2015年8月31日月曜日

異質なものを排除するムラ社会の土人

どこかのムラ社会の土人が「おまえらおれたちばかりにやらせるなよ すこしは世界の警察官の仕事手伝ってくれ」をめぐってなにやら言っているようだが、シリアという中東の窓国の難民の話かい? それともムラ社会の土人の庶民的正義感かい?

川上泰徳 @kawakami_yasu

難民問題では、紛争地の周辺国はもちろん受け入れている欧米も苦労している。実際にシリアやイラクの難民たちの話を聞いて、さらに現在のような難民たちの悲劇が続く状況に接すると、日本だけが「特殊な事情」を挙げて、問題を分担していないことに、疚しさ感じざるを得ない。日本って、そんなに特殊?
日本も難民を受け入れねばならないというと「理想はそうだけど」という人がいるが、これは理想の話ではなく、国際社会の「現実」に日本はその「主要メンバー」として役割を果たすという、非常に現実的な話。いまの日本の難民問題対応では、国際社会の外の、自身の「空想」の中で生きているということ。

とはいえ日本ではやはり《国際社会の外の、自身の「空想」の中で生きている》「特殊」なムラ社会の土人たちがいまだ多いのだろう。とくに感想はない。資料を並べておくよ、オレは親切なほうでね。貴君は中井久夫ファンじゃなかったっけ?

……被害者の側に立つこと、被害者との同一視は、私たちの荷を軽くしてくれ、私たちの加害者的側面を一時忘れさせ、私たちを正義の側に立たせてくれる。それは、たとえば、過去の戦争における加害者としての日本の人間であるという事実の忘却である。その他にもいろいろあるかもしれない。その昇華ということもありうる。

社会的にも、現在、わが国におけるほとんど唯一の国民的一致点は「被害者の尊重」である。これに反対するものはいない。ではなぜ、たとえば犯罪被害者が無視されてきたのか。司法からすれば、犯罪とは国家共同体に対してなされるものであり(ゼーリヒ『犯罪学』)、被害者は極言すれば、反国家的行為の単なる舞台であり、せいぜい証言者にすぎなかった。その一面性を問題にするのでなければ、表面的な、利用されやすい庶民的正義感のはけ口に終わるおそれがある。(中井久夫「トラウマとその治療経験」『徴候・外傷・記憶』所収)
少子化の進んでいる日本は、周囲の目に見えない人口圧力にたえず曝されている。二〇世紀西ヨーロッパの諸国が例外なくその人口減少を周囲からの移民によって埋めていることを思えば、好むと好まざるとにかかわらず、遅かれ早かれ同じ事態が日本にも起こるであろう。今フランス人である人で一世紀前もフランス人であった人の子孫は二、三割であるという。現に中小企業の経営者で、外国人労働者なしにな事業が成り立たないと公言する人は一人や二人ではない。外国人労働者と日本人との家庭もすでに珍しくない。人口圧力差に抗らって成功した例を私は知らない。好むと好まざるとにかかわらず、この事態が進行する確率は大きい。東アジアに動乱が起こればなおさらである。アジアに対する日本の今後の貢献は、一七世紀のヨーロッパにおけるオランダのように、言論の自由を守り、政治難民に安全な場所を提供することであると私は考えている。アジアでもっとも言論の自由な国を維持することが日本の存在価値であり、それがなければ百千万言の謝罪も経済的援助もむなしい。残念ながらアジアにおいてそういう国は一七世紀のヨーロッパよりもさらに少ない。政治難民が数万、数十万人に達する時に、かつての関東大震災の修羅場を反復するか否かが私たちの真価をほんとうに問われる時だろう。それは日本が世界の孤児となるか否かを決めるだろう。難民とは被災者であり、被災者差別を論じる時に避けて通ってはならないものである。(中井久夫「災害被害者が差別されるとき」『時のしずく』所収)

…………

いまの日本の社会のあり方に対して、あなた方はいつまでも黙っていてはいけないでしょう。それは私たちの世代が若かった時におかした過ちです。自分で考えて下さい。あなた方が自分の頭で判断を下す必要が出てきている、いまの社会は、そういう状況になっています。そのためには,まず「思うこと」です。そして、もっと「学ぶこと」が必要です。たしかに日本国は改革を必要としていると思います。もし、私がこれまで言ってきたような改革や革命が実現することがあるとすれば、それはきっとあなた方がやることだと、私は思っています。
ほんとうに怖い問題が出てきたときこそ、全会一致ではないことが必要なのだと私は考えます。それは人権を内面化することでもあるのです。個人の独立であり、個人の自由です。日本社会は、ヨーロッパなどと比べると、こうした部分が弱いのだと思います。平等主義はある程度普及しましたが、これからは、個人の独立、少数意見の尊重、「コンセンサスだけが能じゃない」という考え方を徹底する必要があります。さきほど述べたように、日本の民主主義は平等主義的民主主義だけれど、少数意見尊重の個人主義的な自由主義ではない。それがいま、いちばん大きな問題です。(加藤周一、『学ぶこと・思うこと』2003)

…………


《民主主義とは、国家(共同体)の民族的同質性を目指すものであり、異質なものを排除する

人々は自由・民主主義を、資本主義から切り離して思想的原理として扱うことはできない。いうまでもないが、「自由」と「自由主義」は違う。後者は、資本主義の市場原理と不可分離である。さらにいえば、自由主義と民主主義もまた別のものである。ナチスの理論家となったカール・シュミットは、それ以前から、民主主義と自由主義は対立する概念だといっている(『現代議会主義の精神史的地位』)。民主主義とは、国家(共同体)の民族的同質性を目指すものであり、異質なものを排除する。ここでは、個々人は共同体に内属している。したがって、民主主義は全体主義と矛盾しない。ファシズムや共産主義の体制は民主主義的なのである。

それに対して、自由主義は同質的でない個々人に立脚する。それは個人主義であり、その個人が外国人であろうとかまわない。表現の自由と権力の分散がここでは何よりも大切である。議会制は実は自由主義に根ざしている。(柄谷行人「歴史の終焉について」(『終焉をめぐって』所収)p162)

民主主義とは、共同体の同質性を目指すものであり、異質なものを排除するのであれば、この観点からは、(誰もが知っているように)日本はムラ社会的民主主義先進国である。

日本社会には、そのあらゆる水準において、過去は水に流し、未来はその時の風向きに任せ、現在に生きる強い傾向がある。現在の出来事の意味は、過去の歴史および未来の目標との関係において定義されるのではなく、歴史や目標から独立に、それ自身として決定される。(……)

労働集約的な農業はムラ人の密接な協力を必要とし、協力は共通の地方心信仰やムラ人相互の関係を束縛する習慣とその制度化を前提とする。この前提、またはムラ人の行動様式の枠組は、容易に揺らがない。それを揺さぶる個人または少数集団がムラの内部からあらわれれば、ムラの多数派は強制的説得で対応し、それでも意見の統一が得られなければ、「村八分」で対応する。いずれにしても結果は意見と行動の全会一致であり、ムラ全体の安定である。(加藤周一『日本文化における時間と空間』)

実際、このムラ社会のシステムは、なんと「民主主義的」であろう。権威の王座には誰も坐っていない。ただし「空気」としての権力はある。

一般に、日本社会では、公開の議論ではなく、事前の「根回し」によって決まる。人々は「世間」の動向を気にし、「空気」を読みながら行動する。(柄谷行人「キム・ウチャン(金禹昌)教授との対話に向けて」
一般的にいって、匿名状態で解放された欲望が政治と結びつくとき、排外的・差別的な運動に傾くことに注意すべきです。だから、ここから出てくるのは、政治的にはファシズムです。(柄谷行人「丸山真男とアソシエーショニズム (2006)
公的というより私的、言語的(シンボリック)というより前言語的(イマジナリー)、父権的というより母性的なレヴェルで構成される共感の共同体。......それ はむしろ、われわれを柔らかく、しかし抗しがた い力で束縛する不可視の牢獄と化している。(浅田彰「むずかしい批評」(『すばる』1988 年 7 月号


まだいくらでもあるがカボチャ頭にはこの程度がいいだろうよ、オカアチャンの子宮に守られている共感の共同体の囚人にはな。ああそういえば貴君は四国出身なようだな、心性は四国の谷間にひきこもったままなんだろうよ、だったらいっそうやむえないね、ムラの土人であることは。

……「この窪地に朝鮮人が来てからというもの、谷間の人間は迷惑をこうむりつづけでしたが! 戦争が終ると、朝鮮人は、土地も金も谷間から捥ぎとって、良い身分になりましたが! それを少しだけとりかえすのに、何が同情してかからねばなりませんかの?」

「ジン、もともと朝鮮人は望んで谷間に入って来たのじゃないよ。かれらは母国から強制連行されて来た奴隷労働者だ。しかも僕の知っている限り、谷間の人間がかれらから積極的に迷惑をかけられたという事実はない。戦争が終った後の朝鮮人集落の土地の問題にしても、それで谷間の個人が直接損害をこうむったということはなかっただろう? なぜ自分の記憶を歪めるんだ?」

「S次さんは朝鮮人の殺されましたが!」とジンは僕に対する警戒心を急速に回復しながら訝しげにいった。

「あれもその直前に、S兄さんの仲間が朝鮮人を殺したことの報復だよ、ジン。それはよく知ってるじゃないか」

朝鮮人が窪地に入って来てからろくなことがないと誰でもいっておりますが! 朝鮮人などみな殺しになればよい!」とジンは自分自身を理不尽に励ますべく異様に力をこめていった。いまや彼女の眼は怨嗟にみちて暗く沈んでいる。

「ジン、この窪地の人間に対して朝鮮人が一方的に害をしたということはない。戦後のいざこざは両方に責任がある。それをジンもよく知っていながら、なぜそんなことをいいはるんだ?」と僕は咎めたが、ジンは憂わしげな大頭を重い荷をおろすようにやにわに垂れて僕の言葉を無視し、僕の眼の位置からはセイウチの頸さながらに見える項を、ぶりかえした荒い呼吸に波だたせるのみである。僕は晴らしようのない苛立たしい憤懣にとらえられて嘆息した。「こういう愚かしい騒動をはじめて、結局みじめな報いを受けるのは、谷間の人間なんだよ、ジン。スーパー・マーケットの天皇は、かれのチェーン・ストアの一軒が略奪されたくらいで打撃はうけはしないだろうが、谷間の人間の大半は、戦利品のおかげで、これからずっとみじめなうしろめたさを味わいつづけるんだ。分別盛りの大人たちまでが、よそから戻った鷹などに煽動されて、いったいどうしたというんだろう?」

「谷間の人間みなが、平等に恥をかいて、結構なことですが!」とジンは頑固にうつむいたまま他人事のようにくりかえして、僕に彼女の表現の内なる「恥」という言葉の独特の意味を納得させた。(大江健三郎『万延元年のフットボール』P.271-273)

2015年8月30日日曜日

「おまえらおれたちばかりにやらせるなよ すこしは世界の警察官の仕事手伝ってくれ」

おまえらな、「戦争に行きたくない」って言ってるけど
おれらだって行きたくて行ってるんじゃないんだよ

どこかで喧嘩やらイジメがあったらほうっておけるかい?
しらんぷりするヤツラもいるのはわかってるさ
でもだれかが止めに入らなくちゃいけないときがあるだろ?
きみたちの国でも路上で在日いじめがあったら
止めにはいる連中がいるじゃないか?

たとえば世界中の国がおまえらの九条を採用してみろ
そのときどこかの国で紛争や内戦があっても
勝手に自分たちで処理しろっていえるかい?
だれかが「警察官」やらないとだめだろ

オバマ大統領は、シリア内戦に関するテレビ演説で、退役軍人などから、「米国は世界の警察官でなければいけないのか」という書簡を受け取ったことを明らかにし、次のように述べた。

「米国は世界の警察官ではないとの考えに同意する」。(「世界の警察官をやめる」と宣言したオバマ大統領

米人だけじゃないさ、「世界の警察官」つまり
国連軍、多国籍軍、国連保護軍、PKO(平和維持活動)などに
参加している国の連中がだな、
「おまえらおれたちばかりにやらせるなよ
すこしは手伝ってくれよ」と言ったら
憲法があるからできないって答えるわけかい?
「後方支援」だけで勘弁してくれっていい続けるつもりかい?
しかも「後方支援先が戦闘現場になったら撤退する」だと?
卑怯・臆病のすすめってわけか
その代わりに金だけは払うと。
いつまでも?

女の子が頭部に榴散弾を受け、半分は吹き飛ばされていた。片目は飛び出し、泣き叫んでいた。彼女は死にかけていた。私は彼女の痛みを我慢できなかった。彼女の頭に毛布をかけ、頭部を撃った。それしかできなかった。

ーー《ボスニアに派遣されたイギリス軍兵士 Gary Bohanna はこれが決定的な経験となり、精神を病むようになった》(Renata Salecla, „After the war is over“)(傷つく兵士―戦場の被害者― 市川ひろみ、2005より)。


おれたちの国では軍隊での役務に就くことのできない・就かないヤツラは
しばしば「二級市民」の扱いを受けて、
兵役を拒否する人は非国民として非難されてきたんだが
まあ「二級民族」のまますますのも一つの手さ
それを否定するつもりはない
戦争をしないってのは世界史的理念だかならな
世界に一国ぐらいはそういった国があるべきかもしれない
未来の「永久平和」の理想のためにな




だがな、だったら代わりにやることぐらいあるだろ、
金をはらう以外にな

川上泰徳 ‏@kawakami_yasu
ハンガリーからオーストリアに来たコンテナトラックから70人もの難民の遺体が見つかった事件は、私がトルコからドイツまで歩いたシリア難民の話でも、実際にギリシャで仲介人から選択肢の一つとして提示されたと言っていました。真夏に灼熱のコンテナの中で死んだ難民たちの無念を思わずにおれません
@arantakashi@kawakami_yasu 報道によると 今年ハンガリーに流入した難民の人達の数は14万5千人との事です。今回も酷い亡くなり方で言葉がありません。決死の覚悟で祖国を後にしたはずなのに。難民の多くは我々にとってアジアの友人なのですが 我が国に出来る事はないのでしょうか?
@kawakami_yasu
難民受入を増やし、国際的責任を果たすことでしょう。日本の昨年受け入れ難民はわずか11人。難民が来ないのではなく、難民受け入れの意思も、システムもない。カナダが民族紛争があるブータンから6千人、イラクから2万人以上受け入れているのに。

こういったことに目が向けなければ
「ボクチャンたちだけは戦争しないんだ」ってのは
一国主義のエゴイズムって言われてもいたし方ないぜ

@harryken311: 一人も兵士が戦死しないで70年を過ごしてきたこの国。どんな経緯で出来た憲法であれ僕は世界に誇れると思う、戦争はしないんだと!複雑で利害が異なる隣国とも、ポケットに忍ばせた拳や石ころよりも最大の抑止力は友人であることだと思う。その為に僕は世界に友人を増やしたい。絵空事と笑われても。(渡辺謙)

渡辺謙のツイート(2015.8.01)は
17000超のリツイート、13000超のファヴォがされているがね
「ポケットに忍ばせた拳や石ころよりも最大の抑止力は友人」でありたいんだろ?
だがな、それが「絵空事と笑われ」ないためにはいつまでも「鎖国」してんなよ

どこかの国のジャーナリストがいってるがね

モーリー・ロバートソン ‏@gjmorley 8月27日
日本に難民と密航者が押し寄せる事態を遠ざけるためにも遠隔地で紛争を沈静化させるPKOへの参加が必要になる。お金だけ出して「あとは関係ない」とは倫理的に言えないし、お金だけを気前良く出すパフォーマンスは反対に難民と密航者を加速的に引き寄せるだろう。世界観のアップグレードが望まれる。

こういう指摘におまれらどうやって対抗するんだい?
ここでもまた「選択的非注意」かい?

古都風景の中の電信柱が「見えない」ように、繁華街のホームレスが「見えない」ように、そして善良なドイツ人の強制収容所が「見えなかった」ように「選択的非注意 selective inatension」という人間の心理的メカニズムによって、いじめが行われていても、それが自然の一部、風景の一部としか見えなくなる。あるいは全く見えなくなる。(中井久夫「いじめの政治学」)

磯崎新も「鎖国のすすめ」とはいってるが
ツイッター眺めてると自国中心主義の
エゴイズムのオタンチンばかりにみえるな
オレが海外すまいのせいだけかね、この「天邪鬼的」観点は
なあ、どうだろ、おい!

毎日新聞◆ドイツ:難民急増「申請80万人」ネオナチ反発、先鋭化 http://mainichi.jp/select/news/20150830k0000e030094000c.html … 「独政府は今年の難民申請者が昨年比4倍の80万人に達すると予想。収容施設がある東部ザクセン州ハイデナウでは今月下旬、難民受け入れに反対する極右ネオナチらが警官隊と衝突」



ドイツ東部ドレスデン(Dresden)で29日、難民の受け入れに反対する一連の暴力的な抗議行動を受け、これに対抗する難民受け入れを歓迎するデモ行進が開催され、数千人が参加した。

 暴動鎮圧用の装備を身に着けた警官隊が見守る中、デモの参加者らは「明日の大虐殺は今日防ごう」と書かれた横断幕を先頭に、「声を大にして、はっきり言おう。ここでは難民を歓迎する」と叫びながら平和的に行進した。参加者数は警察発表で約1000人だが、主催者側は約5000人としている。(「難民を歓迎」、受け入れ反対に対抗デモ 独ドレスデン

※追記:文句があるヤツラは補遺として「世界共和国における世界の警察官と世界の孤児」を記したから、それを読んでからにしていただきたい(2015.09.01:00:10)。



2015年8月29日土曜日

ファシズム的なものの受肉

私は人を先導したことはない。むしろ、熱狂が周囲に満ちると、ひとり離れて歩き出す性質だ。しかしその悪癖がいまでは、群れを破壊へ導きかねない。たったひとりの気紛れが全体の、永遠にも似た忍耐をいきなり破る。(古井由吉『哀原』女人)

…………

……国民集団としての日本人の弱点を思わずにいられない。それは、おみこしの熱狂と無責任とに例えられようか。輿を担ぐ者も、輿に載るものも、誰も輿の方向を定めることができない。ぶらさがっている者がいても、力は平均化して、輿は道路上を直線的に進む限りまず傾かない。この欠陥が露呈するのは曲がり角であり、輿が思わぬ方向に行き、あるいは傾いて破壊を自他に及ぼす。しかも、誰もが自分は全力をつくしていたのだと思っている。醒めている者も、ふつう亡命の可能性に乏しいから、担いでいるふりをしないわけにはゆかない(中井久夫「戦争と平和についての観察」『樹をみつめて』所収)
思想は実生活を越えた何かであるという考えは、合理論である。思想は実生活に由来するという考えは、経験論である。その場合、カントは、 合理論がドミナントであるとき経験論からそれを批判し、経験論がドミナントであるとき合理論からそれを批判した。つまり、彼は合理論と経験論というアンチノミーを揚棄する第三の立場に立ったのではない。もしそうすれば、カントではなく、ヘーゲルになってしまうだろう。 この意味で、カントの批判は機敏なフットワークに存するのである。ゆえに、私はこれをトランスクリティークと呼ぶ。(柄谷行人「丸山真男とアソシエーショニズム (2006)」)

では、なにが現在の「熱狂」であり、なにがドミナントであるのか。すくなくともツイッター上ではこのようにみえる。

@hazuma: デモに行かないと知識人じゃない的ないまお空気は、のちに振り返るとどう見えるのかなあとか思う。(東浩紀)

すなわち、《一般に、日本社会では、公開の議論ではなく、事前の「根回し」によって決まる。人々は「世間」の動向を気にし、「空気」を読みながら行動する》(柄谷行人「キム・ウチャン(金禹昌)教授との対話に向けて」)。

