2016年8月30日火曜日

分身Doppelgänger =想像的自我+異物 Fremdkörper

少し前ーーといっても二か月ほど前だがーー「不気味な親密」にて、heimilich = unheimlich とラカンの外密 Extimité とどう違うんだろうか? という問いを投げたが、ムラデン・ドラ―が1991年に次のように言っているのに行き当たった。

ーー「不気味なもの」は、仏語ではそれに相応しい言葉がない。だから、フロイトの『不気味なもの (Das Unheimliche)』は、L'inquiétante étrangeté.と訳されている。すなわち「不穏をもたらす奇妙なもの」。これは奇妙な訳語であり、ラカンはそのかわりに、《外密という語を発明した》(ムラデン・ドラ―、Mladen Dolar,I Shall Be with You on Your Wedding-Night": Lacan and the Uncanny,1991、PDF

これはラカン自身が直にそういっているわけではない。ただよく読めばそう読めるといっているのだろうと思う。

ドラー(彼はもちろんスロベニア三人組のひとりである、つまりジジェク、ジュパンチッチ、ドラ―)はこうも言っている。

分身とは、私 moi プラス対象aーー私のイメージに付け加えられた不可視の部分ーーと同じものである。…ラカンは「眼差し」を喪われた対象の至高の現前 presentationとした。鏡のなかで、人は自分の目を見る。しかし喪われた部分である眼差しを見ない。…分身が生み出す不安とは、対象の出現 appearance の最も揺るぎない徴 the surest signである。(Mladen Dolar, Lacan and the Uncanny,1991、PDF

つまり、ドッペルゲンガーDoppelgänger(分身)は、単純には、不気味なもの(外密 Extimité)ではない。外密プラス想像的自我moiということになる。

基本的なトラウマの定義(フロイト・ラカン派による)」に記したように、ラカンは対象aは外密だといっている、《l'objet(a) est extime》(S.16)。そして、対象aはフロイトの異物 Fremdkörperでもある。

とすれば、分身とは想像的自我+異物ということになる(それぞれの概念の微妙な相違はあるに違いないが、ここでは簡略にそれを問わずにこう記す)。

ラカン自身はセミネールⅩ(不安)で、分身のイマージュl'image du double と非自律的主体 la non-autonomie du sujet とか、《人間は、イマージュの彼方にある〈他者〉 [ i'(a) ]のなかに位置づけられた点に自分の家(故郷)を見出す。[L'homme trouve sa maison en un point situé dans l'Autre [ i'(a) ], au-delà de l'image]》(S.10)等々といっており、これらの文から、ロレンツォ・キエーザ2007は、《分身とは i′(a) + a、想像的他者プラス対象a》としている。これはムラデン・ドラ―の言っていることと同じ意味だ。

ラカンはセミネールX にて、根本幻想を《窓の枠組みの上に位置づけられた絵 un tableau qui vient se placer dans l'encadrement d'une fenêtre》としてはっきりと叙述している。この《馬鹿げたテクニックTechnique absurde》はまさに《人が窓から見るものを見ない ne pas voir ce qui se voit par la fenêtre》こと、斜線を引かれた大他者・大他者のなかの欠如 Ⱥ を見ないことにある、と。

…エディプスコンプレックスの第二段階の初めに、子どもは窓ga深淵に枠を嵌めていることに気づく。彼は窓から容易に落ちる(母に呑み込まれる)かもしれない。したがって絵によって描写された光景は、深淵を覆い隠す機能を持っている。

さらに重要なのは、ラカンはセミネールX にて、そのような「防衛的」光景は、異なった諸主体にてどんな個別の特徴があろうとも常に、分身としての他者の非鏡像的 unspecularizable イマージュの肖像を描くと暗に示している。言い換えれば、根本幻想のなかで、想像的他者は 「欠如していないイマージュnonlacking image」 として「見られる」。このイマージュとは、主体から去勢され喪われた部分対象を所有している。したがって分身とは i′(a) + a、想像的他者プラス対象a である。

これが殊更はっきりと現れるのは、フロイトの名高い症例狼男においてである。ラカン曰く、彼の反復される夢は我々に《その構造のなかでヴェールを剥ぎ取られた純粋幻想 le fantasme pur dévoilé dans sa structure》の見事な事例を提供すると。窓が開かれ、狼たちが樹上に止まって患者を見詰める、彼自身の眼差しで(狼男自身の身体の非鏡像的残余にて)。ラカンはまたホフマンの『砂男』の物語において同様の光景に言及する。人形オリンピアは学生ナターニエルの目によってのみ完成されうる、と。(Lorenzo Chiesa、Subjectivity and Otherness: A Philosophical Reading of Lacan, by 2007)




ロレンツォは、《分身としての他者の非鏡像的 unspecularizable イマージュ》としているが、ラカンも分身をめぐってヘーゲル用語とは異なる、と言っている。

Alors elle est la reine du jeu. Elle s'empare de l'image qui la supporte et l'image spéculaire devient l'image du double avec ce qu'elle apporte d'étrangeté radicale… et pour employer des termes qui prennent leur signification de s'opposer aux termes hégéliens …en nous faisant apparaître comme objet, de nous révéler la non-autonomie du sujet.(Lacan、S.10)

となれば、やはり柄谷行人の不気味なものの捉え方ーーこれも「不気味な親密」にて記したがーー間違っているように思える(少なくともラカン派観点からは)。

フロイトがいったように、「不気味なもの( unheimlich)」とは本来「親密なもの( heimlich)」である。つまり、自己投射にほかならない。また、われわれがいう他者は絶対的な他者ではない。それもまた自己投射にすぎない。われわれが考えるのは、むしろありふれた相対的な他者の他者性である。(柄谷行人『トランスクリティーク』)

不気味なものは、けっして自己投射ではない。その残余である(剰余享楽=剰余価値である)。

残余とは上にもセミネールⅩの図を示したように「花束a」である。





いまさらだが、花束は部分対象である。花瓶が身体のイメージ(あるいは想像的自我)である(もっともこの光学的(鏡像)モデルにはいくらか欠陥がある。それゆえ後年のラカンはこのモデルを放棄した、と言われる。→参照:Stijn Vanheule,Lacan’s construction and deconstruction of the double-mirror device、2011

結局、1919年に出版された『不気味なもの』を読むための核心のひとつは翌年の『快原理の彼岸』とともに読むことだろう。

……二番目のポイントは、この論文がフロイトの進展する仕事のいっそう偉大な統合へ溶け入る仕方にかかわる。この論文の中ほどで、フロイトは「不気味なもの」とその幼児期の決定因とのあいだの関連を完全には展開できていないことを謝罪している。彼は読者に準備されている論文を引き合いにだして、中心的概念はそこで展開されるとする。問題の論文は『快原理の彼岸』であり、快原理の彼方にある反復強迫概念である。これは極めて重要である。

フロイトは言っている、「不気味なもの」は快原理の彼方・ファルス快楽の彼方に横たわるものに関係すると。それは他の享楽に繋がる。すなわち、脅威を与える現実界のなかのシニフィアンの外部に横たわるもの。我々は既に、反復強迫の機能をこの現実界を「拘束するもの」として叙述した。シニフィアンが始めから欠けている場に、現実界をシニフィアンに繋げる試みとして。(ヴェルハーゲ、PAUL VERHAEGHE,DOES THE WOMAN EXIST? 1999,PDF

フロイト自身の記述は次の通り。

……同種のものの繰返しの不気味さがいかにして幼児の心的生活から演繹されうるかを、ここではただ示唆するにとどめて、そのかわりこれについてはすでに、これを別の関連において詳細に論じた仕事のあることをお知らせしておく。つまり心の無意識のうちには、欲動生活から発する反復強迫の支配が認められる。これはおそらく諸欲動それ自身のもっとも奥深い性質に依存するものであって、快不快原則を超越してしまうほどに強いもので、心的生活の若干の面に魔力的な性格を与えるものであるし、また、幼児の諸行為のうちにはまだきわめて明瞭に現われており、神経症者の精神分析過程の一段階を支配している。そこで、われわれとしては、以上一切の推論からして、まさにこの内的反復強迫を思い出させうるものこそ不気味なものとして感ぜられると見ていいように思う。(フロイト『不気味なもの』旧訳、著作集3、p.344)

快原理の彼方にあるもの、それはラカン用語なら、ファルスの彼方にはあるものだ。

・ファルスの彼方には Au-delà du phallus、身体の享楽 la jouissance du corpsがある。(ラカン、S.20)

・現実界は話す身体の神秘であり、無意識の神秘である。(le réel, c'est le mystère du corps parlant, c'est le mystère de l'inconscient.)(S.20)

快原理の彼岸の主体の主体とは、欲望の主体 sujet du désir の「表象の裂け目」に現れる「欲動の主体 sujet de la pulsion」である(ラカンは欲動の主体にかかわるものとして、享楽の主体 le sujet de la jouissance、無頭の主体 le sujet acéphale、話す身体 le corps parlant 等々と言っている)。

ファルス享楽の彼方には、他の享楽 l'autre jouissanceがある。それは女性の享楽 La jouissance féminine、身体の享楽 la jouissance du corpsなどとも呼ばれる(参照:ラカンの身体概念の移行)。

くり返せば、これらは、フロイトにおいては、不気味なものや身体のなかの異物にかかわる。

…………

ここでの話とは関係がないが、愉快なGIF画像を見出したので、ここに貼付。







やあ、やっぱり肝腎なのは〈女〉じゃないだろうか。

神経症者が、女の性器はどうもなにか気味が悪いということがよくある。しかしこの、女の性器という気味の悪いものは、誰しもが一度は、そして最初はそこにいたことのある場所への、人の子の故郷への入口である。冗談にも「恋愛とは郷愁だ」という。もし夢の中で「これは自分の知っている場所だ、昔一度ここにいたことがある」と思うような場所とか風景などがあったならば、それはかならず女の性器、あるいは母胎であると見ていい。(フロイト『不気味なもの』1919)

《人間は、イマージュの彼方にある〈他者〉 [ i'(a) ]のなかに位置づけられた点に自分の家(故郷)を見出す。[L'homme trouve sa maison en un point situé dans l'Autre [ i'(a) ], au-delà de l'image]》(ラカン、S.10)

「大他者の(ひとつの)大他者はある il y ait un Autre de l'Autre」という人間のすべての必要(必然)性。人はそれを一般的に〈神〉と呼ぶ。だが、精神分析が明らかにしたのは、〈神〉とは単に〈女 〉« La femme » だということである。

La toute nécessité de l'espèce humaine étant qu'il y ait un Autre de l'Autre. C'est celui-là qu'on appelle généralement Dieu, mais dont l'analyse dévoile que c'est tout simplement « La femme ».(ラカン、セミネール23、 サントーム)

《……この女性的マゾヒズムは、原初の、催淫的 erogenen マゾヒズム、苦痛のなかの快である。Der beschriebene feminine Masochismus ruht ganz auf dem primären, erogenen, der Schmerzlust, 》(フロイト『マゾヒズムの経済的問題』1924 )

…… 《不安(=不気味なもの)の枠組み化 encadrement de l'angoisse》……、《寄る辺なさ Hilflosigkeit を越えた最初の治療 le premier recours au-delà de l'Hilflosigkeit》(Lacan.S.10)において、根本幻想はまた、無意識の水準において、不安の現実界を有効化する、《それは敵対性自体の(主体の)構成である c'est la constitution de l'hostile comme tel》。フロイトが名付けた性的(催淫的 erogenen)マゾヒズムラカンが享楽 jouissanceと名付け直したものの誕生である。(Lorenzo Chiesa、Subjectivity and Otherness: A Philosophical Reading of Lacan, by 2007)

もちろんーーよく知られているようにーーフロイト・ラカン派の「女性的 feminine」というシニフィアンは、解剖学的性別とは関係がない。

ひとは、女性のポジションからのみ本当に愛することができます。「愛する女性」 Loving feminisesとはそういうことです。(ミレール、2009,Jacques-Alain Miller: On Love:We Love the One Who Responds to Our Question: “Who Am I?”)

ーーと引用してきて、最後にここでの話題とつなげるが、〈女〉とは結局、異物(対象a・外密)のことである。

女の問題とは、(……)空虚な理想ーー象徴的機能――empty ideal‐symbolic function—を形作ることができないことにあるので、これがラカンが「女は存在しない」と主張したときの意図である。この不可能の「女」は、象徴的フィクションではなく、幻影的幽霊fantasmatic specterであり、それは S1ではなく対象 aである。(ジジェク、LESS THAN NOTHING,2012,私訳ーー難解版:「〈他者〉の〈他者〉は外-存在する」(ジジェク=ラカン)
女性性は、女にとって(も)異者である。したがって、彼女自身の身体という手段にて、女は「他の女」の神秘を敬う。「他の女」は、彼女が何なのかの秘密を保持している。すなわち、他の女を通して、リアルな他者を通して、彼女が何なのかを具現化しようと試みる。 ……

純化されたヒステリアの目的は、リアルな身体を作ることである。その身体のなかには、症状が住んでいる。症状の能動化の肉体的場。これがヒステリー的女の挑戦である。この身体、「症状の出来事」の場は、言説に囚われた身体とは同じではない。

言説に囚われた身体は、他者によって話される身体、享楽される身体である。反対に、話す身体le corps parlantとは、自ら享楽する身体un corps joui である。(The mystery of the speaking body,Florencia Farías, 2010、PDF

究極の異物とは子宮ではないだろうか・・・

偶然にも、ヒステリーの古代エジプト理論は、精神分析の洞察と再遭遇する一定の直観的真理を含んでいる。ヒステリーについての最初の理論は、Kahun で発見された (Papyrus Ebers, 1937) 4000年ほど前のパピルスに記されている。そこには、ヒステリーは子宮の移動によって引き起こされるとの説明がある。子宮は、身体内部にある独立した・自働性をもった器官だと考えられていた。

ヒステリーの治療はこの気まぐれな器官をその正しい場所に固定することが目指されていたので、当時の医師-神官が処方する標準的療法は、論理的に「結婚」に帰着した。

この理論は、プラトン、ヒポクラテス、ガレノス、パラケルルス、等々によって採用され、何世紀ものあいだ権威のあるものだった。馬鹿げた考え方ーーしかしながら、たいていの奇妙な理論と同様に、それはある真理の芯を含んでいる。

まず、ヒステリーはおおいに性的問題だと考えらてれる。第二に、身体の他の部分に比べ気まぐれで異物のような器官という想念をもって、この理論は事実上、人間内部の分裂という考え方を示しており、我々内部の親密な異者・いまだ知られていない部分としてのフロイトの無意識の発見の先鞭をつけている。

神秘的・想像的な仕方で、この古代エジプト理論は言っている、主体は自分の家の主人ではない(フロイト)、人は自分自身の身体のなかで何が起こっているか知らない(ラカン)、と。(Frédéric Declercq,LACAN'S CONCEPT OF THE REAL OF JOUISSANCE:2004)

男性のおちんちんだって、異物といえないことはないが、あれは外に出っ張ってるからな、《ラカンの造語「Extimité」……最も親密な intimité 部分の何かでありながら、つねに他の場所、主体の外 ex に現れ、捉えがたいもの》(Richard Boothby、Freud as Philosopher、,2001)というわけにはいかない。もともと外部にある不如意棒だよ、たいして親密なもんじゃない・・・

しかも簡単に「捉えられる」のは次ののGIFの如し。






2016年8月27日土曜日

基本的なトラウマの定義(フロイト・ラカン派による)

我々は「トラウマ的 traumatisch」という語を次の経験に用いる。すなわち「トラウマ的」とは、短期間の間に刺激の増加が通常の仕方で処理したり解消したりできないほど強力なものとして心に現れ、エネルギーの作動の仕方に永久的な障害をきたす経験である。(フロイト『精神分析入門』18. Vorlesung. Die Fixierung an das Trauma, das Unbewußte、1916年、私訳)
現実界とは、トラウマの形式として……(言語によって)表象されえないものとして、現われる。 …le réel se soit présenté …sous la forme du trauma,… ne représente(ラカン、S.11)

…………

【トラウマと異物】

トラウマ、ないしその想起は、異物 Fremdkörper ーー体内への侵入から長時間たった後も、現在的に作用する因子として効果を持つ異物ーーのように作用する。(フロイト『ヒステリー研究』予備報告、1893年)
われわれがずっと以前から信じている比喩では、症状をある異物 Fremdkörper とみなして、この異物は、それが埋没した組織の中で、たえず刺激現象や反応現象を起こしつづけていると考えた。もっとも症状が形成されると、好ましからぬ衝動にたいする防衛の闘いは終結してしまうこともある。われわれの見るかぎりでは、それはヒステリーの転換でいちばん可能なことだが、一般には異なった経過をとる。つまり、最初の抑圧作用についで、ながながと終りのない余波がつづき、衝動にたいする闘いは、症状にたいする闘いとなってつづくのである。(フロイト『制止、症状、不安』1926年)

いにしえの Unerkannt (知りえないもの)としての無意識は、まさに我々の身体のなかで何が起こっているかの無知によって支えられている何ものかである。

しかしフロイトの無意識はーーここで強調に値するがーー、まさに私が言ったこと、つまり次の二つのあいだの関係性にある。つまり、「我々にとって異者である身体(異物) un corps qui nous est étranger 」と「円環を作る何か、あるいは真っ直ぐな無限と言ってもよい(それは同じことだ)」、この二つのあいだの関係性、それが無意識である。(ラカン、セミネール23、11 Mai 1976)
私は…問題となっている現実界 le Réel は、一般的にトラウマ traumatismeと呼ばれるものの価値を持っていると考えている。…これは触知可能である…人がレミニサンスréminiscenceと呼ぶものに思いを馳せることによって。…レミニサンス réminiscence は想起 remémoration とは異なる。

…私は、現実界は法のないsans loiものに違いないと信じている je crois que le Réel est, il faut bien le dire, 。…真の現実界は法の不在を意味する Le vrai Réel implique l'absence de loi。現実界は秩序を持たない Le Réel n'a pas d'ordre。(ラカン、S.23, 13 Avril 1976)


【異物と外密】

私の最も内にある《親密な外部、モノとしての外密》--《extériorité intime, cette extimité qui est la Chose》(ラカン、S.7)

外密 Extimité は親密 intimité の反対ではない。外密は、親密な〈他〉である。それは、異物 corps étranger のようなものである(ミレール、Miller Jacques-Alain, 1985-1986, Extimité
要するに、私たちのもっとも近くにあるものが、私たちのまったくの外部にある。ここで問題となっていることを示すために「外密 extime」という語を使うべきだろう。(ラカン、セミネール16)
おそらく対象aを思い描くに最もよいものは、ラカンの造語「Extimité」である。それは主体自身の、実に最も親密な intimité 部分の何かでありながら、つねに他の場所、主体の外 ex に現れ、捉えがたいものだ。(Richard Boothby、Freud as Philosopher METAPSYCHOLOGY AFTER LACAN,2001)

 ラカン自身、外密とフロイトの「物das Ding」、あるいは「隣人Nebenmensch」と関連づけて語っている。あるいは、《l'objet(a) est extime》ともある(参照:防衛と異物 Fremdkörper)。もちろんフロイトの不気味なものの変奏でもある(heimilich = unheimlich とintimité = extimité)。

※対象a にはいくつもの意味があるので注意(参照:対象aの五つの定義(Lorenzo Chiesa)

Fremdkörper(異物)は内部にあるが、この内部の異者である。現実界は、分節化された象徴界の内部(非全体pas-tout)に外立 ex-sistence する。(Paul Verhaeghe、2001,PDF)


