらしいじゃないか。ああなんというユートピア! ただ問題は、それをしたら、金持連中は、逃道をさがすに決まってることだな。

this is why, again, Im not against him, wonderful, lets tax them 80 percent. What Im claiming is that if you were to do this you would very soon discover that this would lead to further changes and so on and so on. Im saying that it is a true utopia》(Zizek

フリードマンがとっくの昔に言ってるだろ。これは相続税の話だけどさ、所得税や法人税だって、同じことさ、かりにグローバルでやったってな。


実効のある相続税なんて幻想ですよ。必ず回避する手段があるものです。たとえば,子供に現金で十万ドル残せな くても,それを元手にして事業を始め,子供に経営させるとか,それもだめなら,教育に投資して子供を医者や弁護士にするとか,ね。遺産相続をなくそうとして も,実際は相続する遺産の形が変わるだけでして,子供のために何かをしてやりたいという欲求は,政府が何をやったって押さえることはできません。もしでき たとしたら,それこそ恐ろしいことです。親が子供によくしてやりたいという願 いこそ,われわれの生活をこれまでに引き上げてきたエネルギーの源泉なのです からね。仮に実効ある相続税というようなものが編み出されたとしても,富の継承は妨げません。むしろ,進歩を大きく阻害する方向に働くでしょう。背の高い木のてっぺんを切って,低い木に合わせる。それも平等の一種かも知れませんが,そういうことをして社会に何の益があるのか,私には理解できません。私の望む平等というのは,低いほうの木の丈を伸ばしてやることです」(フリードマン『政府からの自由』 Friedman M., Bright Promises Dismal Perforrnance AnEconomist's Protest1983

まあそうは言っても、資本主義を勉強するにはすぐれた本らしいぜ、たぶんこういったことを知るにはね。オレはあんな大著をけっして読みはしないけどさ。

後はどうとでもなれ。これがすべての資本家と、資本主義国民の標語である。だから資本は、社会が対策を立て強制しないかぎり、労働者の健康と寿命のことなど何も考えていない。(マルクス ツイッターbotより)

Slavoj Žižek comments on Thomas Piketty’s ‘Le Capital au XXIe siècle

“You know why I think he is utopian? He is in a way right. The twentieth century overcoming of capitalism didn’t work, but he then generalizes this implicitly, he accepts, as a good Keynesian, that capitalism is ultimately the only game in town; all alternatives ended up in fiasco, so we have to keep it. He is almost a kind of a social-democratic Peter Mandelson, you know the dark prince of Blair who said that in [the economy] we are all Thatcherites. All we can do is at the level of distribution; a little bit more for health care, education and blabla. So what I’m saying is that I think he’s utopian because he simply says that the mode of production has to remain the same; let’s just change the distribution by, nothing very original, radically higher taxes.

Now here problems begin, here the utopia enters. I’m not saying we shouldn’t do this, I’m just saying that to do this and nothing else is not possible. That’s his utopia. That basically we can have today’s capitalism, which basically as a machinery remains the same just oh oh oh when you earn your billions oh oh here am I tax, give me 80 percent. I don’t think this is feasible. I think, imagine a government doing this, Piketty is aware it needs to be done globally. Because if you do it in 1 country, then capital moves elsewhere blabla. This is another aspect of his utopianism, my claim is that if you imagine a world organization where the measure proposed by Piketty can effectively be enacted, then the problems are already solved. Then already you have a total political reorganization, you have a global power which effectively can control capital, we already won.

So I think in this sense he cheats, the true problem is to create the conditions for his apparently modest measure to be actualized. And this is why, again, I’m not against him, wonderful, let’s tax them 80 percent. What I’m claiming is that if you were to do this you would very soon discover that this would lead to further changes and so on and so on. I’m saying that it is a true utopia, and this is what Hegel meant by abstract thinking, to just imagine you can take one measure and nothing else changes. Of course it would be wonderful to have today’s capitalism with all its dynamics, just at the level of redistribution you change it, but this is utopian. You can not do it, because a change in redistribution would effect the mode of production, capitalist economy itself, I don’t know in what way. I’m just saying that sometimes utopia is not anti-pragmatic, sometimes to be modest in a false way is the greatest utopia.”