ファシズム的なものは受肉するんですよね、実際は。それは恐ろしいことなんですよ。軍隊の訓練も受肉しますけどね。もっとデリケートなところで、ファシズムというものも受肉するんですねえ。( ……)マイルドな場合では「三井人」、三井の人って言うのはみんな三井ふうな歩き方をするとか、教授の喋り方に教室員が似て来るとか。( ……)アメリカの友人から九月十一日以後来る手紙というのはね、何かこう文体が違うんですよね。同じ人だったとは思えないくらい、何かパトリオティックになっているんですね。愛国的に。正義というのは受肉すると恐ろしいですな。(中井久夫「「身体の多重性」をめぐる対談――鷲田精一とともに」『徴候・記憶・外傷』所収)
あらゆる言葉のパフォーマンスとしての言語は、反動的でもなければ、進歩主義的でもない。それはたんにファシストなのだ。なぜなら、ファシズムとは、なにかを言うことを妨げるものではなく、なにかを言わざるを得なく強いるものだからである。(ロラン・バルト『文学の記号学』)

《民主主義とは、国家(共同体)の民族的同質性を目指すものであり、異質なものを排除する》(柄谷行人)のであり、現在の空気はデモに行かないものを排除する気配さえある、--ファシストの理想とは《戦友的絆による社会の求心化》(福田和也)。

ヒットラーが羨望したといわれる日本のファシズムは、いわば国家でも社会でもないcorporatismであって、それは今日では「会社主義」と呼ばれている。(柄谷行人「フーコーと日本」1992 『ヒューモアとしての唯物論』所収

とはいえーーひとが「空気」を読んで「会社主義」的絆を固めているのかもしれないとはいえーー、それがよい「空気」だったらいいじゃないか、という反駁もあるだろう。

もう一度、中井久夫の文を再掲しておこう。

……国民集団としての日本人の弱点を思わずにいられない。それは、おみこしの熱狂と無責任とに例えられようか。輿を担ぐ者も、輿に載るものも、誰も輿の方向を定めることができない。ぶらさがっている者がいても、力は平均化して、輿は道路上を直線的に進む限りまず傾かない。この欠陥が露呈するのは曲がり角であり、輿が思わぬ方向に行き、あるいは傾いて破壊を自他に及ぼす




2015年8月28日金曜日

宴のあと

「君たちは新しい主人を求めるている、やがて君たちはそれを得るだろう」Vous voulez un maître, vous l'aurez(ラカン、1968)

――おそらくもっと劣化した主人をね

これがラカンの主人の言説だ。


で、ラカンは左側の上下を逆転させ資本の言説という(しかも矢印の具合を変えたという見解もある)。


で、これはどうやって読むんだろう。

資本主義のディスクールを特徴づけるものは、排除(Verwerfung)、拒絶、象徴界の領野すべての外に拒絶することだ。何を拒絶するのか? 去勢を拒絶する。(ラカン、セミネールⅩⅨ 1972/1/6ーー「神の二度めの死」=「マルクスの死」

去勢を拒絶したら二者関係への回帰だな(母ー子)。

もしわれわれが「すべての動物は平等である」の時代に生きているのが本当ならば、これが必然的に意味するのは、差異の消滅である。権威は差異を基盤としているという事実の観点からは、この意味は、権威はどぶに嵌っているということである。われわれにとって不幸なことは、望まれた帰結――「平等と自由」が実現されるのは、不成功に終わっていることだ。そしてその代わりに、われわれは直面しているのだ、少なくともヨーロッパでは、たえず増えつづけるコーポラティズム、レイシズムとナショナリズムに。往年の権威の代わりに、われわれはいっそうの権力に遭遇する。権威と権力はなにか違ったものだ。

重要なことは、権力powerと権威authorityの相違を理解するように努めることである。ラカン派の観点からは、権力はつねに二者関係にかかわる。その意味は、私か他の者か、ということである(Lacan, 1936)。この建て前としては平等な関係は、苦汁にみちた競争に陥ってしまう。すなわち二人のうちの一人が、他の者に勝たなければいけない。他方、権威はつねに三角関係にかかわる。それは、第三者の介入を通しての私と他者との関係を意味する。

明らかなことは、第三者がうまくいかない何かがあり、われわれは純粋な権力のなすがままになっていることだ。(社会的絆と権威(Paul Verhaeghe)

この二者関係とは勝ち組、負け組をつくる新自由主義というシステムだ。

「帝国主義的」とは、ヘゲモニー国家が衰退したが、それにとって代わるものがなく、次期のヘゲモニー国家を目指して、熾烈な競争をする時代である。一九九〇年以後はそのような時代である。いわゆる「新自由主義」は、アメリカがヘゲモニー国家として「自由主義的」であった時代(冷戦時代)が終わって、「帝国主義的」となったときに出てきた経済政策である。「帝国主義」時代のイデオロギーは、弱肉強食の社会ダーウィニズムであったが、「新自由主義」も同様である。事実、勝ち組・負け組、自己責任といった言葉が臆面もなく使われたのだから。しかし、アメリカの没落に応じて、ヨーロッパ共同体をはじめ、中国・インドなど広域国家(帝国)が各地に形成されるにいたった。(柄谷行人 第四回長池講義 要綱


資本家の言説の具体的な解釈をめぐっては弱小ラカン派のいくつかの読みはあるが、どれもはっきりしない。あれだけラカンの概念を解釈しまくるジジェクでさえも資本家の言説に触れていない。

以下は、わたくしのとりあえずの読みだ。

王殺しのあったあとの主人とは、利益を追求する商売人たち$である。もちろん召使いなどいはしない。だがかつての王と同じように、どうやったら楽しむことができるか(どうやったら利益を得ることができるか)を、テクノロジーやノウハウS2に求める。そこでも同じように剰余aが生まれる。この剰余とはまさにマルクスの剰余価値(ラカンの剰余享楽(対象a))である。商売人の隠された真理のポジション(左下隅)にある主人S1は資本(貨幣)である(具体的には銀行であったり株主であったりするだろう)。生み出された剰余価値aは再投資されなければ事業は破綻する。こうして資本S1の無限の運動のサイクルが永遠に続く。ここではマルクスの「守銭奴」、あるいは価値形態論を想いだすべきだろう。(参照:王殺しの記憶喪失/ラカンの資本家のディスクール


で、なにが言いたいんだろう。

ーーきみたち、相手にする敵まちがってるんじゃないかい? これだけだね。


あんまりゴタゴタいいたくないね、もうすぐ宴の日(8.30)だからな。

で、宴の後には何があるんだろ?

@tokyoseijibu: 自民党の全7派閥が安倍晋三首相の総裁再選を支持しました。9月8日告示の総裁選は、安倍氏の無投票再選が濃厚です。東京新聞:安倍氏 再選確実 全派閥支持 無投票も:政治http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2015082802000128.html


2015年8月27日木曜日

イデオロギー、ヘゲモニー、エコノミー(ネーション、ステート、資本制)の三幅対

以下、「ラカン派の三種類の他者、あるいはデリダの猫」の派生物である。

…………

The three ‘true’ reasons for the attack on Iraq (ideological belief in western democracy – Bush’s ‘democracy is god’s gift to humanity’; the assertion of US hegemony in the New World Order: economic interests – oil) should be treated like a ‘parallax’: it is not that one is the ‘truth of the others; the ‘truth’ is, rather, the very shift of perspective between them. They relate to each other like the ISR triad…: the Imaginary of democratic ideology, the Symbolic of political hegemony, the Real of the economy, and, as Lacan would have put it in his late works, they are knotted together. (Zizek Iraq)

ISR triad、すなわちボロメオの環の三幅対は、民主主義的イデオロギーの想像界、政治的ヘゲモニーの象徴界、経済の現実界とある。

イデオロギー、ヘゲモニー、エコノミーの三幅対については、柄谷行人の資本制=ネーション=ステート(capitalist-nation-state)の三幅対がすぐさま思い起される。ジジェクの記述の順に合わせれば、ネーション、ステート、資本制である。
 
近代国家は、資本制=ネーション=ステート(capitalist-nation-state)と呼ばれるべきである。それらは相互に補完しあい、補強しあうようになっている。たとえば、経済的に自由に振る舞い、そのことが階級的対立に帰結したとすれば、それを国民の相互扶助的な感情によって解消し、国家によって規制し富を再配分する、というような具合である。その場合、資本主義だけを打倒しようとするなら、国家主義的な形態になるし、あるいは、ネーションの感情に足をすくわれる。前者がスターリン主義で、後者がファシズムである。このように、資本のみならず、ネーションや国家をも交換の諸形態として見ることは、いわば「経済的な」視点である。そして、もし経済的下部構造という概念が重要な意義をもつとすれば、この意味においてのみである。

(……) 資本主義のグローバリゼーション(新自由主義)によって、各国の経済が圧迫されると、国家による保護(再配分)を求め、また、ナショナルな文化的同一性や地域経済の保護といったものに向かうことになる。資本への対抗が、同時に国家とネーション(共同体)への対抗でなければならない理由がここにある。資本=ネーション=ステートは三位一体であるがゆえに、強力なのである。そのどれかを否定しようとしても、結局、この環の中に回収されてしまうほかない。資本の運動を制御しようとする、コーポラティズム、福祉国家、社会民主主義といったものは、むしろそのような環の完成態であって、それらを揚棄するものではけっしてない。(柄谷行人『トランスクリティーク』pp.35-36)

柄谷行人の三幅対にはほかにもヴァリエーションがある(参照:仮象(想像的なもの)、形式(象徴的なもの)、物自体(リアルなもの)(柄谷行人=ラカン))。

フロイトの超越論的心理学の意味を回復しようとしたラカンが想定した構造は、よりカント的である。仮象(想像的なもの)、形式(象徴的なもの)、物自体(リアルなもの)。むろん、私がいいたいのは、カントをフロイトの側から解釈することではない。その逆である。(柄谷行人『トランスクリティーク』p59)
カントが科学、道徳、芸術の関係を明示したことは確かである。しかし、カントが、第一批判、第二批判において示した「限界」を、第三批判において解決したと考えるのはまちがっている。彼が示したのは、これらの三つが構造的なリングをなしているということである。それは、現象、物自体、超越論的仮象がどれ一つを除いても成立しないような、ラカンのメタファーでいえば、「ボロメオの環」をなすということと対応している。だが、こうした構造を見いだすカントの「批判」は、第三批判で芸術あるいは趣味判断を論じることで完成したのではない。……(同p62)

さて今は細部に拘らずに、もう一度冒頭のジジェクの区分け、イデオロギー、ヘゲモニー、エコノミーの三位一体に戻ってみよう。このように三つの視点の重なり合いに思いを馳せることは、われわれが議論するときに、どの視点から見ているのか、あるいはどの視点が欠けているのかについて再考させてくれるという意味で、たんなる思考の遊戯ではない。






柄谷行人は《ネーションや国家をも交換の諸形態として見ることは、いわば「経済的な」視点である》としているように、経済の視点からみている。ジジェク自身も多くの場合、資本の論理(資本の欲動)からの視点でみている。

そしてそれが必ずしも正しいわけではない。世界の事象をイデオロギーやヘゲモニーの視点からみている論者もいるだろう。たとえば政治学者や社会学者などはこの視点からであり、だが彼らの多くはエコノミーの視点がはなはだしく欠けているように感じないでもないのは、わたくしがジジェクや柄谷行人の著作に比較的馴染んでいるせいだろう。

たとえば安倍政権の政策を例にとってみよう。まずはしばしば口にされ批判される「戦後レジームからの脱却」とは安倍政権を支えると噂される「日本会議」のイデオロギーであるだろう。

日本会議の平成19年10月・設立10周年大会における記事を検索してみると、「戦後レジームからの脱却」という言葉が五箇所でてくる。

今はその内容に触れず、以前に「戦後レジームからの脱却」にかかわって拾った二つの文を掲げよう。

安倍晋三首相は14日の参院予算委員会で「私は戦後レジームから脱却をして、(戦後)70年が経つなかで、今の世界の情勢に合わせて新しいみずみずしい日本を作っていきたい」と述べた。「戦後レジームからの脱却」は第1次政権で掲げたが、最近は控えていたフレーズだ。(久々に登場、「戦後レジームからの脱却」 安倍首相 2014.3.14
安倍政権は、経済政策のアベノミクスが「富国」を、今回の特定秘密保護法や、国家安全保障会議(日本版NSC)が「強兵」を担い、明治時代の「富国強兵」を目指しているように見えます。この両輪で事実上の憲法改正を狙い、大日本帝国を取り戻そうとしているかのようです。(浜矩子・同志社大院教授

中井久夫の戦後レジームに関する文章もあるのだが、ここでは長くなるので、ほとんど同時期に書かれた次の文を掲げておく。

「小泉時代が終わって安倍が首相になったね。何がどう変るのかな」

「首相が若くて貴公子然としていて未知数で名門の出で、父親が有名な政治家でありながら志を得ないで早世している点では近衛文麿を思わせるかな。しかし、近衛のように、性格は弱いのにタカ派を気取り、大言壮語して日本を深みに引きずり込むようなことはないと信じたい。総じて新任の首相に対する批判をしばらく控えるのは礼儀である」

「しかし、首相はともかく、今の日本はいやに傲慢になったね。対外的にも対内的にもだ」

「たとえば格差是認か。大企業の前会長や首相までが、それを言っているのは可愛くない。“ごくろうさま”ぐらい言え。派遣社員もだけど、正社員も過密労働と低収入で大変だ。……」(中井久夫「安部政権発足に思う」ーー2006.9.30神戸新聞「清陰星雨」初出『日時計の影』所収)


これらの文は国家というヘゲモニーとネーションというイデオロギーにかかわる内容である。現在、反安倍運動にかかわる人びとの言説もおおむねこれに準じる。下の図であれば、青い輪と赤い輪の重なり合う部分の議論であり、すなわち必ずしも黄色い輪の部分を除外しているわけではない。



この図について言えば、もちろん安倍政策も、エコノミーの領域に「アベノミクス」、イデオロギーの領域に「日本会議」等、ヘゲモニーの領域に隣国などの対抗国家の脅威をいう「戦争法案」などを入れることができる。くりかえせばこれらの領域は重なり合っている。だが肝腎なのはどの視点から見ているかであり、どの視点が欠けているかである。それは状況や論者によってひどく異なり、どの態度がいいかということではない。ただしこうはいっておこう、《道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である》(二宮尊徳)と。

この文は、イデオロギー(想像界)とヘゲモニー(象徴界)をあわせて「道徳」、経済は現実界として捉えたらよい。想像界(現象)は象徴界(形式)によって、つねにーすでに構成されているのだから。

カントは、経験論者が出発する感覚データはすでに感性の形式によって構成されたものであると述べた。(柄谷行人『トランスクリティーク』P312)
彼(カント)が感性の形式や悟性のカテゴリーによって現象が構成されるといったのは、言語によって構成されるというのと同じことである。実際、それらは新カント派のカッシラーによって「象徴形式」といいかえられている。(同P101)

エコノミーとステート(経済と国家)の観点からみる記事として、次ぎの二つを掲げておこう。

1、「日本の軍需産業と戦争法案について――安倍内閣は、国民の多数が反対しているのに、なぜ国会会期を延長してまで戦争法案を執拗に押し通そうとしているのか

2、「アメリカの2016年度国防予算が日本の安保法制(集団的自衛権)を前提に組まれている


この戦争屋の「ろくでなし」のせいで、“十字軍企業”が標的


ここでさらに、ほとんどエコノミーのみの視点からみる少しまえ流通していた次のツイートを掲げておく。

安倍晋三は集団的自衛権で、この米国の真似っこをしたいのです。だから中国も韓国も関係ない。保守も愛国も関係ない。領土も防衛も関係ない。たんに経団連傘下の大企業の受注を増やしてあげて、公共事業として戦争をやりたいってだけです。だってそういう企業の献金で生き延びてきたのが自民党だもん(西沢大良氏ツイート)

※詳しくは、「資本の欲動のはてしなさ(endless)と無目的(end-less)

この立場を穏やかに変奏させればーーエコノミーの下部構造からみつつも三幅対の全体を視野に入れる視点ならーー次のようになる。

フランシス・フクヤマの『歴史の終わり』をバカにするのが流行ですが、現実には左翼でさえフクヤマ主義者ではないですか。資本主義の継続、国家機構の継続を疑う者はいない。かつては"人間の顔をした社会主義"を求めたのに、今の左翼は"人間の顔をしたグローバル資本主義"で妥協する。それでいいのか?(ジジェク 2008)
資本主義的な現実が矛盾をきたしたときに、それを根底から批判しないまま、ある種の人間主義的モラリズムで彌縫するだけ。上からの計画というのは、つまり構成的理念というのは、もうありえないので、私的所有と自由競争にもとづいた市場に任すほかない。しかし、弱肉強食であまりむちゃくちゃになっても困るから、例えば社会民主主義で「セイフティ・ネット」を整えておかないといかない。(『可能なるコミュニズム』シンポジウム 2000.11.17 浅田彰発言)
ホルクハイマーが1930年代にファシズムと資本主義について言ったこと--資本主義について批判的に語りたくない者はファシズムについても沈黙すべきである--は今日の原理主義にも当てはまる。リベラルデモクラシーについて批判的に語りたくない者は原理主義についても沈黙すべきである。(Slavoj Žižek on the Charlie Hebdo massacre: Are the worst really full of passionate intensity?

さらに歴史の俯瞰的視線からならば次の通りである。

もともと戦後体制は、1929年恐慌以後の世界資本主義の危機からの脱出方法としてとらえられた、ファシズム、共産主義、ケインズ主義のなかで、ファシズムが没落した結果である。それらの根底に「世界資本主義」の危機があったことを忘れてはならない。それは「自由主義」への信頼、いいかえれば、市場の自動的メカニズムへの信頼をうしなわせめた。国家が全面的に介入することなくしてやって行けないというのが、これらの形態に共通する事態なのだ。(柄谷行人「歴史の終焉について」『終焉をめぐって』所収)
われわれは忘れるべきではない、二十世紀の最初の半分は“代替する近代“alternate modernity””概念に完全にフィットする二つの大きなプロジェクトにより刻印されれていたことを。すなわちファシズムとコミュニズムである。ファシズムの基本的な考え方は、標準的なアングロサクソンの自由主義-資本家への代替を提供する近代の考え方ではなかったであろうか。そしてそれは、“偶発的な contingent ”ユダヤ-個人主義-利益追求の歪みを取り除くことによって資本家の近代の核心を救うものだったのでは? そして1920 年代後半から三十年代にかけての、急速なソ連邦の工業化もまた西洋の資本家ヴァージョンとは異なった近代化の試みではなかっただろうか。(ジジェク『LESS THAN NOTHIN』2012 私訳)


柄谷行人の視点は今見たようにエコノミー(経済)からの視点である。それは2015年安保の盛りでも変わらないはずだ。

【柄谷】最初に言っておきたいことがあります。地震が起こり、原発災害が起こって以来、日本人が忘れてしまっていることがあります。今年の3月まで、一体何が語られていたのか。リーマンショック以後の世界資本主義の危機と、少子化高齢化による日本経済の避けがたい衰退、そして、低成長社会にどう生きるか、というようなことです。別に地震のせいで、日本経済がだめになったのではない。今後、近いうちに、世界経済の危機が必ず訪れる。それなのに、「地震からの復興とビジネスチャンス」とか言っている人たちがいる。また、「自然エネルギーへの移行」と言う人たちがいる。こういう考えの前提には、経済成長を維持し世界資本主義の中での競争を続けるという考えがあるわけです。しかし、そのように言う人たちは、少し前まで彼らが恐れていたはずのことを完全に没却している。もともと、世界経済の破綻が迫っていたのだし、まちがいなく、今後にそれが来ます。(柄谷行人「反原発デモが日本を変える」)

※補遺:「宴のあと


2015年8月26日水曜日

「私」とは他者である ''JE est un autre.''( ランボー)

ラカン派の三種類の他者、あるいはデリダの猫」に引き続く。いやそこにおいて欠けているものの補遺。

…………

《「私」とは他者である ''JE est un autre.''》 ( ランボー)

《私は他者だ ''Je suis l'autre''》 (ネルヴァル)

人は他者と意志の伝達をはかれる限りにおいてしか自分自身とも通じ合うことができない。それは他者と意志の伝達をはかるときと同じ手段によってしか自らとも通じ合えないということである。

かれは、わたしがひとまず「他者」と呼ぶところのものを中継にしてーー自分自身に語りかけることを覚えたのだ。

自分と自分との間をとりもつもの、それは「他者」である。
(ポール・ヴァレリー『カイエ』二三・七九〇 ― 九一、恒川邦夫訳、「現代詩手帖」九、一九七九年)