【トラウマと身体の出来事】

情動の痕跡を生みだす出来事の総合的定義は、フロイトがトラウマと呼んだものである。トラウマ化とは、それが快原理の失敗した効果によって生みだされる限りで、快原理の規範に従っては消し去りえない要素である。すなわち、トラウマは、快原理の統制の失敗を引き起こす。情動の痕跡の根本的出来事は、次のようなものだ…それは、身体のなか、心のなかに、興奮の過剰を持続させるもの・再吸収されえないもの。我々は、ここで、トラウマ的出来事の総合的定義を得る。それは、言存在 parlêtre のその後の人生において痕跡を残すものである。 (Miller, J.-A. (2001). The symptom and the body event, Lacanian Ink, 19)

《身体の出来事=サントーム un événement de corps = sinthome》 (Lacan,JOYCE LE SYMPTOME,AE.569)

《サントーム=享楽の原子》(ジジェク、LESS THAN NOTHING,2012)


【トラウマと他の享楽 l'autre jouissance】

トラウマの不透明性ーーフロイトの思考によってその初期作用 fonction inaugurale のなかで主張されたものであり、私の用語では、意味作用への抵抗 la résistance de la signification であるがーー、それはとりわけ想起の限界 la limite de la remémorationを招くものである。(ラカン、セミネール11)

《享楽の不透明性、意味を逃れるもの  jouissance opaque, d'exclure le sens 》(Joyce le Symptôme », 1975,Autres écrits, p. 570)

※ここでの享楽は、「ファルス享楽 la jouissance phallique」の非一貫性(非全体pas-tout)の内部に外立 ex-sistence する「他の享楽 l'autre jouissance」のこと(ex-sistence ≒ extimité)。

享楽の現実界とは、言語の外部に単純にあるものどころか(現実界は、むしろ言語に関して「外密 ex‐timate」である)、言語のなかで象徴化に抵抗する何かであり、言語のなかに異物の核として居残ったものである。現実界は、裂け目、切れ目、隙間、非一貫性、不可能性として現れる。(ジジェク、LESS THAN NOTHING,2012,私訳)


【トラウマの三つの特徴】 

①トラウマの最も明瞭な臨床的特徴は、言葉で表現されえないという事実にある。患者はトラウマの言語化に成功しない。

②トラウマは常に性的性質をもっている。もっとも「性的」というシニフィアンは、フロイトのTrieb 概念を基礎とした「欲動・衝迫にかかわるもの」と理解されなければならない。

③フロイトの観点からは、トラウマは常に相剋、したがって防衛にかかわる。より具体的に言えば、主体内部の内的防衛である。(ヴェルハーゲ、1998. Trauma and hysteria within Freud and Lacan, PDF)

※防衛については、次の文を参照(異物についても)。

享楽はどこから来るのか? 〈他者〉から、とラカンは言う。〈他者〉は今異なった意味をもっている。厄介なのは、ラカンは彼の標準的な表現、「〈他者〉の享楽la jouissance de l'Autre」を使用し続けていることだ、その意味は変化したにもかかわらず。新しい意味は、自身の身体を示している。それは最も基礎的な〈他者〉である。事実、我々のリアルな有機体は、最も親密な異者(異物)である。

ラカンの思考のこの移行の重要性はよりはっきりするだろう、もし我々が次ぎのことを想い起すならば。すなわち、以前の〈他者〉、まさに同じ表現(「〈他者〉の享楽 la jouissance de l'Autre」)は母-女を示していたことを。

これ故、享楽は自身の身体から生じる。とりわけ境界領域から来る(口唇、肛門、性器、目、耳、肌。ラカンはこれを既にセミネールXIで論じている)。そのとき、享楽にかかわる不安は、基本的には、自身の欲動と享楽によって圧倒されてしまう不安である。それに対する防衛が、母なる〈他者〉the (m)Otherへの防衛に移行する事実は、所与の社会構造内での、典型的な発達過程にすべて関係する。

我々の身体は〈他者〉である。それは享楽する。もし可能なら我々とともに。もし必要なら我々なしで。事態をさらに複雑化するのは、〈他者〉の元々の意味が、新しい意味と一緒に、まだ現れていることだ。とはいえ若干の変更がある。二つの意味のあいだに混淆があるのは偶然ではない。一方で我々は、身体としての〈他者〉を持っており、そこから享楽が生じる。他方で、母なる〈他者〉the (m)Otherとしての〈他者〉があり、シニフィアンの媒介として享楽へのアクセスを提供する。実にラカンの新しい理論においては、主体は自身の享楽へのアクセスを獲得するのは、唯一〈他者〉から来るシニフィアン(「徴づけmarkings」と呼ばれる)の媒介を通してのみなのである。(PAUL VERHAEGHE, New studies of old villains 2009、私訳,PDF

※付記:中井久夫によるトラウマ論より

【異物】

外傷性フラッシュバックと幼児型記憶との類似性は明白である。双方共に、主として鮮明な静止的視覚映像である。文脈を持たない。時間がたっても、その内容も、意味や重要性も変動しない。鮮明であるにもかかわらず、言語で表現しにくく、絵にも描きにくい。夢の中にもそのまま出てくる。要するに、時間による変化も、夢作業による加工もない。したがって、語りとしての自己史に統合されない「異物」である。相違点は、そのインパクトである。外傷性記憶のインパクトは強烈である、幼児型記憶はほどんどすべてがささやかないことである。その相違を説明するのにどういう仮説が適当であろうか。

幼児型記憶は内容こそ消去されたが、幼児型記憶のシステム自体は残存し、外傷的体験の際に顕在化して働くという仮説は、両者の明白な類似性からして、確度が高いと私は考える。(中井久夫「発達的記憶論」『徴候・記憶・外傷』所収 P.53)


【臨界線以上のトラウマ】

外傷的事件の強度も、内部に維持されている外傷性記憶の強度もある程度以下であれば「馴れ」が生じ「忘却」が訪れる。あるいは、都合のよいような改変さえ生じる。私たちはそれがあればこそ、日々降り注ぐ小さな傷に耐えて生きてゆく。ただ、そういうものが人格を形成する上で影響がないとはいえない。

しかし、ある臨界線以上の強度の事件あるいはその記憶は強度が変わらない。情況によっては逆耐性さえ生じうる。すなわち、暴露されるごとに心的装置は脆弱となり、傷はますます深く、こじれる。素質による程度の差はあるかもしれないが、どのような人でも、残虐ないじめや拷問、反復する性虐待を受ければ外傷的記憶が生じる。また、外傷を受けつづけた人、外傷性記憶を長く持ちつづけた人の後遺症は、心が痩せ(貧困化)ひずみ(歪曲)いじけ(萎縮)ることである。これをほどくことが治療戦略の最終目標である。 (中井久夫「トラウマとその治療経験」『徴候・記憶・外傷』所収 P.109)


【原トラウマ】

最初に語られるトラウマは二次受傷であることが多い。たとえば高校の教師のいじめである。これはかろうじて扱えるが、そうすると、それの下に幼年時代のトラウマがくろぐろとした姿を現す。震災症例でも、ある少年の表現では震災は三割で七割は別だそうである。トラウマは時間の井戸の中で過去ほど下層にある成層構造をなしているようである。ほんとうの原トラウマに触れたという感覚のある症例はまだない。また、触れて、それですべてよしというものだという保証などない。(中井久夫「トラウマについての断想」初出2006年『日時計の影』所収)
……一般に、語られる外傷性事態は、二次的な体験、再燃、再演であることが多い。学校でのいじめが滑らかに語られる時など、奥にもう一つあると一度は考えてみる必要がある。(……)

しかし、再燃、再演かと推定されても、当面はそれをもっぱら問題にしてよい。急いで核心に迫るべきではない。それは治療関係の解消あるいは解離その他の厄介な症状を起こす確率が高い。「流れがつまれば水下より迫れ(下流の障害から除去せよ)」とは下水掃除の常道である。〔中井久夫「トラウマと治療体験」『徴候・記憶・外傷』所収 P.104)

《我々の誰もが、欲動と心的装置とのあいだの構造的関係のために、性的トラウマ(構造的トラウマ)を経験する。我々の何割かはまた事故的トラウマaccidental traumaを、その原初の構造的トラウマの上に、経験するだろう。》(Paul Verhaeghe、TRAUMA AND PSYCHOPATHOLOGY IN FREUD AND LACAN、1998)



【トラウマ患者の侵入性】

治療における患者の特性であるが、統合失調症患者を診なれてきた私は、統合失調症患者に比べて、外傷系の患者は、治療者に対して多少とも「侵入的」であると感じる。この侵入性はヒントの一つである。それは深夜の電話のこともあり、多数の手紙(一日数回に及ぶ!)のこともあり、私生活への関心、当惑させるような打ち明け話であることもある。たいていは無邪気な範囲のことであるが、意図的妨害と受け取られる程度になることもある。彼/彼女らが「侵入」をこうむったからには、多少「侵入的」となるのも当然であろうか。世話になった友人に対してストーキング的な電話をかけつづける例もあった。(中井久夫「トラウマと治療体験」『徴候・記憶・外傷』所収 P.106)

《フロイトはくり返し言っているが、人は内的な脅威から逃れうるのは、唯一外部の世界にそれを投影することだ、と。問題は享楽の事態に関して、外部の世界はほとんど女と同義だということだ…

三つの宗教の書、初めにすべての悪の源としてイヴ、次にカトリックの性と女の不安と憎悪、最後にムスリムのベールなどへの強制。女は男を誘惑し破滅させるので、寄せつけないようにしなければならない。これは次のように読むべきだ。我々自身の享楽、我々の身体から生じる欲動は、享楽的であるだけではなく、我々が統御する必要のある、明らかに脅迫的な何かだ。統御するための最も簡単な方法は、その享楽を他者に帰してもし必要なら、この他者を破壊することだ。》(ヴェルハーゲ、2009)

…………

※ここでは引用の関係上、欲動と享楽をほぼ同じものと扱ったが、その相違については、「欲動と享楽の相違」を参照のこと。

なお表題を「基本的なトラウマの定義(フロイト・ラカン派による)」としたが、フロイト・ラカン派内部でも異なった見解があるだろうし、上に引用した書き手にも、より複雑な解釈がある。それを割愛したという意味での「基本」である(たとえばラカン派内部には、言語を使用すること自体がトラウマ的だとさえ読みうる見解がある[参照])。あるいはトラウマを語る上で最も核心的でありうる観点「遡及性」概念さえーー長くなりすぎるのでーーここでは割愛している[参照]。

アドラー? あれは慰安派の寝言である。

現代ではストオリイは小説にあるだけではない。宗教もお話であり、批評もお話であると私は書いたが、政治も科学も歴史もお話になろうとしている。ラジオや テレビは一日中、料理や事件や宇宙について、甘いお話を流し続け、われわれは過去についてお話を作り上げ、お話で未来を占っている。

これらのお話を破壊しないものが、最も慰安的であるが、現実にもわれわれの内部にもお話の及ばない極地は存在する。人間はそこに止ることは出来ないにしても、常にその存在を意識していなければならない。だからこの不透明な部分を志向するお話が、よいお話である、というのが私の偏見である。(大岡昇平『常識的文学論』)


→「基本版:現代ラカン派の考え方

…………

※付記

誰もがトラウマ化されている tout le monde est traumatisé(ジャック=アラン・ミレール、2013-2014セミネール、Tout le monde est fou Année 2013-2014ーー「一の徴」日記⑥
要約しよう。このトラウマに関するラカン理論は次の通り。欲動とはトラウマ的な現実界の審級にあるものであり、主体はその衝動を扱うための十分なシニフィアンを配置できない。構造的な視点からいえば、これはすべての主体に当てはまる。というのは象徴秩序、それはファルスのシニフィアンを基礎としたシステムであり、現実界の三つの次元のシニフィアンが欠けているのだから。

この三つの次元というのは女性性、父性、性関係にかかわる。Das ewig Weibliche 永遠に女性的なるもの、Pater semper incertuus est 父性は決して確かでない、Post coftum omne animal tristum est 性交した後どの動物でも憂鬱になる。

これらの問題について、象徴秩序は十分な答を与えてくれない。ということはどの主体もイマジナリーな秩序においてこれらを無器用にいじくり回さざるをえないのだ。これらのイマジネールな答は、主体が性的アイデンティティと性関係に関するいつまでも不確かな問いを処理する方法を決定するだろう。別の言い方をすれば、主体のファンタジーが――それらのイマジネールな答がーーひとが間主観的世界入りこむ方法、いやさらにその間主観的世界を構築する方法を決定するのだ。

この構造的なラカンの理論は、分析家の世界を、いくつかのスローガンで征服した。象徴秩序が十分な答を出してくれない現実界の三つの諸相は、キャッチワードやキャッチフレーズによって助長された。La Femme n'existe pas, 〈女〉は存在しない、L'Autre de l'Autre n'existe pas, 〈他者〉の〈他者〉は存在しない、Il n'y a pas de rapport sexuel,性関係はない。
結果として起こったセンセーショナルな反応、あるいはヒステリアは、たとえば、イタリアの新聞は「ラカンにとって女たちは存在しないんだとさ」と公表した、構造的な文脈やフロイト理論で同じ論拠が研究されている事実をかき消してしまうようにして。

たとえば、フロイトは書いている、どの子供も、自身の性的発達によって促されるのは、三つの避け難い問いに直面することだと。すなわち母のジェンダー、一般的にいえば女のジェンダー、父の役割、両親の間の性的関係、と。どの子供も自分で答えを構築するようになる。それはまさに固有の構築物、いわゆる幼児性理論をもたらす。そこにおいては、ファリックマザーあるいは去勢された母、原父・原光景などに照準が当てられて、イマジナリーな前性器的内容がくり返し生み出される。(Paul Verhaeghe, TRAUMA AND HYSTERIA WITHIN FREUD AND LACAN、1998、PDF)



2016年8月26日金曜日

山桜の樹幹のなかほどの分れめ

庭仕事にくる若い娘が同じ年頃の友人をつれてきて、裏庭の塀に梯子を立てかけて登り、塀に跨って隣家の樹木から垂れ下がる蔓苺の実をとっている。二人ともとてもよい形をしたお尻をもっている。彼女たちは故郷から200キロほど離れたこの土地に移り住み、夕方には故郷の特産である料理を屋台で売っている。妻も同じ故郷であり、しばしばその食べ物を買ってくる。彼女たちの故郷は、メコンデルタの狭間にある隣国との国境に面した町であり、国境の町というのは食べ物も女も美味・美しいというのは定説である。





ファウスト

もし、美しいお嬢さん。
不躾ですが、この肘を
あなたにお貸申して、送ってお上申しましょう。

マルガレエテ

わたくしはお嬢さんではございません。美しくもございません。
送って下さらなくっても、ひとりで内へ帰ります。

ファウスト

途方もない好い女だ。
これまであんなのは見たことがない。
あんなに行儀が好くておとなしくて、
そのくせ少しはつんけんもしている。
あの赤い唇や頬のかがやきを、
己は生涯忘れることが出来まい。
あの伏目になった様子が
己の胸に刻み込まれてしまった。
それからあの手短に撥ね附けた処が、
溜まらなく嬉しいのだ。(ゲーテ『ファウスト』森鴎外訳)


すこしまえ韓国人がこの土地の女を売買婚するのが度重なり(かつて日本人がタイやフィリピンの女たちにそうしたように)、最近はなんらかの形で結婚を制限する法律ができた。





すべての夢は(それに対して文献上で飽くことなく反論が提出されているところの)一個の性的解釈を要求するという主張は、私の夢判断のあずかり知らぬところのものである。私の『夢判断』の七つの版のどこにもこういう主張は見いだされないのだし、また、こういう主張は本書の爾余の内容と明白に矛盾する。(フロイト『夢判断』第八版、新潮文庫下、p.116、高橋義孝訳)

※訳者註:この訳書の底本となったロンドン版所載の『夢判断』は第八版

上の文が記された後、次のような叙述がすぐさま続く。

ことさらさりげない夢が、じつに赤裸々な欲情を隠しているということは、上にも主張したし、無数の新しい例をあげてこれを証明することもできる。しかし、どこをどう見ても何の変哲もない、意味のない夢の多くが、分析してみると、しばしば意外なほどの、紛れもない性的願望衝動に還元させられる。つぎに引用する夢などは、分析を加えてみなければ、ある性的願望を含んでいるなどとは想像もつかないだろう。《二つの堂々たる宮殿のあいだの、少し引っこんだところに小さな家があって、門はしまっている。妻が私を通りを少々案内して、その家のところまで連れてゆく。妻は扉を押し開いた。そこで私はすばやく堂々と、斜めに勾配のついた内庭へ滑りこむ》

夢の翻訳の経験がある人なら、狭い空間を押し入ることや、しまった扉をあけることなどがもっとも一般的な性的象徴であることに直ちに思いついて、この夢の中に、後部からの交接の試み(女体の二つの堂々たる臀部の丘のあいだに)の一表現を容易に見だすだろう。狭い、斜めに上っている通路は、いうまでもなく膣である。この夢を見た本人の妻に押しつけられた(道案内という)助力は、われわれにつぎのごとく判断するように強いる、つまり現実生活のうえでは妻に対する遠慮があればこそこのような性交形式を採ることが断念されているのだ、と。なおよくきき出すと、こういうことがわかった。夢の前日、若い娘がこの家に雇いこまれた。彼はこの娘が気に入って、上に述べたようなことを仕かけてもこの娘ならばたいしていやがりもしないのではないかちうような印象を与えられた。二つの宮殿のあいだの小さな家は、プラーグの一地区の残存記憶に糸を引くものであって、したがってやはりこのプラーグ出身の娘に関係している。(フロイト『夢判断』下,pp.116-117)




風景あるいは土地の夢で、われわれが「ここへは一度きたことがある」とはっきりと自分にいってきかせるような場合がある。さてこの「既視感〔デジャ・ヴエ〕」は、夢の中では特別の意味を持っている。その場所はいつでも母親の性器である。事実「すでに一度そこにいたことがある」ということを、これほどはっきりと断言しうる場所がほかにあるであろうか。ただ一度だけ私はある強迫神経症患者の見た「自分がかつて二度訪ねたことのある家を訪ねる」という夢の報告に接して、解釈に戸惑ったことがあるが、ほかならぬこの患者は、かなり以前私に、彼の六歳のおりの一事件を話してくれたことがある。彼は六歳の時分にかつて一度、母のベッドに寝て、その機会を悪用して、眠っている母親の陰部に指をつっこんだことがあった。(フロイト、同上p.119)




……だからこうして夜になると、パパとママは仲良く腕を組んでお家に帰ってくる、少しばかり千鳥足で。パパが階段でママのスカートをめくる夜 …昔のようにパパがママとセックスする夜、無我夢中で、経験豊かな放埓さをもって …ママが呻き、優しくも淫らな言葉を思わず洩らし、身をよじり、反撥し、寝返りをうって、体の向きを変えて、パパにお尻を差し出す夜 … (…… )自分の家でエロティックであること。自分の女房を享楽し、彼女を悦ばせること、はたしてこれ以上に鬼畜のごとき悪趣味を想像できるだろうか? これこそこの世の終わりだ! 小説の滅亡! (ソレルス『女たち』鈴木創士訳)




彼は滝を嫌ひではなかつた。それは細君の留守中の事ではあつたが、例へば狭い廊下で偶然 出合頭に滝と衝突しかゝる事がある。而して両方で一寸まごついて、危く身をかわし、漸くすり抜けて行き過ぎるやうな場合がある。左ういふ時彼は胸でドキドキと血の動くのを感ずる事があつた。それは不思議な悩ましい快感であつた。それが彼の胸を通り抜けて行く時、彼は興奮に似た何ものかで自分の顔の赤くなるのを感じた。それは或るとつさに来た。彼にはそれを道義的に批判する余裕はなかつた。それ程不意に来て不意に通り抜けて行く。

