2017年4月24日月曜日

またしてもまんまとだまされて、ただあなたを見つめているだけ

《またしてもまんまとだまされたくはなかった、 Je ne voulais pas me laisser leurrer une fois de plus》(「見出された時」)と、プルーストはいうが、人はときには騙される必要があるのではなかろうか。

◆Yuja Wang 2016 . Musician of year 2017 (Musical America awards).




ドゥルーズもプルーストを引用して、対象の鞘におさまっているものではなく、自分自身の内部にのびているものを深めねばならぬ、と言う。

我々のどの印象もふたつの側面を持っている。《あらゆる印象は、二重構造になっていて、なかばは対象の鞘におさまり、他の半分はわれわれ自身の内部にのびており、後者を知ることができるであろうのは自分だけなのだ A demi engainée dans l'objet, prolongée en nous-même par une autre moitié que seul nous pourrions connaître 》(プルースト)。それぞれのシーニュはふたつの部分を持っている。それはひとつの対象を指示しdésigne、他方、何か別のものを徴示する signifie。客観的側面は、快楽 plaisir、直接的な悦楽 jouissance immédiate 、それに実践 pratique の側面である。

我々はこの道に入り込む。我々は《真理》の側面を犠牲にする。我々は物を再認reconnaissons する。だが、我々は決して知る connaissons ことはない。我々はシーニュが徴示すものを、それが指示する存在や対象と混同してしまう。我々は最も美しい出会いのかたわらを通り過ぎ、そこから出て来る要請 impératifs を避ける。出会いを深めるよりも、容易な再認の道を選ぶ。ひとつのシーニュの輝きとして印象の快楽を経験するとき、我々は《ちぇ、ちぇ、ちぇ zut, zut, zut 》とか、同じことだが《ブラボー、ブラボー》とかいうほかない。すなわち対象への賞賛を表出する表現しか知らない。(ドゥルーズ『プルーストとシーニュ』)

だが真理の側面を犠牲にして、《ブラボー、ブラボー》と叫ぶのをしばらくお許しねがうことにする。

もっとも対象の鞘ではなく、蚊居肢散人自身の内部にのびているものは、果たして何なのだろうか、と問うことは何度もしてみた。

スカートの内またねらふ藪蚊哉(永井荷風)
秋の蚊に踊子の脚たくましき(吉岡実)

つまり、たんに肢に惹かれているのではなかろうか、と疑い、裸肢なしの映像を眺めてみたが、いまだ魅惑と戦慄は消え去らない・・・

◆INCREDIBLE Yuja Wang!!!!



ひょっとして昔、対象の鞘におさまりそこねた女に似ているということはあるまいか。鉈を振るい損ねたあの少女に。

妻とギー兄さんは森の鞘に入って山桜の花盛りを眺めた日、その草原の中央を森の裂け目にそって流れる谷川のほとりで弁当を食べた。(……)そして帰路につく際、ギー兄さんは思いがけない敏捷さ・身軽さで山桜の樹幹のなかほどの分れめまで登り、腰に差していた鉈で大きい枝を伐ろうとした。妻は心底怯えて高い声をあげ、思いとどまってもらった。(大江健三郎『懐かしい年への手紙』)

ここは本来は熟考のしどころである。プルーストも次のように言っているのだから。

娘たちや若い人妻たちの、みんなそれぞれにちがった顔、それらがわれわれにますます魅力を増し、もう一度めぐりあいだいという狂おしい欲望をつのらせるのは、それらが最後のどたん場でするりと身をかわしたからでしかない、といった場合が、われわれの回想のなかに、さらにわれわれの忘却のなかに、いかに多いことだろう! (プルースト「ゲルマントのほうⅡ」)

ああ、ユジャ・ワン (王羽佳)! 名前までとてつもなく美しい。あの少女はこんな高貴な名をもっていなかった。王が孵化すれば、女神となるにちがいない。

神は《わたしのもっとも内なるところよりもっと内にましまし、わたしのもっとも高きところよりもっと高きにいられました。(interior intimo meo et superior summo meo)》(聖アウグスティヌス『告白』)

「大他者の(ひとつの)大他者はある il y ait un Autre de l'Autre」という人間のすべての必要性。人はそれを一般的に〈神〉と呼ぶ。だが、精神分析が明らかにしたのは、〈神〉とは単に〈女 〉« La femme » だということである。(ラカン、セミネール23、 サントーム)

いまは素直に「ただあなたを見つめ Pur ti miro」ているだけしか手のうちようがない。

◆Pur ti miro (C. Monteverdi)





2017年4月23日日曜日

〈きみ〉はそれを知らないが倒錯的になる

個人は、主観的にはどれほど諸関係を超越していようと、社会的にはやはり諸関係の所産なのである。(マルクス『資本論』序文)

肝腎なのは、このマルクスの言葉である。資本の言説(社会的つながり)の時代の諸関係に置かれれば、《彼らはそれを知らないが、そうする Sie wissen das nicht, aber sie tun es》(マルクス)のであり、〈きみ〉はそれを知らないが倒錯的になるのである。

蚊居肢散人は、自ら倒錯的であることを認めているが、幸か不幸か、資本の言説の社会的つながりから外れた社会的諸関係のポジションにいる。ゆえに《私は、君が毒ある蝿どもの群れに刺されている》(ニーチェ)のが如実にわかる。〈きみ〉が蠅の糞まみれの腐臭を漂わしているのがひどく臭ってくる。彼が(つまり蚊居肢散人のことであるが)市場の蠅のなかで生活せざるをえなかったら、その蠅の糞の腐臭にも不感症となったことであろう・・・

…………

建築成った伽藍内の堂守や貸椅子係の職に就こうと考えるような人間は、すでにその瞬間から敗北者であると。それに反して、何人にあれ、その胸中に建造すべき伽藍を抱いている者は、すでに勝利者なのである。勝利は愛情の結実だ。……知能は愛情に奉仕する場合にだけ役立つのである。(サン=テグジュペリ『戦う操縦士』堀口大学訳)

ーー須賀敦子はこの文を引用して、次のように書いている。

自分が、いまも大聖堂を建てつづけているか、それとも中にちゃっかり坐りこんでいるか、いや、もっとひどいかも知れない。座ることに気をとられるあまり、席が空かないかきょろきょろしているのではないか。(『遠い朝の本たち』)

資本の論理の時代に大聖堂のなかの椅子を探し求める者はーーいや、ちゃっかり坐りこんでいる者でさえーー、ことさら倒錯的に振舞わなければならない。つまり他者の欲望の道具となることに汲々とせざるをえないのである。

倒錯者は、大他者の中の穴をコルク栓で埋めることに自ら奉仕する le pervers est celui qui se consacre à boucher ce trou dans l'Autre, (ラカン、S18)
倒錯 perversion とは…大他者の享楽の道具 instrument de la jouissance de l'Autre になることである。(ラカン、E823)
倒錯のすべての問題は、子供が母との関係ーー子供の生物学的依存ではなく、母の愛への依存dépendance de son amour,、すなわち母の欲望への子供の欲望 le désir de son désir によって構成される関係--において、母の欲望の想像的対象 l'objet imaginaire(想像的ファルス)と同一化することである。(ラカン、エクリ、E.554、摘要訳)

主人の言説の時代には、能力のあるものは、他者の欲望に奉仕することを恥じた(例外はある。だが神経症者は一般的に大他者の道具となることに堪えられない。彼は他者に食い物にされていると感じる)。能力の際立った者は場合によっては自ずと「権威」の場に置かれた。ところがいまは能力のある者でも他者からの反応を希求せずには職業としてやっていけない。構造的に大他者の道具となるよう強いられる。これがエディプスの時代から前エディプスの時代への移行である(ラカンの「主人の言説」から「資本の言説」の時代への移行、ラカン派における神経症の時代からふつうの精神病・倒錯の時代への移行の指摘)。

この決定的な移行の影響が、1968年の学園紛争における「権威の斜陽・崩壊」にはじまり、1989年の冷戦終結による「イデオロギーの死」の決定打によって、世界中を席巻している。

社会的症状は一つあるだけである。すなわち各個人は実際上、皆プロレタリアである。つまり個人レベルでは、誰もが「社会的つながり lien social を築く言説」、換言すれば「見せかけ semblant」をもっていない。これが、マルクスがたぐい稀なる仕方で没頭したことである。(LACAN La troisième 1-11-1974 ーー四つの不可能な仕事と四つの言説+倒錯の言説(資本の言説)

もはやみなプロレタリアなのである。

中井)確かに1970年代を契機に何かが変わった。では、何が変わったのか。簡単に言ってしまうと、自罰的から他罰的、葛藤の内省から行動化、良心(あるいは超自我)から自己コントロール、responsibility(自己責任)からaccountability〔説明責任〕への重点の移行ではないか。(批評空間2001Ⅲ-1 「共同討議」トラウマと解離(斎藤環/中井久夫/浅田彰)

この移行を鮮明に記している中井久夫の二文をかかげておこう。

【1968年の学園紛争】 
「学園紛争は何であったか」ということは精神科医の間でひそかに論じられつづけてきた。1960年代から70年代にかけて、世界同時的に起こったということが、もっとも説明を要する点であった。フランス、アメリカ、日本、中国という、別個の社会において起こったのである。「歴史の発展段階説」などでは説明しにくい現象である。

では何が同時的だろうかと考えた。それはまず第二次世界大戦からの時間的距離である。1945年の戦争終結の前後に生まれた人間が成年に達する時点である。つまり、彼らは戦死した父の子であった。あるいは戦争から還ってきた父が生ませた子であった。しかも、この第二次世界大戦から帰ってきた父親たちは第一次大戦中あるいは戦後の混乱期に生まれて恐慌時代に青少年期を送っている人が多い計算になる。ひょっとすると、そのまた父は第一次大戦が当時の西欧知識人に与えた、(われわれが過小評価しがちな)知的衝撃を受けた世代であるかもしれない。

二回の世界大戦(と世界大不況と冷戦と)は世界の各部分を強制的に同期化した。数において戦死者を凌駕する死者を出した大戦末期のインフルエンザ大流行も世界同期的である。また結核もある。これらもこの同期性を強める因子となったろうか。

では、異議申立ての内容を与えたものは何であろうか。精神分析医の多くは、鍵は「父」という言葉だと答えるだろう。実際、彼らの父は、敗戦に打ちひしがれた父、あるいは戦勝国でも戦傷者なりの失望と憂鬱とにさいなまれた父である。戦後の流砂の中で生活に追われながら子育てをした父である。古い「父」の像は消滅し、新しい「父」は見えてこなかった。戦時の行為への罪悪感があるものも多かったであろう。戦勝国民であっても、戦場あるいは都市で生き残るためにおかしたやましいことの一つや二つがあって不思議ではない。二回の大戦によってもっともひどく損傷されたのは「父」である。であるとすれば、その子である「紛争世代」は「父なき世代」である。「超自我なき世代」といおうか。「父」は見えなくなった。フーコーのいう「主体の消滅」、ラカンにおける「父の名」「ファルス」の虚偽性が特にこの世代の共感を生んだのは偶然でなかろう。さらに、この世代が強く共感した人の中に第一次大戦の戦死者の子があることを特筆したい。特にアルベール・カミュ、ロラン・バルトは不遇な戦死者の子である。カミュの父は西部戦線の小戦闘で、バルトの父は漁船改造の哨戒艇の艇長として詳しい戦史に二行ばかり出てくる無名の小海戦で戦死している。

異議申立ての対象である「体制」とは「父的なもの」の総称である。「父なるもの」は「言語による専制」を意味するから、マルクス主義政党も含まれる道理である。もっとも、ここで「子どもは真の権威には反抗しない。反抗するのはバカバカしい権威silly authorityだけである」という精神科医サリヴァンの言葉を思い起こす。第二次大戦とそれに続く冷戦ほど言語的詐術が横行した時代はない。もっとも、その化けの皮は1960年代にすべて剥がれてしまった。(中井久夫「学園紛争は何であったのか」1995年初出『家族の深淵』所収)


【1989年までの世界のメカニズム】
ある意味では冷戦の期間の思考は今に比べて単純であった。強力な磁場の中に置かれた鉄粉のように、すべてとはいわないまでも多くの思考が両極化した。それは人々をも両極化したが、一人の思考をも両極化した。この両極化に逆らって自由検討の立場を辛うじて維持するためにはそうとうのエネルギーを要した。社会主義を全面否定する力はなかったが、その社会の中では私の座はないだろうと私は思った。多くの人間が双方の融和を考えたと思う。いわゆる「人間の顔をした社会主義」であり、資本主義側にもそれに対応する思想があった。しかし、非同盟国を先駆としてゴルバチョフや東欧の新リーダーが唱えた、両者の長を採るという中間の道、第三の道はおそろしく不安定で、永続性に耐えないことがすぐに明らかになった。一九一七年のケレンスキー政権はどのみち短命を約束されていたのだ。

今から振り返ると、両体制が共存した七〇年間は、単なる両極化だけではなかった。資本主義諸国は社会主義に対して人民をひきつけておくために福祉国家や社会保障の概念を創出した。ケインズ主義はすでにソ連に対抗して生まれたものであった。ケインズの「ソ連紀行」は今にみておれ、資本主義だって、という意味の一節で終わる。社会主義という失敗した壮大な実験は資本主義が生き延びるためにみずからのトゲを抜こうとする努力を助けた。今、むき出しの市場原理に対するこの「抑止力」はない(しかしまた、強制収容所労働抜きで社会主義経済は成り立ち得るかという疑問に答えはない)。(……)

冷戦が終わって、冷戦ゆえの地域抗争、代理戦争は終わったけれども、ただちに古い対立が蘇った。地球上の紛争は、一つが終わると次が始まるというように、まるで一定量を必要としているようであるが、これがどういう隠れた法則に従っているのか、偶然なのか、私にはわからない。(中井久夫「私の「今」」1996初出『アリアドネからの糸』所収)

やむえないことである、「父なき時代」に、大他者の道具になることに汲々とするのは。だから、わたくしは単純には批判しない。ただし大他者の道具になることの危険とは、これも中井久夫がたくみに表現している。

芥川賞を初め、文学賞受賞作と受賞後第一作との相違を次のように定式化することができる。受賞作にあるあらゆる萌芽的なもののうち、受賞第一作においては、受賞によって光りを当てられた部分が突出しているとーー。しばしば、受賞作にある豊穣さは第一作においては単純明快化による犠牲をこうむっている。(中井久夫「「創造と癒し序説」 ――創作の生理学に向けて」1996年)

あるいはやや異なった観点からの見解だが、古井由吉を引用しておいてもよい。

勲章をぶら下げていたら、こんな仕事できません。作家とは怪しげな商売ですからね(笑)。名誉や名声というやつは、新しい作品を書く時の妨げになります。とにかく荷物を少なくしておきたかった。

芥川賞の選考委員も、6年前に辞めました。ああいう場に連なると、自分をひとかどの者と思うようになる。裸になれなくなりますから、物書きとして自分を追い込めなくなる。

選評を書くのでも、執筆者より上に立つような気持ちが芽生えたり。だいたい若い頃の作品より今のほうがいいと言い切れる作家は、どれだけいるのか。今の僕が『杳子』と競ったら、勝敗でいえば負けじゃないですかね(古井由吉「サライ」2011年3月号)

ーー名誉という大他者に支配されてしまえば、物書きとして自分を追い込めなくなる、という風にとらえれば、ここでわたくしの言いたいことを同じである。

ロダンは名声を得る前、孤独だった。だがやがておとずれた名声は、彼をおそらくいっそう孤独にした。名声とは結局、一つの新しい名のまわりに集まるすべての誤解の総体にすぎないのだから。(リルケ『ロダン』)

大他者の享楽の道具になるとは、市場の蠅どもの毒にまみれることである。

民衆は、真に偉大であるもの、すなわち創造する力に対しては、ほとんど理解力が無い。市場と名声とを離れたところで、全ての偉大なものは生い立つ。市場と名声を離れたところに、昔から、新しい価値の創造者たちは住んでいた。
 
逃れよ、私の友よ、君の孤独の中へ。
 
私は、君が毒ある蝿どもの群れに刺されているのを見る。逃れよ、強壮な風の吹くところへ。
 
逃れよ、君の孤独の中へ。君は、ちっぽけな者たち、みじめな者たちの、あまりに近くに生きていた。目に見えぬ彼らの復讐から逃れよ。君に対して彼らは復讐心以外の何物でもないのだ。
 
彼らに向かって、最早腕をあげるな。彼らの数は限りが無い。蝿たたきになることは、君の運命ではない。(ニーチェ『ツァラトゥストラ』「市場の蝿」(手塚富雄訳)

他者に応えようとすれば、〈あなた〉の本来の豊饒さは失われてしまう。これは必然である。現在、高橋悠治のような態度をとりうる「芸術家」は稀だろう。

ピアノは生活の手段だった。(……)ピアニストとみなされると、人が聞きたがるものを弾くことになる。バッハを弾いているとそればかり求められるが、日本では数十年前のグレン・グー ルドの代用品にすぎないから、弾くだけむだと最近は思うようになった。(……)

確信をもっていつも同じ演奏をくりかえす演奏家がいる。この確信は現実の音を聞くことを妨げる障害になるのではないかと思うが、感性のにぶさと同時に芸の傲慢さをしめしているのだろう。演奏が商品でありスポーツ化している時代には、演奏家の生命は短い。市場に使い捨てられない ためには、いつも成長や拡大を求められているストレスがあるのかもしれない。(高橋悠治「ピアノ
を弾くこと」

そしてそこから「卑しいごますり」人間に至る道に入り込むのは、わずか半歩しかない。

作家というものはその職業上、しかじかの意見に媚びへつらわなければならないのであろうか? 作家は、個人的な意見を述べるのではなく、自分の才能と心のふたつを頼りに、それらが命じるところに従って書かなければならない。だとすれば、作家が万人から好かれるなどということはありえない。むしろこう言うべきだろう。「流行におもねり、支配的な党派のご機嫌をうかがって、自然から授かったエネルギーを捨てて、提灯持ちばかりやっている、卑しいごますり作家どもに災いあれ」。世論の馬鹿げた潮流が自分の生きている世紀を泥沼に引きずりこむなどということはしょっちゅうなのに、あのように自説を時流に合わせて曲げている哀れな輩は、世紀を泥沼から引き上げる勇気など決して持たないだろう)。(マルキ・ド・サド「文学的覚書」、『ガンジュ侯爵夫人』)