詩人たちはこのように「他者」を語った。それぞれその意味するところのニュアンスの相違はあるだろう。

いくつかの応答はこうだ。

《自我は自分の家の主人ではない“dass das Ich kein Herr sei in seinem eigenen Haus”》(フロイト)

※参照:「私が語るとき、私は自分の家の主人ではない


《欲望は他者の欲望le désir se révèle comme désir de l'Autre 》(ラカン)

唯一ヘーゲルだけである、欲望の根源的で構成的な「再帰性reflexivity」を考慮したのは(欲望とはいつも-すでに欲望の欲望、欲望のための欲望である。すなわちその用語のありとあらゆるヴェリエーションの下の「〈他者〉の欲望」である。私は私の〈他者〉が欲望することを欲望する。私は私の〈他者〉によって欲望されたい。私の欲望は大文字の〈他者〉――私が埋め込まれている象徴的領野――によって構造化されている。私の欲望はリアルな〈他者―モノ〉の深淵によって支えられている)。 (ZIZEK『LESS THAN NOTHING』2012 私訳)
要するに、私たちのもっとも近くにあるものが、私たちのまったくの外部にあるのです。ここで問題となっていることを示すために「外密extime」という語を使うべきでしょう。(ラカンS16)
おそらく対象aを思い描くに最もよいものは、ラカンの造語"extimate."である。それは主体自身の、実に最も親密なintimate部分の何かでありながら、つねに他の場所、主体の外exに現れ、捉えがたいものだ。(Richard Boothby)
Ex-sistenz のEx はaus,heraus,hinaus を、即ち「外に出る」ことを意味している。ハイデガー自身の説明によればーー「存在の真理のなかに出で立つこと」 Hinausstehen in die Wahrheit des Seins と言い、Das stehen in der Lichtung des Seins nenne ich die Wahrheit des Seinsと言っている。(塚越敏)

以下の文を訳そうと思ったが、最近英文献を訳してばかりでややウンザリしてきたので、そのまま貼付する。

◆Love in a Time of Loneliness THREE ESSAYS ON DRIVE AND DESIRE (Paul Verhaeghe 1998)

An animal without language is part and parcel of its reality. It has no chance of the self-reflection or distance that we achieve through language. After the introduction of language, distance and mediation follow, and therefore difference. This applies first and foremost with regard to the other person who really has become an 'other', the (m)other, but it equally applies to oneself, since this is how an identity is created that can be reflected upon in terms of language. T think, therefore I am' demonstrates this dis-tance. Rimbaud expressed it much more poetically: 'Je est un autre' (I is someone else). It is said that language is a bridge, but it is a bridge that at the same time creates the chasm it bridges, and what lies under the bridge is lost. Language is not so much a means of communication, as it is a means of achieving identity. Through language, every person acquires a certain identity, with related rules: you are the mother of, daughter of, father of, son of. Thus the original real division of birth is symbolically consolidated within the Oedipal structure, where everyone is assigned their rightful place through words. At this point we become human, leaving nature behind for good. The rest of this dividing operation is nothing other than desire. It is also the explanation of the continually shifting nature of desire. You 'desire' something from another person, either something vague or something specific, but it is never enough, and you continue to desire, beyond this something, the other person's self, but when this other person gives himself, even that doesn't really satisfy ... So what is it you really want? What you really want is the sense of unity that has been lost forever, the enjoyment of the totality that once existed. This is what keeps people going initially in the primary relationship with the mother and later on in all other relationships.


◆new studies of old villains A Radical Reconsideration of the Oedipus Complex PAUL VERHAEGHE 2009

Today it is more or less generally accepted that as children we identify with the mirroring reactions of the other and thereby acquire an identity of our "own." Despite the discovery of the so-called mirror neurons, how this identitlcation works is not yet clear. A similar process was originally described by Freud in terms of incorporation and introjection, when he was discussing the idea of negation (Freud, 1978 [1925h]).

Lacan's theory of the mirror stage alld subject formation provides a further elaboration. Developmental psychology and attachment theory are reframing the investigation, and the surprising conclusion is that our identity comes from the other.

In the Lacanian approach , the accent has to a great degree been put on the idea of alienation, following the words of the poet Rimbaud " I is another" (Je est un autre) . There is no original identity in the infant itself; but, under normal circumstances, an external identity awaits, embedded in the personal history of the father and the mother, and often revealed first of all in the infant's given name, which is almost never neutral.

For Lacan, the mirror presented by the Other reflects much more than the infant's arousal; it reflects as well what he calls the discourse of the Other, meaning that the Other's history will be fully present in it. Human identity is constructed by way of identitlcation with the signitlers of the desire of the other. Stressing this impact of the other on identity, Lacan refers to this process as alienation.

Yet in focusing so strongly on this structurally determined alienation, the Lacanian approach tends to ignore that such mirroring mayor may not correspond to what the child is experiencing in its own body and that the child always brings a kind of drive regulation. Indeed, the mirror stage installs a kind of bodily identity as well, through which the component drives first become ordered. It is through this shift that the role distribution and social "cunning" described by Lacan will become possible.

ここで最後に黒字強調した身体としての欲動の制御をめぐっては次ぎのラカンの文をめぐってメモされている「ラカンの三つの身体」を見よ。

主体が囚われているのは意識ではない、身体である。(ラカン「哲学科の学生への返答」(1966 私訳)

"Ce n'est pas à sa conscience que le sujet est condamné, c'est à son corps."(Réponses à des étudiants en philosophie sur l'objet de la psychanalyse Jacques Lacan, 1966)


さらには、《〈他者〉は身体である》(ラカン、セミネールⅩⅣ)をめぐっては、「享楽への道とは死への道(ラカン)」を見よ。

これは jouissance de l'Autre にかかわるのだが、現在のラカン派内でもーーわたくしの知る限り日本だけでなく海外でもーーこの概念をはっきりとつかみとっているひとは稀である。

L'Autre, à la fin des fins et si vous ne l'avez pas encore deviné, l'Autre, là, tel qu'il est là écrit, c'est le corps ! (10 Mai 1967 Le Seminaire XIV)

というのはラカン自身の叙述がその晩年になってひどく揺れ動いているからだ。

享楽はどこから来るのか? 〈他者〉から、とラカンは言う。〈他者〉は今異なった意味をもっている。厄介なのは、ラカンは彼の標準的な表現、「〈他者〉の享楽」を使用し続けていることだ、その意味は変化したにもかかわらず。新しい意味は、自身の身体を示している。それは最も基礎的な〈他者〉である。事実、我々のリアルな有機体は、最も親密な異者である。

ラカンの思考のこの移行の重要性はよりはっきりするだろう、もし我々が次ぎのことを想い起すならば。すなわち、以前の〈他者〉、まさに同じ表現(「〈他者〉の享楽」)は母-女を示していたことを。

これ故、享楽は自身の身体から生じる。とりわけ境界領域から来る(口唇、肛門、性器、目、耳、肌。ラカンはこれを既にセミネールXIで論じている)。そのとき、享楽にかかわる不安は、基本的には、自身の欲動と享楽によって圧倒されてしまう不安である。それに対する防衛が、母なる〈他者〉the (m)Otherへの防衛に移行する事実は、所与の社会構造内での、典型的な発達過程にすべて関係する。

我々の身体は〈他者〉である。それは享楽する。もし可能なら我々とともに。もし必要なら我々なしで。事態をさらに複雑化するのは、〈他者〉の元々の意味が、新しい意味と一緒に、まだ現れていることだ。とはいえ若干の変更がある。二つの意味のあいだに汚染があるのは偶然ではない。一方で我々は、身体としての〈他者〉を持っており、そこから享楽が生じる。他方で、母なる〈他者〉the (m)Otherとしての〈他者〉があり、シニフィアンの媒介としての享楽へのアクセスを提供する。実にラカンの新しい理論においては、主体は自身の享楽へのアクセスを獲得するのは、唯一〈他者〉から来るシニフィアン(「徴づけmarkings」と呼ばれる)の媒介を通してのみなのである。これが説明するのは、なぜ母なる〈他者〉the (m)Otherが「享楽の席the seat of enjoyment」なのか、その〈他者〉に対して防衛が必要なのに、についてである。(PAUL VERHAEGHE, New studies of old villains 2009、私訳)

《我々のリアルな有機体は、最も親密な異者》とあるように、ヴェルハーゲの叙述から読み取ったわたくしの今のところの理解では、フロイトのFremdkörper(異物としての身体)が核心である。

Fremdkörper, a foreign body present in the inside but foreign to this inside. The Real ex-sists within the articulated Symbolic.(Paul Verhaeghe "Mind your Body ")

これは上に引用したがラカンのex-timite(外密)にかかわる(参照:「ラカンのExtimité とハイデガーのExsistenz」)

かつまた、ラカンの「サントーム」のセミネールⅩⅩⅢの、”un corps qui nous est étranger”は「異物としての身体Fremdkörper」として理解できるだろう。

l'inconscient n'a rien à faire avec le fait qu'on ignore des tas de choses quan qu'on sait est d'une toute autre nature. On sait des choses qui relèvent du signifiant. (...) Mais l'inconscient de Freud (...) c'est le rapport qu'il y a entre un corps qui nous est étranger et quelque chose qui fait cercle, voire droite infinie - qui de toutes façons sont l'un à l'autre équivalents - quelque chose qui est l'inconscient." (Seminar XXIII, Joyce - le sinthome, lesson of 11th May 1976

こうしてもう一人の詩人の言葉に出会うことができる、《身体は身体だ/他になにもない/器官などいらない/身体は決して有機体ではない/有機体は身体の敵なのだ》 

人間に器官なき身体をつくってやるなら、人間をそのあらゆる自動性から解放して真の自由にもどしてやることになるだろう。(アントナン・アルトー  「神の裁きと決別するため」)
…………
いまや勝利を得るには、語-息、語-叫びを創設するしかない。こうした語においては、文字・音節・音韻に代わって、表記できない音調だけが価値をもつ。そしてこれに、精神分裂病者の身体の新しい次元である輝かしい身体が対応する。これはパーツのない有機体であり、吸入・吸息・気化といった流体的伝勤によって、一切のことを行なう。これがアントナン・アルトーのいう卓越した身体、器官なき身体である。(ドゥルーズ『意味の論理学』「第十三セリー」)
われわれはしだいに、CsO(器官なき身体:引用者)は少しも器官の反対物ではないことに気がついている。その敵は器官ではない。有機体こそがその敵なのだ。CsOは器官に対立するのではなく、有機体と呼ばれる器官の組織化に対立するのだ。アルトーは確かに器官に抗して闘う。しかし彼が同時に怒りを向け、憎しみを向けたのは、有機体に対してである。身体は身体である。それはただそれ自身であり、器官を必要としない。身体は決して有機体ではない。有機体は身体の敵だ。CsOは、器官に対立するのではなく、編成され、場所を与えられねばならない「真の器官」と連帯して、有機体に、つまり器官の有機的な組織に対立するのだ。(『千のプラトー』)P182

ドゥルーズの「器官なき身体」の説明を読めば、われわれはラカンの晩年の概念ララングを想起することもできる。

lalangue(ララング)とはまず、喃語lalationと関連づけられ、当然、乳幼児に認められるものだが、母親がこれに加わる。母親も自分の赤ん坊には、「大人のことば」以外にも、赤ん坊が喋る喃語を真似てやはり喃語を喋る。母親は赤ん坊の欲望(ここでは、まずは、敢えて、要求とか欲求ということばを用いないで説明したい)を叶えようとする一方で、その母国語を教える。lalationからla langueへ入ってゆく、そこにlalangueができあがるとしてもよいであろう。(荻本芳信 ラカン『ラ・トゥルワジィエーム』 La Troisième

ここではさらに、「言語のリアルReal-of-language」をめぐるLorenzo Chiesaの叙述を抜き出しておく。

子どもは、エディプスコンプレックス(その消滅)を通して象徴界への能動的な入場active entryをする前に、文字letterとしての言語、言語のリアルReal-of-languageに関係する。人は原初の肝所を思い描くことを余儀なくされる、肝所、すなわちペットのように言語のなかに全き疎外されている状態を。これはたんに神話的な始まりを表すだけに違いないとはいえ、それにもかかわらず、子どもは、いかに話すかを学んだのちも、(文字としての)言語によって話されbe spoken by language続ける。

精神病者は、もし諸シニフィアンのシニフィアンsignifier of signifiers (父の名)が排除されているなら、いかに意味作用あるいは意味されるものを生み出すのだろうか? 私は、精神病にて《S2sはそれら自身のあいだに関係をもつ》(B. Fink, The Lacanian Subject [1995])について十分に議論されていないと信じている。

もし、精神病にて、S2sのあいだの関係が、言語のリアル(文字)の領野を超えてゆくのなら、もし、精神病者がしばしば潜在的(非発病)で、その主体は意味作用の生産をなんとかやっているのなら、ある数のシニフィアンーーS2sを越えたものでありながら正当なS1の地位を獲得していないいくつかのシニフィアンの手段によってのみ、そうし得る。

これは次のラカンの言明を説明するだろう、《人間にとって、「正常normal」と呼ばれるためには、彼は「最低限の数」の縫合点 “a minimal number” of quilting points を獲得しなければならない》(The Seminar Book III, pp. 268‒269)。

言い換えれば、精神病者は縫合点がないわけではない……精神病者は、原初の(そして質的にはより重要な)縫合点、父性隠喩によって生み出された縫合点を排除している。とはいえ、それにもかかわらず、精神病者は(量的に不十分な数の)他の縫合点を持っている。それは定義上、S2の地位におとしめることはできないものだ。もしこれがそうでなかったら、彼はシンプルに「完全な狂人」だろう、彼は我々の言語を話さない……(Subjectivity and Otherness: A Philosophical Reading of Lacan, by Lorenzo Chiesa. 2007 )

※参照:「ラカン派の「象徴界から排除されたものは現実界のなかに回帰する」の意味するところ




2015年8月24日月曜日

ラカン派の三種類の他者、あるいはデリダの猫

以下、ほぼ資料の列挙。

唯一ヘーゲルだけである、欲望の根源的で構成的な「再帰性reflexivity」を考慮したのは(欲望とはいつも-すでに欲望の欲望、欲望のための欲望である。すなわちその用語のありとあらゆるヴェリエーションの下の「〈他者〉の欲望」である。私は私の〈他者〉が欲望することを欲望する。私は私の〈他者〉によって欲望されたい。私の欲望は大文字の〈他者〉――私が埋め込まれている象徴的領野――によって構造化されている。私の欲望はリアルな〈他者―モノ〉の深淵によって支えられている)。 (ZIZEK『LESS THAN NOTHING』2012 私訳)

ジジェクはヘーゲリアンとしてこのように言っている。通常、ヘーゲルの他者はイマジネールな(想像的)他者とされてきたが(コジューヴ、ラカンなどによる)、ジジェクは、いやそうではない、ヘーゲルの他者には象徴的な他者もあれば、リアルな他者もあるといっていることになる。

ヘーゲルの他者は欲望する者として主体も同様の欲望をもつことを必要とします。主体から承認を受けるためです。他者が欲するものはaです。ここにあらゆる袋小路の元凶があります。「わたしが対象として承認されるのであれば、そしてこの対象は見てのとおりそもそも意識、自己意識ですから、暴力以外による解決はありえません … ふたつの意識のあいだで裁断を下すことがどうしても必要になる」からです。(……)

何度も指摘してきましたが、倒錯は政治の領域にまで及んでしまうのです。想像界にだけ捕われてそこから出発するとそうなるのです。というのもこう言えば的を得ているでしょう。つまり、奴隷の隷属は影響力大で、これは絶対知にまでも影響を及ぼすのです。言い換えれば、奴隷は世の果てまで奴隷で居続けることになるのです。ヘーゲルさんへマをやらかしました!ヘーゲルの定式の真の姿、これをキルケゴールはちゃんとした形で表します。これはヘーゲルの真理ではなく不安の真理となります。不安こそが分析でいう欲望についての考察へとわれわれを導くのです。(ラカン「不安」のセミネール)

ジジェクによるヘーゲルの他者理解は、とても難解である。それは「否定の否定」にかかわり、わたくしにはいまだ手に負えていない(参照:難解版:「〈他者〉の〈他者〉は外-存在する」(ジジェク=ラカン))。今はただヘーゲル他者の可能性の中心はここにある、--ジジェク解釈ならばーーとだけ言っておく。

さて一般的なヘーゲル他者理解については、たとえば80年代の柄谷行人は次ぎのように説明している。そしていまでもこの理解が標準的だろう。

私はここでくりかえしていう。「意味している」ことが、そのような《他者》にとって成立するとき、まさにそのかぎりにおいてのみ、“文脈”があり、また“言語ゲーム”が成立する。なぜいかにして「意味している」ことが成立するかは、ついにわからない。だが、成立したあとでは、なぜいかにしてかを説明することができるーー規則、コード、差異体系などによって。いいかえれば、哲学であれ、言語学であれ、経済学であれ、それらが出立するのは、この「暗闇の中での跳躍」(クリプキ)または「命がけの飛躍」(マルクス)のあとにすぎない。規則はあとから見出されるのだ。

この跳躍はそのつど盲目的であって、そこにこそ“神秘”がある。われわれが社会的・実践的とよぶものは、いいかえれば、この無根拠的な危うさにかかわっている。そして、われわれが《他者》とよぶものは、コミュニケーション・交換におけるこの危うさを露出させるような他者でなければならない。

この《他者》は、サルトルのいうような他者とは区別されねばならない。後者は、もともと、ヘーゲルの「主人と奴隷」にかんする考察――すなわち自己意識ともう一つの自己意識との相克――に発している。そして、この場合、一つの自己意識ともう一つの自己意識は、互に置きかえ可能であり、同質的なのである。いいかえれば、対称的な関係にある。しかるに、われわれのいう《他者》は、異質であり、われわれが“考えている”ように考えているという保証はない。相克に終始しようと、妥協や和解に終ろうと、そもそも《他者》との間に、「ゲーム」が成立するか否かが不明なのだ。

サルトルは、他者の眼差がわれわれ(対自存在)を凝固させるという。しかし、たとえば猫の眼差ではなぜそうならないのだろうか。そこでは「言語ゲーム」がほとんど成立しないからだ。比喩的にいえば、《他者》は猫に似ているといってよいかもしれない。われわれに時たま関心をよせるかと思えば、まったく無関心であるような猫に。

また、《他者》は、超越的な神、あるいは全知の神の如きものではない。たとえば、神秘的体験において、ひとは、それに対して抗いようのないような神の声を“聞く”。あるいは、強迫的妄想(作為体験)において、ひとは他者の声をありありと聞き、そこからのがれることができない。しかし、そのような他者の声は、実のところ自分の声である。「自分が話すのを聞く」(デリダ)のに、それを「他人が話すのを聞く」かのように受けとっているのだ。その場合、他者に対する通常の“距離”はありえない。その他者は、私をすべて見透しており、私はそこから隠れる余地がない。

ビンスワンガーは、「共同世界から注目されない(見られない、聴かれない、一般的にいえば、捉えられない)ような在り方で実存したいという願望は、私には分裂病的実存様式の根本問題の一つをふくんでいるように思われる」といっている(「精神分裂病」)。そのような患者は、「他者に対して自己を隠そうとする願望」をもちながら、そうすることができない。すべてが見透されているので、自分であることができない。しかし、私が共同世界から隠れられないというのは、私が私自身から隠れられないというのと同じことである。

このような極端な例は、右のような他者が、結局自己意識にほかならないことを示している。他者(神)が全知なのは、私が私の考えていることを知っていることと同じである。しかし、私は私の考えることを知っているのだろうか? というより、「内的な過程」が実在するだろうか?