…彼は自分の底意を滝に見抜かれてゐると思ふ事もよくあつた。然しこんなにも考へた。滝は自分の底意を見抜いて居る。而してそれに気味悪るさを感じて居る。然し気味悪るがりながら尚其冒険に或る快感を感じて居る――彼は実際そんな気がした。

…滝は十八位だつた。色は少し黒い方だが、可愛い顔だと彼は思つて居た。それよりも彼は滝の声音の色を愛した。それは女としては太いが丸味のある柔かいいゝ感じがした。

彼は然し滝に恋するやうな気持は持つて居なかつた。若し彼に細君がなかつたら、それは或はもつと進むだかも知れない。然し彼には家庭の調子を乱したくない気が知らず知らずの間に働いて居た。而してそれを越える迄の誘惑を彼は滝に感じなかつた。或は感じないやうに自身を不知掌理して居たのかも知れない。 (志賀直哉『好人物の夫婦』)


ーー君はわが憩い(Du bist die Ruh)




妻とギー兄さんは森の鞘に入って山桜の花盛りを眺めた日、その草原の中央を森の裂け目にそって流れる谷川のほとりで弁当を食べた。(……)そして帰路につく際、ギー兄さんは思いがけない敏捷さ・身軽さで山桜の樹幹のなかほどの分れめまで登り、腰に差していた鉈で大きい枝を伐ろうとした。妻は心底怯えて高い声をあげ、思いとどまってもらった。(大江健三郎『懐かしい年への手紙』p37)





……山桜の大木はかならずといってよいほど、二つの丘の相会うところ、やわらかにくぼんでやさしい陰影を作るところ、かすかな湿りを帯びたあたりにある。

(……)本居宣長は、けっして散る桜を歌わなかった。「敷島の大和心をひと問はば朝日に匂ふ山ざくら」 ――。匂いは、嗅覚だけのことではない。花咲く山桜の大樹の周りの風景へのみごとなとけこみを「匂う」と表したにちがいない。実際、私の家の背山、向山にも、周囲の春の浅みどりに、あるいはまだ山肌を透けてみせる樹々の裸の枝のあいだに、ひっそりと、ほのかな淡い桜色のしずかなほのおをにじませている山桜の一もと二もとが、みうけられる。

そのとおり。山ざくら、この日本原種の桜は、けっして群がって咲きはしない。山あいの窪に、ひっそりと、かならず一もとだけいるのである。そして、女体を思わせる地形がかすかにしかし確実にエロスを感じさせる陰影の地に直立して立つ優雅な姿のゆえに、桜は、古代の人の心を捉えたのであろう。(中井久夫「桜は何の象徴か」)

2016年8月25日木曜日

「意識とは躊躇」と「無意識とは検閲」

表題を、「意識とは躊躇」と「無意識とは検閲」としたが、躊躇と検閲はどう違うんだろう・・・

…………

ここでの問いは「非抑圧的無意識 nicht verdrängtes Ubw と境界表象 Grenzvorstellung (≒ signifiant(Lⱥ Femme))」が前提となっている。

かつまた最晩年のフロイト1937の、防衛(その一種の抑圧)とは検閲のこと、とする文は、「フロイトの抑圧概念という30年にわたる「寝言」」にある。

さらに中期フロイト1915の、《われわれにとって、より重要な差異は、意識的なものと前意識的なもののあいだにではなくて、前意識的なものと無意識的なもののあいだにもとめられるべき》も参照のこと(無意識は存在しない L'inconscient n’existe pas)。

…………

まず「意識とは躊躇の別名」をめぐる。

一般に意識の働きとして、遅らせて選択可能性を開くような遅延機能、選択の場所の設定、自分自身の組織化の三つに限定してよいと思う。この遅延機能のことを、荒川修作はかなり早い段階から気付いており、意識とは「躊躇」の別名だと言っていた。また選択の場所の設定というのは、空間的な広がりのことではなく、さまざまな働きを混在させておくという非空間的な場所のことである。この働きのなかには、感情や情動あるいは渇き飢えのようなものも含まれる。また意識の自分自身の組織化は、集中させたり集中を解除したりする働きである。つまり意識は自分自身の前史を断ち切るほどの組織化をそのつど行っていることになる。意識による遅延がなければ、反射運動・行為だけになり、選択の場所の設定が機能不全になると統合失調症、自分自身の組織化不全になると意識障害となる。(河本英夫『臨床するオートポイエーシス』)
認知主義者にとっての謎は、自覚(気づきawareness)という単純な真実を解明することです。なぜ私たちの身体は盲目的な機械のように単純に機能できないのでしょうか。

すでに認知主義者自身によって確立されているのは、自覚(気づき)とは実際のところ還元作用である、ということです。私たちの脳や身体は無数の刺激やデータの一部を処理しており、知覚のインプットはきわめて豊富です。しかし、周知のごとく、私たちの意識は最高でも一秒間に七バイトしか機能しません。ですから意識というのは、大幅な簡素化であり、ヘーゲルの抽象と還元の力を称していたものを反映しています。意識は知覚によるインプットの99パーセントを無視するので、機能するためにはなぜかりにも自覚(気づき)が必要とされるのか、という問いが存続することになります。(『ジジェク自身によるジジェク』)
意識から捉えたとき、見えにくくなるものの一つが、随意運動にともなう運動感、すなわちキネステーゼである。身体を動かしているとき、おのずと動いている感じをもつ。これは内感の一つだが、運動にかかわる限り、キネステーゼが単層であるとは考えにくい。より強く動かすとき、あるいはより緩やかに動かすとき、すでにキネステーゼには調整能力が関与している。それが気づきである。歩行の途上で自分の手足の運動感を感じ取るとき、その動いている感じに気づいている働きがともなっている。この気づきの働きは調整能力であって、キネステーゼを知る働きではない。気づき(アウェアネス)は、自己反省能力ではなく、実践的にはキネステーゼに内在する調整機能である。体性感覚の一部である気づきは、触覚の場面と同様、働きとそれにともなう調整の二重化をつねに行っている。(河本英夫『臨床するオートポイエーシス』)

 
◆中井久夫 「「踏み越え」について 」初出2003ーーベンジャミン・リベット(『ユーザーイリュージョン』)をめぐる箇所(『徴候・記憶・外傷』所収)

米国の神経生理学者ベンジャミン・リベットによれば、人間が自発的行為を実行する時、その意図を意識するのは脳が行動を実行しはじめてから〇・五秒後である。脳/身体が先に動きだし、意識は時間を置いてその意図を知る。しかも、意識は自分が身体に行動するように指示したと錯覚しているーーということである。

(……)私たちは、指を曲げようというような動作をし始めてから意識が、「指を曲げることにするよ」という意図を意識のスクリーンに現前させるというわけだ。一世紀以上前に米国の哲学者・心理学者ウィリアム・ジェームスは「悲しいから泣くのでなくて泣くから悲しいのだ」といった。それに近い話である。

これが正しければ、意識による「自己コントロール」は、まちがって踏みはじめたアクセルにブレーキを遅ればせにかけることになる。そして、意識は、追認するか、制止するか、軌道を修正するかである。ラテン語以来、イタリア、フランス、スペイン語で「意識」と「良心」とが同じconscientia(とそのヴァリエーション)であることに新しい意味が加わる。意識はすでに判断者なのである。抑止は、追いかけてブレーキをかけることである。〇・五秒は、こういう時にはけっこう長い時間であり、「車」はかなり先に行っている。

もっと前段階の、実行の構想段階、準備段階でも、行動の開始はその意識に先行するかどうかが問題である。リベットの研究はもっぱら最終的実行にかかわることだからである。

実験にもとづくリベットの説は、私たちが私たちのどうすることもできない力にふりまわされていることを示しているのではない。彼は、その主張の根拠を、脳/精神全体の情報処理能力(「自分」の機能)と、意識の情報処理能力(「私」の機能)との格段の差に帰している。感覚器からの入力を脳が補足して情報する能力は毎秒1100万ビットであり、意識が処理できる量はわずか40ビットだと彼はいう。脳全体が判断して行動を起しつつある時、その一部を多少遅れて意識が情報処理するということである。彼によれば、自由意志という体験は、「自分」が「私」に処理をまかせている時に起こる。瞬間的な決断に際しては「私」とその自由意志は一時停止し、「自分」が脳全体を駆使して判断するという。彼は神経生理学の立場から脳全体の機能を「自分、セルフ」といいい、意識の機能活動を「自我、アイ」という。ユングの用法に等しからずといえども遠からずであろうか。欧米のように意識を非常に重視する哲学的風土においてはショッキングであろうが、私にはむしろ、そう考えるとかえって腑に落ちることが少なくない。日常生活でも、服を手にとってから「あ、私、これが買いたかったのよ」と言う。「この人と友達になろう」と言う時はすでにそうなりつつある。熱烈なキスでは、行為は相手と同時に起こり、唇を合わせてから始めてキスしているおのれを意識するのが普通であろう。おそらく、行為は、互いに相手からのそれこそ意識下の情報をくみ取りあって、「セルフ」のほうが先に動くのであろう。「愛している」という観念が後を追いかけてきても、その時は小説のように、プルーストの小説のように、相手の頬の肌の荒れなどを観察しつつ、唇が合わさるように持ってゆくのは、例外的な「意識家」であり、モームの小説に出てくる、スピノザの哲学書をよみながら性交する男に似てfrigidであろう。意識が精神全体の、さらには心身の専制君主であるわけではないということである。

※記述のデータは必ずしも最新のものではないが、敢えて変更していないとの註がある。

…………


次に無意識とは検閲の別名をめぐって。

◆ジュパンチッチ2014,Realism in Psychoanalysis Alenka Zupancic(Lacan and Philosophy: The New Generation Lorenzo Chiesa, editor、2014, PDF)より

たとえば、Verneinung(否定)という精神分析の概念の基本的教え……。この「否定」という題をもつフロイトの短いエッセイは、最も興味深く複雑なもののひとつだ。それは、とりわけ、ひとつのシニフィアンを扱っている。「いいえ no」、あるいは「否定」である。そしてもし、フロイトがかつて言ったと報告されているように「時には、葉巻はただの葉巻だよ」であるなら、このエッセイの要点は、「いいえ」は決してただの「いいえ」ではない、ということだ。そして、その語の使用が「道具的」であればあるほど(すなわち、純シニフィアンとして機能すればするほど)、何かほかのものがそこに貼りつくようになりうる。

フロイトの最も有名な例はもちろんこれだ、「夢のなかのこの人物は誰かとおっしゃいますが、母ではありません [Die Mutter ist es nicht ]」。フロイトはつけ加える、どの場合でも、質問が解決されれば、それが実に母であることが確認できる、と。だが、フロイトの議論をさらに追っていくと、一段ごとに明らかになってくることは、この否定によって導入後されたものは、「それは私の母です/それは私の母ではありません」の二項択一以外の何かほかのものだということだ。


こういわけで、一歩一歩進もう。彼の夢のなかでのある人物が誰を演じているかを尋ねられることはないままで、患者は、母という言葉に向かって突き進み、自発的にその言葉を口に出す。否定を伴いながら、である。あたかもその語を言わなければならなかったかのようであり、しかし、それと同時に、言うことができないかのようだ。否応なしであると同時に不可能なのだ。結果は、言葉は否定されたものとして口に出る。抑圧は、意識的に話されたものとともに共存する

ここで最初に避けねばならない間違いは、この人物は彼の夢のなかで実際に何を見たかという観点、そして、意識的な検閲 censorship のせいで、分析家に嘘を吐いたという観点からこれを読むことだ。というのはーーこれは否定 Verneinung を理解するために決定的だけでなく、フロイトの無意識自体を理解するためにも決定的であるーー、この事例における無意識というのは、まずなりよりも「検閲」のことであり、たんに「母」というその対象ではないから。

ここでは、無意識は歪曲自体(否定)にしがみついている。そして、主体がおそらくほんとうに夢のなかで見たもののなかには隠されていない。別の人物、知っていたりか知らなかったりする人物が実際に夢のなかに現れたということは充分にありうる。しかし、精神分析にとって関心がある無意識の物語とは、夢の報告において起こった、この「私の母ではない」に始まる。


しかし、事態はいっそう興味深くなる。というのは、フロイトが続けてこう言うからだ、分析において、我々がこの人物から「いいえ not」を引っ込め、抑圧されたもの(その内容)を承認させてさえ、「抑圧的な過程自体は、これによっては、未だ取り除かれていない」。抑圧、症状は居残るのだ、被分析者が抑圧されたものに意識的になって後にも。これは次のようにもまた定式化できる。すなわち、我々は(抑圧された)内容を受け容れ、それを消去する。しかし、抑圧を生み出した裂け目、亀裂の構造を消去しえない、と。我々はまたこうも主張できる、患者が言いたかったことは、まさに彼が言ったことだ、と。すなわち、それは、母以外の他の人物でもなければ母でもない。そうではなく、「非-母 not-mother」、あるいは「母に非ず mother-not」だ、と。


◆ラカン、セミネール1巻「フロイトの『技法論』 保科正章試訳、2007)

ラカン) Verneinung は、 セミネールの前に、イポリットさんが私に耳打ちしたように、dénégation(前言を翻す行為)であって、翻訳のように négation(否定)ではありません。(…)

イポリット Hyppolite) フロイトは Die Verneinung という表題で始めます。私は、ドクター・ラカンのあと発見したのですが、この表題は dénégation と翻訳されるべきだと思います。

同様に、テキストのもっと先に、etwas im Urteil verneinen と verneinen が使用されていますが、これは判断におけるなにかの否定 la négation de quelque chose dans le jugementd ではなく、一種の「前言の翻し」déjugement なのです。(…)
イポリット Hyppolite) テキストの全体を通じて、判断に内在する否定と「否定態度」attitude de la négation(Verneinung)を区別せねばならないと私は思います。さもなければまったく理解できません。(…)

患者、被分析者が分析家にこう言います。 「あなたは私がなにか失礼なことを言いたいのだと思っているでしょう。でもそれは私の意図ではありません」 。フロイトは「われわれはこれを浮かんだ観念の投射による拒絶であると理解する」と書いています。

<日常生活において私が気づいたことがある。しばしば起きることであるが、われわれが「これから言うことであなたを怒らせたくはないのです」と聞くとき、これは「私はあなたを怒らせたい」と翻訳すべきである。こういう意志は必ずある。>

(…)

同様に、フロイトは、 「私は夢である人を見ました。誰か?とあなたは言うでしょう。それは私の母ではありません」という男の例をあげます。この場合、それはきまって母親なのです。

彼はさらに分析家にとって便利なある計略をあげます。しかしこの計略は誰にとっても便利なもので、ある状況で抑圧されたものをはっきりさせるのです。 「あなたにとってこの状況で一番ありそうもないことを話してください。あなたにとってまったくかけ離れたことです」 。そして患者が、 (哲学者である)私にとっては、偶然の相談者、客間あるいは食卓の人が、この罠にかかって、彼にとって最も信じられない incroyable ことを話すとすると、それが信じる croire べきものです。

具体的かつ一般化できる方法です。この方法はその根拠を、 「人がなにか」ce qu'on est を、そうではないもので提示する様態のうちに un mode de présenter ce qu'on est sur le mode de ne l'être pas 見いだします。 つまりそうでないものが 「人がなにか」 なのです。 「私は私がそうでないものを話します。気をつけて、それこそ私なのです」 。このようにフロイトは dénégation の機能へと導入します。 そのため彼は私にとってお馴染みであるとしか感じられないある語を使用します。Aufhebung です。この語はご存知のように多様な運命 fortunes をもってきました。(…)

これはヘーゲルの弁証法的語です。同時に nier,supprimer,et conserver、根底的には soulever を意味します。 現実においては石を Aufhebung (持ち上げる) のであり、また雑誌購読予約の停止でもあります。 フロイトはここでこう言います。 「dénégation は抑圧の解除 Aufhebung で あ る 、 だがだからといって抑圧されたものの承認 acceptation(Annahme)ではない」 。

ここで、フロイトの分析における法外ななにか extraordinaire が始まります。これによって、われわれがそれほどのものではないと思ったかもしれない逸話から、驚異的な哲学的射程が切り出されるのです。後ほどまとめを試みましょう。(…)
イポリット Hyppolite) すでに見たように、フロイトは知性を情動とは分離されたものとして措定します。 「ただし分析が望む修正 modification、抑圧されたものの承認<l'acceptation du refoulé>があるとしても、抑圧はそれでもなくなるわけではない」 。この状況を思い描いてみましょう。

( 「Verneinung に打ち勝ち、抑圧されたものの知的承認に成功しながら-抑圧過程そのものはこれによって aufhebung されない」 。 )

第一段階 Première étape.これが私ではないものです。ここから私であるものが結論される。抑圧はここでも dénégation のかたちで存続する。

第二段階 Deuxième étape.分析家は私にさきほど私が否定したものを知的に受け入れることを強いる。そしてフロイトは付け加えます。ハイフンのあと aperès un tiret、別様に説明することはなく。 (否定行為にも打ち勝ち、 抑圧されたものの知的承認に成功しながら)―抑圧過程そのものはこれによって解除されない。

これは私にはきわめて深いものと思われます。被分析者は受け入れ、dénégation を取り消しても、抑圧はまだある!