2017年4月22日土曜日

飲めば飲むほど渇く

以下、ラカンの「資本の言説」をめぐっていくつか調べたなかのまだ使用していない在庫の残りを掲げる。

◆capitalist exemption,Pierre Bruno,2010


資本の言説は、「真理 S1」の不到達性から逃れるように構築されている①。真理の場に到達しうるだけではなく、「知S2」に到るためには「真理」を通り過ぎなければならない。資本家の言説における真理は、占星術における地位と同じ地位である。



S1 → S2(左下から右上への斜めの矢印②)は、資本家/労働者の転移がなされる。というのは、生産において仲介するものは、労働力のノウハウだから。…

S1が知を所有していないなら、何が命令する能力を与えるのか? 答えは金融力である。労働者は命令に従って生産する。彼等はマルクスが見出した剰余価値の秘密を生産する。われわれは知っている、マルクスにとってーー誰もがこの点においては異議をとなえない--労働力は、小麦や鉄と同様の「商品」になるという事実によって、資本主義は特徴づけられることを。したがって、資本主義において、剰余享楽 (a) は剰余価値の形態をとる。
剰余享楽とは、フロイトの「快の獲得 Lustgewinn」と等価である。この快の獲得は、享楽の構造的欠如を補填する。…

資本家の言説の鍵を見出すことを意味するのは、、剰余享楽の必然性(必要性)は、《塞ぐべき穴 trou à combler》(Lacan,Radiophonie,1970)としての享楽の地位に基礎づけられていることを認めることである。

マルクスはこの穴を剰余価値にて塞ぐ。この理由でラカンは、剰余価値 Mehrwert は、マルクス的快 Marxlust ・マルクスの剰余享楽 plus-de-jouir だと言う。剰余価値は欲望の原因である。資本主義経済は、剰余価値をその原理、すなわち拡張的生産の原理とする。

さてもし、資本主義的生産--M-C-M' (貨幣-商品-貨幣+貨幣)--が消費が増加していくことを意味するなら、生産が実際に、享楽を生む消費に到ったなら、この生産は突然中止されるだろう。その時、消費は休止され、生産は縮減し、この循環は終結する。これが事実でないなら、この経済は、マルクスが予測していなかった反転を通して、享楽欠如 manque-à-jouir を生産するからである。

消費すればするほど、享楽と消費とのあいだの裂目は拡大する。従って、剰余享楽の配分に伴う闘争がある。それは、《単なる被搾取者たちを、原則的搾取の上でライバルとして振舞うように誘い込む。彼らの享楽欠如の渇望への明らかな参画を覆い隠すために。induit seulement les exploités à rivaliser sur l'exploitation de principe, pour en abriter leur participation patente à la soif du manque-à-jouir. 》(LACAN, Radiophonie)
新古典主義経済の理論家の一人、パレートは絶妙な表現を作り出した、議論の余地のない観察の下に、グラスの水の「オフェリミテ ophelimite) 」ーー水を飲む者は、最初のグラスの水よりも三杯目の水に、より少ない快を覚えるーーという語を。ここからパレートは、ひとつの法則を演繹する。水の価値は、その消費に比例して減少すると。しかしながら反対の法則が、資本主義経済を支配している。渇きなく飲むことの彼岸、この法則は次のように言いうる、《飲めば飲むほど渇く》と。

ブログ記事なんてのも似たようなものである。書けば書くほど渇くのである。ツイートなど、さらに覿面である。このPierre Brunoの論は、今回の一連の調べ物のなかで、じつは最初に読んだのだが、自らに強く跳ねかえってくるので、在庫として使用しないままであった(一箇所、納得できていない部分があるという理由もあるが)。だが、やはりこうやって提示しておこう。

われわれは《飲めば飲むほど渇く》という形態で「資本の言説」という釈迦の掌の上の猿を演じているのである。その原動力は「享楽欠如」の享楽である。

欲望に関しては、それは定義上、不満足であり、享楽欠如 manque à jouir です。欲望の原因は、フロイトが「原初に喪失した対象」と呼んだもの、ラカンが欠如しているものとしての「対象a」と呼んだものです。それにもかかわらず、複合的ではあるけれど、人は享楽欠如を享楽することが可能です on peut jouir du manque à jouir。それはラカンによって提供されたマゾヒズムの形式のひとつです。(コレット・ソレール2013,Interview de Colette Soler pour le journal « Estado de minas », Brésil, 10/09/2013)

ここから逃れるにはどうしたらいいのか。ラカンの処方箋は次の通り。

聖人となればなるほど、ひとはよく笑う Plus on est de saints, plus on rit。これが私の原則であり、ひいては資本主義の言説からの脱却なのだが、-それが単に一握りの人たちだけにとってなら、進歩とはならない。(ラカン、テレビジョン、1973年)

だがラカンの長年のセミネール継続自体、享楽欠如の享楽ではなかったか? そう問うてみることさえできる。

…時がたつにつれて、ぼくはファルスの突然の怒りがよくわかるようになった…彼の真っ赤になった、失語症の爆発が……時には全員を外に追い出す彼のやり方……自分の患者をひっぱたき…小円卓に足げりを加えて、昔からいる家政婦を震え上がらせるやり方…あるいは反対に、打ちのめされ、呆然とした彼の沈黙が…彼は極から極へと揺れ動いていた…大枚をはたいたのに、自分がそこで身動きできず、死霊の儀式のためにそこに閉じ込められたと感じたり、彼のひじ掛け椅子に座って、人間の廃棄というずる賢い重圧すべてをかけられて、そこで一杯食わされたと感じる者に激怒して…彼は講義によってなんとか切り抜けていた…自分のミサによって、抑圧された宗教的なものすべてが、そこに生じたのだ…「ファルスが? ご冗談を、偉大な合理主義者だよ」、彼の側近の弟子たちはそう言っていた、彼らにとって父とは、大して学識のあるものではない。「高位の秘儀伝授者、《シャーマン》さ」、他の連中はそう囁いていた、ピタゴラス学派のようにわけ知り顔で…だが、結局のところ、何なのか? ひとりの哀れな男だ。夢遊病的反復に打ちひしがれ、いつも同じ要求、動揺、愚劣さ、横滑り、偽りの啓示、解釈、思い違いをむりやり聞かされる、どこにでもいるような男だ…そう、いったい彼らは何を退屈したりできるだろう、みんな、ヴェルトもルツも、意見を変えないでいるために、いったい彼らはどんな振りができるだろう、認めることだ! 認めるって、何を? まさに彼らが辿り着いていたところ、他の連中があれほど欲しがった場所には、何もなかったのだということを…見るべきものなど何もない、理解すべきものなど何もないのだ…(ソレルス『女たち』鈴木創士訳)


蚊居肢子嘲罵要項

「なぜわたしはこんなに賢明なのか」「なぜわたしはこんなに利発なのか」と記したニーチェであるが、蚊居肢散人は、残念ながらニーチェほど賢明でもなく利発でもない。噂によればニーチェの耳の垢ほどの聡明さもないなどという評判さえある。だがそれは言い過ぎというものである。

いずれにせよ、蚊居肢子は、ラカン主義者というよりも、まずなりよりもニーチェ主義者なので、以下の罵倒要項の四つを厳密に守ることにしている。ただし賢明さはニーチェの半分(?)ほどしかないので、四つのうちの二つに当てはまる場合のみ、実名を掲げて罵倒する。貴君はまだひとつしか当てはまらないので、実名をあげて嘲罵することはしない。ご安心を。

わたしの戦争実施要項は、次の四箇条に要約できる。

第一に、わたしは勝ち誇っているような事柄だけを攻撃するーー事情によっては、それが勝ち誇るようになるまで待つ。

第二に、わたしはわたしの同盟者が見つかりそうにもない事柄、わたしが孤立しーーわたしだけが危険にさらされるであろうような事柄だけを攻撃する。わたしは、わたしを危険にさらさないような攻撃は、公けの場において一度として行なったことがない。これが、行動の正しさを判定するわたしの規準である。

第三に、わたしは決して個人を攻撃しないーー個人をただ強力な拡大鏡のように利用するばかりである。つまり、一般に広がっているが潜行性的で把握しにくい害悪を、はっきりと目に見えるようにするために、この拡大鏡を利用するのである。わたしがダーヴィット・シュトラウスを攻撃したのは、それである。より正確にいえば、わたしは一冊の老いぼれた本がドイツ的「教養」の世界でおさめた成功を攻撃したのであるーーわたしは、いわばこの教養の現行犯を押さえたのである……。わたしが、ワーグナーを攻撃したのも、同様である。これは、より正確にいえば、抜目のない、すれっからしの人間を豊かな人間と混同し、末期的人間を偉大な人間と混同しているわれわれの「文化」の虚偽、その本能の雑種性を攻撃したのである。

第四に、わたしは、個人的不和の影などはいっさい帯びず、いやな目にあったというような背後の因縁がまったくない、そういう対象だけを攻撃する。それどころか、わたしにおいては、好意の表示であり、場合によっては、感謝の表示なのである。わたしは、わたしの名をある事柄やある人物の名にかかわらせることによって、それらに対して敬意を表し、それらを顕彰するのである。(ニーチェ『この人を見よ』)


ただしときに成島柳北主義者になることもあるのでご用心を。

今余ガ思フマヽヲ書キ綴リテ、
世ノ好古家ニ質サントス。
定メテ其ノ心ニ逆カフコトモ有ランナレド、 ソハ余ガ一家言トシテ宥シ給ヒネ。(「好古小言」濹上漁史)

すなわち、

諸氏ノ美シキ魂ノ汗ノ果物ニ敬意ヲ表スレド
諸氏ノ誠実ナ重ミノナカノ堅固ナ臀ヲ敬ヘド
余少シバカリ窓ヲ開ケタシ。
にいちぇト共ニ「空気ヲ! モツト空気ヲ!」ト叫ビタシ。
余新鮮ノ空気ニ触ルヽコトヨリ暫シ隔タリ、
鼻腔ヲ見栄坊ニテ鵞鳥ノ屁屎尿ノ穢臭ニ穿タレ
身骨ヲ美シキ魂ニテ猫カブリノ垢衣汗物ノ腐臭ニ埋メルガ如シ。

芸能ハ固ヨリ有用ナレド、
務メテ雅致ヲ失ハズ、
空シク倒錯ニノミ流レザルヲ可トス。
コケッコリー先生少シク注意シ給フ可シ。

平成二十九年四月二十二日深更、蚊居肢子斎戒沐浴シ、
恭シクにいちぇノ文ヲ具ヘテ自ラ其ノ舌ヲ祭ル。


とはいえこれも、ニーチェ主義者の一環ではある。

最後に、わたしの天性のもうひとつの特徴をここで暗示することを許していただけるだろうか? これがあるために、わたしは人との交際において少なからず難渋するのである。すなわち、わたしには、潔癖の本能がまったく不気味なほど鋭敏に備わっているのである。それゆえ、わたしは、どんな人と会っても、その人の魂の近辺――とでもいおうか?――もしくは、その人の魂の最奥のもの、「内臓」とでもいうべきものを、生理的に知覚しーーかぎわけるのである……わたしは、この鋭敏さを心理的触覚として、あらゆる秘密を探りあて、握ってしまう。その天性の底に、多くの汚れがひそんでいる人は少なくない。おそらく粗悪な血のせいだろうが、それが教育の上塗りによって隠れている。そういうものが、わたしには、ほとんど一度会っただけで、わかってしまうのだ。わたしの観察に誤りがないなら、わたしの潔癖性に不快の念を与えるように生れついた者たちの方でも、わたしが嘔吐感を催しそうになってがまんしていることを感づくらしい。だからとって、その連中の香りがよくなってくるわけではないのだが……(ニーチェ『この人を見よ』)



2017年4月21日金曜日

ヒステリーの言説と倒錯の言説とのあいだの誤認

資本の言説には四つの言説の上部構造が(当然のことながら)含まれている。



①の矢印はヒステリーの言説
②の矢印は主人の言説
③の矢印は大学人の言説
④の矢印は分析家の言説であるが、
資本の言説における a→$ は、倒錯の言説である。

※参照:
四つの不可能な仕事と四つの言説+倒錯の言説(資本の言説)
倒錯者の言説(マゾヒストの言説)

四つの言説のそれぞれは以下の通り。



この資本の言説、つまり資本の論理の時代の社会的つながりのあり方を見きわめるとき、ついうっかりと倒錯者の言説であるはずのものを、たとえばヒステリーの言説①と見誤ってしまう。それは主人の言説②、大学人の言説③と見誤ってしまうのと同様である。だがそのベースとなるのは倒錯者の言説④である。



資本の言説の時代における社会的つながりの原動因に相当するものはここにしかない。




蚊居肢散人は、自称、四つの言説+倒錯の言説の至高の理論家デアルガ、この至高の理論家もついウッカリして、さる人物の倒錯の言説をヒステリーの言説とミアヤマッテシマッタ。忸怩たる思いである。いま自戒のためにこうやって記しておく。

なおヒステリーの言説の主な特徴は次のものである。

1、主体$は不正を蒙っている。
2、主人S1は無能である。
3、シニフィアンは常に真理の説明に失敗する。
4、満足は常に偽の満足である。

これはもちろん倒錯の言説にも表れるわけであり(三番目以外は)、この表面的な特徴にまどわされると、誤認が生まれる。


2017年4月20日木曜日

資本の言説と〈私〉支配の言説

ラカンにはデモクラシーならぬ« je-cratie » という表現がある。これは「〈私〉支配」ということだが、「ボククラシー」とでも意訳できる(ボクラシイとすれば、ここで記したいことによりいっそう合致する)。

デモクラシーが大衆による支配という意味であるように、ボククラシーとはボクによる支配のことである。

Il en est tout autre chose de ce qui se trouve à l'horizon de la montée du sujet-Maître dans une vérité qui s'affirme de son égalité à soi-même, de cette « je-cratie » dont je parlais une fois, et qui est, semble-t-il, l'essence de toute affirmation dans la culture qui a vu fleurir entre toutes ce discours du Maître. (Lacan, S17, 11 Février 1970 )

ーーラカンは《真理のなかでの主体と主人の出現の地平 l'horizon de la montée du sujet-Maître dans une vérité》において、 《それ自体、等価 égalité à soi-même》となることを、《〈私〉支配 je-cratie》と呼んでいることになる。

sujet-Maîtreとあるように、「分割された$」と「主人のシニフィアンS1」の合体を示唆している。

わたくしはこのラカンの叙述をあえて「誤読」して、資本の言説の図式ーー上の言明があった時点においては、ラカンはいまだ「資本の言説」概念を提示していないーーとともに読んでみた。すなわち真理のポジションにおかれたS1(Maître)と$sujet)との合体として。

その試みのひとつは、「フロイトの「資本」論と「快の獲得」」にて示した。

それは同じセミネール17の次の文に依拠しつつである。

主人の言説は主体の支配とともに始まる。主人の言説が、超限定された神話・それ自身のシニフィアンに同一化すること [ $ ≡ S1 ] によってのみ支えられる傾向がある限りで。(S17、18 Février 1970)

 $ ≡ S1 は、主人の言説においても資本の言説においても合体してしまえば、相同的な図式となる。







【註】
ラカンは別に《〈私〉支配 Je-cratie》を、大学人の言説もしくは哲学者の言説を批判する文脈のなかで、《理想の〈私〉の神話…支配する〈私〉…言表行為者が自己と同一化する〈私〉le mythe du Je idéal… - du Je qui maîtrise, - du « Je » par où au moins quelque chose est identique à soi-même, à savoir l'énonciateur》(S17)と語っているが、これは何も大学人の言説に限らない。むしろ「主人S1の言説」を隠された真理 vérité cachée のポジションにもつ「大学人S2の言説」における症状を指摘しているのであり、核心は主人の言説における S1 と$ の妄想的一致傾向である。セミネール20では、これに対抗するために《横にずれる存在 être à côté》あるいは、《寄生存在 par-être → paraître》等と言っている。横にずれるとは、フロイトやボードレールのユーモアの定義に近似したものであり、これは次の聖人をめぐる話とともに読むことができる、《聖人となればなるほど、ひとはよく笑う Plus on est de saints, plus on rit。これが私の原則であり、ひいては資本の言説 discours capitaliste からの脱却なのだが、-それが単に一握りの人たちだけにとってなら、進歩とはならない》(テレビジョン、1974)

ところでS1とはなんだったか?(最晩年のラカンのS1の定義、ーーミレールによる「ひとつきりのシニフィアンsignifiant tout seul 」=《身体の出来事 un événement de corps》(ラカン、1975)ーー、つまり人間の自閉症的核(享楽の原子)にかかわる定義はここでは外す)。

S1、……この主人のシニフィアンは、欠如を埋め、欠如を覆う過程で支えの役割をする。最善かつ最短の例は、シニフィアン〈私〉である。それは己のアイデンティティの錯覚を与えてくれる。(ポール・バーハウ、1998)

ーーここにもあるように、S1(主人のシニフィアン)とは、シニフィアン〈私〉が最も典型的なものである。



S1(主人のシニフィアン) が「他の諸シニフィアンS2 autres signifiants」によって構成されている領野のなかに介入するその瞬間に、「主体が現れる surgit ceci : $」。これを「分割された主体 le sujet comme divisé」と呼ぶ。このとき同時に何かが出現する。「喪失として定義される何か quelque chose de défini comme une perte」が。これが「対象a l'objet(a) 」である。(ラカン、S17、26 Novembre 1969)

人はこの分割された主体であることに常に意識的でなくてはならない、とは言うまい。だがどうして時に気づかずにいられよう。柄谷行人の名高い「この私」の議論もそれをめぐっている。

私は十代に哲学的な書物を読みはじめたころから、いつもそこに「この私」が抜けていると感じてきた。哲学的言説においては、きまって「私」一般を論じている。それを主観といっても実存といっても人間存在といっても同じことだ。それは万人にあてはまるものにすぎない。「この私」はそこから抜けおちている。私が哲学になじめなかった、またはいつも異和を感じてきた理由はそこにあった。(柄谷行人『探求Ⅱ』)

ラカンは「私」をめぐって、とても愉快なことを言っている。

「私は思う Je pense」に「私は嘘をついている Je mens」と同じだけの要求をするのなら次の二つに一つが考えられる。まず、それは「私は考えていると思っている Je pense que je pense」という意味。

これは想像的な、もしくは見解上の「私は思う」 、 「彼女は私を愛していると私は思う Je pense qu'elle m'aimeと言う場合に-つまり厄介なことが起こるというわけだが-言う「私は思う」以外の何でもない。 (ラカン、セミネールⅨ「同一化」ーー僕と私と俺

ラカン派では、「言表内容の主体 sujet de l'énoncé」 と「言表行為の主体 sujet de l'enonciation」 が一致している思い込んでいる人々の言説を「妄想的(パラノイア的)信念の言説」と呼ぶことがあるが、この言表行為の主体と言表内容の主体の区別は「知識人」のあいだでさえ曖昧化されつつある(SNSの影響大だろう)。それは書物における文体にまで顕著に影響を与えている。