そのような「聞く立場」の明証性をくつがえすものこそ、《他者》である。《他者》は、私の「心の中」を隈なく見通すどころか、それをまったく疑わしいものとする。ウィトゲンシュタインのもちだす懐疑論者は、そのような《他者》にほかならない。それは、「内省」から出発する、あるいは事後的に見出される規則から出発する思考(哲学)に対する、またその内部で他者や外部を考えてしまう思考に対する、根本的な異議申し立てである。(柄谷行人『探求 Ⅰ』pp.40-42)

柄谷行人解釈のヘーゲル=サルトルの他者理解は黒字強調した通り、「自己意識」とありこれは想像的他者のことである。

ここでの柄谷行人の区分けに従えば、ヴィトゲンシュタインの《他者》がリアルな他者、ヘーゲルの他者がイマジネールな他者、そしてさらに言えばーー厳密さを期さずに敢えて言えば、ということであり、柄谷行人の他者解釈をラカン派の他者概念枠に収めるとすれば、という意味であるーー超越的な神という他者が象徴的他者となるかもしれない(フロイト用語ならヘーゲルの他者が理想自我、神という他者は自我理想か?)。

ジジェクの説明ならこうなる。

<理想自我>は主体の理想化された自我のイメージを意味する(こうなりたいと思うような自分のイメージ、他人からこう見られたいと思うイメージ)。

<自我理想>は、私が自我イメージでその眼差しに印象づけたいと願うような媒体であり、私を監視し、私に最大限の努力をさせる<大文字の他者>であり、私が憧れ、現実化したいと願う理想である。

<超自我>はそれと同じ媒体の、復讐とサディズムと懲罰をともなう側面である。

この三つの術語の構造原理の背景にあるのは、明らかに、<想像界><象徴界><現実界>というラカンの三幅対である。理想自我は想像界的であり、ラカンのいう<小文字の他者>であり、自我の理想化された鏡像である。自我理想は象徴界的であり、私の象徴的同一化の点であり、<大文字の他者>の中にある視点である(私はその視点から私自身を観察し、判定する)。超自我は現実界的で、無理な要求を次々に私に突きつけ、なんとかその要求に応えようとする私の無様な姿を嘲笑する、残虐で強欲な審級……((『ラカンはこう読め』2006)

さてもう一度柄谷行人の文に戻れば、そこには、ヴィトゲンシュタインの《他者》は猫に似ているともある。

ここでデリダの遺著『動物ゆえにわれあり(L’animal que donc je suis)』の猫の話をめぐるジジェクの文を抜き出そう。

……デリダはこのくすんだ「薄明ゾーン」の踏査を、ある種の原光景におけるレポートを以て始める。すなわち、目覚めた後、彼はバスルームで裸になるが、猫がついて来ている。そこで気まずい心持に襲われる瞬間が起こる。それは彼の裸を見詰めている猫の前に立っているという瞬間だ。

この状況に耐えられなく、デリダは腰の周りにタオルをつけて猫を追い払ってからシャワーを浴びる。猫の眼差しは〈他者〉の眼差しーー非人間的眼差しを表す。だがこの理由でいっそうあらゆる深淵的な不可解さをもった〈他者〉の眼差しなのだ。

動物に見られている己れを見ることは〈他者〉の眼差しとの深淵的遭遇である。というのはーーまさに我々の内的経験を動物にたんに投影すべきではないためーー何かが根源的な〈他者〉であるところの眼差しを回帰させているからだ。(ZIZEK,LESS THAN NOTHING,2012,私訳)

ジジェクは、デリダの猫の眼差しはリアルな他者の眼差しである、と言っていることになる。とすればヴィトゲンシュタインの《他者》と同質なものなのだろうか。それは超越論的、あるいは物自体にかかわるはずだがーーとはいえ柄谷行人によるヴィトゲンシュタインの《他者》の説明はややそれとはニュアンスが異なるようにも感じられるーー、いまは断言は慎んでおく。


ここでジジェクが三つの他者の次元(想像的他者、象徴的他者、リアルな他者)をより詳しく説明している文を抜き出してみよう。

他者をめぐる話題は、他者の想像的〔イマジナリー〕、象徴的〔シンボリック〕、現実界的〔リアル〕側面を目に見えるようにする一種のスペクトル的分析の対象となるはずだ。そうした分析はおそらく、これら三つの次元を結びつけるボロメオの結び目というラカンの概念を説明する究極的な事例となるだろう。

第一に、想像的他者が存在するーー「私に似た」他の人々、競争や相互承認といった鏡像的関係を結ぶ私の同類たちである。

次に、象徴的(大他者)が存在するーーわれわれの社会的存在の実体であり、人間の共存を調整する諸規則の非人称的集合体である。

最後に、<現実的なもの〔リアル〕>としての<他者>、不可能な<モノ>、非人間的パートナー、象徴的<他者>に媒介された対称的な対話など不可能な<他者>、が存在する。

そして、これらの三つの次元がいかにして繋ぎ留められているかを理解することは決定的に重要である。<モノ>としての隣人は次のようなことを意味している。私の似姿、鏡像としての隣人の裏側にはつねに、根源的<他者性>、飼いならすことのできない怪物的<モノ>の計り知れない深淵が潜んでいるということだ。ラカンはこの次元をセミネール第三巻で指摘している。

《どうして〔<他者>を〕大文字のA〔<他者>(Autre)を表す〕とするのでしょうか。言語によって与えられる記号を補足(代補)する記号を導入しなければならないときはいつもそうなのですが、妄想的な[mad]理由があるからです。妄想的な理由とは次のようなものです。「君は僕の妻だ」、これについて皆さんは結局何を知っているのでしょうか。「あなたは私の師だ」、このことについて実際それほど確信が持てますか。これらのことばに創設的な価値を持たせているものは次のことです。つまり、このメッセージにおいて目指されていることはーーそれはメッセージが見せかけの場合でもはっきりしていることですがーー絶対的な<他者>としての他者がそこに存在しているということです。絶対的とは、この他者は再認(recognaized)されてはいるが、知られてはいないということです。同様に、見せかけを見せかけたらしめているもの、それは結局、見せかけか否かを皆さんは知らないということです。発話が他者へと向けられる水準での発話関係を特徴づけているのは、本質的には他者の他性(alterity)に在るこの未知の要素なのです。》

価値を創設することば(the founding word)―――あなたに象徴的な肩書きを与え、そうやってあなたをあなた(妻、師)たらしめる言明――というラカンの概念は、五〇年代初頭から、パフォーマティヴ〔行為遂行的言明〕の理論(ラカンとパフォーマティヴという概念の作者であるJ.L.オースティンとのリンクは、エミール・バンヴェニストだった)の影響を受けたものとして通常は理解されてきた。しかしながら、ラカンがそれ以上のものを目指していることは先の引用から明らかだ。われわれが出会う他者は、想像的似姿であるだけでなく、相互的交換が成り立たない<現実的なモノ>〔Real Thing〕としての、捕らえ所のない絶対的<他者>でもあり、まさしくそうしたことを前提としたときのみ、パフォーマティヴィティ〔行為遂行性〕や象徴的なものの関与〔媒介〕に頼る必要が生じるのである。<モノ>と共存する耐え難さを最小限に抑えるためには、<第三者>としての象徴的秩序、すなわち調停役の媒介者the symbolic order qua Third, the pacifying mediatorが介入しなければならない。<他者―モノ>を飼いならして普通の人間にするには、<他者―モノ>の双方が従う第三の審級the third agencyがまず必要になるーー非人称的な象徴<秩序>なくして、相互主観性(人間同士が共有する対称的な関係)は存在しない。だから、第三項なくして二つの項を結ぶ軸は存在しえないのだ。大文字の<他者>の機能が停止すれば、友好的な隣人は怪物的な<モノ>へと早変わりする(アンティゴネーの場合)。人間的なパートナーとして関係を結べる隣人がいなければ、象徴<秩序>そのものが怪物的な<モノ>となって直接私に寄生する(ダニエル・パウル・シュレーバーの神のように、私を直接支配し、享楽(jouissance)の光線で私を貫く)。象徴的に規制された、他者たちとの日常的交換を下から支える<モノ>がなければ、われわれはハーバマス的宇宙、平板で活気のない〔無菌状態の〕宇宙の住人となる。そこでは、主体は、過剰な情熱から成る傲慢さを奪われ、コミュニケーションという規制されたゲームにおける死んだ駒になってしまう。アンティゴネーーシュレーバーーハーバマス。本当に不気味な三角形だ。(ジジェク『メランコリーと行為』)

《私の似姿、鏡像としての隣人の裏側にはつねに、根源的<他者性>、飼いならすことのできない怪物的<モノ>の計り知れない深淵が潜んでいる》とある。私の似姿、鏡像としての隣人とはイマジネールな他者であり、《根源的<他者性>、飼いならすことのできない怪物的<モノ>の計り知れない深淵》とはリアルな他者である。

これはラカンのボロメオ結びのR(リアル)とI(イマジネール)の重な合いの場所にあるJȺ (jouissance de l'Ⱥutre)もしくはaということになるのだろうか(参照:「享楽について語ろうじゃないか、ボウヤたち!」)





いやそれ以外にもジジェクは《大文字の<他者>の機能が停止すれば、友好的な隣人は怪物的な<モノ>へと早変わりする》としている。とすれば、SとRの重なり場所には、JΦ(jouissance phallique)もしくはaがある。両方の記述を重ね合わせれば、結局対象aにかかわることになる(参照:「対象aの五つの定義(Lorenzo Chiesa)」)。

いや漠然と対象aというよりーー比較的頻繁に使用される語でありながら多くの場合よく理解されているとは思えないーーextimate(外密)やEx-sistenz(外立)と言っておくほうがいいかもしれない。

要するに、私たちのもっとも近くにあるものが、私たちのまったくの外部にあるのです。ここで問題となっていることを示すために「外密extime」という語を使うべきでしょう。(ラカンS16)
おそらく対象aを思い描くに最もよいものは、ラカンの造語"extimate."である。それは主体自身の、実に最も親密なintimate部分の何かでありながら、つねに他の場所、主体の外exに現れ、捉えがたいものだ。(Richard Boothby)
Ex-sistenz のEx はaus,heraus,hinaus を、即ち「外に出る」ことを意味している。ハイデガー自身の説明によればーー「存在の真理のなかに出で立つこと」 Hinausstehen in die Wahrheit des Seins と言い、Das stehen in der Lichtung des Seins nenne ich die Wahrheit des Seinsと言っている。(塚越敏)

※より詳しくは「ラカンのExtimité とハイデガーのExsistenz」を参照。

とはいえ、このボロメオ結びはラカン派内でも納得できる形で説明している論者は稀である。わたくしが漸く見出したジジェクの弟子筋のLorenzo Chiesaに目が覚めるような解釈はあるがいまだ納得するというところまでは言っていない(参照:「超越論的享楽(Lorenzo Chiesa)」)

そもそもボロメオ結びについては次ぎのような見解さえある。

後期ラカン読むときに結び目の理論を勉強する必要はまったくないと思う。あれを真面目に受け取ってるのはヴァップローとか一部の超マニアックなラカニアンだけで、ミレールはじめ普通のラカニアンはあれを無視した上で、singularitéの議論とか、使えそうなところだけを取り出してる (松本卓也)

だがジジェクがいうように他者の様態に思いを馳せれば、《これら三つの次元を結びつけるボロメオの結び目というラカンの概念を説明する究極的な事例》であるに相違なく、そう簡単に捨て去るわけにはいかない。なぜなら、われわれは日常的にも、どの他者に向けて語っているか、想像的他者なのか象徴的他者なのか、それとも現実界的な他者なのか、ーーそしてそれがどんな具合に重なり合っているのか、とはまさにボロメオ結びが参照点になるからだ。

ほかにも例えば、ジジェクは ラカンのボロメオ結びを援用して“the Imaginary of democratic ideology, the Symbolic of political hegemony, the Real of the economy”ともかつては言っている(Zizek Iraq)。イデオロギー・ヘゲモニー・エコノミーが、想像界・象徴界・現実界とされれば、これまた柄谷行人のネーション・ステート・資本を想起することもできる(他にも柄谷はカントの仮象・形式・物自体をラカンの三位一体と結びつけている(参照:「仮象(想像的なもの)、形式(象徴的なもの)、物自体(リアルなもの)(柄谷行人=ラカン)」)。

資本=ネーション=ステートは、人間の「交換」がとる必然的な形態に根ざしている。容易に、この環を出ることはできない。マルクスがその出口を見いだしたのは、第四の交換のタイプ、すなわち、アソシエーションである。(柄谷行人『トランスクリティーク』)

こう引用すればーー今気づいたのだがーー、マルクスのアソシエーションは、ラカンのサントームに近づけて解釈できないかという問いも生れる(参照:「ラカン派の二種類のサントーム・症状」).。




さてここではジジェクとLorenzo Chiesaは次のように現実界(リアル)を言っていることだけ示しておく。

最後のラカンにとって、現実界は、象徴界の「内部にある」ものである。Dominiek Hoensと Ed Pluth のカント用語にての考察を捕捉すれば、人は同じように、最後のラカンは現実界の超越的概念から、超越論的概念に移行した、と言うことができる。 ( Lacan Le-sinthome by Lorenzo Chiesa)
われわれは「現実界の侵入は象徴界の一貫性を蝕む」という見解から、いっそう強い主張「現実界は象徴界の非一貫性以外のなにものでもない」という見解へと移りゆくべきだ。(ZIZEK『LESS THAN NOTHING』2012)

柄谷行人はどうなのか。彼にとっては物自体がリアルである。

物自体はアンチノミーにおいて見い出されるものであって、そこに何ら神秘的な意味合いはない。それは自分の顔のようなものだ。それは疑いもなく存在するが、どうしても像(現象)としてしか見ることができないのである。したがって重要なのは、「強い視差」としてのアンチノミーである。それのみが像(現象)でない何かがあることを開示するのだ。(『トランスクリティーク』)

この文だけを抜き出せば、柄谷行人とジジェクとLorenzo Chiesaの三者のリアルの理解はほぼ同じであるということがいえる。デリダの猫もウィトゲンシュタインの《他者》もこの視点から捉えうるかどうか、--そのあたりがわたくしには曖昧なままである。

最後にジジェク解釈のヘーゲルをもう一度持ち出せば、核心(のひとつ)は次ぎの文にあるように思う。

ラカンが「知と享楽のあいだに、波打ち際 littorale がある」と言うとき、jouis‐sense の 喚起を聞かねばならない。サントーム、享楽のシニフィアン化する形式 signifying formula of enjoyment に還元された文字の jouis‐sense を、である。

ここに後期ラカンの最終的な「ヘ ーゲリアン」の洞察がある。二つの相容れない領域(現実界と象徴界)の一つへの収束 convergence は、まさに不一致 divergence によって支えられている。というのは差異は己れが差異化するものを構成しているのだ。あるいはもっと形式的用語で言うなら、二つの領野のあいだのまさに横断点が、二つの領野を構成しているのだ。(ZIZEK,LESS THAN NOTHINGーー「“A is A” と “A = A”」)




2015年8月23日日曜日

ミニスカ症候群と集団ヒステリー

フロイトの『ヒステリー性空想、ならびに両性性に対するその関係』(道籏泰三訳 2007)とは岩波書店のフロイト全集に収められているフロイトの1908年の論文の表題だが、原題は“Hysterische Phantasien und ihre Beziehung zur Bisexualität” (1908)であり、ラカン派の邦訳ではその多くが「幻想」と訳される言葉fantasyが「空想」となっている。

と記したが訳語に文句をつけるつもりは毛頭ない。いま注目したいのは、《一方の手で着物をまくり上げようとし、他方の手で着物を押さえようとするヒステリー患者の発作》という表現である。

自慰は、空想をかきたてることと、その空想の絶頂において自己満足にいたるための活動的な営みとの「はんだづけ」によって構成されている。当初は自己愛的な身体的快感を目的としていた自慰は、やがて対象愛の領域に由来する欲望の表象を満足させることを目的とするようになる。そのような空想的満足が放棄されると自慰行為そのものは行われなくなるが、空想は意識的なものから無意識的なものに変わる。その後、性的欲求不満の状況において、この無意識的な空想が症状として「外化」する。ヒステリーの症状は、このような無意識的空想の上演である。倒錯者の空想やパラノイア患者の妄想は、ヒステリー者においては無意識的な空想が意識化されている状態である。ヒステリー患者も無意識空想を、症状として表現せずに、意識的に現実化し、殺人・暴力・性的陵辱などを「演出演技」することがある。

 それゆえ精神分析は症状の背後にある空想を知ろうとするが、症状と空想の結びつきはきわめて複雑で錯綜している。重度の神経症においては一つの症状は複数の空想に対応している。それゆえ、一つの空想を意識化しても症状は消えない。

 症状を解消させるには二つの空想の意識化が必要であるが、その一方は男性的、他方は女性的な性格をもつ(それゆえいずれかは同性愛的な欲求を表現している)。これはすべてのヒステリー者にみられる事実ではないが、人間の生得的な両性性が神経症者においては明瞭に認識されるという自説を支持するものだ。自慰にふける者は、空想のなかで男性にも女性にも感情移入する。一方の手で着物をまくり上げようとし、他方の手で着物を押さえようとするヒステリー患者の発作もこのことを示している(「矛盾する同時性」)。患者は分析中に一方の性的意味から逆の意味の領域へと「隣りの線路の上へそらせるように」たえずそらせようとする。(フロイト『ヒステリー性空想、ならびに両性性に対するその関係』

なぜこんな文章を思い起したかといえば、「哲学者」森岡正博氏の「なぜ私はミニスカに欲情するのか」2000年ーーこの論は読んでいないーーの長い書評「ミニスカートの文化記号学」(沼崎一郎)に引用されている森岡氏の文を眺めたからだ。この評者の沼崎一郎氏は「文化人類学者」である。

さてその問題の森岡氏の文である。

見えないように裾を下げようとするにもかかわらず、自然に上がってきてスカートの中身が見えそうになる。何物かを隠そうとする意志と、それに逆らって真理を暴こうとする運動。その緊張溢れるダイナミズムに知覚弓となって参与する第三者としての私。この三者関係のただ中にこそ、ミニスカへと欲情を固着させるオートポイエーシス装置が構造化されているのである。(森岡正博「なぜ私はミニスカに欲情するのか」)





フロイトは《一方の手で着物をまくり上げようとし、他方の手で着物を押さえようとするヒステリー患者の発作》としているわけだが、とすればもう二十年以続くらしい女子高校生たちのミニスカブームは集団ヒステリーの一種なんだろうか?