私の結論は、ここで生み出されるものに、ある哲学的名称を与えなければならないことです。この名をフロイトは述べてはいません。それは「否定の否定 la négation de la négation」です。文字通り、ここで現れるもの、それは知的肯定です。しかし知的であるだけです。否定の否定ですから。こうした用語はフロイトにはありません。しかしこう述べても私はフロイトの思考の延長線にあると思います。これが彼が言いたいことです。

…………

最近のラカン派の一部では、「現実界的無意識」という言葉が流通している。

それは、仏女流ラカン派の第一人者といわれるコレット・ソレールが『Lacan, l'inconscient réinventé』2009にて「現実界的無意識 inconscient réel」を強調するようになってからのことだ。


現実界的無意識は、いわば象徴界的無意識にたいするものだ。それは「象徴界的前意識・意識」の表象の裂け目に現れるという意味で、意識の非全体の領域にある(外立ex-sitence する)ということがいえる(ここでジュパンチッチの文に、「非-母 not-mother」という言葉が出てきたのを思い出しておこう)。

《現実界とは形式化の袋小路である 》( “Le reel est un impasse de formalization,” )(ラカン、セミネール20)

現実界 The Real は、象徴秩序と現実 reality とのあいだの対立が象徴界自体に固有のものであるという点、内部から象徴界を掘り崩すという点にある。すなわち、現実界は象徴界の非全体 pas-tout である。一つの現実界 a Real があるのは、象徴界がその外部にある現実界を把みえないからではない。そうではなく、象徴界が十全にはそれ自身になりえないからである。

存在 being(現実 reality)があるのは、象徴システムが非一貫的で欠陥があるためである。なぜなら、現実界は形式化の行き詰りだから。この命題は、完全な「観念論者」的重みを与えられなければならない。すなわち、現実 reality があまりに豊かで、したがってどの形式化もそれを把むのに失敗したり躓いたりするというだけではない。現実界 the Real は形式化の行き詰り以外の何ものでもないのだ。濃密な現実 dense reality が「向こうに out there」にあるのは、象徴秩序のなかの非一貫性と裂け目のためである。 現実界は、外部の例外ではなく、形式化の非全体 pas-tout 以外の何ものでもない。(ジジェク、LESS THAN NOTHING、2012、私訳)

さて、ここで唐突にーーつまりやや飛躍してーーこういってみよう、真の無意識(現実界的無意識)とは(意識の)行き詰り・躊躇にある、といいうるだろうか・・・

※参照:「無意識は存在しない L'inconscient n’existe pas」)

…………

『テレヴィジョン』1973のテキストにあたれば、あなたがたは「無意識」という言葉について私がラカンに質問しているのを見ることができます。私はシンプルに告げている、《無意識ーーなんと奇妙な言葉でしょう! L'inconscient - drôle de mot ! 》

というのは、人はいざ知らず私には、この用語は実際のところ、ラカンがその教えで到った核心とはあまり合致しないように見えたからです。彼は応答した…きっぱりとした口調で取り下げた、《フロイトはそれ以上のものを見いださなかった。そしてそれについてとやかく言うことはない。Freud n'en a pas trouvé de meilleur, et il n'y a pas à y revenir》。

ラカンは認めはした、「無意識」は不十分だと。けれどもそれを変えるどんな試みも拒絶した。しかしながら二年のち翻意した。『Joyce le Symptôme』1975のテキストに当たれば見ることができます。そこには新造語が提出されている。…ラカンはフロイトの「無意識」という言葉を「言存在 parlêtre」に変えました。(L'inconscient et le corps parlant par JACQUES-ALAIN MILLER ,Version du 25 septembre 2014

《D'où mon expression de parlêtre qui se substituera à l'ICS de Freud (inconscient, qu'on lit ça)》(Lacan,AE.565)

…………

いずれにせよ、われわれが通常「無意識」と思っているものは、前意識(あるいは力動的無意識)にすぎない。

意識とは、ーー前意識を構成するもの・世界をわれわれの思考によって緊密に織り上げられたものにするものに比較してーー、主体の中心であるものが外部から自らの思考、自らのディスクールを受け取る表面である。意識はむしろ無意識が前意識から来るものを拒否する l'inconscient…bien plutôt refuse ce qui lui vient du préconscient ため、もしくは無意識が意識において十分の必要なものを詳細に選択するためにある…(ラカン、セミネールⅨ「同一化」向井雅明試訳からだが一部変更)

フロイトの文脈における無意識の核心は、 抑圧されていないUbw〈=システム無意識〉nicht verdrängtes Ubw=非抑圧無意識である(参照)。
フロイトは、「システム無意識あるいは原抑圧」と「力動的無意識あるいは抑圧された無意識」を区別した。

システム無意識は欲動の核の身体への刻印であり、欲動衝迫の形式における要求過程化である。ラカン的観点からは、まずは過程化の失敗の徴、すなわち最終的象徴化の失敗である。

他方、力動的無意識は、「誤った結びつき eine falsche Verkniipfung」のすべてを含んでいる。すなわち、原初の欲動衝迫とそれに伴う防衛的エラボレーションを表象する二次的な試みである。言い換えれば症状である。フロイトはこれをAbkömmling des Unbewussten(無意識の後裔)と呼んだ。これらは欲動の核が意識に至ろうとするさ遥かな試みである。この理由で、ラカンにとって、「力動的あるいは抑圧された無意識」は無意識の形成と等価である。力動的局面は、症状の部分はいかに常に意識的であるかに関係する、ーー実に口滑りは声に出されて話されるーー。しかし同時に無意識のレイヤーも含んでいる。(ヴェルハーゲ、2004、On Being Normal and Other Disorders A Manual for Clinical Psychodiagnosticsーー「無意識は存在しない L'inconscient n’existe pas」)

かつまた潜在無意識とは基本的に前意識にすぎず、システム無意識とは(ほとんど)関係がない。

私は昔、読者に夢の顕在内容と潜在内容との区別を納得してもらうのに大骨を折った覚えがある。記憶に残った未判断の夢(顕在内容)を基にした議論と抗議とはその跡を絶たず、夢判断の必要を唱えてもひとは耳をかそうとしなかった。

ところがすくなくとも精神分析学徒だけは顕在夢を分析して、その本当の意味をその背後に見つけることに慣れてはきたのだが、そうなると彼らのうちの若干の者は今度は別の混同を犯して、前と同じようにそれを頑固に執着しているのである。つまり彼らは夢の本質をもっぱらこの潜在的内容に求めて、そのさい、潜在夢思想と夢作業とのあいだに存する相違を見のがしてしまうのである。

夢というのは結局、睡眠状態の諸条件によって可能になるところの、われわれの思考の一特殊形式以外のものではない。この形式を作り出すのがほかならぬ夢作業である。そして、夢作業のみが夢における本質的なものであり、夢という特殊なものを解き明かしてくれるものなのである。

[Der Traum ist im Grunde nichts anderes als eine besondere Form unseres Denkens, die durch die Bedingungen des Schlafzustandes ermöglicht wird. Die Traumarbeit ist es, die diese Form herstellt, und sie allein ist das Wesentliche am Traum, die Erklärung seiner Besonderheit.]

私はこのことを、夢のかの悪評高き「予見的傾向」の評価のためにいっておく。

夢が、われわれの心的生活に与えられている諸課題の解決の試みに従事するということは、われわれの意識的な覚醒時生活がそれに従事することに比して決してひどく珍しいことえはないのであって、ただそこに、すでにわれわれに知られているように、夢の仕事は前意識のうちにおいても行われうるということを付け加えるにすぎないのである。(フロイト『夢判断』第六章「夢の思考」(VI DIE TRAUMARBEIT) 高橋義孝訳ーー1925年版註)

…………

※付記:

私には、私の現前する意識には収まりきれないものが非常に多くある。私の幼児体験を初めとして、私の中にあるのかないのか、何かの機会がなければためすことさえない記憶がある。私の意識する対象世界の辺縁には、さまざまの徴候が明滅していて、それは私の知らないそれぞれの世界を開くかのようである。これらは、私の現前世界とある関係にある。それらを「無意識」と呼ぶのはやさしいが、さまざまな無意識がある。フロイト的無意識があり、ユング的無意識もおそらくあるだろう。ふだんは意識されずに動いていて意識により大きな自由性をあたえている、ベルグソンの身体的無意識もある。あるいは、熟練したスポーツなどに没頭する時の特別な意識状態があるだろう。無意識というものを否定する人があるとしても、意識が開放系であり、また緻密ではなく、海綿のように有孔性であることは認めるだろう。そもそも記憶の想起という現象が謎めかしいものである。どういう形で、記憶が私の「無意識」の中に持続しているのかは、いうことができない。もし、私の中にあるものが同時に全部私の意識の中に出現し、私の現前に現れたならば、私は破滅するであろう。それは、四次元の箱を展開して三次元に無理に押し込むようなものだろう。

意識において制限者という機能を重視するようになったのは、最近の生理学であるそうだが、精神医学において、はやくサリヴァンは、意識の幅を狭めて、相反するもの、あまりに多義的なものが始末におえないほど氾濫しないようにするシステムとして「自己システム」というものを想定した。彼の「自己システム」は制限者であり、この点で他の「自己」論と異なっている。

彼によれば、統合失調症以外の病いは、「自己システム」の誤作動によるのであるが、統合失調症だけは「自己システム」の解離力の衰弱によるものである。したがって「せめてアンビヴァレンツであってくれたら」というような多義的な観念が氾濫し、意識はこれに圧倒される。(中井久夫「「世界における索引と徴候」について」『徴候・記憶・外傷』所収)

2016年8月24日水曜日

フロイトの抑圧概念という30年にわたる「寝言」

P・ヴェーヌはこの数年間絶えず私を助けてくれた。彼は、まことの歴史学者として真なるものを探究するとはどのようなことであるかを心得ている。しかし彼はまた、真と偽のゲームについてその歴史を書こうとするやいなや入り込んでしまう迷宮も知っている。彼は、今日において稀な人々のうちの一人、すなわち、真理の歴史をめぐる問いがあらゆる思考にもたらす危険に対して立ち向かうことを受け入れている人々のうちの一人なのだ。この書物への彼の影響を明確に定めるのは困難であると言えよう。(フーコー『快楽の活用』、田村俶訳)

フーコーのよき友人だった古代ローマ史専門家(アナール派)のポール・ヴェーヌPaul Veyne は、コレージュ・ド・フランス講義1977-78で、古代ローマにおけるセクシュアリティと家族をテーマにしたそうだ。とても名高いらしいが、わたくしは知らなかった。

ヴェーヌの結論は、後期ローマ帝国ではほとんど何でも許され、近親相姦さえほとんど存在しなかったと。それは愉快な仲間たちのあいだで屁をひる程度にものだと考えられていた。そして唯一、醜聞として拒絶されたことは、受動性(受け身になること)だ、と。

もちろん何でも許されたのは、階級によるのだろうが、ほとんどなんの禁圧のない社会・階級で受動性のみが拒絶されるという見解は興味深い。

…………

以下、「非抑圧的無意識 nicht verdrängtes Ubw と境界表象 Grenzvorstellung (≒ signifiant(Lⱥ Femme))」に引き続く。


◆フロイト、1926年(70歳)ーー1856年5月6日生 - 1939年9月23日死去

不安の問題についての議論に関連して、私は一つの概念――もっと遠慮していうと一つの術語――をふたたび採用した。この概念は、三十年前に私の研究の初めにもっぱら採用したが、その後はすてておいたものである。私は防衛過程のことをいっているのである(『防衛―神経精神病』1894年)。そのうちに私はこの防衛過程という概念のかわりに、抑圧という概念をおきかえたが、この両者の関係ははっきりしない。現在私はこの防衛という古い概念をまた使用しなおすことが、たしかに利益をもたらすと考える。(……)

たんなる術語の改正は、新たな見方を表現したり、洞察の拡大を表現するときはじめて正当なことになる。防衛という概念をふたたび採用し、抑圧という概念をせばめるには、ある事実を考えにいれねばならない。その事実は以前から分かっているのだが、いくつかの新しい発見によって、意味をもつようになったものである。

抑圧と症状形成についてのわれわれの最初の経験は、ヒステリーから得たものである。われわれは、緊張した体験の知覚内容や病因となる思考の表象内容が忘却されて、記憶のうちによみがえらないことを知った。したがって、われわれは、意識からきりはなしていることが、ヒステリーの抑圧の主な性格であることをみとめた。その後、強迫神経症を研究して、この病気では病因となる事件は忘却されていないことを見出した。その事件は依然として意識されているが、想像できないある方法で、「分離されて」いる。したがってヒステリーの健忘によるのとほとんど同じ結果をもたらす。しかし、われわれの意見が正しいとするには、両者の違いは大きすぎる。強迫神経症が衝動の要求をしりぞける過程は、ヒステリーの場合と同じではありえまい。

われわれは、さらに研究をすすめて、強迫神経症では自我の反抗に影響されて、衝動が早期のリビドー期へ退行することが分かった。これは抑圧を無用にするものではないが、しかし明らかに抑圧と同じようにはたらく。そのうえわれわれに分かったことは、ヒステリーでも仮定される反対充当は、強迫神経症では自我の反動的な変化として、自我防衛にことに大きな役割を果たすことである。われわれは「分離」という方法に注意をはらうようになった。この方法のテクニックについてはまだ分かっていないが、直接症状として表現されるのである。

またわれわれは、「取消」という魔術ともいうべき手段にも注意をはらった。この手段が、防衛の傾向をもつことは疑いないが、しかし抑圧の過程とはなんの類似点ももたない。こういう経験は、防衛という古い概念をふたたび採用するのに十分な根拠となる。防衛とは、同じ傾向――衝動の要求にたいする自我の保護――をもつ、以上にのべた過程をすべて包含し、抑圧はその特別な場合としてこれにふくまれる。(フロイト『制止、症状、不安』1926年、旧訳フロイト著作集6,pp.370-371)


◆フロイト、1937年(81歳)

今まだ書物となって印刷刊行されてはいないが、個々の論文としてはすでに書かれているある一冊の本のことを考えてほしい。そういう本が実際に刊行された後の時代の眼でみると、そこには好ましからぬものとみなされるような叙述が含まれているかも知れない。それはたとえば、ロバート・アイスラー(1929)によれば、フラヴィウス・ヨーゼフスの著作には、初めはイエス・キリストに関してその後のキリスト教が感情を害するような箇所が含まれていたに違いなかったというが、それと同じようなものであろう。検閲当局も今となっては、その著作の全部数を没収し、棄却するという以外の防衛機制を用いることはできないかもしれない。

かつては種々の方法が有害な箇所を取り除くために用いられていた。気にさわる箇所を大きく抹消して読めなくするというやり方もあった。そうすればその箇所はもう書き写すことができなくなり、その本を次に書き写す者はもはや何ら咎められるところのない本文を得ることになるが、それには幾つかの脱落箇所があって、おそらくその箇所は、もはや理解できないものとなっているであろう。また、そのようなやり方には満足せず、そんなふうに本文をずたずたにしてしまうようにという指示を避けようとする別のやり方もあった。つまり、この場合には本文を歪曲するというように変わり、若干の文句を棄て去るとか、それを他の文章で置き換えるとか、新しい文章を挿入するとかしたのである。

最善の方法は一箇所全部を抹消してしまい、かわってそれとまったく反対の内容の文章をそこに入れかえることであった。その本を次に書き写す人は、こうして疑われる余地のない本文を作ることができるのであるが、それは実は偽の本文だったわけである。それは著者が伝達しようと欲したことをもはや含むものではない。またそれは訂正されたとはいえ、実際には、真実なものへと訂正されたわけではないのである。

この比較をあまり厳密に推し進めさえしなければ、抑圧とその他の多くの防衛機制との関係は、本文を棄却することと歪曲することとの関係に相当するということができる。すなわちわれわれは、このような種々の形をとって現われる改竄の中に、自我の変化の多様性との類似を見出すことができるのである。(フロイト『終りある分析と終りなき分析』1937 旧訳著作集6 pp.396-397)

で、1890年代、つまりフロイト30歳代の概念に戻って、「抑圧」概念より「防衛」概念のほうがましだったのはいいとして、何の防衛をしたいんだろう、われわれは?

欲望は防衛、享楽へと到る限界を超えることに対する防衛である。

le désir est une défense, défense d'outre-passer une limite dans la jouissance.) ラカン、E825)
倒錯とは、欲望に起こる不意の出来事ではない。すべての欲望は倒錯的である。享楽がけっしてその場ーーいわゆる象徴秩序が欲望をそこに置きたい場のなかにないという意味で。そしてこれが、ラカンが後に父の隠喩についてアイロニカルであった理由だ。彼は言う、父の隠喩もまた倒錯だ、と。彼は、父の隠喩をpère-version と書いた。…父へと向かう動き [vers le père]と。(JACQUES-ALAIN MILLER: THE OTHER WITHOUT OTHER、2013)


…………

私は、「女性性の拒否」Ablehnung der Weiblichkeit は人間の精神生活の非常に注目すべき要素を正しく記述するものではなかったろうかと最初から考えている。(フロイト『終りある分析と終りなき分析』1937)

いわゆるラカン曰くのフロイトの遺書『終りある分析と終りなき分析』で、上のような記述があった後、相変わらずお得意の去勢不安やペニス羨望を言い募ってはいるが、その叙述の流れのなかでフロイトは受動的態度(passive Einstellung)という言葉を口に出している。すなわち、人間の精神生活の核心は、(男も女も)受動的態度の拒絶と捉えうる(ここで冒頭近くにかかげたヴェーヌの見解を想起しておこう)。

だが受動的態度の拒絶とは具体的にはなにか。

最初の母と子どもの関係では、子どもは、その身体的なsomatic未発達のため、必然的に、最初の〈他者〉の享楽の受動的対象として扱われる。この関係は二者-想像的であり、それ自体、主体性のための障害を表す。平明な言い方をすれば、子どもと彼自身の欲望にとっての余地がないということだ。そこでは二つの選択しかない。母の欲望に従うか、それともそうするのを拒絶して死ぬか、である。このような状況は、二者-想像的関係性の典型であり、ラカンの鏡像理論にて描写されたものである。

そのときの基本的動機(動因)は、不安である。これは去勢不安でさえない。原不安primal anxietyは母に向けられた二者関係にかかわる。この母は、現代では最初の世話人caretakerとしてもよい。無力な幼児は母を必要とする。これゆえに、明らかに分離不安separation anxietyである。とはいえ、この母は過剰に現前しているかもしれない。母の世話は息苦しいものかもしれない。

フロイトは分離不安にあまり注意を払っていなかった。しかし彼は、より注意が向かないと想定されるその対応物を見分けていた。母に呑み込まれる不安である。あるいは母に毒される不安である。これを融合不安fusion anxietyと呼んでみよう。もう一つの原不安、分離不安とは別に、である。この概念はフロイトにはない。だがアイデアはフロイトにある。しかしながら、彼の推論において、最初の不安は分離と喪失に関係し得るにもかかわらず、フロイトは頑固に、去勢不安を中心的なものとして強調した。

このように、フロイト概念の私の理解においては、去勢不安は二次的なものであり、別の、原不安の、防衛的な加工(エラボレーションelaboration)とさえ言いうる。原不安は二つの対立する形式を取る。すなわち、他者は必要とされるとき、そこにいない不安、そして他者が過剰にそこにいる不安である。

ラカン理論は後者を強調した。そしてそれを母なる〈他者〉 (m)Otherに享楽される単なる対象に格下げされる幼児の不安として解釈した。フロイトの受動的ポジションと同様に、である。

これはラカン理論における必要不可欠な父の機能を説明する。すなわち第三者の導入が、二者-想像的段階にとって典型的な選択の欠如に終止符を打つ。第三者の導入によって可能になる移行は、母から身を翻して父に向かうということでは、それ程ない。むしろ二者関係から三者関係への移行である。これ以降、主体性と選択が可能になる。(PAUL VERHAEGHE,『New studies of old villains』2009「古い悪党たちの新しい研究」)

…………

抑圧概念や去勢概念が寝言ーーすくなくとも二次的なものーーだっただけではなく、エディプス理論も寝言だったのは今ではよく知られている。

ラカンの結論は、エディプス・コンプレックスは、《まったく使いものにならない! C'est strictement inutilisable ! 》(Le séminaire, livre XVII,P.137)である。…彼はつけ加えている。《奇妙なことだ、これがもっとはやく明らかにならなかったのは》、と。エディプス・コンプレックスへの、ラカンの多年にわたる長く詳細な取り組みを考えれば、彼はこの意見を、まずは自分自身に向けて言っているとしてよい。(Russell Grigg, Beyond the Oedipus Complex 、2006ーー「エディプス理論? ありゃ《まったく使いものにならないよ! C'est strictement inutilisable ! 」)

« complexe d'Œdipe » comme étant un rêve de FREUD.(ラカン、S.17)ーーエディプス・コンプレックスはフロイトの夢=寝言だった。抑圧概念も寝言だったと言わなかったようだが、ラカンは遠慮したのか・・・

フロイトは彼が抑圧と呼ぶものにいまだしがみついていた…[Freud avait affaire encore à ce qu'il appelait le refoulement.](L'inconscient et le corps parlant par JACQUES-ALAIN MILLER ,Version du 25 septembre 2014

…………

去勢の脅しや仄めかしは…女たちから来る(フロイト『ある幼児期神経症の病歴より(症例狼男)』1918年)
去勢の脅しをするのはたいていは女たちからである。しばしば父親や医者をだしに…使って自分たちの権威を高めようとする。(『エディプス・コンプレックスの崩壊』1924年)

症例ハンスも同じく。すこし綿密に読めば、《ハンス少年の去勢の脅威は、父からではなく、母から来ていることが分かるだろう。》(ヴェルハーゲ、2009)

臨床的にはフロイトは分かっていた、去勢は母から来るということが。だがフロイトは自らの理論に囚われ、母の向うには、エディプスの父がいるという見解に固執した。

母親に殺されてしまう(食われてしまう?)というのはたぶん、驚くべきではあるが、きまっておそわれる不安であるように思われる。(フロイト『女性の性愛について』1931年)
女-母なんてのは、交尾のあと雄を貪り喰っちまうカマキリみたいなもんだよ。(Lacan, Le seminaire, livre X: L' angoisse[1962-63]ーー「子どもを誘惑する母(フロイト)」)

で、やはり母ー女が諸悪の根源なんだろうか?