もちろん時代がすでにそうなってしまっているのだから、この一致に居直る仕草もあるだろう。

そのようなことに気遣って文章を書いている作家は、もはや旧世代の僅かな生き残りでしかなく無視すべきだという立場をとることさえできる。

たとえば古井由吉。

「私」が「私」を客観する時の、その主体も「私」ですね。客体としての「私」があって、主体としての「私」がある。客体としての「私」を分解していけば、当然、主体としての「私」も分解しなくてはならない。主体としての「私」がアルキメデスの支点みたいな、系からはずれた所にいるわけではないんで、自分を分析していくぶんだけ、分析していく自分もやはり変質していく。ひょっとして「私」というのは、ある程度以上は客観できないもの、分解できない何ものかなのかもしれない。しかし「私」を分解していくというのも近代の文学においては宿命みたいなもので、「私」を描く以上は分解に向かう。その時、主体としての「私」はどこにあるのか。(……)この「私」をどう限定するか。「私」を超えるものにどういう態度をとるか。それによって現代の文体は決まってくると思うんです。 (古井由吉『ムージル観念のエロス』)

あるいは古井由吉よりも一年はやく生まれている蓮實重彦。

「私」という語彙のごく日常的な言語操作に難儀する者はまずいないだろうが、だからといって、人称代名詞としての「私」がそのつど確かな指示対象を持っているかといえば、これは大いに疑わしい。それは「私」にかぎられたことではなく、「転位語」と呼ばれている「あなた」だの「ここ」だの「昨日」だのに見られる一般的な特徴にほかならず、その指示対象を確保するには、「私」を主語とする言説の主体が聞き手に現前していなければならない。すなわち、自分を「私」と呼ぶ何者かの存在は、そう口にする瞬間、その声と同様に視覚的にも認識されるという空間的な状況が成立した場合、そのときのみ、初めてその指示対象は明らかになる。だが、それに対して、聞き手もまた自分を「私」と名指しつつ応えることになるのだから、「私」が、「空」だの「花」だの「草」だののように固有の指示対象を持っていないことは明らかである。(蓮實重彦『ゴダール マネ フーコー 思考と感性とをめぐる断片的な考察』)

さらにはまた、デリダの《いかなる絶対的な責任からも最終審級の権威としての意識から切り離され、孤児としてその誕生時より自らの父の立会いから分離されたエクリチュールーーーこうしたエクリチュールによる本質的な漂流……》(『署名、出来事、コンテクスト』)ーーこんなことを気にしている「思想家」は今ではデリダ派にも稀有なのかもしれない。

言表行為の主体と言表内容の主体の区別に意識的であるとは、 私が話すとき、“私自身”が直接話しているわけでは決してないことを常にーーいや「ふと」でもよいーー念頭におくことである。

私は、私という語を口にするたびに想像的なもののうちにいることになる。(ロラン・バルト『声の肌理』
私は己れの象徴的アイデンティティーの虚構を頼みにしなければならない。この意味で、すべての発話は“胡散臭い”。「私はあなたを愛しています」には、愛人としての私のアイデンティティーがあなたに「あなたを愛しています」と告げているという構造がある。(ジジェク、2012ーーソクラテスのイロニーとプロソポピーア

他方、ボククラシ―(〈私〉支配)とは、「私は私の主人である」という錯覚のまま生きることである。究極的には象徴的去勢の排除、あるいは象徴的去勢の否認のもとに生きることである。

・去勢は本質的に象徴的機能である la castration étant fonction essentiellement symbolique

・去勢はシニフィアンの影響によって導入された現実的な働きである la castration, c'est l'opération réelle introduite de par l'incidence du signifiant (Lacan,S17)

すなわち、言語によって去勢されていることを忘れて生きることが、ボククラシーの姿である。

人間は言語によって囚われ拷問を被る主体である。l'homme c'est le sujet pris et torturé par le langage(ラカン、S.3、04 Juillet 1956)

こうしてボククラシ―とは、精神病者(排除)でなければ、フェティシスト(否認)であることになる。

〈自己〉とは主体性の実体的核心のフェティッシュ化された錯覚である。そこには実際は何もない。(ジジェク、LESS THAN NOTHING, 2012)

ところでラカンは、ボククラシーに相当する症状をもった人間を、S1に「支配されたマヌケcon-vaincu」とも呼んでいる。

私は主人(支配者 m'etre)だ、私は支配 m'êtrise の道を進む、私は自己の主人 m'être de moiだ、あたかも世界の支配者のように comme de l'Univers。これが…(主人のシニフィアンS1に)支配されたマヌケ con-vaincu のことである。

je suis m'être, je progresse dans la m'êtrise, le développement c'est quand on devient de plus en plus m'être, je suis m'être de moi comme de l'Univers. Ouais, c'est bien là ce dont je parlais tout à l'heure : de con-vaincu.(Lacan, S20, 13 Février 1973)

これは前期ラカンも同様なことを言っている、《自分を王だと思う人間が狂人 con だとすれば、自己を自己だと思う人物も狂人con 以外の何ものでもない〉(S2、摘要)

つまりは、フロイトがみずからコペルニクス的発見と呼んだ次の言葉に我カンセズの人間を「狂人」と呼んでいることになる。

私は自分の家の主人ではない dass das Ich kein Herr sei in seinem eigenen Haus(フロイト『精神分析入門』)

くり返せば、「私」=S1 という主人シニフィアンに妄想的信念をもつことは、「私は私自身の主人だ」という立場をとることである。

ラカンの《自己という小さな主人 petit Maître, comme « moi »》や《主人の小さな市場 le petit marché du Maître 》(S17)という表現も、マヌケ(私支配)のヴァリエーションである。

こういった思考は、なにも精神分析の領野だけの話ではない。たとえばヘルダーリンの指摘。

私が、私は私だというとき、主体(自己)と客体(自己)とは、切り離されるべきものの本質が損なわれることなしには切り離しが行われえないように統一されているのではない。逆に、自己は、自己からのこの切り離しを通してのみ可能なのである。私はいかにして自己意識なしに、「私!」と言いうるのか?(ヘルダーリン「存在・判断・可能性」

あるいはニーチェの指摘。

どんなケースにせよ、われわれが欲する場合に、われわれは同時に命じる者でもあり、かつ服従する者でもある、ということが起こるならば、われわれは服従する者としては、強制、拘束、圧迫、抵抗などの感情、また無理やり動かされるという感情などを抱くことになる。つまり意志する行為とともに即座に生じるこうした不快の感情を知ることになるのである。しかし他方でまたわれわれは〈私〉という統合的な概念のおかげでこのような二重性をごまかし、いかにもそんな二重性は存在しないと欺瞞的に思いこむ習慣も身につけている。そしてそういう習慣が安泰である限り、まさにちょうどその範囲に応じて、一連の誤った推論が、従って意志そのものについての一連の虚偽の判断が、「欲する」ということに関してまつわりついてきたのである。(ニーチェ『善悪の彼岸』)

このような洞察を失念しているか、無知あるいは不感症かの存在を、《〈私〉支配 je-cratie》のマヌケと呼ぶ。

ここで二人の詩人の名高い言明をかかげておこう。

《「私」とは他者である ''JE est un autre''》 ( ランボー)

《私は他者である ''Je suis l'autre''》 (ネルヴァル)

この極めてシンプルに言明されている「私は他者である」ーーこれがなによりも言語という道具を使わずには生きていけない我々の生の核心である。

人は他者と意志の伝達をはかれる限りにおいてしか自分自身とも通じ合うことができない。それは他者と意志の伝達をはかるときと同じ手段によってしか自らとも通じ合えないということである。

かれは、わたしがひとまず「他者」と呼ぶところのものを中継にしてーー自分自身に語りかけることを覚えたのだ。

自分と自分との間をとりもつもの、それは「他者」である。

(ポール・ヴァレリー『カイエ』二三・七九〇 ― 九一、恒川邦夫訳)

このヴァレリーの他者もまずなによりも「言語」である(訳者の恒川氏は指摘しているように)。

ヘーゲルが何度も繰り返して指摘したように、人が話すとき、人は常に一般性のなかに住まう。この意味は、言語の世界に入り込むと、主体は、具体的な生の世界のなかの根を失うということだ。もっとパセティックな言い方をするなら、私は話し出した瞬間、もはや感覚的に具体的な「私」ではない。というのは、私は、非個人的メカニズムに囚われるからだ。そのメカニズムは、常に、私が言いたいこととは異なった何かを私に言わせる。前期ラカンが「私は話しているのではない。私は言語によって話されている」と言うのを好んだように。これは、「象徴的去勢」と呼ばれるものを理解するひとつの方法である。すなわち、主体が「聖餐式における全質変化 transubstantiation」のために支払わなければならない代価。ダイレクトな動物的生の代理人であることから、パッションの生気から引き離された話す主体への移行である。(ジジェク、LESS THAN NOTHING,2012、私訳)

…………

ところで、ラカンは主人の言説から資本の言説への移行を、1972年に語った。いくらかの詳細は、「資本の言説ーー「資本の論理」の生産様式」に記したが、ここではポイントを絞って記すことにする。

とはいえ、次のラカン自身の言葉は再掲しておこう。

危機 la crise は、主人の言説 discours du maître というわけではない。そうではなく、資本の言説 discours capitalisteである。それは、主人の言説の代替 substitut であり、今、開かれている ouverte。

私は、あなた方に言うつもりは全くない、資本の言説は醜悪だ le discours capitaliste ce soit moche と。反対に、狂気じみてクレーバーな follement astucieux 何かだ。そうではないだろうか?

カシコイ。だが、破滅 crevaison に結びついている。

結局、資本の言説とは、言説として最も賢いものだ。それにもかかわらず、破滅に結びついている。この言説は、支えがない intenable。支えがない何ものの中にある…私はあなた方に説明しよう…

資本家の言説はこれだ(黒板の上の図を指し示す)。ちょっとした転倒だ、そうシンプルにS1 と $ とのあいだの。 $…それは主体だ…。それはルーレットのように作用する ça marche comme sur des roulettes。こんなにスムースに動くものはない。だが事実はあまりにはやく動く。自分自身を消費する。とても巧みに、(ウロボロスのように)貪り食う ça se consomme, ça se consomme si bien que ça se consume。さあ、あなた方はその上に乗った…資本の言説の掌の上に…vous êtes embarqués… vous êtes embarqués…(ラカン、Conférence à l'université de Milan, le 12 mai 1972、私訳)


資本の言説 discours du capitalisme を識別するものは、Verwerfung、すなわち象徴界の全領野からの「排除 rejet」である。…何の排除か? 去勢の排除である Le rejet de quoi ? De la castration。資本主義に歩調を合わせるどの秩序・どの言説も、平明に「愛の問題 les choses de l'amour」と呼ばれるものを脇に遣る。(Lacan, Le savoir du psychanalyste » conférence à Sainte-Anne- séance du 6 janvier 1972)

上の図にある「主人の言説から資本の言説への移行」とは、「〈私〉支配 je-cratie 」、「S1に支配されたマヌケcon-vaincu」、「主体 sujet=主人 Maître」になることと捉えうる。資本の言説の特徴を「去勢の排除」としていることがそれを示している。

ここで資本の言説をめぐる直近の論文(Capitalist Discourse, Subjectivity and Lacanian Psychoanalysis、Stijn Vanheule, 2016, pdf)から抜き出してみることにする。まずこの移行には、上の図に明らかになっているように、三つの「突然変異」と呼ばれるものがある。

① $ とS1 は場所替えをしたこと。

② 左側の上方に向かう矢印ーー古典的言説では到達不能の「真理 vérité」を示す--が、下方に向けた矢印に変更されたこと。

③「動作主agent」と「他者autre」との間にあった上部の水平的矢印が消滅したこと。

これは上に掲げた図の 「$ とS1の場所替え」以外に、(言説のベースにある形式的構造の)次の図の左から右への移行を叙述している。




以下、同様にStijn Vanheule 2016から私訳引用する。

三つの変更の影響は、四つの言説に固有な数多くの障害物が、五番目の言説の特徴ではなくなった。われわれは資本の言説内部で、レースのゴーカートのように、循環しうる。事実、資本の言説において、非関係 non-rapport は回避される。

Samo Tomšič は、これを次のように叙述している。

《矢印が示しているのは、資本の言説は全体化の不可能性 (動作主と他者との間の impossible)の「排除」を基盤としていることである。他の諸言説(四つの言説)は、全体化の不可能性に特徴づけられており、それは次の事実に決定づけられている。すなわち、シニフィアンは差異の開かれたシステムを構成するという事実に。》(Samo Tomšič, The Capitalist Unconscious, 2015)

とりわけ、標準的な四つの言説において、「真理」のポジションは、矢印によって標的になっていない。そして「動作主」と「他者」のポジションは、二つの(相互的に関係性しない)他のポジションによって影響を受けている。それが、言説の機能を構造的に逸脱させる。

実際に、資本の言説の構造的特徴は、四つのポジションは元のままでありながら、矢印によって作り上げられる進路は変わっている。すべてのポジションに一つの矢印が到達する。従って、矢印の閉じられた円環が形成される。四つの言説を特徴づけていた構造的逸脱は、見出されない。言わば車輪のように廻る(無限∞の形になっている:引用者)。……

…資本の言説において、主体性は腐蝕させられる。これについての主要な構造的理由は、$ と a との間の距離が喪われていることである。すなわち、剰余享楽に固有の、身体上の緊張が主体を混乱させる。(Capitalist Discourse, Subjectivity and Lacanian Psychoanalysis、Stijn Vanheule, 2016, pdf


さらに注目すべきは次の叙述である。



(資本の言説における)$ から S1 への動きは、主体の分割の構造的質の否認をもたらす。資本の言説は主体の分割から出発する。しかし、S1 に向かう動きが暗示するのは、主体の分割は、主人のシニフィアンへの疎外(同一化)を通して克服されうるということである。

これは倒錯的運動を物語っている。《倒錯者は、大他者の中の穴をコルク栓で埋めることに自ら奉仕する que le pervers est celui qui se consacre à boucher ce trou dans l'Autre, 》(ラカン、S18)

資本の言説においては、S1 は主体の穴を補填するように促されている。

どちらの場合も、主体の穴は埋め合わせ可能だと信じられている。この理由で資本の言説はしばしば一般化された倒錯の用語で叙述される(Mura, 2015)

《主体の分割$は、主人のシニフィアンS1への疎外(同一化)を通して克服されうる》とある。これはまさに主体と主人のシニフィアンの合体のことを言っている。

このStijn Vanheule=Andrea Muraの指摘は、上に引用したラカンの《主体ー主人が真理のなかで、sujet-Maître dans une vérité》《それ自体、等価 égalité à soi-même》(S17)、という文とともに読むことができる。これが資本の言説の特徴のひとつである。

すなわち、真理のなかで主体 sujet=主人 Maître となることは、

・自己という小さな主人 petit Maître, comme « moi »(S17)
・主人の小さな市場 le petit marché du Maître (S17)
・ 〈私〉支配 «je-cratie » (S17)
・S1に支配されたマヌケcon-vaincu(S20)

であり、ボククラシーの言説が、資本の言説の際立った特徴ということになる。

何度か記しているが、資本の言説という用語に惑わされてはならない。この意味はまずは、後期資本主義の生産様式の時代、あるいは消費至上主義の時代に育った(多大な影響を受けた)人々の言説(社会的つながりの仕方)ということである。もちろん1980年代には、おそらく大量消費社会にかかわっただろう、「新人類」という言葉が流通していたのだから、わたくしも免れている筈はまったくない。

言説とは何か? それは、言語の存在によって生み出されうるものの配置のなかに、社会的紐帯(社会的つながり)の機能を作り上げるものである。

Le discours c'est quoi? C'est ce qui, dans l'ordre ... dans l'ordonnance de ce qui peut se produire par l'existence du langage, fait fonction de lien social(ラカン、 Milan, le 12 mai 1972)

こうして資本の言説の図式は、実は次のように変奏して記せるのではないか(この図は、わたくしの知る限り、誰もそう図示していないが)。





この図は、マルクスのM-C-M' (資本ー商品ー資本+資本)と等価である(参照:フロイトの「資本」論と「快の獲得」)。

これがボククラシーの言説であり、わたくしがかねてから「ボク珍の言説」と呼んでいるものと等しい・・・別名、夜郎自大の言説とも呼ばれる。現在、この言説がいっそう猖獗しているのは明らかである。

ところで、いま示した資本の言説の変形版は、藤田博史氏による想像的ディスクール(日本的幻想)の図と類似した構造をもっている。


セミネール断章 2013年 5月11日講義より


ラカンはセミネール18で、われわれの現実は「見せかけの世界 le monde du semblant」であるといっている(前期ラカンの見せかけの定義に反して)。そもそも「シニフィアンはすべて見せかけである」(ミレール)。とすれば、 S2≒As(Autre semblant)である。こうすれば藤田マテーム φーAsー-φとは、次のように記せる。



これはイマジネールなボク φ が、見せかけAsを介して、イマジネールなオチンチン-φとお話しするという図式であり、まさに倒錯の言説(資本の言説の変形版)と相同的である(イマジネールな他者(オチンチン)とは、ようするに「私に似た」他の人々、競争や相互承認といった鏡像的関係を結ぶ私の同類たちのことである)。

この図は藤田氏が次の図式の中段にて示していることと、ほぼ等価のはずである。




…………

何も一人称単数代名詞を使用していけないわけではない。だがそれは象徴的なシニフィアンに過ぎず、〈この私〉とはけっして一致しないことを常に心得ておくこと。それが、《〈私〉支配 je-cratie》の言説から《横にずれる存在 être à côté》(S20)へと逃れる最初の手蔓であるだろう。

・ここにあるいっさいは、小説の一登場人物によって語られているものと見なされるべきである。

・人称代名詞と呼ばれている代名詞。すべてがここで演じられるのだ。私は永久に、代名詞の競技場の中に閉じこめられている。「私〔je〕」は想像界を発動し、「君〔vous〕」と「彼〔il〕」はパラノイアを発動する。……『彼自身によるロラン・バルト』ーー「ロラン・バルトのなかのフロイト・ラカン」)

だがこんな考え方はもはや通用しない世界になってしまっているように思える。現代では次のような図式の形態にてマガオで振る舞う人物が、日本の代表的「思想家」らしいから。




本書でぼくが言おうとしているのは、観光客とは小さな人類学者であるべきだという提言として要約できるのかもしれない。(東浩紀『ゲンロン0 観光客の哲学』)

東浩紀氏の「小さな人類学者」とは、おそらくラカンの次の表現のほうがもっとふさわしいのではなかろうか?