(心理的アイデンティティと象徴的アイデンティティの)落差がある以上、主体は自分の象徴的仮面あるいは称号とぴったり同一化することができない。だから主体は自分の象徴的称号に疑問を抱く。これがヒステリーだ。「どうして私は、あなたが言っているような私なのか」。あるいはシェイクスピアのジュリエットの言葉を借りれば、「どうして私はその名前なの?」

「ヒステリー」と「歴史ヒストリア」との間の類似性には真実が含まれている。主体の象徴的アイデンティティはつねに歴史的に決定され、ある特定なイデオロギー的内容に依存している。これこそが、ルイ・アルチュセールが「イデオロギー的問いかけ」と呼んだものである。

われわれに与えられた象徴的アイデンティティは、支配的なイデオロギーがわれわれにどのようにーーー市民として、民主主義者として、キリスト教徒としてーーー問いかけたかの結果である。ヒステリーは、主体が自分の象徴的アイデンティティに疑問を抱いたとき、あるいはそれに居心地の悪さを感じたときに起きる。「あなたは私のことをあなたの恋人だとおっしゃる。私をそのようにした、私の中にあるものは何? 私の中の何が、あなたをして私をこんなふうに求めさせるのでしょう?」『リチャード二世』はヒステリーをめぐるシェイクスピアの至高の作品である(対照的に『ハムレット』は強迫神経症をめぐる至高の作品だ)。 (ジジェク『 (『ラカンはこう読め!』p.63)

もっとも(すくなくともかつては)一般的に、男性は強迫神経症、女性はヒステリー神経症と言われたわけで、このヒステリーはなにも女子高生に限ったことではない。

……例えば、ラカンは倒錯は男性的剥奪であり、男と女の二項構造を神経症・精神病・倒錯の三つ組みと結合させるとさらに複雑になると言っています。私たちが言いうるのは、倒錯は男性的剥奪であり、本物の精神病のすべては女性であろうということです。ラカンは精神病を「女性への衝迫[pousse a la femme]」とみなすという、今では有名となったフレーズを作りました。精神病は女性の領域にあるのです。神経症においては、 ヒステリーと強迫が区別され、 一般に女と男に関連付けられます

しかし、だからといってヒステリーの男性がいないと主張するのではありません。私たちが神経症を語るとき、あるときはこのように注目しますが、また別の機会には、フロイトは強迫神経症をヒステリーの方言であり、ヒステリーが神経症の中核であると考えていたことを元にして、ヒステリー神経症と強迫神経症の区別について注目します。(ミレール「ラカンの臨床的観点への序論」)

といういささか専門的な文よりも、同じミレールの最近のエッセイから抜き出しておくほうがよいのかもしれない。

無意識の現実はフィクションを上回ります。あなたには思いもよらないでしょう、いかに人間の生活が、特に愛にかんしては、ごく小さなもの、ピンの頭、神から授かった細部によって基礎づけられているかを。とりわけ男たちには、そのようなものが欲望の原因として見出されるのは本当なのです。フェティッシュのようなものが愛の進行を閃き促すのです。ごく小さな特異なもの、父や母の追憶、あるいは兄弟や姉妹、あるいは誰かの幼児期の追憶もまた、愛の対象としての女性の選択に役割をはたします。でも女性の愛のあり方はフェティシストというよりももっとエロトマニティック(被愛妄想的)です。女性は愛されたいのです。関心と愛、それは彼女たちに示されたり、彼女たちが他のひとに想定する関心と愛ですが、女性の愛の引き金をひくために、それらはしばしば不可欠なものです。(Jacques-Alain Miller: On Love:We Love the One Who Responds to Our Question: “Who Am I?”、私訳)。


さてもとに戻れば、《一方の手で着物をまくり上げようとし、他方の手で着物を押さえようとする》仕草は、女子高生だけでなく、どこにもで見られるといってよい。

ぼくは時どきリッツのバーに一杯やりに行く、ただノートをとったり、下書きをしたりするためにだけ…写生しに…バー、浜辺…ナルシシズムのフェスティバル…ここにも二人いる、そこの、ぼくのそばでしなをつくっているのが、少なく見積もっても十万フランは身につけている、指輪、ネックレス、ブレスレット…彼女たちは、小切手帳をもったちょい役の身分に追いやられたお人よしを前にして、互いに向かって火花を散らしている…清純で罪のない眼差し…パレード…えくぼ…含み笑い…そら、ぼくが彼女たちを見る目つきに彼女たちは気づいた…彼女たちはこれ見よがしに戯れる…化粧を直す…トカゲのハンドバック…螺鈿のコンパクト…金の口紅ケース…しどけない唇、ブロンド…それから無防備を装い、あどけなく、抜け目のない態度…男たちのうちのひとりの前腕に手をかけて…「そんな! 嘘でしょ?」…ぼくの視線の方へ向けられる流し目、すぐさまそらされる…彼女たちはウォッカをロックで飲んでいる…女たちどうしで語らって…煙草の火をつけ合う…足を組み…組んだ足をまた解く…膝の上で少しだけスカートを引っ張るという結構な仕草は忘れずに…強調するためだ…膝がすべてを語っている…いつも…手ほどきとしての肘…膝には不可視のものすべてがある…首から香りがする…耳の後ろ…耳たぶ…乳房のあいだ…いま、男たちが立ち去った、すぐに彼女たちはより謹厳になる…勘定の計算をする…で、あなたの分は? いくらあなたに渡したらいいの?…で、あなたの分は?…ぼくはほぼ忘れられている…時どき思い出したようにぼくを見る…(ソレルス『女たち』鈴木創士訳 p230)


もう一度ジジェクの文に戻ろう、

(心理的アイデンティティと象徴的アイデンティティの)落差がある以上、主体は自分の象徴的仮面あるいは称号とぴったり同一化することができない。だから主体は自分の象徴的称号に疑問を抱く。これがヒステリーだ。

女子高校生の象徴的アイデンティティとは、学校という大文字の他者の機関で勉学する存在だろうが、そのときの心理的アイデンティティとはなんだろう? ひとまずは少女から女へとかわっていく時期(これはすでに中学生の頃、あるいはその前からそうだろうが)であり、「どうして私は、あなたが言っているような私なのか」がヒステリーの問いであるならば、「どうして私という少女は、あなたが言っているような女なのか」という問いを抱いている存在ではないか。

実際、中学生から高校生までにおけるミニスカ着用は男の視線を惹きつけるという機制とその利用とともに、少女時代の私への哀惜感によるものはないのだろうか。ミニスカ着用は、かつてわれわれ旧世代の時代における不良少女たちーースケバンに代表されるーーがロンスカを着用し大人びてみえたのとは逆に、子どもじみてみえないでもないのだ。


犬山高校のあゆみ 女子制服のこと




これを眺めてもなんの色気も感じられないのは、わたくしが老いたせいだけだろうか。


素足  谷川俊太郎

赤いスカートをからげて夏の夕方
小さな流れを渡ったのを知っている
そのときのひなたくさいあなたを見たかった
と思う私の気持ちは
とり返しのつかない悔いのようだ

「あなたは私のことをあなたの恋人だとおっしゃる。私をそのようにした、私の中にあるものは何? 私の中の何が、あなたをして私をこんなふうに求めさせるのでしょう?」(シェイクスピア『リチャード二世』)

ーーあなたがたは私のことを女だとおっしゃる。私をそのようにした、私の中にあるものは何? 私の中の何が、あなたがたをして私をこんなふうに(女として)眼差すのでしょう ?

いやいやわたくしは女ではないので彼女たちの心理的アイデンティティはわからない……(マンガ文化の影響もあるのだろうが、このあたりはわたくしはまったく疎い)。


もうひとつ村瀬ひろみ氏による「「性的身体」の現象学  「ミニスカ」からみる消費社会のセクシュアリティ構造 」からぬき出してみよう。この小論も森岡正博の論にかかわる。その論は次ぎのような問いから始まっている。

ミニスカートをまとう存在としての「私」は、男を誘惑するだけの人形だろうか。

長いスカートの鬱屈した不自由さ、まとわりつく布の抑圧から逃れ、より行動的になるためのミニスカートだってあるはず。男がどう見ようと、動きやすい開放的なミニスカートが好きという女はいないだろうか。膝小僧が見えるよりはるかに短い丈のスカートこそ、足がキレイに見えると鏡の前でひそかにほほ笑むことはないだろうか。

そんなミニスカートに、一部の男性たちは欲情するという。そのこと自体は、率直な言説であって、フェミニズムが批判すべきことではないかもしれない。しかし、そこに「ミニスカートをまとう私」という主体の視点が欠落していると気づくとき、私は、新たな地点から「ミニスカート」にまつわる言説を検証していく必要性を感じるのである。


「ミニスカートをまとう私」という主体の視点とあるが、この小論にたいしたことが書かれているわけではない。女性側からみても難題なのだろう。

いや、彼女たちはひょっとしてひそかには気づいているのかもしれない、「仮装としての女性性」を。だがそれを表立って是認するということには抵抗があるに相違ない。

女性が自分を見せびらかし、自分を欲望の対象として示すという事実は、女性を潜在的かつ密かな仕方でファルスと同一のものにし、その主体としての存在を、欲望されるファルス、《他者》の欲望のシニフィアンとして位置づけます。こうした存在のあり方は女性を、女性の仮装[mascarade]と呼ぶことのできるものの彼方に位置づけますが、それは、結局のところ、女性が示すその女性性のすべてが、ファルスのシニフィアンに対する深い同一化に結びついているからです。この同一化は、女性性ともっとも密接に結びついています。(ラカン「セミネールⅤ」)
どんなにポジティブな決定をしてみても、女性というのはひとつの本質だ、女性は「彼女自身だ」と定義してみても、結局のところ、女性が演技しているもの、女性が「他者にとって」どういう役割をもっているかという問題に引き戻されてしまう。なぜなら、「女性が男性以上の主体となるのは、まさに女性が本来の仮装の特徴を帯びているときだけ、女性の特徴が、すべて人工的に「装われている」ときだけだからである」。(エリザベス・ライト『ラカンとポストフェミニズム』)

《男の幸福は、「われは欲する」である。女の幸福は、「かれは欲する」ということである》(ニーチェ『ツァラトゥストラ』手塚富雄訳)--と引用すれば、いまどきアンチフェミニストのニーチェを、時代錯誤もはなはだしいといういう人がいるかもしれない、だが文句をいうのは「男と女をめぐって(ニーチェとラカン)」を読んでからにしてほしい。

男は自分の幻想の枠にフィットする女を欲望する。他方、女は自分の欲望をはるかに徹底的に男のなかに疎外する(男のなかに向ける)。女の欲望は男に欲望される対象になることである。すなわち男の幻想の枠にフィットすることであり、女は自身を、他者の眼を通して見ようとするのだ。“他者は彼女/私のなかになにを見ているのかしら?” という問いにたえまなく煩わせられている。しかしながら、女は、それと同時に、はるかにパートナーに依存することが少ないのだ。というのは彼女の究極的なパートナーは、他の人間、彼女の欲望の対象(男)ではなく、ギャップ自体、パートナーからの距離なのだから。そのギャップ自体に、女性の享楽の場所がある。(ジジェク、LESS THAN NOTHING、私訳)

なぜこうなのかは、ポール・ヴェルハーゲによる説明がある(「古い悪党フロイトの女性論」)。もちろんこれらも単なる仮定である。フロイトは、別のより高い説明価値がある仮説があれば、いつでも乗り換える用意があるという意味合いのことをしばしば語っている。

村瀬ひろみ氏の論には森岡正博氏の論以外からもいくつかの引用があるが、ここでは次の二人の文を抜き出しておく。

性的な身体を女性は見られることによって獲得していきます。女性にとって自己身体意識、あるいは自己身体イメージの獲得は、思春期以降、男性からかくあるべき身体として自分に付与される視線によって、その視線を内面化することによって獲得されます。(上野千鶴子 『性愛論』1991)
おそらく、人間が自己の身体をエロティシズムの対象として他者の前に呈示しようとするならば もっとも基本的な戦術はおのれの性を誇示しつつ 同時に隠すということであろう (菅原和孝 『身体の人類学』1993)
この「誇示しつつ隠す」という戦術は、女がある場に登場し、そこによっこらしょと腰を下ろすさいにもっともあらわになる。彼女は股を大きく広げ、なおかつ片手で股のあいだにぐいとスカートをたくしこむのである。(同 菅原)

…………

※附記:『週刊プレイボーイ』の編集などの仕事をされていた赤羽建美氏の『「女の勘」はなぜ鋭いのか』におけるミニスカの記述を抜き出しておく。ニ、三違和のある箇所はあるが敢えてコメントするほどでもない、一般男性はおそらくかなりの割合の人がこのように感じているだろうし、その男性への問いに対しておおくの女性はこのように答えることだろうことを示したいだけだ。

ミニスカートをはいている女性に、
それって、男の視線を意識してりんだよね
と聞くと、決まって次ぎのような答えが返ってくる。
そうじゃないわ。おしゃれだからはいているの

ミニスカートでも、胸元を強調したキャミソール(女性用の下着でウエストまでのもの。スリップの短いやつと思えばいい。最近はそれを‘あえて見せる着方をする)でも、ヒップにぴったりのパンツでも、答えは同じである。「ファッションを楽しむために身につけているので男性を意識したものではない」と彼女たちは言う。果たしてそれが女性の本音だろうか。わたしはどうもそうは思えない。

わたしが大学生だったころ。学食で昼飯を食べていたら、隣りにいた同級生の男子学生がわたしにこう言った。

「あそこにいる女の子。かなり意識しているよな。あの食べ方を見ろよ。気取りやがって」

彼があごでしゃくって示した女子学生を見てみると、確かに彼女は思いっきり他人の目を気にしてカレーを食べているように見えた。スプーンにのせるカレーの量はほんのわずか。あんなに少しずつでは、食べた気がしないだろう。家では三倍くらいの量を一口で食べているのではないかと疑いたくなるくらい少量なのだ。それをゆっくりと口元にもっていく。口の中にカレーを入れるときも決して大きく口を開かない。そのうえ、髪が邪魔になっているわけでもないのに、ときどき髪をかきあげるような仕草をする。

こんな姿をみていると、いかに上品にあるいはきれいに見えるかを考えて、食べているとしか思えない。つまり、彼女は自分自身で自分を演出しているように見える。わたしはそれほどではなかったが、級友はなぜかその彼女のことが気になってしかたがなかったらしい。それは異性への関心の裏返しともいえるのかもしれない。

いずれにせよ、その女子学生は他人の目、もちろん、それは同性の目ではなく男子学生たちの目を意識してそうしていたのだろう。

同性の目といえば、こんなエピソードがある。

私立の女子校で教師をしていた友人によると、女子生徒たちは男の目があるのとないのとではガラッと態度が変わるという。彼が直接目撃したかどうかまでは知らないが、夏の暑い日の教室では、女子生徒が制服のスカートのすそをたくしあげてその中に教科書で風を送り込む、そんな姿がよく見られるというのだ。どうやら、女子校での教室では男の想像を絶する破廉恥な光景が展開されているらしい。

この二つの例からも、女性は異性の目がなければあれれもない姿をさらけだすことも平気なくせに、異性の目がある場では、大学の学食の女子学生のように女らしさを強調しているように思えてならない。

つまり、女性たちは本当のところを隠している。もっと言ってしまえば、「おしゃれだから」というのは一種のカモフラージュのため。そう解釈していいだろう。彼女たちは男を意識していることを隠そうとしている。

だいたい、ミニスカートをはいている女性に目がいくのは、女性よりも男のほうが圧倒的に多い。女性は友人がかわいいミニスカートをはいてきたのであれば、それなりに関心を示し、「かわいいね」くらいのほめ言葉を口にするかもしれない。しかし、見ず知らずの女性がどんなにかわいいミニスカート姿であってもまったく関心を示さない。男が男の下着姿を見てもなんとも感じないのと同じだ。ところが、男は見ず知らずの女性のミニスカート姿にあまねく関心を示す。このことから考えても、女性がミニスカートをはくのは異性の目を意識しているからだと思える。

しかし、女性は同性から「男に見られるのを計算してミニスカートをはいている」と思われるのが嫌なのだろう。本当はそうであっても他人からそれを指摘されると、女性はプライドを傷つけられた気がするのではないか。

男のわたしには、どうしてそんなことでプライドが傷つけられるのか理解できない。女性がセクシーさを武器にするのは悪いことではない。いや、そうして当然だと思う。

セクシーであることに関して、日本の女性たちの意識はかなり控えめで、欧米などの先進国の基準からすると大分遅れている。そこに問題がある。初体験の年齢が年々低くなっても、ミニスカートをはいた若い女性が街に増えつつあっても、女性たちの意識は未だに和服を着ていた時代とたいして変わっていないらしい。

ミニスカートの女性に険しい視線を送る年長の女性もいる。そうした社会だからこそ、「おしゃれではいているの」と言い訳しなければならないのかもしれない。

日本女性たちの性意識の歪みは、かなり根深いように思う。

それは、和服という伝統文化が象徴しているように、包み隠すことに対する美意識や倫理観が大きな理由となっているのではないだろうか。つまり、日本の文化は謙虚さや純潔さに代表される恥じらいの文化ともいえる。そういった意識は、日本人が長年培ってきたものだから、和服を着なくなっても簡単には変わるものではない。

恥じらいの文化は、肉体に対する考え方にも通じる。

長い間、日本女性は体を隠さなければいけないと教えられてきたために、自分の肉体を素直に受け入れられないという弊害が生れてしまった。その結果、女性たちの多くは、本音の部分では理想的なプロポーションを保ち多くの人に注目してもらいたいと思っているのに、その魅力的な肉体を素敵な洋服で飾り人目にさらすことに、心のどこかで罪悪感を感じてしまうのだろう。

だから、男の視線を充分に意識してミニスカートをはいていても、態度にはそれを出さないようにしてしまうのである。

また、女性が男のためにつくすのはおかしいというフェミニズムの思想から端を発し、女性は男のために何かしてはいけない、男たたいの視線を意識してセクシーさに磨きをかけるのは男に向けた女性の商品化だ、などという見当はずれの理屈を生んでしまった。

そんなふうに言われたら、ミニスカートを颯爽とはきこなしている女性たちの立場がない。

ここでは、女の敵は女、と言っておこう。

この文における《女性がセクシーさを武器にするのは悪いことではない》については、いまでは女子高生のなかにもはっきりと武器としてミニスカを着用している少女たちもいることだろう。

「女の敵は女」と出てきたところで、ふたたびソレルスの名著『女たち』から抜き出しておく。

女たちそれ自体について言えば、彼女たちは「モメントとしての女たち」の単なる予備軍である…わかった? だめ? 説明するのは確かに難しい…演出する方がいい…その動きをつかむには、確かに特殊な知覚が必要だ…審美的葉脈…自由の目… 彼女たちは自由を待っている…空港にいるとぼくにはそれがわかる…家族のうちに監禁された、堅くこわばった顔々…あるいは逆に、熱に浮かされたような目…彼女たちのせいで、ぼくたちは生のうちにある、つまり死の支配下におかれている。にもかかわらず、彼女たちなしでは、出口を見つけることは不可能だ。反男性の大キャンペーンってことなら、彼女たちは一丸となる。だが、それがひとり存在するやいなや…全員が彼女に敵対する…ひとりの女に対して女たちほど度し難い敵はいない…だがその女でさえ。次には列に戻っている…ひとりの女を妨害するために…今度は彼女の番だ…何と彼女たちは互いに監視し合っていることか! 互いにねたみ合って! 互いに探りを入れ合って! まんいち彼女たちのうちのひとりが、そこでいきなり予告もなしに女になるという気まぐれを抱いたりするような場合には…つまり? 際限のない無償性の、秘密の消点の、戻ることのなりこだま…悪魔のお通り! 地獄絵図だ! p254



2015年8月22日土曜日

「むちむち」という駄洒落

(「無知な女子高生」を沖縄に連れ出し「愛のムチ」を打つNHK番組「むちむち!」に「女性蔑視」批判)

@nhk_Etele: 新番組「むちむち!」とは、街でスカウトしたちょっとムチな女子高校生に、番組ディレクターが愛のムチを打つ、全体的にムチッとした番組です。Eテレ20(木)19:25~。http://t.co/ht6lyPP5d1 #Eテレ

という番組の告知が「炎上」していたようだ。たとえば東京大学で教師をしておられるフェミニストの清水晶子さんは次ぎのようにお怒りになっている。

@akishmz: この番宣ツイート、どうなの。どうして常に「無知な女子高生に教えてあげる」なんだよ!セクシズムだろそれ!というレベルはもちろんあるけれど、そこに(名目上は無関係なはずの)エロス化が臆面もなく持ち込まれているのが、シンプルにキモい。
@akishmz: NHKとしてもEテレとしても「むちむち!」のタイトル/設定/番宣のセクシズム(1. 「女子高生」に「無知」を代表させ、2. 未成年女性を性的対象として表象する)が公共放送の教育番組として問題だという批判は黙殺なさるのですね。 https://t.co/OEUBFbBK5L

「性的対象として表象する」とあるように、女子高生が性的対象であることが問題ではなく、天下のNHKの教育番組が「むちむち!」というタイトル/設定/番宣をしてしまうのが問題だということだろう。

「むちむち」とは「もち肌」とか「むちむちした太腿」とかを想起させないわけではない、無知と鞭だけではないだろう。どんな風に使われるのか、と探ってみれば、次のような文章に行き当たった。

「そうだ。まず入れ入れが大事なんだ。儀式みたいなもんだ。  まずは入れ入れ。〜  おっぱいむちむち、肌はつるつる、腰はくねくね、  あそこはぐしょぐしょ、ばりんばりんのセックス・マシンだ。……」(村上春樹『海辺のカフカ』)


わたくしはーー時代錯誤的なのかもしれないがーー、なぜ「むちむち」程度のいわゆる駄洒落で人びとが騒ぎ立てるのか不思議でならなかった。いきすぎた「苦情の文化 CULTURE OF COMPLAINT」の顕れではないかとさえ感じたが、とはいえ「お怒り」になる方がいらっしゃるのはよくわかる。