ラカンの最初のエディプス理論とはこうだ。母は子どもを、ほとんど執念深い deadly 仕方で、享楽する。唯一、父の介入を通してのみ、主体は、母の潜在する致死的 lethal 享楽から救われる。同じ理屈が、三つの宗教書のなかに…見出される。初めにすべての悪の源としてイヴ、次にカトリックの性と女の不安と憎悪、最後にムスリムのベールなどへの強制。女は男を誘惑し破滅させるので、寄せつけないようにしなければならない。

これは次のように読むべきだ。我々自身の享楽、我々の身体から生じる欲動は、享楽的であるだけではなく、我々が統御する必要のある、明らかに脅迫的な何かだ。統御するための最も簡単な方法は、その享楽を他者に帰して、もし必要なら、この他者を破壊することだ。

事実、享楽と他者とのあいだのこの発達的なつながりは、主体にとって、享楽にかんする相克を外部化する道を開く。そうでもしなければ、自身の内部に留まったままになりうる。…

フロイトはくり返し言っている、人は内的な脅威から逃れうるのは、唯一外部の世界にそれを投影することだ、と。問題は享楽の事態に関して、外部の世界はほとんど女と同義だということだ……(ヴェルハーゲ、2009)

フロイトも、そしてラカンも、ある時期までは(セミネール17前後が転回点だとすれば68歳前後までは)ーーこの点に関してはーー旧来因習のなかでその理論を繰り広げた。

モーセはヤハウェを設置し、キリストも同じくヤハウェを聖なる父として設置した。ムハンマドはアラーである。この三つの宗教の書は同時に典型的な男-女の関係性を導入する。そこでは、女は統御されなければならない人格である。なぜなら想定された原初の悪と欲望への性向のためだ。

フロイトもラカンもともに、この論拠の少なくとも一部に従っている。それ自体としては、奇妙ではない。患者たちはこの種の宗教的ディスクールのもとで成長しており、結果として、彼らの神経症はそれによって決定づけられていたのだから。

奇妙なのは、二人ともこのディスクールを、ある範囲で、実情の正しい描写と見なしていることだ。他方、それは現実界の脅迫的な部分ーーすなわち欲動(フロイト)、あるいは享楽(ラカン)--の想像的な加工 elaboration、かつその現実界に対する防衛として読み得るのに。

ラカンだけがこの陥穽から逃れた。とはいえ、それは漸く晩年のセミネールになってからである。私の観点からは、このように女性性を定義するやり方は、男自身の欲動の投影以外の何ものでもない。それは、女性を犠牲にして、欲動に対する防衛システムが統合されたものである。(ヴェルハーゲ、New Studies of Old Villains: A Radical Reconsideration of the Oedipus Complex、2009、PDFーー女性嫌悪のメカニズム)  

とはいえ肝腎なのは、これらの寝言の連発にもかかわらずーーそれにもかかわらずーー、フロイトは偉大な仕事をわれわれに残してくれたということだ。

二十世紀をおおよそ1914年(第一次大戦の開始)から1991年(冷戦の決定的終焉)までとするならば、マルクスの『資本論』、ダーヴィンの『種の起源』、フロイトの『夢解釈』の三冊を凌ぐものはない。これらなしに二十世紀は考えられず、この世紀の地平である。

これらはいずれも単独者の思想である。具体的かつ全体的であることを目指す点で十九世紀的(ヘーゲル的)である。全体の見渡しが容易にできず、反発を起こさせながら全否定は困難である。いずれも不可視的営為が可視的構造を、下部構造が上部構造を規定するという。実際に矛盾を含み、真意をめぐって論争が絶えず、むしろそのことによって二十世紀史のパン種となった。社会主義の巨大な実験は失敗に終わっても、福祉国家を初め、この世紀の歴史と社会はマルクスなしに考えられない。精神分析が治療実践としては廃れても、フロイトなしには文学も精神医学も人間観さえ全く別個のものになったろう。……(中井久夫「私の選ぶ二十世紀の本」初出1997、『アリアドネからの糸』所収)

※抑圧ではなく原抑圧概念はフロイトの今でも生き残る核心だとしても、原抑圧とは結局、原防衛、もしくは原固着であるだろう(参照:原抑圧・原固着・原刻印・サントーム)。

『夢解釈 』1900にて、フロイトが「Kern unseres Wesen (我々の存在の核)」、「mycelium(菌糸体)」、あるいは夢の臍と呼んだものが、原抑圧=原固着である。

※付記

ここでの見解にいささかの保留をつけておけば、フロイトはヴィクトリア朝の厳格な超自我社会で仕事をした。そこでの「抑圧」観点は、当然あってしかるべきで(もっとも防衛概念を維持しつづければより普遍性があったはずだ)、寝言というのは現在の象徴的権威崩壊の時代の観点からの「寝言」ということである。






2016年8月23日火曜日

非抑圧的無意識 nicht verdrängtes Ubw と境界表象 Grenzvorstellung (≒ signifiant(Lⱥ Femme))

◆An Interview With Paul Verhaeghe(Paul Verhaeghe and Dominiek Hoens,2011、PDF)

――無意識にかんして質問します。無意識概念は新しい病理、新しいアイデンティティと主体性において役割があるのでしょうか、それともないのでしょうか?

異なった視点が必要です。我々が無意識を概念的に吟味するなら、フロイトが「システム無意識」・核(夢の臍、菌糸体等)と呼んだものと、「抑圧された無意識」がある。無意識の核に、フロイトはリビドー的なもの、構成的なもの、かつまたトラウマ的なものを含めています。この理由で、これらは明確には決して言葉で言い表されない。はっきりした象徴化は不可能です。

「抑圧された無意識」、それは力動的無意識とも言われますが、それは再構築されうるし、言葉で言い表されうる。神経症とは抑圧された無意識の病理です。この理由で古典的な技法ーー自由連想ーーの効果がある。けれどもわたしたちは現在、以前に比べてとてもしばしば無意識の核(システム無意識)に直面しています。すなわちトラウマ的なもの、リビドー的なものであり、この理由で快と不安の病理があります。

こういった理由で、治療はむしろ数々の象徴化の構築の手助けに焦点を絞ることになります。それは古典的な神経症の治療とは全く逆なものです。かつての神経症では象徴化があまりにも多くありそれを剥ぎとらなければならなかった。…

…………

いまどき流行らない「無意識」と「抑圧」について、このところいささかマジに調べてしまったが、メモが溜まってきたので、いったん吐き出す。つまり以下、主に雑然としたメモ(ようするに未整理のネタであり、これをもとになにやら記してみようとしたが、おそろしく長くなりそうなので、ネタのまま掲げる。ひょっとして他人はあまり読まないほうがいいかもしれない個人的備忘の一種)。


フロイトは1923年にこう言っている。

われわれの無意識的なものに関する見解にとっての帰結は、いっそう重要である。力動的考察は、われわれに第一の訂正をもたらし、構造の洞察はその結果として、われわれに第二の訂正をもたらす。すなわち、無意識的なもの Ubwは、抑圧されたものと一致しないことをみとめなければならない Wir erkennen, daß das Ubw nicht mit dem Verdrängten zusammenfällt;。あらゆる抑圧されたものはubw〈=無意識的〉であるが、Ubw〈=システム無意識〉はすべてが抑圧されてもいるとはかぎらない daß alles Verdrängte ubw ist, aber nicht alles Ubw 。これはあくまで正しいのである。

自我の一部分もまたーーそれが自我のどんな重要な部分であるかは神のみが知る--無意識的 ubw であるかもしれない。いや、たしかに無意識的 ubw である。

そして、この自我のUbw〈=システム無意識〉は、Vbw〈=システム前意識〉という意味で潜在的なのではないUnd dies Ubw des Ichs ist nicht latent im Sinne des Vbw。そうでなければそれは、bw〈=意識的〉となることなしに活性化するわけにはいかない。そしてそれの意識化が、それほど大きな困難をひきおこすことはありえないだろう。

ところで、第三の、抑圧されていないUbw〈=システム無意識〉nicht verdrängtes Ubw を立論する必要にせまられるとすれば、そのときは無意識〈性〉Unbewusstseinの性格がその意義を失うことになるのをみとめなければならない。(フロイト『自我とエス』旧訳フロイト著作集6 p.268からだが、「翻訳正誤表」などをもとに大幅変更)

ここで肝腎なことのひとつは、小文字のubw〈=無意識的〉と大文字のUbw〈=システム無意識〉であろう。この『自我とエス』の文と、ヴェルハーゲの冒頭の文、もしくは次の文をともに読めばーーもっともフロイト1915年の『無意識について』がまずは前提である(引用参照)ーー、その意味合いがよりいっそう判然とするのではないか。

フロイトは、「システム無意識あるいは原抑圧」と「力動的無意識あるいは抑圧された無意識」を区別した。

システム無意識は欲動の核の身体への刻印であり、欲動衝迫の形式における要求過程化である。ラカン的観点からは、まずは過程化の失敗の徴、すなわち最終的象徴化の失敗である。

他方、力動的無意識は、「誤った結びつき eine falsche Verkniipfung」のすべてを含んでいる。すなわち、原初の欲動衝迫とそれに伴う防衛的エラボレーションを表象する二次的な試みである。言い換えれば症状である。フロイトはこれをAbkömmling des Unbewussten(無意識の後裔)と呼んだ。これらは欲動の核が意識に至ろうとするさ遥かな試みである。この理由で、ラカンにとって、「力動的あるいは抑圧された無意識」は無意識の形成と等価である。力動的局面は、症状の部分はいかに常に意識的であるかに関係する、ーー実に口滑りは声に出されて話されるーー。しかし同時に無意識のレイヤーも含んでいる。(ヴェルハーゲ、2004、On Being Normal and Other Disorders A Manual for Clinical Psychodiagnosticsーー「無意識は存在しない L'inconscient n’existe pas」)

潜在思考とは、力動的無意識、つまり抑圧された無意識(前意識)ではある(システム無意識のレイヤーも含んではいる)。だがそれは、システム無意識、つまり原抑圧による無意識では(基本的に)ない。

これは初期ジジェクがすでに記している。

マルクスとフロイトの両者においては、ーーより正確にいえば、商品の分析と夢の分析とのあいだには、根本的相同性がある。どちらの場合も、核心は、形式の裏側に隠蔽されていると信じ込まれている「内容」へのフェティッシュな眩惑を避けることである。すなわち、分析を通してヴェールを剥がされる「秘密」は、形式(商品の形式、夢の形式)によって隠された内容ではない。そうではなく、この形式自体の秘密である。

夢の形式の理論的知恵は、顕在内容から「隠された核」・潜在夢思考へ入り込むことで成り立っているわけではない。そうではなく、次の問いへの応答で成り立っている。

すなわち、なぜ潜在夢思考はあのような形式を取ったのか、なぜ一つの夢の形式に変形されたのか。商品も同じである。真の問題は、商品の「隠された核」・生産過程のなかで使われた労働量による商品価値の確定に入り込むことではない。そうではなく、なぜ労働は商品の価値形式を取ったのか、なぜ生産物の商品形態のなかにのみ社会的性質を主張しうるのか、である。
フロイトは絶えず強調している。潜在夢思考のなかには「無意識」的なものは何もない、と。潜在夢思考は、日常の共通言語の統語法のなかで分節化されうる全く「正常な」思想である。トポロジー的には、意識/前意識のシステムに属する。主体は通常それを知っている。過度に知っているとさえ言える。潜在思考はいつも彼をしつこく悩ます…
構造は常に三重である。すなわち、「顕在夢内容」・「潜在夢内容あるいは夢思考」・「夢のなかで分節化される無意識の欲望」。この欲望は自らを夢に結びつける。潜在思考と顕在テキストとのあいだの内的空間のなかに自らを挿し入れる。したがって、無意識の欲望は潜在思考と比べて「より隠された、より深い」ものではない。それは、断固として「より表面にある」。(…)

言い換えれば、無意識の欲望の唯一の場は、「夢」の形式のなかにある。無意識の欲望は、「夢の仕事」のなか、「潜在内容」の分節化のなかに、自らをはっきりと表現する。(ジジェク『イデオロギーの崇高な対象』1989、手元に邦訳がないので私訳)

この文は、フロイトの『夢解釈』1900年の次の文のコメントのひとつとして書かれている。後期フロイトの註である(1925年版)

私は昔、読者に夢の顕在内容と潜在内容との区別を納得してもらうのに大骨を折った覚えがある。記憶に残った未判断の夢(顕在内容)を基にした議論と抗議とはその跡を絶たず、夢判断の必要を唱えてもひとは耳をかそうとしなかった。

ところがすくなくとも精神分析学徒だけは顕在夢を分析して、その本当の意味をその背後に見つけることに慣れてはきたのだが、そうなると彼らのうちの若干の者は今度は別の混同を犯して、前と同じようにそれを頑固に執着しているのである。つまり彼らは夢の本質をもっぱらこの潜在的内容に求めて、そのさい、潜在夢思想と夢作業とのあいだに存する相違を見のがしてしまうのである。

夢というのは結局、睡眠状態の諸条件によって可能になるところの、われわれの思考の一特殊形式以外のものではない。この形式を作り出すのがほかならぬ夢作業である。そして、夢作業のみが夢における本質的なものであり、夢という特殊なものを解き明かしてくれるものなのである。

[Der Traum ist im Grunde nichts anderes als eine besondere Form unseres Denkens, die durch die Bedingungen des Schlafzustandes ermöglicht wird. Die Traumarbeit ist es, die diese Form herstellt, und sie allein ist das Wesentliche am Traum, die Erklärung seiner Besonderheit.]

私はこのことを、夢のかの悪評高き「予見的傾向」の評価のためにいっておく。

夢が、われわれの心的生活に与えられている諸課題の解決の試みに従事するということは、われわれの意識的な覚醒時生活がそれに従事することに比して決してひどく珍しいことえはないのであって、ただそこに、すでにわれわれに知られているように、夢の仕事は前意識のうちにおいても行われうるということを付け加えるにすぎないのである。(フロイト『夢判断』第六章「夢の思考」(VI DIE TRAUMARBEIT) 高橋義孝訳ーー1925年版註)

…………

フロイトは1926年にこう言っている。

われわれが治療の仕事で扱う多くの抑圧は、後期抑圧の場合である。それは早期に起こった原抑圧を前提とするものであり、これが新しい状況にたいして引力をあたえるのである。こういう抑圧の背景や前提については、ほとんど知られていない。また、抑圧のさいの超自我の役割を、高く評価しすぎるという危険におちいりやすい。この場合、超自我の登場が原抑圧と後期抑圧との区別をつくりだすものかどうかということについても、いまのところ、判断が下せない。いずれにしても、最初のーーもっとも強力なーー不安の襲来は、超自我の分化の行われる以前に起こる。原抑圧の手近な誘引として、もっとも思われることは、興奮が強すぎて刺激保護が破綻するというような量的な契機である。(フロイト『制止、症状、不安』1926 P.325)

ラカンはセミネール11(1964-1965)でこう言っている。

抑圧、原初に抑圧されたもの、この抑圧されたものはシニフィアンである。…抑圧と症状は同種のものであり、シニフィアンの機能に還元される。

Le refoulé, le refoulé primordial, ce refoulé est un signifiant… Refoulé et symptôme sont homogènes et réductibles à des fonctions de signifiants.(Lacan,S.11) 
抑圧されたものは、欲望の表象されたもの・意義(意味作用)ではなく、表象代理である。

…que ce qui est refoulé, ce n'est pas le représenté du désir, la signification, que c'est le représentant de la représentation (Vorstellungsrepräsentanz)(S.11)

抑圧、原初に抑圧されたもの Le refoulé, le refoulé primordial と並列している。これは(読みようによっては)、抑圧と原抑圧を同じものとして扱っているようにさえ読める。

もうひとつの核心は、抑圧されたものは、欲望の表象されたもの・意義(意味作用)ではないce n'est pas le représenté du désir, la significationと言っていることだ。

そして次に続いてある「表象代理le représentant de la représentation」という用語は、フロイトのVorstellungsrepräsentanzである。

フロイトの「表象代理 Vorstellungsrepräsentanz」とは、仏語では représentant-représentation、英語では ideational-representative と訳されたりもする。この表象代理とは、主体の生活史をつうじて欲動の固着の対象となり、また心的現象への欲動の記載のための媒介となる表象ないしは表象群のことと一般的には定義される。

ラカンは「表象代理 Vorstellungsrepräsentanz」を別に tenant lieu de la représentation とも訳している。tenant lieu とは、英訳ではplaceholder と訳され、つまりは実際の内容を後から挿入するために、とりあえず仮に確保した場所ということだ。

ジジェクの原抑圧解釈は、この点では、ラカンに忠実である。

原抑圧とは、何かの内容を無意識のなかに抑圧することではない。そうではなく、無意識を構成する抑圧、無意識のまさに空間を創出すること、「システム意識・前意識」 と「システム無意識」 とのあいだの間隙を作り出すことである。(ジジェク、LESS THAN NOTHING,2012、私訳)

とはいえ、この tenant lieu にもかねてより批判がある(参照)。

Tort also criticises Lacan’s use of the translation ‘tenant lieu de la représentation’ for Vorstellungsrepräsentanz (and, by implication, Jacques-Alain Miller’s reformulation of it; CpA 1.3:39)

ところで、このVorstellungsrepräsentanzは、初期フロイトの境界表象 Grenzvorstellungを想起させる、とポール・ヴェルハーゲはいう(VERHAEGHE,1999)。

抑圧 Verdrängung は、過度に強い対立表象 Gegenvorstellung の構築によってではなく、境界表象 Grenzvorstellung の強化によって起こる。

Die Verdrängung geschieht nicht durch Bildung einer überstarken Gegenvorstellung, sondern durch Verstärkung einer Grenzvorstellung(Freud, I January 1896,Draft K)


初期フロイトは別に、次のようにも言っている。

本源的に抑圧されているものは、常に女性的なるものではないかと疑われる。(Freud, 25. Mai 1897,Draft Mーー参照:マルクスの C-M-C / M–C–Mʹ と ラカンの Φ/S(Ⱥ)

表象 vorstellung とはラカン派的にはシニフィアンのことである。フロイトの境界表象Grenzvorstellung とは境界シニフィアン、大他者の非全体 pas-tout(非一貫性)のシニフィアンS(Ⱥ)である。

S(Ⱥ)とは、L'Autre de l'Autre n'existe pas, 〈他者〉の〈他者〉は存在しない、Il n'y a pas de rapport sexuel、La Femme n'existe pas, 〈女〉は存在しない、という三つの原トラウマ Ⱥ のシニフィアンである、とラカン派では言われる(参照:「S(Ⱥ) とΦ の相違(性別化の式)、あるいは Lⱥ Femme」)。

こうして次のような解釈が生まれる。

原抑圧とは、現実界のなかに〈女〉を置き残すことと理解されうる。

原防衛は、穴 Ⱥ を覆い隠すこと・裂け目を埋め合わせることを目指す。この防衛・原抑圧はまずなによりも境界構造、欠如の縁に位置する表象によって実現される。

この表象は、《抑圧された素材の最初のシンボル》(Freud,Draft K,pp. 228-229)となる。そして最初の代替シニフィアンS(Ⱥ)によって覆われる。(ヴェルハーゲ 1999,DOES THE WOMAN EXIST? PAUL VERHAEGHE ,PDF