・自己という小さな主人 petit Maître, comme « moi »(S17)
・主人の小さな市場 le petit marché du Maître (S17)
・ 〈私〉支配 «je-cratie » (S17)

さらに言えば、次の道のりをしっかりと歩んでいるとも憶測される。

・S1に支配されたマヌケcon-vaincu(S20)
・S1を自己だと思う狂人con (S2)

浅田彰は、かつて《他人の評価に飢え取り巻きを作り褒められ安心したい僕を見て褒めてのヒステリー君》と要約される東浩紀への評言を吐いたが、まだ単なる「ヒステリー君」であるなら「すくい」があったのではなかろうか・・・なにはともあれ、藤田スキーマにおける想像的オチンチンのレスポンスが彼の原動因に近似したものになっているように(すくなくともツイッター上の振舞いをうかがう限りは)感じざるをえない。すなわち時代の典型的症状の体現者である(だが批評とは、何よりもまず時代の症状を批判し、その症状という釈迦の掌の上に乗っている猿ーー誰もが免れがたい猿としての〈私〉ーーを自己吟味することではなかったか)。

浅田彰)  …僕はレスポンスを求めないために書くという言い方をしたいと思います。 東浩紀さんや彼の世代は、そうは言ったって、批評というものが自分のエリアを狭めていくようでは仕方がないので、より広い人たちからのレスポンスを受けられるように書かなければいけないと主張する。… しかし、僕はそんなレスポンスなんてものは下らないと思う。

蓮實重彦) 下らない。それは批評の死を意味します。

――中央公論 2010年1 月号、「対談 「空白の時代」以後の二〇年」(蓮實重彦+浅田彰)

他方ここで、人類学者のレヴィ=ストロースの文を想い起しておこう。

私は旅や探検が嫌いだ。それなのに、いま私はこうして自分の探検旅行のことを語ろうとしている。だが、そう心に決めるまでにどれだけ時間がかかったことか!(……)

研究の目的に到達するために、これほどの努力とむだな消耗が必要だということは、私たちの仕事のむしろ短所とみなすべきで、なんらとりたてて賞賛すべきことではない。私たちがあれほど遠くまでさがし求めにいく真理は、このような挟雑物を取り去ったのちに、初めて価値をもつのである。(レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』川田順造訳)

レヴィ=ストロースの言っていることを、ラカンの四つの言説の構造に当てはまれば次のようになる。



…………

ところで、資本の言説が倒錯の言説(社会的つながり)だとして、どうして倒錯で悪いのか、と素朴に問うこともできるだろう。たとえばドゥルーズは「倒錯」を顕揚したではないか、と。

それについては、「倒錯者の言説(マゾヒストの言説)」にいくらか記した。ここでは「個人の症状」としての倒錯のポイントとなる二つの文だけ再掲しよう。

臨床的叙述が何度もくり返して示しているのは、倒錯的シナリオは権力関係の設置に至ることである。すなわち他者は支配されなければならない。マゾヒストでさえ、最初から終りまで糸を操っている。彼(女)は、他者がしなければならないことを厳しく命ずる。この権力は純粋に身体的次元には限定されない。さらに先に進んで、倒錯者はとてもしばしば、快楽の新しい倫理の唱導者となる。したがって彼は、自らの権力の掌中となる取り巻き連中を創造する。(ポール・バーハウ、2001,Paul Verhaeghe、PERVERSION II)
ほとんどの事例で、男性の倒錯者は、彼が事態を支配しなければならないとしてさえ、大他者の全的享楽の対象として自らを表す。女性の倒錯者は母のポジションから出発する。その意味は、彼女は自身の欠如を埋め合わせる対象として他者を定義づけるということである。(……)

要約しよう。母は自分の子供を想像的ファルスの位置に保ったままにする。父は受動的観察者の位置に還元される。母の想像的ファルスの位置に同一化した息子は、大他者の位置にある他者に対して同じ過程を能動的に反復する。娘は彼女自身の子供に焦点を当てる傾向がある。こうして原初の過程を反復する。(同 Paul Verhaeghe、PERVERSION II,PDF


2017年4月19日水曜日

無自覚な究極の倒錯者

フェティッシュとは、欲望が自らを支えるための条件である。 il faut que le fétiche soit là, qu'il est la condition dont se soutient le désir. (ラカン、S10)

…………

フロイトの「資本」論と「快の獲得」」についてナンタラ言ってる無自覚な倒錯者がいるが、肝腎なのは、〈きみ〉の振舞い自体が、倒錯的ではないか、と疑うことだよ。もちろん〈きみ〉のなかにはこの〈わたくし〉もいる。

リビドー経済において、反復強迫の倒錯行為に煩わされない「純粋な」快原理はない。倒錯行為とは、快原理の観点からは説明されえない。同様に、商品の交換の領野において、別の商品を買うために商品を貨幣に交換するという直接的な閉じられた循環はない。もっと多くの貨幣を得るために商品を売買する倒錯的論理によって蝕まれていないような循環はないのだ。この論理においては、貨幣はもはや単なる商品交換のための媒体ではなく、それ自体が目的となる。

唯一の現実は、もっと貨幣を得るために貨幣を使うという現実である。マルクスが C-M-C(商品-貨幣-商品)と呼んだもの、すなわち別の商品を買うために或る商品(労働力商品も含む)を貨幣に換えるという閉じられた交換ーーその機能は、交換過程の「自然な」基礎を提供するーーは究極的に虚構である。(……)

ここにある基本のリビドー的メカニズムは、フロイトが 「快の獲得 Lustgewinn」と呼んだものである。この概念を巧みに説明している Samo Tomšič の『資本家の無意識 The Capitalist Unconscious』から引用しよう。


《Lustgewinn(快の獲得)は、快原理のホメオスタシス(恒常性)が単なる虚構であることの最初のしるしである。とはいえ、Lustgewinn は、欲求のどんな満足もいっそうの快を生みえないことを示している。それはちょうど、どんな剰余価値も、C–M–C(商品–貨幣–商品)の循環からは論理的に発生しないように。剰余享楽、利益追求と快との繋がりは、単純には快原理を掘り崩さない。それが示しているのは、ホメオスタシスは必要不可欠な虚構であることだ。ホメオスタシスは、無意識の生産物を構造化し支える。それはちょうど、世界観メカニズムの獲得が、全体の構築における罅のない閉じられた全体を提供することから構成されているように。Lustgewinn(快の獲得)は、フロイトの最初の概念的遭遇、--後に快原理の彼方、反復強迫に位置されるものとの遭遇である。そして、精神分析に M–C–Mʹ(貨幣– 商品–貨幣'[貨幣+剰余価値])と同等のものを導入した。》(Samo Tomšič,The Capitalist Unconscious,2014)

「快の獲得 Lustgewinn」の過程は、反復を通して作用する。人は目的地を見失い、人は動作を繰り返す。何度も何度も試みる。本当の目標は、もはや目指された目的地ではなく、そこに到ろうとする試みの反復動作自体である。形式と内容の用語でもまた言いうる。「形式」は、欲望された内容に接近する様式を表す。すなわち、欲望された内容(対象)は、快を提供することを約束する一方で、剰余享楽は、目的地を追求することのまさに形式(手順)である。

口唇欲動がいかに機能するかの古典的事例がある。乳房を吸うという目的は、母乳によって満たされることである。リビドー的獲得は、吸啜の反復性動作によってもたらされ、したがってそれ自体が目的となる。

(……)Lustgewinn(快の獲得)の別の形象は、ヒステリーを特徴づける反転である。快の断念は、断念の快・断念のなかの快へと反転する。欲望の抑圧は、抑圧の欲望へと反転、等々。すべての事例において、獲得は「パフォーマティヴな」レベルで発生する。すなわち、目的地に到達することではなく、目的地に向かっての動作の、まさにパフォーマンスによって生み出される。(ジジェク、 Slavoj Žižek – Marx and Lacan: Surplus-Enjoyment, Surplus-Value, Surplus-Knowledge,2016)

〈きみ〉のはしたないツイートというのは、あきらかにひどい倒錯だよ。ようはツイート活動自体が目的となっている。

そもそも言語活動自体が倒錯であるとさえ言える。

言語活動の不幸は、それ自身の確実性を証明できないところにある(しかしまた、おそらくそれが言語活動の逸楽でもあるのだ mais aussi peut—être la volupté)。言語活動のノエマはおそらく、その不能性にある。あるいはさらに積極的に言えば、言語活動とは本来的に虚構である、ということなのである。言語活動を虚構でないものにしようとすると、とほうもなく大がかりな手段を講じなければならない。論理にたよるか、さもなければ、誓約に頼らなければならない。(ロラン・バルト『明るい部屋』)

さらにもっと強烈に次のように引用してもよい。

しかし言語自体が、我々の究極的かつ不可分なフェティッシュではないだろうか Mais justement le langage n'est-il pas notre ultime et inséparable fétiche?。言語はまさにフェティシストの否認を基盤としている(「私はそれを知っている。だが同じものとして扱う」「記号は物ではない。が、同じものと扱う」等々)。そしてこれが、言語存在の本質 essence d'être parlant としての我々を定義する。その基礎的な地位のため、言語のフェティシズムは、たぶん分析しえない唯一のものである。(ジュリア・クリスティヴァ1980,J. Kristeva, Pouvoirs de l’horreur, Essais sur l’abjection, 1980)

これらの認識がない者たちを、ラカンは去勢の排除者と呼んでいる。

資本の言説 discours du capitalisme を識別するものは、Verwerfung、すなわち象徴界の全領野からの「排除 rejet」である。…何の排除か? 去勢の排除である Le rejet de quoi ? De la castration。資本主義に歩調を合わせるどの秩序・どの言説も、平明に「愛の問題 les choses de l'amour」と呼ばれるものを脇に遣る。(Lacan, Le savoir du psychanalyste » conférence à Sainte-Anne- séance du 6 janvier 1972ーー四つの不可能な仕事と四つの言説+倒錯の言説(資本の言説))

しかしながら、現代ラカン派では、ラカンの去勢の排除(精神病)ではなく、去勢の否認、つまり倒錯とする捉え方が主流である。つまり、あれらツイッター村で典型的な破廉恥漢たちは、 《市場原理主義がむきだしの素顔を見せ》るようになった(中井久夫) 、1990年以降に人格形成期を経た典型的な倒錯者である。ほとんどみな倒錯者であるので、みずからの症状に気づかないだけである。

資本の言説は、「一般化された倒錯」の用語で叙述しうる。(ANDREA MURA. 2015, Lacan and Debt: The Discourse of the Capitalist in Times of Austerity, PDFーー「資本の言説ーー「資本の論理」の生産様式」)
資本主義は、社会的つながりの水準で、倒錯的享楽の一般化を強いる。それは克服できない地平であり、数多くの倒錯が咲き乱れる。他方、一般的な社会の枠組は変わらないないままである。商品形態の閉じられた世界、その多形性は、アンタゴニズムのすべての形態の加工・同化・中性化を可能にする。資本主義の主体は去勢を嘲笑し、去勢は時代錯誤的で、ポストモダン社会がきっぱりと克服した男根社会の残滓だと宣言する。(Samo Tomšič, 2015, The Capitalist Unconscious: Marx and Lacan)

この症状は、現代にフロイトが生きていたら、「文化共同体病理学 Pathologie der kulturellen Gemeinschaften 」の対象とするはずである(参照:「父の溶解霧散」後の「文化共同体病理学」)。

くりかえすが、わたくしもこの時代に生きているわけで、仮に旧世代であったにしろ、この病理から免れているわけではけっしてない。だが最悪の病人とは、全く自覚症状のない〈きみ〉のような種族であることは間違いない。


フロイトの「資本」論と「快の獲得」

まずフロイトの「資本」論から。

夢が必要とした欲動の力 Triebkraft は、ある願望 Wunsche によって提供されねばならなかった。夢の欲動の力として振舞う願望 Wunsch als Triebkraft des Traumes、それを捕えることが、心配の関心事だった。

この状況は次の喩えで説明しうる。すなわち日中思考は、夢にとって企業家 Unternehmers の役割を大いに演じうる。しかし企業家ーープランを抱いてそれを実現しようとする彼ーーは、資本なしでは何もできない ohne Capital nichts machen。彼は、出資 Aufwand してくれる資本家 Capitalisten が必要である。夢にとっての心的出資 psychischenAufwand を提供する資本家 Capitalist とは、その日中思考がどんなものであろうと、例外なしに必ず、無意識からの願望 Wunsch aus dem ünbewussten である。

資本家 Capitalist が同時に企業家 Unternehmer を兼ねる場合もある。いやこれがもっともありふれた夢の場合なのである。日中作業によって、ある無意識的な願望が刺激を受ける。そしてこの願望が夢を作り出す。… (フロイト『夢解釈』第七章)


次にマルクスの『資本論』より。

諸商品の価値が単純な流通の中でとる独立な形態、貨幣形態は、ただ商品交換を媒介するだけで、運動の最後の結果では消えてしまっている。

これに反して、流通 G-W-G (貨幣-商品-貨幣)では、両方とも、商品も貨幣も、ただ価値そのものの別々の存在様式として、すなわち貨幣はその一般的な、商品はその特殊的な、いわばただ仮装しただけの存在様式として、機能するだけである。

価値は、この運動の中で消えてしまわないで絶えず一方の形態から他方の形態に移って行き、そのようにして、一つの自動的主体 ein automatisches Subjekt に転化する。

自分を増殖する価値がその生活の循環のなかで交互にとってゆく特殊な諸現象形態を固定してみれば、そこで得られるのは、資本は貨幣である、資本は商品である、という説明である。

しかし、実際には、価値はここでは一つの過程の主体になるのであって、この過程のなかで絶えず貨幣と商品とに形態を変換しながらその大きさそのものを変え、原価値としての自分自身から剰余価値 Mehrwert としての自分を突き放し、自分自身を増殖するのである。

なぜならば、価値が剰余価値をつけ加える運動は、価値自身の運動であり、価値の増殖であり、したがって自己増殖 Selbstverwertung であるからである。(マルクス『資本論』)

「自動的主体 automatisches Subjekt 」とは、ラカンの「無頭の主体 sujet acéphale」のことである。

欲動は「無頭の主体」のモードにおいて顕れる。

la pulsion se manifeste sur le mode d’un sujet acéphale.(ラカン、S11、13 Mai 1964)

そしてマルクスの「剰余価値」とは「症状」のことである。

…症状概念。注意すべき歴史的に重要なことは、フロイトによってもたらされた精神分析の導入の斬新さにあるのではないことだ。症状概念は、…マルクスを読むことによって、とても容易くその所在を突き止めるうる。(ラカン, S18, 16 Juin 1971)

そして、

剰余価値[Mehrwert]、それはマルクス的快[Marxlust]、マルクスの剰余享楽である。(ラカン、ラジオフォニー、1970年)
フロイトの「快の獲得 Lustgewinn」、それはシンプルに、私の「剰余享楽 plus-de jouir」のことである。(Lacan, S21, 20 Novembre 1973)

である。

フロイトの「快の獲得」概念は、1905年の『機知』論文に初めて出現するが、ここでは最晩年の叙述を抜き出す。

まずはじめに口が、性感帯 die erogene Zone としてリビドー的要求 der Anspruch を精神にさしむける。精神の活動はさしあたり、その欲求 das Bedürfnis の充足 die Befriedigung をもたらすよう設定される。これは当然、第一に栄養による自己保存にやくだつ。しかし生理学を心理学ととりちがえてはならない。早期において子どもが頑固にこだわるおしゃぶり Lutschen には欲求充足が示されている。これは――栄養摂取に由来し、それに刺激されたものではあるが――栄養とは無関係に快の獲得 Lustgewinn をめざしたものである。ゆえにそれは「性的 sexuell」と名づけることができるし、またそうすべきものである。(フロイト『精神分析概説』草稿、死後出版1940年)

《栄養とは無関係に快の獲得 Lustgewinn をめざしたもの》とあるが、これをラカンは《享楽欠如の拡張生産》としている。

この宝貝、つまり剰余価値、それはひとつの経済が自らの原理をつくるための欲望の原因である。この原理とは、「享楽欠如 manque-à-jouir」の拡張的生産の、つまり飽くことをしらないものとしてのそれである。(ラカン、ラジオフォニー、1970年)

なぜ享楽欠如というのか。

フロイト曰く「栄養とは無関係」だから。
マルクス的に言えば、実際の使用価値を断念して自己目的(自己増殖)となるから。

…………

フロイトの「資本」論に戻る。「夢が必要とした欲動の力 Triebkraft」 とは「資本」とあった。そして《企業家ーープランを抱いてそれを実現しようとする彼ーーは、資本なしでは何もできない 》ともあった。

フロイトの「資本」をめぐる叙述と「快の獲得」概念を、ラカンの「資本の言説」にあてはめれば、次のようになる。



さらにまた《資本家 Capitalist が同時に企業家 Unternehmer を兼ねる場合もある。いやこれがもっともありふれた夢の場合なのである》という記述を生かし、快の獲得=剰余価値、プランとは商品の生産・売買とすれば、次のように図示できる。





資本の言説は主人の言説の突然変異であり(参照:四つの不可能な仕事と四つの言説+倒錯の言説(資本の言説))、ラカンがまだ資本の言説概念を提出していない時期に、主人の言説について次のように言っている。

主人の言説は主体の支配とともに始まる。主人の言説が、超限定された神話・それ自身のシニフィアンに同一化すること [ $ ≡ S1 ] によってのみ支えられる傾向がある限りで。(S17、18 Février 1970)

これは企業家$と資本S1の合体である[ $ ≡ S1 ]。

ラカンはこれまた「資本の言説」とは別の文脈においてだが、《真理のなかでの主体と主人の出現の地平 l'horizon de la montée du sujet-Maître dans une vérité》において、 《それ自体、等価 égalité à soi-même》となることを、主人の言説の特徴としている。

Il en est tout autre chose de ce qui se trouve à l'horizon de la montée du sujet-Maître dans une vérité qui s'affirme de son égalité à soi-même, de cette « je-cratie » dont je parlais une fois, et qui est, semble-t-il, l'essence de toute affirmation dans la culture qui a vu fleurir entre toutes ce discours du Maître. (Lacan, S17, 11 Février 1970 )

上にあらわした図は、真理のポジションにおいて、「動作主 agent のポジションにある企業家$」と「真理 verite のポジションにある資本S1」が合体したことを示したのである。