というわけで--腫れ物にはできるだけ触らないようにしてーーここでは別の角度から記す。





実際のところ、16~18歳の少女たちが、多くの幅広い年齢層の男たちにとっての性的対象でないわけがない。それは同じ齢の少年たちが、多くの女性たちにとっては性的対象から外れるだろうこととは対照的だ(女性のことはよくわからないから、そうでないのかもしれないが)。

幼女期とか、青春期とか、中年とか、老年とか、そういう分節化は女にはない。女の一生は同じ調子のもので、女たちは男と違って、のっぺらぼうな人生を生きている。養老孟司という解剖学者はそう語って、わたしを驚かせた。その意見を伝えると、吉行淳之介という作家はほとんど襟を正すようにして、その人はじつによく女を知っていると述べた。(丸谷才一・評 『きことわ』=朝吹真理子・著
昭和二十年五月廿五日。 空晴れわたりて風爽かに、初て初夏五月になりし心地なり。室内連日の塵を掃はむとて裏窓を開くに隣園の新綠染めしが如く、雀の子の巣立ちして囀る聲もおのづから嬉しげなり。この日予は宿泊人中の當番なれば午後止むことを得ず昭和通五六町先なる米配給所に至り手車に米、玉蜀黍二袋を積み載せ曳いてかへる。同宿人の中江戸川區平井町にて火災に罹り其姉のアパートに在るを尋來りし可憐の一少女あり。年十四五歳なれど言語、擧動共に早熟、一見既に世話女房の如し。予を扶けて共に車を曳く。路すがら中川邊火災當夜の事を語れり。是亦戰時の一話柄ならずや。(永井荷風 断腸亭日乗)


まさか女子高生たちを「性的対象」--異性としてのときめきの対象ーーにしてしまう男たちの心性までを非難するということではあるまい。実際、既に小学校の高学年頃から男女の成熟の度合いは際立って異なり、少年たちはそのことを痛感して育ってきているはずだ。あの頃の思いは容易に消えない。とくに利発で活発な少女に対してなら少年時代の男たちのだれもが、《朝礼で整列している時に、隣りにいるまぶしいばかりの少女に少年が覚えるような羞恥と憧憬と、近しさと距離との同時感覚》(中井久夫)のようなものを覚えた少女たちが何人かいるに違いない。その「まぶしさ」に戸惑いあるいは反撥感を抱きつつ育ってゆく男たちもいるではあろうが。




母の影はすべての女性に落ちている。つまりすべての女は母なる力を、さらには母なる全能性を共有している。これはどの若い警察官の悪夢でもある、中年の女性が車の窓を下げて訊ねる、「なんなの、坊や?」

この原初の母なる全能性はあらゆる面で恐怖を惹き起こす、女性蔑視(セクシズム)から女性嫌悪(ミソジニー)まで。((Paul Verhaeghe『Love in a Time of Loneliness THREE ESSAYS ON DRIVE AND DESIRE』私訳)



《愛の基本的モデルは、男と女の関係ではなく、母と子供の関係に求められるべきである》(ヴェルハーゲ)--であるならば、少年時代に覚えた《隣りにいるまぶしいばかりの少女に少年が覚えるような羞恥と憧憬と、近しさと距離との同時感覚》とは母への愛の(最初の)代替物とさえいえる場合がある筈だ。あるいは荷風のいうような《年十四五歳なれど言語、擧動共に早熟、一見既に世話女房の如し》少女を男性軍の〈あなたたち〉は記憶のなかに一人も持っていないだろうか。

場合によっては四十男も五十男も少年時代の自らと同一化してあの時の少女への憧憬と同じ心持をもってこの今かたわらにいる少女を愛することさえあるはずだ。





とはいえわたくしはエリック・ロメールのようにハイ・ティーンの膝を愛するわけでもないし、むちむちを(たいして)愛するわけでもない。




ーー試合に負けちゃったけど、そんなにがっくりすることないわよ、ね、気を落さないで。

こういった光景を見て、あの頃の母の代替物のような少女の存在を愛するのだ。

……そんなとき、突然私が目にとめるのは、雨にぬれた路面が日ざしを受けて金色のラッカーと化した歩道にあらわれて、太陽にブロンドに染められた水蒸気の立ちのぼるとある交差点の舞台のハイライトにさしかかる宗教学校の女生徒とそれにつきそった女の家庭教師の姿とか、白い袖口をつけた牛乳屋の娘とかであって、(……)バルベックの道路と同様に、パリの街路が、かつてあんなにしばしばメゼグリーズの森から私がとびださせようとつとめたあの美しい未知の女性たちを花咲かせながら、それらの女性の一人一人が官能の欲望をそそり、それぞれ独自に欲望を満たしてくれる気がする、そんな光景に接するようになって以来、私にとってこの地上はずっと住むに快く、この人生はずっとわけいるに興味深いものであると思われるのであった。(プルースト「ゲルマントのほう Ⅰ」井上究一郎訳)
私は窓のところに行き、内側の厚いカーテンを左右にひらいた。ほの白く、もやが垂れて、あけはなれている朝の、上空のあたりは、そのころ台所で火のつけられたかまどのまわりのようにばら色であった、そしてそんな空が、希望で私を満たし、また、一夜を過ごしてから、ばら色の頬をした牛乳売の娘を見たあんな山間の小さな駅で目をさましたい、という欲望で私を満たした。(同「逃げさる女」)

スワンのオデットへの愛、主人公のアルベルチーヌへの愛、反復される山間の農家の牛乳売りの娘への夢想…。プルーストが繰り返し書いたのは、「愛する理由は、愛の対象となっているひとの中には決して存在しないこと」だった。


2015年8月21日金曜日

いいえ、あたし食べるわ、どうしても食べるわ

微恙あり。食事制限中なり。

盆の上にのっていたのはーー草入り酒、果物酒、茸、バター、牛乳入りの黒パン菓子、蜂の巣にはいったままの蜜、ぶつぶつ泡の立つ煮こんだ蜜、林檎、なまのとあぶったのとふた通りの胡桃、それから、べつに蜜漬けの胡桃――こんなものであった。それから、あらためてアニーシヤは、蜜入りと砂糖入りとふた通りのジャム、ハム、焼きたての鶏などを持ってきた。(……)

ナターシャはなにもかも食べた。こうした牛乳入りのパン菓子や、こんな風味のジャムや、こんな蜜漬けの胡桃や、こんな鶏は、どこでも見たこともなければ、食べたこともないような気がした。

ーーというわけで、「ペーペルコルンとその飲み仲間たち」に引き続き、世界の名作「大地の恵み」版の写経。

◆トルストイ 戦争と平和 第2部 第4篇(岩波文庫 第二巻 米川正夫訳)より

もう初寒の候であった。朝の凍(いて)は秋雨に濡れた土をこつこつに固め、野草はおどろに乱れてはいたが、家畜に踏み荒らされた茶色の秋蒔畑や、春撒蕎麦の根が赤い縞をなした薄黄色い刈入れ跡と対照して、くっきりと鮮やかな緑色に浮き出している。まだ八月の末あたりは、秋撒や刈入れ跡の黒い土の間にあって、緑の島のように見えていた丘や林は、もう鮮やかな緑色をした秋撒麦の中に、燃え立つような赤や黄の島を形づくっていた。野兎はすでになかば毛換えを終えたし、狐の子はてんでんに散り始め、今年うまれの狼は犬よりも大きくなった。いまや狩猟の好季節である。熱心な若い狩猟家であるロストフの飼犬は、狩猟時季の肉づきになったばかりか、すっかり体が緊ってきたので、猟師たちの総会があったとき、犬を三日間やすませて、九月の十六日、まだ手を入れたことのない狼の巣のある槲の森を手始めとして、狩猟にとりかかろうと決議した。

(……)
「兄さんはいらっしゃるのね」とナターシャが言った。「あたしそうだろうと思ったわ! ソーニャはいらっしゃらないっていうけれど、あたしはそう思ったの、今日はとてもいかないでいれれないようなお天気ですもの。」

「いくよ。」とニコライは気のない返事をした。彼はまじめな猟を思い立っているので、ナターシャやペーチャを連れていきたくなかったのである。「いくにゃいくけれど、狼狩だよ。お前には面白くないぜ。」

「まあ、これがあたしにはなによりの楽しみだってことを、兄さんも知ってらっしゃるくせに」(……)
「しかし、お前はだめだよ。お母さんがおっしゃったじゃないか、お前は狩にいかれないって。」(……)

いいえ、あたしいくわ、どうしてもいくわ。

(……)
一キロばかりきたとき、犬を連れた五人の騎手が、ロストフの出会いがしらに霧の中から現われた。豊かな白い髭をたくわえた、いきいきした美しい老人が、まっ先に立って進んでくる。

「おじさん、おはよう。」と、老人が近よったときニコライは声をかけた。

「いよう、すてきすてき! ……いや、そんなことだろうと思うたて。」とおじさんが言った(これはロストフ家の遠縁にあたる、あまり裕かでない隣村の地主である)。「とても辛抱できまいと思うたて。いや、結構結構、よく出かけた。いあ、すてきすてき!(これはおじさんの口癖なので。)すぐに森を占領してしまいなさい。……」p393-399
夕方、イラーギンがニコライに別れを告げたとき、ニコライは家から非常に遠く離れているのに気がついた。で、彼はおじさんのすすめにしたがって、猟犬をミハイローフカ(おじさんの領地の小村)に止めて、一泊させることにした。

「もしお前さんがちょっと家へよってくれると、本当に『いよう、すてきすてき』なんだがなあ!」とおじさんは言った。「それより結構なことはありゃしない。ごろうじろ、こういう湿っぽい空模様だでな、ちょっと家でひと休みして、馬車でお嬢さんをつれて帰るといいよ。」

おじさんの申しこみはいれられた。ニコライは猟師ひとりを愉楽村(オトラードノエ)へ送って、馬車をまわさせることにした。彼はナターシャとペーチャとともにおじさんの家へおもむいた。

(……)
しばらくたっておじさんがコサック服に、青いズボン、浅い長靴をはいてやってきた。この服装こそ、かつておじさんが愉楽村へきたとき、驚きと嘲りをもってみられたものであるが、しかし、ナターシャはこれが本当の服装であって、けっしてフロックにも燕尾服にも劣りはせぬと感じた。(……)

おじさんがはいって来てからまもなく、また戸を開けたものがある。足音から判ずるところ、素足の女中らしかった。と、いろいろなものを並べた盆を手にして、戸口からはいってきたのは、年ごろ四十かっこうの、ふとった、血色のいい、美しい年増であった。顎は二重にくくれて、唇は赤く張り切っている。彼女は眼つきや挙動に愛想のいい、人なつっこい、しかも品のある表情を浮べて、客人たちを見まわしながら、優しい笑みを含んでうやうやしく会釈した、普通以上に肥えているために、胸と腹を前へつき出して、首を後ろへひいているほどだが、それにもかかわらず、この女は(これはおじさんの家事取締りアニーシヤ・フェードルヴナである)、おそろしく軽々と歩いていた。まずテーブルに近よって盆をのせ、白いむっちりした手で壜や肴や、その他の御馳走を器用にとり出しては、テーブルに並べるのであった。それがすむと彼女は後ろへのいて、顔に笑みを浮べながら、戸口に立った。

「さあ、これがわたしですよ! いまこそおじさんがどんな人かわかったでしょう?」ロストフはこの女の出現がこう語るように思われた。実際、わからずにはいられなかった。ニコライのみならず、ナターシャまで、おじさんがどんな人かわかった。アニーシヤが入ってきたとき、おじさんがちょっと眉をひそめて、得意らしい微笑に口の端をしわめた意味もわかった。盆の上にのっていたのはーー草入り酒、果物酒、茸、バター、牛乳入りの黒パン菓子、蜂の巣にはいったままの蜜、ぶつぶつ泡の立つ煮こんだ蜜、林檎、なまのとあぶったのとふた通りの胡桃、それから、べつに蜜漬けの胡桃――こんなものであった。それから、あらためてアニーシヤは、蜜入りと砂糖入りとふた通りのジャム、ハム、焼きたての鶏などを持ってきた。

こうしたものはみなアニーシヤがきりもりして、集めて、料理したものである。すべてアニーシヤの匂いと味わいと感じをおびていた。すべてが汁けの多そうな、さっぱりした、まっ白な感じーー気持ちのよい微笑に似た感じを与えるのであった。

「おあがりなされませ、お嬢様。」ナターシャにかわるがわるあれやこれやをすすめながら、彼女はこう言い言いした。

ナターシャはなにもかも食べた。こうした牛乳入りのパン菓子や、こんな風味のジャムや、こんな蜜漬けの胡桃や、こんな鶏は、どこでも見たこともなければ、食べたこともないような気がした。

(……)

はだしでひたひたと忙しげに歩く音が聞えて、目に見えぬ手が「独身部屋」の戸を開けた。廊下からはバラライカの響きがはっきり聞え出した。だれか上手の弾き手の業らしかった。ナターシャはずっと前からこの音に耳を傾けていたが、今度はもっとはっきり聞くために廊下へ出て行った。
「あれは家の馭者のミーチカだ……わしはあれにいいバラライカを買うてやった、わしも好きなもんでな。」とおじさんは言った。

(……)
「もっと、お願いだからもっと。」バラライカの音がとぎれるやいなや、ナターシャはそう言った。

ミーチカは調子を整えて、『奥さん』の歌を緩めたり速めたりしながら、洒落て弾きはじめた。おじさんはわずかにそれと見られる微笑を浮べながら、首を傾げてじっと坐ったまま聞いていた。『奥さん』の節は百度ばかりくりかえされた。なんべんか調子をなおしては、また同じ音をちりちりとかき鳴らしたが、聞き手にとって飽きがこないばかりか、もっともっとその音が聞きたくなるのであった。

(……)
おじさんはだれの顔も見ずにほこりをふっと吹き、骨ばった指でギターの胴をかんと叩いて調子を整えると、肘掛け椅子の上にいずまいをなおした。そして、いくぶん芝居がかった身ぶりで、左の肘をぐいと後ろへひいて、ギターの首より上のほうを握り、アニーシヤのほうへちょっと目まぜをして、弾きはじめた。しかし、それは『奥さん』ではなかった。彼はぴんと一つ澄みきった鮮やかな音を立てると、やがて、正確な、落ちついた、とはいえ、力のはいった調子で、きわめてゆるやかなテンポをとりながら、有名な『敷石道を過ぎゆけば』の歌を弾じはじめた。アニーシヤの全存在に充満している、あの端正な快活な気分と拍子を合わせ、歌の節はニコライとナターシャの胸で鳴り始めた。

(……)
「いいわね、いいわね、おじさん、もっと、もっと!」ナターシャは一曲すむやいなやこう叫んで、席を飛び上がりざま、おじさんを抱いて接吻した。「ニコーレンカ、ニコーレンカ!」と彼女は兄をふりかえって呼びかけたが、それはちょうと、「いったいなんということなんでしょう?」とききたげな調子であった。

(……)
「さあ、姪御ごさん!」おじさんはひっちぎるように弾奏を止めた手で、ナターシャのほうへひとふりしながら叫んだ。

ナターシャは体にかぶっていた頭巾をかなぐりすてて、おじさんの前に飛んでいき、両手を腰にあてがいながら、肩をちょっと動かすと、そのまま踊りの姿勢になった。

この亡命フランス人の女家庭教師に教育された伯爵令嬢が、自分の呼吸しているロシヤの空気の中から、どこで、いつ、どうしてこの気合いを会得したのであろう? もうとっくにショール踊りのために追い出されてしまっているはずのこうした呼吸を、いったいどこから習得したのであろう? しかし、この気合い、この呼吸は、模倣することも習うこともできない、純ロシア的のものであって、おじさんもこれを彼女から期待していたのである。最初、ニコライその他すべての人は、彼女が見当ちがいなことをしはしないかと心配していたが、彼女がちゃんと身をかまえ、得々とした誇らしげな、しかも狡猾で愉快そうな微笑を浮べたとき、この心配は消えてしまった。

彼女はこの場合要求されていることを正確になしとげた。あまりにその手際が鮮やかなので、この仕事に必要な頭巾をさしだしたアニーシヤは、細っそりした優美な令嬢を眺めながら、笑いのひまから涙をにじませたほどである。彼女は自分とまるでかけ離れた、おかいこぐるみで育った伯爵家の令嬢が、アニーシヤにも、アニーシヤの父にも、母にも、叔母にもーーあらゆるロシア人にひそんでいるものを、すっかりのみこんでいたのがうれしかったのである。(p423-433)


2015年8月20日木曜日

ペーペルコルンとその飲み仲間たち

数日前高原地方の旅行から帰って来た妻の友人が、新鮮でよく育ったアスパラガスと西洋種のサクランボを大量に土産として持って来てくれてーー当地の平地ではアスパラガスは育たずつまり通常は食べる習慣はなく、西洋種のサクランボとともに輸出用か避暑地などのレストラン用であるーー、このところ茹でたりサラダにしたり、天ぷらにしたりリゾットやスープにしたりして毎食のように食していた。アスパラガスには白ワインがあう、ワインも何本か開けた。

としているうちにまた足首が腫れだした。右膝の外側も赤い斑点がでている。また尿酸値が高くなったようだ。アスパラガスとはプリン体が多いのか、と調べてみれば、それなりの注意食品のようだ。

二年ほどまえにひどい痛風の発作に襲われてーーその症状がでる直前、それまではあまりにも安価ながら鮮度に不安があって避けていた小粒の赤貝(たぶん? いずれにしろ味はひどく似ている)をいくらか火で炙ったり天ぷらにするという食べ方を見出し、毎食のように二、三週間つづけて食していたーーその痛風の痛みで五米さきのトイレにもいけない日が三日ばかり続いて以降、摂生したりもういいだろうと思って思い切って飲み食いしてまた痛みや腫れが復活したりーーそれでもいささか用心はしているので最初のようなひどい痛みには至っていないーーということをくり返している。

とはいえ--。ああ酒を思い切って飲みたい、ああカロリーの高い美味なものをたらふく食いたい、一瓶のブドウ酒、穀物の純粋なエキス、――それを十分に汲みつくし、十二分に味わいたい! 