ヴェルハーゲ解釈では、 境界表象 Grenzvorstellung とはS(Ⱥ) すなわち、 signifiant(Lⱥ Femme)ということになる。

境界 Grenz という用語は、フロイトにとって欲動にかかわる語彙のひとつである。

《欲動》は、わたしたちにとって、心的なものと身体的なものとの境界概念 ein Grenz-begriff として、つまり肉体内部から生じて心に到達する心的代表 psychischer Repräsentanz として、肉体的なものとの関連の結果として心的なものに課された作業要求の尺度として立ち現われる。(フロイト『欲動および欲動の運命』1915、藤田博史訳)

もちろん、これはあくまで一つの解釈であって――ヴェルハーゲ自身、まだ若い時期1999年の叙述であり、その後、彼にも微妙な移行があるように思えるーー、ポストフロイト派、ラカン派においてさえ「原抑圧」の解釈は多様であり、いまだ瞭然としていない。たとえば、それなりに権威があるだろう The Cahiers pour l’Analyse の Repression(le refoulement)の叙述をみれば、それがよくわかる。

ところで S(Ⱥ)とは、後期ラカンと前中期ラカンとはその意味合いが変貌していることに注意しよう(ある時期までのラカンは「大他者のなかの欠如のシニフィアン Le signifiant du manque dans l'Autre 」だった[参照:二つの欠如 Deux manques])。
 だが、ミレールの見解では次の通り。

Ⱥの最も重要な価値は、ここで(以前のラカンと異なって)、大他者のなかの欠如を意味しない。そうではなく、むしろ大他者の場における穴、組み合わせ規則の消滅である。 (ジャック=アラン・ミレール,Lacan's Later Teaching、2002、私訳)

この「後期ラカンの教え Le dernier enseignement de Lacan」の仏原文はざっと見てみたかぎりネット上では行き当たらないのだが、英文では、《the most profound value of barred A, which does not mean here a lack in the Other, but rather, in the place of the Other, a hole, the disappearance of the combinatorial rules.》であり、S(Ⱥ) とは、le signifiant du trou dans le lieu de l'Autre と言っていることになるのだろう。

とすれば前期の定義 Le signifiant du manque dans l'Autre → 後期の定義 le signifiant du trou dans le lieu de l'Autre ということになる(くり返せばミレールによれば、であり、ラカンが正確にそのように言っている箇所はない)。

このミレールの《大他者の場の穴、組み合わせ規則の消滅》という表現は、柄谷行人がマルクス読解から得た解釈「社会的なもの」と驚くほど似通っていることを少し前に示した(参照:原父殺し=言語による物の殺害(フロイト『モーセと一神教』)。

フロイトは、世界宗教を「抑圧されたものの回帰」とみなす。私はそれに同意する。しかし、抑圧されたものは「原父」のようなものではなく、いわば「社会的なもの」である。(柄谷行人『探求Ⅱ』1989年ーー第三部 世界宗教をめぐって、p.242)

社会的なもの、それは、《無根拠であり非対称的な交換関係》(柄谷『マルクスその可能性の中心』)である。

さて真の抑圧されたもの、つまり原抑圧されたものとは、《無根拠で非対称的な交換関係》(柄谷)、《組み合わせ規則の消滅》(ミレール)という穴(ブラックホール)、あるいは、Lⱥ Femme (ヴェルハーゲ)ということになるのだろうか。

だが、ジジェクは原抑圧されたものは、Ⱥ 自体ではなく、S(Ⱥ)である、という意味にとれることを言っている。

ラカンの命題が孕んでいるもの…その命題によれば、「原初的に抑圧されている」ものは、二項シニフィアン binary signifier (Vorstellungs-Repräsentanz 表象-代表のシニフィアン)である。すなわち象徴秩序が締め出しているものは、(二つの)主人のシニフィアン Master-signifiers、S1ーS2 のカップルの十全な調和的現前 full harmonious presence である。S1 – S2 、すなわち陰陽(明暗、天地等々)、あるいはどんなほかのものでもいい、二つの釣り合いのとれた「根本原理」だ。「性関係はない」という事態が意味するのは、まさに第二のシニフィアン(女のシニフィアン)が「原初的に抑圧されている」ということであり、この抑圧の場に我々が得るもの、その裂け目を満たすもの、それは「抑圧されたものの回帰」としての多数的なもの multitude、「ふつうの」シニフィアンの連続 series である。(ジジェク、LESS THAN NOTHING,2012 、私訳)

このあたりがわたくしには瞭然としない。だが、ジジェク組(ジュパンチッチ、ロレンツォ・キエーザ)の見解、あるいはバディウを掠め読むと、シニフィアンであるほうが「論理的」ではあるような印象を最近は受けている。さらにフロイトやラカンの「遡及性 Nachträglichkeit」概念の強調をいっそう活かすことができるのではないか、という心持をもっている。

原初 primaire とは最初 premier ではない(S.20)ーー《Il est évidemment primaire dès que nous commencerons à penser, mais il est certainement pas le premier. 》(Lcan séminaire ⅩⅩ)。

ーーとすれば「原抑圧」自体は最初でなかったらどうしよう? 遡及的(事後的)に原初と措定されるものであるとしたら?

ドゥルーズの『差異と反復』には、フロイトの「原抑圧」概念に触れつつ、《ひとは、抑圧するから反復するというのではなく、反復するから抑圧する On ne répète pas parce qu'on refoule, mais on refoule parce qu'on répète》という文がある(参照:反復は抑圧に先立つ)。

もっともここで言っている抑圧とは「後期抑圧」のことのはずだが・・・

《結局、我々は認めなければならない》ーー(最初はメモだけのつもりだったのだが、メモを眺めて補足をつけているうちに、とても長くなってしまった、ここでひどく飛躍があるのは分かっているが、ロレンツォ・キエーザを唐突に引用することにする)。

ラカンにとって、言語は無意識に先行する。より具体的に言えば、言語は無意識の完全な構造化に先行する。というのは、どんな隠喩的置換もなしに個人において、原抑圧ーー最初の泣き叫び・音素・言葉の換喩的発声ーーが起こるから。Laplanche とは異なり、ラカンは、本源的なelementary シニフィアン を考えた。その原シニフィアンとは、たんに対立的カップルとしてのシニフィアンでありーー母の不在によって引き起こされたトラウマの原象徴化の試み、フロイトによって描写されたFort–Da(いないないバア)のようなものーー、充分に分節化された言語と共の、厳密な意味での抑圧の平行的可能性は、エディプスコンプレックスの崩壊によってのみ、引き続いてもたらされる。(…)

父性隠喩の出現以前に、言語は(非統合的 nonsyntagmatic 換喩として)既に子どもの要求を疎外するーーしたがって、また何らかの形で抑圧されるーー。しかし、無意識も自己意識もいまだ完全には構造化されていない。原抑圧は、エディプスコンプレックスの崩壊を通してのみ、遡及的(事後的)に、実質上抑圧される。

(……)結局、我々は認めなければならない、ラカンは我々に二つの異なった原抑圧概念を提供していることを。広義に言えば、原抑圧は、原初のフリュストラシオン(欲求不満)ーー「エディプスコンプレックスの三つの時」Les trois temps du complexe d'Oedipe の最初の段階の始まりーーの帰結である。《原抑圧は、欲求が要求のなかに分節化された時の、欲望の疎外に相当する》(E690:摘要)。

明瞭化のために、我々はこの種の原抑圧を刻印 inscription と呼びうる。他方、厳密な意味での原抑圧は、無意識の遡及的形成に相当する。それは(意識的エゴの統合に随伴して)、エディプスコンプレックスの第三の段階の最後に、父性隠喩によって制定される。この意味で、原抑圧は、トラウマ的原シニフィアン「母の欲望」の抑圧と、根本幻想の形成化に相当する。(Subjectivity and Otherness: A Philosophical Reading of Lacan, by Lorenzo Chiesa 2007 PDFーー原抑圧・原固着・原刻印・サントーム

…………

ここでまたいささか反転させよう。

まず上に掲げたフロイト1926の一部を再度抜き出す、《最初のーーもっとも強力なーー不安の襲来は、超自我の分化の行われる以前に起こる》と。これは原抑圧は、超自我以前に発生すると言っている。

ラカンは1973年の『テレヴィジョン』で、《フロイトは、抑圧は禁圧に由来するとは言っていません Freud n'a pas dit que le refoulement provienne de la répression》と言っている。この抑圧は、フロイト文脈では原抑圧のことのように読めないだろうか。すくなくとも「力動的無意識」ではなくシステム無意識にかかわる「抑圧」のように思える。

もし家族的禁圧の記憶が事実ではなければそれは作り出すされなければならないしょうしまた間違いなくそうされるでしょう。神話とはそうすることであって、構造から起こるものに叙事詩的形態を与えようとする試みです。
フロイトは、抑圧は禁圧に由来するとは言っていません Freud n'a pas dit que le refoulement provienne de la répression。つまり(イメージで言うと)、去勢はおちんちんをいじくっている子供に今度やったら本当にそれをちょん切ってしまうよと脅かすパパからくるものではないのです。

とはいえ、そこから経験へと出発するという考えがフロイトに浮かんだのはまったく自然なことです-この経験とは、分析的ディスクールのなかで定義されるものをいいます。結局、彼が分析的ディスクールのなかで進んでいくにつれて、最初にあるのは抑圧だという考えに傾いていったのです。総体的に言うと、それが第二の局所論の大きな変化です。フロイトが超自我の性格だと言う貪食は構造的なものであって、文明の結果ではありません。それは「文明における居心地の悪さ(症状)« malaise (symptôme) dans la civilisation »」なのです。

ですから抑圧が禁圧を生みだすのだということから試練に立ち戻ることが必要なのです。De sorte qu'il y a lieu de revenir sur l'épreuve, à partir de ce que ce soit le refoulement qui produise la répression. どうして、家族や社会そのものが、抑圧から構築されるべき創造物ではないということがあるでしょうか。まさにそのとおりなのですが、それは無意識が構造、つまり言語によって外-在し、動機づけられることによって可能なのでしょう。(ラカン、テレビジョン、向井雅明試訳、1973)

こうしてSerge Leclaireのように、抑圧ではなく原抑圧に焦点を絞るべきだ、という立場も生まれてくる(参照)。

いずれにせよ21世紀は原抑圧の時代である(参照:ふつうの妄想・ふつうの父の名・原抑圧の時代)。これは「20世紀の神経症の時代から、21世紀のふつうの精神病の時代へ」(ミレール)や「ふつうの倒錯の時代へ」(メルマン派)といわれることの変奏であり、つまりは超自我による抑圧の時代(神経症の時代)は基本的に過ぎ去った(象徴的権威の崩壊)。

そのとき、問いの核心の最も重要なひとつは、上に記した非抑圧的無意識 nicht verdrängtes Ubw と境界表象 Grenzvorstellung であるだろう。


…………

※付記

最後に「抑圧」概念の、最も基本的な理解のために次の文を付記しておこう。

日本では従来Verdrängungは「抑圧」と訳されるが、ドイツ語の語感からは「抑圧」ではなしに「追放」とか「放逐」が正しく、「抑圧」はむしろUnterdrückung(かりに上では「抑制」と訳したところの)に当る訳語である。(フロイト『夢判断』下 高橋義孝訳 註  新潮文庫p379)

さらに、若い研究者の最新の小論から(フロイトの冥界めぐり―― 『夢解釈』の銘の読解 ――、上尾真道、2016.07,PDF

「抑圧」という概念が,各国語への翻訳において,しかしそもそもそれ以前にフロイト自身においても混乱のなかに叩き込まれている様子をまず確認したい。というのもしばしば指摘されることだが,『夢解釈』においてこの概念は明らかに二重化しているからだ。すなわち「抑圧 verdrängen」と「押さえ込み unterdrücken」の二つの用語によって。一見すると『夢解釈』では, 「抑圧」と「押さえ込み」は,ほとんど同じ扱いを受けているようにも見える。たとえば,初版一一一頁では,彼の夢理論の中核をなす重要な命題が次のように述べられる。「夢は (押さえ込まれ,抑圧された) ある願望の (偽装された) 充足である」 30) 。

しかし,一方でフロイトは,ひとつの脚注をつうじて,この両者の微妙な差異についても示唆している。「たとえば, 「押さえ込まれたもの」という言葉に, 「抑圧されたもの」と言うときとは異なる意味を与えているかどうかについて,私は報告するのを避けた。ただし,後者のほうが前者よりも強く,無意識への所属性に重きが置かれていることは明らかになっているのではないだろうか。 」 31) 。

この曖昧な差異をどのように理解すればよいだろうか。たとえばラプランシュとポンタリスは,有名な語彙集のなかで,上記の注に依拠しながら「押さえ込み」を「意識的メカニズム」とし, 「押さえ込まれる内容はただ前意識的になるだけで無意識的にはならない」としている 32) 。ただし,これは,フロイトが後年になって整理をすすめた無意識論,抑圧論を踏まえての遡及的な理解であり, 『夢解釈』におけるこの語の機微を直接扱ってはいないことに注意しておかねばならない。

我々としては素朴に,はじめてフロイトを読むかのように進めていきたい。そこでまずは,ドイツ語の語義そのものに立ち止まることとしよう。 「抑圧」と通例訳されるverdrängen は,drängen という動詞に,ver という接頭辞がついたものである。Drängen とは「押す」こと,「押しやる」ことであり,排除を示す ver との組み合わせからして,verdrängen は「押しのける」と訳すことができるだろう 33) 。一方で unterdrücken を見れば,drücken もまた「押す」 ,「押さえる」であるが,ここには「下へ」という方向性を示す接頭辞 unter が付されていることこそ特徴的である。 「押さえ込み」と訳してきた unterdrücken はしたがって正確に述べれば, 「下へ押さえつけること」である。ひるがえって見れば「抑圧」においては,そもそもこの「下へ」という垂直的な作用のニュアンスは,言葉そのものには存在しないことにも気づかれる。


2016年8月22日月曜日

――そうだ。お好み焼屋へ行こう

ひさしぶりに小説を熱中して読んだ。青空文庫にごく最近、--なんというのか、入庫した、とでもいっておくがーーその作品を一晩で読んでしまった。この、荷風のいとこである彼の小説は、晩年の大作『いやな感じ』だけしか読んでいなかった(この小説は、二十歳前後、古本屋で手に入れたと記憶するーーたしか吉行淳之介だったか川端康成だったかの賞賛に促されて)。





だいたいわたくしは海外住まいのせいか、日本の食べ物の話に弱い。そして下町のきびきびして 蓮っ葉で物馴れた女にも弱い。

お島のきびきびした調子と、蓮葉な取引とが、到るところで評判がよかった。物馴れてくるに従って、お島の顔は一層広くなって行った。(徳田秋声『あらくれ』)

これは、学生時代、根津に二年半ほど住んだせいだろうか(まだ谷根千などと言われて有名になる以前の頃)。

根津の交差点の一本向うの路地にあった一膳飯屋のおかみさんだって懐かしい。あのころというのは、その後住んだ京都の錦市場あたりをぶらぶらするのと同じくらい懐かしい。ああ、粕汁と刺身とお新香だけの、ビールをたのんでも千円以下ですんだあの狭い店、昼間のみ営業の錦市場端の路地奥の飯屋にもう一度いってみたい(粕汁があんなに美味なのを三十歳前後になってはじめて知った)。下町のカウンターだけのおでん屋や焼き鳥屋にだって行きたい。今晩の夕食は、あわてて、刺身とごはんに寿司酢をまぜて食した(これはこれでまた美味ではあるが、活きのよい魚が一種類しかないのが玉にきず)。

私は火鉢の火が恋しくなった。「――そうだ。お好み焼屋へ行こう」 

本願寺の裏手の、軒並芸人の家だらけの田島町の一区画のなかに、私の行きつけのお好み焼屋がある。六区とは反対の方向であるそこへ、私は出かけて行った。 そこは「お好み横町」と言われていた。角にレヴィウ役者の家があるその路地の入口は、人ひとりがやっと通れる細さで、その路地のなかに、普通のしもたやがお好み焼屋をやっているのが、三軒向い合っていた。その一軒の、森家惚太郎という漫才屋の細君が、ご亭主が出征したあとで開いたお好み焼屋が、私の行きつけの家であった。惚太郎という芸名をそのまま屋号にして「風流お好み焼――惚太郎」と書いてある玄関のガラス戸を開くと、狭い三和土にさまざまのあまり上等でない下駄が足の踏み立て場のないくらいにつまっていた。「こりゃ大変な客じゃわい」

辟易していると、なかから、「――どうぞ」と細君が言い、その声と一緒に、ヘットの臭いと、ソースの焦げついた臭い、そういったお好み焼屋特有の臭いをはらんだ暖かい空気が、何やら騒然とした、客の混雑というのとはちょっと違った気配をも運んで、私の鼻さきに流れて来た。
たとえば学校の小使部屋などによくある大きな火鉢、――特に小使部屋などというのは、あまり上等でない火鉢を想像して貰いたいからであるが、その上に大きな真黒なテカテカ光った鉄板を載せたものの周りを、いずれも一目見てこれもあまり上等の芸人でないと知れる男女が、もっとも女はその場に一人しかいなかったが、ぐるりと眼白押しに取り巻いて、めいめい勝手にお好み焼を焼いていた。大体その「風流お好み焼――惚太郎」の家に出入する客は、惚太郎が公園の寄席の芸人である関係から、芸人が多く、そしていつも定った顔触れの、それもあまり多数ではない常連ばかりだったから、私は一回り顔を見知っていたが、その日の客は初めて見る顔ばかりであった。何か惨めな生活の垢といったものをしみ込ませたような燻んだ、しなびた、生気のない顔ばかりで、まるでヘットそのものを食うみたいな、豚の油でギロギロのお好み焼を食っていながら、てんで油気のない顔が揃っていた。そしてその顔の下に、へんにどぎついあさましい色彩の、いかにも棚曝しの安物らしいヘラヘラのネクタイやワイシャツをつけていて、それらは、それらの持主の人間までを棚曝しの安物のように見せるのにみごとに役立つのであった。――さよう、こうした私の書き振りは、その人々を見た時の私の眼に蔑みと反感が浮んでいたかのように、読者に伝えるかもしれないが、事実はまさに反対なのである。私の眼には、――その人々を見るとたちまち私のうちに湧き上ってきた、なんとも言えない親愛の情、なごやかな心の休い、それらのもたらした感動がありありと光っていたに違いないのである。

惚太郎とあるが、これは浅草の「染太郎」のことらしい。




――ここでミーちゃんのことを、ちょっと。私は初めてこのお好み焼屋へ来て、ミーちゃんに会った時、彼女がお客のようでありながら、この場合のように何くれとなく小まめに手伝っているのを見て、この娘はなんだろうと思った。ここへ私を案内してくれたレヴィウ作者に、そこでそっと聞いてみると、彼女は嶺美佐子といって、以前T座のダンシング・チームにいて、その後O館に移った踊り子で、今は公園の舞台に出ていないという。――それ以上のことは、彼も知らなかった。 浅草の舞台は大変な労働で、その舞台をやめると、踊り子は急に肥る。身体を締めつけていた箍を外した途端にぷうと膨れたといったような、その奇妙な肥り方を美佐子も示していて、まだ若いのだろうに、年増の贅肉のような、ちょっといやらしいのを、眼に見えるところではたとえば顎のあたりに、眼に見えなくて もはっきりわかるところでは腰のあたりに、ぶよぶよとつけているのに、私は「なるほどねえ」といった眼を注いだ。――蜂にでもさされたみたいな腫れぼったい眼蓋で、笑うと眼がなくなり、鼻は団子鼻というのに近く、下唇がむッと出ているその顔は、現在のむくみのようなものに襲われない以前でも、そう魅力的な顔だったとは思えない。ただ声が、――さて、なんと形容したらいいだろう、さよう、山葵のきいたのを口にふくむと鼻の裏側をキュッとくすぐられる、あの一種の快さ、あれにちょっと似た不思議な爽快感を与える声で、少なくとも私には少なからず魅力的であった。