こうしてマルクスのG-W-G'(M-C-M' )、すなわち「貨幣-商品-貨幣+剰余価値」は、フロイトの資本論のなかにもあることが形式的に理解できる。

Lustgewinn(快の獲得)は、フロイトの最初の概念的遭遇、--後に快原理の彼方、反復強迫に位置されるものとの遭遇である。そして、精神分析に M–C–Mʹ(貨幣– 商品–貨幣'[貨幣+剰余価値])と同等のものを導入した。(Samo Tomšič,The Capitalist Unconscious, 2015)

…………

もちろん上の叙述自体は、柄谷行人がすでに『トランスクリティーク』で明晰に言っていることでもある。

広い意味で、交換(コミュニケーション)でない行為は存在しない。(……)その意味では、すべての人間の行為を「経済的なもの」として考えることができる。(柄谷行人『トランスクリティーク』)

ーーフロイトの無意識論も、『マゾヒズムの経済的問題』を想い起すまでもなく、つねに「経済的なもの」である。その経済的=交換的なもののことを、ラカンは「言説」と呼ぶ。ラカンにとってのその意味は、《社会的つながりの機能 fonction de lien social》(1972)である。

まず最初の誤謬を取り除かねばならない。想い起こそう、(ラカンにとって)「言説」とは「語の集合」ではないことを。「資本家の言説」という表現は、資本主義の生産様式の支配に由来する社会的絆を指している。ある意味で、「言説」という用語は「生産様式」という用語に代替される。(capitalist exemptIon,Pierre Bruno,2010、pdf)

このPierre Brunoの考え方は、岩井克人の資本の主義/資本の論理の区別とともに読むといっそう味わい深い(参照:「父の眼差し」の時代から「母の声」の時代への移行)。

ようするに資本の生産様式が移行すれば、人間間の社会的つながり方は変わるのである。これをラカン派では主に神経症から倒錯への移行(主人の言説から資本の言説への移行)とする。

資本の言説は、「一般化された倒錯」の用語で叙述しうる。(ANDREA MURA. 2015, Lacan and Debt: The Discourse of the Capitalist in Times of Austerity, PDF)

人間は誰もがもともと倒錯的であるにしろーー《倒錯が人間の本質である la perversion c'est l'essence de l'homme》(Lacan, S24, 1977)ーー、ある時期からの社会的つながりは、エディプス(主人)のタガが外れて、前エディプス的な裸の倒錯に近いものになっている、という考え方である。

資本主義は、社会的つながりの水準で、倒錯的享楽の一般化を強いる。それは克服できない地平であり、数多くの倒錯が咲き乱れる。他方、一般的な社会の枠組は変わらないないままである。商品形態の閉じられた世界、その多形性は、アンタゴニズムのすべての形態の加工・同化・中性化を可能にする。資本主義の主体は去勢を嘲笑し、去勢は時代錯誤的で、ポストモダン社会がきっぱりと克服した男根社会の残滓だと宣言する。(Samo Tomšič, 2015, The Capitalist Unconscious: Marx and Lacan)

 サモ・トムシックがこの‟The Capitalist Unconscious” 以降に書いた小論では、さらに次のように言っている。

…(フロイト・ラカンによる)「社会的生産様式」を支えるメカニズムへの固有の洞察。決して誇張ではない、次のように主張することは。すなわち、「資本主義のなかの居心地の悪さDas Unbehagen im Kapitalismus」のほうが「文化の中の居心地の悪さ Das Unbehagen in der Kultur」より適切だと。というのは、フロイトは抽象的な文化を語ったのでは決してなく、まさに産業社会の文化を語ったのだから。強欲な消費主義、増大する搾取、繰り返される行き詰まり、経済的不況と戦争によって徴づけられる産業社会の文化を。(Samo Tomšič: Laughter and Capitalism, 2015,PDF

さて、これらの文脈のなかで、柄谷行人の『トランスクリティーク』におけるマルクスの価値形態論、あるいはフェティシュをめぐる記述を読んでみると、資本の論理(資本の欲動)がいかに倒錯的(フェティシュ的)であるのかがあらためてよく理解できる。

マルクスの考えでは、金が貨幣となるのは、それが金だからではなくて、一般的等価形態におかれたからである。彼が見ようとしたのは、そこに位置する生産物を商品たらしめたり、貨幣たらしめる「価値形式」 ――相対的価値形態と等価形態 ――である。それが素材的に何であろうと、排他的に一般的等価形態におかれたものは貨幣である。一般的等価形態におかれた物(そしてその所有者)は、他の何とでも交換できる「権利」をもつ。人が或るもの、たとえば金を崇高と見なすのは、それが金だからではなく、それが一般的等価形態におかれているからだ。マルクスが資本の考察を守銭奴から始めたことに注意すべきである。守銭奴がもつのは、物(使用価値)への欲望ではなくて、等価形態に在る物への欲動 ――私はそれを欲望と区別するためにフロイトにならってそう呼ぶことにしたいーーなのだ。別の言い方をすれば、守銭奴の欲動は、物への欲望ではなくて、それを犠牲にしても、等価形態という「場」(ポジション)に立とうとする欲動である、この欲動はマルクスがいったように、神学的・形而上的なものをはらんでいる。守銭奴はいわば「天国に宝を積む」のだから。

しかし、それを嘲笑したとしても、資本の蓄積欲動は基本的にはそれと同じである。資本家とは、マルクスがいったように、「合理的な守銭奴」にほかならない。それは、一度商品を買いそれを売ることによって、直接的な交換可能性の権利の増大をはかる。しかし、その目的は使用することではない。だから、資本主義の原動力を、人々の欲望に求めることはできない。むしろその逆である。資本の欲動は「権利」(ポジション)を獲得することにあり、そのために人々の欲望を喚起し創出するだけなのだ。そして、この交換可能性の権利を蓄積しようとする欲動は、本来的に、交換ということに内在する困難と危うさから来る。(柄谷行人『トランスクリティーク』)
……財の生産と消費として見える経済現象には、その裏面において、根本的にそれとは異質な或る倒錯した志向がある。 G’( G+ ⊿G )を求めること、それがマルクスのいう貨幣のフェティシズムにほかならない。マルクスはそれを商品のフェティシズムとして見た。それは、すでに古典経済学者が重商主義者の抱いた貨幣のフェティシズムを批判していたからであり、さらに、各商品に価値が内在するという古典経済学の見方にこそ、貨幣のフェティシズムが暗黙に生き延びていたからである。だからここでいう商品のフェティシズムは消費社会における商品のフェティシズム ―たとえば人を店のショーウィンドウに釘付けにするような ―と混同されてはならない。むしろ、それは消費するかわりに、いつでもそうできるという「権利」を持とうとする欲動なのであり、それが一商品(金)を崇高なものとするのである。

私がここで焦点を当てたいのは、資本の自己増殖がいかに可能か( ……)ではなく、なぜ資本主義の運動がはてしなく( endlessly)続かざるをえないか、という問いである。実は、それは end-less(無目的的)でもある。貨幣(金)を追いもとめる商人資本=重商主義が「倒錯」だとしても、実は産業資本をまたその「倒錯」を受けついでいる。実際に、産業資本主義がはじまる前に、信用体系をふくめてすべての装置ができあがっており、産業資本主義はその中で始まり、且つそれを自己流に改編したにすぎない。では資本主義的な経済活動を動機づけるその「倒錯」は、何なのか。いうまでもなく、貨幣(商品)のフェティシズムである。

マルクスは、資本の源泉にまさしく貨幣のフェティシズムに固執する守銭奴(貨幣退蔵者)を見いだしている。貨幣をもつことは、いつどこでもいかなるものとも直接的に交換しうるという「社会的権利」をもつことである。貨幣退蔵者とは、この「権利」ゆえに、実際の使用価値を断念する者の謂である。貨幣を媒体ではなく自己目的とすること、つまり「黄金欲」や「致富衝動」は、けっして物(使用価値)に対する必要や欲望からくるのではない。守銭奴は、皮肉なことに、物質的に無欲なのであるちょうど「天国に宝を積む」ために、この世において無欲な信仰者のように。守銭奴には、宗教的倒錯と類似したものがある。事実、世界宗教も、流通が一定の「世界性」 ――諸共同体の「間」に形成されやがて諸共同体にも内面化される ――をもちえたときにあらわれたのである。もし宗教的な倒錯に崇高なものを見いだすならば、守銭奴にもそうすべきだろう。守銭奴に下劣な心情(ルサンチマン)を見いだすならば、宗教的な倒錯者にもそうすべきだろう。(『トランスクリティーク』)

この柄谷行人の文は意図せずに、ラカンの次の言明の解説になっている。

欲望の搾取、これが資本の言説の偉大な発明である L’exploitation du désir, c’est la grande invention du discours capitaliste(ラカン、Excursus, 1972)

柄谷行人は最近の英論文でもこう言っている。

資本の蓄積運動は、人間の意志や欲望から来るのではない。それはフェティシズム、すなわち商品に付着した「精神」によって駆り立てられている (driven) 。資本主義社会は、最も発達したフェティシズムの形態によって組織されている。(Capital as Spirit, Kojin Karatani、2016, PDF)

剰余価値というフェティシズムは、形態が核心である。

…労働生産物が商品形態を身に纏うと直ちに発生する労働生産物の謎めいた性格は、それではどこから生ずるのか? 明らかにこの形態 Form そのものからである。(マルクス 『資本論』第1篇第四節「商品の物神的性格とその秘密(Der Fetischcharakter der Ware und sein Geheimnis」)

つまり、もの(対象)ではなく、形態がマルクスのフェティシズムの核心である。

株式資本にて、フェティシズムはその至高の形態をとる。…ヘーゲルの「絶対精神」と同様に…株式とは「絶対フェティッシュ absolute fetish」である。(Capital as Spirit, Kojin Karatani、2016, PDF)

この「絶対フェティシュ」(絶対的フェティシュ)は、絶対的剰余価値の「絶対」とは全く意味が異なる。

では絶対フェティシュとは何か?

われわれは、 標準的なマルクス主義者の「物象化 Versachlichung」と「商品フェティッシュWarenfetischs」の題目の、徹底した再形式化が必要である。(……)

逆説的なことに、フェティシズムは、フェティッシュが「脱物象化」されたときに頂点に達する。(ジジェク、LESS THAN NOTHIHNG,2012)

次のジジェク文の、外密 Extimitéとしての対象a は、柄谷のいう「絶対フェティッシュ」のことである。

ラカンが、象徴空間の内部と外部の重なり合い(外密 Extimité)によって、象徴空間の湾曲・歪曲を叙述するとき、彼はたんに、対象a の構造的場を叙述しているのではない。剰余享楽は、この構造自体、象徴空間のこの「内に向かう湾曲」以外の何ものでもない。(ジジェク、LESS THAN NOTHING, 2012)

以下の文の「対象a=剰余価値」に「フェティシュ」を代入して読んでおこう。

対象a の根源的両義性……対象a は一方で、幻想的囮/スクリーンを表し、他方で、この囮を混乱させるもの、すなわち囮の背後の空虚 void をあらわす。(Zizek, Can One Exit from The Capitalist Discourse Without Becoming a Saint? ,2016, pdf)

これでマルクスの二種類のフェティシュが理解できるだろう。すなわち、形態 Form そのもののフェティシュ/物象化されたフェティシュ(たとえば黄金物神 Geldfetisch)が。




2017年4月18日火曜日

「夕暮れの涼しいときに」と「白い月影は森を照らし」

◆マタイ第64曲 Am Abend, da es kühle war 夕暮れの涼しいときに(Karl Richter、Fischer-Dieskau 1958)



◆Faure、La lune blanche luit dans le bois 白い月影は森を照らし (Ian Bostridge)




ーーいやあ実によく似ている。昨日、何度か「夕暮れの涼しいときに」を聴いていて、ふと気付いてしまった。世界中でまだ誰も言っていない。「世界初」の発見である。コレハヒョットシテのーべる音楽批評賞モノノ発見デハナカロウカ・・・

ここで記念にこの100年あまりのあいだで「唯一」の真の作家プルースト(ノーベル文学賞はプルースト文学賞と改名すべきである)の文をバッハとフォーレ、そして蚊居肢散人に捧げておく。

その楽節は、ゆるやかなリズムで、スワンをみちびき、はじめはここに、つぎはかしこに、さらにまた他のところにと、気高い、理解を越えた、そして明確な、幸福のほうに進んでいった。そしてその未知の楽節がある地点に達し、しばし休止ののち、彼がそこからその楽節についてゆこうと身構をしていたとき、突然、楽節は方向を急変し、一段と急テンポな、こまかい、憂鬱な、とぎれない、やさしい、あらたな動きで、彼を未知の遠景のかなたに連れさっていった。それから、その楽節は消えた。彼は三度目にその楽節にめぐりあいたちとはげしく望んだ。すると、はたして、その楽節がまたその姿をあらわしたが、こんどはまえほどはっきりと話しかけてくれなかったし、まえほど深い官能をわきたたせはしなかった。しかし、彼は家に帰ると、またその楽節が必要になった、あたかも彼は、行きずりにちらと目にしたある女によって生活のなかに新しい美を映像をきざみこまれた男のようであり、その名さえ知らないのにもうその女に恋をし、ふたたびめぐりあうてだてもないのに、その女の新しい美の映像がその男の感受性にこれまでにない大きな価値をもたらす場合に似ていた。(プルースト「スワン家のほうへ」)

わたくしはあまり人が好まないフォーレ(本来の発音はフォレである)のいくつかの作品にひどく惹かれるのだが、フォーレへの愛はその多くがバッハ起源ではなかろうか? 十代半ばからの数年のあいだほとんどバッハしか聴かなかった。三年のドイツ赴任から帰ってきた自動車会社勤務でクラッシックファンの叔父がわたくしのレコード棚を見て呆れ果てていたことを想い出す。あの頃の影響が生涯、色濃く残っているには相違ない。

わたくしがこよなく愛するフォーレ遺作の弦楽四重奏も、ああここにはバッハがある! と感じてしまうのだが、上のようにぴったりとーーわたくしの妄想的頭のなかでーー、合致するものを見出せない。少年時代の一時期、毎日のように聴いていたオルガン小曲集(オルゲルビュッヒライン Orgelbüchlein)かトリオソナタの緩徐楽章あたりにあるのではないか、とは疑っているのだが。





いやこれはーーすばらしく美しい曲にはちがいないがーーちょっと違う。長い間きいていない『音楽の捧げもの』あたりのトリオソナタを探すべきか。それとも平均律のフーガを弦楽四重奏に編曲したものを聴き込めば第二の発見に至るかもしれない・・・

…スワンや彼の妻はこのソナタに、明瞭にある楽節を認めるのだが、私にとってその楽節は、たとえば思いだそうとするが闇ばかりしか見出せない名前、しかし一時間も経ってそのことを考えていないときに最初はあれほどたずねあぐんだ綴がすらすらとひとりでに浮かびあがってくるあの名前のように、ソナタのなかにあって容易にそれとは見わけにくいものなのであった。また、あまりききなれないめずらしい作品をきいたときには、すぐには記憶できないばかりでなく、それらの作品から、ヴァントゥイユのソナタで私がそうであったのだが、われわれがききとるのは、それほどたいせつではない部分なのである。(……)

そればかりではない、私がソナタをはじめからおわりまできいたときでも、たとえば距離や靄にさまたげられてかすかにしか見ることのできない記念建造物のように、やはりこのソナタの全貌は、ほとんど私に見さだめられないままで残った。そこから、そうした作品の認識にメランコリーがむすびつくのであって、時間が経ってからのちにそのまったき姿をあらわすものの認識はすべてそうなのである。

ヴァントゥイユのソナタのなかにもっとも奥深く秘められた美が私にあきらかになったとき、はじめに認めてたのしんだ美は、私の感受性の範囲外へ習慣によってさそわれて、私を離れ、私から逃げだしはじめた。私はこのソナタがもたらすすべてを時間をかさねてつぎつぎにでなければ好きになれなかったのであって、一度もソナタを全体として所有したことがなかった、このソナタは人生に似ていた。しかし、そうした偉大な傑作は、人生のようには幻滅をもたらすことはないが、それがもっている最上のものをはじめからわれわれにあたえはしない。

ヴァントゥイユのソナタのなかで一番早く目につく美は、またあきられやすい美であり、そうした美がすでに人々に知られている美とあまりちがっていないのも、まず早く目にとまる美だからである。しかしそんな美がわれわれから遠ざかったとき、そのあとからわれわれが愛しはじめるのは、あまり新奇なのでわれわれの精神に混乱しかあたえなかったその構成が、そのときまで識別できないようにしてわれわれに手をふれさせないでいたあの楽節なのである。

われわれが毎日気がつかずにそのまえを通りすぎていたので、自分から身をひいて待っていた楽節、それがいよいよ最後にわれわれのもとにやってくる、そんなふうにおそくやってくるかわりに、われわれがこの楽節から離れるのも最後のことになるだろう。われわれはそれを他のものより長く愛しつづけるだろう、なぜなら、それを愛するようになるまでには他のものよりも長い時間を費していたであろうから。それにまた、すこし奥深い作品に到達するために個人にとって必要な時間というものはーーこのソナタについて私が要した時間のようにーー公衆が真に新しい傑作を愛するようになるまでに流される数十年、数百年の縮図でしかなく、いわば象徴でしかないのである。(プルースト『花咲く乙女たちのかげに Ⅰ』)

やむえないことである。公衆にとっては、《真に新しい傑作を愛するようになるまでに流される》年月は、100年でも足りないのである。もう100年か200年ほどはお待ちしよう。1750年に死んだバッハが真に理解されたのは、1950年代のカール・リヒターとグレン・グールドによる。それまでに19世紀のメンデルスゾーンによる「ロマンティック的」バッハの発見はありはしても。他にはシューマンによるバッハの発見という僅かな例外があるだけである。

もちろん「真のバッハ」とは虚構である。真理とは常に虚構の構造をもっている--《La vérité a structure de fiction》--これはラカンが言ったことであるがニーチェも同じことを言っている(参照)。すなわち真理とはレトリックである。だがリヒターとグールドは長持ちするレトリックを1950年代に発明したのである。わたくしもリヒターなみになんとかフォーレのレトリックを発明したいと祈願している、そろそろフォレの死後100年に至るので頃合いではある(やや力不足の点があるのを認めるのに吝かではないが)。

◆Faure, String Quartet, Movement 2(OP121)



ーーもちろんフォーレはこの作品をベートーヴェンの後期弦楽四重奏のいくつかを念頭に置きながら作っているには相違ない。

フォーレ(1845ー1924)は妻への手紙に、「ベートーヴェンの弦楽四重奏は、ベートーヴェンでないすべての作曲家に、弦楽四重奏を怖がらせる」と書いている(1924)。ラヴェルやドビュッシーによる若書きでよく演奏される弦楽四重奏などは彼には問題外だった。

彼は最晩年の死去の前年1923年までピアノなしのカルテットを書かなかった、いやおそらく書けなかった(OP121は1923年から1924年にかけて作曲されている)。そして批評家たちにベートーヴェンの影響を指摘されることに心配した。フォーレは最初に第2楽章のアンダンテを書いた。これがOP121の中心であることは疑いない。

だがここにはベートーヴェンだけではなく、バッハのコラールがかならずある。そもそも彼は教会オルガニストの職にてキャリアを始めたのだから。そしてわたくしにいわせれば、フォーレのレクイエムなど許しがたい凡作である。フォーレの核心は、ピアノ伴奏の歌曲と最晩年のいくつかの作品にしかない。

それはバッハを愛して編曲し、同時にフォーレをひどく愛するナウモフがよく知っている(いや口がすべってしまったが、ナウモフはなぜかレクイエムのピアノ編曲をしており、たぶん血迷ったのであろう・・・)。





ナウモフにはバッハのBWV614などの編曲もあるが、クルターグの編曲よりはかなり劣るのはやむえない。至上「最高」の寡作作曲家クルターグの類まれなる愛の結晶なのだから。

以下のクルターグ夫妻の演奏は、クルターグ90歳時であり、マルタは88歳である。

◆Márta and György Kurtág play Bach-transcriptions by Kurtág



ーーじつにここには今ではどこかにいってしまった「祈り」がある。

フォーレのOP121の話に戻すが、この作品は三楽章も際立って輝かしい楽章でありながら、なぜか演奏されることが極めて少ない。おそらくラヴェルやドビュッシーの弦楽四重奏の演奏回数の十分の一以下だろう。

OP121が演奏される回数が少ないのは、ひどく馬鹿げている。もっとも音楽家とはおおむね聴く耳をもたない連中の集まりであるのはよく知られている。

かつて音楽は、まず人々の―特に作曲家の頭の中に存在すると考えられていた。音楽を書けば、聴覚を通して知覚される以前にそれを聞くことができると考えられていたんです。私は反対に、音が発せられる以前にはなにも聞こえないと考えています。ソルフェージュはまさに、音が発せられる以前に音を聞き取るようにする訓練なのです……。この訓練を受けると、人間は聾になるだけです。他のあれこれとかの音ではなく、決まったこの音あの音だけを受け入れられるよう訓練される。ソルフェージュを練習することは、まわりにある音は貧しいものだと先験的に決めてしまうことです。ですから〈具体音の〉ソルフェージュはありえない。あらゆるソルフェージュは必然的に、定義からして〈抽象的〉ですよ……。(ジョン・ケージ『小鳥たちのために』)

地上には小鳥たちはわずかにしかいず、阿呆鳥が大半なのだからやむえない。アホウドリとは。、別名ブラヴォードリと呼ばれるのはよく知られてはいなかっただろうか?