というわけでーーなにが「というわけ」なのかは判然としないがーー、『魔の山』でも写経しておくことにする。

ーー《「わめきなさい、わめきなさい、マダム!」と彼はいった。「きいきいと生気にあふれたひびきが、喉のずっと奥からーー。まあ飲みなさい、英気を養った上で改めてーー」》

◆トーマス・マン『魔の山」(岩波文庫 下 P378~)

……ペーペルコルンは額の唐草模様を引きあげて、集った客の一人一人をうすい色の目でいんぎんに注意ぶかく見つめながら挨拶した。全部で十二人が席につき、ハンス・カストルプは王者ふうの主人役ペーペルコルンとクラウディア・ショーシャのあいだに坐った。トゥエンティー・ワンを数回やろうというので、トランプと数取りがならべられ、ペーペルコルンは呼びよせた小人の給仕女にいつものものものしい手ぶりで、1806年のシャブリ産の白ブドウ酒を一まず三本と、甘いものは乾した熱帯果実と小菓子で有りあわせのものをのこらず持ってくるようにと命じた。それらの結構な品々が運ばれてきたのをペーペルコルンが両手をもみ合わせて迎えた様子は、いかにも楽しそうで、その楽しい気持をものものしい尻切れとんぼの言葉でいいあらわそうとしたが、人物の持つ全体的な説得力の点では、それだけで十分の効果があった。ペーペルコルンは、左右の二人の前膊へ手をのせ、爪が槍のように尖っている人差指を立て、ふくらみのある緑色のグラスにつがれたブドウ酒の美しい黄金色、マラガ産のブトウの粒に吹きだしている果糖、塩と罌粟がはいっているB字形ビスケットの一種を絶美と呼び、みんなにもその品々にたいしてよく注意するようにと全体的な説得力でうながした。そういう大げさな言葉にたいして反対したい気持がみんなのこころに頭をもたげかけても、ものものしい文化的な手ぶりのために途中で押さえつけられてしまった。(……)

「わめきなさい、わめきなさい、マダム!」と彼はいった。「きいきいと生気にあふれたひびきが、喉のずっと奥からーー。まあ飲みなさい、英気を養った上で改めてーー」。そして、ペーペルコルンはシュテイール夫人のグラスにブドウ酒をつぎ、彼の隣りの二人と彼自身のグラスへもつぎ、あたらしく三瓶を取りよせ、ヴェーザルと蛋白喪失でぼけこんだマグヌス夫人は英気を養う必要がだれよりもあったので、ときにこの二人とグラスをかち合わせた。ほんとうにすばらしい味のブドウ酒にみんなの顔はたちまちに赤く、真赤になり、ドクトル陳富の顔だけが依然として黄色く、その黄色い顔に鼠のような目が真黒く糸のように光っていたが、このシナ人はくすくす笑いながらたいへん高額の金を賭けて、あつかましいほど勝ちつづけた。(……)マグヌス夫人は、気分がわるくなった。彼女は失神しそうになったが、部屋へ帰ることをかたくなにこばんで、額へぬらしたナプキンをのせてもらい、長椅子に寝かせてもらうだけにして、しばらく休養してからふたたび仲間入りをした。

ペーペルコルンはマグヌス夫人のふがいなさを栄養不良のせいにして、そういう意味のことを、ものものしい尻切れとんぼの言葉と直立させた人差指とでほのめかした。人生の要求をみたすためには食べなくてはならない、十分に食べなくてはならない、と彼はほのめかし、みんなのために精力をつけるお八つを注文した。肉、冷肉、タング、鵞鳥の胸肉、ビフテキ、ハムとソーセージーーという栄養満点のご馳走がいく皿も、小さな球形のバター、赤大根、オランダ芹をあしらわれて、百花咲きみだれる花壇そっくりであった。みんなは夕食をすませたばかりであったし、その夕食の充実した内容については改めていうまでもなかったが、だれも運ばれてきたご馳走にうきうきと手を出した。しかし、ペーペルコルン氏はすこし食べてからそのご馳走を「食わせもの」だといい、――支配者的な、はらはらさせる気まぐれな怒り方をしてきめつけた。いや、だれかがおそるおそるご馳走をかばおうとしたとき、ペーペルコルンは激怒して、魁偉な顔がふくれあがった。彼はテーブルの上を拳固でどすんと打ち、すべてをあさましい屑ばかりだときめつけたが、――彼はけっきょく施主で主人役であって、彼のふるまいのご馳走を批評する権利があったから、みんなは当惑した顔で黙りこんだ。

もっとも、彼の立腹は気まぐれな感じではあったが、彼にはそれがすばらしく似あい、ことにハンス・カストルプはそれをみとめないではいられなかった。その立腹はペーペルコルンを決して醜くも小さくも見せずに、気まぐれな感じのために、むしろ大きく、王者らしく感じさせ、それをブドウ酒の飲みすぎと結びつけて考えようなどとする大それた者はなく、だれも小さくなり、肉のご馳走を一口も食べようとしなくなった。ショーシャ夫人が旅のつれをなだめにかかった。彼女は、テーブルクロースの上を打ったままでそこにのせられていたがっしりした、船長そっくりの手をさすり、それではなにかほかのものを注文したらいかがと、ごきげんを取るようにいった。よろしかったら、そして、コック長がまだなにか調理してくれるといったら、なにか温かい料理を注文したらいかがと。「あんた」とペーペルコルンはいった、「――結構」。そして、彼はクラウディアの手に接吻し、激怒からきわめて自然に、威厳をすこしもそこなうことなく、平静にもどった。彼は自分とみんなのためにオムレツを取りたいといった、――人生の要求をみたすために各人に上等のオムレツを。その注文と一しょに調理場へ百フランの紙幣を持たせてやり、調理場の人々に時間外の仕事をしてもらう労をねぎらった。

カナリヤ色のオムレツが緑の野菜を点々とのぞかせ、卵とバターのふくやかな温かい匂いを湯気と一しょに室内に持ちこみながら、いく皿も運ばれてきたとき、ペーペルコルンのごきげんはすっかり直った。一同はペーペルコルンから、尻切れとんぼの言葉と暗示力に富む文化的な手ぶりで、神の賜ものをこころして、いや、こころをこめて賞味するようにと、食べ方を注文され監督されながら、彼と一しょに食べた。彼はオランダ産のジンを一まわりつがせて、ネズのほのかな香りと穀物の健康な香りがする透明なジンを、こころをこめて敬虔に賞味するようにとうながした。

ハンス・カストルプはタバコを吸った。ショーシャ夫人も、疾駆するトロイカの絵でかざられたロシア製のラックぬりのシガレットケースから吸口のついたシガレットを取りだして吸った、彼女はそのシガレットケースを取りやすいようにテーブルの上においていた。ペーペルコルンは、左右の二人がタバコの楽しみを味わうのを咎めようとしなかったが、彼自身はタバコを吸わなかったし、日ごろも吸ったことがなかった。彼の言葉から察しると、彼の考えではタバコを吸うことはすでに洗練されすぎた享楽の一つであり、タバコを常飲することは、生のもっとも素朴な賜もの、私たちが感情の全力をこめても十分に享楽しきれない生の賜ものと生の要求の尊さをそこなうことになる、というにあるらしかった。「若い方」、ペーペルコルンはうすい色の眼差と文化的な手ぶりとでハンス・カストルプ青年の注意を引きつけて、いった、「若い方、――素朴なもの! 神聖なもの! 結構、あなたは私のいうことがおわかりです。一瓶のブドウ酒、湯気の立つ卵料理、穀物の純粋なエキス、――私たちはこれをまず初めに生かし、味わいましょう、それを十分に汲みつくし、十二分に味わい、それから初めてーー。だんぜん、あなた。決着。私はさまざまな人間を知ってきました、男と女を、コカイン常用者、ハシーシ常用者、モルヒネ中毒者をーー。結構、あなた! 完全! かれらの好きなように! 私たちは裁くなかれです。しかし、それらに閃光させるべきもの、素朴なもの、偉大なもの、神の直接の賜ものにたいして、その人々はすべてーー。決着、あなた。有罪。唾棄。かれらはみんなそれをおろそかにしました! あなたはなんというお名前であっても、若い方、――結構、私はお名前を存じていましたが、そのをまた忘れてしまいました、――コカインそのもお、阿片そのもの、悪習そのものがいけないのではないのです。ゆるすべからざる罪、それはーー」(……)

「完全! すばらしい!」とペーペルコルンはさけんで、体を起こした。組みあわせてた両手は解かれ、はなれ合い、上げられ、ひろげられ、異教徒が祈るときのように手の平がそとへむけられた。ついいままでゴシック的な苦悩の色にみたされていた魁偉な顔は、豊満に明るくかがやき、みだらな笑窪までが頬にふいにあふれた。「時きたれり!」そして、彼はメニューをわたしてもらい、つまみが高く額にとどく角製のふちの鼻眼鏡をかけ、マム会社の「赤リボンのキワメテ辛口」のシャンペンを三本とパンケーキを注文した。この円錐形の小さなすばらしいケーキは、最高の品質のビスケットふうのもので、色をつけた砂糖が表面にかけられ、柔かいチョコレートとフシダシウ・クリームとがはいっていたが、それがレースで美しく縁どった紙ナプキンにのせて持ってこられた。シュテール夫人はそれを食べながら指を一本一本なめた。(……)ペーペルコルンは、爪が槍のように尖っている手で文化的な手ぶりをしてバッカス祭をリードし、酒食の供給と補給にこころをくばった。彼はシャンペンのあとに濃いモッカコーヒーを注文したが、そのコーヒーも「パン」つづきであり、また、婦人たちのためには、アンズ・ブランデー、シャルトルーズ、クレーム・ドゥ・バニーユ、マラスキーノなどの甘口のリキュールが運ばれた。あとで魚肉の酢づけとビールも注文され、ようやく茶になって、緑茶とカミツレ茶が持ってこられたが、これは、シャンペンやリキュールを飲みつづけることを、そしてまた、ペーペルコルンにならった強いブドウ酒に戻ることを断念した人々のためであった。ペーペルコルンのブドウ酒の遍歴は、十二時をまわってからショーシャ夫人とハンス・カストルプとを相手に泡だつ種類のおだやかなスイス産の赤ブドウ酒を飲むところまできていて、彼はそのスイス産のブトウ酒を、ほんとうに渇しているように一杯、また一杯と喉へ流しこんだ。……

2015年8月19日水曜日

Beethoven Bagatelle Op.33 No.1

太くて短い、不器用な、動きのにぶい親指、強く器用な2の指、一番長いがゆえに受動的な3の指、日常生活ではあまり使わないが打つ力が以外に強く機敏な、歌うのに適した4の指、筋力はあるが、短くて小さいので打鍵力が弱い5の指(ヨゼフ・ガート)

ある本でーー旅行者が子どもたちのピアノの練習の参考に、といって数年前我が家に置いていった「ピアニストへの基礎」(田村安佐子)ーー上の文を見出したので、さてヨゼフ・ガートとはだれだったかと調べてみると、ハンガリーのピアノ教師らしい。

ネット上には「芸術的表現のための不変なるピアノ演奏テクニック探究 ~名教師ヨーゼフ・ガート教授が遺した偉大なる功績~」(2011)なる日本人による小論もある。

この論を眺めていると次ぎのような画像がある。




ははあ、オレの左手はショパンみたいな手だな・・・わたくしの左小指は机の上に手をポンとのせると、ショパンのように曲っているのだ、それに親指の関節の付け根の骨がひどく出ている。

冗談ぬきで、四十すこし前になるころに左手を熱心に矯正したことがある。薬指を中心にスタカートの練習やら重音のトリルやら。まったく上がらなかったーー小指、薬指、中指を三本、机の上につけて薬指だけ上げようとしても2、3ミリしか上がらなかったーーその指が、今では2センチぐらいは上がる。そのため掌や甲が痛くなったり、前膊から肘まで痺れるようになった時期がある。

とはいえそれでピアノを弾くのがたいして上達したわけではない。やはりピアノの技術も機械体操みたいなところがあり、躰がかたくなるまえにーー10歳前後までに--基本的なところをやっておかないとどうしようもないのだろう。

よく訓練されたピアニストの手というものがある。だいたい小指から眺めると次ぎのような形をしている。




小指がわに手の甲をわずかにひねった形とでもいうのだろうか。小指から掌の縁の線が独特の形をもっている、--はずだが、そうでないピアニストもいるのでこのあたりも一概にいえない。

ところで当地はかつてフランスの植民地だった国なので、ピアノの練習にLes classiques favoris du pianoという仏出版の書を使う。難易度ごとに五冊あるのだが、その三冊目、たぶん日本でいえば中級レヴェルということになるだろう、そこにベートーヴェンのバカテルOp. 33 No. 1があり、それを10歳になる次男が練習している。

これはわたくしもなんとか弾けないではないが、下手さが目立つ曲である。ようする音の粒が揃っていないと、スケールなどの速いパッセージがどうしようもなく醜く聞える。またスタカートの躍動感が手の力が抜けていないとぜんぜんダメだ。


◆Emil Gilels plays Beethoven Bagatelle in E flat Op. 33 No. 1




弾けるといってもギレルスのようなテンポではなく、次ぎのシュナーベルよりもやや遅めのテンポだが、そうであってもわたくしや息子が弾くとどうしようもなく「きたない」。


◆Artur Schnabel Beethoven Bagatelle Op.33 No.1




もうふたりの名手の演奏をきいてみよう、わたくしは十代のころ、グールドの演奏におどろいた口でありこの曲には馴染み深いが、こうやってほかの演奏家の演奏をきいてみるのは今回がほとんど初めてである。

◆Walter Gieseking plays Beethoven Bagatelle in E flat Op. 33 No. 1




◆G.Gould Beethoven - Bagatelle Op.33-1




最近の人はどうなのか、と探してみると、次ぎのものがある。

◆Beethoven, Seven bagatelles op. 33 — Sergey Kuznetsov




Sergey Kuznetsovは1978年ロシア生まれ。魅力的なハイドンの録音がある。

◆Haydn, piano sonata in E minor — Sergey Kuznetsov




ああ、ハイドンとはなんとすばらしいのだろう!

ハイドンをきくたびに思う、何とすてきな音楽だろう! と。

すっきりしていて、むだがない。どこをとってみても生き生きしている。言うことのすべてに、澄明な知性のうらづけが感じられ、しかもちっとも冷たいところがない。うそがない。誇張がない。それでいて、ユーモアがある。ユーモアがあるのは、この音楽が知的で、感情におぼれる危険に陥らずにいるからだが、それと同じくらい、心情のこまやかさがあるからでもある。

ここには、だから、ほほえみと笑いと、その両方がある。

そのかわり、感傷はない。べとついたり、しめっぽい述懐はない。自分の悲しみに自分から溺れていったり、その告白に深入りして、悲しみの穴を一層大きく深くするのを好むということがない。ということは、知性の強さと、感じる心の強さとのバランスがよくとれているので、理性を裏切らないことと、心に感じたものんを偽らないということとがひとつであって、二つにならないからにほかならないのだろう。(吉田秀和『私の好きな曲』ーー「ハイドン ピアノソナタ Hob. XVI:46」より

ベートーヴェンのBagatelle Op.33 は作曲時期は1801-1802年であり中期の作品となるのだろうが、初期ベートーヴェンの名残り、ハイドンの影響の澄明さがあるから好のむのかもしれない。

最近とみにハイドンに惹かれる。ところがピアニストたちはだいたいハイドンに冷たい、なんど残念なことだろう!

ソナタへ長調(第44番Hob.XVI:29 )。この曲をたった一度だけ弾いた場所がロンドンだった。優しいハイドン、あなたが大好きだ。でもほかのピアニストたちはどうだろう。みんなあなたに対しては冷たい。残念なことだ。(リヒテル)

◆Haydn - Piano sonata n°44 Hob.XVI:29 - Richter London 1961







2015年8月18日火曜日

バブル後遺症後の新しい世代

以下、昨晩書いて今読み返してみるといささか牽強付会気味のところがあると感じるがーー実態は「流れ」が変わっただけなのかもしれないーーそのまま投稿する。

…………






2015年とは1995年に生れた人間が成年に達する時点だ。さらにいえばその前のバブルによる経済の急激な膨張と突如の破裂から25年ほど経っている。経済的には、銀行の自己資本比率増強を謳った1988年のBIS 規制(「バーゼルⅠ」)が日本のバブル経済崩壊の引き金となり、そのあと貸し渋り・貸し剥がしの“失われた20年”が訪れた。

ところで現在20歳の若者たちの親というのは何歳ぐらいだろうか。以下は第一子出産年齢だが、1995年には男性約30歳、女性約28歳となっている。とすれば平均では50歳前後ということになるが、40代なかば前後の親たちもそれなりにいるだろう。





このあたりの親の世代とは、バブルの荒波をまともにかぶった最後の世代であろう。いや既にバブル後の世代、すなわちバブルの「おいしいところ」やその後の「失望と憂鬱」をたいして経験していない世代のはじまりとさえいえるかもしれない(わたくしの見聞では、80年代末ぐらいに、不動産価格がうなぎ上りとなったとき、無理をしてーー大きな借金をしてーー住宅を購入した連中がもっともひどい目に合っている)。

「おいしいところ」や「失望と憂鬱」とは、「バブルの言語化」にて古井由吉の小説から引用したが、次ぎのような心境・経験ということである。

……物をまともに考えるには足もとが、底が抜けたような時代に入っていた。世間は未曾有の景気と言われ、余った金が土地などの投機に走り、その余沢からはずれたところにいたはずの自身も、後から思えば信じられないような額の賞与を手にすることがあった。ましてや有卦に入った会社に勤めて三十代のなかばにかかっていた夫は、当時の自分から見ても、罰あたりの年収を取っていた。
その頃には世の中の景気もとうに崩れて、夫の収入もだいぶしぼんで、先々のことを考えてきりつめた家計になっていた。どんな先のことを考えていたのだろうか、と後になって思ったものだ。(古井由吉「枯木の林」2011年初出) 

ーーいまこうやってふたたび引用してみてようやく気づいたが、「枯木の林」とは「バブル後遺症」の時代を表すひどく象徴的な表題である。

バブル後遺症の世代においては、《ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし》という心境に陥った親たちも多いはずだ。人生はうたかたさ、なにをやっても空しい、政治やらに生き甲斐やらにかかわらず、日々を粛々と生きていくより仕方がないのさ、--バブル後遺症とは(少なくともその典型的なひとつは)このような心境だろう。このような親たちに育てられた子どもは、親の心境、時代の雰囲気に同一化して大きくなっている。

ところで今注目したいのは、両親に影響されてこのような心持をいだく若者たちの存在が長く続いたのではないかと想定されるあとで、2011年春以降、それとは異なった若者たちが漸次現われたということだ。そしてその極めつけは2015年安保において見られるSEALDsであり、高校生たちの政治デモである。





これはひょっとしてバブル後遺症をそれほど蒙っていない親ーーあるいは同じような教師に教えられたーー子どもたちではないか? くりかえせば、景気後退期、失われた20年期に社会で働きはじめた親たちなのだから、バブル後遺症がないと言ってしまうのは語弊があるかもしれないが、要するにバブルで舞い上がったあとの失望と憂鬱、その天と地を経験していないという意味である。

おそらく他の要因もあるだろうが、その前の世代ーーたとえば25歳前後以降のわずか5歳の年齢差の若者たちとさえ比べてもーー異質な若い人たちが現われたとさえわたくしにはみえる。もちろんシールズや高校生たちは実質的にはいまだ社会に出ていないのだから上の世代に依然渦巻くだろう「バブル後遺症」の症状に同一化することも少ないということはあるだろう。




とはいえ、わたくしは海外住まいなので、若者たちに生で接しているわけではない。ただツイッターの発言などをみての「錯覚」だけであるのかもしれず、SEALDsなどや、高校生たちのデモというのは、ただ2011年春が育んだものとするのが妥当かもしれない。

いずれにせよ「異議申立て」の言動の顕れは思いのほか、親たちの姿に影響があるには相違ない。バブルに打ちひしがれた親、失望と憂鬱とにさいなまれた親とは異なった親から生れた若い世代が生れつつあるのではないか、というここでの問いは、以下の中井久夫の文に大いにヒントを得ている。

「学園紛争は何であったか」ということは精神科医の間でひそかに論じられつづけてきた。1960年代から70年代にかけて、世界同時的に起こったということが、もっとも説明を要する点であった。フランス、アメリカ、日本、中国という、別個の社会において起こったのである。「歴史の発展段階説」などでは説明しにくい現象である。

では何が同時的だろうかと考えた。それはまず第二次世界大戦からの時間的距離である。1945年の戦争終結の前後に生まれた人間が成年に達する時点である。つまり、彼らは戦死した父の子であった。あるいは戦争から還ってきた父が生ませた子であった。しかも、この第二次世界大戦から帰ってきた父親たちは第一次大戦中あるいは戦後の混乱期に生まれて恐慌時代に青少年期を送っている人が多い計算になる。ひょっとすると、そのまた父は第一次大戦が当時の西欧知識人に与えた、(われわれが過小評価しがちな)知的衝撃を受けた世代であるかもしれない。

二回の世界大戦(と世界大不況と冷戦と)は世界の各部分を強制的に同期化した。数において戦死者を凌駕する死者を出した大戦末期のインフルエンザ大流行も世界同期的である。また結核もある。これらもこの同期性を強める因子となったろうか。

では、異議申立ての内容を与えたものは何であろうか。精神分析医の多くは、鍵は「父」という言葉だと答えるだろう。実際、彼らの父は、敗戦に打ちひしがれた父、あるいは戦勝国でも戦傷者なりの失望と憂鬱とにさいなまれた父である。戦後の流砂の中で生活に追われながら子育てをした父である。古い「父」の像は消滅し、新しい「父」は見えてこなかった。戦時の行為への罪悪感があるものも多かったであろう。戦勝国民であっても、戦場あるいは都市で生き残るためにおかしたやましいことの一つや二つがあって不思議ではない。二回の大戦によってもっともひどく損傷されたのは「父」である。であるとすれば、その子である「紛争世代」は「父なき世代」である。「超自我なき世代」といおうか。「父」は見えなくなった。フーコーのいう「主体の消滅」、ラカンにおける「父の名」「ファルス」の虚偽性が特にこの世代の共感を生んだのは偶然でなかろう。さらに、この世代が強く共感した人の中に第一次大戦の戦死者の子があることを特筆したい。特にアルベール・カミュ、ロラン・バルトは不遇な戦死者の子である。カミュの父は西部戦線の小戦闘で、バルトの父は漁船改造の哨戒艇の艇長として詳しい戦史に二行ばかり出てくる無名の小海戦で戦死している。