その後、私はそのお好み焼屋の、これまたなんというか、――何か落魄的な雰囲気に惹かれて足繁く通うようになったが、行くたびに、ミーちゃんこと美佐子は大概いた。そしていつも、お客のようでありながら、お客にしては気のききすぎる手伝いをしていた。――ここの、三十をちょっと出た年恰好の、背のすらりとした、小意気な細君を美佐子は「お姉さん」と甘えるように言っていた。

(この「お姉さん」というのは、ねに強いアクセントを置き、さんは「さん」と「すん」の間の音で、言葉では現わし得ない微妙な甘さである。美佐子は、黙って放って置くと、いかにも気の強そうな、男を男とおもわぬ風の女としか見えない、――たとえば墨汁をたっぷりつけた大きな筆で勇ましく書いた肉太の「女」というような字を思わせる、圧迫的な印象をやや強烈にまいているのだが、時々、そうした甘い言葉のうちに、おや? とびっくりさせる優しさを放射した。)(高見順『如何なる星の下に 』)





以下、染太郎紹介文を拾った(引用元)。


「染太郎」創業の地は浅草田島町六十番地。

現在の本店の少し北西側でした。

当時の浅草は大エンターテイメント地域。浅草寺を一区とした浅草公園の六区は映画、演劇、レヴュー、奇席など,当時の娯楽を取り揃えた劇場が立ち並び、連日大賑わい。

その隣、田島町には芸能事務所やそこに出入りする芸人、踊り子、役者など芸能関係者が多数暮らしていました。

昭和12年(1937)、日支事変の勃発に伴い、漫才師だった旦那さん(林家染太郎)
が軍に応召されて、幼い息子と二人で留守を預かっていたオカミさん。ブラブラしていているのも能がない思っていたところに、自宅の二階を稽古場に貸していた剣劇一座の座付作家から、元手のかからないお好み焼き屋でもはじめたら?とすすめられ、自宅の一階に開業したのが始まりです。

狭い路地のしもたや、玄関のガラス戸を開けて狭い三和土に入るとすぐに3畳間と6畳間、そこへ大きな火鉢に乗せた鉄板を置いただけ、というような急仕立ての店でしたが、すぐに芸人達の社交場として繁盛しはじめ、最初はなかった店の名前も常連客、作家の高見順氏が少々の安普請もむしろ風情として味わってもらおうと「風流お好み焼き」、屋号を旦那さんの芸名からとって「染太郎」と名付けました。

(いまでは既製品にあるほどお好み焼き屋ののれんに定番の「風流」ですが、これは「染太郎」が最初。もとはこんな理由だったんです。)

 昼には仕事がない芸人が油を売っているところへ出番の合間をぬってレビューガール達が六区の劇場から行き来して腹を満たし、夜になればフラリと文士が立ち寄り、そこへ仕事を済ませた芸人、演出家、踊り子たちが集まって来て、ひとつしかない鉄板を囲むうちに双方入り混じって、ワイワイガヤガヤ。その横には女将さんの幼い息子が寝息をたて、2階では相変わらず稽古が続いている。三和土には足の踏み立てる隙もないほど履物が脱がれ、もう店はいっぱい。そのうち宴にも興が乗って・・・といった、にぎやかな光景は日常の事、その様子は昭和14年発表の高見順の小説「如何なる星の下に」にも描写されています。



2016年8月20日土曜日

無意識は存在しない L'inconscient n’existe pas

想定してみようではないか。ラカンが大他者の大他者はあるという見解を維持した、と。そして、父の名は大他者の大他者のシニフィアンである、と。もし彼が精神病のセミネールⅢ の最後で書いたことを保持していたら、分析において光をもたらされる根本要素、分析の終わりにとっての決定因であるだろう要素は、あなたの父の名だろう。それはシニフィアンだ、あなたの身体が苦しんでいる享楽ーーその享楽へ意味を付与するシニフィアンであり、あなたにとってのシニフィアンの単独性 particularities だろう。 (ミレール、2013,JACQUES-ALAIN MILLER: THE OTHER WITHOUT OTHER)

この文の注釈はここではしない。ここではただラカンは「大他者の大他者はある」との思考の下の時期があるーーすくなくともセミネールV(1957‒1958)まではそうだ、参照:「メタランゲージはない」と「他者の他者はない」ーーということを示したいために掲げた(「大他者の大他者はある」とは、一般的には「大他者のイデオロギー的大他者(梯子)はある」ということであり、上の文でミレールが示唆したいことは、「大他者の大他者はない」からさらに反転して、欠如(穴)のシステムである象徴的大他者には個人の単独性としての大他者、つまり「脚立」が必要だということだが。→「梯子 échelle と脚立 escabeau」)。
…………

さて、大他者の大他者はある、という時代には、ラカンは「無意識は大他者は大他者の言説である」とか「無意識は言語のように構造化されている」とかを強調した。

1964年までのラカンは、抑圧された無意識を無意識それ自体と同じものとした。ゆえに彼は《無意識は大他者の言説である》と言う。(……)1964年以降、ラカンはシステム無意識における理論に集中する。

(……)以前のラカンは、無意識の言語学的側面を強調していた。1964年以降からのラカンの欲動と現実界への焦点は、…無意識における新しい理論をもたらす。(……)

ラカンは以前の観点を転覆させる。無意識は「非実現の non-réalisé」「未生の non-né」審級のものと。

《L'inconscient, d'abord, se manifeste à nous comme quelque chose qui se tient en attente dans l'aire, dirais-je du « non-né ».

Que le refoulement y déverse quelque chose, ça n'est pas étonnant, c'est le rapport aux limbes de la faiseuse d'anges. Cette dimension est à évoquer dans ce registre qui n'est ni d'irréel ni de dé-réel : de non-réalisé.》(Lacan.S.11)

この理論をもってラカンは、フロイトの「力動的無意識」と「システム無意識」とのあいだの対立を言い換える。一方で、我々には、夢を含めた無意識の形成がある。他方で、我々は欲動の核、対象a に直面している。

彼の言い換えは、この二つのあいだの独特な関係を強調している。無意識の形成は失敗する。というのは、完全な形で欲動を把握・覆うことに失敗するから(C'est le mode d'achoppement sous lequel il apparaît. Achoppement, défaillance, fêlure, voilà ce qui frappe d'abord.S.11)。無意識の形成は、欲動のファルス的部分を徴示する signify。しかし非ファルス的他の部分は徴示しえない。

この点においてラカンは、古典的分析が必ず逃避する「非全体 pas-tout 」の理論を導入する。事実、無意識の抑圧された部分のみが、厳密に決定づけられ分析しうる。ラカンはこの決定性の考え方を、いわゆるオートマン αύτόματον [ automaton ]として説明している。欲動の核は決定づけられない。それは対照的にテュケー τύχη [ tuché ]・偶然に属しさえし、偶発的な仕方で作動する。これらの二つのレヴェルは、継続的な相互作用をもつ。(ヴェルハーゲ、2001、 Beyond Gender. From Subject to Drive. PDF)

ーーここでの力動的無意識は、基本的に「システム意識+システム前意識」のことである(後にそれをめぐるフロイトの『無意識について』1915の記述を引用)。そしてオートマンは、無意識は言語のように構成されているの言い換えの一つである。自由連想もそのうちの一つ。だが自由連想とは実は自由ではないーーFree association is not free but lawfully determined in the chain of signifiers(ヴェルハーゲ、2004)。言語の法の囚われた「見せかけの自由」連想である。他方、我々には欲動の審級にあるテュケー τύχη [ tuché ]・偶然がある(セミネールXIで出てくるアリストテレスのテュケーは「僥倖」と訳されている)。

ところで、ヴェルハーゲの上の文2001は、(システム)無意識は言語のように構造化されていない、と読み替えうる。つまり、力動的無意識は、言語のように構造化されているが、システム無意識はそうではない。

André Greenが長年主張する《Si le préconscient peut être structuré comme un langage, ce ne peut donc être le cas de l'inconscient.》とは、システム無意識は言語のように構造化されていない、と言い換えることができる(参照:「前意識は言語のように構造化されているが、無意識はそうではない」)。

これは日本でもようやくそう言う人が出てきた → 東京大学の石田英敬氏のブログ(韓国での会議の講演録)。

We may note here that contrary to Lacan, for Freud, the Unconscious is not structured like a language.(2015年10月25日日曜日

だが、冒頭のヴェルハーゲのの見解をとるなら、つまりシステム無意識が、ファルスの非全体の領域に外立するなら、さらにこう言えるーー、(システム)無意識は存在しない L'inconscient n’existe pas、すくなくとも象徴界には、と。

ところで、ラカンはこう言っている。

・ファルスの彼方には Au-delà du phallus、身体の享楽 la jouissance du corpsがある。(ラカン、S.20)

・現実界は話す身体の神秘であり、無意識の神秘である。(le réel, c'est le mystère du corps parlant, c'est le mystère de l'inconscient.)(S.20)

ーーこの二文はともに非全体の内部に外立する身体的無意識を言っている。

それはラカンによって、他の享楽 l'autre jouissance、あるいは女性の享楽 La jouissance féminine(身体の享楽la jouissance du corps)などとも呼ばれる(参照:ラカンの身体概念の移行)。

他の享楽は、身体のなかの異物 Fremdkorper として機能しつつ、ファルス享楽の内部に外立 ex-sist する。(ヴェルハーゲ、2001)  

これらは結局、フロイトの「快原理の彼岸」の言い換えと言うことができる。つまり快原理の彼方(非全体ー非一貫性ー象徴界の裂け目)に外立する享楽ー欲動と。

抑圧された無意識は、無意識の部分だが、無意識とは一致しない。

さらにシステム無意識、全体のなかの非全体 pas-tout がある。フロイトの初期理論の用語では、これが意味するのは、自我によって逸らされ・他の領域に置かれた素材は、外部にあるのではなく、奇妙な形ではあるが、自我の部分を形成し続けるということである。この素材をフロイトは異物 Fremdkorper と呼んだ。内部にありながら内部にとって異質であるもの。現実界は、分節化された象徴界の内部に外立 ex-sist する。(同ヴェルハーゲ、2001)

ラカン用語の外立ex-sistence は、ハイデガーの Exsistenz からだが、起源はギリシャ語 έκστασηからであり、エクスタシーという意味(参照:ラカンのExtimité とハイデガーのExsistenz)。

また、ラカンの使用する ex-sistence の意味合いは、Extimité(外密)、あるいはフロイトのFremdkörper(異物)とほぼ同一と捉えうる(参照:防衛と異物 Fremdkörper)。

Extimité(外密)は親密の反対ではない。外密は、親密な〈他〉である。異物(フロイトのFremdkörper)、寄生物のようなものである。(ミレール)

さて、「無意識は存在しない」とだれか言っていないかとネット上を英仏文で探ってもなかなか見当たらない。なぜ誰も言っていないのかと不思議に思い、ふとジジェクを探ってみると、やはり彼だけは言っていた。

我々は、ラカンの 一連の “il n'y a pas…” (de l'Autre)と一連の “n'existe pas” を混同してはならない。 “n'existe pas” とは、取り消された対象の完全な象徴的実在 existence を否定している(既にヘーゲルにとって、実在 existence は存在 being ではなく、底に横たわる象徴的-概念的本質の外観としての存在である)。

他方、“il n'y a pas”とは、もっと根源的である。それが否定するものは、まさに亡霊のようなプレ本質的な彷徨う存在 being とプレ存在論的実体である。要するに、la Femme n'existe pas, mais il y a des femmes(〈女〉は実在しないが、女たちはいる)。同じことが神と無意識についても言える。神は実在しないが、我々に纏わりつく「神たちはいる」。無意識は、十全な存在論的実体としては実在しない(ユングは実在すると考えたが)。しかしながら、無意識は、我々に纏わりつくことをやめない。

この理由でラカンは言った、無神論の真の定式は、《神は無意識的である》と。(ジジェク、LESS THAN NOTHING,2012、私訳) 

これは別になんら奇異な話ではない。柄谷行人が無意識は事後的(遡及的)にのみ存在すると言っているのも同じことである。

柄谷)ドゥルーズは超越論的といいますが、これもまさにカント的な用法ですが、これを正確に理解している人はドゥルーズ派みたいな人にはほとんどいない。カントの超越論という観点は、ある意味で無意識論なんです。実際、精神分析は超越論的心理学ですし、ニーチェの系譜学も超越論的です。(中略)

ア・プリオリという言葉がありますけど、ア・プリオリというものは、実際には事後的なんです ―――無意識がそうであるのと同じように。それがほとんど理解されていない。さっき言った様相のカテゴリーはア・プリオリですが、それはたとえば可能性が先にあってそれが現実化されるというような意味ではまったくない。可能性とは事後的に見いだされるア・プリオリです。最近、可能世界論などといっている連中は、こんな初歩的なこともわかっていない。(『批評空間』1996Ⅱー9 共同討議「ドゥルーズと哲学」(財津/蓮實/前田/浅田/柄谷行人ーー結果は原因に先立つ

…………


もちろんラカン派のなかにも別の捉え方をするひとがいるだろう。上の記述は絶対的なものではない。だが。いずれにせよ原抑圧をいかに捉えるかが核心である。

原抑圧とは、何かの内容を無意識のなかに抑圧することではない。そうではなく、無意識を構成する抑圧、無意識のまさに空間を創出すること、「システム意識・前意識」 と「システム無意識」 とのあいだの間隙を作り出すことである。(ジジェク、LESS THAN NOTHING,2012、私訳)
フロイトは、「システム無意識あるいは原抑圧」と「力動的無意識あるいは抑圧された無意識」を区別した。

システム無意識は欲動の核の身体への刻印であり、欲動衝迫の形式における要求過程化である。ラカン的観点からは、まずは過程化の失敗の徴、すなわち最終的象徴化の失敗である。

他方、力動的無意識は、「誤った結びつき eine falsche Verkniipfung」のすべてを含んでいる。すなわち、原初の欲動衝迫とそれに伴う防衛的エラボレーションを表象する二次的な試みである。言い換えれば症状である。フロイトはこれをAbkömmling des Unbewussten(無意識の後裔)と呼んだ。これらは欲動の核が意識に至ろうとするさ遥かな試みである。この理由で、ラカンにとって、「力動的あるいは抑圧された無意識」は無意識の形成と等価である。力動的局面は、症状の部分はいかに常に意識的であるかに関係する、ーー実に口滑りは声に出されて話されるーー。しかし同時に無意識のレイヤーも含んでいる。(ヴェルハーゲ、2004、On Being Normal and Other Disorders A Manual for Clinical Psychodiagnostics)


以下、フロイト『無意識について』1915ーー人文書院旧訳からだが、「翻訳正誤表」などを元に大幅に変更。


【記述的無意識とシステム的無意識】
さきにすすむまえに、重要ではあるが厄介な事実を確認しておこう。すなわち無意識性は心的なもの Psychische のひとつの目じるしであって、この目じるしだけでは、心的なもの Psychische の特性を全て尽くしてはいない、という事実である。無意識的であるという点では一致しているが、種々さまざまな地位を持った心的 psychisch 行為がある。無意識的なものが含むものにはふたつあって、一方には、たんに潜在的で、一時的に無意識的ではあるが、その他の点では意識的なものとなんらの差別のない行為があるし、またもう一方には、抑圧された事象のように、それが意識的になるときは他の意識的なものとまったくかけはなれているはずの事象がある。

われわれがこれから各種の心的 psychisch 行為を記述するにあたって、意識的であるか無意識的であるかは度外視して、たんに欲動と目標にたいする関係にしたがって、またその組成と所属にしたがって、たがいに序列化された心的 psychisch 諸システムへと分類し、それらを相互に関連づけてみるなら、すべての誤解に終止符をうつことになろう。

しかしながら、これはいろいろな理由から実現しにくい。そして、ある曖昧さをまぬかれない。つまりわれわれは意識的と無意識的という言葉を、あるときは記述的な意味につかうが、あるときはシステム的な意味につかって一定のシステムへの所属を意味し、ある属性を備えていることを意味したりする。認識された心的 psychisch 諸システムを、意識性に言及しない恣意的な名で呼ぶことで、このような混乱の予防をこころみてもよいかもしれない。


【無意識・前意識・意識】

・System Unbewußt (Ubw)- システム無意識(Ucs)
・System Vorbewußt (Vbw)- システム前意識(Pcs)
・System Bewußt (Bw) - システム意識(Cs)

だが、そのまえに、それらのシステムの差別を、どうしてきめるかという論拠を明らかにしなくてはならないだろうが、そのさい、意識性という目じるしを、さけることはできないだろう、それは、われわれの研究の、そもそもの出発点になっているのだから。おそらく、次のような提案が、いくらか助けになるであろう。その提案とは、これらの語をシステム的な意味で用いる場合には、すくなくとも書き物においては意識をBwと書き換え、それと対応する略し方で無意識的なものを Ubw と書き換えることである。

積極的ないいかたをすると、精神分析の成果からみて、心的 psychisch 行為は一般に二つの状態の相を通過し、その相のあいだには、一種の照合 Pruefung(検閲)が介在している。第一の相では、心的 psychisch 行為は無意識的であり、「システム無意識」System Ubwに属している。もしそれが照合に際して検閲によって追放 abweisen された場合には、第二の相にうつることは拒まれる。それは「抑圧された」のであって、無意識的なままにとどまる。

しかし照合 Pruefung に合致すれば、第二の相にはいってゆき、われわれが「意識」とよぶつもりである第二のシステムに所属する。しかしこのシステムに帰属しても、意識に対する関係は、なお一義的にはきまらない。それはいまのところ意識的ではないが意識可能であるEr ist noch nicht bewußt, wohl aber bewußtseinsfähig(ブロイアーの表現による)。

すなわち、ある条件がそなわれば特別な抵抗もなしに意識の対象となることができる。このように意識されるということを考慮にいれて、われわれは「システム意識」を「前意識」System Bw auch das »Vorbewußte«.とも名づける。前意識が意識されることもまた、ある検閲によってさだめられるという点を、とくにとりあげるべきときには、「システム前意識」と「システム意識」を、もっと厳重に区別することになろう。さしあたりは、「システム前意識」は「システム意識」の性質を共有し、「無意識」から「前意識」(あるいは「意識」)Ubw zum Vbw (oder Bw) への移行にさいしてきびしい検閲が行われることを、確証すればたりるだろう。pp.91-92


【抑圧:「システム無意識」と「システム前意識」(「意識」)の境界】
われわれは、抑圧が、本質的に、「システム無意識」と「システム前意識」(「意識」) Systeme Ubw und Vbw (Bw)の境界において、表象に対して行われる事象である、という結論をえた。そこでこんどは、あらためてこの過程を、もっとこまかくのべることにしよう。そのさい、充当の剥奪が問題とならなければならないが、しかしどのシステムで剥奪が行われ、剥奪された充当がどのシステムに帰属するかが問題になる。