彼らは、芸術作品に関することになると、真の芸術家以上に高揚する、というのも、彼らにとって、その高揚は、深い究明へのつらい労苦を対象とする高揚ではなく、外部にひろがり、彼らの会話に熱をあたえ、彼らの顔面を紅潮させるものだからである。そんな彼らは、自分たちが愛する作品の演奏がおわると、「ブラヴォー、ブラヴォー」と声をつぶすほどわめきながら、一役はたしたような気になる。しかしそれらの意志表示も、彼らの愛の本性をあきらかにすることを彼らにせまるものではない、彼らは自分たちの愛の本性を知らない。しかしながら、その愛、正しく役立つルートを通りえなかったその愛は、彼らのもっとも平静な会話にさえも逆流して、話が芸術のことになると、彼らに大げさなジェスチュアをさせ、しかめ顔をさせ、かぶりをふらせるのだ。(プルースト「見出されたとき」) 

《深い究明へのつらい労苦》をしなくてはならないのに、時代のドグマが「名曲」だとしたり仲間内で「流行」になりつつある作品に対してのみ、他人に《ブラヴォー》と叫び立てる種族をアホウドリと呼ぶのである。

かつまた《あらゆる印象は、二重構造になっていて、なかばは対象の鞘におさまり、他の半分はわれわれ自身の内部にのびている》(プルースト)のにもかかわらず、対象の鞘におさまった部分のみを喚き立てる種族をもアホウドリと呼ぶのである。

ブラヴォードリは、他人の欲望の幻想的囮/スクリーンになる社会的つながりを確立しようとする言説構造をもっており、これを「倒錯者の言説」と呼ぶことについては、「倒錯者の言説(マゾヒストの言説)」にてやや詳述した。そもそも日本ツイッター社交界においては思想・文学・芸術・映画などをめぐってアホウドリ以外にお目にかかることは稀である。

(ところで、蚊居肢散人はどこかで似たようなことをやっていなかっただろうか・・・ま、その探求はこの際、脇にやる。というのは、《万人はいくらか自分につごうのよい自己像に頼って生きている》(エリオット)のであり、自らの振舞いについてはメクラなのである。)

フォーレは晩年、象徴的音の生垣に穴をあけ現実界を垣間見せたのである。ソルフェージュの箍からはずれた音を書いたのである。音楽家たちがそれを聴き分ける耳がないのは、オベンキョウしすぎたためである。

これは音楽家だけの話ではない。専門家とは自分の専門の真理が分からなくなってしまう種族なのである。すなわちドクマというタガメ女に飼い馴らされてしまい、ラカン風に言えば《幻想の窓 fenêtre du fantasme》(S11)を通してしかものが見えなくなる、ロラン・バルト風に言えば、《見るものを窓枠自体によって作り上げてしまう》(『S/Z』)のである。

最晩年のラカン自らのマヌケ宣言は、いま記した意味で捉えなければならない。

私は相対的には relativement マヌケ débile mental だよ…言わせてもらえば、全世界の連中と同様にマヌケだな。というのは、たぶん、いささか啓蒙petite lumière されているからだな(ラカン、S24,17 Mai 1977)

たださらに遺憾なことに、専門家はおおむね勉強しすぎて、相対的なマヌケどころか、絶対的マヌケになってしまう。世界が非一貫的なもの(非全体pas-tout)であることを忘却してしまうのである。彼らの不感症ぶりは、すこし観察すればすぐ瞭然とすることである。

ニーチェの「真理は女である」とは、真理は非全体であるという意味である。

真理が女である、と仮定すれば-、どうであろうか。すべての哲学者は、彼らが独断家であったかぎり、女たちを理解することにかけては拙かったのではないか、という疑念はもっともなことではあるまいか。彼らはこれまで真理を手に入れる際に、いつも恐るべき真面目さと不器用な厚かましさをもってしたが、これこそは女っ子に取り入るには全く拙劣で下手くそな遣り口ではなかったか。女たちが籠洛されなかったのは確かなことだ。(ニーチェ『善悪の彼岸』)

…………

いやあ音楽だけ貼り付けてすまそうと思っていたのだが、ひどい「自由連想」をしてしまった。シツレイ!!

音楽について記すと、どうも妄言・暴言を吐きたくなる傾向があるのは、これはいったいどうしたわけか?

ーー《人はつねに愛するものについて語りそこなう》(ロラン・バルト)


2017年4月17日月曜日

まことに彼は神の子で「あった」

◆カール・リヒター、マタイ1958年版 "Wahrlich, dieser ist Gottes Sohn gewesen"



◆リヒター、東京ライヴ1969年版




◆リヒター 1971年版第63曲

◆リヒター、1980年版第63曲

※ Herreweghe、2010年版第63曲

…………

合唱が、《マタイ》の「真に彼こそは神の子だった」で一瞬だがすごい漸強と漸弱の曲線を描いたり、あるいは《ヨハネ》でイエスの処刑を知らせるバスのアリアのまっただ中に割って入り「どこへ? どこへ?」と何回となく問いを投げてくる時は、音自体は囁きの微妙な段階的変化でしかないのに、その響きはきくものの意識の中で反転反響しながら棘のようにつきささる。ここでは対位法は技術であると同時に象徴にまで高められている。

こういう感動は私たち一生忘れられないだろうし、それを残していった音楽家は、天才と呼ぶ以外に何と呼びようがあるだろうか?(吉田秀和「カール・リヒターとバッハ」)

カール・リヒターのマタイ第63曲B「まことに彼こそは神の子だった Wahrlich, dieser ist Gottes Sohn gewesen」が、しんにピアニッシモから始まって、《一瞬だがすごい漸強と漸弱の曲線を描》いて静けさのなかに回帰するのは、1969年の東京ライヴまでである。

フルトヴェングラーは、すでに失われてしまった何かを救出すること(Returng)、拘束力のある伝統が廃れようとしているときに失われつつあったものを取り戻すことに心を砕いていた。この救出の試みを成功させようとして、彼はやや過剰に祈りを込めて指揮棒を振ったが、その祈りが探し求めているのは、もはや直接的にそれ自体としては現前していないものなのだ。(アドルノ、Theodor W. Adorno, Bewahrer der Musik [Furtwängler])

リヒターは1970年代に入って、《やや過剰に祈りを込めて指揮棒を振》るのは、もはや自然にはできなくなったのである。それは文芸、思想においても、1970年代以降、もはや「偉大な」作品が稀有になってしまったのと同じである。すなわち、祈りの喪失、冥府からの途切れがちの声の消滅である。祈りを「感情過多」として敬遠する風潮がいつからか始まり、彼はその傾向に当惑して、しかもかつてのやり方が忘れられず、そのため過去の至高の緊張と静謐を失ってしまった。

唯一の例外でありうる第63曲でさえも、もはや祈りは許されないし、野暮ったく感じてしまう世界が1970年前後から始まったのである。

◆Bach -Furtwängler"Wahrlich, dieser ist Gottes Sohn gewesen"1954年


ーーいやあ、これはちょっとやりすぎだよ、フルトヴェングラーさん! 

大規模な交響楽的クレッシェンドは、ロマン主義的なルバート、すなわち緩急の自由なテンポの扱いと同様に、作品内の有機的な形態の多様性と結びついている。特に後者は――これは楽譜への忠実さをどんなに口先だけで信条としていても、やはり現代の真の病いであり、劇場に発するものである――バッハでは厳しく徹底的に排除されなければならない。私が『マタイ受難曲』であえて行なっている唯一の例外が、「まことに、この人こそ神の子であった」という言葉にともなう大規模なクレッシェンドとデクレッシェンドである。私はこれを様式の上で弁護するつもりはないが、歌詞の内容を見事に表現するように思われ、それを断念する気になれない。これは私がカール・シュトラウベから受け継いだものである。(『フルトヴェングラー 音と言葉』)

わたくしは東京ライヴの「まことに私は神の子であった」が一番お気に入りであり、かつまた多くの箇所でこのライブに惹かれるが、残念ながらディスカウがいない。そのため通して聴くときは、1958年版を選ぶ。そもそもこの三時間あまりの、密度が極めて濃いリヒター1958年版の録音を通して聴くのは、五年に一度くらいで、それを昨日深更やってクタクタになってしまった。

いやあ、心臓に悪い。ひょっとしてもうすぐ死ぬかもしれない。

昨日はマタイ受難曲を全部聴いたんだよ。いやぁバッハはすごいね。僕らはクリスチャンじゃないけどなんなんだろう……(武満徹 1996年2月19日)

翌日、武満は亡くなる(1930年10月8日 - 1996年2月20日)。

…………

カール・リヒターは1926年生まれ(1926-1981)であり、1958年のマタイ録音時は、32歳だったことになる。

ここで第63曲の合唱に引き続く(レチタティーヴォ63曲cを経ての)第64曲、フィッシャー・ディスカウの名唱(1958年)をも貼り付けておこう。

◆マタイ第64曲 Am Abend, da es kühle war 夕暮れの涼しいときに(Karl Richter、Fischer-Dieskau 1958)




ーーここだけ聴けば、滑らかすぎ甘すぎる、という人もいるだろうが、これは至高の1950年代のディスカウである。第63曲と、その直前の第62曲のピアニッシモのコラール(このコラールはマタイのなかで調をかえて何度も出現するがその最後のもの)ーー、このふたつの合唱の出現の一連の流れのなかにある曲であり、たとえば第58曲あたりから聴けば、このディウカウの声でなくてはならないとの「錯覚」に閉じ籠りうる(Karl Richter 1958第58曲より)。

(ディスカウはその後、このように歌いえた何かがあったかどうかは、よく知らない。シューベルト? 彼の真のシューベルトだって1950年代ではないか? 真のグレン・グールドが1950年代にいるのと同じで、1960年以降、世界はすでに変わっている。ジャズだってそうだ)。

最後にこう言っておいてもよい、すなわち、心臓の弱い方がマタイを聴くときは、Herreweghe 2010年版程度をおすすめする、と(第58曲より)。実はHerreweghe 2010年版のソプラノ歌手、欧米人にはめずらしく猫背で狸顔の美女 Dorothee Mields の大ファンなのである。彼女以外? さあて・・・

いずれにせよ、わたくしの見立てでは、女に限っては、1950年代も2010年代もつねに「神」であることにかわりがない。むしろ最近の女性はヒステリーの鎧がとれて裸の魂の震えが直に感じられる。現代、祈りを救うものは、そこにしかない。

「大他者の(ひとつの)大他者はある il y ait un Autre de l'Autre」という人間のすべての必要性。人はそれを一般的に〈神 Dieu〉と呼ぶ。だが、精神分析が明らかにしたのは、〈神〉とは単に〈女 〉« La femme » だということである。 (ラカン、S23、16 Mars 1976)


2017年4月16日日曜日

美女たちのBWV230

◆Johann Sebastien Bach motet "Lobet den Herrn" BWV 230


ーーじつに美人ぞろいだ、膝上スカートもとってもいい。

若いバッハは、入念に粉を振った最新の鬘をつけ、若い女を連れ、パイプをくわえて街をそぞろ歩く伊達男だったと言われる。音楽がまだ化石になっていないのも、そこにただようエロティシズムの記憶のせいかもしれない。(踊れ、もっと踊れ  高橋悠治)

とはいえ、Herrewegheによる冒頭はことさら美しい。真の声の美女である。どんな服装なのかは知らぬが、乙女たちの足どころか裸まで想像させる声である。

◆BWV230 Motet Lobet den Herrn alle Heiden Philippe Herreweghe 1985




ーーもちろん裸とは乙女たちの裸の魂のことであり、蛇足ながら世間には勘の鈍い種族が存在するのでここに付け加えておく。いずれにせよ、《女が欲するものは神が欲するものである。[ Ce que femme veut, Dieu le veut.] (Alfred de Musset, Le Fils du Titien, 1838)。男は不幸なことに女を経由しなくては神が欲するものに至りえない。


鈴木雅明指揮ものは、上の二つよりもやや美女度が劣る。たぶんロングドレス揃いなんだろう。

◆J S Bach MOTET BWV 230 “Lobet den Herrn alle Heiden” Masaaki Suzuki, 2009




あまり関係がないが、すこし前拾って書き写した次の文を貼り付けておく。

平素以上に埋葬の多い場合には収入もそれにつれて増加しますが、ライプチヒは空気がすこぶる快適なため、昨年の如きは、埋葬による臨時収入に百ターレルの不足を見たような次第です。(バッハの手紙ーーデュアメル『慰めの音楽』尾崎喜八訳より)

2017年4月15日土曜日

パパよ、戻ってきてくれ!(パパーママーボクの三角形)

前回、「「父の眼差し」の時代から「母の声」の時代への移行」に記したことを簡潔に言ってしまえば、さんざん非難されてきた《パパーママーボクの三角形》のパパはとっくの昔に消えてしまったけれども、今度はその「パパ」に戻ってきてくれ! という話である。

さて今回は、まずフロイトの『集団心理学と自我の分析』における名高い「自我理想」図を掲げる。




この図を、仏女流ラカン派分析家の第一人者コレット・ソレールは簡略化させて次のよう図示している。




これはパパーママーボクの図と同じ構造である。




そしてコレット・ソレールは、いなくなってしまった「パパ」の役割の「再構成・再導入」の必要性があると言っている(Paul Verhaeghe、The collapse of the function of the father and its effects on gender rolesより、pdf

これは何も彼女独自の見解ではない。

人は父の名を迂回したほうがいい。父の名を使用するという条件のもとで。le Nom-du-Père on peut aussi bien s'en passer, on peut aussi bien s'en passer à condition de s'en servir.(Lacan,s23, 13 Avril 1976)

この最晩年のラカンが言っているのは、男根的なパパはいらないが、パパの機能はやっぱり必要だということである。

それは柄谷行人が次のように言っているのと同じ意味である。

帝国の原理がむしろ重要なのです。多民族をどのように統合してきたかという経験がもっとも重要であり、それなしに宗教や思想を考えることはできない。(柄谷行人ー丸川哲史 対談『帝国・儒教・東アジア』2014年)
近代の国民国家と資本主義を超える原理は、何らかのかたちで帝国を回復することになる。(……)

帝国を回復するためには、帝国を否定しなければならない。帝国を否定し且つそれを回復すること、つまり帝国を揚棄することが必要(……)。それまで前近代的として否定されてきたものを高次元で回復することによって、西洋先進国文明の限界を乗り越えるというものである。(柄谷行人『帝国の構造』2014年)

柄谷の世界史の構造の図に「パパ推移」をつけ加えれば次の如し。


 ーー世界はパパがいないと弱肉強食になるのである。




けれども昔のような帝国パパでは、いまさらいくらなんでも困る。

だから帝国(パパ)を否定し且つパパ(の機能)を回復することが必要なのである。

なぜパパの機能が必要なのか? ーーその機能がないと二者関係的になってしまって食うか食われるかになるからである。

三者関係の理解に端的に現われているものは、その文脈性 contextuality である。三者関係においては、事態はつねに相対的であり、三角測量に似て、他の二者との関係において定まる。これが三者関係の文脈依存性である。

これに対して二者関係においては、一方が正しければ他方は誤っている。一方が善であれば他方は悪である。(中井久夫「外傷性記憶とその治療ーーひとつの方針」『徴候・記憶・外傷』p169)
重要なことは、権力power と権威 authority の相違を理解するように努めることである。ラカン派の観点からは、権力はつねに二者関係にかかわる。その意味は、私か他の者か、ということである(Lacan, 1936)。この建て前としては平等な関係は、苦汁にみちた競争に陥ってしまう。すなわち二人のうちの一人が、他の者に勝たなければいけない。他方、権威はつねに三角関係にかかわる。それは、第三者の介入を通しての私と他者との関係を意味する。(ポール・バーハウ1999,Verhaeghe, P., Social bond and authority,PDF

実際、パパがいなくなってからーー1968年の学園紛争による権威のパパの斜陽を経て、1989年の冷戦終結によるイデオロギーのパパの消滅ーー、次のような状況になっている。