異議申立ての対象である「体制」とは「父的なもの」の総称である。「父なるもの」は「言語による専制」を意味するから、マルクス主義政党も含まれる道理である。もっとも、ここで「子どもは真の権威には反抗しない。反抗するのはバカバカしい権威silly authorityだけである」という精神科医サリヴァンの言葉を思い起こす。第二次大戦とそれに続く冷戦ほど言語的詐術が横行した時代はない。もっとも、その化けの皮は1960年代にすべて剥がれてしまった。(「学園紛争は何であったのか」書き下ろし『家族の深淵』1995中井久夫)


2015年8月17日月曜日

バブルの言語化

まずツイッターの古井由吉botからいくらかの言葉を拾う(「群像」2015年7月号 堀江敏幸対談)。


【震災と空襲】

・そう考えていくと、震災のことで僕が感じることは、やはり空襲のことを思い出すのが一番の供養ではないか。ところが、世の中の反応が風化しやすいように感じています

・今、ある土地の大変な禍いは、すぐにテレビで映るでしょう。津波が襲ってくるところがまず映る。それで衝撃を受ける。それと比べ、昔は遠隔の地まで、口コミで、一ヵ月、二ヵ月も半年もかかって渡ってくる。どちらが恐怖心を強く呼び覚ましたか。

・だから、生涯かけてようやく思い出すようなものでも、一言半句が、誰か若い人の耳にとまって、継がれるというようなことになればいい。このほうが生々しいんです。

・伝える人間の恐怖心まで同時に見ているわけです。親類が見舞いに行くでしょう。それで見てきたことがだんだんと伝えられた。制限した報道よりも、町の雰囲気や人々の口から漏れる声が大事なんです。

【後期資本主義時代の欲望】

・資本主義が相当行き詰まっているのは確かです。でも、仕方がないかなとも思う。いいものを食べたい、いいものを着たい、楽しい思いをしたい、そういう単純な願望の先までも、欲望は走る。

・敗戦後十年の貧しいころと違って、今の欲望は欲望でも、本当に内発的な欲望かどうか。需要側から出る欲望なのか、供給側が起こす欲望なのか。

・自分の内からの欲望、どんなげすな欲望でもいい。そこから何かを求めるよりも、供給側が与える、宣伝とかイメージに参加したいという欲望に変質しているのではないでしょうか。このままいくと人間が弱る。

・小説だって、本当は世の欲望を代弁するものでもあるはずです。そういう意味では、僕はデビュー当時から、世の小説家としての役割を果たしているかどうかは大いに疑問ですが、生涯をかけて思い出すこと、それが供養であると思っています。

・そうでもしなければ、あの大災害に追いつかない。幾ら同情しても、忖度してもです。

・僕は決してマルクス主義者ではないけれども、近代の欲望の肥大と資本主義というのは両輪です。だけど、その両輪がちぐはぐになっている。

・本当の欲望なんてあるのか。だから、今や人は欲望を制御すると同時に、内発の欲望を取り戻したほうがいいのではないでしょうか。

【文学の将来】 

・僕も、文学が残る、やがて必要とされるとかたく信じていますけれども、差し当たっては厳しい。人がそれほど強く求めていないということは確かです。

・だけど、今の世の中は行き詰まると思う。日本だけではありません。世界的に。そのときに何が欠乏しているか。欠乏を心身に感じるでしょう。そのときに文学のよみがえりがあるのではないかと僕は思っています。

・空白の中で誰かが粘っていなければ、いざというときに継ぎようがない。バブル崩壊の後遺症を誰かがそろそろ書かないといけないと思います。(「群像」2015年7月号 堀江敏幸対談)

まず最後にある「バブルの後遺症」について触れよう。わたくしは1995年に日本を出ているので最近の小説・評論のたぐいのことは全くといっていいほど知らない。一年に一度日本に帰っていた時期はあるが、新刊小説を手に入れたのは、大江健三郎の『取り替え子』(2000)が最後だ。古井由吉の小説もーーひどく好きな作品はあるがーーかねてよりたいして読んでいるわけではない。

だからここでは古井由吉の言葉を鵜呑みにして記すが、《バブル崩壊の後遺症を誰かがそろそろ書かないといけないと思います》とあるように誰もがいまだバブル崩壊の核心については書いていないということだろう。それはバブル終焉後の追い討ち決定打のような1995年の「オウム真理教」事件を誰もがいまだまともに書いていないのと同様に。


言語化はイメージを減圧する。もっともトラウマ的事件はもともと言語で言い表わされない領域である。 ラカンにC'est ce qui ne cesse pas de ne pas s'écrire(書かれぬことを止めぬ)という言葉がある。一般に「現実界」(象徴化できない事態)が「書かれないことを止めない」ものとされるが、その代表としてはトラウマ、あるいはトラウマとの遭遇だろう。そしてラカンの言葉が暗に表しているようにそれは執拗にわれわれを促し襲う。

すなわちトラウマを曲りなりにも言語化しないと、悪夢にうなされたままのような状態が続く。バブル或いはその崩壊、そしてオウム事件とは典型的な社会的トラウマであっただろうし、今も誰もまともに言語化していないのであれば、いつまでも悪夢としてのトラウマのままである。古井由吉曰くの《バブル崩壊の後遺症を誰かがそろそろ書かないといけないと思います》とはこの意味合いで読んでも誤読ということはないだろうと思う。

言語化への努力はつねに存在する。それは「世界の言語化」によって世界を減圧し、貧困化し、論弁化して秩序だてることができるからである。(中井久夫「発達的記憶論」『徴候・記憶・外傷』所収 p.66)
私の子どもの観察であるが、ある子はしばしばうなされ、苦悶している時期があって、何とかしなければ、と思った。ところが夢を片言にせよ言語化することができるようになった途端に苦悶は止んだ。別のある子には、成人言語性を獲得してしばらく、親の後を追いかけてでも夢を聞かせようとする時期があった。私が言語の「減圧力」をまざまざと実感したのは、これら観察によってである。(中井久夫「発達的記憶論」『徴候・記憶・外傷』所収 p.69)

古井由吉の最近の小説はまったくといっていいほど知らない、としたが、その稀な例外は、『群像』iPad版にて巡りあった二つの連載短篇「蝉の声」と「枯木の林」である。両作品とも2011年に書かれている。

「枯木の林」には次のような文がある。

……物をまともに考えるには足もとが、底が抜けたような時代に入っていた。世間は未曾有の景気と言われ、余った金が土地などの投機に走り、その余沢からはずれたところにいたはずの自身も、後から思えば信じられないような額の賞与を手にすることがあった。ましてや有卦に入った会社に勤めて三十代のなかばにかかっていた夫は、当時の自分から見ても、罰あたりの年収を取っていた。

もう少しその前後を長く引用しておこう。

窓の下の人の足音に睡気の中を通り抜けられる間も、血のさわさわとめぐるのを感じていて、これは自分の内で年月が淀みなく流れはじめたしるしかしら、それなら年と取っていくのはすこしも苦しくない、と思ったりした。隣の部屋では自分から方針を定めて受験の準備にかかった娘が、起きているのか寝ているのか、ひっそりともしない。要求がましいことは言わないかわりに、家の内で日々に存在感を増していく。朝起きて来て母親の顔を見て、元気になったようねと言うので、そんなに落ちこんでいたとたずねると、いえ、ぜんぜん、と答える。あの子が生まれるまで、自分はどんなつもりで暮らしていたのだろう、と女は寝床の中から振り返って驚くことがあった。人よりは重い性格のつもりでも、何も考えていなかった。まだ三十まで何年かある若さだったということもあるけれど、物をまともに考えるには足もとが、底が抜けたような時代に入っていた。世間は未曾有の景気と言われ、余った金が土地などの投機に走り、その余沢からはずれたところにいたはずの自身も、後から思えば信じられないような額の賞与を手にすることがあった。ましてや有卦に入った会社に勤めて三十代のなかばにかかっていた夫は、当時の自分から見ても、罰あたりの年収を取っていた。

罰あたりという感覚はまだ身についてのこっていたのだ。世の中の豊かになっていくその谷間にはまったような家に育って、両親には早くに死に別れ、兄姉たちも散り散りになった境遇だけに、二十代のなかばにかかるまでは、周囲で浮き立つような人間を、上目づかいはしなかったけれど、額へ髪の垂れかかる感じからすると、物陰からのぞくようにしていた。その眼のなごりか、景気にあおられて仕事にも遊びにも忙しがる周囲の言動の端々から洩れる、投げやりのけだるさも見えていた。嫌悪さえ覚えていた。それなのに、その雰囲気の中からあらわれた、浮き立ったことでも、けだるさのまつわりつくことでも、その見本のような男を、どうして受け容れることになったのか。男女のことは盲目などと言われるけれど、そんな色恋のことでもなく、人のからだはいつか時代の雰囲気に染まってすっかり変わってしまうものらしい。自分の生い立ちのことも思わなくなった。

その頃には世の中の景気もとうに崩れて、夫の収入もだいぶしぼんで、先々のことを考えてきりつめた家計になっていた。どんな先のことを考えていたのだろうか、と後になって思ったものだ。会社を辞めることにした、と夫は年に一度は言い出す。娘の三つ四つの頃から幾度くりかえされたことか。なにか先の開けた商売を思いつくらしく、このまま停年まで勤めて手にするものはたかが知れているなどと言って、一緒に乗り出す仲間もいるようで、明日にでも準備にかかるような仔細らしい顔をしていたのが、やがて仲間のことをあれこれののしるようになり、そのうちにいっさい口にしなくなる。その黙んまりの時期に、家に居ればどこか半端な、貧乏ゆすりでもしそうな恰好で坐りこんでいたのが、夜中にもう眠っている妻の寝床にくる。声もかけずに呻くような息をもらして押し入ってくるので、外で人にひややかにされるそのかわりに家で求めるのだろう、とされるにまかせていると、よけいにせかせかと抱くからだから、妙なにおいが滴るようになる。自分も女のことだから、よそのなごりかと疑ったことはある。しかし同棲に入る前からの、覚えがだんだんに返って、怯えのにおいだったと気がついた。なにかむずかしいことに追いつめられるたびに、そうなった。世間への怯えを女の内へそそごうとしている。(古井由吉「枯木の林」) 

こうやって古井由吉はバブルとその崩壊をめぐってひっそりと書こうとしているのだろう。「ひっそりと」とは、人がそれほど強く文学などを求めていない時代に、《空白の中で誰かが粘っていなければ、いざというときに継ぎようがない》という心持をもって、という意味合いである。もっとも古井由吉にとって、より深く刻み込まれたトラウマはもちろん「バブル」ではなくくり返し語られる「空襲」であるだろう。

僕は作品でエロティックなことをずっと追ってきました。そのひとつの動機として、空襲の中での性的経験があるんですよ。爆撃機が去って、周囲は焼き払われて、たいていの人は泣き崩れている時、どうしたものか、焼け跡で交わっている男女がいます。子供の眼だけれども、もう、見えてしまう。家人が疎開した後のお屋敷の庭の片隅とか、不要になった防空壕の片隅とか、家族がみんな疎開して亭主だけ残され、近所の家にお世話になっているうちにそこの娘とできてしまうとか、いろんなことがありました。(古井由吉『人生の色気』)

古井由吉bot(『雨の裾』春の坂道)より

・ この町も近いうちにかならず焼き払われる、と子供は思っていた。その言葉は知らなかったが、殲滅戦ということは感じ取っていた。口にするのも許されないことだった。

・あの当時にかぎり、あの環境の内にかぎり、小児ながら預言者、口を封じられ、なすすべも知らぬ預言者であった。

・天井の梁を震わせる敵機の爆音に寝床の中で追いつめられながら叫ぶに叫べなかった小児は、当時大勢の預言者たちの「啞」のはしくれ、幼い末端であったとしても、それでは、戦争が休息して空襲も絶えた夜に、無事の市街の炎上にうなされた小児は、何者だったのだろう。

・怯えには変わりもなかった。まわりに告げようとして告げられぬ空恐しさからもまぬがれてはいなかった。過去の厄災へ目を瞠ったきりの預言者もある。預言者の多くがそうであったのかもしれない。

・過去があらためて迫り、現在に襲いかかり、その波をまともからかぶって打ち震える者の眼に、うしろへ向いたままに先への幻視を掛けるか。いや、あの小児の幻視にかぎり、過去にもならず未来にもならず、どこまでも今を盛りの、声も立たぬ炎上、経過も失せて物狂おしいほどの現在だった。

ここに《まわりに告げようとして告げられぬ空恐しさからもまぬがれてはいなかった》という文があることに注目しておこう。これも「言語化」ーー世界を減圧し、貧困化して秩序立てることーーが出来ぬことによる苦悶の継続、ときには増幅だろう。

ある臨界線以上の強度の事件あるいはその記憶は強度が変わらない。情況によっては逆耐性さえ生じうる。すなわち、暴露されるごとに心的装置は脆弱となり、傷はますます深く、こじれる。(中井久夫「トラウマとその治療経験」『徴候・記憶・外傷』所収 P.109)

さてこれで冒頭の「震災と空襲」にも触れたつもりだ。ただ重ねて中井久夫のトラウマ論からこうつけ加えておくことにする。

……心的外傷には別の面もある。殺人者の自首はしばしば、被害者の出てくる悪夢というPTSD症状に耐えかねて起こる(これを治療するべきかという倫理的問題がある)。 ある種の心的外傷は「良心」あるいは「超自我」に通じる地下通路を持つのであるまいか。阪神・淡路大震災の被害者への共感は、過去の震災、戦災の経験者に著しく、トラウマは「共感」「同情」の成長の原点となる面をも持つということができまいか。心に傷のない人間があろうか(「季節よ、城よ、無傷な心がどこにあろう」――ランボー「地獄の一季節」)。心の傷は、人間的な心の持ち主の証でもある(「トラウマとその治療経験――外傷性障害私見」『徴候・記憶・外傷』所収P93)
戦争を知る者が引退するか世を去った時に次の戦争が始まる例が少なくない。(中井久夫「戦争と平和についての観察」)

最後に中ほどにある「内発的な欲望」という言葉である。これにはわたくしのようなラカン派にやや「毒された」頭には抵抗がある。いやラカン派でなくても次のような見解はすでに一般に流布しているはずだ。

欲望とはいつも-すでに欲望の欲望、欲望のための欲望である。すなわちその用語のありとあらゆるヴェリエーションの下での「〈他者〉の欲望」である。私は私の〈他者〉が欲望することを欲望する。私は私の〈他者〉によって欲望されたい。私の欲望は大文字の〈他者〉――私が埋め込まれている象徴的領野――によって構造化されている。私の欲望はリアルな〈他者―モノ〉の深淵によって支えられている。(ジジェク、LESS THAN NOTHING、2012、私訳)

かつての散々「欲望」について語ったジジェクの関心はすでに欲望から欲動、あるいは享楽に移っている。これは最近の書で叙述されたその稀な記述でありしかも丸括弧がつけられて補足的に記されている箇所だ。

ここでジジェクの90年代の書からやや詳しく「欲望」について抜き出してもよいが、それではいささか退屈するので、ここではベルギーの臨床家でもあるラカン派論客の文を私訳して貼り付けておこう。Paul Verhaeghe の『Love in a Time of LonelinessーーTHREE ESSAYS ON DRIVE AND DESIRE』(1998)から である。

私の欲望はつねに他の人物の欲望を通している。これが意味するのは欲望の領野は究極的には同一化の領野だということだ。私は他の人物の内に感知した欲望と同一化する、この彼/彼女に欲望されるために。ここから生じる鏡像効果はたんに心理学上だけの抽象的なものではなく具体的な形で起る。(……)

日々の臨床的実践において、反対方向のヴァージョンもしばしば見出される。すなわち他の人物の欲望に反する欲望である。これも同様の目的ーー注意と故に愛を獲得したいという目的を以ての欲望である。このようにして、主体は、他の人物の欲望とはっきりと差異化し、さらにはそれに反発することによって自分自身の欲望を持っているという錯覚を抱く。

ある夫婦が臨床家を訪れた。夫は弁護士であり妻は医師である。彼らの悩みの種は18歳の息子だ。彼は聡明な学生だがひどく頑固である。彼は自らの道を歩み音楽大学に入ってピアノを学びたい。両親は息子に「真剣な」学問を選んでほしい。結局、音楽は本当の職業ではない。音楽はせいぜい家族の再結合に役立つ愉しい趣味だ、と。三度のセッションで明らかになったことは、青春時代、この息子の父はアーティストになることを夢みたのだが彼の父(すなわち息子の祖父)は彼に法律を学ぶよう余儀なくさせたということだ。もっとも彼は今ではそれをはっきりとは後悔していないが。

ここには誰の欲望が観察できるだろう? そして誰の欲望に反する欲望が? さもなければ…誰のための? 父と息子のあいだの相克は今ではまったく異なった光の下で見られることになる。

このヴェルハーゲの文は一見ドゥルーズによって批判された「パパーママーボク」の三角形をめぐって書かれているようにみえる。だが彼の関心も書名に「THREE ESSAYS ON DRIVE AND DESIRE」とあるように叙述の中心は「欲動」である。上に掲げた文は、欲望と欲動のあいだの相違を記述する前段にある「欲望」の説明である。

古井由吉の「欲望」に話を戻してその「肯定的」側面のみを取り上げれば、後期資本主義になって欲望をめぐる同一化の対象は変わったということは、これはフロイト・ラカン派でもほぼ見解の一致をみている。「父なき世代」(中井久夫)においてどうしてかつてのように父と素直に同一化することができよう。だが「父」でなければ誰にまずは同一化するのか。前エディプス期のままの状態なら「母」ということになるが、これは単純に記すと誤解を招く。

たとえば「父の名」の機能は消滅し、猥雑な享楽の父、貪り食う母なる超自我の時代という言い方がある。

「享楽の父」は、ラカン派の文脈では、欲望が隠喩化(象徴化)される前の「父」の欲望の体現者なのであり、そこにあるのは、猥雑な、獰猛な、限度を弁えない、言語とは異質の、そしてNom-du-Père(父の名)を与り知らない超自我である。これはラカンが超自我を「猥褻かつ苛酷な形象」[ la figure obscène et féroce ] (Lacan ,1955)と形容したことに基づく。

この享楽の父は、無法の勝手気ままな「母」の欲望と近似する。それゆえ、ミレール=ジジェクによって、「母なる超自我」とも命名される(参照)。

ただし次ぎのような精神分析医による「母との同一化」の説明は示しておこう。

官僚というエリートの集団の発想は、まさにそれが母の欲望にちゃんと答えてきた模範生としてのエリートであるゆえに、母親拘束から抜け出ていない人の集団だという風に考えるべきでしょう。母親拘束のなかで育ってきた優秀なエリートたちは、今度は自らが母親と同一化してその位置に立ち、迷える子羊たる国民を飼い馴らそうとするようになるのです。(藤田博史ーー母親拘束から抜け出ていない模範生

あるいはジジェクなら1991年にすでに次ぎのように記している。

象徴的法を自分の中に取り入れるのではなく、複数の規則、すなわち「いかに成功するか」を教えてくれる便利な規則がいろいろ与えられる。ナルシスト的な主体は、他者たちを操るための「(社会的)ゲームの規則」だけを知っている。社会的関係は、彼にとってはゲームのためのグラウンドである。彼はそこで、本来の象徴的任務ではなく、さまざまな「役割」を演じる。(ジジェク『斜めから見る』)

だがこれらついてはここではこれ以上詳しく触れないでおく。

かつまたジジェクによるドゥルーズの欲望の捉え方は次ぎの文で始まる叙述を見よ(参照:欠如と穴(欲望と欲動)の後半)。

ラカン派のドゥルーズの読解の手始めは、情け容赦ないダイレクトな読み替えだね。ドゥルーズとガタリが“欲望機械” (machines désirantes)について話しているときは、その語を欲動に置き換えるべきさ。