抑圧された表象は、「無意識」の中で活動 Aktion 可能のままでいる。であるから、その充当を保持しているにちがいない。剥奪されたものはなにか別のものでなければならない。前意識的な表象あるいはすでに意識的な表象について行われる、本来の抑圧(追送)を例にとるならば、抑圧とは、「システム前意識」に属しているところの、(前)意識的な充当が表象から剥奪される点に成りたつことになる。そのとき表象は充当されないままになるか、「無意識」から充当をうけるか、あるいはすでに前からもっていた「無意識」の充当を保持するかである。

つまり前意識的充当が剥奪され無意識的充当を受けるか、あるいは前意識的充当を無意識の充当で代理するかである。それにしても、以上の考察には、「システム無意識」から次のシステムへの移行が記載の更新によるのではなく、状態の変化、充当の変遷 Wandel によっておこるという仮定が、偶然にも基礎になっているのに気がつく。機能的な仮定がここでは、局所的な仮定を容易におしのけたのである。p.97


【重要な差異:前意識的なもの/無意識的なもの】
われわれにとって、より重要な差異は、意識的なものと前意識的なもののあいだにではなくて、前意識的なものと無意識的なもののあいだにもとめられるべきである。

「無意識」は「前意識」との境界Grenzeで検閲によって却下zurueckweisenされ、その派生物はこの検閲を迂回し、高度に組織され、「前意識」の中である程度の強さの充当をもつまでに成長し、そしてそれ〈=「前意識」との境界〉を越えてしまったうえで、意識に侵入しようとするときは、「無意識」の派生物としてみとめられ、「前意識」と「意識」のあいだの新しい検閲の境界Grenzeであらためて抑圧されるのである。最初の検閲は「無意識」自身にたいしてはたらき、後のは無意識の「前意識」派生物にたいしてはたらく。検閲は個体の発達の経過中にいくらか前進したと考えられるであろう。(pp.105-106)


【語表象/事物表象(システム前意識(+意識)/システム無意識】
意識的な対象表象とよぶことのできるものは、いまや語Wort表象と事物Sach表象とにわけられる。それは、直接の事物記憶像Sacherinnerungsbildではないにしても、それに由来する、より隔絶されたentfernter〈=よりかすかな〉記憶痕跡の充当によって成りたつのである。いまとつぜんわれわれは、意識的表象がなにによって無意識的表象から区別されるかがわかると思う。

両者は、われわれが考えたように、異なった心的psychischな場所における同一の内容の異なった記憶ではなく、またおなじ場所における異なった機能的な充当でもなく、意識的表象は、事物Sach表象とそれに属する語Wort表象とをふくみ、無意識的表象はたんに事物Sach表象だけなのである。

「システム無意識」は対象の事物充当つまり最初で本来の対象充当をふくんでいる。「システム前意識」は、この事物Sach表象が、それに相応する語Wort表象と結合して重層充当をうけることによって生ずる。このような重層充当は、高次の心的psychisch体制organisationをもたらし、一次的過程を、「前意識」を支配している二次的過程によって交代することを可能にするものであると、推測することができる。

われわれはいま、転移性神経症において抑圧が、却下したzurueckweisen対象について拒絶してVerweigernいるものが何かを、正確に表現することができる。それは、対象に結ばれたままであるような語に翻訳することである。語のうちにとらえられない表象、あるいは重層充当をうけない心的行為は、抑圧物として「無意識」のなかに残される。(フロイト『無意識について』p111)

《逆備給こそ原抑圧に唯一の機制である。本来の抑圧(後期抑圧)では、「前意識」の備給の剥奪がつけ加わる。表象から剥奪されたその充当が、逆備給にふりあてられることは、大いにありうることである。

Die Gegenbesetzung ist der alleinige Mechanismus der Urverdrängung; bei der eigentlichen Verdrängung (dem Nachdrängen) kommt die Entziehung der vbw Besetzung hinzu. Es ist sehr wohl möglich, daß gerade die der Vorstellung entzogene Besetzung zur Gegenbesetzung verwendet wird.》(フロイト『抑圧』1915)

――「 備給(充当)Besetzung」を「リビドーLibido」で置き換えてもよい(同『抑圧』)

※R.ストラッティ英訳では「カセクシスcathexis」と訳される besetzung は、邦訳では「備給」、「充当」などである。フロイトは英訳のカセクシスを嫌ったそうだ、besetzungはもっと日常的語彙だと。だが備給も充当も日常的語彙ではない。なにかよい訳はないものか。他方、逆備給は、「脱備給」「対抗備給」「カセクシスの撤収」などとも訳される。

備給/逆備給を、エロス/タナトス(象徴界/現実界)と結びつけている注釈者もいるのだが、いまだ消化不良なのでここでは触れない。

…………

※付記:ヴェルハーゲ、2001

ーー途中から抜き出すので、これだけではわかりにくいようだったら、前後は「話す存在 l'être parlant / 話す身体 corps parlant」にある。

……この理論は、抑圧概念にて、いっそうの加工 elaboration を与えられる。重要なことは、フロイトは無意識の二つの異なった形式、知の二つの異なった形式を導入していることだ。

正式の抑圧ーー文字通りには「後期抑圧」(Nachdrängung)--は、言葉の素材、不快の担い手となる語表象をターゲットにしている。抑圧過程は、これらの語表象を弱めるための旺盛な注ぎ込み(備給 cathexis)をする。したがって、言葉の力動的な意味において、それらを無意識にする。

この備給は、別の語表象に移し変えられる。そこにおいて抑圧されたものの回帰が起こる。「後期抑圧」は、「抑圧された無意識」、あるいは「力動的無意識」を形成する。

この点において、ラカンのアイデア、すなわち、《無意識は言語のように構造化されている》を認めるのはそれほど難しくはないだろう。事実、抑圧された無意識は、〈他者〉からやって来るシニフィアンを伴っている。欲望(人間の欲望は〈他者〉の欲望)を基盤とした交換(無意識は〈他者〉の言説)、その交換のあいだにやって来るシニフィアンである。

これは素材の交換価値である。シニフィアンとして、〈他者〉から来る知を含んでいる。この知は、抑圧されたものの回帰によって、十全に知られうる。主体は、これについて、「全て」を知っている。しかし、知っていることを知らないだけである。この知は性的・ファルス的知にかかわり、フロイトは、解釈はつねに同じ事に終わると不平を漏らした。
この知は、フロイトの思考においても同様に限界に到る。「後期抑圧」の彼方には、無意識の別の形式に属する「原抑圧」が潜んでいる。したがって、知の別の形式も同様にある。そのプロセスとして、原抑圧は、まず何よりも「原固着」である。ある素材がその原初の刻印のなかに取り残されている。

それは決して語表象に翻訳されえない。この素材は「過剰度の興奮」に関わる。すなわち、欲動、Trieb または Triebhaft である。ラカンは「享楽の漂流 la dérive de la jouissance」として欲動を解釈した。

これに基づいて、フロイトは、システム無意識 System Unbewußt (Ubw) 概念を開発した。このシステムは、「後期抑圧」の素材、力動的・抑圧された無意識のなかの素材に対して引力を行使する。(Mind your Body & Lacan´s Answer to a Classical Deadlock. In: P. Verhaeghe、原文)

《いったんフロイトが原抑圧概念を形式化したとき、「標準の」抑圧形式は二次的なものになる。それは Nachverdranging(後抑圧)と呼ばれたり、eigentliche Verdrangung(本来の抑圧)と呼ばれる。全体的に言ってポストフロイト時代には、この相違はおおかた無視されてきた。》(ヴェルハーゲ、2001)

彼には、現在のフロイト派の大半や自我心理学などはプレフロイトに退行しているという発言もある。

かつまた、1900年までのフロイトは別にして、1900-1913のフロイト、1914以降のフロイトを、フロイト Ⅰ、フロイト Ⅱに分けるなら、巷間に流通している通念としての事実上フロイトはーー用語そのものは理解されないまま後期の用語が流通しているがーー、フロイト Ⅰ でしかない、とも(フロイトは1914年の『想起、反復、徹底操作』で少なくも種々の概念上の境目がある。たとえばWiederholen(反復)からWiederholungszwang(反復強迫)正確に言えば「Zwang zur Wiederholen(反復することの強迫)」から「Wiederholungszwang(反復強迫)」)。

ーーとはいえ、こんなことをいまさら言っても仕方がないのかもしれない。

「まぁ、世界とはその程度のものです」(蓮實重彦)。それぞれの分野での「真の」専門家というのは実は世界に十人ぐらいしかいない。





2016年8月19日金曜日

梯子 échelle と脚立 escabeau

les escabeaux de la réserve où chacun puise. (Lacan,AE.568,1975)

ーー誰もが脚立escabeauxを取っておかなくちゃいけない。つまり脚立が必要だといいうことだ。





脚立 escabeau とは、横断的概念である。それは、フロイトの昇華の生き生きした翻訳だが、それはナルシシズムとの交点にある。そして、言存在 parlêtre の時代に特有のつながりがある。脚立は昇華である。(ミレール、2014、L’INCONSCIENT ET LE CORPS PARLANTLECTURE BY JACQUES-ALAIN MILLER)

 かつて(1960年)ラカンは欲望の〈法〉の「逆さになった梯子 l'échelle renversée」といった。

去勢が意味するのは、欲望の〈法〉の逆さになった梯子 l'échelle renversée の上に到りうるように、享楽は拒否されなければならない、ということである。

La castration veut dire qu'il faut que la jouissance soit refusée, pour qu'elle puisse être atteinte sur l'échelle renversée de la Loi du désir. [Lacn,E827] 

なんの法なのか。 基本的にはシニフィアンの法だが、ジャック=アラン・ミレールは法の五つの領域を示している(後述)。

ここではさきに欲望は享楽に対する防衛であるということを示しておく。

欲望は防衛、享楽へと到る限界を超えることに対する防衛である。

le désir est une défense, défense d'outre-passer une limite dans la jouissance.) E825)

ミレールの欲望=防衛の説明であるならこうだ。

倒錯とは、欲望に起こる不意の出来事ではない。すべての欲望は倒錯的である。享楽がけっしてその場ーーいわゆる象徴秩序が欲望をそこに置きたい場のなかにないという意味で。そしてこれが、ラカンが後に父の隠喩についてアイロニカルであった理由だ。彼は言う、父の隠喩もまた倒錯だ、と。彼は、父の隠喩をpère-version と書いた。…父へと向かう動き [vers le père]と。》(JACQUES-ALAIN MILLER: THE OTHER WITHOUT OTHER、2013)

さて、ミレールのいうように倒錯的症状をもっているとして、つまりフェティシズムやらなんやらだけではなく、神経症こそが究極の倒錯 père-version(社会規範とまぐわった倒錯)症状だとして、ーーとはいえオワカリダロウカ?

ファシズム的なものは受肉するんですよね、実際は。それは恐ろしいことなんですよ。軍隊の訓練も受肉しますけどね。もっとデリケートなところで、ファシズムというものも受肉するんですねえ。( ……)マイルドな場合では「三井人」、三井の人って言うのはみんな三井ふうな歩き方をするとか、教授の喋り方に教室員が似て来るとか。( ……)アメリカの友人から九月十一日以後来る手紙というのはね、何かこう文体が違うんですよね。同じ人だったとは思えないくらい、何かパトリオティックになっているんですね。愛国的に。正義というのは受肉すると恐ろしいですな。(中井久夫「「身体の多重性」をめぐる対談――鷲田精一とともに」『徴候・記憶・外傷』所収)
ピアノは生活の手段だった。(……)ピアニストとみなされると、人が聞きたがるものを弾くことになる。バッハを弾いているとそればかり求められるが、日本では数十年前のグレン・グールドの代用品にすぎないから、弾くだけむだと最近は思うようになった。(……)

確信をもっていつも同じ演奏をくりかえす演奏家がいる。この確信は現実の音を聞くことを妨げる障害になるのではないかと思うが、感性のにぶさと同時に芸の傲慢さをしめしているのだろう。演奏が商品でありスポーツ化している時代には、演奏家の生命は短い。市場に使い捨てられないためには、いつも成長や拡大を求められているストレスがあるのかもしれない。(高橋悠治「ピアノを弾くこと」

ーーこれが究極の父のヴァージョン=倒錯père-version の例である。

話を戻せば、梯子から脚立への移行とは具体的には何なのか?
おそらくこうだ。

人は梯子(イデオロギー的父の名)を取り払わなくてはならない。
だがそうすれば症状は裸になり、享楽(身体の現実界、無頭の主体)と直面してしまう。
それには耐えられない。なんらかの「症状」が必要だ。

症状は、われわれが"狂気を避ける"方法、われわれが、何も選択しない代わりに(ラディカルな精神病的自閉症、象徴的世界の崩壊)、何か(症状-形成物)を選択することである。その選択は、あるシニフィアンに、あるいは世界におけるわれわれの存在へ最低限の一貫性を保証してくれる象徴的形成物に、われわれの享楽を拘束することbindingを通してなされる。

もしこの根源的領域における症状が拘束から解放されてunboundしまったら、文字通り"世界の終わり"である、ーー唯一の代替物は無である、すなわち純粋な自閉症、精神病による自殺、死の欲動に身を委ねられ、象徴的世界の全き壊滅にさえ向かう。(ジジェク『イデオロギーの崇高な対象』1989)

イデオロギー的梯子に囚われていてはならない。
ニーチェでさえ、ツァラトゥストラでさえ、〈他〉からきた梯子だ。

ーー《まことに、わたしは君たちに勧める。わたしを離れて去れ。そしてツァラトゥストラを拒め。いっそうよいことは、ツァラトゥストラを恥じることだ。かれは君たちを欺いたかもしれぬ。》(ニーチェ)

だが、すくなくともその代替となる個人独自の「梯子の代わり」を設置しなければならない。
それが脚立である。

精神分析実践の目標は、人を症状から免がれるように手助けすることではない。正しい満足を見出すために症状から免れることではない。目標は享楽の不可能の上に異なった種類の症状を設置することである。(ヴェルハーゲ、2009,PAUL VERHAEGHE,new studies of old villains A Radical Reconsideration of the Oedipus Complex)

ーー詳しくは、「エディプス理論の変種としてのラカンのサントーム論」を見よ

脚立 escabeau のbeau とは美である。
《美は現実界に対する最後の防衛である。》(ミレール)

「美はおそるべきものの始まり」(リルケ、ドゥイノ)であるとしても、
梯子で現実界を防衛するよりはましではないか。

欲動 Drive は主体を彼自身の限界を超えて駆り立てる drives。たんに欲望の問題である限り、人生は薔薇の寝床、笑と涙、とりわけ会話である。これは人生の道のりの安全な側だ! 欲望を超えて「他の人間」(他の享楽)に向かうとき、私は享楽に魅惑され・吐き気をもよおす。(ヴェルハーゲ、THREE ESSAYS ON DRIVE AND DESIRE,1998)

人は吐き気にそれほど長いあいだ耐えられるわけではない。

なぜ我々は音楽を聴くのか? 対象としての声との遭遇の恐怖を避けるためである。リルケが美について言っていることは音楽にも当てはまる。美=音楽は、囮・スクリーン・最後のカーテンである。音楽は、(声の)対象の恐怖との直面から我々を防御してくれる。(ジジェク、"I Hear You with My Eyes"、1996)

たとえばロラン・バルトのいうアマチュアが脚立であるだろう(参照:知的スノッブたち、あるいは音楽のユートピア )。


ーーとはいえ、ここでの記述は、ラカン派という梯子に囚われているのではないだろうか・・・

メタ言語を破壊すること、あるいは、少なくともメタ言語を疑うこと(というのも、一時的にはメタ言語に頼る必要がありうるからである)が、理論そのものの一部をなすのだ。「テクスト」についてのディスクールは、それ自体が、ほかならぬテキストとなり、テクストの探求となり、テクストの労働とならねばならないだろう。(ロラン『作品からテクストへ』)
…………

◆法の五つの領域(JACQUES-ALAIN MILLER: THE OTHER WITHOUT OTHER,2013


なぜラカンは、その教えの出発点で、法へ情熱をもったのか。そして「大他者の大他者はない」と言ったとき、なぜそれを捨て去ったのか。ラカンは異なった法(言語、パロール、言説等の)を我々に教え、この表明に到った。…

第一に、言語学の法がある。ラカンがソシュールから借りてきたものだ。それはシニフィアンをシニフィエから、共時性を通時性から区別することに導く。ヤコブソンに見出した法もまたある。それは、隠喩を換喩から分節化し区別する。ラカンはこれらを法として・メカニズムとして語った。

第二に、弁証法的法がある。ラカンがヘーゲルのなかに探しにいったものだ。この法は告げる、言説のなかで主体は、他の主体の仲介を通してのみ、彼の存在を想定しうる、と。ラカンはこれを承認の弁証法的法と呼ぶ。

第三に、我々はラカンのなかに数学的法を見出す(これはある時期とても人気があったが、もはや我々のものではない)。例えば、ラカンが、最初の図式とともに、「盗まれた手紙」についてのセミネールにて探求したような法だ。あの α, β, γ, δ の図式は、無意識の記憶にとってのモデルを提供した。

第四に、社会学的法がある。ラカンがレヴィ=ストロースの『親族の基本構造』から採用した同盟と親族の法である。

第五に、想定されたフロイトの法、エディプスがある。それは、初期ラカンが法へと作り上げたものだ。すなわち「父の名」は「母の欲望」の上に課されなければならない。その条件のみにおいて、身体の享楽は飼い馴らされ、主体は、他の諸主体と共有された現実の経験に従いうる、と。

さて、私は面倒を厭わず、法の5つの領域を列挙した。言語学的・弁証法的・数学的・社会学的・フロイト的である。ラカンが分析経験を熟考し始めたとき、少なくとも主体をめぐって教え始めたとき、この法の5つの領域は、彼にとって、象徴界と呼ばれるものを構成した。(……)
なぜラカンは、このように法概念に中心的重要性を与えたのか。それは疑いなく、彼にとって法は合理性の条件だからだ。さらに具体的にいえば、科学の条件である。ラカンはあたかも「法がある場にのみ科学はある」という箴言に駆り立てられていたかのようだ。

(……)しかしながら、はっきりさせておかねばならない。ラカンの教えにおいて、最初に駆り立てられていた後、この法の概念は消滅したことを。ラカンはそれを発明し導入した。それは彼の概念化にとっての基礎として現れた。象徴界・想像界・現実界のあいだの三幅対的分割の基本としてだ。だが彼はそれを持ち続けなかった。

注意しておかねばならない。この秩序の概念、法の5つの領域は混淆されていることを。言い換えれば、秩序という視点からは、それらは、事実上、同じものとして現れる。数学的法、弁証法的法等であれなんであれ。(……)

法がある場に、秩序がある。初期ラカンのシステムにおいて、唯一の秩序とは象徴界である。象徴界的秩序はーーもし人がこのように言うのを好むならーー想像界的無秩序と対立しうる。

象徴界において、各々のもの、各々の要素はその場のなかにある。正確に言えば、象徴界のなかにおいてのみ、場がある。想像界においては、対照的に、要素は場を入れ替える。したがって、事実上、場は区別できない。いや、要素自体が区別されうるかさえ確かでない。

想像界においては、別々の、分離した要素はない。象徴界において分離した要素があるようにはない。これらの用語にて、ラカンは、エゴと他者ーー外部にある自身のイメージであるのみの他者ーーとのあいだの関係を叙述した。そこには、自我と他者の相互侵入がある。想像界は、本質的非一貫性によって徴づけられて現れる。ラカンはかつて「影と反映」のみの存在とさえ言った。現実界とは、この秩序と不秩序とのあいだの分割の外部にあるものだ。それは純粋で単純である。(ミレール、2013、私訳)