今、市場原理主義がむきだしの素顔を見せ、「勝ち組」「負け組」という言葉が羞かしげもなく語られる時である。(中井久夫「アイデンティティと生きがい」『樹をみつめて』所収)
「帝国主義」時代のイデオロギーは、弱肉強食の社会ダーウィニズムであったが、「新自由主義」も同様である。事実、勝ち組・負け組、自己責任といった言葉が臆面もなく使われたのだから。(柄谷行人「長池講義」2009

だからやっぱりパパが必要なのである。「パパなき自由」などありえないのである。

人間は「主人」が必要である。というのは、我々は自らの自由に直接的にはアクセスしえないから。このアクセスを獲得するために、我々は外部から抑えられなくてはならない。なぜなら我々の「自然な状態」は、「自力で行動できない享楽主義 inert hedonism」のひとつであり、バディウが呼ぶところの《人間という動物 l’animal humain》であるから。ここでの底に横たわるパラドクスは、我々は「主人なき自由な個人」として生活すればするほど、実質的には、既存の枠組に囚われて、いっそう不自由になることである。我々は「主人」によって、自由のなかに押し込まれ/動かされなければならない。(ジジェク、Can One Exit from The Capitalist Discourse Without Becoming a Saint? 2016、pdf

 このジジェク文は、ハンナ・アーレントが1954年に書いたことと同じことを言っている、《権威とは、人びとが自由を保持する服従を意味する。》(『権威とは何か』)

ところでいま上に引用したジジェク文には、次の註がついている。

注)真の「主人」でありうるのは、容易なことではない。「主人」であることの問題は、ドゥルーズによって簡潔に定式化されている。すなわち、《あなたが他者の夢の罠に嵌ったら、墓穴を掘る。si vous etes pris dans le reve de l'autre, vous etes foutu 》。

そして「主人」は、全くその通りに、他者・臣下の夢に囚われる。この理由で、主人の疎外は、臣下の疎外とは比べようもなく根源的である。主人は、この夢のイメージに従って、行動しなくてはならない。すなわち彼は、他者の夢のなかの人物像として振舞わなければならないのだ。(ジジェク、2016)

ーーパパはとっても難しい仕事だ、と。日本でも明治からの疑似一神教体制のなかで、昭和天皇はいつのまにか、臣下の夢の罠に嵌って墓穴を掘ってしまった。

で、こういうふうにならないパパとは何なのか。
それが問題である。誰も分からない。

だがこれを解決しないと、このままの二者関係的食うか食われるかの世界がますますひどくなる。

つまりは他者蹴落とし・攻撃欲動の社会が、いっそう輪をかけて進展していくのである。

疑いもなく、エゴイズム・他者蹴落し性向・攻撃性は人間固有の特徴である、ーー悪の陳腐さは、我々の現実だ。だが、愛他主義・協調・連帯ーー善の陳腐さーー、これも同様に我々固有のものである。どちらの特徴が支配するかを決定するのは環境だ。(ポール・バーハウ2014,Paul Verhaeghe What About Me? )

もちろんこの考え方を否定して、別の理由を見出す努力をしてもよろしい。たとえばレイシズム、ナショナリズム、原理主義等々の1990年以降の猖獗の理由を。

(もっともここでつけ加えておくが、ラカン自身、父の機能はまったく失われたわけではない、と1972年には言っている。「ウケる épater」ことができる父、印象づけ驚かすことができる父、「オヤジ言葉」で演技する父がいる、と。この父なら現在のトランプ大統領だってそうではなかろうか・・・すくなくとも爆弾落として驚かすのは得意そうなタイプである・・・)

だがどうもまともな父として機能する存在をーーそれは「理念」という父や、レヴィ=ストロースのいうマナやら浮遊するシニフィアン signifiant flottant(象徴的効果 L'efficacité symbolique)やら、すなわち世界的な「象徴天皇制」(柄谷いわくの江戸時代風の)でもいいはずだがーー誰も探しだせているようにはおもえない。

イズレニセヨ無邪気なドゥルーズ愛好家だったミナさん、オメデトウ! 

わたくしの手許には残念ながら『無人島』はないので、中山元氏の書評から抜き出しておく。

ドゥルーズ『無人島 1969-1971』

ドゥルーズがガタリと共同で執筆し、『アンチ・オイディプス』や『千のプラトー』などを出版したころに発表していた論文を集めた「ドゥルーズ思考集成」の第二巻に相当する。とくに精神分析批判が中心となるのは、まあ予想された通りであり、いくつかの論文やインタビューは、すこしはしゃぎ過ぎなほどに、パパ-ママ-ボクの三角形の批判を展開する。(中山元:書評『無人島 1969-1971』ジル・ドゥルーズ

ドゥルーズ&ガタリの言い方を斜め読みすれば、世界は「充実した」他者蹴落しの「器官なき身体」になったのである。

・資本とは資本家の器官なき身体である…。Le capital est bien le corps sans organes du capitaliste, ou plutôt de l'être capitaliste.

・器官なき充実身体…死の本能、これがこの身体の名前である。Le corps plein sans organes…nstinct de mort, tel est son nom, (『アンチ・オイディプス』)

この器官なき身体は、他者蹴落しと金目のものには、蜘蛛のごとく獲物に襲いかかるのである。

器官なき身体とは何であろうか。クモもまた、何も見ず、何も知覚せず、何も記憶していない、クモはただその巣のはしのところにいて、強度を持った波動のかたちで彼の身体に伝わって来る最も小さな振動をも受けとめ、その振動を感じて必要な場所へと飛ぶように急ぐ。眼も鼻も口もないクモは、ただシーニュに対してだけ反応し、その身体を波動のように横切って、えものに襲いかからせる最小のシーニュがその内部に到達する。(ドゥルーズ『プルーストとシーニュ』)

この蜘蛛は、たとえば原発災害があれば、ボロ儲けできる「除染」には飛ぶように急ぐが、金目になりそうにない「被災者住宅建設」には、眼も鼻も口もなく知らんぷりという器官なき身体である。

ドゥルーズははしゃぎ過ぎた甲斐があったのである。彼の予想を超えて、《欲望機械 Les machines désirantes》、つまり《ある純粋な流体 un pur fluide が、自由状態 l'état libreで、途切れることなく sans coupure、ひとつの充実人体 un corps plein の上を滑走》する機械が、レイシズムやら原理主義やらナショナリズム、そして勝ち組/負け組の分断に精を出す世界が訪れたのである。

なんという「欲望する機械 Les machines désirantes」の滑走!
なんという「純粋流体 pur fluide」! 
なんという「自由 libre」!

いやあ、オメデトウ!!!


「父の眼差し」の時代から「母の声」の時代への移行

以下、「自我理想と超自我の相違(基本版)」に記したことにかかわるが、なによりもの核心は、ジジェクの「眼差しー恥ー自我理想」/「声ー罪ー超自我」論ーーーーわたくしの知る限り2012年の書にはじめてあらわれたーーであり、その2016年版である。

◆Slavoj Žižek 2016、Can One Exit from The Capitalist Discourse Without Becoming a Saint? PDF

眼差しと声は、標準的社会関係の領野において、恥と罪の仮装の中に刻み込まれる。恥は、大他者の眼差しにつながっている。すなわち、私が恥じ入るのは、 (公的)大他者が剥き出しの私を見たり、私の汚れた内面が公けに曝露されたとき等々である。反対に罪は、他者たちが私をどう見るか、彼らが私について何を話すかについては関係がない。すなわち、私が自分自身において有罪と感じるのは、私の存在の核から送り届けられる声から生じる、内部から来る罪の圧迫による。

したがって、「眼差し/声」の対立は、「恥/罪」の対立と同様に、「自我理想/超自我」の対立とつなげられるべきである。超自我は、私に憑き纏い非難する内部の声である。他方、自我理想は、私を恥じ入らせる眼差しである。

この対立のカップルは、伝統的な資本主義から現在支配的な快楽主義的-放埓的ヴァージョンへの移行の把握を可能にしてくれる。ヘゲモニー的イデオロギーは、もはや自我理想としては機能しない。自我理想の眼差しに晒されたとき、その眼差しが私を恥じ入らせる機能はもはやない。大他者の眼差しは、その去勢力を喪失している。すなわちヘゲモニー的イデオロギーは、猥褻な超自我の命令として機能している。その命令が私を有罪にするのは、(象徴的禁止を侵害するときではない。そうではなく)、十全に享楽していないため・決して十二分に享楽していないためである。(ジジェク 2016、Can One Exit from The Capitalist Discourse Without Becoming a Saint?)

冒頭にも記したとおり、2012年のLESS THAN NOTHINGにもほぼ同様の叙述がある。ただひとつだけ新しいのは、《伝統的な資本主義から現在支配的な快楽主義的-放埓的ヴァージョンへの移行》と「恥から罪への移行」(自我理想から超自我への移行)を明瞭に関連付けていることだ(もっともジジェクを読み込めば、1990年前後からすでにそれを暗示しているという観点もあるだろう)。

これは「資本の言説ーー「資本の論理」の生産様式」で引用した岩井克人の「資本の主義/「資本の論理」にダイレクトにつながる。

じつは、資本主義という言葉には、二つの意味があるんです。ひとつは、イデオロギーあるいは主義としての資本主義、「資本の主義」ですね。それからもうひとつは、現実としての資本主義と言ったらいいかもしれない、もっと別の言葉で言えば、「資本の論理」ですね。 

実際、「資本主義」なんて言葉をマルクスはまったく使っていない。彼は「資本制的生産様式」としか呼んでいません。資本主義という言葉は、ゾンバルトが広めたわけで、彼の場合、プロテスタンティズムの倫理を強調するマックス・ウェーバーに対抗して、ユダヤ教の世俗的な合理性に「資本主義の精神」を見いだしたわけで、まさに「主義」という言葉を使うことに意味があった。でも、この言葉使いが、その後の資本主義に関するひとびとの思考をやたら混乱させてしまったんですね。資本主義を、たとえば社会主義と同じような、一種の主義の問題として捉えてしまうような傾向を生み出してしまったわけですから。でも、主義としての資本主義と現実の資本主義とはおよそ正反対のものですよ。(『終りなき世界』柄谷行人・岩井克人対談集1990)

「資本の主義」の時代から「資本の論理」(資本の欲動)の時代への移行とは、ラカンの「主人の言説」から「資本の言説」への移行のことでもあり(参照)、現代ラカン派内では、「20世紀の神経症の時代から21世紀のふつうの精神病の時代へ」と言われたり、「ふつうの倒錯の時代へ」と言われたりすることにもかかわる(資本の言説が倒錯の言説でありうるのは、「四つの不可能な仕事と四つの言説+倒錯の言説(資本の言説)」にやや詳細に記した)。

イデオロギーあるいは主人(父の名)の斜陽の時代とは、「文化共同体病理学 Pathologie der kulturellen Gemeinschaften」(フロイト)の観点からは、三者関係から二者関係への移行があったということである(それはエディプス的超自我から前エディプス的超自我への移行でもある[後述])。

三者関係の理解に端的に現われているものは、その文脈性 contextuality である。三者関係においては、事態はつねに相対的であり、三角測量に似て、他の二者との関係において定まる。これが三者関係の文脈依存性である。

これに対して二者関係においては、一方が正しければ他方は誤っている。一方が善であれば他方は悪である。(中井久夫「外傷性記憶とその治療ーーひとつの方針」『徴候・記憶・外傷』

中井久夫が、《今、市場原理主義がむきだしの素顔を見せ、「勝ち組」「負け組」という言葉が羞かしげもなく語られる時である》(「アイデンティティと生きがい」)とするとき、やはりすくなくとも冷戦終結後1990年からーー実態は学園紛争後の1970年代から漸次である(ラカンが「主人の言説」から「資本の言説」への移行を指摘したのは、1972年である)ーー、世界的な文化病理として、三者関係から二者関係への如実な移行があったことを示している。

重要なことは、権力 power と権威 authority の相違を理解するように努めることである。ラカン派の観点からは、権力はつねに二者関係にかかわる。その意味は、私か他の者か、ということである(Lacan, 1936)。この建て前としては平等な関係は、苦汁にみちた競争に陥ってしまう。すなわち二人のうちの一人が、他の者に勝たなければいけない。他方、権威はつねに三角関係にかかわる。それは、第三者の介入を通しての私と他者との関係を意味する。(ポール・バーハウ1999,Verhaeghe, P., Social bond and authority,PDF

ここで、名高いアーレントの見解ーー長い間、時代錯誤的として捉えられていたーーを引用することもできる、 《権威とは、人びとが自由を保持する服従を意味する》(ハンナ・アーレント『権威とは何か』)

※参照:「帝国」と「帝国主義」の相違(柄谷行人、ラカン)

もっとも一神教でない日本では、父の権威などかつてからなく(明治以降敗戦までの疑似一神教時代を除いて)、神経症的ではなくむしろ精神病的あるいは倒錯的社会と言われてきたので、この移行は、それほど鮮明には感知されていないかもしれない(参照:日本社会において自我理想は正常に機能しない)。

いずれにせよ、ここで一つの問いがある。日本では恥の文化ということが言われてきた、《日本は「恥の文化」だけあって恥のかかせ方も恥の感じ方も実に微妙で隠微だ》(中井久夫「暴力について」)。この観点を考え出すと、ジジェク風の「眼差しー恥ー自我理想」/「声ー罪ー超自我」は、安易には首肯しがたくなる。

それともある時期までの日本には自我理想に相当するものが何か機能していたのだろうか?

(日本において)主体がおのれの基本的同一化として、 単一の徴(一の徴 le trait unaire=自我理想) にだけではなく、 星座でおおわれた天空にも支えられることは、主体が「おまえ le Tu」によってしか支えられないことを説明する。「おまえ le Tu」によってというのは、 つまり、 あるゆる言表が自らのシニフィエの裡に含む礼儀作法の関係によって変化するようなすべての文法的形態のもとでのみ、主体は支持されるということである。(ラカン、「リチュラテール Lituraterre, 1971, in Autres Écrits

この問いはここでは宙に放り出したままにしておくが、中井久夫には別に、「恥」ではなく「意地」を強調する日本文化論がある。

「日本人の意地は欧米人の自我に相当する」とは名古屋の精神科医・大橋一恵氏の名言である。中国人の「面子」にも相当しよう。(中井久夫「「踏み越え」について」『徴候・外傷・記憶』所収)
意地について考えていると、江戸時代が身近に感じられてくる。使う言葉も、引用したい例も江戸時代に属するものが多い。これはどういうことであろう。

一つは、江戸時代という時代の特性がある。皆が、絶対の強者でなかった時代である。将軍も、そうではなかった。大名もそうではなかった。失態があれば、時にはなくとも、お国替えやお取り潰しになるという恐怖は、大名にも、その家臣団にものしかかっていた。農民はいうまでもない。商人層は、最下層に位置づけられた代わりに比較的に自由を享受していたとはいえ、目立つ行為はきびしく罰せられた。そして、こういう、絶対の強者を作らない点では、江戸の社会構造は一般民衆の支持を受けていたようである。伝説を信じる限りでの吉良上野介程度の傲慢ささえ、民衆の憎悪を買ったのである。こういう社会構造では、颯爽たる自己主張は不可能である。そういう社会での屈折した自己主張の一つの形として意地があり、そのあるべき起承転結があり、その際の美学さえあって、演劇においてもっとも共感される対象となるつづけたのであろう。………(中井久夫「意地の場について」--「おみこしの熱狂と無責任」気質(中井久夫)、あるいは「ヤンキー」をめぐるメモ

「意地」とはおそらく二者関係的なものだろうが、このあたりは一神教の伝統内の理論であるフロイト・ラカン派の考え方をそのまま日本に適用できないことに注意しなくてはならない(ラカンの指摘する「自我理想」が機能しない日本とはこれにかかわる)。

さて難題は当面脇に置くことにして、ジジェクの「眼差しー恥ー自我理想」/「声ー罪ー超自我」論が大きく依拠しているのは、ラカンは学園紛争後、つまりは権威の実質的な死の時代に突入したときに言い放った次の言明であるはずだ。

きみたちは言いうるだろう、もはやどんな恥もないと。vous pouvez dire qu'il n'y a plus de honte. (Lacan,S.17, 17 Juin 1970 )

ーー恥とは去勢の敬意のことである。

資本の言説 discours du capitalisme を識別するものは、Verwerfung、すなわち象徴界の全領野からの「排除 rejet」である。…何の排除か? 去勢の排除である Le rejet de quoi ? De la castration。資本主義に歩調を合わせるどの秩序・どの言説も、平明に「愛の問題 les choses de l'amour」と呼ばれるものを脇に遣る。(Lacan, Le savoir du psychanalyste » conférence à Sainte-Anne- séance du 6 janvier 1972ーー四つの不可能な仕事と四つの言説+倒錯の言説(資本の言説)

日本が西欧とは異なるとはいっても、旧世代の人間たちは、以前とくらべて今の若者たちに「恥」の喪失があるのではないかとは、たぶんわたくしだけではなく、多くの人が感じているのではなかろうか。

もっともこういう言い方は気をつけなくてはならない。ここで梅崎春生の名言を想い起しておこう、《近頃の若い者云々という中年以上の発言は、おおむね青春に対する嫉妬の裏返しの表現である》。

…………

【補足】

以下、この数か月の間に繰り返してきたことの拾い集めである。

表題をシンプルに眼差しから声への移行とせず、「父の眼差し」の時代から「母の声」の時代への移行としたのは、次の引用群などからのわたくしの想定である。

まず基本的な「超自我」の考え方のベースを提示する。

・超自我 Surmoi…それは「猥褻かつ無慈悲な形象 figure obscène et féroce」である。(ラカン、セミネール7)

・享楽を強制するものはない、超自我を除いて。超自我は享楽の命令である。「享楽せよ!」 Rien ne force personne à jouir, sauf le surmoi. Le surmoi c'est l'impératif de la jouissance : « jouis ! »,(ラカン、セミネール20)

冒頭に引用したジジェクによる、現代の《ヘゲモニー的イデオロギーは、猥褻な超自我の命令として機能している。その命令が私を有罪にするのは、(象徴的禁止を侵害するときではない。そうではなく)、十全に享楽していないため・決して十二分に享楽していないためである》は、上のセミネール20の「享楽せよ!」にかかわる。

だが超自我の命令は不可能な命令である。というのは先ずなりよりも、われわれは言語使用による物の殺害(象徴的去勢)を経た存在ーー《言語によって囚われ拷問を被る主体  le sujet pris et torturé par le langage》(S3)--であり、《享楽欠如manque-à-jouir》(AE435)の存在なのだから。

もちろんラカンはファルスの彼方の享楽(フロイトの快原理の彼方=不気味なもの[参照])を語ってはいる、《ファルスの彼方には Au-delà du phallus、身体の享楽 la jouissance du corps がある。》(S20)。《非全体の起源 pas toute…それは、ファルス享楽 jouissance phallique ではなく他の享楽 autre jouissanceを隠蔽している。いわゆる女性の享楽 jouissance féminine を。》(S19)

だがその享楽はファルス秩序の裂け目に不可能なものとして現われるのみであり、出会い損ねとして遭遇するだけである。

テュケーTuchéの機能、出会いとしての現実界の機能ということであるが、それは、出会いとは言っても、出会い損なうかもしれない出会いのことであり、本質的には、「出会い損ね rencontre manquée」としての「現前 présence」である。このような出会いが、精神分析の歴史の中に最初に現われたとき、それは、トラウマという形で出現してきた。そんな形で出てきたこと自体、われわれの注意を引くのに十分であろう。(ラカン、セミネールⅪ)

むしろ(標準的な)人間にとっては、耐え難い出会いなのである(参照)。

ここでやや文脈からはずれるが、ドゥルーズ=プルーストを引用しよう。

無意志的記憶の啓示は異常なほど短く、それが長引けば我々に害をもたらさざるをえない。

…les révélations de la mémoire involontaire sont extraordinairement brèves, et ne pourraient se prolonger sans dommage pour nous…(ドゥルーズ『プルーストとシーニュ』)

よく知られているように(?)、無意志的記憶とは、トラウマのことである(参照:Involuntary memory:Wikipedia)

「レミニサンス réminiscence」 あるいは「無意志的記憶 la mémoire involontaire」は、基本的にはトラウマと同じ構造をもっている。《外傷性フラッシュバックと幼児型記憶との類似性は明白である》(中井久夫)のと同じように。

トラウマの不透明性 l’opacité du traumatismeーーフロイトの思考によってその初期作用 fonction inaugurale のなかで主張されたものであり、私の用語では、意味作用への抵抗 la résistance de la signification であるがーー、それはとりわけ想起の限界 la limite de la remémorationを招くものである。(ラカン、セミネール11, 15 Avril 1964)
私は…問題となっている現実界 le Réel en questionは、一般的にトラウマ traumatismeと呼ばれるものの価値 valeur を持っていると考えている。…これは触知可能である…人がレミニサンス réminiscence と呼ぶものに思いを馳せることによって。…レミニサンスは想起とは異なる la réminiscence est distincte de la remémoration。

…私は、現実界 le Réel は法のない sans loi ものに違いないと信じている。…真の現実界は法の不在を意味する Le vrai Réel implique l'absence de loi。現実界は秩序を持たない Le Réel n'a pas d'ordre。(ラカン、S.23, 13 Avril 1976)

※参照:「 レミニサンス réminiscence」と「穴馬 troumatisme」

…………

次に、「父の眼差し」/「母の声」という想定をした核心的なラカン文を引用する。

母の法 la loi de la mère…それは制御不能の法 loi incontrôlée…分節化された勝手気ままcaprice articuléである(Lacan.S5、22 Janvier 1958)
母なる超自我 Surmoi maternel…父なる超自我 Surmoi paternel の背後にこの母なる超自我 surmoi maternel がないだろうか? 神経症において父なる超自我よりも、さらにいっそう要求し、さらにいっそう圧制的、さらにいっそう破壊的、さらにいっそう執着的な母なる超自我が。 (Lacan, S.5, 15 Janvier 1958)
母なる超自我 surmoi maternel・太古の超自我 surmoi archaïque、この超自我は、メラニー・クラインが語る「原超自我 surmoi primordial」 の効果に結びついているものである。…

最初の他者 premier autre の水準において、…それが最初の要求 demandesの単純な支えである限りであるが…私は言おう、泣き叫ぶ幼児の最初の欲求 besoin の分節化の水準における殆ど無垢な要求、最初の欲求不満 frustrations…母なる超自我に属する全ては、この母への依存 dépendance の周りに分節化される。(Lacan, S.5, 02 Juillet 1958)

ーー上に自我理想から超自我への移行(資本のイデオロギーから資本の論理への移行) が、エディプス的超自我から前エディプス的超自我への移行である、としたのはこれらの文に依拠する。

超自我とは確かに「法」である。しかし鎮定したり社会化する法ではない。むしろ、思慮を欠いた法である。それは、穴・正当化の不在をもたらす。その意味作用を我々は知らない、「単一」unary のシニフィアンとしての法である。…超自我は、独自のunique シニフィアンから生まれる形跡・パラドックスである。というのは、それは、身よりがなく、思慮を欠いているから。この理由で、最初の分析において、我々は超自我を S(Ⱥ) のなかに位置づけうる。(……)

「母なる超自我」( surmoi mère) ……思慮を欠いた法としての超自我は、父の名によって隠喩化され支配される以前の「母の欲望」にひどく近似している。超自我は、法なき気まぐれな勝手放題 capricious whim without law としての母の欲望に似ている。(ジャック=アラン・ミレールーーTHE ARCHAIC MATERNAL SUPEREGO,Leonardo S. Rodriguez、1996,PDF)

ミレールの文に出現する穴 trouとは、Ⱥとも書かれ、原トラウマ(原対象a)のことでもある。 《経験された無力の(寄る辺なき)状況 Situation von Hilflosigkeit を外傷的 traumatische 状況と呼ぶ 》(フロイト『制止、症状、不安』1926年) 。

我々は皆知っている。というのは我々すべては現実界のなかの穴を埋めるcombler le trou ために何かを発明するのだから。現実界には「性関係はない il n'y a pas de rapport sexuel」、 それが「穴ウマ(troumatisme =トラウマ)」を作る。(ラカン、S21、19 Février 1974 )
対象a、それは穴のことである。 l'objet(a), c'est le trou (ラカン、S16, 27 Novembre 1968)
Ⱥの最も重要な価値は、ここで(以前のラカンと異なって)、大他者のなかの欠如を意味しない。そうではなく、むしろ大他者の場における穴、組み合わせ規則の消滅である。 (ジャック=アラン・ミレール,Lacan's Later Teaching、2002、私訳)
欠如とは空間的で、空間内部の空虚 void を示す。他方、穴はもっと根源的で、空間の秩序自体が崩壊する点(物理学の「ブラックホール」のように)を示す。(ミレール、2006,Jacques‐Alain Miller, “Le nom‐du‐père, s'en passer, s'en servir,”ーー偶然/遇発性(Chance/Contingency)

ここにあるように穴とは欠如ではない。欠如とはファルス秩序のみの用語である。ファルスの彼方にあるのは、欠如の欠如である。《欠如の欠如が現実界を作る。Le manque du manque fait le réel》(Lacan、1976 AE.573)

すこしまえテュケーとの出会いは人間には耐えがたいと記したが、テュケー、つまりブラックホールȺとの遭遇にいかに耐えうるというのか?

ジイドを苦悶で満たして止まなかったものは、女性のある形態の光景、彼女のヴェールが落ちて、唯一ブラックホール trou noir のみを見させる光景の顕現である。あるいは彼が触ると指のあいだから砂のように滑り落ちるものである。(ラカン, « Jeunesse de Gide ou la lettre et le désir »,Écrits, 1966)

ーーもちろんこのブラックホールであるヴァギナデンタータは、非全体の比喩として読んでもよい。

こういった「詩的な」表現がお嫌いな方々のために、初期柄谷行人が、マルクスの《超感覚的なもの、あるいは社会的なもの sinnlich übersinnliche oder gesellschaftliche Dinge》( 『資本論』第1篇第四節「商品の物神的性格とその秘密(Der Fetischcharakter der Ware und sein Geheimnis」から読みとった「非全体」の記述にて補足しておこう、《無根拠であり非対称的な交換関係》(『マルクスその可能性の中心』1978年)。

…………

次に、上の記述を裏付けうる現代ラカン派の代表的論者たちの引用を列挙する。

〈母〉、その底にあるのは、「原リアルの名 le nom du premier réel」である。それは、「母の欲望 Désir de la Mère」であり、シニフィアンの空無化 vidage 作用によって生み出された「原穴の名 le nom du premier trou 」である。(コレット・ソレール、C.Soler « Humanisation ? »2013-2014セミネール)
「父の名 Nom-du-Père」は「母の欲望 Désir de la Mère」の上に課されなければならない。その条件においてのみ、身体の享楽 jouissance du corps は飼い馴らされ、主体は、他の諸主体と共有された現実の経験に従いうる。(JACQUES-ALAIN MILLER L’Autre sans Autre, 2013)

 …………

法の病理は、法との最初の遭遇から、主体のなかに生み出される。私がここで法と言っているのは、制度的あるいは司法的な意味ではない。そうではなく、言語と結びついた原初の法である。それは、必然的に、父の法となるのだろうか? いや、それは何よりもまず母の法である(あるいは、母の代役者の法)。そして、ときに、これが唯一の法でありうる。

事実、我々は、この世に出るずっと前から、言語のなかに没入させられている。この理由で、ラカンは我々を「言存在parlêtre」と呼ぶ。というのは、我々は、なによりもまず、我々を欲する者たちの欲望によって「話させられている」からだ。しかしながら、我々はまた、話す存在でもある。

そして、我々は、母の舌語(≒ララング)のなかで、話すことを学ぶ。この言語への没入によって形づくられ、我々は、母の欲望のなかに欲望の根をめぐらせる。そして、話すことやそのスタイルにおいてさえ、母の欲望の刻印、母の享楽の聖痕 stigmata を負っている。これらの徴だけでも、すでに我々の生を条件づけ、ある種の法を構築さえしうる。もしそれらが別の原理で修正されなかったら。( Geneviève Morel ‘Fundamental Phantasy and the Symptom as a Pathology of the Law',2009、PDF
サントームは、母の舌語に起源がある Le sinthome est enraciné dans la langue maternelle。話すことを学ぶ子供は、この言葉と母の享楽によって生涯徴付けられたままである。

これは、母の要求・欲望・享楽、すなわち「母の法」への従属化をもたらす Il en résulte un assujettissement à la demande, au désir et à la jouissance de celle-ci, « la loi de la mère »。が、人はそこから分離しなければならない。

この「母の法」は、「非全体」としての女性の享楽の属性を受け継いでいる。それは無限の法である。Cette loi de la mère hérite des propriétés de la jouissance féminine pas-toute : c’est une loi illimitée.(Geneviève Morel2005 Sexe, genre et identité : du symptôme au sinthome)

母の法は非全体を受け継いでいる、とある。母の法 S(Ⱥ)=サントームΣとはーーサントームには別に「縫合SUTURE」の意味もあるにしろーーまずなによりも原抑圧(原固着)であり、《享楽の原子》(ジジェク、2012)、かつまた初期フロイト概念の「境界表象 renzvorstellung」である。

抑圧 Verdrängung は、過度に強い対立表象 Gegenvorstellung の構築によってではなく、境界表象 Grenzvorstellung の強化によって起こる。(フロイト書簡(フィリス宛)、1896年)

Die Verdrängung geschieht nicht durch Bildung einer überstarken Gegenvorstellung, sondern durch Verstärkung einer Grenzvorstellung, (Freud, Briefe an Wilhelm Fliess,1896)

ーーもちろんここでの「抑圧」は--当時のフロイトには原抑圧概念はなかったーー、「原抑圧」として捉えなければならない。そして境界表象とは、上に引用したコレット・ソレール曰くの「原リアルの名 le nom du premier réel」・「原穴の名 le nom du premier trou 」である。

…………

父親は不在で、父の機能(平和をもたらす法の機能、「父の名」)は中止され、その穴は「非合理的な」母なる超自我によって埋められる。母なる超自我 maternal superego は恣意的で、邪悪で、「正常な」性関係(これは父性隠喩の記号の下でのみ可能である)を妨害する。(……)父性的自我理想 paternal ego-ideal が不十分なために法が獰猛な母なる超自我 ferocious maternal superego へと「退行」し、性的享楽に影響を及ぼす。これは病的ナルシシズムのリピドー構造の決定的特徴である。「母親にたいする彼らの無意識的印象は重視されすぎ、攻撃欲動につよく影響されているし、母親の配慮の質は子どもの必要とほとんど噛み合っていないために、子どもの幻想において、母親は貪り食う鳥としてあらわれるのである」(Christopher Lasch)(ジジェク『斜めから見る』原著1991年)

ーーここでジジェクは「父の名」を、父性的自我理想とし、「母なる超自我」を前エディプス的超自我としている。

以下のポール・バーハウの倒錯をめぐる注釈も同じことを言っている。

倒錯者の不安は、エディプス不安、つまり去勢を施そうとする父についての不安としてしばしば解釈されるが、これは間違っている。不安は、母なる超自我にかかわる。彼を支配しているのは最初の〈他者〉である。そして倒錯者のシナリオは、明らかにこの状況の反転を狙っている。

これが、「父の」超自我を基盤とした行動療法が、ふつうは失敗してしまう主要な理由である。それらは見当違いであり、すなわち、倒錯者の母なる超自我へと呼びかけていない。不安は、はるかな底に横たわっており、〈他者〉に貪り食われるという精神病的な不安に近似している。父の法の押し付けに対する反作用は、しばしば攻撃性発露である。(ポール・バーハウ2004、Paul Verhaeghe、On Being Normal and Other Disorders: A Manual for Clinical Psychodiagnostics)

…………

ところで超自我と、自我理想・父の名とはどう異なるのか。

超自我と自我理想は本質的に互いに関連しており、コインの裏表として機能する。(PROFESSIONAL BURNOUT IN THE MIRROR、Stijn Vanheule,&Paul Verhaeghe ポール・バーハウ, ,2005、PDF)
ラカンは、父の名と超自我はコインの表裏であると教示した。(ジャック=アラン・ミレール2000、The Turin Theory of the subject of the School

超自我は、基本的に、「母なる超自我」である(幼児は誰もが最初に「母なる大他者」に世話をうける)。 父の名・自我理想・父の法に超自我の側面があるのは、父の名が母なる超自我・母の法(≒母の欲望)を覆いつつつも、それを徴示しているからである(これがコインの裏表の意味)。

ミレールの文を再掲しよう。

「父の名 Nom-du-Père」は「母の欲望 Désir de la Mère」の上に課されなければならない。その条件においてのみ、身体の享楽 jouissance du corps は飼い馴らされ、主体は、他の諸主体と共有された現実の経験に従いうる。(JACQUES-ALAIN MILLER L’Autre sans Autre,2013)

父の名は、母なる超自我をたしかに覆う。だがそこには必ず「残存現象」がある。 これは、最晩年のフロイトが記述したことである。

発達や変化に関して、残存現象 Resterscheinungen、つまり以前の段階の現象が部分的に進歩から取り残されて存続するという事態は、ほとんど常に認められるところである。物惜しみをしない保護者が時々吝嗇な様子を見せてわれわれを驚かしたり、ふだんは好意的に過ぎるくらいの人物が、突然敵意ある行動をとったりするならば、これらの「残存現象 Resterscheinungen」は、疾病発生に関する研究にとっては測り知れぬほど貴重なものであろう。このような徴候は、賞讃に値するほどのすぐれて好意的な彼らの性格が、実は敵意の代償や過剰代償にもとづくものであること、しかもそれが期待されたほど徹底的に、全面的に成功していたのではなかったことを示しているのである。(フロイト『終りある分析と終りなき分析』1937年)

最晩年の微妙な表現は別に、標準的なフロイトにのみに依拠した超自我論は、--フロイトは超自我=自我理想としているーー父の名(自我理想あるいは父なる超自我、父の法)と本来の超自我(原超自我あるいは母なる超自我、母の法)の 関連がみえてこない(日本の大半の論者、たとえば柄谷行人の九条=超自我論の曖昧さはここにある)。

もっともある時期までは、ラカン派でさえ、超自我の機能については曖昧なままであった。

ラカンの教えにおいて「超自我」は謎である。「自我」の批評はとてもよく知られた核心がある一方で、「超自我」の機能についての教えには同等のものは何もない。(ジャック=アラン・ミレールーーTHE ARCHAIC MATERNAL SUPEREGO by Leonardo S. Rodriguez, 1996、PDF

わたくしが今、上のように記したことは、最近になっての議論を参照にしつつの、あくまで「想定」であり、ラカン注釈者たちが明瞭に上のように言っているわけではない。 その意味で、ジジェクの最近になっての叙述は貴重である、とわたくしは思う。

フロイト自身は終生エディプスの父に固執したとされるが、いくつかの論でほとんど超自我の起源は母であると口に出しかかっている。

最初の非常に幼い時代に起こった同一化の効果は、一般的であり、かつ永続的であるにちがいない。このことは、われわれを自我理想の発生につれもどす。というのは、自我理想の背後には個人の最初のもっとも重要な同一化がかくされているからであり、その同一化は個人の原始時代、すなわち幼年時代における父との同一化である(註)。(フロイト『自我とエス』旧訳p.278、一部変更ーー参照
註)おそらく、両親との同一化といったほうがもっと慎重のようである。なぜなら父と母は、性の相違、すなわち陰茎の欠如に関して確実に知られる以前は、別なものとしては評価されないからである。……(同『自我とエス』)

そして1939年上梓の論文と死後出版1940年の論文には次のようにある。

超自我は、人生の最初期に個人の行動を監督した彼の両親(そして教育者)の後継者・代理人である。(フロイト『モーセと一神教』1939年)
・超自我が設置された時、攻撃欲動の相当量は自我の内部に固着され、そこで自己破壊的に作用する。

・患者が分析家を彼の父(あるいは母)の場に置いた時、彼は自らの超自我が自我に行使する力能を分析家に付与する。(フロイト『精神分析概説』草稿、死後出版1940年)

あるいはこう引用してもよい。

誘惑者 Verführerin はいつも母である。…幼児は身体を清潔にしようとする母の世話によって必ず刺激をうける。おそらく女児の性器に最初の快感覚を目覚めさせるのさえ事実上は母である。(フロイト『新精神分析入門』1933年)
母は、子どもを滋養するだけではなく、世話をする。したがって、数多くの他の身体的刺激、快や不快を子どもに引き起こす。子どもの身体を世話することにより、母は、子どもにとっての最初の「誘惑者」になる。この二者関係には、母の重要性の根が横たわっている。ユニークで、比べもののなく、変わりようもなく確立された母の重要性。全人生のあいだ、最初の最も強い愛-対象として、のちの全ての愛-関係性の原型としての母ーー男女どちらの性にとってもである。(フロイト『精神分析概説』( Abriß der Psychoanalyse草稿、死後出版1940、私訳)

※より詳しくは、「二種類の超自我と原抑圧」を参照。